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BL長編snatch(完結)ヤクザと高校生
Snatch72I'll come with you
◇◇◇

刺青第2回目から10日経ったこの日、12月に入った事もあり、急いで刺青を完成させる事になった。

テツがついて行く予定だった……というか、行きたがっていたが、どうしても外せない用が出来て、イブキとケビンの2人が付き添ってくれる事になった。

バイトは昼勤で午後4時に終わり、駐車場に行ったら、車は親父さんちの白いプリウスが止まっていた。

俺は後部座席に乗り込んだが、運転はイブキで助手席にケビンが乗っている。

「友也君、行っちゃっていい〜?」

「あ、うん……、お願いします」

イブキに返事を返したら、車はすぐに動き出した。

「友也、今日は店には入らなかったよ、金城の兄貴が行かなくていいって言うから、そうした」

すると、ケビンが後ろに顔を傾けて話しかけてきた。

「そうっすか……」

別に報告してくれなくてもいいような気がしたが、その辺りも外人めいた感覚なんだろう。

「ちょっと〜、なにそれ、俺がわざと止めてるっぽくね?」

わざわざそんな事を言うから、イブキが気を悪くしたようだ。

「そんなつもりはありません、友也に事実を説明しただけです」

「いちいち説明する事じゃないだろ、しかもさー、なに友也君を呼び捨てにしてるんだよー」

「友也は組の人間じゃない、だから普通に呼んでるだけです」

「ったくー、寺島の兄貴が甘やかすから〜」

ケビンはハーフとは言っても、感覚が日本人とは違う。
仕方がない部分もあるんじゃないかと思ったが、イブキがやたら突っかかるのは……どう考えても寺島が原因だ。

「友也、今日で完成だろ?」

ケビンは墨の事を聞いてきたが、正直、俺はあまり話をしたくなかった。

「あ、ああ……」

「大丈夫、痛みは一時だ、また手を握ってやる」

「手を握る?」

「そうです、この前友也は痛がってた、だから手を握った」

「ふーん……、やけにフレンドリーだね〜」

イブキはケビンと仲良くするつもりはなさそうだ。

「当然です、友也は矢吹の兄貴のパートナーだ、兄貴のパートナーなら、俺にとっても大切な人間です」

だが、そんな事は……実はどうでもよかった。

「パートナーか……、ねー、友也君」

ケビンの言った事は、通常なら有難く受け取るところだが……今は地雷だ。

「あ……っと……、なに?」

聞かれるとは思っていたが、できる限りとぼけたい。

「寺島の兄貴と……話した?」

だけど、無理っぽい……。

「あっ、ああ……、うん……」

どう言えばいいか、滅茶苦茶焦った。

───寺島のせいだ。
そんな事は、自分で言うべきだろう。
だいたい……何故俺が寺島の尻拭いをしなきゃいけないのか、意味が分からない。

「兄貴、俺との事……どう言ってた?最近なんかー距離置かれてるし〜」

ここは時間稼ぎだ。
取り敢えず、竜治の事を聞いてみようと思った。

「あ、あのさー、それもだけど……竜治さんはどうなった?」

竜治には予定だけメールで送っておいたが、忙しいのか、あれ以来顔を合わせてない。

「ああ、別れた、竜治さんはごめんなって謝ったけど、俺も……兄貴から言われて付き合ってただけだしー、別に構わない」

俺との事がテツにバレてしまったし、イブキと付き合うのをやめたようだ。

「そっか……」

「それより……寺島の兄貴の事が気になるんだよね〜、ね、俺の事何か言った?」

でもイブキにとっては、あくまでも寺島の事が重要らしい。
嘘はつけないし……遠回しに話すしかなさそうだ。

「あ、あの……、寺島さんは……、ほら、あの人遊び好きだろ?だからさ……」

「知ってるよ、スナックのママにバー、キャバクラ……、兄貴は最近女遊びにハマってる、友也君、構わないからさー、ハッキリ言ってくれる?」

寺島は遊び歩いてる事を隠しちゃいないようだが、そこまで言われたら……この際話すしかない。

「あの、じゃあ言うけど……、寺島さんは自由にやりたいって……そんな風に」

「そっかー、やっぱりね、俺には飽きたんだ」

投げやりに言われて焦った。

「そんな事は……、寺島さん、弟分としては大切に思ってるって言ってた、だからその……」

「うん、わかった……、もういいよ、ありがとう……」

イブキはあっさり納得したが、気落ちしてるのは明らかだ。

寺島……最低だ……と思ったが、考え方は人それぞれだし、かくいう俺も、一時寺島とよからぬ事をやってた。
朱莉さんの為に女装したら、寺島がしつこく迫ってきて……キスだけならと渋々OKした。
しかも、ああ見えてキスが上手い。

