BL長編変態ヤクザな話snatch(完結)
Snatch41bond
◇◇◇
テツが撃たれて10日目。
退院まで秒読み段階となり、寺島は見舞いにやって来た三下に、ついでだと言って不要な物を持って帰らせた。
「しあさってか、ふうー、だけど……治って良かった、森先生のお陰だな」
やっと入院生活から解放される。
「ああ、あの爺さん、やたらぶっきらぼうだが、腕はたつからな、寺島ぁタバコくれ」
午前中にやるべき事をひと通り済ませ、椅子に座ってテツに話しかけたら、テツは医者を褒めて寺島に声をかけた。
「はい」
寺島はポケットに手を突っ込んでタバコを出そうとしたが、ドアをノックする音が聞こえて手を止めた。
「どうぞ、入ってください」
振り返ってドアに向かって声をかけたら、すぐにドアが開いて誰かが入ってきた。
「あ、火野さん」
見慣れた姿を見て安心し、つい声をかけていたが……何か様子がおかしい。
「さ、入って」
誰かを連れてきているらしく、ドアの方へ振り向いて手招きした。
すると、小柄な人が遠慮がちに部屋に入ってきたが、誰なのかわかって顔が引き攣った。
「姉貴……」
何故姉貴を連れてきたのか……責めるように火野さんを見たら、火野さんは姉貴の肩を押して俺の傍にやって来た。
「友也、すまねー、もう無理だった……、おめぇの事は俺から舞さんに話した」
そんな事を勝手にカミングアウトされても、謝って済むような話じゃない。
現に姉貴は、訝しむような表情をして上目遣いでテツを見ている。
「友也の姉ちゃん、舞さんだな、俺は霧島組の者で、矢吹テツだ、よろしくな」
テツは起き上がって姉貴に話しかけた。
「あの……初めまして、話は聞きました、その……あなたが友也と……」
「おう、そうだ、俺はな、バイセクシャルだ、分かるか?両刀使いってやつだ、だからよー、おめぇの弟を気に入っちまった」
恐る恐る聞く姉貴に向かって……テツは堂々と言い放った。
「そうですか……、確かあなたは……、もう随分前だけど、スーパーの駐車場で見ました、友也と一緒にいた、じゃあ…友也、あの時から矢吹さんと…」
テツの率直な物言いに目眩をおぼえていたが、姉貴に聞かれて顔を上げた。
「違う、あの時は……そういう関係じゃなかった、本当にただ買い物を手伝ってただけだ」
「じゃあ、いつから?」
姉貴はすかさず次の質問をしてきた。
「舞さん、俺が教えてやる、あの後だ、俺が友也を手籠にした」
どう答えようか迷っていると、テツが先に言ってしまった。
「て、手籠……?」
しかし、姉貴は古臭い表現がピンと来なかったらしく、ポカンとした顔をする。
「ああ、脅して、無理矢理やっちまった、ケツを犯したんだよ」
俺は胸を撫で下ろしていたが、お節介な事に……テツがわかりやすく説明した。
「そんな……、ちょっと友也、本当なの?」
姉貴はショックを隠せない様子で聞いてきたが、テツが言った事は嘘じゃないから、力無く頷くしかなかった。
「ああ、まぁ……」
「それって……、レイプじゃないの?じゃあ、今も脅されて…、それでここにいるんでしょ?」
けど、言葉が足りなかったらしく、誤解を招いてしまった。
「今は違う、テツと一緒にいたいから……ここにいる」
「友也はな、俺に心底惚れちまったんだ、わりぃな」
こうなった以上、なんとか認めて貰うしかないが、テツがニヤついた顔で余計な事を言ったせいで、姉貴の顔色が変わった。
「矢吹さん……、あなた、よくも友也を!」
厳しい目付きでテツを睨み付けると、テツの前に歩み出して声を荒立てて噛み付いた。
「こいつはまた、気のつえー女だ、友也、さすがはおめぇの姉ちゃんだな」
テツは呆れと感心が入り混じったような顔で言ったが、テツの飄々とした態度は姉貴の感情を逆撫でし、ブチキレた姉貴は俺の腕を掴んできた。
「ふざけないでください!弟は連れて帰ります、友也、さ、来るの!」
