極道人魚姫BL(完結済) 8、魔女の宅急便 ◆◇◆ 事務所に帰還したその後、夜になって太郎と辻井は帰っていった。 晩飯は2人が用意していたので、東堂にそれを食わせた。 そういう時は、肘掛つきの座椅子に座らせる。 飯が済んだら、茶を飲みながらまったりと過ごすが……。 やはりここでも飲ませてやる。 「熱いか? ちょい待て、やけどしたら事だからな」 軽く口をつけて熱さを確かめ、東堂の口元に持っていく。 「すんません、なにからなにまで」 「お前のせいじゃねー、いいんだよ、ほら、飲みな」 「はい」 東堂は湯のみに口をつけて茶を啜った。 「あのー、今日、昼に葉山のおやっさんと出かけたの……、やっぱりホテルっすよね?」 ひと口飲んで遠慮がちに聞いてきたが、出かける事は伝えていたので、心配していたんだろう。 「ああ」 「そのー、なにかされたりしませんでしたか?」 東堂には奴の変わりようを話してねー。 「ふっ、あのな……、この程度じゃ到底足りねーが、少しばかり仕返しをしてやった」 「えっ、仕返し? あの葉山の親父にっすか?」 東堂は唖然としたが、葉山はドSとして通ってるんだろう。 「そうだ、ピアスと刺青をしてやった」 リングは単なる遊びだ。 説明する必要はねー。 「ピアスに刺青? あの親父にっすか? あの人、すげードSですよ、そんな事させますか?」 やっぱりそうだったが、そんな事はどうでもいい。 「あいつ、とち狂っちまって、俺に惚れたんだ、だからよ、奴隷だ」 惚れ薬の事は内緒だ。 「えっ……マジっすか?」 「ああ、マジだ、だからな、太ももの裏っかわに俺の名前を刻んでやった、ピアスは両乳首だ」 「ええっ……、名前を? それに乳首って」 「なははっ、まぁーこれじゃ気はすまねーだろうが、ちょっとでも敵討ちをしてぇじゃねーか」 「あ、あの……、こんな事ききづれぇんすけど、まさか……おやっさんがタチを?」 「おお、そうだ」 「あの葉山さんが……そこまで、嘘みてぇだ」 ざっくりと話をしたら、東堂はびっくりして目を見開いている。 「嘘じゃねー、まだこれからも奴は俺を誘うだろう、ちまちま仕返しだ」 「おやっさんに惚れたってのも不思議なんすけど、でもおやっさん……、それって……俺の為に」 「おう、だってよ、いくらなんでも悔しいじゃねーか」 本当の事を言えば、あの惚れ薬はそのまんま惚れ薬として使うつもりだった。 「おやっさん……、ありがとう……ほんとにありがとうございます」 なのに、東堂はペコペコ頭を下げて礼を言う。 「大袈裟過ぎだ、俺がやった事はお前が受けた傷に比べたら、微々たるものだからな」 惚れ薬が思わぬ形で役立った。 あれがなけりゃ、手も足も出ねー。 「うっ、すんません……」 東堂は悲しげな顔で俯き、ぽたぽたと涙を零す。 「泣くな、たいした事じゃねー」 「はい、泣いてばっかで……すんません」 「ああ、わかった、ほら、涙を拭け」 この部屋には小さなちゃぶ台を置いていて、その上にはハンドタオルやおしぼりなどが置いてある。 ハンドタオルをとって顔を拭いてやった。 「う……、はい、すみません」 東堂は泣き笑いしてまた頭を下げたが、俺は今……こいつの事を可愛いと思った。 「東堂……」 無性に抱きしめたくなり、そっと引き寄せて抱いた。 「おやっさん……」 本当なら、俺の背中を抱き締めているだろうに、東堂は身動きできない人形と化している。 だけど、その無防備な姿が庇護心を駆り立て、日々こいつの世話をするうちに、このコンパクトになっちまった体が……愛しく感じるようになってきた。 