あれはテツには絶対に内緒だ。
墓場まで持って行く。
だから、人の事を言える立場じゃなかった。



鮫島宅に到着し、車を降りて3人で玄関に向かったが、俺は2人の後ろについて歩いた。
2人共高身長だから、前から見たら多分俺の姿は見えない。


イブキがピンポンを押した。

『はい』

『どーも〜、お世話になりまーす、予約した矢吹でーす』

『お、おお……、今行く』

イブキの超軽いノリに、鮫島の爺さんは若干狼狽えたようだった。

パタパタと足音が聞こえ、すぐに玄関が開いた。

「色んな人が来るな、今日は誰かな?えーっと、君は……山本ケビンだったね?」

鮫島は2人を交互に見て、まずケビンに言った。

「はい、鮫島さん、こないだはどーも、こんにちは」

ケビンは一歩前に出ると、片手を差し出して握手を求める。

「あ、あはは、おお、こんにちは……」

鮫島が手を出して応えると、ケビンは軽くハグしてすっと離れ、鮫島は驚きつつも満更でもない様子で笑顔を見せ、次にイブキを見た。

「で、君は……初めてだね」

「俺は金城颯、宜しく〜」

イブキは小首を傾げて名を名乗り、鮫島は個性的な2人に驚いたようだが、楽しげに笑っている。

「おお、そうか……イブキ君か、霧島さんのとこはバラエティに富んでおるな、はははっ、まあー上がりなさい」


2人に続いて家に上がったが、刺青を入れる超本人の俺は……1番地味だった。

今日はソファーに座るように促され、鮫島は茶を入れてくると言って部屋を出て行ったが、イブキはケビンを避けるように俺の隣に座っている。

「ふーん、こういうとこ、初めてきた」

イブキが珍しそうに部屋の中を見回していると、ケビンがタバコを出して吸い始めた。

「タバコ吸うんだ」

「ああ、吸う……、友也、今日は怖くないか?」

タバコを吸う仕草が様になっていて、つい目がいっていたが、前回痛がったせいか、心配してくれてるようだ。

「うん、あんまり痛くなかったし、薬も飲んでるから、大丈夫」

やってる時は痛むと思うが、これで最後だと思うと怖くはなかった。

「そうか、鷹のタトゥーいいね、俺も入れようかな」

ケビンは刺青に興味があるようだ。

「あのさー、タトゥーじゃなくて、一応和彫りだから」

俺はどっちでもいいと思ったが、イブキが口を挟んできた。

「タトゥーと和彫りの違いはなんです?」

ケビンは気を悪くするでもなく、煙を吐き出しながら真面目な顔で聞いた。

「えー、俺もよくわかんねぇけどー、確か……彫る深さじゃないかな〜」

イブキは困った顔で答えた。

「深さですか、和彫りは深いんですね?」

「うん、多分〜」

「なるほど、だから痛いのか……」

「ケビン、もし入れるとしたらー、何入れる?」

「ああ、そうですね……、そのー、和彫りは美しいから、和彫りで何か入れたいです」

「へえー、あのさー、外人から見たら〜、和彫りって美しいわけ?」

「ええ、絵が細かくて繊細……色合いも……、芸術的です」

「そうなんだ、日本だと墨入れてると怖がられる」

「何故ですか?」

「昔からヤクザしか入れないから」

「ああ、そうですか、それで怖いイメージなんですね?」

「じゃあさ、イギリスは?」

「ああ、わりと普通にファッション感覚で入れます、貴族なんかは嫌う人もいますが、最近はそうでもないかな」

「ふーん、国が違えば随分違うんだね」


