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BL長編snatch(完結)ヤクザと高校生
Snatch89Thank you for loving me all the time.
◇◇◇

1日目から飛ばし気味なテツだったが、俺が泣いたせいなのか、夜は珍しく静かに寄り添って寝た。

テツにしては奇跡と言ってもいい位有り得ない事だ。
SEX無しでも、通常ならフェラを要求したり、体を弄ってくる。
何も無しだから、お陰でぐっすりと眠る事ができた。

この旅館は2泊という事だが、昼ご飯まで出してくれる旅館は珍しい。
2日目の昼ご飯を済ませた後でテツに聞いたら、ここはその筋の人達御用達な宿で、女将が客の要望を聞き入れてくれると言う。
勿論刺青もタトゥーもOKだ。
通りで竜治と被るわけだと、密かにそう思ったが……テツがここを選んだのは、俺が墨を背負ってるせいだと思った。


露天風呂は1日目に味わったし、2日目は館内1階にある大浴場に入る事にした。
昼を過ぎた中途半端な時間に、着替えを持って1階に降りた。
テツの斜め後ろについて階段を降りていると、下から上がってくる人影が見えた。
この宿に来てから、他の客と数回出くわしたが、皆ごく普通のサラリーマン風で、夫婦連れか愛人かわからないが、カップルもいた。

だが、この客は明らかに違う。
近づくにつれて、なんとなくそれらしい雰囲気を感じ取り、俄に緊張感が増してきた。


「ん、おお、矢吹じゃねーか」

「おお、如月、久しぶりだな」

俺はその客が足を止めた瞬間に、テツの背後に隠れた。

───マズい……。

よりによって、竜治と来たあの時に顔をあわせた男だ。
竜治と泊まったあの夜、如月は部屋にやって来て竜治と酒を酌み交わし、自慢げに龍の刺青を晒した。
俺の顔を覚えてるだろうし、下手すりゃ名前も覚えてるかもしれない。

