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BL長編変態ヤクザな話snatch(完結)
Snatch35bond
◇◇◇

竜治と温泉1泊プチ旅行をした後、またダラダラ過ごしていた。

それから2日開けて翔吾と会ったが、イブキが迎えに来た。
イブキは確かにちょっと変わってはいるが、気を使わなくていいから気楽だ。

屋敷に行ったらまた黒木が来ていたが、俺が翔吾の部屋に入ったら、いきなり睨み付けてきた。
まるで……忠実な番犬のようで、やっぱりドーベルマンに見えた。
しかも、部屋から出て行こうとしない。
翔吾は前回親父さんに俺を譲っている。
苛立つように黒木にキツく言って、強引に部屋から出て行かせた。

そして……俺は翔吾に抱かれたが、翔吾は竜治や親父さんのように変わったやり方をするわけじゃなく、ごく普通に交わってあっさり終わった。
黒木で練習を積んでいるとは言っても、俺と同級だし、また俺自身も、翔吾になにかを望んでいるわけじゃない。
淡々と従うのみだ。
やる事を済ませて先にシャワーを浴びに行ったが、廊下を歩いていると、向かい側からテツが歩いてきた。
俺は目が釘付けになって思わず足を止めていたが、テツは俺の方を見ようともせずに、そのまますれ違おうとした。

なにか言わなきゃ気がすまない。

「待って!」

テツの腕を掴んで引き止めたが、テツは俺から顔を背けている。

「あんたが自分から手をひいたのは聞いた、だけど、なにも無視する事はねーだろ?それに……こないだのは、あれはなんなんだよ!」

「さあ、知らねぇな」

「とぼけるな!なあ、なに考えてんだ?何か言ってくれ」

「なにも考えちゃいねぇ」

テツは俺の手を振り払って玄関の方へ歩いて行った。

「なんで……だよ、翔吾や親父さんの事が……そんなに大事なのかよ…」

最後まで俺と目を合わさず、振り向きもしない。



もう分かった……。
俺は……俺の好きなようにやる。



その後は、何もなかったかのように翔吾と過ごし、夕方になって家に帰って来た。

竜治に電話しようと思ったが、珍しい相手から電話がかかってきた。
堀江だ……。
何かと思ったら、一緒にバイトしないかと言う。
いいこずかい稼ぎになるというが、一体どんなバイトなのか聞いたら、デートするだけで金になるという話だ。

『デートって……まさかウリとかじゃねーよな?それなら断るから』

『ほんとにデートするだけだよ』

『一応聞くけど、やっぱ相手は男だよな?』

『ああ、一緒に街を歩いたり、カラオケ行ったり、それだけだよ』

『えー、なんか胡散臭いな、そんなので喜ぶ奴がいるのかな?』

『それがいるんだよ、どうかな?』

『うーん……』

堀江はデートだけだと言ったが、何となく気が乗らなかった。

『コンビニやスーパー、飲食店でバイトしても、こき使われる上にウザイ客にペコペコ頭下げてさ、大した金にはならないじゃん、デートして美味しい物を食べさせて貰った上に、客が機嫌とる側だからね、ペコペコ頭下げる必要ないし、数いけば結構な金になる、友也なら指名沢山入ると思うよ、どう?一緒にやんない』

『でも、ちょっと考えさせて』

『あっ、そっかー、忘れてたよ、そう言えば……友也にはあのカッコイイ髭のお兄さんがいたよね、じゃマズいか』

『いや、別れたんだ』

『えっ、そうなんだ……』

『あのさ、どのみち考えたいから』

『うん、分かった、じゃあ、決まったら電話かけて、待ってるから』


バイトの事なんか頭になかったが……今ならちょうどいい気晴らしになるかもしれない。


夜、寝る前に堀江に電話をかけてOKした。




翌日になって、マネージャーを名乗る男から電話がかかってきた。

男は早速仕事をしてくれと言い、俺は自宅で待機した。
知らない人と待ち合わせしてデートするのは、さすがに不安になってきたが、腹いせのつもりで用意をして電話を待った。