「ごめん姉ちゃん……、俺、帰れねぇから」
俺は椅子から立つつもりはなかった。
「だから、言っただろ?俺にベタ惚れなんだよ」
ただでさえ窮地に追い込まれてるのに、テツはニヤニヤしながら更なる燃料を投下する。
「っ、矢吹さん、よくもこんな……、友也をホモだとか……そんな変態にして……、何がバイセクシャルよ、最低!」
姉貴は激昂して、差別的な言葉を口にしてテツを罵った。
「おい、いくら友也の姉ちゃんでも、口がすぎるぜ、兄貴を馬鹿にしたら、俺が許さねぇ」
ベッドの端に立っていた寺島が、姉貴を睨み付けて俺と姉貴の方へ歩いて来た。
「寺島、下がってろ」
「へい……」
寺島が怒るのは無理もないと思ったが、テツに言われて渋々後ろに下がった。
「舞さん、動揺するのはわかる、だが……君がここでヒスを起こしたとこで、傷つくのは友也だ、現実を受け止めてやるのも愛情じゃねぇのか?頭を冷やすんだ」
「火野さん、あなたも……なんとも思わないの?」
火野さんが姉貴を宥めたが、姉貴は信じられないといった顔をして火野さんに聞いた。
「俺は……最初は反対だった、但し、君が思う理由とは少し違う、普通の高校生がヤクザなんかに関わったらろくな事にならねぇと、そう思ったからだ、性的指向についてどうのこうのと、そんな事ぁ何も思わねぇ、誰かに迷惑かけるわけじゃねぇんだ、好きにやればいい」
「迷惑かけてるじゃない、友也は無理矢理やられたんでしょ?」
火野さんは自分の考えを話したが、姉貴は納得しないばかりか、逆に突っ込んで聞いてきた。
「そうだ、わりぃのは俺だ、だからよー、恨むなら俺を恨め、ただ、友也をホモだなんだと、変態呼ばわりするな」
するとテツが割って入ったが、あれだけ好きな事を言っておきながら、自分を悪者にして俺を庇っている。
姉貴にどう思われようが……俺は俺だ。
「姉ちゃん、俺、こうなるの……分かってた、だからさ…、もういい、多分姉ちゃんには分からねぇ、俺の事はほっといて、火野さんと仲良くやってくれ」
姉貴は姉貴で幸せになって貰いたい。
「そんな……友也」
認めて貰おうだなんて、そんな事を考えた自分が馬鹿だった。
「舞さん、友也は前と変わったか?」
姉貴から目を逸らして黙っていると、火野さんが姉貴に問いかけた。
「えっ、い、いいえ……」
姉貴は意表をつかれたような顔をしたが、首を横に振った。
「だったらいいじゃねぇか、誰を好きになろうが自由だ、違うか?」
火野さんは穏やかな声色で姉貴に語りかける。
「あ……、それは」
姉貴は酷く動揺しているようだった。
「舞さん、君がそういう事に嫌悪感を抱くなら、それもまた自由だ、ただな、詳しい事は話せねぇが、兄貴は友也を助けに行って撃たれた、で、ここに入院中だ」
火野さんは姉貴の事を否定せず、また自分の考え方を押し付けるわけでもなかったが、テツが怪我を負った理由を明かした。
「助けた?矢吹さん、それは……本当ですか?」
姉貴は愕然とした様子でテツに聞いた。
「まあな、一応そういう事になるか……」
「友也も怪我をしてた、それも治療ずみだ、兄貴が行かなきゃ友也は生きちゃいねーだろう」
テツはのらりくらりと適当に答えたが、火野さんが言葉足らずな箇所をフォローした。
「えっ……、生きてないって……そんな事が現実に?そんなドラマみたいな事って……そんなのありえない」
姉貴は疑うように言ったが、テツに助けられたのは事実だ。
「姉ちゃん、嘘じゃねぇ、俺、拉致られて……テツが来なけりゃやばかった」
「拉致……?ちょっと……、あんたそんな危ない目に?」
「ああ、言っとくが、テツのせいじゃねぇから、俺が迂闊だったんだ、俺はある男の誘いに乗った、そいつがヤバイ奴だったってわけ」
「あ、じゃあ、警察へ」
「馬鹿な事言うなよ、姉貴も火野さんと付き合ってるんだ、話せねぇって事がどういう事なのか、そのくらいわかるだろ?」
