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BL長編snatch(完結)ヤクザと高校生
Snatch44coexistence
◇◇◇

テツと付き合う事が認められてから、あっという間に卒業式を迎えていた。

俺は結局就職先が決まらず……、というより、学校から紹介された会社を俺が全部蹴った。
母さんのイライラはピークに達していたが、父さんは相変わらず我関せずだ。

そんな時に、姉貴が火野さんとの話を持ち出したものだから、阿鼻叫喚、地獄絵図と化してしまった。

火野さんは姉貴が話を切り出したその日の夜に、父さんが帰宅するのを待って家に挨拶に来た。
そして『自分は霧島組の者だ、舞さんと結婚したい、舞さんを俺にください』と、父さんと母さんを前に頭を下げた。
2人とも泡を食ったような顔をして唖然としていたが、黒服の火野さんを見て顔を引き攣らせ、ビビりながら大反対した。


姉貴は親の反対を押し切り、ほぼ家出状態で家を飛び出し、火野さんの所に身を寄せた。
その直後に籍を入れ、石井舞から火野舞になった。

父さんはヤクザなんかと一緒になるような娘は、自分の娘じゃない、勘当する!と言って、それっきり姉貴の事を口にしなくなったが、母さんは悲嘆にくれながら仕事に向かう毎日だ。

卒業してたった1ヶ月の間に、我が家は激震に襲われていたが、俺はテツからくる執拗なメールと電話攻勢に参っていた。

姉貴が火野さんとくっついたのは、当然テツも知っている。
俺にも『早く来い!さっさと来ねぇと拉致るぞ!』と、煩く言ってくるのだ。

だけど……。
父さんはほっときゃいいとしても、俺までいなくなったら、母さんがショックを受けて倒れるんじゃないかと……心配になってくる。


しかし、それも然る事乍ら、このままじゃニートになってしまう。
いや、正確には既にニートだ。



そんな時に、超久々に翔悟から電話がかかってきた。

翔悟とは卒業式の時も言葉を交わさなかった。
式の当日、もう最後だから周りにバレてもいいと思ったのか、式には親父さんをはじめ、黒木、林、その他見知らぬ幹部数人が来ていた。
そんな状況だから、俺は遠巻きに見ていただけだ。



