BL長編変態ヤクザな話snatch(完結)
Snatch42bond
◇◇◇
夏休みが終わる頃、テツは屋敷を出た。
色々と片付けなきゃいけない事があるらしく、祝賀会の後からずっと会えずにいた。
住まいは火野さんと同じマンションに決まったが、それを聞いた時、正直困惑した。
姉貴はいまのところ親には内緒にしているが、結婚したらあのマンションに住むと言ってるからだ。
テツに会いに行った時に、姉貴と鉢合わせする可能性がある。
いくら認めてくれてるとはいえ、どことなく微妙な気持ちになったが、そうは言っても、どこにでも自由に住めるわけじゃない。
ヤクザは入居を拒否されるからだ。
あのマンションはどうやら親父さん関連らしく、組員優遇格安家賃となっている。
今まで家賃とは無縁だったテツにしてみれば、むしろ断わるのが不思議なくらいだ。
また、車はレクサスを貰ったが、テツは軽四でいいと言ったらしい。
何故かと言うと、今まで親父さんちの車を適当に乗り回してたので、維持費等は全て親父さんもちだった。
ところが、自分で所有するとなったら、当たり前に自分で払わなきゃならない。
だから維持費の安い軽四でいいと言ったようだ。
それは別にケチっているというわけではなく、テツはヤクザにしては珍しく、車に興味がないからだ。
だが、親父さんに『軽四でウロつかれちゃ体裁が立たん、わしが恥をかく』と言われ、渋々レクサスを所持する事になった。
だけど、考えてみたら……あのレクサスは脱輪してた車だ。
テツはそんな事を気にしてないと思うが、俺はあの黒い車に愛着を感じる。
◇
あと3日で夏休みが終わるというこの日、ようやく会える事になった。
もう姉貴を気にする必要はないが、みんな仕事だ。
奴隷ブレスレットに、テツから貰ったネックレスを首にかけて、親父さんから貰った時計もはめようかと思ったが、あれは目立つからやめる事にした。
テツは10時すぎに迎えに行くと言っていたので、用意をして窓から下を眺めていた。
───と、着信音が鳴った。
カバンからスマホを出して見たら、堀江からだ。
『もしもしー、友也?』
『ああ』
河神の事はとぼけなきゃマズい。
『あのさー、元彼なんだけど、会った?』
『いや、連絡なかったから、別にいっかと思ってほっといた』
『ふーん、変だな、電話するって言ってたんだけど、あの後からぷっつり姿を消したし、電話も繋がらなくなった』
『へえ…』
『ま、いいんだけどね、そんなに深い付き合いじゃなかったし、遊びだった、たまにハイになってたりしたから、薬でもやってたのかも』
そんな奴を紹介する神経を疑った。
『じゃ、もういいかな、切るよ』
『あっ!ちょっと待って、あのさー、誰か紹介してくれって言ってる奴がもう1人いるんだ、会ってみない?』
『俺、柔道の師範とよりを戻したんだ、だからもう声をかけないでくれ』
『柔道?ああ……無精髭の…、あははっ、まだそんな事言ってるんだ、それ嘘だろ?どう見てもヤクザじゃん、てか、より戻したの?』
『ああ、今から会うとこ、じゃ、急ぐから』
堀江はまだ何か言いたげにしていたが、一方的に電話を切ったら溜め息が漏れた。
河神の事は忘れよう……。
世の中には救いようのないクズがいる。
───と、ピンポンが鳴った。
スマホをバックに突っ込んで走りかけ、はっと気づいて歩調を緩めた。
もう焦って出る必要はない。
階段を降りて玄関を開けたら、サングラスに黒服のテツが立っている。
「よう、兄ちゃん、ちょいと見て貰いてぇもんがあるんだ」
テツはどうしても押し売りをやりたいようだ。
「あのー、押し売りやセールスなら……お断りします」
真面目に返すのが、何気に楽しい。
