極道人魚姫BL(完結済) 13、忠臣 ◆◇◆ 今日は朝から雨が降っている。 窓から曇天を見上げたら、どことなく憂鬱になる。 海ん中にいた時はそんなもんは関係なかった。 魚や貝を捕まえてバリバリ食らう。 人魚は美女として描かれる事が多いが、実際は野蛮だ。 俺がいた海域には他の人魚はいなかった。 だから、全部がそうだとは言えねぇが、捕らえた獲物は生で食らうし、婆さんが言うには、溺れた人間を食らう奴らもいるらしい。 要するに、見た目はガチで美女だとしても、真の姿は化け物だ。 ただ、人間に戻りてぇとは思ってなかった。 葉山と遭遇した時、俺は奴を美しいと感じたが、憤りが消えたわけじゃねー。 なのに、俺は奴に惹かれ、急に人恋しくなってきた。 あいつのせいで忘れかけた過去、捨てた筈の人生が脳裏に蘇っていた。 「ニャッホ、ニャッホ」 「おやっさ〜ん、プー太郎、そっちに行きましたよ」 キヨシが大声で言ってきた。 「ああ、わかってる」 足元にやってきて、気づかずに踏んだりしたらマズいとでも思ったんだろう。 「ばぶばぶぅーっ!」 プー太郎は足にしがみついて俺になにか訴えてるが、こいつがいるせいで……東堂を抱く事ができねー。 ペナルティの有無は聞いてないが、万一罰を食らったら嫌だ。 「ったく……」 抱き上げて両腕で抱っこしてやった。 「だあー、だあー!」 プー太郎は窓の外を眺め、体を揺らしてはしゃいだが、ちゃんと赤ん坊のふりをしている。 ……と、脇からスーッと見慣れた車がやってきた。 ありゃ、葉山だ。 葉山は俺に気づいたのか、車を止めてやたらジロジロ見ていたが、すぐにマンションの裏側へ向かった。 道路とは反対側の裏側が、駐車場と玄関になっている。 隣に滝川がいたようだが、葉山の奴、自ら運転して、部屋に来る気満々だ。 来るのは勝手だが、プー太郎の事はいいとしても、部屋には東堂がいる。 ひとまず、東堂に話した方がいい。 「な、東堂、今葉山がきやがった、じきにここへ来る」 東堂は肘掛付き座椅子に座らせているが、東堂よりもキヨシが驚いた顔をした。 「え……、一心会の親父さんがくるんすか?」 キヨシは慌てたように聞いてくる。 「ああ」 俺は頷きながら、何気なく東堂の顔色をうかがったが、動揺する様子はなく、意外な位落ち着いている。 「おやっさん、大丈夫っす……、今更っすよ」 東堂は俺を見上げると、腹を据えたように言ってきた。 「わ、わ……、緊張する」 キヨシはオタオタしていたが、そうするうちにピンポンが鳴った。 「あ、あの、あの……」 ビビり倒しているので、俺が出る事にした。 「キヨシ、構わねー、座ってろ、俺が出る」 プー太郎を抱っこしたまま、玄関に行ってドアを開けた。 「おい槙原、どんだけ会いたかったか、やっとだ、やっと会えた、ん……」 葉山は俺を見るやいなや、暑苦しいセリフを口走ったが、プー太郎を見て怪訝な顔をした。 「ああ、来るのはいいが、東堂もいるぜ、俺が面倒みてるからな」 俺はプー太郎よりも、東堂の事が気になる。 前もって言っておいた。 「おお、面倒みてるのか……、で、そのガキはなんだ?」 葉山は東堂よりも、プー太郎が気になるらしい。 東堂の事はあくまでも取り引きで、奴の中じゃ済んだ事になってるんだろう。 「俺のガキだ」 つめてぇ野郎だと思ったが、葉山は元からそういう奴だとわかっている。 プー太郎の事を言ったら、眉間にシワを寄せてプー太郎を覗き込んできた。 「はあ? お前のガキだと?」 「そうだ」 「いやお前……そうなのか? 見た感じまだちいせぇが、お前、漁師をしながらどっかの女にガキを産ませてたのか?」 「ま、そういうこった」 そう思うなら、それで構わねー。 「おいマジかよ、相手は海女か?」 けど海女って、ちょいと短絡的過ぎる。 「いや、あのな……、漁師だからって、なんで海女になるんだよ、大体海女なんか、やたらとそこら中にいねぇぞ、酒場があるじゃねーか」 葉山に真面目に話すつもりはねー。 