10分経ってマネージャーから電話があり、街に出てくるように言われた。
すぐに家を出て駅まで歩いて行き、電車に乗って目的の駅に着いた。


「友也君……?」

「あ、はい……」

改札を出たら、大きな柱の前に立つように言われている。
柱の前に立ってさほど経たないうちに、サラリーマン風の男が声をかけてきた。
俺はヤケクソで家を出てきたから、相手の事をちゃんと聞いてなかったが、確かマネージャーは40代リーマンだとか、そんな事を言っていた。
どうやらこの男が客らしい。

「写真通りだね、良かった、じゃ行こうか」

俺は写真を渡した覚えはないが、きっと堀江が渡したんだろう。
勝手に渡されたのはちょっと引っかかったが、大した事じゃないし、促されて男について行った。

「なにか食べに行こう、何がいい?」

家を出たのは6時過ぎだ。
ちょうど夕飯時でお腹が空いてきた。
肉がいいと言ったら、しゃぶしゃぶの店に連れて行ってくれた。
食事中、男は自分も食べながら当たり障りのない事を聞いてきて、俺が答えると嬉しそうに笑顔を見せていた。
どこにでもいそうなごく普通のリーマンという感じだが、そんな人がこんな事に金を費やすのかと思ったら、到底理解出来なかった。
しかし、あくまでも客だから愛想笑いに徹した。

食事を済ませて店を出ると、男はバーに寄りたいと言い出したが、俺は酒は飲めないから断った。

「君はジュースでも飲んでたらいい、ちょっとだけ付き合ってくれ」

親父さんに貰った時計をつけてきたので、腕を上げて時刻を確認したら、もう8時を過ぎている。

「あの、あまり遅くなったらやばいし…」

「その時計、気になってたんだ、いいパトロンでもいるのかな?」

男は時計に気づいていたらしいが、俺の顔を覗き込んでニヤついた顔で聞いてきた。

「え、い、いえ…、そんなんじゃ…」

やっぱりこの時計は……あらぬ誤解を生むらしい。

「君なら居てもおかしくない、ほんの30分、それならいいだろう?」

慌てて否定したら、また誘ってくる。
30分くらいなら、付き合ってもいいような気がしてきた。

「分かりました、じゃちょっとだけ」

繁華街の中に埋もれた小さなバー。
そこに立ち寄った。
カウンターじゃなくテーブル席に座ったら、男はカクテルを注文して、俺はジュースを頼んだ。

ここでも男は楽しそうにしていた。
俺はひたすら作り笑顔で返していたが、ジュースを半分近く飲んだあたりで、男の声が遠くに聞こえるように感じた。
男はライムグリーンのカクテルを口に運び、俺はその様子をぼんやりと見ていた。