「連れと一緒か?」

「ああ」

「ふーん……」

如月は体を傾けて俺の方を見たが、俺は背中を向けて必死に隠れた。

「で、なんだ、ひとり……なわけねーよな?」

テツは如月へ話を振ったので、如月は俺から目線を外した。

「おお、へっ、これだ」

こっそり覗き見たら、リーゼント風の頭を撫でつけながら、ニヤリと笑って小指を立てた。
あの時も女連れだったが、また同じらしい。

「おめぇは……あれか?へへっ、店絡みか?」

如月は再び俺の方へ目を向けたので、咄嗟に顔をそらして身を縮めた。

「いや、こいつは息子だ」

頼むから……俺の話題を出さないで欲しかったが、テツは息子だと言ってしまった。

「なにぃ息子だと?養子か?」

「おお、そうだ」

「そいつはまた……、ふーん、なにか訳ありか……、それともよっぽど気に入ったか、はははっ」

「ああ、ま、兎に角そういうこった、友也、如月に挨拶しろ」

ビクビクしながら話を聞いていると、テツは最悪な事を言ってきた。

「友也?どっかで聞いた事があるような……」

如月はやっぱり名前を覚えている。

「どうした、ほら、こっちへ来な」

テツに肩を掴まれ、渋々嫌々……前に出て頭を下げた。

「矢吹友也です……どうも……初めまして」

ヤケクソでしらばっくれて挨拶したら、如月はハッとした顔をして俺を見た。

「ん?おめぇは……」

「なんだぁ?友也を知ってるのか?」

テツが如月に聞き、もう無理だと思った。

「いや……、気のせいだ、ついこないだ、似たようなガキを見たもんでな、わりぃ」

しかし、如月は竜治の事には触れず、見間違いだと言う。

「そうか……、で、いつまで泊まる」

テツはそれ以上疑わなかった。

「おお、俺は来たばっかしだからな、ま、3日はのんびりするつもりだ」

2人は在り来りな会話を交わし、しばらく立ち話をした後で別れたが、俺は如月と階段ですれ違う時に、もう一度如月に向かって頭を下げた。
黙っていてくれた御礼だ。

「ありゃあな、浮島んとこと親戚筋にあたる組のもんだ、まあーこんなとこにひとりで来るわけがねぇ、へっ、女にゃ目がねー奴だからな」

テツは如月の事を話したが、俺は生返事を返し、如月が部屋にやって来ない事を願っていた。


脱衣場で私物と着替えをロッカーに入れたが、浴衣は動き辛いから、家から持ってきたスウェットを持ってきた。

俺は腰タオル姿で浴場に入ったが、テツは露天と同じようにマッパで堂々と歩いて行く。

中にはおっさんがひとりいて、湯船につかっていた。
露天風呂のような開放感はないが、洗い場もちゃんとあるし、一応浴槽の中には岩があったりする。

俺はテツと一緒に洗い場に行き、椅子に座って体を洗い始めた。
ふたりして無言で体を洗ったが、洗い終えたら、テツが頭を洗ってやると言い出した。

だけど、おっさんがいるし、躊躇した。

「いいよ、自分でやる」

「いいじゃねーか、ほら、頭を下げろ」

テツは全く気にしてない。
俺の頭をぐいっと下げてシャワーの湯を浴びせてきた。

「へへっ、かいーとこあるか?」

シャンプーを泡立て、豪快にゴシゴシ洗いながら聞いてくる。

「いや……ない」

おっさんの目が気になったが、向こうはひとりだし、別にいっか……と思い始めた。

「そうか、へへっ」

「ははっ、仲いいですね?ご兄弟ですか?」

テツはごきげんな様子だが、不意に知らない人の声がした。
多分おっさんじゃないかと思ったが、泡だらけで目を開ける事が出来ない。

「おう……、そんなもんだ」

テツは手を止めて無愛想に答えた。

「そうですか……、私もね、息子がいたんですよ、休みを合わせて、たまにこの宿に一緒に来ていた、息子と言っても養子縁組した息子なんですがね……、私より先に逝ってしまって……、いやー人間なんて、いつどうなるか分からないものです、だから……楽しめる時は楽しんだもん勝ちだ、今になって、つくづくそう思います」

おっさんはカランの湯を出しながら、自分の事を話したが、テツはなにも答えずに俺の頭をゴシゴシやっていた。
俺の刺青は当然見えてる筈だし、例えマッパでも、テツはいかにもその筋らしい覇気を纏っている。
普通なら躊躇って近づかない筈だが、何度か来た事があるみたいだから、その手の人間に慣れてるのかもしれない。

