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BL長編変態ヤクザな話snatch(完結)
Snatch37bond
◇◇◇

医者が出てきたのは、3人が帰ってさらに1時間過ぎた頃だ。


「先生!兄貴は……!」

寺島は直ぐに立ち上がって突っかかるように聞いた。

「大丈夫だ、死にやせん」

「そうっすかー、よかった…」

「ただ、当分動けんぞ、うちにゃまともな病室なんざねー、部屋を貸してやる、ベッドもな」

「ありがてぇ」

「いいって事よ、あとで親父さんにたんまり礼をして貰うからな」

───テツは助かった。
俺も椅子から立ち上がろうとしたら、力が抜けて目眩がした。

「あ、友也…!」

「……すみません」

「先生、こいつもみてやってください!」

寺島が咄嗟に支えてくれて倒れずに済んだが、寺島は即座に俺の事を頼んだ。

「あー、ちょっと待て、今終わったばっかしだ、一服させろ、緊急を要するってわけじゃねーんだろ?」

「あの、俺なら大丈夫です」

「ああ、君か……、さっきはよく見てなかったが、よく見りゃ随分若いな……、年はいくつだ?」

医者は俺を見て不審に思ったのか、傍にやって来てジロジロ見ながら聞いてきた。

「…18です」

「じゃ、まだ高校生か?」

「はい…」

「高校生が何故ヤクザなんかと一緒にいる」

そうくるとは思ったが、どう言えばいいか困った。

「あの…俺は……」

「先生!んな事ぁ後回しにして、友也を手当してくれ」

口ごもっていると、寺島が助け舟を出してくれた。

「ああ、分かった分かった、じゃ、2人共中に入りなさい」

医者は追求するのをやめて促し、寺島と一緒に医者の後について診察室の中に入った。
真っ先にベッドを見たら、テツは上半身裸でベッドに仰向けに寝かされ、腹の辺りを包帯でぐるぐる巻きにされていた。

「兄貴……」

寺島は真っ直ぐにテツの所へ歩いて行き、俺もついて行こうとした。

「ああこら、君はこっちに座りなさい」

だが医者に呼び止められ、仕方なく医者の前に座った。

「先生……意識はいつ戻るんだ?」

寺島はテツの顔を覗き込んで不安げに聞いたが、医者はすぐ脇にあるデスクの上を探りながら答えた。

「さあな……、そいつはなんとも言えん、わしは命は助けてやるが、そっから先は本人次第だ」

「そうっすか……」

俺は急に不安になってきたが、寺島も気落ちした声で呟き、俺と医者の方へ振り返ろうとはしなかった。

「よし、上着を脱いで」

医者はハサミやピンセットの入ったトレイを傍に引き寄せると、改めて俺と向かい合って指図する。

「はい」

「こりゃまた……、ひでぇな、こいつらにやられたのか?」

上着を脱ぎ、火野さんから貰った袋と重ねて膝の上に置いたら、医者は傷を見てあからさまに顔をしかめ、頭ごなしに決めつけて言った。

「先生、そんな人聞きの悪い事言わねーでくださいよ」

否定しようとしたが、俺が言う前に寺島が振り返って否定した。

「なんだ違うのか?あー乳首、こりゃ腫れてるな、体の傷は鞭で打たれたあとだな……、とすりゃこれも無理矢理やられたのか?」

「はい」

「こいつらじゃねーとしたら、諍いの巻き添えでも食ったか」

「ま、そんなとこでさー、先生、そんなのは今更だ、俺らの事ぁよくご存知でしょう、頼んますぜ、あんまり首突っ込まねーでください、俺らが先生を頼りにしてるのは、先生がそれを承知なさってくれてるからだ、ただ、そいつを俺らが傷つける事ぁありませんので、それは嘘じゃねー」

寺島はまた口を挟んできたが、それを聞いて、以前テツが懇意にしてる医者がいると話した事が頭に浮かんできた。
つまり懇意にするというのは、そういう事なんだと分かった。

「ああ、わかっとる!つい気になっただけだ、友也君と言ったな、わしは君を治療する事に専念する、それじゃ…まずピアスからいくか、ちょいといてぇぞ」

「はい」

医者は寺島に向かって声を荒らげたが、俺の方へ向き直ってすぐに表情を戻し、乳首に突き刺さるピアスを外していった。

「う"っ……!」

金属の棒を引き抜いた時に、乳首が引っ張られて千切れるんじゃないかと思ったが、引き抜いた後で熱を帯びてジンジン痛む。
歯を食いしばり、両手で拳を握り締めて我慢した。

「くっ…」

「ようし、とれた、消毒するが……しみるぜ、大丈夫か?」

「大丈夫…です」

両方引き抜いた後で消毒をしたが、じっとしていられないほど痛い。
痛みが背骨を突き抜けていくように感じたが、体中に力を入れてひたすら歯を食いしばった。

「い"っ……つぅ!ぐっ……!」

「ようし、乳首はすんだ、次は痣だ」

乳首が終わってふっと力が抜けたが、まだ終わりじゃなかった。

医者はピンセットで瓶から綿を摘みだし、筋状についた痣に薬を塗っていく。
こっちは乳首とは違い、傷の程度によって痛みが違っていた。
浅い箇所はたいした事はないが、肌が切れて血が滲んでいる箇所は、刺すようなヒリヒリとした痛みが襲う。
さっきと同じように体を強ばらせ、歯を食いしばって耐えたが、終わった時は一気に力が抜けて息が上がっていた。

「で、終わったが、下もやられてるんじゃないのか?打たれた時、服はどうした、全部脱がされたのか?」

「はい…」

「じゃ、脱ぎなさい、全部だぞ」

「え、全部ですか?」

裸になるのは抵抗なかったが、尻にはタトゥーがある。

「全裸で打たれたんだ、当たり前だ」

「……分かりました」

タトゥーを見られるのは嫌だったが、仕方がないので下を脱いで真っ裸になった。

「あー、やっぱり足にも痣があるな、よしよし、今薬をつけてやる」

鞭は長い一本鞭だったから、正面から打っても体の後ろ側に鞭があたっている。
ただ下は、上半身よりは痣が少ない。
医者は正面の痣を消毒すると、後ろに向けと言ったので、言われた通りにした。

「んんー、こりゃあ…タトゥー、刺青か?テツって書いてあるぞ、ん?矢吹君の名前は確かテツだったよな……、って事は…」

「友也、おめぇ…、兄貴に言われたのか?」

案の定、医者はすぐに気づいたが、寺島までやって来てタトゥーを見た。

「あの……俺は納得してやった事です」

「そうか……、だったらいい、ただ聞いただけだ」

「待ちな、寺島さん」

寺島は質問しただけで、それ以上なにも言わずにテツの方へ戻ろうとしたが、医者は聞きたい事があるらしい。

「なんだ」

「どおりで高価な物を身につけてるわけだ、つまり……、矢吹君はそういう事か?」

「ああ、兄貴はバイだ」

「そうか、まあ、そんな事はなんとも思わんが、高校生にタトゥー、しかも名前ときたら、ちょいとやりすぎじゃねーか?」

医者は俺とテツの関係を知ったが、それよりも、タトゥーの事が引っかかったようだ。

「確かに…俺もそう思う、けど、例え高校生だろうが……本人が納得してやった事だ、兄貴がヤクザだと知った上で惚れてるのに、高校生だから、ガキだからと……くだらねー説教垂れるのか?馬鹿馬鹿しい、友也は年のわりにゃしっかりしてる、今だって……そんなに手酷くやられてるのに、痛てぇのをぐっと堪えてた、青っパナ垂らした糞ガキにゃそんな根性はねーぞ、だから俺は……余計な世話を焼くつもりはねー」

俺は寺島がどう答えるのか気になったが、俺の事をそんな風に思ってくれてるとは思わなかったので、胸がいっぱいになった。

「ヤクザらしい考え方だな、ま、悪くねー、わしも似たようなもんだ、お前さん達のお陰で…うめぇ酒が飲めるんだからな、はははっ」


消毒が終わったら体を拭いて火野さんに貰った服を着たが、いざ袋の中を見たら、Tシャツにジャージ、下着や靴下まで入っていた。
しかも下着や靴下などは、多めに何枚も入っていたので助かる。
改めて感謝すると同時に、姉貴を説得しようと思った。

まっさらな服を着てすっきりしたところで、やっとテツの傍に行けたが、テツの顔を見る前に寺島に言わなきゃいけない事がある。

「寺島さん、上着はクリーニングに出して返します」

「ああ、そのままでいい、ほらかせ」

「でも、血がついてるし」

「こりゃ殆ど兄貴の血だ、なもん構わねーよ、ほら渡せ」

「はい…、あの、本当に…ありがとうございました」

「なにを言ってる、俺にとっちゃ兄貴は単に兄貴じゃねー、ここだけの話……親父よりも尊敬してる、兄貴は口はわりぃが、いざって時にゃ必ず力になってくれる、俺は兄貴について行くと決めた、血なんざついたとこで……むしろ勲章じゃねーか、下手な勲章よりよっぽど価値があらぁ、はははっ」

寺島は例によってテツについて熱く語り、血のシミを勲章だと言って笑い飛ばしたが、俺は寺島の事を心底見直し……心の底から感謝していた。


…と、不意に部屋の隅でガチャガチャと騒がしい音がした。
見れば、医者が壁に立てかけてあったストレッチャーを出して、折りたたみ式のそれをひろげていた。
組み立てはすぐに終わり、ストレッチャーを押してベッドの脇にやってきた。
俺と寺島が退いたら、医者はベッドから少し間をあけて、ストレッチャーをベッドの横に並べた。

「ようし、それじゃあ運ぶぞ、寺島さん手伝ってくれ」

どうやらテツを部屋に運ぶらしい。
寺島と2人でテツをストレッチャーに乗せると、そのまま部屋の外に運んでいったが、狭い通路には無造作に椅子が置かれている。
取り敢えず椅子を退かしたが、他にも邪魔な物があったので、それらを退かしながら廊下の1番奥にある部屋に入った。

部屋は床がフローリングで6畳位の広さに感じた。
ここだけはスリッパに履き替えろと言われ、入り口でスリッパに履き替えて真ん中に歩いて行ったが、何も無いガランとした部屋に、ベッドとサイドボードがあるだけだ。
小さな窓が部屋の端にひとつだけあったが、もしかしたら、こういう時の為に使う部屋なのかもしれない。

「さっきは分からんと言ったが、ちょいと内臓をやられててな、手術は上手くいったが、暫く眠り続けるだろう、あとで点滴と導尿カテーテルを持ってくる、椅子が必要なら廊下から好きなやつを持ってこい、で、お前さん達はどうするんだ、付き添うのか?」

医者と寺島でテツをベッドに移した後、医者は後ろに手を回して腰を叩きながら言った。
やっぱり意識は直ぐには戻らないようだが、内臓をやられてると聞いて心配になってきた。

「友也、俺はさっきおめぇの面倒をみると言ったが、泊まるなら家に連絡しねぇとマズいだろう」

寺島に言われてはっとした。

「あ、そうですね…、連絡します」

こんな事になって、家の事など完全に忘れていた。

「じゃ、2人共ここに泊まるんだな?」

「ああ」

「仕方ねー、2階から布団を降ろす、寺島さん、あんた手伝ってくれ、わしゃ年だから…ちと辛い、腰が痛くてな」

「分かった」

2人共布団を取りに2階へ向かった。
この病院は目立つような看板を出してない。
どこかに小さく書いてあったのかもしれないが、頭が混乱していて見る余裕がなかった。
未だに医者の名前すら知らない状態だが、あの医者はズケズケとものを言うが、意外と親切な人らしい。

まず母さんに電話した。
しばらく友達の家に泊まると言ったら、母さんは『しばらくって、いつまで?そんな何日も……友達のご両親に悪いわ、迷惑でしょうに』と言ったが、下手に相手をしたら長話になるので、適当に誤魔化して強引に電話を切った。

その後で竜治にメールで連絡した。
『詳しい事は言えないけど、ちょっと事情があって、しばらく連絡できない』と伝えたら、竜治は『どういう事だ、何かあったのか?』と聞いてきたが、事が事だけに話せない。
『兎に角普通じゃない事が起きたので、お願いします』と返したら、『何かやばそうだな、おめぇは大丈夫なのか』と返してきた。
『大丈夫です、心配かけてすみません、今ちょっとバタバタしてるから、これで失礼します』と打った。
申し訳なく思ったが、今は竜治の事を考える余裕がない。

堀江はこのまま放置する。
向こうから聞いてきたら、適当な嘘を並べ立てて……盛大にすっとぼけるつもりだ。

ただ、何日も家をあける事になると、姉貴が連絡してくるだろう。
竜治だって何か言ってくるに違いない。
翔吾からの連絡は寺島の携帯に入るし、携帯の電源を落とす事にした。

連絡が済んでひと息ついた事もあり、テツの傍に行って顔を覗き込んだ。

「テツ、聞こえる?」

話しかけてみたが、眠ったままだ。

「俺が無事だったのは…、このブレスレットのお陰だな、だけどさ、相変わらず趣味悪いな」

目を覚ます事はないと思ったが、それでも期待しながら話しかけた。

そうするうちに賑やかな声が聞こえてきて、医者と寺島がそれぞれ布団を持って部屋に入ってきた。


「あ、床は埃被ってるぞ、何か敷いた方がいいな、そういや……ゴザがある、寺島さん、さっきの部屋の隅っこに、ロール状に巻いたゴザが立てかけてある、それを持ってきて敷いたらいい」

「じゃ、あとは俺がやる」

「そうか?じゃあ、わしはカテーテルやら点滴を用意する」

「おう、先生は兄貴をみてやってくれ」


2人はまた直ぐに部屋を出て行った。


「大丈夫だよな?目ぇ覚ますよな」

テツの手を握って呟いたら、大きな手はいつもと同じように温かい。

「俺さ、もう竜治と別れる、だからまた内ポケットから出して欲しい、銃じゃないやつを…」

願掛けするつもりで竜治の事を口にしたら、足音が聞こえてきて、慌てて手をはなした。

医者の方が先に戻って来たが、片手に点滴を吊るす金属の台を握り、片手でワゴンを押して傍にやって来た。

「……心配か?」

3段式のワゴンには、ピンセットや綿、ガーゼ、包帯、薬……と、様々な物が積まれていたが、医者は慣れた手つきで点滴を設置しながら、顔だけ俺の方へ向けて聞いてくる。

「はい、内臓やられてるって…」

「ああまぁ、掠っただけだ、これだけガタイがよけりゃ回復する、それに…わしみたいな爺さんならくたばっちまうが、まだ若いからな」

励ますような事を言ってくれたが、なにもできない事がもどかしい。

「ただ見てるだけって、きついですね……」

くだけた雰囲気の医者だから、つい愚痴っていた。

「心配しなくとも……やる事ならある、4時間おきに体を動かしてやらねぇと、床ずれになるからな」

医者は点滴の針を腕に刺してテープでとめると、導尿カテーテルを手に取りながら言う。

俺は医者の話が気になったが……カテーテルも滅茶苦茶気になった。

「そうなんですか?あの、どうやれば…」

医者の手先を見ながら聞いた。

「傷があるからな、傷に負担をかけないようにして、横に向けてやるんだ、みな寝返りを打つだろ?意識不明じゃそれができねーからな」

医者は答えながら、ズボンの前を開いてパンツを下げた。

「そうですか…」

頷きながらチンコを見たら、テツ本人とおなじように、ぐったりと横たわっている。

「出来れば手足をマッサージしてやるのがいい、血液の流れが悪くなるからな、それに刺激を与える事で意識の回復を早める効果もある」

医者は片手で竿を掴んで斜めに立てると、反対の手でピンセットを持って小瓶の中から綿を掴み出し、尿道口を綿でグ二グ二消毒し始めた。

「分かりました」

キチンと消毒して挿入しなきゃいけないようだ。

「あとな、手術する時に一応拭いたが、体を拭いてやる事だ」

体を動かす事、マッサージする事、体を拭く事……。

「はい」

今聞いた事をきっちり記憶して返事をしたら、医者はカテーテルをトレイに入った潤滑剤に浸した。
緊張感に包まれ、ドキドキして目が釘付けになった。
いよいよ挿入するらしいが……何となく痛そうだ。
医者は竿を斜めに立てたまま、カテーテルをゆっくりと尿道に入れていく。

玉が……縮み上がるような思いがした。

「気になるか?カテーテル」

医者は上目遣いで俺をチラッと見て聞いてくる。

「い、いえ…」

バツが悪くなって目を逸らしたら、寺島が部屋に戻ってきた。

「わりぃ遅くなっちまった、ちょっと電話がかかってきてな、よし、布団、もう敷いとくぞ」

「あ、手伝います」

振り向いてゴザを敷くのを手伝おうとした。

「いや、いい」

「でも……、俺、やります」

「おめぇも怪我してるんだ、兄貴の傍にいな」

「あっ、はい……、すみません」

寺島に敷いて貰うのは悪い。
せめて自分の布団くらい自分で敷こうと思ったが、寺島はいいと言うので医者の方へ向き直ったら、どうやら処置は終了したらしく、チンコを上向きにして、カテーテルを下腹にテープで止めていた。

「よし、出来た、面白かったか?」

何故なのか気になって仕方がなく、この際…聞いてみようと思った。

「こういうの見る機会がないから…、あの…どうして上向きなんですか?」

「ああ、尿道を傷つける恐れがあるからだ、で、服だが、ズボンを脱がせてこれを着せたいんだが、友也君、手伝ってくれ」

「あ、はい」

こんな形で珍しい光景を目にするとは思わなかったが、医者を手伝ってテツを着替えさせた。
意識がない人を着替えさせるのは大変だが、コツがあるらしい。
医者は手際よく手を動かし、俺は指図に従った。
テツに着せたのはよく入院患者が着てるやつで、淡い青色をした前開きの浴衣みたいな服だ。

「下着はそのままだが、適当に着替えさせてやれ、体位変換のやり方を教える」

「あっ、先生、俺も聞いときてぇ」

寺島は話を聞いてたらしく、布団を敷き終えてやって来た。
医者は体位変換のやり方やコツを俺達に伝授してくれたが、それだけではなく、テツの体を清潔に保つように言って、体を拭く為のタオル、清拭剤、トレイ、ウェットタオル、ティッシュ……などの小物類をワゴンから出してサイドボードにしまい込んだ。
また、自分もちょくちょく容態を診に来るが、見逃す事があるかもしれないので、点滴や蓄尿袋を一応チェックしといてくれと言った。

ひと通り説明したら、医者は『わしはもう寝る、向かいの真ん中の部屋にいるから、何かあったら直ぐに呼べ』と言って電気を消し、スポットライトだけつけて部屋から出て行った。

「必要な物は俺が調達してくる、兄貴の下着だけじゃなく、歯ブラシやら色々といるだろ?」

医者が居なくなったあとで、寺島がありがたい事を言ってくれた。
ここは比較的賑やかな場所だが、自転車がなければ徒歩じゃきつい。





この日から、病院で寝泊まりする生活が始まったが、風呂は医者が貸してやると言ってくれたので助かった。

寺島と交代で4時間おきに体位を変え、手足をマッサージして体も拭ったが、まる2日過ぎても意識は戻らない。

3日目になって、午前中に親父さんが翔吾と一緒に見舞いに来たが、黒木、林、火野さん、それとあと2人、見知らぬ幹部が一緒だった。
見知らぬ幹部2人は部屋の入口に立ち、医者を含めて6人がベッドの周りに立っている。
寺島と俺はベッドから少し離れた場所に立っていた。

「森さん、矢吹はどうなんだ?」

「容態は安定してるが、なかなか意識が戻らん」

俺は親父さんと医者の会話を聞いて、ようやく医者の名前を知った。

「そうか……、おい矢吹、おめぇどうした?はえーとこ気ぃ取り戻せ、おめぇがいねぇと……家ん中が火が消えちまったようだ」

親父さんは体を屈めると、テツの顔を覗き込んで切々と語りかける。

「親父…、僕も…」

翔吾も親父さんの横からテツの顔を覗き込んだが、何か言いかけて言葉を詰まらせた。

「ああ、ほら、翔吾も寂しがってる、おめぇが戻って来たら祝いをしてやるからな、うめぇ酒を飲みたきゃさっさと戻ってこい」

「おやっさん」

黒木が遠慮がちに親父さんに声をかけると、親父さんはゆっくりと体を起こした。

「おお、もう時間か」

「はい」

何か予定があるようだ。

「じゃ森さん、矢吹の事を頼む」

「ああ、分かった、任せなさい」

「行くぞ」

「へい」

親父さんは医者にテツの事を頼むと、先に立って歩き出し、俺と寺島の方へ向かって来た。

「友也、ごめん、今日はこれから行くところがあるから、また来るね」

親父さんが俺の近くにきた時に、翔吾が待ちきれない様子で俺の前に来て言った。

「あ、うん…」

「友也君、君にまで怪我をさせてしまって…、本当にすまない、わしの責任だ」

翔吾の言葉に頷いたら、親父さんが俺の前に歩いてきて、俺に向かって頭を下げて詫びを言う。

「い、いえ……、俺は平気です、それに怪我をしたのは、自分の責任なので」

組長さんに頭を下げられては、俺の方が身が縮む思いがした。

「いや、そうはいかん、矢吹が元気になったら、君も祝いの席に招く、是非顔を出してくれ、それからな、今まで通り屋敷に遊びに来てくれ」

今はテツの事しか考えられないが、親父さんの言葉に頷いた。

「はい…」

「矢吹に……会いに来るがいい」

だが、親父さんは何気なく気になる事を言った。

「え…」

「ちょっと親父…」

「ああもう、うるさい、おお寺島、よくやってくれてるようだな」

翔吾は驚いた顔で親父さんに話しかけたが、親父さんはそれを一蹴して寺島に話しかけた。

「いえ、当然の事でさー」

「そうか、頼むぞ」

「へい」

寺島には俺自身も世話になりっぱなしだが、寺島はまったく苦に思ってないようだ。

「あの親父…、さっきのどういう意味?」

「ごちゃごちゃ言わず、黙ってついてこい」

「そんな、パパーちょっと待ってよ」

翔吾は納得がいかないらしく、もう一度親父さんに聞いたが、親父さんは相手にしようとはせず、無視してドアへ向かって行った。
親父さんと翔吾がドアに向かい、その後を追うように火野さんと黒木、林の3人がついて行ったが、火野さんだけが俺の前にやって来た。

「友也、舞さんが心配してたが、何とか上手く言っといた」

火野さんは姉貴の事を口にした。

「あ……はい、すみません」

「いや、いい、また来るからその時に話す」

「はい」

色々と気づかってくれて有り難いとは思ったが、俺はたった今親父さんが言った言葉が気になっていた。



「親父も、兄貴の事が心配なんだな」

寺島は親父さん一行を部屋の外まで見送り、俺の傍に戻って来てポツリと呟いたが、寺島が言った事はそのまま当たってると思う。

翔吾はたまにテツの事を責めたりしていたが、親父さんは一貫してテツの事を悪く言わなかった。
むしろ褒めていたくらいだから、テツがこんな事になって、俺との事を認める気持ちになったのかもしれない。

もし、親父さんがテツとの事を許してくれたとしたら、翔吾が何を言おうが無駄だろう。
今はテツがこんな状態だし、そうなった時にテツがどう出るかなんて分からないが、俺はテツの決めた事に従うつもりだ。

それと、もうひとつ気がかりな事がある。
竜治にどう話を切り出せばいいか……それを考えたら頭が痛くなる。


部屋の中には、寺島と俺、意識不明のテツがいるだけだ。

「友也、少しはえーが、俺は昼飯を調達してくる、何か食いてぇもんはあるか?」

静まり返る中で、寺島が昼飯の事を聞いてきた。

「いえ、特には…」

「そうか、ま、適当に買ってくらぁ」

「はい、すみません」

何もかもやって貰って本当に申し訳ない。
立ち上がって寺島の背中を見送った後、椅子に座ってテツの顔を眺めた。

「テツ、寺島さん、凄く頼もしい人だよ、俺、助かってる」

テツに向かって話しかけると、少しは不安が薄らぐような気がした。





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