「なあ東堂……、俺な、来週にはマンションに移る、お前を連れて行きてぇんだが……、留守をする時は今までと同じように、2人世話役につける、一緒に暮らしてくれるか?」 「はい」 東堂はすぐに頷いた。 俺は葉山を落とす為に婆さんから薬を貰ったのだが、このままだと、葉山よりも東堂に気持ちが移りそうだ。 その場合、どうなるのか聞いてねーが、めんどくせぇ事は考えたくねー。 この夜も、手を伸ばして東堂に触れながら寝た。 夜中に目を覚まして体の向きを変えてやる。 「ん……」 東堂は小さく声を漏らしたが、熟睡して目を覚まさない。 よく眠ってるが、眠れるって事は精神が安定してる証拠だ。 つれぇ目に合わせちまって、可哀想な事をした。 だから、俺はこいつを守りてぇ。 体に手を添えて再び目を閉じた。 が……。 なんか耳障りな声がする。 ニャーニャー言ってるが、猫が紛れ込んだのか? 無視して寝ようとしたが、一向に鳴き止まない。 東堂は今んとこ起きてねーが、このまま鳴かれたら、目を覚ましそうだ。 「ったく……、しょーがねーな」 ムクっと起き上がり、声がする方へ歩いて行った。 ドアを開けてみたが、声は……表の方から聞こえてくる。 「んだよ、猫なんか……いつの間に入ったんだ?」 ぼやきながら歩いて行くと、豆球オンリーな薄暗い事務所内に、ニャーニャーって声が響き渡っている。 発生源はソファーだ。 「ソファーの下に隠れてるのか?」 目を擦りながら近づいて行ったら、ソファーの上になにかが置いてある。 「はあ? んだよ〜」 なんなのか、とにかく屈み込んで見てみた。 「ニャー! ニャー!」 布に包まれたソレを見て、目を疑った。 「なんだよこりゃ、赤ん坊じゃねーか」 猫みたいな声で泣いていたのは、赤ん坊だったようだが、何故ソファーの上に赤ん坊なのか、さっぱりわからねー。 「はあー? なんでこんなもんが……」 首を傾げていたら、赤ん坊の上にメモが置かれている事に気づいた。 「なんなんだよ、まったく……」 メモを取ったが、暗いから目の前で見た。 『人魚よ、あたしだ、このガキはあんたの子だ、約束通り育てろ、魔女より』 こりゃ魔女からだが、そういや俺は……金髪美女と化した婆さんと、気持ちよーくやっちまった。 「あ"……、ま、マジか」 確か……婆さんは、孕んだらあんたが面倒みろと、そんな事を言っていたが、あれからさほど経ってねーのに、もうガキを産んじまったって言うのか? 「ニャー! フニャー!」 ガキんちょはピーピー泣いている。 「おい、泣くな」 とりあえず抱き上げた。 3、4キロってとこだから、生まれたてだろう。 髪の色は黒、性別不明、顔立ちは日本人に見える。 ガキんちょは抱っこしたら泣き止んだが、ちょっと待ってくれ……。 俺、赤ん坊なんか育てられねー。 どうすりゃいいか考えた。 魔女の存在自体不確かなものだし、いっそ捨て子にしちまうか。 「ニャッホ」 すると、赤ん坊が変な声をあげた。 「あぁ"? なんだその妙な言葉は」 「ヒーヒッヒッヒッ」 お次は婆さんそっくりな不気味な笑い方をする。 「おいおい……気色悪ぃな」 「あたしを捨てたら、呪ってやる」 と思や、今度は喋りやがった。 「こらガキ、お前、今喋ったな、魔女のガキなら有り得る、つーか……あたしっつっただろ、てこたぁ、メスか? ちょい待て」 魔女の産んだガキなら喋っても不思議じゃねーが、性別が気になってきた。 ソファーに置いてお包みを捲り、服を引っ剥がしてオムツをバリッと外したが、こりゃ紙オムツじゃねーの。 魔女の奴、ちゃっかり文明の利器を利用しやがって。 で、肝心のブツは……。 「ついてんじゃねーか」 ちいせぇちんぽがついている。 