「それが、そうはいかねぇんだよな」
今日は何を出すのか期待していると、テツはいきなり玄関に入ってきて、入った途端抱き締めてきた。
ここでこんな風に抱き締められたのは、別れを告げられたあの日以来だから……ドキドキした。
「へっ……、なあ友也、最終的にゃ俺の勝ちだ」
「……なにが?」
「おめぇを奪い取ってやった、ったくよー、おめぇは狙われ過ぎだ、ついムキになっちまったじゃねぇか」
「色々心配かけて悪かった、撃たれた事も…、ごめん」
「へへっ、やけにしおらしいな、……な事気にするな、俺の事はいい、おめぇの方が踏んだり蹴ったりだろ、俺が守らなきゃならねぇのに……、謝るのは俺の方だ、すまねー、これからは俺がおめぇを守ってやる」
抱き締められた状態でそんな事を言われたら……ヤバい。
「テツ…」
「今日は泊まりだ、いいな?」
「ああ、一晩中……一緒に過ごせるんだな」
ようやく叶う……。
時間も……翔吾の事も……何も気にしなくていい。
「そうだ、裸エプロンやれ」
喜びと感動で胸がいっぱいになっていたが、テツは破壊力抜群な事を言い放った。
「なに言い出すかとおもったら……いきなりそれかよ……、しかもまだ覚えてたんだ」
ムードもへったくれもない事を言うテツは、前とおんなじテツで、元気になった証拠だ。
「へへー、その気にさせてやる」
ニヤリと笑って頭の後ろを掴み、顔を近づけてくる。
「ちょっと待って、玄関閉め…」
ドアは開けたままだが、強引にキスされた。
近所の人に見られたらマズいと思ったが、一旦唇が重なるともう駄目だ。
サングラスをかけてるせいで軽く重ねただけだが、逸る気持ちがやたらと気分を昂らせる。
「……近所のジジイに見られちまうぜ」
テツは顔を離してニヤつきながら言ったが、そんな事はどうでもよくなっていた。
「別にいい……」
胸に顔を埋め、背中を抱いてテツの匂いを吸い込んだ。
「へへー、ヤル気充分だな、続きは俺の新居だ、行こう」
◇
テツの新たな住居へ行った。
五階建てで地味な古い建物だ。
今までは屋敷のガレージだったが、駐車場に車をとめてエレベーターで上がる。
火野さんは5階らしいが、テツも5階だと言う。
しかも、各階二戸ずつだから……隣だ。
玄関はくっついてはないが、並んでいる。
「テツ……、別の階に出来なかったわけ?」
マンションは下の階に空き部屋もある。
「俺は上がいい、火野と隣じゃ嫌なのか?」
「そういうわけじゃねぇけど、姉貴と顔あわせるのはちょっと……」
「ま、入れ」
「あ、うん……」
納得は出来なかったが、玄関の前で文句を言っても仕方がない。
招かれて部屋に上がった。
「あっ!……あれは」
すると、いきなりとんでもない物が目に飛び込んできた。
玄関から入ってすぐのLDK………そこの壁に、アパートの2階にあった磔のやつが設置してある。
「ああ、あれはな、組み立てが簡単なんだ、軽いしな」
目を疑ったが、テツは当たり前のように言う。
「いや、そうじゃねぇだろ、隣に火野さんいるんだぜ、もし来たら見られるだろう」
「別にいい、趣味だからな」
「趣味?いやいやいや……、それで済むわけ?普通は置かねぇから、もしここに姉貴が来たら最悪じゃん、ん……、なんだ、あの箱」
ふと足元を見れば、視界の端に怪しげな物が映り込んできた。
ソファーのわきにデカい長方形のダンボールが置かれている。
「おう、クックッ……、そいつはな、おめぇにプレゼントしてやろうと思って買ったんだ、あけてみな」
「プレゼント?」
「早くあけろ」
「あ、ああ……」
不敵な笑みを浮かべながら言われ、端から嫌な予感しかしなかった。
「ちょっ……、ええっ?なんだよこれは……」