「おやおや、ジュースで酔ったかな?」

「あの……俺、そろそろ……帰らないと……」

時計を見ようとしたが、目線が定まらない。

「送ってくよ、さ、立って」

男に支えられてよろつきながら店を出たが、グラグラ揺れる景色を見ながら、駅とは逆方向へ向かっている事に気づいた。

「あの……駅反対じゃ」

「いや、こっちであってる」

なにかおかしい……。
路地の方へ入って行く。
こっちはラブホがある通りだ。
ジュースになにか薬を入れてたんじゃ……。

「ちょっ……離してください…、会うだけって……約束じゃ」

「成り行きに任せると聞いてきた、君はまともに歩けない、少し休んで行こう」

話が違う。
堀江もマネージャーも、そんな事は一言も言わなかった。

「そんなつもりは……手をはなしてっ…、くっ……」

「大丈夫だよ、ほらあとちょっとだ」

抵抗しても力が入らず、腋を抱え込まれてラブホの方へ連れて行かれた。

「っ、はなせ……!」

入口近くまで来てしまい、焦りまくって目一杯力を込めて男を突き飛ばしたら、その反動で自分が倒れ込んでしまった。

「うっ……」

「こら、あまり手をかけさせるな、諦めてくるんだ」

アスファルトに手をついて顔を上げると、男がまた腋を抱え込んできたが、もう抗う力は残ってない。

「さ、行こう」

「おい、待ちな」

ふらつきながらホテルの入口に向かったら、不意に誰かの声が聞こえてきた。

「なんだ?あっ……」

「やっぱり友也じゃねーか、おい、オッサン、てめぇ、今こいつを連れ込もうとしてただろう?」

「い、いえ……」

まさかと思って顔を上げようとしたら、客の男はいきなり俺から手を離した。

「わっ…」

膝がガクンと折れ曲がり、また地べたに手をつく羽目になった。

「こいつは高校生だ、犯罪だぜ、あぁ"?いいスーツ着てるじゃねーか、そのバッチは銀行か、へへー、ちょうどいい、ちょいと顔を貸して貰おうか、投資について相談してぇ」

───間違いない……テツだ。

「ま、待ってください、私はなにもしてません、勘弁してください!」

「ふう、そうか、じゃあまぁ、見逃してやってもいいが、また同じ事をやらかしたら…」

「分かりました、もう2度としません、約束します!」

何とか顔を上げたら、テツが男の首根っこを掴んで脅していた。

「ふんっ、こいつは預かっておく、次は嫌でも協力して貰うぜ、オラ、とっとと行け!」

テツは男のポケットを探って名刺を掴み取り、男を突き飛ばすように離した。

「ひいっ…!」

男は悲鳴を上げ、よろつきながら走り去った。

「ったくよ……、なにやってんだ、ほら立て」

「う……」

「薬か……、っの馬鹿が!誰がウリをやっていいと許可した、許さねぇぞ」

「俺の事なんか……無視すりゃいいだろ」

「るせぇー!若の所に連れて行く、薬が切れるまで休め」

「若、若って……勝手に仲良くしたらいい、俺の事は……ほっといてくれ」

「黙れ!俺はおめぇを管理する義務がある、今度やったらどこのどいつか洗い出して、店ごと叩き潰してやるからな、よーく覚えとけ」



俺は危ういところで運良くテツに助けられたが、翔吾の為に俺を助けたのなら……ほっといて欲しかった。


けど、有無を言わさず車に乗せられ、翔吾の屋敷に連れて行かれた。


部屋に入ってソファーに座ったら、翔吾が隣に座って顔を覗き込んできた。

「友也、大丈夫?」

翔吾には、予めテツが連絡している。

「……ああ」

「テツ、ありがとう」

本当は俺が礼を言わなきゃいけないのに、翔吾がテツに礼を言った。

「いえ、たまたま見つけたから良かったが、あと一歩遅かったらウリをやってた、若、こいつにゃ発信機でもつけといた方がいいですぜ」

テツは不機嫌極まりない顔をして、皮肉めいた事を口にする。

「そうだね……それいいかも」

「ま、なんにせよ、しっかり飼い慣らさねーと……、こいつ……案外頼りねーから、フラフラ〜っとどっかに飛んで行っちまいますぜ、せいぜい頑張ってください、じゃ、俺はこれで」

