Snatch成長後編BL(完結)
11マネージャーとして
◇◇◇
水野のコスプレショーを楽しんだその夜、俺はいつも通り店にいたが、数あるテーブル席の中でひときわ賑やかな席に注目していた。
ずっと気になって見ていたのだが、若い嬢が客に絡まれている。
マリアが傍に行ってさりげなく間に入ったが、客は『ババアは要らねぇ』や『来るな、どっか行け』などと言ってギャーギャー喚く。
こういう迷惑な客はたまにいるが、4人組なので尚更厄介だ。
マリアはベテランだから大抵上手く躱すのだが、少々手を焼いている。
「仕方ない、俺が行ってみるか」
ハッキリ言って自信はないが、マネージャーとして、黙ってるわけにはいかない。
「いや、待て、お前には無理だ」
行こうとしたら、ミノル兼三上が引き止める。
「でも、知らん振りできないし、ほら、レナちゃん困ってるよ」
客に絡まれているのは、レナという若い嬢だ。
若い嬢は美人な上にみんな大人しい。
その為、レナに限らずちょくちょくセクハラされたりするが、今回も初めはそんな感じだった。
酒が進むにつれて、男らがうるさく騒ぎ出し、今は肩をがっつり抱いてキスしそうな勢いだ。
周りにいた客も、迷惑そうな顔をして次々と店を出て行ったし、もはや営業妨害の域に達している。
「ミノル、ごめん、退いてくれ」
三上を押しのけてテーブル席に行った。
すると、レナの肩を抱く男が俺に気づいた。
「ああん? なんだてめぇは」
「マネージャーの矢吹と申します、あの〜、随分盛り上がっておられますが、当店はお触り禁止になってございます、先程から見ていたら、レナちゃんに執拗に迫っておられますね、申し訳ありませんが、それでしたら近場にニューハーフヘルスがございます、そちらへ行かれたらどうっすか? 」
お帰り頂けるように、あくまでも丁寧に言った。
「ざけんな、客を追い出す気か? 俺はこのレナが気に入ったんだ、なあレナ」
男は新社会人風の4人組だが、レナを捕まえるこの男がリーダー格に思える。
「やだ……、やめてください」
レナはほっぺたにチューされそうになって藻掻いている。
「お客様、おやめください、レナちゃん、こっちへ」
レナの方へ回り込み、腕を掴んで引き寄せた。
「あ、マネージャー……」
そのまま俺の後ろに立たせたら、レナが不安げに呟いた。
「てめぇ、なにしてんだよ」
男は睨みつけてきたが、俺より遥かに若い上にただのカタギだ。
カタギのガキにビビるほどヤワじゃない。
「当店は風俗じゃありません、この店のキマリに従えないなら、他所へどうぞ」
「よくも言ったな、あぁん? 」
男は立ち上がって胸ぐらを掴んできた。
「ちょっと〜、よしてくださいよ、お客さん、楽しく飲みたいでしょ? ね、どうか気を取り直して」
マリアが横へやって来て男を宥めようとする。
「うるせぇ、レナを渡せ」
男は俺から手を離し、レナに向かって手を伸ばす。
「駄目です、だから言ったでしょ、うちは風俗じゃない、連れ出しは禁止です」
咄嗟に腕を広げ、男の手を排除した。
「ちっ、うぜーな〜、殴られなきゃ分からねぇのか? 」
男はまた胸ぐらを掴んできた。
「おい、馬渕……、よせよ、通報されるぞ」
仲間の3人は興醒めしたのか、うちひとりが男にやめるように言った。
「黙れ! お前らビビってんだろ、先に帰れ」
「ああ、じゃ……、行こうぜ」
3人は目配せしてすっと立ち上がり、そそくさと店から退散した。
「レナを貸せっつってるんだ」
なのに、この馬渕という男は執拗にレナに執着する。
「お客様、悪酔いし過ぎです、マリア、お水を差し上げて」