ダンボールを開けてみたら、黒髪の女の人形が横たわっている。
「おう、セイコだ、抱いてやれ」
───吹いた。
「ぷはっ…!あのさー、それ……冗談だよな?」
「ダッチワイフと3Pだ」
ダッチワイフとか、そんな物を見るのは初めてだが、3Pをやると聞いて唖然とした。
「なに馬鹿な事言って……そんなくだらねー事、やんねぇからな!」
「おめぇは三上と朱莉で3Pやったんだ、生の女は使いたくねぇから、セイコだ」
「あれは無理矢理……、つかさ……名前で呼ぶなよ、こんなもんと3P?馬鹿だろ、ありえねぇ、てゆーか、車はケチっといて……、こういうもんは抜かりなく買うんだな」
「何に金を使うか、そんなのは自由だからな」
テツ……変態さえなけりゃ……。
いや、ちょっとはいいが、度が過ぎる。
だが本気でやるつもりらしく、自ら人形を引っ張り出した。
人形はスケスケの下着姿でニッコリ微笑んでいる。
「シリコンだからな、ほら」
「うわ!きめぇー!」
予告も無しにいきなり人形を渡され、反射的に突き飛ばした。
「あ……」
人形はゴンッ!と鈍い音を立てて顔面を床で強打し、腕をLの字型に投げ出してうつ伏せに倒れた。
「ちょっ……、あはははっ!やべぇー、殺っちまった、なははははっ!」
下着が捲れ、無駄に色っぽい尻が露になってるのを見たら、馬鹿馬鹿しさに拍車がかかり、笑いが止まらなくなった。
「おめぇな、真面目に抱け」
テツは人形を抱き起こして再び俺に渡す。
「うっわ、あははっ!む、無理っ!」
床に尻もちをついて座っていたが、人形を無理矢理押し付けられ、シリコンのしっとりした感触が気色悪かった。
「いいからやれ!」
なのに怒鳴る……。
仕方なく、渡された人形を抱き締めたが、セミロングの髪の毛が顔に当たり、何気なく顔を見た。
この人形は精巧に出来ている方だと思うが、目は死んだようにあさっての方向を見つめたままだ。
「………あのさ、これでやれと言われても、勃たねぇから」
おっぱいとかも当たっているが、ただの人形だ。
盛りのついた犬じゃあるまいし、おもちゃに突っ込む気にはなれない。
「仕方ねー、セイコは後だ」
テツは相変わらず名前で呼び、セイコを磔台に磔にした。
「はあー、よかった……」
セイコは拘束ベルトで体を固定されている。
手足は広げた状態で、おっぱいの真下と足の付け根を黒いベルトでギュッと縛られ、既に何かされた後みたいに、ぐったりと項垂れて動かない。
とりあえず、人形からは逃れられた。
それに、セイコが磔にされてるうちは、俺が磔にされる心配はない。
身代わりになってくれたセイコに感謝は……しねぇ。
改めて部屋の中を見回してみたら、LDKにソファーとテーブル、酒瓶の詰まったサイドボード。
左側の部屋にベッドや棚が置いてあるが、1番奥の部屋はガランとしていて、クローゼットがある以外なにもない。
「おい、いつまでそこにいるつもりだ」
テツはソファーに座ってタバコを吹かしている。
「あんたが変なもんを出すからだろ」
文句を言って立ち上がり、ソファーまで歩いて行ってテツの隣に座った。
「へへっ、まあな、ラブドールなんか初めて買ったぜ、案外よく出来てるな」
「高かったんだろ?」
「10数万だ」
「もったいねぇー、で、マジでやる気?3P」
あんな人形に大金はたいて、ドブに金を捨てるようなものだ。
「ああ、おめぇがよー、3Pやったのがムカつくからな、朱莉に筆下ろしされたのか」
テツは俺が3Pをしたのがよっぽど腹が立つらしい……。
タバコを灰皿に押し付けながら言ったが、うっかり喋った事を後悔した。
「うん……まあ」
「あいつ、いきなりしゃぶってきただろう」
「うん……」
「ふうー、変わってねぇな」
「腕の注射痕は?シャブまだやってるのか」