なんだか知らないが、刺青をネタに普通に会話している。

これをきっかけに少しでも仲良くなれば、それに越したことはない。


鮫島が戻ってきて日本茶をご馳走になり、たわいもない会話をした後で、いよいよ最後の刺青が始まった。

上半身裸になってベッドにうつ伏せになると、ケビンがすぐ脇に立った。
産毛を剃って下処理を済ませたら、機械音がして前回と同じ痛みが襲ってきた。

「うっ……!」

「友也、ほら、手を握ってやる」

「あ、ああ……」

差し出された手を握ったら、イブキが傍にやって来た。

「ふーん……、優しいな〜」

「代わります?」

俺には嫌味に聞こえたが、ケビンはイブキに交代を促した。

「え……、あ、まあー」

イブキはちょっと戸惑ったが、ケビンと交代して手を握ってきた。

「うっ、いっ……!」

ちょうど針が痛いところを突いてきて、イブキの手をギュッと握った。

「友也君、だ、大丈夫〜?やっぱ……痛いんだー」

イブキは痛そうな顔をして見ている。

「い、い"っつー!」

肌を削るような刺すような、よく分からない痛みが肩甲骨の辺りに響く。

「あっ……友也君、や……ヤバくね?」

「ううーっ!」

「いた〜!あ〜っ!」

イブキは俺が痛がると、俺以上に痛がっている。

「ぷッ……、兄貴、友也に影響されてませんか?」

ケビンがイブキを見て面白がっている。

「しょーがないじゃん、なんか……痛みが伝わってくる」

けど、俺は背骨の上をやられてそれどころじゃない。

「あ"ーっ!痛てぇー!」

「ひいっ!イタタタタ……、あぁっ、ヤバい……ヤバいって……」

「ぷっはっ、あははっ……!」


仕上げという事もあるのか、前回と比べたら彫り方が大胆だ。

ジッジッジッ……という機械音がする度に痛みに呻いていると、イブキもビビって奇声を上げ、それを見たケビンは笑いっぱなしだった。



「よし、出来た!完成したぞ」

鮫島の爺さんが、やり遂げた感たっぷりに言って機械を片付け始めた時には、俺はぐったりとベッドに張り付いていた。

「3時間か……、友也、頑張ったな、と……兄貴も」

「あぁー、疲れた……」

イブキは途中で椅子を持ってきて座っていたが、膝に手を乗せてぐったりと疲れきっている。

「じゃ、ワセリンとガーゼね」

鮫島が戻ってきて背中に軟膏を塗り始めた。

「へえー、薬じゃないんだー」

イブキがボソッと言ったが、俺も同じ事を思った。

「ふうー、兄貴、大丈夫ですか?」

ケビンが向こうの方から声をかけてきて、見れば、ソファーに座ってタバコを吹かしている。
どっかりと背中を預け、背もたれに片腕を乗せて足を大胆に組んでいるが、花車に現れた時とおんなじポーズだ。

「なに呑気にタバコ吸ってんだよ〜」

イブキは振り返って呆れたように言ったが、俺はやっぱりイケてると思った。

「まあー外人だし、悪気じゃないと思うよ、まさか親父さんちじゃやらないんだろ?」

イケてる分、庇う事にする。

「あー、まあー」

「外に出た時くらい自由にさせてあげたら?それでなくても、日本で暮らすのはなにかとギャップがあるだろうし」

「うーん……、そりゃー、まあーね」

イブキは俺の方へ向き直って頷いた。
今なら、ケビンの事を聞いても気を悪くする事はないだろう。
寺島には詳しく聞けなかったし、ケビンが離れている間に、親父さんとの事を聞いてみようと思った。

