極道人魚姫BL(完結済)
3、企み
◆◇◆
俺は元通りに組長として復活した。
自分とこの人間は適当にはぐらかす事ができたが、親戚筋や懇意にしていた組長には挨拶しなきゃならねー。
暫くは忙しい日々が続いたが、俺が復活して10日目の夜、一心会の葉山がじきじきに顔を出した。
俺は大抵この街中の事務所にいる。
マンションも死亡後に解約されちまって、住む所がねーからだ。
まぁー兎に角、ソファーに座って話をする事になったのだが、葉山は俺の顔を見据えてくる。
「なんだ、俺が戻った以上、シマはやらねーぞ」
先回りして念押しをした。
「そりゃいい、そんな事じゃなく、あんた……俺を助けたよな?」
だが、真っ先にあの事を口にする。
「さあな、記憶にねー」
すっとぼけてやる。
「いーや、間違いねー、あんただった、俺は海に投げ出され、溺れて死ぬところだった、どういうわけかあんたに助けられて岩の上に倒れてたんだ、目を開けたら……あんたがいた、俺の顔を覗き込んでた、俺はびっくりして声をかけたが、あんたは海ん中に消えちまった、なんなんだ、潜水が趣味なのか?」
潜水夫か、それも悪くねー。
「ふっ……、ま、そんなとこだ」
「しかしよ、何故俺を助けた、死んだ方がよかったんじゃねーか?」
その通りだ。
「だな、そうすりゃよかった」
「ただの気まぐれで、本来なら恨んで当然な人間を助けたのか?」
「ま、そういうこった」
あの時の気持ちは、口が裂けても言えねー。
「あんたはうちの誘いを蹴って組を立ち上げちまった……、うちは面子を潰され……あんたにその代償を払わせた、ところがあんたは生きていた、どこでなにをしていたのか知らねぇが、潜水なんかするぐれぇだ、細々と日銭を稼いでたんだろう」
生前に争っていた理由は、単に縄張り争いだけじゃなく、奴が言った通りだが、そんなのは終わった事だ。
それよりも、俺の事をガチで潜水夫だと思い込んでるのが笑える。
「で、なにが言いてぇ」
グダグダと昔話をする為に来たわけじゃねーだろう。
「俺を恨むのが当然のあんたが、俺の命を救った、それは紛れもねー事実だ、俺はきたねぇ真似をしてるが、命を救ったとなりゃ話は別だ、だからよ、その礼をする、やっぱり金がいいよな?」
葉山にしては珍しい事を言ったが、だったらちょうどいい。
「いや、金はいらねー、東堂を返せ」
俺の可愛い子分を返して貰う。
「──なっ、なにぃ? 東堂を……、話を聞いたんだな?」
やたら驚いてるが、まさか……。
「おい、殺ったんじゃねーよな?」
「殺っちゃいねぇ……、ただ、東堂を見たら……おめぇは怒り狂うだろう」
「ダルマか、あんたそういう趣味があったのか、ド変態だな」
「俺は……その、うるせぇ、そこは俺の勝手だろ」
葉山は狼狽えて目を泳がせたが、急に逆ギレしやがった。
奴の前には珈琲が置かれているが、黒い液体の中に薬を仕込んである。
それを飲んで俺に惚れるがいい。
そしたら、俺は葉山を好きなように弄んでやる。
「兎に角、東堂を返して貰う」
「そんなに言うなら構わねーが、奴は身動きできねー上に、淫乱でドMなダルマ人形だ、それでも引き取りてぇか?」
「くっ……」
どんだけ痛めつけたのか、ぶん殴ってやりてぇが……奴は組の為に自ら生贄になった。
ここは抑えなきゃ駄目だ。
「どうした、あぁ"? 殴るのか?」
葉山は二ターっと俺を見て笑ったが、そのついでに珈琲カップを手に取った。
「ふんっ……、礼をすると言う奴を殴る馬鹿はいねぇよ」
「ほお、よくわかってるじゃねーか」
ぐっと堪えたら、奴は珈琲をグイッと飲んだ。
「ああ、人間、苦労したら変わるもんだ」
「潜水士で苦労したのか? なははっ! なあ、やっぱりあれか、ウニやらサザエをとってたのかよ、すげーなおい、おめぇ、野生でも生きていけるぜ」
俺の事を笑ったが、続けざまにもうひと口飲み、今度は空になるまで飲み干した。
「ああ、海ん中は自由に泳げるぞ」
いつ効いてくるかわからねーが、これで落ちたも同然だ。
それから奴は、機嫌よく話をし始めた。
薬の効果かと思ったが、俺が怒らなかった事で気分が良くなったらしい。
珈琲のお代わりを勧めたら、『いや、いい、ぼちぼち帰るわ』そう言って立ち上がったが、俺は東堂をすぐにでも返して貰いたい。
「東堂を迎えに行きたいんだが、出来りゃ今夜中に」
「おお、奴は俺の屋敷にいる、人目に触れねーように隠してるからな、お宅ら、連れて帰るのはいいが、奴はダルマで動けねー、排泄からなにから、全部面倒みなきゃならねぇ、それでもいいのか?」
「ああ、誰かつける」
下っ端を世話役につける。
「そうか、わかった、じゃあ……引き取りにこい、俺はちょいといくところがある、連絡入れとくわ」
葉山は歩き出し、隣に座ってた側近も後に続いた。
俺らも一応見送らなきゃならねぇ。
ドアんところに歩いて行った。
「じゃ、槙原、また会おう」
奴が歩道に出て一言言ったら、スーッと黒塗りの車がやってきて、ガードレールに横付けした。
葉山は車の方へ向かったが、ふいに足を止めて振り向いた。
「なんだ?」
まだなにか言いてぇ事があるのかと思った。
「槙原……、俺はおめぇに救われた、おめぇは命の恩人だ」
なにを言うかと思や、柄にもねぇ事をほざく。
「ああ、それはもうわかった」
「なんだかわからねーが、俺はお前から離れたくねー」
訳のわからねー台詞を吐いたが、俺をからかって笑いもんにするつもりか?