翔吾はテツの話を真に受けてるようだったが、テツは投げやりに言って頭を下げると、そそくさと部屋を出て行ってしまった。

「翔吾、迷惑かけてごめん……」

俺は翔吾に詫びた。

「そんなのいいんだよ、それより、何故ウリなんか?」

「堀江がバイトを誘ってきた、で、デートするだけだって言うから……」

「堀江が?あいつ……、ふざけやがって!」

「俺がOKしたのがいけなかったんだ」

「だけど、騙してるじゃん、あのカマ野郎……よくも……、許せねー!」

気のせいか、翔吾は段々口が悪くなっているような気がしたが、堀江と喧嘩になったら面倒だ。

「いや、翔吾……、俺は争いとか望んでねーから、もう行かねー、約束する」

俺が安易に信じたのも悪い。

「だけどさー、また言ってくるんじゃない?ひとこと言ってやらなきゃ気がすまないよ」

「じゃあさ、まず俺がハッキリ言うから、それでなにか言ってくるようなら……そん時は頼む」

「うーん……仕方ないな……、わかったよ」


翔吾は渋い顔をしたが、何とか抑えてくれたようだ。

「あの、それじゃあ、俺そろそろ帰るから」

「泊まってけば?」

「いや、姉貴がなんだかんだうるさいから……」


本当は泊まっても良かったが、テツと顔を会わせたくない。
姉貴には悪いが、こういった時に都合よく利用させてもらってる。

翔吾は姉貴と火野さんが付き合ってる事を知ってるが、翔吾は男女間の恋愛話となると……全く興味を示さない。
詳細を聞いてこないから、俺としてはその方が助かる。
火野さんを疑ってるわけじゃないが、火野さんはヤバい事を知りすぎている。
もし翔吾が、火野さんにあれやこれや突っ込んだ事を聞いたりしたら、辻褄を合わせるのが大変だろうし、うっかり……って事も有り得るからだ。


「そっか、わかった、じゃちょっと待って」

翔吾はスマホを出して電話をかけた。

「あ、テツ、友也を送ってたげて」

「え…」

イブキでも呼ぶのかと思ったら、テツを呼んだ……。

「ちょっ……、翔吾、いいのか?」

「うん、僕は……つい頭にきて、テツにキツイ事を言ったけど…、テツはちゃんと分かってるみたいだし、ホントは……僕だってテツの事嫌いじゃない、いや、変な意味じゃなく……やっぱさ…、ずっと一緒にいてくれたから」

「そっか……」

「って……、やだな、そんなマジな顔しなくていいから、言っとくけど、今のは内緒だよ、それと友也の事は別だから」

「あ、うん…」


翔吾はちらっと本音を漏らしたが、テツの事をそんな風に思ってるなら、破門するというのは、ただの脅しなのかもしれない。
だけど、今までの2人の関係を改めて考えてみたら、そんなのは薄々分かっていたような気がする。
親父さんまで巻き込んで、無理矢理別れさせられたのはムカつくが、翔吾が自分の本音と、俺の事を切り離して考えるというなら、俺も当然切り離して考えるつもりだ。
翔吾がいつも俺に気を使ってくれた事、いつも俺の事を心配してくれた事、それに……一途に俺の事を思ってくれている事。
それらをぶち壊すつもりはない。