「あっ……、それは……」
「で、テツは撃たれた、まる2日意識不明だった」
「そう……なんだ、そんな事があったとか……、あたし……知らなかった」
ひと通り話したら、姉貴は気が抜けたように一点を見つめていたが、思いついたようにはっとしてテツを見た。
「その、あたし……、つい感情的になって、すみませんでした、友也を助けてくれた事は……感謝します」
「じゃ、俺との事を認めるか?」
姉貴は頭を下げてテツに礼を言ったが、テツは切り返すように問いかけた。
「あ、それは……」
姉貴はやっぱり迷っているようだった。
「舞さん、友也のやりてぇようにやらせてやれ、俺は傍から見て思うが、君と友也は今どき珍しいぐれぇ仲がいい、こんな事で仲違いするのは馬鹿げてる」
火野さんは俺と姉貴の事をよくわかってくれてるようだ。
「あの……、そ、その……、わ、分かりました…」
姉貴は火野さんの説得で遂に折れたが、まだどこか釈然としない雰囲気だった。
「へっ、友也、姉ちゃん認めてくれたぜ」
テツはしたり顔でニヤリと笑ったが、俺はそんな単純には喜べない。
「姉貴……、無理するなよ」
ほんと言うと、こんな事で揉めるのも嫌だった。
当たり障りなく行きたかったのに突然カミングアウトされ、俺自身動揺していた。
「い、いいえ、無理してるわけじゃない、ただ、あまりに急な事で……驚いただけ、友也には……これからも愚痴を聞いて貰わなきゃ……、だからわかった」
姉貴は多分、必死に俺の事を理解しようとしているんだろうが、何だか……惨めな気持ちになる。
「姉貴……」
「やだな……そんな顔して、あんたはいつもあたしの話し相手になってくれた、それはずっと変わってない、じゃ、あたしはこれで帰るね、もう責めたりしないから……電話の電源入れといて」
だけど、卑屈になったら尚更惨めだ。
「ああ、わかった…」
電源を入れる事を承諾したら、姉貴はもう一度テツに向かって頭を下げ、火野さんに連れられて部屋を出て行った。
「友也、おめぇの姉ちゃん、キツイなー、兄貴や俺を前にして、兄貴に食ってかかるとは……」
2人が出て行った後、寺島が苦笑いを浮かべて姉貴の事を言った。
「あ……、まあー、昔っからあんな感じです」
「おめぇはきっと、姉ちゃんに鍛えられたんだな、だからつえー」
「何言ってるんだよ、全然強くねぇし、腕力ねぇから喧嘩とか無理だ、多分殴ったら手が砕ける」
「あははっ、確かにな……、けどな、腕力だけがものを言うわけじゃねぇ、逆にいや、ガタイだけよくても、気持ちが弱え奴ぁ使いもんにならねぇ、心と体、両方が強くなきゃ駄目なんだ、おめぇは体はまだ未知数だが、心は合格だ」
「合格って、なにに?」
「ヤクザに決まってるだろ」
「あのな……」
「おめぇが入りゃ、親父や若が喜ぶぞ」
「いや……、もう勘弁してください」
「もう大丈夫だ、親父は一旦決めた事は貫く、若を含めて、おめぇに手を出すこたぁねぇよ」
「いや、だけど……、俺はそういうの無理、窮屈だ」
「そうか、ま、それもそうだな、今更おめぇに兄貴と呼ばれるのはしっくりこねぇ」
「じゃ、あれだ、バイト程度に何か手伝ったらいいんじゃないですか?」
いつの間にか話題が姉貴から逸れていたが、寺島の言葉を聞いてふと思いついた。
「朱莉さんの働くソープなら」
「はあ?おめぇいきなりなに言い出すんだ、まさか……朱莉に惚れたんじゃねぇだろうな?」
「違うって、朱莉さんをソープから抜けさせる事が出来れば…」
「無理だ!あいつは……完全に壊れちまった、もう元には戻せねぇ」
「その男狂い、なんとか抑えられないかな…」
「前に話しただろう、俺は実際にやってみて無理だったんだ、つまらねー事を考えるな」
テツが言うように、朱莉さんを元に戻すのは並大抵じゃないような気がする。
だけどあの時朱莉さんは、まるで少女のように歌をうたっていた。
俺に何かできる事があれば……。