そんなこたぁ適当に言っときゃいいんだが、それよりも……滝川がずっと俺を睨みつけている。 滝川は葉山の斜め後ろに立っているが、墨とピアスの件で、俺に対する不信感は確実に増しただろう。 「おう、そうか……、酒場の女か、しかし……ガキだけか? 嫁はどうした、何故連れてこねぇ」 「育児放棄だ」 「はあ〜? そりゃほんとか? 育児放棄ってこたぁ、お前、押し付けられたのか?」 「ああ」 「『ああ』って……、お前、ガキなんか育てられねーだろ、施設に放り込め、どうせあれだろ、その場限りでやっちまって、で、できちまった、そんなのをいちいち面倒みてたらキリがねー」 その場限りってのは当たってるが、堂々たる無責任発言は、葉山ならではだ。 「やってみなきゃわからねーだろ、やらずに放り出すような真似は、俺にはできねー」 「ほおー、出たな、相変わらずあめぇ奴だ、今は情けより金だ、極端な話、金さえありゃ情けすら買える、そんな時代に……敢えて情けをとるって言うのか?」 「ああ、とってやろうじゃねーの、周りがどうだろうが、そんなのは知ったこっちゃねー、俺はこいつの面倒をみる」 葉山の考えを否定するつもりはねー。 奴の言う事は、あながち間違っちゃいねぇからだが、俺には俺の生き様がある。 「ばぶぅー!」 プー太郎が叫び声をあげて首にしがみついてきた。 「な、なんだ? うぶっ!」 なにかと思ったら、いきなりキスしやがった。 「おいおい……、随分懐かれてんじゃねーか、すっかり父親だな」 葉山は呆気に取られているが、口がヨダレ塗れになっちまった。 手の甲でヨダレを拭ったが、プー太郎は俺が面倒みると言ったのが嬉しくて、それでチューしたのかもしれねー。 こいつは得体が知れねーが、それでも……そんな風に感じる心があるらしい。 「おやっさん、お話の途中で申し訳ありませんが、赤ん坊もいる事ですし……今日はこの辺りで引き上げましょうや」 滝川はプー太郎の事を出して、遠慮がちに葉山に言ったが、俺と関わらせちゃマズいと思ってるんだろう。 「なに言ってやがる、おお、滝川、それより引っ越し祝いだ」 葉山は鼻であしらって代わりに祝いだと言った。 「あ、はい……、あの、事務所を出たって聞いたもんで、急遽用意しました、つまらねーものですが、どうぞ」 滝川は前に歩み出ると、綺麗に包装された箱を差し出してくる。 「そうか……、ああ、わりぃな」 葉山が買うように言ったのかもしれないが、そういう事はきっちりしているようだ。 こんなもんを受け取っちまったら、言わなきゃならねぇだろう。 「葉山、上がってくれ」 「おお、そうか? それじゃ上がらせて貰うぜ、滝川、お前も来い」 「へい」 葉山が先に靴を脱いで上がり、滝川もあとに付き従った。 と、バタバタと足音がして、キヨシがやってきた。 「あの……、ご苦労さんです!」 キヨシはビシッときをつけをして、コメツキバッタのように頭を下げる。 「おお、手伝いにきてるのか、ん、東堂……」 葉山はキヨシを見て言ったが、次に部屋の真ん中辺りを見て、東堂に気づいた。 「東堂ー、椅子に座らせて貰ってるのか」 何を考えてるのか知らねーが、親しげに東堂のそばへ歩いて行く。 「どうも……」 東堂はかつての主人に頭を下げる。 「へへっ、元気そうじゃねーか、ん〜、槙原に世話ぁして貰ってよ」 俺がプー太郎を床におろしてやると、葉山はしゃがみこんで東堂の肩を抱いた。 「はい……、おやっさんには感謝しきれないほど、感謝してます」 東堂は俺の事を口にしたが、困惑した表情をしている。 葉山の奴、少しはバツが悪そうにするかと思ったが、全然そんな気配はなく、むしろ再会を楽しんでるように見える。 「ほおー、頭がやけにツルツルだな、こんな坊主頭になっちまってよ、お前には楽しませて貰った、俺の為に身を捧げたんだからな、偉いわ」 東堂の頭を撫で回して過去の事を蒸し返したが、なんだかいやーな予感がする。 