酔いが回って気が大きくなっているに違いなく、水でも飲ませてみようと思った。
「ええ、わかったわ」
マリアは頷き、足早にカウンターへ向かう。
「水なんかいらねぇ、レナを渡せって言ってるんだ、マネージャーだかなんだか知らねぇが、この野郎っ! 」
だが、男は遂に殴ってきた。
酔っ払いのへなちょこパンチだが、足元がふらついた。
「っ……」
「マネージャー! やだ、大丈夫? 」
レナが心配そうに顔を覗き込む。
「ああ、大丈夫だ」
手を出したのはこの男の方だ。
三上が警察に通報しているだろう。
「レナ、そんな奴ほっとけ、俺と一緒に来るんだよ! 」
男はまたしてもレナに絡みつく。
「あっ、やだ、やめて……」
「やめろって言ってんだ! っのクソガキがっ! 」
あまりのしつこさにカッとなり、男を押してレナから離した。
「なに〜? 今なんつった? 」
男は今にも殴りかかりそうな勢いで胸ぐらを掴んでくる。
殴るなら殴ればいい。
じきにお巡りがくる。
手を出したら負けだ。
そう思ったら、ドアが開いて誰か入ってきた。
お巡りさんだ……。
助かったと思ったが、どうも風貌が違う。
つかつかとこっちに歩み寄ってきたが、大柄で見るからに強面な男……それは日向さんだった。
「ミノルから電話があってな、偶然近場にいたんでやって来た、友也、こいつがうぜー客だな? 」
「は、はい……」
三上は警察ではなく、日向さんに電話したらしい。
「な、な……、なんだよお前は」
男は日向さんを見て急にオドオドし始めた。
「兄ちゃんよ〜、ちょいとおいたが過ぎるぜ、おめぇ新卒ぐれぇだろ、それで無理難題をふっかけるとは、いい根性してるじゃねぇか、俺が話を聞いてやる、一緒に来な」
日向さんは男の腕を掴んだ。
「い、いえ、すみません、もういいっす」
男はへっぴり腰になっている。
「遠慮するな、さ、行こう」
「あ、あ"ぁ……」
日向さんは男の肩をガシッと抱くと、有無を言わさず店の外へつれて行った。
男は魂が抜けたようになっていたが、今更後悔しても遅い。
学生気分が抜けず、バカ騒ぎした挙句に我儘を言う。
まるで、分別の無い乳幼児のようだ。
どうなろうが知ったこっちゃない。
「あの、マネージャー、ありがとうございました」
レナが頭を下げて礼を言った。
「いや、当然の事をしただけだから」
ハルさんや三上に世話になりっぱなしだし、最低限その位は責任を持ちたい。
「ね、今の……、日向さんよね? 」
マリアがやって来て聞いた。
「ええ」
「やだ、ミノル君ったら、日向さん呼ぶなんて〜、でも、相変わらずかっこいいわ〜」
マリアは今でも日向さん推しだ。
「あのな、下手なサツよりはえーしよ、後腐れなく片付けてくれる」
三上もやって来て当然のように言ったが、確かに頷ける部分はある。
ゴミガキは日向さんが片付けてくれたので、店内は元通りに平和を取り戻した。
新たに客が入ってきたのでヤレヤレだ。
「友也君、殴られたのは大丈夫? 」
カウンターの中に居たら、マリアが心配して聞いてきた。
「ああ、大丈夫っす」
ちょっと痛いが大した事じゃない。
……と思っていると、裏口が開いてハルさんがやってきた。
「友也君、聞いたよ、殴られたんだって? 」
ハルさんは顔を近づけて心配そうに言ったが、他の嬢に聞いてやって来たんだろう。
「大した事ないっす」
「うん、それならいいんだけど……、君に怪我をさせたら私の責任だ、霧島さんに叱られる」
この店の所有者は親父さんだが、事実上店を任されているのは翔吾だ。
「本当に大丈夫っす、ただ、あの手の酔って絡む客は面倒ですね」
ハルさんに迷惑をかけたら悪いし、こんな事を翔吾に報告するつもりはない。