『久々だね、元気にしてた?』

『ああ、うん……』

あれから黒木とどうなったのか、気になってはいたが、そんな事を呑気に聞ける立場じゃない。

『テツとは仲良くやってるようだね』

『あ、ああ……』

『僕もね、上手くやってるよ、黒木と』

『そうなんだ……』

『でさ、親父がさ、たまには友也の顔を見たいって』

『えっ……』

『はははっ、大丈夫だよ、本当にただ話がしたいだけだ、今から来れる?』

『そっか……、ああうん、大丈夫』

『じゃあさ、イブキを行かせるよ』

『イブキ……』

『どうかした?』

『い、いや、なんでもない、じゃあ直ぐに用意するよ』

翔悟は竜治の事を知らないようだ。
余計な事は言わない方がいい。


それよりも、どうやら黒木の忠犬さながらの想いは叶ったらしく、何だかほっとした気持ちになったが、それとは別に……俺は竜治とイブキの事も気になっていた。

自分の事や姉貴の事で手一杯だった事もあるが、竜治の事をテツに聞ける筈がなかった。

だから、イブキと竜治があれから一体どうなったのか、全く分からない。

とりあえず、急いで用意を済ませ、親父さんから貰った時計をはめた。



昼過ぎになって、迎えに来たイブキの車に乗ったが、イブキは以前と特に変わりはなかった。

「お世話になります」

「ど〜も〜、やだなー、俺に遠慮しなくていいよ」

頭を下げて助手席に乗ったら、相変わらず軽い口調で声をかけてくる。
このノリなら聞いても大丈夫なように思えたが、唐突に竜治の名前を出すのは抵抗がある。

「友也君さ〜、矢吹の兄貴と付き合ってんじゃん」

すると、イブキの方から立ち入った事を聞いてきた。

「ああ…」

「でさ〜、俺、今浮島組の兄さんと付き合ってんだ〜」

これなら聞けそうだ……と思った途端、自分から竜治の事を口にした。

「ふーん……、そうなんだ」

「凄いんだよ、体中刺青だらけ〜」

素知らぬ顔で返したが、イブキは俺と竜治の事を知らないようだ。

「へえー……」

「俺の事、気にいってくれてるみたい」

竜治はイブキの事を気に入ったらしい。

「そっか…」

俺が嫉妬する理由などない筈だが、チクリと僅かな痛みをおぼえた。

「だけどー、前に友也君の話をしたら〜、やけに聞いてきたな」

だが、俺の事を聞いたと知って、思わず耳をそばだてていた。

「俺の事を……?」

「そ、矢吹の兄貴とはどんな感じなんだ?ってー、仲がいいのか?とか……、だからさー、仲いいみたいだよって答えた、竜治さんはそれっきり黙り込んじゃって〜、俺さ、友也君の事知ってるの?って聞いたら、知らないって言ったけど、ね、どうして友也君の事聞いたのかな?」

竜治は……今でも俺の事を気にかけてくれている。

「さあ、たまたまじゃね…」

何故かほっとした気持ちになった。

「あ、そうそう、友也君には打ち明けたけどさー、竜治さんの事、内緒にしといてくれる?」

「あ、うん…」

「よその組だから〜、竜治さんから組の者には言うなって言われてんだ」

「わかった…、誰にも言わねぇ」

だけど、竜治の事は忘れなきゃ駄目だ。




やがて懐かしいガレージに着いたが、屋敷の玄関に入ったら、珍しく翔悟が出迎えた。

「若、連れてきましたー」

「うん、ご苦労さま、友也、待ってたよ」

だが、黒木もセットだった。

「よお、友也、久しぶりだな」

黒木はさすがにもう睨み付けてはこなかったが、テツ以上に翔悟にベッタリくっついてるようだ。

「あ、はい、お久しぶりです」

「まあ、上がって」

「うん……、お邪魔します」

「あのさ、まっすぐ親父の部屋に行くけど、いいかな?親父が煩くって」

「ああ、構わない」

イブキは玄関に上がって直ぐに居なくなったが、俺は翔悟と黒木の後について親父さんの座敷に通された。

「親父、友也を連れて来たよ」

「おお、入りなさい」

俺は翔悟に導かれて座敷に入ったが、黒木は座敷の外で待つつもりなのか、俺に行けと促して中には入らなかった。

「お久しぶりです」

親父さんに向かって頭を下げたら、親父さんは嬉しそうに手招きする。

「ああ、堅苦しいのは抜きだ、さ、こっちへ来なさい」

「じゃ、親父、僕は部屋に戻るから」

俺が親父さんの所へ行きかけたら、翔悟は親父さんに声をかけて座敷を出て行った。

親父さんの前には座布団があり、もう一度頭を下げて座布団に座ったら、親父さんは立ち上がって隣の座敷へ歩いて行く。

「飲み物だ、コーラか?」

「あ、はい、すみません」

冷蔵庫からジュースを出して戻ってくると、俺に差し出してきた。

「ほら、どうぞ」

「はい、すみません」

親父さんとは体を交えた仲だが、久しぶりに会うとやっぱり緊張する。

「矢吹とは上手くいってるか?」

「はい、あの、俺……まだちゃんと言ってなかったので、俺とテツの事……、ありがとうございました」

あれ以来会う機会がなかったので、キチンと御礼を言いたかった。

「ああ、かまわん、悪いのはわしの方だ、我が子可愛さでつい……、ただな、矢吹が意識不明だと聞いた時は……頭を殴られたような衝撃が走った、あいつを気にいって拾ったのは、このわしだからな、万一死なれでもしたら、悔やんでも悔やみきれんところだった」