───ドアをノックする音がした。

「若、いいっすか?」

「うん、入って」

「失礼しやす…、友也、来い」

テツに呼ばれて立ち上がった。

「じゃ翔吾、また連絡するから」

「うん、僕も電話する、堀江にはキツく言ってやらなきゃだめだよ」

「うん、分かってる、じゃまた」

笑顔で頷き、いつもと同じように翔吾と約束を交わし、テツの後について部屋を出た。





しかし、やっぱりテツとは顔を合わせたくない。
車に乗った後『テツの顔なんかぜってー見ねぇ!見るもんか!』そう決意して窓の外を見ていた。


「おい」

ところが、暫く走ったところで……テツの方から話しかけてきた。

「……なんだよ」

「おめぇ、まさかウリやってたんじゃねーだろうな」

「やってねぇ」

「正直に言え」

「友達がデートするバイトだって……、で、行ったらああなった」

「本当だろうな、嘘ついたら承知しねーぞ」

何かと思えば……説教だ。
翔吾の為に釘を刺しておきたいんだろう。

「ホントだ、大体さ、もうあんたに言われる筋合いねーし」

「おめぇはケツに焼印押された豚も同然だ、俺の名前が刻まれてる以上、正確には俺の所有物だ、いいか?所有物にゃ自由はねーんだよ」

うんざりして言ったら、予想を遥かに飛び越える事を高圧的に言い放ったが、それが本音なら……理由が分かった。

「で……、ふろ場であんな事をやらかしたわけ?」

「おめぇは性欲処理の道具だからな、やりてー時にやる、それだけだ」

テツの思考回路はカオス過ぎる。

「それ、翔吾が知ったらやべぇよな?」

「お前にゃ俺を陥れる事はできねー、俺にぞっこんだからな」

開いた口が塞がらなかったが、ニヤリと笑って薄ら寒い台詞を吐いた。

「はあ?なんだよそれ、よくそんな自信たっぷりに言えるな、俺は別に……あんたなんか居なくても構わねー、充分満たされてる」

竜治がメールをくれるし、寂しくはない。

「ふーん、おい、おめぇ……、若と親父以外で誰か付き合ってる奴がいるんじゃねーのか?」

すると疑うように聞いてきたが、見透かすような目付きで睨みつけてくる。

「……なもん、いるわけねぇし、翔吾と親父さんで充分だって言ってるんだ」

「ちょっと待て」

気圧されて慌てて誤魔化したが、テツはムキになって車を左に寄せて止めた。

「な、なんだよ、なんで止めんだよ、あんたと話す事はねー」

「友也、おめぇ、三上に脅されてたんじゃねーか?」

狼狽えていると、今頃になって三上の事を蒸し返してきた。

「なに言ってるんだよ……、知らねぇよ」

何だか知らないが、すっとぼけた。

「奴をリンチにかけた他所の三下が怪しげな事を言った、もう大分前の事だが、三上がわけぇ男を連れてるのを見た…ってな、それが…きいた話からすりゃ、おめぇにそっくりだった、奴に脅されて付き合わされた……それだけならまだしもだが、あいつは浮島組の奴と交友があった、名前は木下竜治、俺は奴が前々から、三上に誰か紹介しろと話をもちかけてたのを知ってる、三上自身が俺に話したんだ、間違いねー、な、友也……、お前、ひょっとして……竜治を紹介されたんじゃねーのか?」

どうやら……三上が制裁を受けた事がきっかけで、思わぬ所から俺の事がテツの耳に入ったらしい。
一瞬肝を冷やしたが、竜治の話からすれば……三上はもう生きちゃいないだろう。
あの写真を見た時は……やり過ぎじゃないかと思ったが、三上は俺を痛めつけた奴だ。
冷たいようだが、なんの感情もない。

だからそれはいいが、テツがそこから竜治の名前を引っ張り出してきた事にびびった。
動物的なカンか?それともよっぽど嗅覚が優れているのか……、ピタリと言い当てられて心臓が縮み上がった。

「だから知らねぇ……って」

こうなったら、とぼけ倒すしかない。

「あいつとはなんべんか話をした事があるが、女房にゃバイだという事を隠して、わけぇ男と遊びまくってる、ま、そんなこたぁ知ったこっちゃねーが、体中墨が入ってら、おめぇ、まさか……奴の毘沙門天を拝んじゃねーだろうな」

