BL長編変態ヤクザな話snatch(完結)
Snatch16tangle
◇◇◇
また月曜日……。
月曜は意味もなく憂鬱になる。
上の空で授業を受け、テストには適当な答えを記入し、休み時間は翔吾と語り合う。
土日連続で遊びに行ったせいか、今日はさすがに誘ってくる事はなかった。
俺は個性的な火野の事が気になって翔吾に聞いた。
ただ面白そうだったからだが、翔吾はまた勘ぐってきた。
「やっぱり気になるんだ、ふふっ」
「あのさ、そんな事言ったらキリがねぇし」
「ははっ、うん、そうだね、源ちゃんの変わったところっていうとー、夜明け前に起きてー、木刀で素振りとか、あと、源ちゃんのマンションの風呂は五右衛門風呂だったり」
「木刀で素振り？え、なに…、鍛えてるの？」
「らしいよ」
「へえ、で、五右衛門風呂？」
「うん、浴槽だけだけどね、マンションじゃ薪はくべられないから」
「えー、そうなんだ、なんかやたら古風だな」
「付き合い以外飲みに行かないし、基本的に日が沈むと寝る、タバコは吸わない、ストイックだよ源ちゃんは」
「へえ、面白い人だな、だけどそれでよくヤクザをやれるよな」
「剣術に長けてるから、いざという時は役に立つ、剣を持ち歩いてるわけじゃないけど、角材でも鉄パイプでも、棒ならなんでもいいの、同じ事だから…、親父も1度助けて貰った、だからいくら組の中で浮いても、源ちゃんはやめさせない、用心棒だよ」
「用心棒か、すげー、カッコイイ」
「だけどさー、昔気質だから、奥さんにも三つ指ついて出迎えろ！なーんて言っちゃうわけよ、一緒に歩く時は半歩下がれとか、だから……あいそをつかされて捨てられた、ま、当然だよねー」
「うーん、確かに……」
聞けば聞くほど面白い人だけど、一緒に住んだら大変そうだ。
この日は何事もなく、退屈なくらい平和に終わった。
翌日も何もない1日だったが、学校が終わって翔吾と別れた後に三上から電話がかかってきた。
旅行に行ってる筈だから、何故電話してくるのか怪訝に思ったが、三上だけ先に帰ってきたらしい。
一旦家に帰って、その後で会う事になった。
待ち合わせ場所は、前に待ち合わせしたコンビニだ。
自転車は無しにして、少し早めに出て歩いて行った。
「おう、乗れ」
三上は初めて窓を開けて声をかけてきた。
旅行から帰ってきて機嫌がいいのかもしれないが、俺はテツよりも先に、三上に付き合う羽目になって気分が悪い。
車に乗る時も、乗った後も、三上には目を向けずに黙っていた。
「おい、なんか言え」
すると、暫く経って文句を言ってきた。
「話す事が、ありません」
「筆下ろしさせて小遣いまでやって、その言い草か」
「俺が頼んだわけじゃないので」
「おめぇ、つくづく可愛げのねーガキだな、俺が怖くねーのか」
「怖いです……」
「ほお、なら諂え、媚びを売れ、機嫌をとってみろ」
「嫌です」
「なんだぁ？おい、ハッキリ言いやがったな、ったく…呆れた奴だ」
「嘘は…つけねーから」
「そいつぁあれか？俺に付き合うのが嫌でたまらねぇ、顔を見るのも嫌だ、そういう事か？」
「……はい」
「へえ、言ってくれるじゃねーか、よし、おめぇにゃちょいとヤキを入れてやる、へへー、いい機会だ、地下室へ連れてってやるよ」
──坊主頭三上はキモイ。
仏頂面をしている時はただ厳ついだけで、お世辞にもイケてるとは言い難いが、俺が三上の事が嫌いな理由はそこじゃない。
まず初っ端から小遣いをやるから付き合えと言った事。
それから……いざ行為に及んだら、嫌がる俺を平手打ちして、シリンダーとプラグで……。
それだけでも十分苦しかったのに、三上は苦しむ俺の髪の毛を引っ張って無理矢理フェラさせた。
そのあとは、殴ったら痣になると言って後ろ手に縛り……また口に突っ込んだ。
あの時、どんだけ苦しかったか……延々えづき、息が詰まって死ぬかと思った。
ようやく解放されたと思ったら、嫌がる俺を怒鳴りつけて……また髪の毛を引っ張った。
筆下ろしと言っても、相手はテツの元カノ……それも無理矢理だ。
挙句に異常な3Pに持ち込んだが、帰り際には満足したように俺の肩を抱き、別れ際に無理矢理金を握らせた。
まるで売り専扱いだ……。
どこまでも自分勝手で自分だけ満足して終わり。
そんな奴に好意を抱ける筈がない。
地下室に連れて行くと言われて滅茶苦茶ビビったが、三上に媚び諂うのは……どうしても嫌だった。
車はあのソープがある歓楽街に向かっている。
地下室で何をされるのか、想像しただけで身の毛がよだつが、考えないようにした。
「おい、事務所へ寄るからな、おとなしく待ってろ」
三上は事務所へ寄ると言ったが、テツと行った事務所とは別の事務所なんだろう。
結局、歓楽街までやって来たが、どうやらこの辺りに事務所があるらしい。
車はビルとビルの狭間にある駐車場に入って行った。
「逃げるんじゃねーぞ」
ここはソープがある場所から少し離れた場所だが、三上は駐車場の一角に車を止めると、俺を脅して車から降りた。
1人車に取り残されて車の中から辺りを見回した。
この駐車場は狭い。
まだ完全に日は暮れてないが、ビルに遮られて光が届かず、小さな街灯が隅にひとつあるだけで真っ暗だ。
閉鎖的な空間は、重苦しいベタっとした空気に満ちている。
表向き華やかな歓楽街の……吹き溜まりだ。
息が詰まりそうになり、恐怖心がどんどん膨らんでいった。
耐えきれなくなって車から降りた。
息苦しさから逃れようと思っただけだったが、一旦外に出たら逃げ出したくなった。
逃げたら後で酷い目に合わされるかもしれないが、開けっ放しのドアを閉めて……振り返ると同時に走り出した。
ところが、走り出した途端にいきなり誰かにぶつかった。
「うっ！」
ぶつかった反動でよろついたが、三上だと思い、殴られると思って咄嗟に身構えた。
「やっぱり友也じゃねーか、おめぇこんなとこでなにしてる？」
「え…？」
聞き覚えのある声に恐る恐る顔をあげた。
「あ……、火野……さん」
火野は翔吾の屋敷にいる筈だが、何故か俺の目の前に立っている。
「あの、翔吾は」
「寺島や留守番係がいる、赤ん坊じゃあるまいし、四六時中ついてる必要はねー」
「そうですか、じゃあ何故ここに？」
「俺は事務所に用があって…、で、これから屋敷に戻るとこだ、おめぇの方こそ、事務所の周りでなにをしている、ここは学生が来る所じゃねーぞ」
何故ここにいるのか不思議に思ったが、冷静に考えたら、むしろ俺がここにいる事の方が不自然だ。
「あの……、それは」
三上に連れて来られたとは言えず、焦って言い訳を探した。
「おい！そこでなにしてる！」
暗闇の中で目を泳がせていると、三上の怒鳴り声が聞こえてきた。
「ん、三上……」
マズいと思ったが、どうせ三上が上手く誤魔化すだろう……。
「なに車から降りてる」
しかし、三上は火野には目を向けず、珍しく取り乱した様子で車のドアを開けた。
「早く乗れ」
苛立っているのは丸わかりだが、声色を抑えて俺に乗るように促す。
「三上、ちょいと待ちな」
ステップに足をかけて車に乗ろうとしたら、火野が三上に声をかけた。
「なんだぁ、何か用か」
「おめぇ、何故友也を連れてる」
三上は苦虫を噛み潰したような顔で火野の方へ向き直ったが、火野は淡々とした様子で三上に質問した。
「な事ぁおめぇに関係ねーだろ」
「そうはいかねぇ、友也は若のツレでまだ高校生だ、おめぇが連れ歩く理由を教えて貰おうか」
「理由か、ふん、おめぇに話すつもりはねぇ、おめぇ若のもりを任されてんだろ？早いとこ屋敷に戻ったらどうだ？」
火野が疑問に思うのは当然だったが、三上は真面目に答えるつもりはないようだ。
「この事を若に報告するが、構わねーよな？」
「いや……、ちょっと待て」
「なんだ」
「そいつはやめた方がいい、余計な口を叩きゃ俺だけじゃなくテツもやべぇ事になるぞ、幸いな事におめぇは日頃から付き合いがわりぃ、特に親しい奴もいねぇんだ、今見た事を見なかった事にして立ち去れ」
「なるほど……わかった、見なかった事にしてやる、その代わり友也は置いていけ」
「おい、いい加減にしろ！おとなしくしてりゃいい気になりやがって！」
「やり合うか？構わねー、俺は組を追放になったとこで痛くも痒くもねーからな」
「ちっ…、ったくよー、とんだ邪魔が入ったものだ、よりによっておめぇかよ……、わかった、ほら、おめぇに渡す、その代わり分かってるな？この事は誰にも言うな」
「ああ、約束は守る」
俺は2人のやり取りを固唾をのんで見守っていたが、三上の車が走り去るのを見ながら、どうしたらいいか悩んでいた。
火野に助けて貰う形になってひとまず救われたが、この事をどう説明したらいいのか……。
「友也、お前はうちに帰れ、送って行く、こっちだ」
「あ、はい……」
声をかけられてついて行くと、火野の車は三上が止めた場所から離れた場所に止まっていた。
「ほら、乗れ」
「はい」
言われるままに助手席に座ったら、火野は静かに車を出した。
「道を教えてくれ、こっちでいいのか？」
「あ…、はい」
俺はさっきから返事しか返してないが、肝心な事を言うのを忘れていた。
「あの……、すみませんでした」
「ああ、気にするな」
火野が何か聞いてきたら、何とか誤魔化して話をしようと思っていたが……何も聞いてこない。
それから後も道を聞いてきただけで、三上の事には触れてこなかった。
あんな状況で気にならない筈はないが、俺は三上がテツの名前を出した事がやたら気になってきた。
火野は誰にも言わないと言っていたが、俺を送り届けたら翔吾の屋敷に戻る。
疑うわけじゃないが、こんな事がもし翔吾にバレたらヤバい……。
「あの、さっきの事……聞かないんですか？」
不安になって自分から聞いていた。
「聞いて欲しいか？」
「あっ……それは」
「三上が手癖が悪い事は知っている、バイだという事もな、もしおめぇがあいつとの事で何か困り事を抱えていて、俺に力になって貰いてぇというなら、力になってやる」
「あの……」
火野は何となく分かっているようだ。
その上で、知り合ったばかりの俺に力になってやると言った。
いくら翔吾の友達だからと言っても、火野がそこまでする理由はない。
嬉しかったし、思わず頼ろうかと思った。
けれど、俺はテツの事が心配だ。
「そんな事言って貰って、もの凄く有り難いと思ってます、助けて貰ってこんな事を言ったら怒られるかも……、だけど、あの……三上さんは矢吹さんの事を言ったけど、それも含めて…どうかこの事は誰にも言わないでください」
「三上とおんなじ事を言うのか……」
「はい……すみません」
「そうか……、ああ分かった、安心しろ、俺は約束は守る、例え三上のような奴でもな、ましてやおめぇの頼みなら尚更だ、それより……、なあ、友也」
「はい…」
「おめぇは本来ヤクザなんかに関わっちゃならねぇ、俺達のような輩に関わるとろくなことがねー、若は同い年で学友だ、それは仕方がねーとしても、それ以外の連中とは…出来るなら縁を切れ、普通の高校生として過ごすのがおめぇの為だ」
火野は何も聞かずに俺の頼みを聞いてくれたが、穏やかな口調で言い聞かせるように言った。
「はい…」
まるで親が言うような言葉だと思ったが、そう言えば翔吾が40だと言っていた。
火野は父さんや母さんに近い年代だ。
けど……父さんや母さんに説教された時とは違い、妙に心に響いた。
多分、火野自身がヤクザだからだ。
自分が今どんな状況にいるか、改めて思い知らされたような気がした。
「そう畏まるな、ただの老婆心だ、俺は子供は持てなかったが、おめぇのような若い奴を見たらつい余計な口を叩きたくなる、ま、わけぇ時は怖いもの知らずで…無茶をやらかすものだがな、はははっ」
神妙な気持ちになっていると、火野は笑顔を見せて砕けた雰囲気で話しかけてきたが、俺は今聞いた言葉をもう一度よく考えてみようと思った。
「いえ、俺……自分の事、ちゃんと考えてみます」
「そうか、ああ、それがいい」
家の近くまでやって来て、いつもテツに送って貰う場所まで送って貰った。
「ほら、これを持ってろ」
見慣れた場所に車が止まると、火野は何かを俺に差し出してきた。
「あ、はい…」
差し出された物を受け取って手元で見てみたら、それは名刺だった。
「普段顔を合わす機会はそんなにねーだろう、何か困った事があったら連絡しろ、相談に乗ってやる」
助けて貰った上に、そんな事まで言って貰えるとは思わなかった。
「それじゃ、俺は屋敷に戻る」
感謝の気持ちでいっぱいだったが、こんな人がいた事に感動すらおぼえる。
貰った名刺を握り締めて、火野に向かって頭を下げた。
「本当にありがとうございました……、助かりました」
「いいから行け」
「はい……お世話になりました」
最後にもう一度礼を言って車を降りたら、火野はすぐに車を出して走り去って行ったが、俺は赤いテールランプが見えなくなるまで、火野の車を見送っていた。
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