親父さんはテツに対して、今でも特別な感情を抱いているようだ。

「テツに怪我をさせてしまった事……、申し訳ありませんでした!」

責任を感じ、頭を下げて詫びた。

「友也君…、あのチンピラは矢吹に付き纏っていた、それに矢吹は君を気に入ってる、助けるのは当然だ、さ、頭をあげなさい」

畳に両手をついていたが、すっと親父さんの手が伸びてきて、上から包み込むようにギュッと握られた。

「は、はい…」

まさかと思いながら顔を上げたら、親父さんは俺の前ににじり寄ってきた。

「気に病む事ぁない、おお、今日もちゃんと時計をはめて……」

翔悟は話をするだけだと言った……。

それに……テツだって、親父さんは一度言った事は貫くと言っていた。

「可愛い子だな、君は」

なのに、腕を掴まれて抱き締められた。

「あ、あの……俺は」

親父さんとの事は俺の中では既に終わった事だ。
今になって、再びこんな真似をされたら困惑するし、相手が相手だけに……どうしたらいいか分からない。

「ああ、わかっておる」

口元が耳に触れている。

「少しだけだ……、な、構わんだろう」

顔がすっと近づいてきて焦りまくったが、突き飛ばすわけにはいかず、冷や汗が噴き出してきた。

「い、いえ、あ……あの…」

「おやっさん!」

すると、突然テツの声がした。

「ん、矢吹か……」

親父さんは慌てたように俺から離れ、胡座をかいて元通りに座った。

「入っていいっすか?」

「おう、入れ」

「失礼しやす、友也を呼ばれたんですね」

テツは俺が親父さんに呼ばれたのを知って、ここにやって来たんだろう。

「お、おお、久しぶりに話がしたかったんだ」

「俺も同席させて貰って、構いませんか?」

「ああ……、かまわん」


親父さんに断りを入れて俺の隣に座ったが、親父さんは始めのうち、どこかぎこちない雰囲気を漂わせていた。
それでもしばらくしたら昔話に花が咲き、俺をそっちのけで2人して盛り上がった。
俺は手持ち無沙汰になり、渡されたコーラを飲んで2人の話を聞いていたが……結局、なんの為にここへ来たのか……。
意味がわからないまま親父さんに挨拶して、テツと共に座敷を出た。