「やめてくれ、墨とか怖すぎだろ…」

「そうか……、ま、親父の刺青とは桁違いだからな、あんなもんを見たらびびっちまって、到底付き合う気にはならねぇだろう、だったらいい」

大袈裟に怖がるふりをしたら、一応信じてくれたようだが、安心した途端……胸にひっかかる事を思い出した。

「いいや……、全然よくねぇ」

「なにがだ」

「俺を捌け口にするのは無しだからな、よそでやってくれ、ほら、ショットバーのママとか、他にもいるんだろ?」

自分勝手な思い込みであんな事をされちゃ、たまったものではない。

「無駄金使いたくねー、おめぇならただでやれる」

けど、とんでもなくゲスい事を堂々と言った。

「なんだよそれ……」

腹は立つが、テツがこういう物言いをするのはよく分かっている。

「おう、そうだ、おめぇにいい物をやる、手を出せ」

呆れていると、内ポケットに手を突っ込んだ。

「え、い、いやだよ……、ぜってー変な物だ」

まさか手錠はかけないだろうが、これまでの素行から考えたら、どうせろくなものじゃない。

「いいからかせ!」

「あ"ー、ちょっと」

体を捩って抗ったが、狭い車内では逃げるどころか、呆気なく腕を掴まれた。

「クックックッ……」

テツは意地悪くニヤついているが、手を見たら手首に銀色の輪っかがはめられている。

「え、なにこれ、ブレスレット?あっ……なんか書いてある……『奴隷』って……あのさー、いらねぇから!あれ……?取れねぇ」

「純チタンブレスレットだ、そりゃそこそこいい物だ、鍵は俺が持ってる、良かったな、おめぇにぴったしだ」

ここんとこ俺の事を無視していたが、久しぶりにやられた……。

「悪い冗談やめろよ、鍵、かして」

「だめだ、送ってくぞ」

「ちょっと、困るって……、外せよ!外してくれ!」

「うるせーな、猿轡噛ませるぞ」

「つかさ……、遊ぶ金ケチって……こんな物は買うわけ?おかしいだろ!」

「なもん、今更買わなくても持ってて当たり前だ」

「もうさ、あんたが変態なのはよーくわかってるから……、けどさ、俺を巻き込むの、やめてくんね?実際……マジで困るんですが?」

「ふんっ、そいつは魔除けだ、若もきっと喜ぶぞ」


懐かしい場所に着くまで、散々文句を言って喚き散らしてやったら、テツは徐ろに上着のポケットに手を突っ込んで……何食わぬ顔で猿轡を出した。
呆れ返って言葉も出なかったが、猿轡を噛まされるのは嫌だ。

奴隷ブレスレットをつけたまま、家に帰るしかなかった。





家に帰って来たら、真っ先に姉貴の気配を探った。
1番いる可能性が高いキッチンをこっそり覗いたら、母さんが洗い物をしていたが、姉貴の姿は見えない。

「ふう……」

第1関門突破だ……。

「友也、帰って来たの?」

だが、母さんに見つかった。

「あ、うん……、あのさ、ご飯あとから食べるから、姉貴は?」

「まだ帰ってないわよ」

「あ、そう……」

「あっ、ちょっと待ちなさい」

母さんにブレスレットを見られても、興味を示す事はないと思われるが、無視して急いで2階の部屋に上がった。

姉貴が帰るまでにブレスレットを隠さなきゃマズい。

何がいいか考えたが、手首に巻いて不自然じゃない物と言えば……包帯、湿布、テーピング用テープ、リストバンドくらいだ。
その中で1番無難なのはリストバンドに思えたが、確か……昔買ったのがタンスの奥にしまってある。

焦りまくって探した末に、ようやく見つけ出した。
黒いリストバンド。
それをブレスレットの上に被せてはめてみたら、若干不自然に盛り上がっている……。
ちょっと気になったが、この際仕方がない。

安心して時計を見たら、もうとっくに10時を過ぎている。
姉貴は今日も火野さんとデートだろう。

にしても、こんな物を予め内ポケットにしのばせているとは……。

テツは相変わらず、何も変わってないようだ。

すげー迷惑なのに、なんだかほっとした気分になる。

───けど……やっぱり困る。

夏休み中はいいが、学校始まったらどうするんだ?

───それと……もうひとつ気になる事がある。

テツが竜治の名前をだした事だ。
竜治は三上とは違い、テツと仲違いしてる訳じゃない。
それに……テツは所有物だと言ったが、それはテツが勝手に言ってるだけで、翔吾が心変わりでもしない限り、今の状況が変わる事はないだろう。
だとしたら、テツにとやかく言われる筋合いはないが、テツにバレたら当然翔吾にも伝わる。
俺と竜治の関係を知って、翔吾がどう出るか……。
もし腹を立てたとしたら、絶対『パパー!』とか言って、親父さんに泣きつくに違いない。