「あの……、はい」 「お前……、俺らの事が忘れられねーんじゃねーか? キメセクしたよな、お前は俺らのペットだった、この体で奉仕したんだ」 思った通り、古傷を抉るような事を言い出した。 「それは……」 東堂は口ごもったが、当たり前だ。 こいつは、もう十分過ぎるほど傷ついている。 「葉山、やめねーか、こいつは自分を犠牲にして組を守ったんだ、お前らに弄ばれるのを歓迎してるわけじゃねー」 黙っていられなくなって口を挟んだ。 「ぶーっ!」 すると、プー太郎が不満げに声をあげ、葉山の背中にしがみついた。 「なっ、なんだぁ?」 葉山は赤ん坊なんか触った事もねーだろう。 「ばぶっ! ばぶぅー!」 プー太郎は怒っているらしく、奴の背中に噛み付いた。 「おお? ちょっ……、このガキ、なにしてる」 葉山は手を後ろに回したが、プー太郎は奴の上着をヨダレ塗れにして、体を強ばらせた。 「うーっ、うーんっ!」 始まった……。 「ぷっ……」 「槙原、なんかガキが唸ってんぞ」 葉山はなにが起きたのかわからねーようだが、すぐにわかる筈だ。 「ん? あっ……、なんかくせぇ、ちょっ、マジかよ、俺の背中に張り付いて糞してんぞ」 気づいたらしく、東堂から手を離して焦っている。 「なはははっ!」 プー太郎の奴、俺と葉山がくっつく事を望んでるのかと思ったが……。 なんにしても、憎い真似をしやがる。 糞で仕返しだ。 「おやっさん……」 滝川がやってきてプー太郎を抱き上げた。 ちっ……、邪魔しやがって。 「あ、すみません、こっちへ」 キヨシが急いで駆けつけ、手を出してプー太郎を受け取った。 隅へ連れて行ったので、オムツ交換をするようだ。 「ふうー、ま、あれだ、適当に座るぞ」 葉山はちゃぶ台のそばに胡座をかいて座ったが、滝川はやや後ろに立っている。 「ああ、わりぃな、うちはソファーは置かねぇ主義だ」 隠し金があるとは言え、金なんて物は安易に使や、あっという間になくなっちまう。 俺の唯一の財産だし、贅沢をするつもりはない。 「ベッドもなしか」 「ああ、その方が広く使えるからな、それに東堂をみてやるのも楽だ、布団だと隣から手を伸ばしゃいいからな」 「いちいちみてるのか?」 「ああ」 「エアーマットとかあるだろう、あれをつかやいい」 「エアーマット?」 「おお、お前、迎えに行った時に見なかったのか?」 「いや、気づかなかった」 ベッドに敷いてあったんだろうが、東堂の姿が衝撃的で、それどころじゃなかった。 「そういうのを敷かなきゃ、夜中に起きるとか、無理だからな」 「そうか……」 鬼畜な事をするわりには、そこんとこは気を使っていたようだ。 「新品を買ったら結構するぜ」 「いくらだ?」 「6万位だな」 「そうか、考えてみるわ」 東堂も楽になるだろうし、その位なら負担する。 「けどよ、お前、復活して間もねーし、シノギも大変だろう」 「ああ、そりゃまぁな」 最近は風俗関連も、前みたいに儲からなくなった。 「うちで使ってたのを持ってくるわ、あんな、誰かに届けさせる」 けど、使用していたやつをくれるらしい。 「あ、そうか?」 そういう事なら、ありがたく貰っておく。 「おお槙原、お前の為だ、そのくらい屁でもねーよ、な、それよりこっちに来な」 葉山は気持ちよく言ってくれたが、笑顔で手招きする。 「ああ……」 なんかやりそうな気がして嫌だが、俺はこいつをターゲットにして、魔女から薬を貰った。 そのお陰で俺の組は助かってる。 よくよく考えりゃ、俺だけの問題じゃねー。 奴の隣に胡座をかいて座った。 「ぶー、ぶー」 プー太郎がハイハイしてやってきたが、オムツ替えが終わって解放されたらしい。 こりゃ助かる。 「プー太郎、ほら、きな」 父親らしく抱っこした。 ガキがいれば、葉山も馬鹿な真似はしないだろう。 「プー太郎って、あだ名か?」 案の定、奴はプー太郎に注目した。 