とりあえず卒業しなきゃ、身動きがとれない。
◇
無事退院の日を迎え、俺が久々に家に帰ったその夜、姉貴は火野さんのプロポーズを受けると言った。
何だか知らないが、『友也に勇気を貰った』と……そんな事を言っていた。
退院した翌日に、親父さんの屋敷で祝賀会がひらかれた。
集まったのは幹部クラスが主で、俺の知ってる顔ぶれ全員と、知らない顔ぶれが半々くらいだ。
翔吾も勿論いたが、俺の事やテツが屋敷を出て行く事が堪えたのか、社交辞令程度に言葉を交わしただけだ。
俺は端っこに座っていたが、酒が回ると共に無礼講な雰囲気が漂い始め、テツに呼ばれて隣に行った。
「ようし、今日こそショットガンを見せてやるからな」
テツはまだショットガンに拘ってるらしい。
「いや、いい、見せなくていい」
「見ろ、テキーラだ、おい、誰かグラスとジンジャーエール、なけりゃソーダでもいい、持ってこい」
「駄目だって……怪我治ったばっかしで、キツイ酒飲んじゃだめだ」
「このやろ……また邪魔するのか?あのな……タコみてぇに絡みつくな!」
「駄目だ!はなさねぇからな、テキーラかせ!」
「あ、こいつ、なにしやがる」
「コラ矢吹……!友也君の言う通りだ、やめとけ」
腕に絡みついてテキーラを奪おうとしたら、親父さんがテツを叱った。
「おやっさん、大丈夫っすよ」
「矢吹、わしの言う事に背く気か?」
「あっ……、そんなー、いやですね……、そんなにムキにならなくても……」
テツは軽く流そうとしたが、親父さんに睨まれて態度を一変させ、腰を低くして親父さんの所に歩いて行った。
「さ、おやっさん、つぎます」
頭を下げて機嫌をうかがう様子は、まるで飼い主に諂う犬のようだ。
「こいつめ、上手い事機嫌とりやがって」
あまりの豹変ぶりに失笑していたが、テツが徳利を持って親父さんに差し出せば、親父さんは困ったように目尻を下げて笑う。
「まあまあー、ささ、どうぞ」
「わかったわかった、酒はいい、わしはな、おめぇがこうして無事に戻ってきた事が嬉しいんだ、あんなチンピラに殺られては浮かばれん、本当に良かった」
親父さんは喜びを噛み締めるように、しみじみと語った。
「ありがとうございます……、心配かけちまった事、申し訳なく思ってます」
「ああ、そう思うなら、酒はもう控えろ、十分飲んだだろう、そのくらいにしとけ」
俺は少し離れた場所で、上座に座る親父さんとテツのやり取りを見ていたが、この2人の間には……恩とか義理とか、私情とか……色んな物が詰まってそうだ。
けれど、そのすぐ横に座る翔吾は、2人の話に加わろうとはしなかった。
酒は飲んでないし、到底盛り上がるような気分じゃないんだろう。
「……親父」
前を向いて黙っていたが、不意に親父さんに声をかけた。
「ん、なんだ?」
「テツは補佐を外して欲しいって、それと屋敷も出るって」
翔吾はテツの事を口にしたが、なんとなく……そんな気はしていた。
「若、その話はまた落ち着いた時に……」
テツは慌てて口止めしようとしたが、親父さんが聞き逃す筈がない。
「矢吹、それは本当か?」
「はい……」
「何故だ、友也君の事で腹を立てたのか?」
「違います」
親父さんは俺の事を持ち出し、テツは即座に否定したが、ここでもし翔吾がごねたりしたら、せっかくの祝賀会が台無しになる。
「パパ、いいんだよ、補佐は黒木に任せる」
「若……」
「違うよテツ、そんなんじゃない、僕は大丈夫だから、テツが居なくても……平気だよ、パパのあとを継ぐ為に、もっと強くなるんだ」
俺は内心ハラハラしていたが、どうやら違っていたようだ。
「そうか、うむ……、どうやら話は決まってるようだな……、分かった」
親父さんは翔吾を見て納得したように頷き、テツの申し出を受けた。
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