accident(BLヤクザ物、車椅子)完結
その5
◇◆◆◇
面会に行った日から間もなく、小川さんは拘置所に移された。
杉本さんが教えてくれたのだが、翌週の月曜日、鍼灸院から自宅に戻った後で、杉本さんから電話があった。
『おお、鍼治療から戻ったか？』
杉本さんにも俺の予定は話してある。
『はい、あの、なにかあったんですか？』
『いや、なにもねーが、次の金曜はどうかと思ってな』
『あ、はい……、大丈夫です』
こんな体になって、元気な頃に付き合ってたツーリング仲間も、今じゃ疎遠になった。
かと言って、新しく友人を作るのも難しい。
休みは鍼灸院に行くだけだし……暇だ。
『そうか、ははっ、よかったぜ、じゃあよ、それまでにまた連絡するわ』
杉本さんは嬉しそうに笑った。
『はい、わかりました』
『な、小川の事、あんま悪く思わねーでくれ、俺はよ、付き合いなげーからわかるんだ、あいつがあんな態度をとったのは上辺だけだ』
話し終わるかと思ったら、不意に小川さんの話をする。
今のを聞いて……ちょっと気になった。
『はい、あの……付き合い長いって、もしかして同い年ですか？』
『よくわかるな、そうだ、まだわけぇ頃だが、あいつとつるんで悪さをしたもんだ』
やっぱり同い年だったが、だとしたら、学校が一緒だったりするかもしれない。
『そうでしたか、あの……同級生だったり？』
『ああそうだ、中学、高校と一緒だった』
それも当たりだったが、だとすると、かなり長い付き合いって事になる。
『そうなんだ、っとー、じゃあ……30年近い付き合いですね』
『へっ、ああ、そうなるな』
30年近く付き合ってるって、何気に凄い。
『そんな長い間、喧嘩せずに仲良くやれるって……凄いですね』
『喧嘩はやった、たまにだけどな、互いに譲れねーってなると、カッとなって手が出る、殴り合いだ』
『ええ……、殴り合い』
そこら辺はやっぱりワイルドだ。
『ははっ、今はやらねーよ、40過ぎていつまでもそんな事をやってられねーからな』
『そうですか……』
『ま、そういう事だから、あいつが無愛想な面ぁしても、あんまし気にするな』
『はい……』
気にするなと言われても、好きな人に冷たくあしらわれるのは悲しい。
ただ、杉本さんのいう事は本当だと思うので、杉本さんの言葉を信じて、面会に挑もうと思う。
◇◇◇
ハラハラドキドキな毎日を過ごし、約束の金曜日、俺は拘置所へ面会に行った。
拘置所は刑務所の敷地内にある。
刑務所がある事は知っていたが、場所はわからない。
杉本さんに先導して貰って辿り着いた。
おっかなびっくりな心境で拘置所に入ったが、手続きは前と同じだった。
ただ、係の人は俺が車椅子なのを見て、不思議そうな顔をしていた。
俺のような人間が、ヤクザと知り合いなのが不思議に思えたんだろう。
今日も差し入れに現金を持ってきていたので、係員に渡していざ面会室に入った。
俺は車椅子だからそのままだが、杉本さんが椅子に座ると、透明な板越しに小川さんが現れた。
思いっきりしかめっ面だ。
泣きたくなったが、そこは抑えて何でもないふりをした。
「おい杉本、何故小谷さんを連れてくる」
小川さんは真向かいの椅子に座ると、真っ先に文句を言ってきた。
「せっかく知り合ったんだ、袖振り合うも多生の縁って言うだろ？」
杉本さんはへっちゃらな顔で言ってのける。
「知るか……、杉本おめぇ、小谷さんと関わるな」
小川さんは杉本さんに注意したが、俺は杉本さんと連絡がとれなくなったら嫌だ。
「あのなー、お前の気持ちはわかる、でもな、小谷さんは大丈夫だ、変なトラブルに巻き込まれるこたぁねー、俺がついてる」
杉本さんは俺の事を口にしたが、確かに杉本さんがいてくれたら心強い。
そりゃ……小川さんの仏頂面を見るのは、なかなかキツいものがある。
けれど、ほんと言うと……さっき小川さんの姿を見た時、元気そうな姿を見て嬉しかった。
「ったく……、よく言うぜ」
けど、小川さんは迷惑そうに呟く。
「す、すみません……」
いたたまれなくなって頭を下げて謝った。
「謝るな！」
なのに、小川さんは怒鳴りつけてくる。
「でも俺……やっぱり迷惑ですよね」
小川さんの事が好きだから、余計に申し訳ない。
「あー、小谷さん、いーからいーから、あのよー、小川は天邪鬼のへそ曲がりのコンコンチキだ、あんたは気にしなくていい」