「友也、おめぇは俺が送る、兎に角、若に挨拶だ」

「わかった…」

「若、友也を送り届けてきやす、挨拶にうかがいました」

「あ、ちょっと待って、今行くから」

テツがドアをノックして声をかけたら、翔悟は何やら取り込み中の様子だった。

5分くらい経ってドアが開いたが、翔悟は自分だけ外に出てドアはすぐに閉めた。

「友也、ごめん、黒木が離れなくてさ、ゆっくり話せないよ」

黒木が部屋の中でどんな状態になっているのか、想像したら笑えたが、仲良くやってるならそれに越したことはない。

「いいよ、また会えばいいじゃん」

「うん、そうだね、今度はさ、テツのマンションに遊びに行かせて貰うよ、そこで会おう、テツ、構わないかな?」

「ええ、そりゃもう、いつでもお待ちしておりやすぜ」

「じゃあ、翔悟また」

「ああ、今度ゆっくり話そう」


翔悟に挨拶して玄関に向かっていると、イブキが向かい側からやって来た。

「兄貴、俺、友也君を送って行かなくて大丈夫っすか〜?」

「おお、おめぇはここでのんびりしてな、俺が送ってく」

「そーっすかー、じゃ、友也君、またね〜」

「うん、また…」



屋敷を出てテツの車に乗ったら、なんだかどっと力が抜けた。

「はあー……」

「親父、何かやらかしたか?」

シートに背中を埋めていたら、早速テツが聞いてきた。

「あ……、いや」

「構わねー、言え」

「……抱き締めてきた」

「他は……」

「顔が……近くに……」

「で、キス……されたか?」

「いや、そん時にちょうどあんたが来た」

「やっぱりそうか……、油断も隙もねぇな、若は自分なりにケジメをつけたようだが……、親父は未練タラタラじゃねぇか、ったくよー」

「来てくれて助かった、突き飛ばすとか、できねーし……」

「だから、早く来いっつってんだ、俺んとこに居れば、いくら親父でも、手は出せねぇからな」

「うん、分かってる……、それよりさ、イブキの事なんだけど、その……イブキは、竜治さんの事であんたが絡んでるのを知らねぇの?」

「ああ、あくまでも寺島が間に立って紹介した事にしてる」

「そっか……」

「おい、イブキから竜治の話を聞いたのか?」

「いや、別に…」

「あいつもなんとなく怪しいからな……、おめぇ、二度と奴に関わるんじゃねぇぞ」

「分かってるよ……」


テツは親父さんが何かやらかすんじゃないかと、そう思っていたようだ。
お陰で助かったが、竜治の事もかなり疑っている。
そういう事もあってか、俺にマンションに来るように急かすが、そう簡単に家を飛び出すわけにはいかない。


「おい、俺んとこに寄るぞ」

「ああ、うん……」


桜もとっくに散り、目に映るのは芽吹いたばかりの新緑だ。
意欲溢れる初々しい緑を見たら、何故かやる気が削がれていったが、暑苦しい夕陽を見ながら……ため息混じりに頷いていた。



テツの部屋にはもう何度も来ているが、部屋に入ったら黒革のボンテージに網タイツを身につけ、片手に鞭を持ったセイコが出迎えた。

「あのさー……、よく飽きずにやるよな?」

今や、セイコはすっかり同居人と化している。

それはまあ……いい。
もし捨てるとしても、そのまま捨てたら確実に通報されるだろうし、バラバラにしてゴミ袋に入れたりしたら尚更ヤバイからだ。

ただ、テツは毎回セイコの衣装を変え、その時々で色んな場所に置いている。
なんだか知らないが、随分気に入ってるようだ。

「へへー、女王様はどうだ?」

ハッキリ言って阿呆らしいが、ムキになって腹を立てる事でもない。

「うんまぁー、いんじゃね……」

「だろ?次は何がいい、リクエストに応じてやる」

適当に返したら、ソファーに座って得意げな顔で聞いてくる。

「リクエスト?」

死ぬほど、どうでもいい……。

「こっちへ来いよ」

「あ、ああ……」

「で、何がいい」

「わかんねぇよ……、好きなの着せたら?」

生身の女と遊んでないからか、それとも遊び過ぎて超越したのか……。
ドールにハマるヤクザなんて、聞いた事がない。

「じゃあれだ、水着でいこう、よし」

「あのー」

「ん、なんだ?」

ちょっと……本気で心配になってきた。

「俺さー、風俗とか別に構わねーから……」

「何言ってやがる、風俗だと?そんなもん飽き飽きだぜ」

「そっか……遊び過ぎか……」

「友也、おめぇがいるじゃねぇか」

「うんまぁー……だけどさ、火野さんみたいに結婚とか……、したくねぇの?」

「先の事は分からねーが、今はねぇな、第一よ、やれ女房だガキだと、んな所帯染みた暮らしはしたくねぇ」

「けどさ、例えば……俺とずっと一緒にいたとするじゃん、でも何十年一緒に暮らそうが、家族になれねぇ、他人のまんまだ、それでいいわけ?」

「ひとつだけある、養子縁組をすりゃ家族になれる」

「養子縁組?なにそれ、親子って事?」

「ああそうだ、ま、表向きはあくまでも親子だが、それさえ結んどきゃ片方が先に死んだ時に、他人だからそこで終わりって事にゃならねぇ」

「ふーん……」

「そんだけか?」

「だってさ、俺はまだそこまで先の事を考えたくねぇ」

俺はただテツの事を心配しただけだが、話があらぬ方向に行っていた。
養子縁組とか……そんな事を言われてもピンと来ない。
今はテツと一緒にいたいと思っているが、遥か先の話をされても、具体的なイメージがわいて来なかった。