「なあ、イブキ……、ケビンってあんな見た目で……本当に親父さんと?」

「うん、そう」

やっぱり真実らしい。

「親父さん……美形好きじゃなかったのか?マフィアもイけるわけ?」

「なんかさ、ケビンは武闘派に育てたいみたい」

「武闘派とそれと、どう繋がるわけ?」

「ああそれは、親父がなんとかって言ってた、どう言ったか忘れた〜」

「なに?気になるな、な、思い出して」

背中の処置はとっくに終わり、鮫島は棚の前で片付けをしていたが、肝心なところでケビンがこっちにやって来た。

「今、俺の事話してたろ?」

「あ、ああ、うん……」

俺に聞いてきたが、地獄耳なのか……バレていた。

「親父さんとの事、気になる?」

「いや、まあー、その……」

滅茶苦茶気になるが、聞きづらい。

「俺は気になる、ケビン教えて〜」

すると、イブキが代わりに言ってくれた。

「わかりました、じゃあ、話します、俺は親父さんとチギリを結びました、衆道です」

「あー、思い出した、それだ、でー、俺、意味わかんねぇんだけど、それって契約?」

「そうですね、契約と言ってもいいでしょう、1度結ぶと裏切ってはならない、親父さんにそう言われました、あとはトレーニングして体を鍛えろと、だから俺は鍛えて強くなります」

「うーん、なんか堅苦しい事言ってるけどさ〜、はっきり言って……ただやってるだけじゃん」

「それを言ったら終わりですが、まあー契約は置いといて……、俺はイギリスのやり方も貫きたい」

「ん、どういう意味?」

「イギリスでは日本でいうタチ、ネコ……これは決まってない」

「ああ、リバ?交代でしょ」

「はい、だから親父さんに交代して欲しいと言いました」

「えーっ!マジで?」

「はい、でも断られました」

「そりゃ当たり前だよ、え〜だけどさ、よく言ったよな、つーか〜、ケビン、親父を掘りたいわけ?」

「はい、いくら組長さんでも、そこは対等にいきたい」

「いや、あのさ〜いくら鍛えてるからって……、親父は還暦きてんだよ?しかもあの風貌だしー、ぷっ、クックック、でも……ちょい見てみたい気もする、あははっ!」

2人の会話は色々と勉強になったが、ケビンが親父さんに交代を申し出たのは笑える。
親父さんはきっとビックリしたに違いないが、相手がハーフの外人だけに、腹を立てるわけにはいかないだろう。

「楽しそうだな、良かったらソファーに座って話さないか?茶を入れてくる、日本茶は飽きただろ、珈琲がいいか?」

鮫島は笑顔で促してきたが、そういう話を聞いても平気なようだ。


服を着てソファーに移動し、俺とイブキが並んで座り、向かい側に鮫島とケビンが座った。
珈琲を飲みながら4人で話をしたが、俺はもっぱら3人の会話を聞くのみだった。

鮫島の爺さんがバイやゲイを嫌悪しないのは、ヤクザにはそういう人が多いから、慣れてるという事だ。
それから、イブキはベッドの脇にあるテレビの事を聞いた。
実は俺も気になっていたが、あれはナニに墨を入れる時に使うと言う。
勃たせた状態じゃなきゃ彫れないらしい。
つまり、あれはAVを流す為に置いてるという事だ。
それでも先端部はどうしても萎えてしまうらしく、そんな時は、勃起持続スプレーやチンコベルトを使用するらしい。

背中でも充分痛いのに、チンコの先端部に針を刺すとか……痛みも当然だが、血が噴き出しそうで怖過ぎる。



1時間くらい談笑して、即席のお茶会はお開きとなった。
イブキが代金を払って鮫島宅を出たが、別れ際、鮫島は墨に関係なくまた遊びに来てくれと言っていた。
ヤクザらしからぬ2人の事が、いたく気に入ったらしい。

帰りの車中は行きとはガラッと雰囲気が変わり、イブキとケビンは冗談を言いあっていた。
俺にも話しかけてきたが、控え目に返事を返して聞き役に徹した。
せっかく仲良くなったんだし、邪魔したくなかったからだ。
俺は寺島との事がちょっと気になっていたが、イブキは寺島の本心を知って開き直ったらしく、兄貴としては慕っていると言っていた。


