短編集BL小説(鬼畜、色々あり、1部長編あり)ちまちま新作を更新中
■■Escape1(ヤクザと擬人化猫の話)
◇◇◇
逃げて、逃げて、逃げまくった。
だが、俺は知っている。
その筋が情報収集に長けている事を。
だから、見つからないように色街や歓楽街には近づかないようにして、カタギの昔なじみを頼って潜伏した。
木造の古いアパートだが、この際文句は言えない。
そこに2週間いたが、無事見つからずにすんでいる。
このまま逃げきれる。
そんな気がして、たまには気晴らしでもしようと思った。
場末にあるスナック、この店にはこの道ウン10年のママがいる。
グラスを振って氷をカラカラ言わせながら、ウイスキーを一気に煽る。
喉から食道、胃袋に流れ込み、琥珀色の液体が五臓六腑に染み入る。
「おかわりどう?」
ママが流し目で聞いてきたが、あまり長居するのはよくない。
「いや、もうそろそろ帰る、はい、これだけありゃ足りる?」
カウンターに万札を一枚出した。
「はい、ありがとうございます、お釣り出しますね」
ママは万札を受け取ってレジに向かったが、カランカランとドアベルの音がして振り向いた。
「っ……!」
入ってきた客を見て冷や汗が噴き出した。
兄貴だ……。
こんな場末の店に来るとは思わなかったが、マズい。
釣りなんかどうでもいい。
兄貴が俺に気づく前に店外に逃げ出さなきゃ。
運良く兄貴はテーブル席に座った。
こっそりと椅子から立ち上がり、カウンターに片手をついて、『せーの!』でダッシュした。
ドアに向かって走って行ったら、ママが『あら、ちょっと〜』と言ってきたが、無視してドアを開けて外に出ると、街とは反対方向へ走って逃げた。
「はあ、はあ」
無我夢中で走った。
「おい、待てコラァ!」
けど、背後から兄貴の声がした。
気づかれてしまったらしい。
急に逃げ出しゃ、気づかれて当たり前か……。
「はあ、はあ」
人通りの少ない道を全力で走って、走りまくった。
「オラ〜、捕まえたぜ」
なのに、肩をガシッと掴まれた。
「うわっ! わあ、勘弁してください」
悪気はなかったんだ。
「タマ、おとなしくしやがれ!」
「ニャ〜っ!」
兄貴に抱き上げられてしまった。
「ったく、すぐ脱走しやがる、怪我ぁしてねぇか?」
「ニャン……」
頭を撫でられたら……気持ちいい。
「うちに帰るぞ、サンマ盗んでどっか行くからよ〜、そんなに魚が食いてぇなら、たらふく食わせてやる」
俺はタマだ。
さっきは妄想で人間のふりをしていた。
スナックの中にいたのは確かだが、ママの店には猫用ドアがある。
ママが飼ってる猫用だが、その猫と友達だから出入りは自由だ。
兄貴のマンションに到着し、抱っこされて部屋に戻った。
住み慣れた部屋は嗅ぎ慣れた匂いがする。
「ほら、行け」
床に降ろされたので、縄張りをチェックする事にした。
この部屋は俺の縄張りだから、一応見回る。
「おい、お前、外をほっつき歩いてたんだ、ノミがついてるだろう」
まだ見回りの途中なのに、有無を言わさず抱き上げられた。
「ニャ〜(離せ)」
「こら、暴れんな、シャンプーしてやる」
シャンプー……。
「ニャーっ!」
水は嫌いだ。
体が濡れて気色悪いし、肉球がお湯でふやける。
こん限り暴れた。
「いってぇ、爪立てるな! この〜猫の癖に生意気な、抵抗しても無駄だ、人間様には勝てねーぞ」
かろうじて一矢報いたが、あえなく風呂場へ連行された。
兄貴は容赦なく湯を浴びせてくる。
「ニャウ〜っ!」
毛が濡れると、髭の先までビリビリと悪寒が走る。
逃げようとしたが、首の皮を摘んで押さえつけてきた。
「にゃろ〜、逃がすか!」
「ニャ〜っ!(卑怯者!)」
泡だらけになって藻掻いたが、大きな手で体中をゴシゴシされ、泡まみれになってしまった。
ズルズルと這いずって爪を立てたが、床がツルツル滑って爪が立たない。
ズタボロな気分でシャンプーを終え、風呂場から解放された。
兄貴がタオルで拭いてくれたが、自分で舐めなきゃ気が済まない。