「それじゃ……、つまらない事を話してすみませんでした、お先に失礼します、よい旅を」

おっさんは湯を止めると、テツに挨拶して立ち去ったようだが、テツは黙ったままだ。

「よし、流すぞ」

「あ、うん……」

俺はおっさんを見る事が出来ずじまいで、テツにシャワーの湯を浴びせられた。


洗い終わって湯船に浸かると、ちょっと熱かった。
露天風呂と違って外気が当たらないから、湯の熱さをまともに感じたが、長くつからなきゃ大丈夫だと思って我慢した。

「な、さっきのオヤジ、妙な事を言ってたが……、ありゃそっち側だな」

テツは頭にタオルを乗っけておっさんの事を口にする。

「うん……死んだとか言ってた」

なんとなくしんみりした気分になった。

「へへっ、おめぇは死ぬなよ」

なのに、テツは俺の股間に手を伸ばし、ふにゃふにゃのナニを弄りながら言う。

「俺より……、危ねぇのはあんただろ」

手を払い除けて言った。

「そりゃまぁな、確かに仕事柄リスクは高ぇ、ま、おやじの自分語りはどうでもいい、それより、なあオイ……、この鷹を見て……あいつらなにか言ったか?」

テツは見知らぬカタギには酷く無愛想だ。
というより……一線を引いているというのが正解かもしれないが、おっさんの話には興味はないらしく、俺の肩を抱いて聞いてきた。

「え……、いや」

蒸し返されるのはゴメンだ。

「大丈夫だ、余計な事ぁ聞かねぇよ、ただそこを聞きてぇだけだ」

だけど、刺青の事を聞きたいだけらしい。

「刺青は……みんな褒めてた」

若頭の日向さんですら、刺青の事は悪く言わなかった。

「そうか、へへー、だろうな、鮫島の爺さんだからな、こいつぁ俺のもんだ、俺んとこに戻ってきたんだからな、伝書鷹だ、なははっ」

テツはしょうもない事を言って得意げにニヤついた。

「うん……」

それでも突っ込む気にはなれず、むしろ、ニヤつくのを見たら嬉しかった。

「なあオイ、知ってるか?鷹はな、つがいになったらパートナーを変えねぇんだぜ」

にしても……やっぱり湯が熱い。

「そうなんだ……」

「おお、片方が死んだらよ、独身を貫くんだ、下手な人間よりゃ立派だな、っははっ!」

もうそろそろ出たいが、テツは熱くないのか、へっちゃらで話をする。

「へえー……」

「こら、真面目に聞いてねーだろ」

「聞いてるって……、で、鷹がなんだって?」

「おめぇ、やっぱり聞いてねーな」

もう……無理だ。

「熱い!耐えられねー、先に出るからな」

「ん、熱いのか?ったく、しょうがねぇな」

テツはぶつくさ言ったが、無視して洗い場に行った。
ぬるいシャワーを出して茹で上がった体を冷やしたら……滅茶苦茶気持ちいい。

テツも後からやって来て頭を洗い始めたが、そうするうちに他の客が入ってきたので、2人して黙々と洗い終え、そのまま浴場を後にした。


「ふう、スッキリしたな……、ここは明日発つぞ」

服を着ていると、何気なく言ってきた。

「あ、うん……、で、どこ行く気?」

まだ行き先を聞いてない。

「温泉だ」

「えぇ……また温泉?だったらさ、ここでもいんじゃね?」

「あのな、温泉っつっても個人の家だ、家に温泉をひいてるだけだからな、湯は温泉だが、普通の風呂だ」

温泉フェチじゃあるまいし、温泉を渡り歩いても仕方がないと思ったが、奇妙な事を言い出した。

「え、どういう事?」

「メインは温泉じゃねー、クックックッ……、そこはな、違う楽しみがあるんだ」

またなにか企んでいるようだが、旅行まで変態絡みだったら……萎える。

「なんだよ……」

「イノシシや鹿を狩る、狩ったやつを食うんだ」

だが、予想を遥かに上回る事を言った。

「ええっ!なにそれ……ひょっとして猟師?」

「おう、猟を生で見られるぜ、こんな体験は滅多にできねーぞ」

「生でって……まさかシメたりするわけ?」

「そうだ、あのな、猟銃で撃つのは辰さんがやるが、罠で捕まえたやつは槍でぶっ刺すんだ、おめぇも体験してみろ」

辰さんとか気安く言ってるし、知り合いなんだろうが、槍でぶっ刺すとか……目眩がしてきた。

「いい、やりたくねー……」

「馬鹿野郎、男なら獣くらい狩れなくてどうする、やるんだよ」

「いや……あのさ……、現代で獣を狩る機会はねーから」

「そういう事じゃねー、やる事に意味がある、辰さんはな、親父と同い年だが、猟の腕は確かだ、でけー熊を何頭も始末してる」

「無理だよ……」

変態よりはマシな気はしたが、そんな体験をしたら、マジでトラウマになりそうだ。

憂鬱になってきたが、テツはやる気に満ちている。

「なかなか時間が取れねぇからな、ちょうどいい機会だと思ってよ、久しぶりに血が騒ぐ、熊は急所を外したらやべぇ、反撃食らうからな、極力一発で仕留めねーと下手すりゃ殺られちまう、タマぁとるって事はよ、自分も同じだけ覚悟がいるって事なんだ」