イブキの運転でマンションまで送って貰い、頭を下げて車を見送った。

車が見えなくなってエレベーターに向かったが、今日から鷹を背負って生きて行くんだと思ったら、何となく気持ちが引き締まるような気がした。
刺青を入れるにあたり、初めは色んな事を考えて悩んだが、入れてしまえば意外と大した事じゃなかった。
ケビンが、イギリスじゃファッション感覚だと言ったのも、多少は影響したのかもしれない。


その夜、テツは日付がかわって帰宅したが、真っ先に完成した墨を見せろと言う。
まだガーゼがくっついていたので、テツに剥がして貰ったが、剥がし終えて完成した鷹をじっくり眺め、ひとこと『いい出来だ』と言った。
それ以上なにも言わなかったが、背中から緩く抱き締めてきた。
前に回した腕を掴んだら『よく頑張った』と呟き、顔を近づけてキスをした。







それからまた何日も過ぎてゆき、何事もなく新しい年を迎えようとしていた。

この日、夜勤のバイト中に珍しくテツから電話がかかってきた。


『あ、なに?珍しいな』

滅多にかけてこないから、嬉しくなって顔がニヤケていた。

『友也、すぐに迎えに行く、店長にゃ電話した、着替えて駐車場で待ってろ』

ところが、いきなりまくし立てるようにバイトを上がれと言う。

暗い声色に……漠然とした不安を感じた。

『えっ、どういう事……なにかあったの?』

なにかよくない事が起こったんじゃないかと思って、焦るように聞いた。

『柳田がやられた、森先生んとこだ、逝く前に……おめぇの墨を拝ませてやりてぇ』

予感的中らしい。

『え……、なにそれ……柳田さんが……やられたって……』

『撃たれたんだ、兎に角いう事をきけ』

だけど、わけがわからなかった。

柳田がやられて……逝く前に刺青を拝ませる……。

そんな事……信じられない。


頭がぼーっとなっていたが、電話を切った後、自然とロッカールームへ向かっていた。


「おい、友也」

ロッカールームの前に来た時、気配も無しに背後からミノルが現れたが、中身は三上だ。

「三上さん……、タバコは無理です、俺、バイトあがります」

三上とはタバコを介して友好的な関係を続けている。
現れた時は必ずタバコを差し出し、たわいもない会話を楽しんでいるが……今は無理だ。

「ん、どうした、なにかあったのか?」

「柳田さんが撃たれたらしいです、だから俺……刺青を見せに行きます」

事情を簡単に話しながら、扉を開けて部屋の中に入った。

「おめぇ、すっかり霧島組の一員だな、柳田とも付き合いがあるのか、で、すっ飛んで行かなきゃならねぇって事は……奴はやべぇんだな?」

三上は一緒に入ってきて柳田の事を聞いてきた。

「はい、直ぐにテツが迎えに来ます」

「そうか、墨を見せるって約束でもしてたのか」

「組の中で墨を入れてるのは親父さんだけだから、柳田さんはお見舞いに来てくれた時に、俺が墨を入れたら……墨仲間だなって……凄く喜んでました、完成したら見せてくれと、そう言って笑った、帰り際に俺の頭をゴシゴシ擦ってまた会う約束をした、俺……あの人を初めて見た時、大仏だってそう思った、だけど話をしたら気さくな人だった、だから俺……墨を見せるのを楽しみにしてた……なのに」

話し始めたら止まらなくなり、最後に会った時の笑顔が浮かんできて……涙で目が霞んだ。

「わかった、落ち着け……」

「こんな事になるなんて……、嘘だ」

「おいコラ、おめぇが泣く事ぁねぇぞ、ヤクザなんかいつ死んだっておかしかねぇんだ、あいつはこれまでに何人も殺ってる、ムショに入ったのはたまたま運が悪かっただけだ、遅かれ早かれ、そうなるのはわかってた」