「ああ」 「名前は?」 「プリシラだ」 「はあ〜? なんだぁ〜その痛々しい名前は、じゃあ女か」 「いや、男だ」 「ちょっと待て、ここは欧米じゃねーぞ、どっぷり日本だ、で、プリシラ、しかも男……、キラキラネームにもほどがある」 名前に関しちゃ、葉山が一番リアクションがあった。 「俺じゃねー、女がつけたんだ」 「ふーん、変わってるな、で、お前はプー太郎って呼んでるのか?」 「そうだ」 「そうか、ま、そんなこたぁどうでもいいわ、それより……、なあ槙原」 葉山は肩を抱いて顔を近づけてきた。 「なんだよ……」 まさかガキの目の前でキスしたりするんじゃ……。 「ラディッツで会おう」 ……でもなさそうだ。 「ああ」 次に会う約束ときた。 「お前の……せいだからな」 ホッとしていたら、俯いてボソッと呟く。 「ん、なにがだ?」 言いてぇ事があるなら、はっきり言えばいい。 「バカヤロー、それくらい……わかれよ、てめぇがやったんだからな、そのせいで俺は……、ピアスが疼くんだよ」 奴は俺から顔を背けて言ったが、恥ずかしいのか、少し顔が赤くなってやがる。 なるほど……猫として感じてしまったせいで、体が疼くって言いたいんだろう。 だとしたら、してやったりだ。 「へっ、なあ葉山……、よかったじゃねーか、お前もよ、まだまだ学ぶ事があるって事だ」 俺は奴の手を退かし、代わりに俺が奴の肩を抱いてやった。 「くっ、くそー!」 葉山は焦れたように喚き、俺の手を払い除けて抱きついてきた。 「おい……、プー太郎がいるんだぜ」 プー太郎は俺と葉山に挟まれてサンドイッチになった。 「おやっさん……、控えてください、赤ん坊の前っすよ」 滝川が至極まともな事を言って止めに入ってきた。 「わ、わかってる……」 葉山は気に入らねぇのか、苦虫を噛み潰したような面をして渋々離れた。 「ばーぶーっ!」 プー太郎が俺を見上げて文句を言った。 いや……さっきもちらっと思ったが、ちょっと疑問に思う。 こいつは東堂との事を浮気と言った。 てっきり攻めるのかと思っていたが、今は葉山を見て不満げな態度をとる。 葉山が意地悪な事ばっかし言うから、腹が立ってきたのか? 「あさってだ、あさっての午後、ラディッツに来い、部屋番号は電話する」 葉山はプー太郎の事など眼中になく、具体的な予定を口にする。 「あさってだな、ああ、わかった」 俺は構わねー。 こいつをもっと開発して、掘られなきゃ我慢できねー体にしてやる。 例え僅かずつだとしても、東堂の辛さを味わやいい。 「おやっさん……ちょいと待ってください、あさっては定例会で主要な幹部2人が留守をする、それにこんな事は……もうおやめになった方がいいっす、ピアスとか……ダメですから」 しかし、やっぱり滝川が待ったをかけてきた。 「護衛は3人いりゃ十分だろ、大体よ、お前にそこまで言う権利はねーぞ」 葉山は滝川を睨みつけて言った。 「はい、それはよくわかっておりやす、ですがおやっさん……、何故です、どうして急に……」 滝川には理解出来ないようだが、そりゃそうだ。 ただ、本気で葉山の事を心配してるのはわかる。 「理由なんざねー、俺はやりてぇようにやる、滝川、あんまりうるせぇと、お前は外すからな」 けど、葉山はけんもほろろに言い放つ。 「っ……、それは……待ってください! 出過ぎた事を言って、申し訳ありませんでした! もう言いません、どうか側に置いてやってください」 滝川は酷く焦り、前言撤回で謝罪する。 「だったら口を閉じてろ、俺に従えねー奴に用はねー」 もしも薬がなかったら、少しは滝川の話に耳を貸すかもしれねーが、今の葉山には何を言っても無駄だ。 「はい……、すみませんでした」 滝川は言いてぇ事があるだろうに、それを抑えて平謝りする。 子分としちゃ出来た奴だと思うが、滝川はあくまでも一心会の人間だ。 俺は俺の考えで動く。 [*前へ][次へ#] [戻る] |