熱く語られても、俺には理解不能だ。

「ふーん……」

着替えはとっくに終わり、階段へ向かって歩いていたが、テツは興奮気味に猟の話をしていた。





夜になり、料理が運ばれてきた。

テツはビールを飲んでいる。

「兄貴、どうぞ」

「おう、へへっ、にしても、やっぱ姉ちゃんにそっくりだな〜」

「う、いてて、擦れる……」

首を掴んで頬ずりしてくるから、髭がヤスリみたいに肌を擦る。

「そういや、髭はいつ剃ってんだ?つか、ひょっとして生えてこねぇのか?」

「電気のやつを持ってる、毛が薄いからあんまり要らねぇ」

「はははっ、だから半分永久脱毛したとこも薄いまんまか、いいぞー、それでいい、毛はいらねぇ、ありゃ萎える、つるつるのまま保て」

「いや、まあー……うん」

まめに処理しなくていいから楽だが、喜んでいいのか微妙だ。

「けどよー、多分禿げるぞ」

しかも、嫌な事を言う。

「えぇ…、そうかな〜」

「禿げたら坊主にすりゃあいい、スキンヘッドだ、体中つるつる、頭もつるつる……、なっはっは!笑えるな」

面白がってるが、もしそうなったら最悪だ。

「いや、あのさー、つるつるは嫌だろ、だいたいスキンヘッドとか、似合わねーよ」

「ふっ、まあーあれだ、まだまだ先の話だからな、それより……、竜治の奴ぁざまあねぇな、カミさんはどうなったかしらねぇが、土下座でもして謝らねーと、あの様子じゃマズいな、ガキまで作ってよ、素知らぬ顔で男とやってたんだぜ、女房からしてみりゃ青天の霹靂だろうよ」

テツはスキンヘッドで竜治の事を思い出したらしい。

「うん……」

竜治の奥さんについては、確かにやばそうだ。
あの時、鬼のような形相をしていた……。

「しかしよ、女装して奴の車ん中で写真撮らせるって……、シートをフラットにして撮ったのか?」

「そう……、でも……言っとくけど、あれは俺が女装して朱莉さんに会ってて、それで竜治さんが見せろって言ってきて……、渋々だから」

あれは事実そうだから、ここは敢えて言い訳てんこ盛りにしてやる。

「で、やったのか?」

「やってねー、前にも言ったけど、本当にやってねーから」

「へへっ、ああ、信じてやるよ」

へそを曲げるかと思ったが、笑って肩を抱いてきた。

ほっとしてデザートのシャーベットを口に運んだら、ドアをノックする音がした。

「矢吹、ちょいと邪魔していいか?」

如月だと思ったが、やっぱりそうだった。

「おお、構わねー、入りな」

「へへー、わりぃな、邪魔してよ」

「いや、ま、座りな」

「ああ、そんじゃ失礼して」

テツは如月に促し、如月は角に座った。

「おめぇも飲みな」

「ああ、こりゃわりぃな」

「遠慮はいらねぇ、箸も新しいのがここにある、2人だけじゃ食いきれねーからな、適当に食ってくれ」

「ああ、すまねーな」

如月は照れたように頭を掻いたが、部屋に入った後から、ずっと俺の方をチラチラ見ている。

「おお、友也、如月に酌をしてやれ」

テツに言われてドキッとしたが、狼狽えちゃマズい。

「あ、うん……」

シャーベットを置いてビール瓶を持ち、如月の傍に行って膝をつき、言われたようにビールをついだ。

「どうぞ」

「おお、わりぃな、へへっ」

如月はニヤついてグラスを差し出してきた。

「そういや……、木下がちょっとしたミスをやらかしたらしいな、浮島んとこは隠してるようだが、噂じゃおめぇのとこからペットを貰ったとか?なあ、矢吹……、そりゃほんとなのか?」

人懐こい笑みに安心感を覚えたが、ビールを一口飲んで核心をつくような事を聞いてくる。

「ああ、そうだ」

思わずテツの顔色をうかがったが、テツはビールをつぎながら淡々と答える。

「うちもよ、お達しがきて例の件から手を引いたが……、なんでもよー、田上組長がおめぇんとこに手を貸したのは、ペットを貰ったからだと聞いた、そんな馬鹿げた事があるのか?信じられねぇな」