「うっ……」

「泣くなっつってるだろ!見ろ、俺だって死んだんだからな!」

あとちょっとで号泣するところだったが、三上の言葉を聞いてはっとした。

「あ……の……、は、はい……」

「へへー、俺はまだ成仏してやらねぇからな、もっとタバコを吸わせろ、おい、それよりボサっとするな、さっさと着替えろ」

意地悪く笑う顔はミノルだが、仕草はやっぱり三上だ。

「あ、はい……」

「そうだ、しっかりしろ、ま、あいつは普通に成仏して消えちまうだろう、そうなる前に墨を見せてやりな」

悲壮感皆無な死人の言葉は、零れ落ちそうになった涙を止め、顔を上げさせていた。

「あの……三上さん、すみません……、俺、行ってきます」

「おう、行って来い、冥土の土産に墨を見せてやれ」

三上に頭を下げ、三上に見送られて花車を後にした。


裏口から出て駐車場に走って行ったら、見慣れた車が勢いよく駐車場に入って来て、俺の前で急ブレーキをかけて止まった。

「乗れ」

「わかった」

助手席に乗り込むと、テツはアクセルをグッと踏み込んだ。

車は歓楽街の狭間をすり抜け、カラフルなネオンが滲んで流れた。


「あいつは……おめぇの墨が出来上がるのを楽しみにしてた、時間がとれなくてな、まさかこんな形で拝ませる羽目になるとは……、ちっ、クソが……!よくもやってくれたな、土下座して謝るからよー、情けをかけて首の皮1枚繋げてやったが、逆恨みして恩を仇で返しやがった、もう容赦しねぇ、跡形も残らねぇぐれぇ……粉々にぶっ潰してやる」

テツは物騒な事を言っている。

「ヤバい事はやめてくれ……、なあ、頼む……」

失いたくない……。

「おめぇにゃ関わりのねぇ事だ」

なのに、意地悪だ。

「足を洗って……カタギになれねぇのか?」

くだらない質問だとわかっている。

「馬鹿な事を言うな、あのな、もし俺が死んでも……誰かがおめぇの面倒をみてくれる、まあー、まず若がほっとかねぇだろう、心配するな」

「ああ、だけど……あんたの代わりは……いねぇ」

「その話はやめろ、今は柳田だ」


ヤクザなんか、やめて欲しかった。
そしたら、こんな悲しい事は起こらない筈だ。


病院へ着いたら裏口から中に入ったが、朱莉さんではなく、先生がドアを開けた。
靴を脱いで家の中に上がったが、朱莉さんの姿はどこにも見当たらなかった。
何故留守なのか気にはなったが、今はそれどころじゃない。

息が詰まりそうな思いで診察室に入ると、ベッドの上に柳田が寝かされていた。
翔吾に黒木、林がベッドの脇に立っている。

「若、柳田に墨を見せてやりてぇ」

「ああ、ほら、こっちへ」

翔吾が手招きすると黒木と林が脇へ退いたので、俺はテツに背中を押されてベッドの傍へ歩いて行った。
柳田は意識が無く、苦しげに息をしている。
腹は包帯でぐるぐる巻きになっているが、表面に薄らと血が滲み出し、なんとなくよくない状態だと分かる。

「脱げ」

「……うん」

テツに言われ、慌ててトレーナーを脱いで、柳田の顔の脇に立って背中を向けた。

「おい、柳田……!おめぇ墨を見たがってただろ?連れて来てやったぜ、おい、目ぇ開けろ!」

俺は背中を向けてるから見えないが、テツは柳田の頬を叩いているようだった。

「う"……」

「柳田!」

微かな呻き声がして、翔吾の声がした。

「おい!目ぇ開けろ!」

テツはまた頬を叩いている。

「うぅ…………矢……吹……」

柳田が意識を取り戻した。

「そうだ、ほら、しっかり見ろ!」

「お……、鷹……か」

鷹を見た。

「そうだ、いい出来だろ?」

「あ……あ……、生きてる……みてぇだ、や……矢吹……」

「なんだ」

「す……ま……ねぇ……」

「柳田!おい!」

テツの呼び声に柳田が答える事はなかった。

「柳田……、お前はよくやった、今までありがとう」

翔吾が労うように話しかけている。

「うっ……」

だけど、俺は振り向く事が出来なかった。

今度ばかりは、涙を抑えきれなかったからだ。






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