俺はシャブの事が気になった。
「いや、ありゃ三上が勝手に与えたんだ、乱交でもさせて裏で稼いでたんだろう、奴はああいうのが好きだったからな」
「じゃあ、今は?」
「今は林だが、うちはシャブ食わせるような真似はしねぇ、シャブが切れて苦しんでるかもな」
今はやってないと聞いて安心したが、薬物依存の後遺症はやばそうだ。
「そっか……」
「タトゥー見たか?」
「ああ、蝶の……」
「あれは俺だ」
「わかってる」
「で、どういう風にやった」
「なにが?」
「決まってるじゃねぇか、体位だよ」
テツは具体的な事を知りたいらしいが、今はもう話したくない。
「言いたくねぇ……」
「言え」
「いやだ」
「じゃ、竜治は」
「テツ……、悪いけど……話せねぇ」
「じゃ何故3Pを話した」
「あの時はつい気持ちが高まって喋った、ずっと話せずにいたから、それで……」
そんな事を話したところで、嫌な気分にさせるだけだ。
「ったくよー、喋りたくねぇなら、セイコを抱けよ」
「ええ……」
喋るつもりはないが、抱きたくはなかった。
「折角買ったんだ、使わなきゃ無駄になるからな」
「じゃあ、テツがやったら?名前で呼ぶ位だし」
「馬鹿言うな、俺はそんなもん必要ねぇ、目の前にいるからな」
「わっ……」
ソファーに押し倒されてTシャツを捲られた。
「もう治っただろう」
のしかかる重みを感じたら、セイコの事などどうでもよくなった。
「っ、うっ……!」
けど、何かおかしい。
唇が突起に触れた瞬間、強い刺激が走って体がビクンと跳ねた。
「ん……、まだ痛てぇか?見たところ大丈夫そうだが」
テツは心配して聞いてきたが、傷はほとんど治っている。
痛いわけじゃなく、異様に敏感になってるような気がした。
「だ、大丈夫……」
「じゃ、続けるぞ」
胸の肉を手の平でぎゅっと握られて、寄せ集めた盛り上がりを大胆に吸われた。
「んううっ……!」
さらに強い刺激が走り、体が強ばって堪らず仰け反った。
「んん?やけに感じてるな、へっ……、まあいい」
テツは舌を押し付けてねっとりと突起を舐め回し、ゾワッとした甘い痺れが体中に広がっていく。
「ハァ、あっ、っう…!」
舌先が突起を弾くと、体の奥が熱を帯び始めた。
「んっ……!う、これ……、はあっ……、ハァハァ」
感じまくってテツの上着を掴んだら、玄関チャイムが『ピンポン』と軽快な音を立てて鳴り響いた。
「ったく、折角いいとこなのによー、誰だぁ?」
テツはぶつくさ言って起き上がり、怠そうにドアに向かって歩いて行った。
「はぁ……、今の……、ひょっとしたら……ピアス?」
起き上がって異変について考え、何気なくテツに目をやったら、ちょうどドアが開いた。
「兄貴」
「おう、火野か、へっ、姉ちゃんも一緒か、仕事は休みなのか?」
「いえ、今日は早く終わったので……」
「そうか、ま、上がりな」
訪問者は火野さんだったようだが、姉貴もついてきたらしい。
ここで顔を合わせるのは嫌だったが、どのみちいずれはこうなる。
諦めてふと壁に目をやった瞬間……サーッと血の気がひいた。
本来あってはならない物だし、乳首の事もあって、セイコの存在など頭になかった。
「ちょっ、テツ!待って!そこで待って貰って!」
通常では有り得ないスピードで磔台の前に瞬間移動し、テツに向かって叫びながら、磔にされたセイコを台から外そうとした。
「ああ"?なんだよ……」
台だけでも充分ヤバイが、お化け屋敷の磔にされた女ならまだしも、スケスケランジェリーのラブドールなんか磔にしてたら、姉貴にどう思われるか……想像すらつかない。
必死に手首のベルトを外そうとしたが、パニクってるせいか、手に脂汗が滲み出してツルツル滑る。