それからしばらく一緒に過ごしたが、キスをしたり体を弄る程度にとどめた。
テツが出かけなきゃならないからだ。

やがて家に送って貰う事になり、俺はコンビニの前で降ろして貰う事にした。
バイトでも探そうと思っていたので、求人情報誌を買う為だ。


目的地に着いて車から降りると、テツは窓を開けて話しかけてくる。

「おい、メールすっからな」

「うん、わかった、気をつけて」

「ああ、浮気するなよ」

「分かってるって」

メールの受信履歴はテツのメールで埋まってるから、うんざりしながら返事を返したが、極めつけに念押しされて苦笑いしながら頷いた。

走り去る車を見送った後で、コンビニで適当な雑誌を買った。


雑誌を丸めてショルダーバックに突っ込み、家に向かって夜道を歩く。
急いで帰る必要はないから、ゆっくりとした歩調で歩いていると、車が左に寄ってきて俺の横で減速した。

テツかと思ったが、たった今別れたばかりで来る筈がない。

「ん…」

足を止めたら車も止まったが、見覚えのある車を見てはっとした。
窓が開き、身を乗り出してきたのは……竜治だった。

「友也」

「……竜治さん」

「乗れ、話がしたい」

厳つい風貌でスーツを着て、きっちりネクタイを締めている。

「あの……でも……」

前と何ひとつ変わってない。

「分かってる、ただ話をするだけだ、駄目か?」

その姿を見たら……心が揺れた。

「……分かりました」


助手席に座ったら、竜治は一気に加速してその場を離れた。

「久しぶりだな」

「はい」

「矢吹とは上手くいってるようだな」

「はい」

「俺もな、イブキと上手くやってる」

「そうですか…」

「ただな、あいつにはわりぃが、ちょいともの足りねぇ、おめぇと過ごした時は……楽しかった、ま、おめぇは矢吹さえ居れば、それで満たされるんだろうがな」

竜治の言った事は当たってる。
だから……何も返せない。

なんだか、急にマズいような気がしてきた。

「あの、俺……、やっぱり降ります」

「じゃ何故誘いに乗った」

「それは……多分、久しぶりだから……懐かしく感じて、それで……」

「このまま帰すと思うか?」

「そんな、話をするだけだと……」

「あめぇな、相変わらず……、俺はな、おめぇの気持ちを考えて矢吹の出した条件を呑んだ、おめぇが奴に助けられたのは……事実だからな、けどよー、それまであいつはなにしてたんだ?おめぇが三上にやられてる間も、親父や若頭に奪われそうになった時も、何もしてねぇじゃねぇか」

「それは違います、俺が自分で決めた事です」

「惚れた弱みか?惚れてるから犠牲になっても構わねーと」

「そんなんじゃ……、ただその時はそうするべきだと、そう思ったから……」

「俺はどうも納得がいかねぇ、おめぇは矢吹に振り回されてる、そう見えるんだが?」

「だとしても……俺は納得済みです」

「そりゃ違うな、おめぇがそう思ってるだけだ、本当に納得してたら……今おめぇはここにゃいねぇ」



そんな事はない……絶対にない。
テツの為になるなら、テツが望むなら、俺はそれに従いたいと思っている。

竜治が言った事は間違ってる。

だけど、言葉に詰まった。

もし、ここにいる理由があるとすれば、それはテツとは関係ない事で……竜治への未練だ。



「何も言えねぇってこたぁ、このままホテルへ行って構わねーって事だな」

たかが未練の為に、テツを裏切るような真似はできない。

「待ってください、あなたはテツと約束した筈だ、それを破るつもりですか、もしそんな事をしてテツにバレたら……今度は話し合いじゃ済まなくなりますよ」

「そんな事でビビるぐれぇーなら、こんな真似はしねぇよ」

「そうですか……、確かに俺は車に乗りました、それは自分に責任があると思います、ですが、あなたが話だけだと言ったからだ、俺はテツを裏切るつもりはありません、だから、もしここであなたが無理矢理関係を結んだとしたら……あなたを庇うつもりもありません」