だが、杉本さんは小川さんを罵って俺に言ってくる。
「コンコンチキって、どんだけ死語なんだよ、つか、好きな事言いやがって」
小川さんは目をつり上げてぶつくさ言った。
「はははっ、ああいくらでも言ってやる、言っとくが……、俺らはまだまだ通うからな」
杉本さん……もうあんまり煽らないで欲しい。
「この野郎ー！」
小川さんは唸り声をあげる猛犬のような顔になった。
「んな怒るこたぁねーだろ、このひねくれ者が」
「お前な、ムショを出たら覚悟しとけ、ぶん殴ってやるからな！」
この2人、本当に仲がいいのか、わからなくなってきた。
「さっきから大きな声を出して、何やってるんだ」
警察の人が裏の扉から入ってきたが、2人して言い争ってるから、聞こえたんだろう。
「こいつらしつけーんだよ」
小川さんは警察の人にぼやいた。
「なに言ってる、ひとりは車椅子じゃないか、そんな体でわざわざ面会に来てくれて……、バチ当たりな事を言うんじゃない」
警察の人は俺の事を出して小川さんを叱った。
「俺には俺の事情があるんだよ、杉本に説教してやる」
しかし、小川さんには通用しないらしい。
「はあーあ……、こりゃだめだな、あのーすみませんが、小川は興奮気味なので、今日はここまでにして、面会はまたにして貰えますか？」
警察の人は呆れ顔で溜め息をつき、俺達に向かって言ってきた。
「はい、わかりました、すみません……」
お騒がせして申し訳ない。
頭を下げて頷いた。
「ほら、小川、来い」
警察の人は小川さんの腕を掴んで立たせた。
「ああ……、杉本ーっ！ いいか、おめぇも関わるな！」
小川さんは扉の方へ連行されたが、突然振り向いて大声で喚いた。
「こら、よさないか、こっちに来い」
警察の人は小川さんをグイッと引っ張り、2人は扉の向こう側に消えていった。
「ふうー、ま、予想通りだな、よし、行こうか」
「はい……」
杉本さんは分かりきっているかのように言ったが、その後は2人で拘置所を出た。
車椅子を押してくれたが、外へ出たら広い敷地の中に大きな建物がある。
あれが刑務所なんだろう。
刑務所に入ったら、作業所でなにか仕事をしつつ、規則正しい生活を送りながら出所を待つ。
そのくらいは俺でもわかる。
「あいつ、すっかり拗ねちまってるな、今回逮捕されたのは、相手側がわざと警察に訴え出たからだ、通常、同業同士の喧嘩くらいじゃ、そんな事をする奴はまずいねぇ、かっこ悪いからな、ところが……小川がボコした奴は小川にムカついてた、で、逮捕されるのをわかっていて訴えたんだが、たかが私怨で、馬鹿な真似をしたもんだ、そんな事をしたら赤っ恥をかくのは本人だけじゃすまなくなる、組に迷惑かける事になるからな、奴の組はいい笑いものだ、怒った組長は当人を破門、破門された奴は自分で自分の首を絞めたってわけだ、だからよ、諍いもそれでカタがついた、向こうに肩入れしてた奴らがうちに寝返ったからだ、結果的には自滅してくれて助かったが、ま、小川にしてみれば……しょうもねー事で臭い飯を食うのが馬鹿らしいんだろう」
「そうでしたか……」
不機嫌なのは俺のせいだけじゃなかったようだ。
「うちの親父は満更でもねーんだが……、形はどうであれ、小川は組に貢献した事になるからな、ただな、あの不貞腐れようは……、意地になって関わるなって言ってるが、あれじゃまるで八つ当たりじゃねーか」
話をする間に車のそばにやってきた。
「あの、いつもすみません」
杉本さんに頭を下げ、リモコンで車の鍵を開けた。
「おお、いーんだよ、へへっ、な、俺のマンションにくるか？」
「えっ、マンション？」
そんなプライベートな場所に行っていいんだろうか。
「ああ、車椅子は押すからよ、どっか食いに行くばっかしても、つまんねーしな、俺も小川みてぇにあんたと仲良くやりてぇ」
小川さんの自宅には招かれた事がないが、ヤクザのプライベート空間、めちゃくちゃ興味深い。
「はい、よければ……」
体は不自由になっても好奇心は健在だ。
「おっしゃ、じゃ、先導するからよ」
「はい、お願いします」
車に乗り込んで、杉本さんのマンションへ向かった。
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