「マジかよ……、っの!」
ヤケクソでセイコの腰を掴み、全力で引っ張ったが、肌がふにゃっとへこんだだけでビクともしなかった。
「友也、おめぇ何やってるんだ?」
背後から火野さんに声をかけられ、奈落に突き落とされた感じがした。
処刑台に立たされた気分で振り返ったら、火野さんは薄ら笑いを浮かべ、その横で姉貴が……驚きと恐怖と軽蔑を込めた眼差しで……俺を見ている。
「あっ……ははっ」
人間、追い詰められると、意味不明な行動をとるらしい。
「ふっ、兄貴……、こりゃあれっすね、アートだ、違いますか?」
可笑しくもないのにヘラヘラ笑っていると、火野さんが口角を引き上げて笑い、取って付けたような事を言った。
「ん、おお、おめぇ面白ぇ事を言うじゃねぇか、そうだ、アートだ、SMのな!っははっ…!」
テツはソファーにどっかりと座り、明け透けに言い放ってゲラゲラ笑う。
「だよな?友也」
火野さんが目配せするように俺の目を見て聞いてきた。
助け舟だと気づいたが、アート作品というには無理があるように思えた。
しかし……磔ラブドールを正当化する理由などある筈がなく、引き攣り笑いを浮かべながら頷いた。
「あ、ははっ…、そうです……」
「舞さん、そういう事だ」
火野さんはニッコリと微笑んで姉貴に言った。
「え……?あ……でも、これがアート?」
姉貴は穢らわしい物を見るような目でセイコを見ると、眉を顰めて疑うように火野さんに聞き返した。
「そうだ、アートというやつぁ、意味不明な作品が殆どだからな、ゴミをくっつけたり、訳の分からねぇ形にしたり、そんなもんだ、兄貴、ここ座っていいっすか?」
火野さんは平然とした顔でもっともらしい事を言うと、テツの向かい側に目をやりながら聞いた。
「おう、座れ」
ソファーはアパートにあった物とそっくりだ。
大きな黒い革張りのソファーは、テーブルを挟んで向かい合わせに置かれている。
「舞さん、こっちへ」
「は、はい…」
火野さんは姉貴の背中を押してソファーへ座るように促し、姉貴は火野さんと一緒にテツの向かい側に座った。
「友也、お前もこっちへ来い」
「ああ、うん……」
テツに呼ばれて隣に行きかけたが、ふと見ればソファーの後ろにダンボールが置いてある。
人形を出した後にテツが放り投げたのだが、それを見たついでに姉貴をちらっと見たら、姉貴は疑念たっぷりな目付きで俺を見ていた。
セイコに罪はないが、ダンボールを見ただけで腹が立つ。
「あ、なんか飲み物持ってくるよ、暑いから冷たい物がいいだろ?テツ、冷蔵庫に何か入ってる?」
今座ったら相当気まずい。
姉貴の気を紛らわせる為に、何か飲み物でも持ってこようと思った。
「ビールなら山ほどあるぜ」
「いや、ビールはマズいだろ」
「あ、いや、大丈夫だ、舞さんは明日送って行く」
火野さんの言葉に耳がピクリと反応した。
姉貴も泊まる……隣の部屋に……。
「おお、そうか、友也も泊まるぜ」
複雑な気持ちに駆られていたら、バラされたくない事をテツがあっさり口にした。
「友也、母さんに電話したの?」
「いや……、まだだ」
「連絡……しなさいよ」
「うん……」
姉貴は俺に電話するように言ってきたが、直ぐに目を逸らしてしまった。
もう……どう足掻いても、気まずさは拭えそうにない。
開き直ってビールを取りにいったが、冷蔵庫内はアパートと同じでビール貯蔵庫と化していた。
それから後はプチ宴会となった。
テツと火野さんは暫くするとほろ酔いになり、姉貴も一応付き合って飲んではいたが、酒はそんなに好きじゃないから酔うほどは飲んでない。
俺は酒すら飲めないし、ツマミもない状態だ。
第一昼飯を食べてない。