「ほお、いきなり強気に出たな、なるほど……、分かった、だったら話をしようじゃねぇか、カフェに行こう、前に俺と泊まった時に行った店だ、どうだ、それなら文句はねぇだろ」



竜治は諦めて退いた。
これでいい……よく言ったと、自分で自分を褒めた。

心の底で燻る火種は、このまま封じ込めておく。
決して風に当たらないように……。



いつか姉貴と火野さんに遭遇したカフェに行ったが、すごくおかしな気分だった。
テーブルを挟んで竜治と向かい合って座ったら……そもそもこんな風に会うだけでも、本当はやっちゃいけない事のように思えてきた。

けど、来てしまったものは仕方がない。
珈琲を注文して、うつむき加減に目を逸らしていた。

「矢吹に悪いと思ってるのか?」

「そりゃ……」

「おめぇは自由じゃねぇのか?」

「え…」

「男女なら結婚という縛りがある、それに女は孕むリスクがあるからな、けど、男同士の間に何がある?」

「テツは養子縁組の事を言ってました」

「養子縁組?へぇー、そこまでする気なのか」

「いえ、ただ話に出しただけです」

「おめぇはどうなんだ、奴の息子になりてぇか?」

「あの、俺は……まだよく分からないです、今だって仕事すら決められずにいるのに……養子だとか言われても、それどころじゃ」

「だな、そりゃそうだ、おめぇ19になったか?」

「はい」

「19じゃまだまだヒヨっ子だ、今から将来の事を決められちゃかなわねぇだろう、第一よ、矢吹だっていつ気が変わるか分からねーんだからな」

「あの…」

「ん?」

「あなたとこんな風に会うの、今回だけにしてください」

「話をするだけでも、駄目か?」

「テツと一緒に住む事になりそうなんで…」

「おお、そういや、屋敷を出たと聞いたが……、矢吹はマンションに住んでるのか?」

「はい」

「どこだ?」

「平屋のテナントがある、組事務所の近くです」

「ああ、そりゃあれだ、火野が住んでるマンションだな」

「そうです、だから……すみません」

「別に構わねーじゃねぇか、一緒に住むったって四六時中奴にくっついてるわけじゃねぇんだ、俺は手を出さねぇと約束する、茶飲み友達ぐれぇー構わねぇだろう、なあ友也、おめぇとは秘密を共有した仲だ、それをバッサリ切られちまったら、そりゃああまりに酷ってもんじゃねぇか?」

「それは……」

「おめぇは感謝してると言って、俺に頭を下げたよな?その気持ちを今でも持ち続けているなら、少しぐれぇー俺の我儘を聞いてくれてもいいんじゃねぇか、な、俺がこうして頼んでるんだ、どうしても駄目か?」

「本当に……話だけなら……」

「約束する、じゃ、いいな?」

「あの……はい……、わかりました……」



キリがいいところで珈琲が運ばれてきて、話を中断して珈琲を飲んだが、香り立つ黒い液体を白湯のように感じながら喉へ流し込んだ。

俺は自分から現状を明かしてしまった事を悔やんでいた。
まだ竜治と付き合っていた時に、テツには話せない本音を打ち明けていたから、ついその時の感覚で喋ってしまった。
けど、今更後悔しても遅い。


「しかし……おめぇと話が出来て良かった、俺はな、ずっとおめぇの事が気になってたんだ、そりゃあ色々とあっただろ?だからよー、心配になるじゃねぇか、これでまた話が聞ける」

───と、不意に嬉しそうに言われて呆気にとられた。

そこまで考えてくれていたとは、思ってもみなかったからだ。

「どうした?」

「いえ、別に……」

「で、連絡だが……、メール大丈夫か?」

「あ、はい……」

テツは日頃から口煩く言うが、スマホをチェックする事はない。

竜治とはメールで連絡をとる事になり、カフェを出て家の近くまで送って貰った。





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