「ヒーヒッヒッヒッ!」 また不気味に笑い出したが、いきなり放水しやがった。 「うわあっ!」 しょーべんがぴゅーっと飛び散り、ギリギリで躱した。 「あーあ、真夜中になにやってくれてんだよ」 テーブルの上に布巾が置いてあったので、それでちゃちゃっと拭いた。 つーか……こいつ、さっき呪ってやるって言った。 普通の赤ん坊じゃねーし、ガチかもしれねー。 「あたしを育てろ、パッパ」 「けっ、なにがパッパだよ、それに、男なら男らしい言葉づかいをしろ、あたしって……カマじゃねーか」 魔女と人魚だった俺との合作だ。 こいつからは禍々しいオーラを感じる。 迂闊に捨てるのはマズい。 「バブバブーっ!」 また赤ん坊に戻りやがったが、ミルクもなんにもねー。 「あんなー、ミルクにオムツ……と、あとなんかいるか? とにかくよ、コンビニじゃ売ってねーぞ」 「ぶーっ」 不貞腐れている。 「飲みもんなら……ジュースならある、果汁のやつだ、それで我慢しろ、オムツは……ねーよ、漏らしたらタオルでも巻いとけ、朝になったらドラッグストアに行って買ってきてやる、こんな夜中に連れてくる方がわりぃ」 こいつは言葉がわかるようだし、説明しつつ、オムツを元に戻した。 「パッパー、名前はプリシラだからな」 案の定、普通に喋ってやがる。 つか……。 「プリシラ〜? お前、男なのになんだよ、その姫さんみてぇな名前は」 あの婆さん、どんなセンスをしてんだよ。 男ならもっとこう……力強い名前にしなきゃダメだ。 「俺が決めてやる、権蔵だ」 「ぶーっ! プリシラ」 「にゃろ〜、権蔵のどこが気に入らねぇんだ」 「昭弘、頭おかしい、あたしはプリシラだもん」 「なにぃ〜、可愛げのねーガキだな、ああそうかい、わかったよ、じゃあな、プー太郎って呼んでやる」 「ニャッホ」 また変な事を言ったが、満更でもねーんだろう。 「はあーあ、ねみぃ……」 つい欠伸がでたが、時計を見たら3時過ぎだ。 このガキ、ここに置いとくわけにゃいかねぇ。 いくら生意気でも、赤ん坊だ。 部屋で一緒に寝るのが安心なんだが、東堂になんて言やいいんだ? そりゃまぁー、どっかの女に産ませたって言ったとしても、こんな稼業なら大して驚かねーだろうし、人間の女なら出産まで10月10日はかかる。 ちょいとギリギリにはなるが、死ぬ直前に仕込んだ事にして、このガキは生後半年以上経ってる事にする。 そうすれば、なんとか誤魔化せそうだが、このガキに言っておかなきゃやばい。 「なあプー太郎、お前、俺以外の人間の前で喋るな、それとな、生後8ヶ月って事にする、それで話を合わせろ」 「ヒッヒッヒッ……、ああ、わかったよ」 プー太郎は不気味に笑ってあっさり承諾した。 やっぱり畑が魔女だけに、俺の事を見抜いてるのかもしれねー。 それが証拠に、俺の名前を知っていた。 「よし、約束だからな、赤ん坊のふりをしてろ、で、今から部屋に連れてく、もうひとりいるが、奴の事は気にするな」 東堂の事も言っておかなきゃならない。 「わかったよ」 魔女がどう話したのか知らねぇが、頭は回るようだし、馬鹿な真似はしないだろう。 「よし、じゃ、行くぞ」 プー太郎を抱き上げて部屋に戻った。 東堂は寝ていたので、説明は朝になってからだ。 プー太郎は俺の布団で一緒に寝かせる事にしたが、東堂の方をじっと見ている。 布団を掛けていても、ダルマなのがわかるのかもしれねーが、さっき話し合いをしたし、もう猫みたいな声で泣く心配はなさそうだ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |