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BL長編変態ヤクザな話snatch(完結)
Snatch36bond
◇◇◇

翌日になって、午前中に堀江に電話しようとしたら、向こうから先にかかってきた。

『あの、話が違ってたよな?あとちょっとでホテルに連れ込まれるとこだった』

『ああ、それはね、成り行きによってはありって事になってんだ、成り行きじゃないの?』

『薬盛られた』

『そうなんだ、あの客は上得意だって聞いてたし、そんな真似するとは思わなかったよ』

『知り合いが通りかかって助かったけど、もうやんねーから……、じゃ』

『あっ、待って…!』

『なに?まだ何かあんの?』

『あのさー、あの髭のお兄さんと別れたって言ったよね?』

堀江がテツの事をどの程度知ってるのか知らないが、俺から説明するつもりはないし、もし聞かれても、今まで通りとぼけ通すつもりだ。

『ああ』

『だったら、構わないよね』

『何がだ……?言っとくが、ウリはやんねーぞ』

『違うよ、友也と付き合いたいって人がいるんだ』

『悪いけど、間に合ってる』

『へえ、モテるんだ、あのー、ずっと前に話したと思うんだけど、俺の元彼、ヤクザ屋さん、友也と付き合いたいって言ってね』

『借りを返すとか言った奴?別れたんだ』

『そ、どうかな?結構イケてる方だよ、名前は河神シンジ、年は26、身長は190近くあるよ、あのお兄さんみたいにワイルドじゃないけど、1回だけでもいいから、会ってみたら?』

断って直ぐに電話を切るつもりだったが、堀江は思ってもみなかった事を言い出した。

もう忘れかけていたが、大分前にテツとコンビニに寄ったのを見られた事がある。
その時に堀江と一緒にいたヤクザが、気になる事を言ったと、後日堀江から聞いた。
俺はその時、テツが誰かに狙われてるんじゃないかと心配になった。

そのヤクザが、何故忘れた頃になって俺と付き合いたいと言い出すのかわからない。

『どうして今頃?チラ見しただけなのに、よく俺の事覚えてたな?』

『俺もさ、あんま詳しい事は知らないんだけど、その彼、売り専の店に絡んでて、俺がバイトの事を聞いただろ?で、友也に興味を持ったみたい』

『あ、写真勝手に使っただろ』

『ああ、ごめん、一応写真がいるから、前に学校で撮ったやつを送った』

『ったく……』

『ね、会ってみない?1回会って、嫌なら断わればいいからさ』

『うーん……』

事情は大体分かった。
けど、どうするか迷った……。
俺はそいつと付き合う気など全くないし、付き合いたいとも思わないが、その男が今でもテツに恨みを持っているのか、そもそも何故テツを恨んでいるのか……それが気になっていた。

1回会うだけでも、探れるかもしれない。

『分かった、会うだけだからな、付き合うわけじゃねぇから』


会う事を承諾して電話を切った。


それから1日置いた次の日に、河神シンジという男から連絡が入った。

『友也君?』

『はい』

『俺、シンジ、健太から聞いたよね?』

『あ、はい』

『今から出られる?』

『はい』

シンジは、軽い口調で話しかけてきた。
俺は内心びびっていたが、声だけで優男だとわかるような声色に肩の力が抜けた。
ただ、そうは言ってもテツを敵視する相手だ。
テツが魔除けだと言ったブレスレットは、隠さずに敢えてそのままにした。
それから……ネックレスと時計も、同じく魔除けのつもりで身につけた。

待ち合わせ場所は駅前で、時間は午後1時。
初めて会う人だから、駐車場のフェンスの前て待つ事に決め、車は黒のマジェスタと聞いていた。
着いた時は車は来てなかったが、直ぐにそれらしい車がやって来た。

間違いないと思ったが、ガラス越しにぼんやり見える人影を見たら、何となく嫌な気配を感じた。
車のそばへ行ったら手で乗るように合図され、頭を下げて助手席に座った。

「失礼します」

「初めましてー、よろしくね」

「……あ、はい、よろしくお願いします」

シンジはすぐに車を出したが、勝手に行き先を決められては困る。

「あの、俺……、あんまり長居出来ないんで」

「そうなの?」

好意的じゃない事を匂わせて無愛想に言ったら、薄ら笑いを浮かべてさらっと流した。

何となく背筋に冷たいものが走ったが、このまま黙っていたらナメられる。

「あの、今日は取り敢えず会うって事で来たので、カフェとか、そういう所で話でも…」

「マンション行くよ、俺の」

「えっ、それはちょっと」

「怖い?君……ヤクザと付き合ってたよね?」

「あの……それは」

「矢吹テツ、俺もさ……同業、で……やっぱ怖い?」

「……いえ」

「じゃ、きまりだ」

マンションはマズい……。
断わろうと思ったが、テツの名前を出されて思いとどまった。
シンジの方から名前を出したという事は、ある意味チャンスだからだ。

「あの、テツとは……知り合いなんですか?」

「ああ」

「親しくされてたとか……?」

「まあね」

何か話すんじゃないかと期待したが、シンジは短く言葉を返して黙り込んでしまった。
しかも、瞬きすらせずに無表情に前を見据えている。
イブキも無表情になって黙り込んだ事があるが、シンジの場合酷く無機質で……生気に欠けている。
服装はジーンズにジャケットというラフな格好をしているが、ジャケットから覗き見える手首や首を見たら、目立つ位痩せている。

この感じ……どこかで見た事があるような気がした。

「いいネックレスつけてるねー、時計も」

記憶を辿っていると、話しかけられて意識がそれた。

「あ……、はい」

「ブレスレットには、奴隷って書いてあるね」

いつ見たのか、ブレスレットの文字を見られていたらしい。

「はい…」

「君、矢吹の……奴隷?」

笑われるかと思ったら、マジな顔で聞いてくる。

「いえ……そういうわけじゃ」

「狡いなー」

「えっ?」

「君、狡いよ」

「なにが……ですか?」

「せっかく忘れてたのに、健太から話を聞いて思い出した、悪い子だ、君は」

「え……あの」

いきなり俺を非難したが、何を言ってるのか……さっぱりわからない。
そのまま黙っていたら、息が詰まりそうな重苦しい空気が車内に充満したが、気づけば一時間半が過ぎていた。
その間、シンジは無言でハンドルを握っていたが、やがて来た事のない寂しげな場所にやって来た。

ひっ迫した嫌な予感をおぼえた。
過去に経験した、拉致られた時と似通っている。

そう思ったら……目の前に大きな建物が現れた。
木や雑草に囲まれた場所に、10階建てのマンションがポツンと建っている。
くすんだ壁にはツルが絡みつき、窓ガラスは所々割れ、壁中にスプレーで落書きがしてある。
廃マンションだ。
駐車場も地面がひび割れ、そこから草が生えている。
シンジはその駐車場に車を止めたが、何気なくマンションの壁を見たら、赤い塗料で血が滴るように『kill』と書かれていた。
嫌な予感的中だ。

だが、経験があるせいで変に肝が据わり、開き直って話しかけた。

「あの、マンションって、ここじゃないですよね?」

「ここだよ、俺んち」

「いや、冗談ですよね?ホームレスじゃあるまいし、廃墟に住んでるようには見えませんが?」

「はあ、やっぱ……、そうくるか、じゃ、ちょっと待って」

わざとふざけるように言ったら、シンジは面倒臭そうに言って車をとめ、シートの脇に手を突っ込んだ。

「ちょっ……、悪い冗談はやめてください」

三上がシャブを出してきた時のシーンと被り、ヤバいと思って外に逃げようとした。

「いい子だから、おとなしくして」

「うっ!」

だが口を布で塞がれ、ツンとした匂いに目が眩んで……意識が途切れた。



気がついたら……ボロボロの薄汚れた部屋にいた。

「っ……」

両手を拘束されて、吊るされている。

「ふっ、やっと目覚めたか」

シンジは俺の数歩前に座り込んでタバコを吹かしているが、どうやら廃マンションのどこかに連れ込まれたらしい。
ガランとした何も無い部屋だ。
壁紙が剥がれて黒ずんだカビが生えている。
天井を見上げたら都合よくフックがあり、そこにかけられたロープが、ひとまとめに括られた手首に繋がっている。
足はフローリングの床についてはいるが、踵が浮いた状態だ。

今まで拉致られた中で最悪のケースだが、もうシンジに気を使う必要はない。

「あんた、以前俺とテツが一緒にいるところを見たんだよな?」

「ああ、君は山ほど買って、奴のレクサスに乗った」

「テツに、何か恨みでもあるのか?」

「おおいにあるよ、奴は俺の……宝物を奪った」

「宝物?」

「俺の弟、淳哉を奪った」

「弟?」

「ああ、俺は淳哉を愛してた、誰よりも」

シンジは陶酔したような目つきをして言った。

「テツは、あんたの弟と付き合ってたのか?」

「そ、淳哉は自殺した、奴のせい」

テツが過去に遊んでいた事は知ってるし、シンジの弟と付き合っていたとしても不思議じゃないが、自殺したというのが気になる。

「自殺って……何故自殺なんか…」

「そう、淳哉は血の海に浮かんでいた、首がザックリと切れ、目は見開いたままだ、なあ、痛かっただろう?俺を呼んだんだよな?ああ……可哀想に」

シンジは死んだ時の状況を話したが、質問の答えになってない。
それに、芝居がかった言い方をされたらイラッとくる。

「あの…、何があったか知りませんが……亡くなられたのは気の毒だと思います、ただ、それと俺とはなんの繋がりもないと思うんですが」

「お前は奴に捨てられた、ちがうか?」

ちょっと違うが、説明する必要はない。

「まあ…」

「淳哉はあの世でひとりぼっちだ、お前なら淳哉と仲良くできる、淳哉の所へ行け」

「いやあの……ちょっと待ってください…、あなた、愛してたんですよね?だったら、自分が行ってあげたらどうです?俺は淳哉さんとか知らないし」

「淳哉と同じ目にあったお前だからこそだ、きっと上手くいく、なあ淳哉、悪くないだろ?ああ、そうか……良かった、お前を気に入ったらしい」

「はあ?何言って…」

拉致られる前も意味不明な事を言っていたが……またおかしな事を言い出した。
タバコを床に押しつけ、逝ったような目付きで弟に話しかけている。
このイカレた感じと痩せこけた体……どこかで見た事があるような気がしたのは……朱莉だと分かった。

「その前に……、淳哉、俺と一緒に楽しもう、ああ、そうだ、色んな事をして遊んだよな、はははっ、そうだろ、思い出したか」

マズいと思っていると、シンジは立ち上がって壁際に歩いて行った。
壁に黒いアタッシュケースが立てかけてある。
奴はしゃがみ込んで蓋を開けると、中から何かを取り出した。

「なあ淳哉、奴隷にはぴったりだよな」

それを握って俺の方へ向かってきたが、手元を見て鞭だと分かった。

「さあ、始めようか」

振り上げた鞭が振り下ろされ、胸から腹にかけて焼けるような痛みが走った。

「う"っ!」

「あははっ、淳哉ー、堪らないよ、あははっ」

シンジは高揚した様子で笑うと、狂ったように鞭を振りあげ、俺の体目掛けて振り下ろしてくる。

「肩!次は腹だ!そら!痛てぇだろ?っはは、反対も!そら足だ!」

首、肩、胸や腹……足まで、連続して強い痛みが襲いかかってきた。

「う"っ!んう"っ!痛てぇ!やめろー!」

堪らなくなって叫んだら、急にピタリと手を止めた。

「あ……ハァハァ」

何をするか分からず、漠然とした怖さを感じた。

「黙れ!黙れ!黙れーー!ハァハァ」

すると突如喚き散らし、真ん前にやって来て顎をぐいっと引き上げた。

「ああ……そうか痛てぇか、苦しめ、なあ淳哉……、あっ、淳哉……どこだ?どこに……行ったんだ?出てこい……!ハァハァ!あっ……あああーっ!クソー!ハァハァ……」

だがいきなりよろよろと後ろに下り、鞭を手放して床に這いつくばった。

「あ"……あ"……薬……ハァハァ」

四つん這いになってアタッシュケースの前に這って行くと、息を荒らげて興奮気味に腕を捲りあげる。

「う……ハァハァ、あ……あっ!……ああー」

アタッシュケースからつかみ出したのは注射器だ。
手を震わせながら腕に注射を打っている。
シンジは間違いなく、シャブ中だ。

「ああー、ハァ……、淳哉……良かった、そこにいたか」

打ち終わったら恍惚とした表情を浮かべ、空になった注射器を投げ出すと、アタッシュケースの中からまた何かを取り出した。

「淳哉、いいだろコレ?と、もうひとつ痛てぇの……これはあとのお楽しみだ」

ポケットに何かを突っ込んで俺の前に戻って来たが、手にはハサミとリング状の物体を持っている。

「邪魔だ」

ハサミを目の前に持ってくるから、顔を切られると思ってヒヤッとしたが、Tシャツをハサミでジョキジョキ切り始めた。

だけど……顔どころか、どうせ最後には殺るつもりなんだろう。
そう考えたら、ヒヤッとしたのがバカバカしくなったが、こんな奴に命乞いするのは嫌だ。
悔しいが成り行きに任せるしかなく、下も脱がされて裸に靴だけ履いた状態にされた。

「んー、タトゥー?これ……あいつの名前だな」

「ふんっ……、だからなんだよ」

「淳哉ぁー、あいつはお前の事なんかすっかり忘れて、こいつに入れ上げた、なあ……ムカつくよな…?だよな、ああ、あ"ーームカつく!」

シンジはタトゥーを見て激昂し、ハサミを放り投げてまた鞭を振るい始めた。

「い"っ!うあ"っ!」

今度は裸だ。
さっきの何倍も痛かったが、本能的に急所を庇うように腰を引いていた。
皮膚を打つ『バチンッ』という乾いた音が響き、徐々に熱さしか感じなくなっていった。

苦痛の中でふと『奴隷って、こんな気持ちなんだ』と馬鹿げた事を考えたが、焼け付くような痛みは途切れずに続き、シンジが手を止めた時には、楽になるどころか、逆にどっと痛みが押し寄せてきた。

「うぅ"ー、ハァハァ、いってぇ……」

心臓の拍動に合わせ、体中の傷が熱を放出しながらズキズキ痛む。

「血だ、血……」

シンジは憑かれたような顔で、皮膚が切れた箇所を舐めてきた。

「く"ぅう"ーー!」

「あぁ"ーコラァ!痛てぇか!っはははっ!あー、たまらねぇ!ハァハァ、ねぇ……興奮する、俺さー、勃ってきた」

しみるような痛みが走ったが、傷を舐めながらチンコを触ってきて……虫唾が走った。

「き……きめー!」

「っ、こいつ……、あぁ"!奴隷の分際で生意気な!」

唾を吐きかけてやったら……また鞭を浴びせてくる。

「オラァ!思い知れ!っのクソガキが!」

繰り返し空を切る音が聞こえ、バチンッと肌を叩く音がする。

体中が熱を帯びて痺れたように痛い。

「う"ぁっ……!う"………う"っ!ハァハァ」

シンジは数回叩いて鞭を放り投げたが、力が抜けてガックリと項垂れた。

「はぁぁー、ふっ……ふふふっ、もーいーかい、まーだだよ」

不気味な笑い声が聞こえ、チンコにリング状の物体がハメられたが、息が乱れて顔を上げるのも辛い。
頭を下げてじっとしていたら、強烈な痛みが走った。

「っあ"あ"ーーー!」

ビリビリとした刺激が、竿にダイレクトに突き刺さる。
チンコにハメられたリングは、電気的な刺激を生じるグッズらしいが、叩くような刺激が竿の内側にまで響き、股間全体に激痛が走った。

「い"っ!やめっ、くそっ、痛てぇ!」

じっとしていられなくなって、吊るされた魚のように藻掻いたら、シンジは面白がって刺激を強くした。

「やっぱ痛い?あははっ、だよなー」

「う"っ……!あ"あ"あ"っー!」

痛みは局部から鞭で打たれた傷にまで響き、とんでもない苦痛が襲いかかってきた。
顔を左右に振って必死に痛みを振り払おうとしたら、突然スイッチがオフになり、仰け反った体が前にガクンと倒れた。

「あ"っ………ハァハァハァハァっ……!」

体中が疼き、苦しくて堪らなかった。

「あはは……あははははっ!淳哉、ほら、勃ってるよ」

シンジの高笑いを聞き、まさかと思いながら股間を見たら……チンコが勃っている。

「っ、ハァハァ……!」

けど、もうそんな事はどうでもよかった。

「感じてくれたようだし、淳哉、仕上げといこう」

シンジはポケットに手を入れ、また怪しげな物を出した。
顔を上げたら、笑みを浮かべてそれを胸に近づけてきたが、間近で見てピアッサーだと気づいた。

「なっ、やめ……っ」

焦ったが、もう足掻く力もなく『ズキン!』と強烈な痛みが脳天を貫いた。

「い"っ!い"てーーーっ!」

敏感な乳首に針が突き刺さり、激しい痛みに後頭部を殴られたような痛みが走った。

「捧げ物には、飾りが必要だからね」

涙が滲んできたが、シンジは反対側の乳首にピアッサーを近づけてきた。

「よせっ!やっ、やめっ!っあっ!いてぇーーー!」

反対側も針が貫き、胸の内側から焼けるような痛みが湧き出し、鋭い痛みが体中に波及していった。

「あ"……ぐっ……!ハァハァ……う"」

酷い寒気が襲い、脇腹がゾワっとして吐き気をおぼえた。
チンコからリングが抜けて床に落ち、それを皮切りに胃が痙攣し始め、胃の中の内容物がせり上がって勢いよく口から噴出した。

「おい、きたねーなー!淳哉にプレゼントしなきゃならねぇのに、何やらかしてくれるんだよ!あぁ"ー?っのバカが!」

シンジは腹を立てて俺の顔を殴り始めた。
咄嗟に歯を食いしばったが、呻き声が漏れ、口の中が切れて血生臭い味が口内に広がった。

「う"……!ぐっ……!」

いよいよ殺される……。
殴られてるうちに意識が朦朧とし始め、リンチを受けた三上の姿が頭に浮かんできた。

「っ、ハァ……ハァ」

このままズタボロになって死ぬ。
人間って案外簡単に死ぬものらしい。
確かに、否応なしにあの世に送り込まれる人は案外大勢いる。
そう思えば、死んでも不思議じゃないような気がしたが、心残りなのは……シャブ中のイカレた野郎に殺られるのが残念な事と、どうせ死ぬなら……もう一度テツに抱かれたかった。




「友也!」

「なっ、矢吹!」

「おい、こっちへ来な!」

「う"っ!くそ……」

「ったくよー、竜治かと思や、てめぇか、おい、今頃んなって……こりゃどういうつもりだ?」

「ぐっ、へ……へへっ……あんたが可愛がったこいつを……淳哉に……捧げる、捨てたんだったら……どうでもいいだろ?」

「どこでそれを聞いたかしらねぇが、尻を見た筈だ、友也は俺の物だ、それをよくもまあーこんだけ痛めつけてくれたな」

「淳哉の為だ……あ……あんたに捨てられた……淳哉の」

「ラブドラッグの使いすぎだ、今はシャブか?俺はてめぇの弟を抱いた覚えはねぇ、ヤク中は嫌いなんでな」

「は……ははっ、はははははっ!ああ"ー…………淳哉わかった、俺が………殺るよ……死ねぇー!」

「ちっ!」




「う……テツ……」

テツの声がして必死に顔を上げたら、シンジと揉み合いになっている。

「くそ……っの……!」

マズいと思って藻掻いたが、やっぱり動けなかった。
そうするうちにテツがシンジの肩を片手で掴み、右手を勢いよくシンジの腹に向けて突き出した。

「あ"がっ…………!」

シンジは呻き声を漏らして床に倒れ込んだ。

「けっ……、うぜぇ野郎だぜ、おい、大丈夫か?こりゃまた手酷くやられちまったな」

テツはぶつくさ言いながら目の前にやって来たが、ナイフを握った右手が血塗れになっている。

「ほら、大丈夫か?」

血のついたナイフで天井から伸びるロープを切り、手首を縛るロープを外してくれたが、俺は今見た出来事に茫然となっていた。

「おい、どうした……?おい友也、しっかりしろ!」

両肩を掴まれて前後に揺さぶられ、ハッとして顔を上げた。

「あ……の、俺……助かったんだ」

「おお、助けに来てやったぜ、おめぇは俺のペットだからな、おお、ちゃんと首輪つけてるじゃねぇか、よしよし、それでいい」

くだらない冗談を言って笑うテツは、正真正銘本物のテツだ。

「あっ……の」

何故テツがここにいるのか分からないが、俺はまたテツに助けられた。

「テツ……」

熱い想いが込み上げ、抱きつこうとしたら『パンッ!』と乾いた音が響いた。

「ぐっ……!」

テツは顔を歪め、俺をハグして倒れ込むように寄りかかってきた。

「えっ……あ……、テツ……?」

頭が混乱したが、今の音は銃声じゃないかと思った。

「クソッタレ……、チンピラの……分際で…!」

テツは息をつまらせながら言うと、内ポケットから銃を出してシンジの方へ振り返った。

「さっさとあの世へ行きやがれ!」

また『パンッ!』という乾いた音が鳴り響いたが、今度は間違いなく銃声だ。
床に這いつくばったシンジが、バタッと頭を床につけて動かなくなったが、その手には銃が握られていた。

「う"っ…」

頭が真っ白になりそうだったが、テツが倒れ込んできて慌てて支えた。

「あっ……、嘘だろ!」

両腕で抱きとめたが、テツの方が背が高く体が大きい。

「くっ……!」

足元がふらついて一緒に倒れそうになったが、全力で足を踏ん張って何とか耐えた。

「友也……わりぃ、こりゃ……ちとマズ……い」

テツは俺に詫びて気を失ってしまい、ズッシリとした重みがモロにのしかかってきた。

「う……、く」

立っていられなくなり、ハグしたままその場に座り込んで背中を抱いたが、ヌルッとした物が手に触れ、片手を恐る恐る見たら……血がべっとりとついていた。

「あっ、血?嘘……マジか……?ちょっ……テツ!そんな……嘘だ、テツー!」

戦慄を覚えた……。
俺はたった今自分が死ぬと思ったが、テツが死ぬと思ったら、そんなのは取るに足らないちっぽけな事に思えた。


「あ、兄貴ー!」

寺島の声がして目を向けたら、深刻な顔をして俺とテツの傍に走って来た。

「寺島さん!テツが!」

縋るような思いで訴えた。

「やべぇ!医者だ!兄貴、少しばかり耐えてくれ!必ず助ける!友也、これを着ろ!」

寺島は上着を脱いで俺に渡し、テツの片腕を自分の肩にかけると、テツを支えながら外に向かった。
俺は焦りながら脱がされたズボンと下着を穿き、上着を着て投げてあったカバンを拾い上げ、寺島の反対側に回り込んでテツの腕を肩にかけて歩いた。


「おい、やられたのか!」

階段を前にした時に火野さんが上がってきた。

「ああ、兄貴、急がねーと!ちょいと手伝ってください」

そこからは寺島と火野さんの2人でテツを運んだ。

俺は茫然となって自分が拉致られた部屋が何階なのか、それすら分からない状態で下に降りて寺島の車に乗ったが、後部座席でテツの傍についていた。





火野さんの車が先導するように前を走り、寺島はハンドルを握りながら火野さんに電話をかけた。
まずあの部屋の状況を伝えていたが、かなり事細かに話している。
たったあれだけの時間でパニクってる状況だ。
何も覚えてなくても仕方がないが、中でもアタッシュケースがあった事を言った時は驚いた。
鈍いと思っていた寺島は、意外に観察力に優れているようだ。
他にも俺には分からない話をしていたが、話の内容から、後始末の手配を火野さんに頼んだようだった。

テツは俺の膝に頭を乗せて横たわっているが、完全に意識を失っている。
一刻も早く着いてくれと、気が焦るばかりだった。



火野さんも寺島もかなり飛ばしていたが、小一時間かかって町外れにある小さな診療所に着いた。
火野さんは途中で別れていなくなっていたので、寺島と2人でテツを診察室へ運び、ベッドの上にうつ伏せに寝かせた。

「火野君から聞いた、撃たれたんだって?」

医者は白髪頭の爺さんだが、寺島に話しかけながらテツのシャツを捲り上げて傷をみた。

「ああ、そうだ」

「ふむ……、兎に角、弾ぁ出すから、あんたら外へ出てなさい」

俺は息を呑んで見守っていたが、医者は厳しい顔で俺と寺島に向かって言った。

「先生……!どうなんだ!な、兄貴……大丈夫なのか!」

「うるせーな、やるだけの事はやる、さっさと出ろ!」

寺島は噛み付くように医者に聞いたが、医者は苛立つように言い放ち、寺島と俺は一緒に診察室の外へ出た。
狭い通路には、寄せ集めてきたような様々な椅子が壁際に並べて置いてあり、俺はその椅子に寺島と並んで座った。


「兄貴から連絡があったんだ……、詳しい事は兄貴が話さねーから分からねーが、兄貴は『おい寺島、やべぇ事になるかもしんねー、おめぇ今から出て来な、久々に楽しめるかもしんねぇぞ』と……そう言った、俺は直ぐに車を走らせた、連絡はその都度兄貴が寄越してきた、で、最後の連絡があの廃マンションだったってわけだ」

俺はテツの事で頭がいっぱいで黙っていたが、寺島はあの場所にやって来たいきさつを話した。

「そうでしたか…、だけど……寺島さんが来てくれてよかった、俺ひとりじゃ何も出来ない」

話を聞いて、改めて助かったと思った。

「ああまぁ…、兄貴もなんかやべぇんじゃねーかって、そんな風に感じて、俺や火野の兄貴に連絡してきたんだろう、兄貴は勘が鋭いからな、ふっ、まさか河神だったとはな」

寺島はシンジとテツの事について詳しい事を知ってるようだ。

「あの河神という人、あの人の弟がテツと付き合ってたとか?」

何がどうなってるのか、知りたい。

「ああ、付き合ってるって言ってもあれだ、兄貴とは店でいっぺん会っただけだ、奴の弟はホストだった、うちのシマじゃねー、浮島組のシマだ、兄貴が付き合いで店に顔を出した時に、奴の弟が兄貴に一目惚れして勝手に惚れたんだ、そっからはまるでストーカーだ、兄貴に付き纏ってた、あの兄弟は薬物で頭がイカレてる、そん時も既にドラッグ……、と言ってもラブドラッグだが、それを使ってた、うちの親父は薬は禁止してるが、浮島んとこは緩い、で、しまいにゃシャブに手ぇ出した」

「ラブドラッグって……、なんですか?」

薬物中毒のストーカーとか、想像しただけでヤバそうだが、ラブドラッグがどういう物なのか気になった。

「ああ、あれだ、それを使ってやると異常にハイになってやたら興奮する、だからよ、河神兄弟はおかしな妄想に取り憑かれたんだ」

「そうですか……」

今は寺島から話を聞くしかないが、ヤク中だし、テツは端から相手にしてなかったんだろう。

ただ、それとは別に引っかかる事がある。

「じゃあ、河神という人は、その……浮島組の人間なんですか?」

竜治とは関係ないと思ったが、堀江はシンジの事をヤクザだと言っていた。

「いや、盃は交わしちゃいねぇ、河神は……俺らからすりゃただの鉄砲玉に過ぎねぇ、あちこちでいいように利用されて……、ま、使い捨てのコマだな」

「使い捨ての……コマですか…」

関係なさそうで……安心した。

「けどよー、何故兄貴はおめぇの居場所がわかったんだ?おめぇ兄貴に連絡して助けを呼んだのか?にしても……都度電話してきたしな……なんなんだ?」

寺島は首を傾げて聞いてきたが、確かに街中ならまだわかるが、あんな場所にやって来るのはおかしい。

「いえ、俺もよく分からないんですが…」

そう言えば……あの街中での出来事の後に、テツは翔吾に向かって発信機でもつけろと言っていた。

「あっ、あの、もしかして……これじゃ」

「ん?なんだ、ブレスレットか?ちょっと見せてみろ」

「はい」

「奴隷?なんだこりゃ、誰から貰っ……、って……兄貴か?」

手を差し出したら、寺島は手首を掴んでブレスレットをまじまじと見ていたが、直ぐにテツの仕業だと気づいて笑った。

「はい……、無理矢理ハメられました、鍵までかかってます」

「ぷっ、くくっ……、兄貴らしいな、何時つけられた」

「ついこないだ」

「そうか……、そいつは多分発信機だ、なるほどな、おめぇもとんだとばっちりを受けちまって……散々だな」

寺島は納得して頷いたが、俺はまだもうひとつ気になる事がある。
テツが来た時、殴られたせいで頭がはっきりしてなかったが、確かテツは竜治の名前を出した。
もしそうなら、竜治の事を疑って発信機をつけた事になるが、予め銃を持っていた事を考えたら……テツは竜治の事を信用してないという事になる。

「しかしよー、おめぇ、よく見りゃ結構やられてるじゃねーか、ちょっと上着脱いでみな」

寺島は話をして落ち着いたのか、俺の事に目を向けた。

「あ、はい…」

「顔も痣になってるが、体は鞭か……、乳首にゃピアスつけられたのか」

「はい」

「あとでおめぇもみて貰え、乳首はピアスを抜いて消毒しときゃ、穴はじきに塞がる、鞭でやられたとこは、しばらく熱をもつぞ」

上着を脱いで痣だらけの体とピアスを見せたら、寺島は俺の事を気遣ってくれたが、俺はテツの容態が心配だった。

「俺は大丈夫です、それよりテツが…」

「ああ、大丈夫だ…、兄貴はタフだからな、ほら貸しな」

寺島は力強く断言すると、脱いだ上着を俺の手から掴み取って背中からかけてくれたが、それはまるで、寺島が自分自身に言い聞かせているかのように感じた。


それから後、1時間、2時間と重苦しい時間が過ぎていったが、寺島は途中で一旦外し、ジュースや簡単に食べられる物を買ってきてくれた。
喉が渇いてジュースは飲んだが、食欲はまったくわいてこない。
それは寺島も同じだったが、3時間近く経った時に、翔吾と黒木、それに火野さんがやって来た。


「寺島、テツは…!」

翔吾は俺より先に寺島に声をかけた。

「まだ治療中です」

「ああ、いいよ、気を使わなくていいから、座ってて」

「あの、はい、では失礼して…」

寺島は翔吾が来て即座に立ち上がっていたが、翔吾に言われ、頭を軽く下げて遠慮がちに座り直した。

「背中か……、ヤバいところをやられてなきゃいいけど…」

「河神か、あいつ、ここんとこいよいよイカレてたからな、ぼちぼち何かやらかすんじゃねーかと、そんな気はしてた、矢吹が始末してくれて助かったぜ」

黒木と火野さんは翔吾の後ろに並んで立っているが、黒木はせいせいしたと言わんばかりに言った。

「あの、で、そっちの始末は」

それを聞いた寺島が、声を潜めて翔吾に聞いた。

「心配ない、今まで通り……跡形もなく消す、あんな奴が消えたとこで、喜ぶ奴はいても…悲しむ奴なんかいないよ」

翔吾は具体的には言わなかったが、死体処理の話だとわかった。

「ええ、まぁ、そうっすね…」

寺島は特に驚く素振りは見せず、淡々とした表情で答えたが、俺も同じように淡々としていた。
自分が痛めつけられた事もあるが、何よりも、あいつがテツを撃った事が許せなかった。

「あっ!そういえば……、友也、やられたんでしょ?」

「あ、ああ、まあ…」

「ちょっと見せて」

翔吾は俺の真ん前にやって来て、上着をはぐって惨状を目にした。

「痣だらけじゃん、それにピアスも……、友也、あいつに拉致られたの?」

眉を顰めて聞いてきたが、もし堀江の事を明かしたら、今度こそ黙ってないと思われる。

「ああ」

堀江はシンジと別れたんだし、余計な事を言わない方がいい。

「僕はまだやる事があるから、家に戻らなきゃいけないんだけど、取り敢えずうちに行こう、手当するよ」

「悪いけど、俺、テツの意識が戻るまで……ここで待つ」

「でも、いつになるか分からないし、怪我してるじゃん、もう9時だよ、僕の家で治療して、その後で家に送るから」

気持ちは有難いが、帰れる筈がない。

「ごめん、俺……、テツの傍にいたい」

「友也…」

翔吾は複雑な表情をした。
悲しげにも見えるが、どこか苛立っているようにも見える。
俺が付き添う事をなかなか認めなかったが、黒木や火野さん、寺島の3人が説得してくれた。


「分かったよ…、僕だって本当は残りたいんだけど…」

翔吾は根負けしたのか、投げやりに俺が残る事を認めた。

「若、ちょいと失礼しやす」

「あ、うん」

「友也、これをおめぇに渡そうと思ってたんだ」

すると、火野さんが俺の前にやって来て、ビニールの袋を差し出した。

「あの、なんですか…」

「服だ、マンションまで戻る暇がなかったからな、その辺で適当に調達したやつだ、気に入るかどうか分からねーが、治療して貰って着ろ」

俺が裸だったのを何気に気にとめてくれていたようだ。

「いいんですか?こんな事して貰ったら悪いし……」

「かまやしねぇ、弟なら当たりめぇの事だ、遠慮するな」

思わぬ親切を嬉しく思ったが、既に義弟認定されてる事を知って、複雑な気持ちになった。
俺は火野さんみたいな兄貴は歓迎だが、姉貴はまだイエスとは言ってない。
けど、それは別として……素直に感謝した。

「あ……、はい、ありがとうございます」

「じゃ、寺島、友也の事頼むよ」

「はい、任せてください、後で怪我をみて貰います」

「よし、一旦退散だ、黒木、源ちゃん、行くぞ」

「へい」

翔吾は2人に声をかけて踵を返し、2人を引き連れて歩いて行く。

背の低い翔吾が、ガタイのいい2人の前に立って歩くと、後ろから見たら姿すら見えないのに……不思議な事に、親父さんの姿と被って見えた。







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あきゅろす。
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