近くのコンビニに行く事にしてテツに言ったら、『金をくれてやる、有り難く思え!っはははっ!』とハイテンションに笑い飛ばし、ズボンの後ろポケットから長財布を引き抜いた。
「いや……、金はあるから、いいよ」
「へへー」
浅黒い顔を赤くしながらニヤつくのを見たら、嫌な予感しかしなかったが……。
「オラ兄ちゃん、チップだ、さっさとケツ出せ!」
財布から万札を1枚出して、ズボンの背中側に突っ込んできた。
「なっ……、あ……」
姉貴を見たら……変な目で俺達を見ている。
「わかった…、じゃ、これ貰うから」
マズいと思って腰から金を引き抜き、直ぐに立ち上がろうとした。
「へへへっ…、コノヤロー、待ちな!」
だが、肩を掴まれて強引に引き寄せられた。
「わっ、何やって」
「金を貰っといて、ただで済むと思うなよ、へへー」
しかも、頭を押さえつけて頬擦りしてくる。
「馬鹿な事、やめろって……、うっ……酒くせー」
祝賀会の時は焼酎、ウイスキー、ビールなどを飲んでいたが、親父さんにゴマすり出来る程平気だったのに、俺と一緒だと……何故か毎回ビールで酔っ払う。
「やっとだ、たかが1晩過ごすだけの事が……、どんだけかかってんだよコラァ、おい聞け!」
隙を見て離れようとしたが、逃げようとしたらすかさず力を入れてくる。
「わ、わかったから……」
「俺はなー、この日を楽しみにしてたんだ、へへへっ、ああ"?そうだろー友也」
その台詞は、2人だけの時に言って欲しかった。
姉貴は完全にそっぽを向いてしまい、俺は早くこの場から逃れたくて、テツの腕を掴んでなんとか引き剥がそうとした。
「わかったから放せって、コンビニ行けねぇだろ、あんたの方がタコじゃねぇか…」
けど、相変わらず馬鹿力だけは健在だ。
「おめぇはどうなんだ、おいコラ答えろ!」
全く歯が立たないどころか、両脇からガッチリとホールドされ、体をロックされてしまった。
「い、今は……いいだろ、何か買ってくるから…」
「こいつぅー、言わねーつもりだな、へへへっ、こっち向け」
テツは完全に酒に呑まれてしまい……姉貴や火野さんがいる前でキスしようとする。
「ちょっと……!やめろって!」
いくら酔った上での事でも、限度がある。
渾身の力を込めて肩を押し返した。
「兄貴!」
すると、突然火野さんが大声でテツを呼んだ。
「な、なんだ……、いきなりでけー声出して」
テツは驚いて腕のロックを緩めた。
「昼は食いましたか?」
「いんやー、まだ食ってねぇな」
火野さんはテツの顔を覗き込むようにして問いかけ、テツは俺から離れてソファーに背中を預けた。
「そうっすか、俺らもまだなんで、何か食わねぇと腹が減ってしょうがねぇ、兄貴、友也に何か買ってきて貰って、一緒に食いましょうや、話は腹ごしらえした後でゆっくりすりゃあいい、腹が減っては戦ができぬって言うでしょう?」
「おー、戦か、へへー、よっしゃ、行け!行ってこい!」
地獄に仏……地獄に火野さん。
火野さんにはいつも助けて貰ってるが、もう義兄になる事は決定している。
今は最高の兄貴に思えた。
ようやくテツから解放されて立ち上がり、カバンを持って玄関に向かったら、姉貴が慌ててあとを追いかけてきた。
「あっ、待って……、あたしも行く、火野さん、一緒に行ってくるね」
「ああ、わかった」
部屋を出て、エレベーターに乗ってマンションから外に出たが、その間俺は姉貴を見なかった。
というか、正確には見られなかった……。
車通りの多い車道、その脇にある歩道は人通りもそれなりにある。
車やすれ違う人の喧騒は、気まずい空気を紛らわせてくれるから、そのままコンビニを目指して歩いた。
「ね、友也」
「ん…」
「あたしは、やっぱり男同士でイチャつくのを見たら……抵抗ある」
「そりゃそうだ……それが普通だよ、ただ、あんな風にベタベタしてくるのは酔っ払ってるからで、いつもは人前であんな事はやらない」
「うん、それはわかる、でも……つい目を背けちゃった」
姉貴が嫌悪感を抱くのは当たり前の事だ。
むしろカミングアウトした事で、変に気を使わせなきゃいけなくなった事が申し訳ない。
「ごめんな」
「なにが?」
「嫌だろ……弟が男とこんな事になって」
「別に嫌じゃない、ただ…見慣れないだけ」
「でもさ、隣だから……、ちょくちょく会うかもな」
「うん、でもさ……、矢吹さんは友也の事、本当に好きなんだなって、それはわかったよ」
理解を示す姉貴に対して……どう答えたらいいか分からない。
素直に喜んでいいのか、戸惑った。
「さっき…、矢吹さんはやっと…って言ったけど、何かあったの?あ、そう言えば……あの厳つい人……、あたしはてっきりあの人と付き合ってるんだと思ってた、じゃあ、あの人は関係なかったって事だよね?」
「竜治さん?」
「そう」
「火野さんからどう聞いてるか分からないけど、あの人も俺を助けてくれた、で、余所の組の人間」
「そうだったの、霧島組だと聞いてた」
火野さんは竜治の事を適当にはぐらかしていたようだが、こうなった以上、話しても構わないだろう。
「この際打ち明けるけど……、俺はテツだけじゃなく、他にも何人かと付き合ってた」
「えっ……」
「付き合わなきゃいけなくなったんだ、色々訳ありで…、竜治さんもそのひとり」
「訳って……」
「ごめん、それは話せない……、けど、そのせいでテツとはちょっとだけ別れてた、竜治さんは優しくしてくれたし、約1名を除いて、みんな優しくしてくれた、全部ヤクザだ、姉貴はテツの事をズケズケものを言う、デリカシーのない男だと思うだろ?」
「あ、そのー」
「構わねー、俺も最初はそう思った」
「そっか……、確かにちょっとね」
「でも俺は……わかったんだ、テツは口は悪いし、おかしな事を言ったりするけど、ほんとは違うって……、今、やっとテツと2人だけで付き合えるようになった、ま、そんなとこ」
「という事は……同時に何人かと付き合ってた……って事?」
「ああ…」
「そうなんだ……」
話しをしていたらコンビニに着いた。
姉貴がどう思ったか、それはひとまずおいといて……。
自分達が飲むジュースやお菓子、ツマミに弁当……色んな物を適当に買ってコンビニを出た。
ビニール袋を両手に提げて、さっき来た道を辿ってマンションを目指す。
「友也、持つよ」
「いい、大丈夫」
姉貴には軽い袋を持って貰ってるが、いくら非力でも姉貴よりは力がある。
「あのね、あたしは……応援するよ」
「ん?」
「訳ありで……、それでようやく一緒にいられるんでしょ?よかったじゃない」
「うん……」
「そのネックレスは、矢吹さんだったんだね」
「そう…、ブレスレットも……、テツは悪ふざけが好きなんだ」
「あ、じゃあ、もしかしてあのアートも?」
「まあ、そう……、セイコだって……」
「なにそれ名前?セイコってなんか古臭いけど、あれダッチワイフだよね?」
「変なものが好きなんだ、だからさ、セイコを磔にして……、一応言っとくけど、あれをやったのはテツだから、馬鹿な事ばっかしするんだ、俺が誤解されるじゃん、だから慌てて外そうとしてたんだ、迷惑だよ……全く」
「ぷっ、あははっ、そうだったんだ、変わった人だね」
「うん…、ほんと変わってる、だけど…俺を助けてくれた」
「そうだね……、あんたとこうして話が出来るんだもん、あたしも感謝しなきゃ…」
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