「あぁ"?」
「親父、乗ってください」
側近が怪訝な顔をして促した。
「ちょっと待て……」
だが、奴はつかつかと歩いて戻ってきやがった。
「な、なんだよ」
渋い面をして俺を睨みつけてくる。
「槙原……!」
「なっ……!」
いきなり抱きつかれて呆気に取られたが、そういや、うっかり忘れるとこだったが、惚れ薬……。
「ちきしょー、俺は何故今まで気づかなかったんだ、俺の大事なもんは……お前だったんだ」
こりゃ、効果絶大だ。
「おやっさん! ちょっと……一体」
側近が顔をひきつらせて動揺しまくっている。
「槙原、離れたくねー、なあ、キスしてぇ」
奴は険しい表情をしているが、潤んだ目で訴えてくる。
「馬鹿か? 公道のど真ん中でそんな事をやるのかよ」
こいつは憎らしいが……ドアップで見たら、やっぱきれーな面ぁしてる。
「ああ、構わねー」
葉山は本気で顔を近づけてきた。
「お、おやっさん! いけません! ほら、叔父貴に会いに行かなきゃ、車に乗ってください」
側近は奴の腕にしがみついて必死に止めているが、確かに、周りには通行人もチラホラいる。
今キスなんかしたら、笑いものもいいとこだ。
「うっせー! 俺ぁ……マジだ!」
すると、デカい声で吠えた。
やべぇ……、つか、笑える。
「ぷはっ! なはははっ!」
本当に俺に惚れちまったようだが、いい気味だ。
「槙原……」
「おやっさん、ほら、ね? お願いですから……車に、こっちへ来てください」
「お、おお……、わかったよ」
葉山は名残惜しそうに俺を見ていたが、側近に引っ張られて車に乗った。
これでおとなしく立ち去るかと思いきや、奴は窓を開けて顔を覗かせた。
「槙原、また来る、電話するからな!」
俺に向かって真剣な面で叫んだ。
「おい、車を出せ!」
側近が焦りまくって運転席に向かって叫ぶと、車は急発進して走り去った。
「ふっ……」
「おやっさん、今のは……一体」
真壁が唖然とした顔で聞いてきた。
「さあな、東堂を痛めつけて、バチが当たったんじゃねーか」
「そうっすね……、にしても、ガチでキスしそうになりましたよね?」
「バイだからじゃねーのか?」
「うーん……、あれっすかね、おやっさんが助けたって言ってましたが、それでですか」
「だな」
「あのー、潜水士は本当なんすか?」
「ああ、まあな」
俺は真壁の問いにのらりくらりと答えていたが、真壁は俺の横で俺と葉山の会話を聞いていた。
潜水士の事を改めて聞いてきたが、俺は例によって適当な事を言って誤魔化した。
大体、そんな事を呑気に話してる暇はねー。
事務所に戻ったら一心会に連絡を入れ、真壁とキヨシを引き連れて、すぐに東堂を迎えに行った。
キヨシがハンドルを握り、俺は真壁と一緒に後ろに乗り込んだ。
「おやっさん、東堂……、俺、見るのがキツいっす」
「ああ、俺もだ、けどよー、俺らの為に身を犠牲にしたんだ、どんな姿になろうが、奴は俺の子分で、俺の責任だ」
真壁は弱気な事を言ったが、俺だってダルマなんて見た事がねー。
本音を言や、ちょっと怖ぇ。
ただ、俺は人魚になっていた。
普通とはまったく違う体になっちまった事は、俺に変な勇気を与えてくれる。
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