「ああ、そうだね、飲食業、特に酒を提供する店は付き物だ」
「ですね……、うちは風俗じゃないのに勘違いする馬鹿が結構いるんで」
今夜の客は特にタチが悪いが、あそこまでいかなくても、ちょっと綺麗な子だと、すぐに鼻の下を伸ばす猿みたいな輩は山ほどいる。
暫く愚痴を言い合った後、ハルさんは再び裏へ戻って行ったが、海苔頭な執事スタイルは今でも健在だ。
今夜は午前1時に閉店した。
三上はまた売上計算に付き合ってくれる。
だけど、ミノルは免許をとってないので、相変わらず誰かが迎えに来ている。
「あの、いいんっすか? 駐車場で待ってるんじゃ? 」
「いいんだよ、今夜は亀谷だ、へへー、あいつうぜーからよ、待たしてやる」
「そっすか、じゃ、お願いします」
亀谷はあんまり好きじゃないし、ヨシとする事にした。
「あのよー、そりゃそうと……、こないだ暇に任せてミノルの意識をチラ見したんだ」
三上はレジを弄りながら言った。
「え、暇に任せてチラ見するんすか? 」
そんなお気楽に出来ているとは、つくづく不思議な世界だ。
「ああ、でな、なんかよー、得体の知れねぇ爺さんがいた」
「えっ……」
まさか……田中の爺さんじゃ。
「別になんにも言わねぇ、ただじーっとうずくまってる、ま、通りすがりの霊かもな」
「通りすがりの霊……」
ミノルの霊能力は衰えていないようだ。
というか……気になる。
「あのー、その爺さんなんですが、ひょっとして……地味なチョッキを着てたりしませんよね? 」
通りすがりであって欲しい。
「おめぇよくわかるな、そうだ、地味なチョッキを着てた」
「マジっすか……」
やっぱり田中の爺さんだ。
「ん、もしかして心当たりがあるのか? 」
「はい、前に話したかも? ちょっと忘れましたが、実家のご近所さんで、俺とテツが実家に行くと必ずじーっと観察してる爺さんで、ご近所にあらぬ事を言いふらす、迷惑爺さんです、今は死んでしまっていません」
三上とは暇な時に色んなことを話すから、過去に爺さんの話をしたかもしれない。
「おお、なんか聞いた事あるぞ、けどよ、俺も忘れちまった、まあーでも、ありがちな話だな、どこにでもいるんだよ、そういう奴が」
やっぱり話した事があるようだが、わざわざミノルの意識に入り込まなくても……。
「そうなんですが、なぜミノルに……」
「霊は距離とか関係ねぇからな、ミノルとお前は意識レベルで繋がりのある仲だ、ミノルは霊感がある、それで自ずと寄って来ちまったんだな」
寄って来て欲しくないが、そう言えば……先日。
「あの、実は……、ちょっと前にテツと一緒に実家に行ったんですが、その帰り際に俺……爺さんを見たんです、庭に立って俺達を見てた」
「ははーん、それでだな、その爺さんは霊になってもまだお前らの事が気になるんだ」
「え〜、超迷惑」
「迷惑な奴ってのは、そういうもんだ、ま、なにもできねぇよ、だってよ、その爺さんは恨みを抱いてたわけじゃねぇんだろ? 単に近所の迷惑な住人ってだけじゃ、霊障を起こすほどの力はねぇ」
「ええ、そうですね……」
爺さんに恨みを買われる理由なんかどこにもない。
むしろ、こっちが迷惑を被ってる。
「ほれ、計算済んだぜ、売り上げと一緒に店長に持って行け」
「あ、はい、すみません」
今日も三上にレジ締めをやって貰った。
三上さまさまだ。
荷物を持ち、ハルさんに渡す物を渡して挨拶したら、ひと足先にあがらせて貰う。
三上と一緒に駐車場へ行った。
俺の軽四の横にデカい車が陣取っているが、車の横には亀谷が立っている。
「よお、久しぶりだな、へへっ」