そしたら、きっととんでもなく面倒な事になる。

とは言え……テツは俺の言葉を信じた。
あの感じなら、竜治との事をこれ以上疑う事はないだろう。


姉貴が帰ってくる前に、下に降りて晩飯を済ませた。

部屋に戻って学校から出された課題を片付けていると、姉貴がやって来た。
ノートを閉じて絨毯の上に座ったら、姉貴は向かい側に座った。

「火野さんとは変わらず上手くやってるんだな?」

「うん……」

だけど、やけに浮かない顔をしている。

「どした?喧嘩でもした?」

「プロポーズされた……」

「へえ、遂にきたか」

「指輪……貰ったの」

「え、嘘…、ちょっ、見せて」

「これ…」

「へえー、高そうなやつだな、良かったじゃん」

「だけど…、母さんにどう言えばいい?無理じゃん……」

「あー、まあ……」

「やっぱり……断るべきかな」

「えー、それはちょっと…、そんな事したら火野さんショックを受けて……、きっとあれだよ、自害するぞ、切腹だ、アハハっ」

「友也!真面目に聞いてよ」

「あ、ごめん……」

ついふざけた事を言ってしまったが、こんな冗談がスラスラ出てくるのは、恐らく……テツから悪影響を受けたせいだろう。
けど、姉貴にとっては冗談じゃ済まされない事だ。

どうしたらいいか、姉貴と一緒に考えたが、詰まるところ……姉貴自身が決めるしかない。

「厳しい言い方だけど、いざとなったら究極の選択かな……、親をとるか、火野さんをとるか…」

「そうだよね……、やっぱりそうなるよね…、分かってはいるんだけど…」

姉貴は行き詰まったように溜息を漏らし、黙り込んでしまった。

「あのさ、すぐに答えを出す必要はないんだし、取り敢えず婚約状態をキープして、もうちょい考えたらどうかな?俺、愚痴ならいくらでもきくからさ」

答えが出ない事を考えても、憂鬱になるだけだ。

「うん……そうだね、前向きに考えなきゃだめだよね…」

いつもの姉貴が戻ってきた。

「そうそう」

なるようにしかならない。
そんな風に開き直ってみるのもありじゃないかと、俺は何気なく自分自身に言い聞かせていた。

「ん、友也、なんでリストバンドなんかつけてるの?」

だが、平常心を取り戻した姉貴は、目ざとく嫌なところに目をつけてきた。

「あ、ああ、別に意味はねぇ、気分だよ、気分…」

「ちょっと見せて」

「リストバンドなんか見ても、しょうがねぇだろ」

「いいから、貸して」

「ちょっと、姉ちゃん……やめろよ!」

「んん?ブレスレット……?」

「何でもねぇって……」

「こら、見せなさいよ!」

「やめろ……!」

「あ、なんか文字が……、えっ、奴隷?なにこれ?なんでこんな文字が入ってるの?」

「友達が……ふざけてつけたんだ」

「ふざけて?なにそれ、それにしても奴隷って……嫌がらせかイジメじゃん」

「そんなんじゃねぇ、本当にただの悪ふざけ」

「だとしても趣味悪すぎ、そんなもん、とりなさいよ」

「鍵がかかってる」

「ええっ、鍵?やっぱりイジメなんじゃないの?」

「違うって……」

「もしくは……そういう趣味とか?」

「ちょっと姉ちゃん、やめろよ、変な事考えるな」

「だってさ、それ……安物には見えないし、ただの玩具にしては違和感ある、そんな物をわざわざつけさせるとか……いくらなんでもおかしいでしょ、あんた、そう言えば……前に高いネックレス貰ってたよね?それ……あの厳つい人からつけられたんじゃないの?」

「馬鹿な事言うなよ」

「あ、そうだ、2人で朝からカフェにいた事もあったよね?あの時火野さんは色々言ってたけど…、やだ、まさかあんたやっぱり」

「違うって!全然関係ねぇ…、単なる悪ふざけ、勘弁してくれよ、変な妄想するのは勝手だけど、もうとっくに12時過ぎてる、明日仕事だろ?くだらねぇ事言ってないで早く寝たら?」



リストバンドで隠しても無駄だった。
姉貴は強引に腕を掴んでブレスレットを見た。
力づくで手を捻りあげれば阻止出来たが、そんな真似はしたくない。

姉貴は竜治と俺の関係を疑ってる。
テツの存在を知らないし、竜治と一緒に居るところを見られてるから、そう思われても仕方がない。

確かに、竜治とも関係はある。
あるけど、ネックレスもブレスレットも……竜治とは関係ない。

そこだけは、強く否定したかった。






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