ソファーに上がって毛づくろいをした。
乾くまでには少々時間がかかったが、毛が乾いた頃に飯を用意してくれた。
「ほら、魚の缶詰だ、もう脱走するなよ」
頭を撫でて言ってくる。
兄貴は仲間から兄貴と呼ばれる事が多く、俺も兄貴と呼んでいるが、名前は宇野春樹、ヤクザだ。
他の人間から恐れられているが、俺を可愛がる。
俺は兄貴に拾われた。
まだ幼かった事もあり、生まれた場所はっきりと覚えてないが、俺のお袋はどこかの家で飼われていた。
ある日、俺と兄弟達は突然お袋から引き離され、箱に入れられて飼い主に運ばれた。
どこに着いたのかわからないが、飼い主は俺達をどこかの地面に置いて、その場から居なくなった。
夜だから箱の中は真っ暗だ。
俺達は暗がりでも目がきくが、お袋の気配も飼い主の気配も、なにも聞こえてこない。
狭い箱の中が怖くて堪らず、皆で泣き続けた。
そうするうちに腹が減ってきたが、いくら泣いてもお袋はきてくれなかった。
やがて箱の隙間から日が差し込んできた。
朝が来たんだと思ったが、空腹と喉がカラカラに渇いて死にそうだ。
兄弟3匹でひたすら泣きわめいていると、物音がして何かの気配を感じた。
お袋か、飼い主が来たのかと期待した次の瞬間、ザクッ! と音がして鋭いものが箱を突き刺した。
俺はヤバいと思ったが、兄弟2匹は逆に近寄っていった。
ザクッ! ザクッ! っと鋭いものが箱を連打し、真っ黒な鳥が姿を現した。
鳥は俺達をジロッと見ると、兄弟の1匹を嘴で挟み、箱から引きずり出してバサバサッと飛び去った。
連れ去られた兄弟はニャーニャー鳴いていたが、2、3度ギャーッ! と悲鳴をあげて静かになった。
明らかに普通ではない、身の毛もよだつような声だ。
俺ともう1匹の兄弟は、あまりの事に固まって動けなくなった。
兄弟はあの鳥に食われた。
ゾッとして体中の毛が逆立ったが、またザクッ! ザクッ! と嘴が突き刺さってきた。
鳥は1羽だけではなく、他にもいるらしい。
もう1匹の兄弟は慌てて俺の方へ歩いてきたが、恐怖のあまりフラつきながら歩いてくる。
そこへ再び鋭い嘴が振り下ろされ、兄弟は嘴に捕らえられて宙に浮き上がった。
ニャーと悲しげな声で鳴いたが、俺にはどうする事もできない。
箱の隅でガタガタ震えていると、またさっきと同じ断末魔の叫び声が聞こえてきた。
あの鋭い嘴に突き刺されたら……ひとたまりもない。
次は俺の番だ。
凍りつくような恐怖に鳴き声も出なかった。
すると、またザクッ! ザクッ! っと嘴が突き刺さってきた。
箱はどんどん壊されていき、真っ黒な鳥の後ろに青空が見える。
なんでもない水色の空なのに、やけに美しく感じた。
だが、俺の頭上には化け物がいて、今にも嘴でつついてきそうな勢いだ。
「こら、糞カラス、なに漁ってやがる」
走ってくる足音が聞こえ、男の声がしたと思ったら……黒い鳥はバサバサッと羽ばたいて飛び去った。
「んん〜」
大きな人間の男がぬうっと覗き込んできた。
真っ黒な服を着ている。
こいつも俺を食らうかもしれない。
「なんだ、子猫じゃねーか、可哀想に、ほら」
男は手を出してきたが、咄嗟に引っ掻いた。
「シャーッ!」
まだ牙は生え揃ってないが、牙を剥いて威嚇した。
「おお、いっちょ前に威嚇してるのか? そうか、カラスにやられそうになってびびったんだな、大丈夫だ、ほら、来い」
男は平然と手を出して体を撫でてくる。
「な? 怖くねーだろ」
厳つい顔をしているので分かりづらかったが、笑顔を浮かべているように見えた。
ここにいたらまたあの鳥が襲ってくる。
俺は多分……家には帰れない。
「ニャ、ニャーン……」
勇気を出して甘えてみた。
「へへっ、わかってくれたか、いい子だ、しょーがねぇ、連れて帰るか」
こうして俺は……兄貴の家で暮らす事になった。
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