浮島組と親戚筋と言ってたし、噂を耳にしていても不思議じゃないが、薄ら笑いを浮かべて言うのを見たら、正直……気分はよくない。
立ち上がってテツの所へ戻った。

「なあ如月、確かにバカげた事だ、おめぇは噂を聞いたと言ったが、どうせ裏じゃ笑い話にして面白がってるんだろう、けどよー、それを田上組長が知ったらただじゃすまねーぞ、こりゃ面白がって話す事じゃねー、そこんとこを理解できるなら……話してやってもいい、どうだ?」

隣に座ったら、テツは険しい顔をして如月に聞き返した。

「いや、わりぃ、そういうつもりはねー、その辺りは俺もわかってる、だからよ、俺は組のもんが話してるのをただ聞き流してた、余計な口を叩いて痛てぇ思いをするのはごめんだからな、口外しねぇと約束する」

如月はニヤつくのをやめて真面目に言った。

「そうか、ああ、俺もおめぇの事ぁよく知ってる、わかった、じゃ、話すが……、お前の聞いた話は多分ほぼ当たってる、そのペットが……こいつだ、友也だ」

テツは如月の事をある程度信頼してるらしい。
口振りでわかったが、如月は驚いた顔をして俺を見た。

「えっ……、そうなのか?」

詳細までは分からないとしても、これで竜治と俺の関係について、アバウトにわかっただろう。

「ああ、こいつはうちのペットなんかじゃねー、木下が勝手に言った事だ、友也は元から俺の息子だ、けどよ、まあー色々事情があってな、友也は木下と関わる事になったんだ、で、木下がこいつの事を気に入っちまってよ、てめぇのモノにしようとした、簡単にいや、そういう事だ」

テツが話すのを聞いたら、開き直った心境になった。

「そうか、木下が気に入ってたのか、ふーん、なるほどな……、それであの件を利用して自分の組に引き込んだってわけか」

如月は納得したように頷き、自分でビールをついでいる。

「そうだ、ふんっ……、おとなしくカミさんの機嫌をとってりゃいいものを、ろくな真似をしねぇ」

テツは忌々しいとばかりに、吐き捨てるように言った。

「それで奴は懲罰か、しかしよ……、深く詮索するつもりはねーが、そこまでするからにゃよっぽど……だったんだろうな」

すると、如月は言い訳めいた事を言って俺を見たが、それは俺に語りかけているように思えた。

「まあーそういうこった、俺にとっちゃいい迷惑だが、奴もあの程度のバツで済んで良かったんじゃねーのか、ったくよー、あと1日遅れりゃ、友也は浮島に取られるところだったんだからな」

テツはビールをグイッとひっかけ、苛立つようにグラスをドンと置いた。

「盃を?」

「ああ、向こうはそのつもりだった」

「へえ、それじゃ、本当にやばかったんだな、にしても……、おめぇが息子にするぐれぇだ、それを取られちゃたまらねぇな」

如月は同情するように言う。
どうやら……これ以上気を揉む必要はなさそうだ。

「おお、そうなる事は分かっちゃいたが、はたから見りゃつまらねぇ約束でも、あんときゃ浮島の力が必要だった、手を出したくても出せねー、そんな時にちょうどいい具合にこいつのツレが、こいつを追っかけて田上んとこに行った、そいつはうちの親父が可愛がってた奴だ、だからよ、それを理由に火野を行かせた」

「火野を?大丈夫だったのか?」

「ああ、うちの親父は、元からカタギに迷惑をかけるなって主義だ、無関係のツレを迎えに来たといや、奴らは疑う事はねー、他にもこいつに会いに行った奴がいるが、友也にはそいつらを通じて、暗に逃げ出すように伝えた、例え繋がれてなくとも、人ってやつは案外脆い、監禁状態で脅されたり、ひでぇ目に合わされると、逃げる気力を無くす、増してや、あいつらはシャブを使うからな、そういう状態にならねぇように火野や他の奴にも伝言を頼んだ」

「そうか……、そいつはまた、なんとも言いようがねーが、そこまでして欲しがるとはな」

「けっ、意地もあるんだろうよ……、こいつが向こうへ行く前に、いっぺん釘を刺してやったからな、それで意地になって、俺から奪おうとした、奴は俺に負けるのが悔しかったんだ、ま、多少はぶん殴ってやったからよー、少しはスッキリしたがな」

「やり合ったのか?木下と」

「ああ、俺には若がついてた、補佐もな、けどタイマン勝負だ」

「ほお、若頭が……、そうか、おめぇは長いこと頭についてたからな、そいつはおもしれぇ、しかしよ、木下も腕っぷしつえーから、やりがいがあるだろ」

「速さじゃ俺が上だ、蹴りを食らわしてやった」

「はははっ、そうなのか?」

「おう、思いっきし叩き込んでやったら、奴はぶっ倒れた」

「へえ、あのガタイを蹴り倒すのか?木下とおめぇのタイマン勝負、いいな……、是非見てみてぇ」

2人は喧嘩の話で盛り上がり、すっかり打ち解けて話をしている。
それを見たら、リラックスした気分になった。

「機会がありゃ見せてやるが、もうねーだろう、こいつを取り戻す為にやった事だ、若が許可したのは、あくまでも私情絡みの勝負だから……それでだ、ふんっ、誰だろうと……こいつは渡さねー」

シャーベットは溶けてしまったので、ケーキをとって食べ始めたら、テツが空のグラスを片手に肩を抱いてきた。

「そうか……、話はわかった、おお、奢って貰う俺が勧めるのはなんだが、ほら、ビールだ、ついでやる」

「ははっ、おう、わりぃな」

如月がビールをつぎ、テツは上機嫌でグラスを差し出す。

「なあ矢吹……、おめぇ知ってるか?」

俺は安心しきってケーキを食べていたが、如月はニヤついた顔で前に身を乗り出してきた。

「ん、なんだ?なにかあるのか」

テツは興味津々な様子で聞き返したが、俺もすかさず聞き耳を立てていた。

「木下の奴ぁ、ここの女将に手ぇ出してんだぜ」

なにかと思ったら女将の話だった。

「んん、女将に?」

「ああ、だからよ、木下はここに来たら、女将とは妙に親しげに喋ってる」

「そりゃまあー、確かに美人だけどよー、40過ぎてるぜ」

テツは呆れ顔で言ったが、俺はケーキを頬張りながら密かに納得していた。

「木下は幅広いからな、くっくっ、若いのから熟女まで……、色白で美人、痩せたのが好みだ」

「あいつのカミさん、太ってたぜ」

「おお、だからよ、余計だ、ただ、あいつは…ああ見えてガキを可愛がる」

「子煩悩なのか?」

「ああ、ガキは可愛くて仕方ねーみてぇだ、しょっちゅうガキの話を聞かされる」

「へえ、嫁よりガキか……なるほどな」

「けどな、奴の嫁さん、ありゃ最近ホストに狂ってたらしいぜ」

如月が話した事は、全部当たっている。

「ほお、夫婦揃ってお盛んだな、っははっ!ま、奴の事だ、もし嫁がホストと上手い事やったら、いい鴨にでもするだろうよ」

テツの言った事も正解だ。

「だろうな、兎に角よ、奴は離婚してガキを取られたくねーんだろう、俺にゃさっぱり分からねー、女なんざいくらでもいる」

「おいおい、また金づるにしてるんだろう、あんまり非道な真似をするなよ」

「誤解して貰っちゃ困る、俺はおだてて稼いで貰うんだ、褒めちぎってその気にさせりゃ、よく働いてくれる」

「キャバクラか、それともソープか?」

「ソープだ、ただな、つけあがった時はきっちり叱らねーとな、飴と鞭だ」

俺はそれとなく話を聞いていたが、話が如月自身の事へ移ると、如月は耳障りな事を言い始めた。
そう言えば寺島も似たような事を言っていたが、どのみち聞きたくないから、極力意識をそらして聞かないようにした。




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あきゅろす。
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