亀谷はタバコを踏み消すと、ニヤニヤしながら話しかけてきた。
「どうも、お久しぶりっす」
こういう顔をしている時は、大抵ろくでもない事を言う。
「お前もマネージャーか、月日が経つのは早いもんだ、俺もすっかり年を食っちまったぜ」
「そっすね……」
亀谷は見た感じあんまり変化はないが、シワは増えている。
「おい、俺は疲れた、先に乗るぜ」
三上はさっさと助手席に乗り込んだが、亀谷はまだ話したそうだ。
「おお、乗ってな、友也、おめぇも昔よりゃ年を食ったが、相変わらず矢吹とちちくりあってんだな」
テツとの事を言ったが、思いっきり嫌味ったらしい。
「ええ……、はい」
「男同士でも案外長続きするもんだな、ああ、まあ〜、若も同じだからよ、そう考えりゃありか……、ふっ、木下とも仲良くやってるようじゃねぇか、あんだけ争ったのによ、よく仲良く出来るもんだな」
今度は竜治の事に触れてきた。
「竜治さんは……、俺、元から嫌いじゃないっす、あの人には世話になりました」
「ほお〜、おめぇらややこしいからな、まあ〜水野がな、あいつは間を取り持つのが上手い、霧島のマンションに住んでるしよ、あの嫁は霧島がケツ持ちしてる店で働いてた、ソープだ、あいつ、殆ど霧島の人間じゃねぇか」
次は水野の事を言ったが、やたらトゲのある言い方をする。
「違います、水野さんは浮島のみんなの事を大切に思ってます」
水野の事を悪く言うのは、言ってみれば……亀谷自身が、自分の事を大した奴じゃないって証明しているようなものだ。
「そうか? へへっ……、お前ら仲いいからな、なあ、お前は水野とも寝たよな? 今はどうなんだ、たまにはやったりするのか? 」
いい歳して、まだそんな事を言っている。
「あのー、奥さんいるんですよ? あるわけないでしょ」
「それとこれとは別だ、あいつ、バイだからな」
くだらなさ過ぎる。
「いや、あの……、もう帰っていいっすか? 」
話をするのもアホらしくなってきた。
「おいおい、ちょっと待てよ〜」
車のドアを開けようとしたら、腕を掴んで引っ張る。
「なんですか? 」
これだから……嫌なんだ。
「だったらよ、矢吹ばっか相手にしてんだろ? たまには俺と遊ばねぇか? その年になって小遣いやるとは言わねぇ、互いに楽しもうじゃねぇか、昔のよしみってやつでよ」
やっぱり馬鹿な事を言いだした。
「コラァ〜っ! 亀谷、なにくだらねぇ事言ってる、さっさと乗らねぇと、若にチクるぞ」
三上が窓を開けて怒鳴った。
「ミノル〜、ひでぇな、ちょっとくらいいいじゃねぇか」
だが、亀谷は性懲りも無くグダグダ言う。
「よくねぇ、吊るされて折檻されてぇか、日向さんはそういうのが大好きだからな、ふっ……、最近はめぼしい奴がこねぇし、相当欲求不満が溜まってるぞ、多分ケツに鰻を突っ込まれるな」
三上は変態且つ恐ろしい事を言った。
「おい、ちょっと待て……、悪かったよ、ったく〜」
亀谷は鰻に恐れをなしたのか、顔をひきつらせて素早く運転席に乗り込んだ。
俺も車に乗ったが、亀谷はすぐに車を出し、あっという間に駐車場から出て行った。
「にしても……、鰻って……」
エンジンをかけて本当にやるのか考えた。
日向さんはテツとは種類が違う変態だ。
相手が本気で痛がるのを見て昂るという、超サディスティックな人で、俺も昔やられた事があるからわかる。
あの時は、背中の青鬼がそのまんま本人に被って見えた。
ミノルにだけは優しく接しているが、それは例外中の例外だ。
あの人なら、マジでやりかねないような気がしてきた。
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