Snatch成長後編BL(完結)
86、worst day ever
◇◇◇
ハッテン場では痛い目にあった。
というより、あの公園はハッテン場じゃなく、ホームレスの棲み家になってるんじゃなかろうか。
テツはGPSは見てなかった。
それは良かったが、また地味に怪我をしていた。
銃で撃たれたのだが、防弾チョッキで銃弾を受けずに済んだ。
但し、くっきりとした紫色の痣になっている。
防弾チョッキは確かに銃弾は通さないが、かなり衝撃がくるらしい。
心配で堪らなくなった。
「ちょっと……今回は良かったけど、頭だとヤバいじゃん」
「ああ、避ける」
簡単に言うけど、不意打ちを食らったら避けきれない。
「そんなの……いつ弾がくるかわからないのに」
「俺が死んだら、泣くか?」
「そりゃ……当たり前だろ!」
「へへっ、死んでも死にきれねぇ、どうせ地獄へ堕ちる、そしたらよ〜、鬼をとっ捕まえて調教してやる」
「えぇ……、も〜馬鹿な事言うなよ、なあ、ほんとに大丈夫なのか?」
「ああ、あのな、俺と一緒にいた浮島の奴が撃たれた、そいつは防弾チョッキつけてなかった、だからよ、浮島がブチ切れちまって……、おとなしく下につけば見逃して貰えたのに、新参者はてめぇでてめぇの首を締めた、浮島が猛攻撃に出る、まだ駆け出しの組じゃ呆気なく踏み潰されて終わりだ」
「そっか……、物騒な話だけど、浮島が動くなら……安心かな」
浮島がついていれば鬼に金棒……。
いっつもそう思うが、霧島だって強い。
ただ、浮島は構成員の数が圧倒的なので、自ずとそう思ってしまう。
そんな事を思って数日が経った。
日が暮れて、店に出勤するつもりでいたら、翔吾から電話が入った。
テツが撃たれたって言う。
ギクッとして、大丈夫なのか聞き返した。
すると、頭を撃たれて即死……って言った。
目の前が真っ暗になり、立っていられなくなってその場に崩れた。
「う、嘘だ、そんなの嘘だ、テツ……、死なねーって言ったじゃん」
『友也、聞け! やったのはトリップで働いてる青木という奴で、今争ってる奴らにそそのかされてやったらしい』
翔吾の声がスマホから聞こえる。
ゆっくりと耳に当てた。
『青木が……、そんな』
あいつ、俺に惚れただなんだと言ってたが、嫉妬……なのか? だとしてもこれはやり過ぎだ。
『青木はサツに逮捕された』
『そうか……』
めちゃくちゃ腹が立つ……。
なのに、あいつを責める気持ちにはなれない。
青木はたまたま利用されただけだ。
どのみち、狙われてた。
だから……テツは殺られた。
刺青、どうすんだよ。
まだ全然完成してないのに、俺を置き去りにして逝くのか?
『友也、今からそっちに行く、早まった真似はするな! テツは森先生のとこだ、わかったな、僕が連れて行くから、頼むからじっと動かずにいろ』
翔吾が叫んでいるが、もう答える気力がない。
「なあ、俺、信じねー……、生きてるよな? で、ポイント貯めて変態グッズを買うんだよな? ははっ……」
テツに話しかけた。
「友也、開けろ!」
ピンポンに激しくドアを叩く音、水野が叫んでいる。
「っの、馬鹿が! だったらこじ開けるまでだ」
なにやらガチャガチャやってるが、床にへたりこんで動けない。
「ニャー」
次郎長と次郎吉が、甘えて擦り寄ってきた。
「ああ、テツがな、殺られたって言うんだ、なあ、お前ら……信じられるか?」
2匹にも教えてやった。
「ニャ〜ン」
次郎長が返事をして、またスリスリしてくる。
「オラァーっ!」
ドアがバンッ! っと勢いよく開いた。
水野がドタドタと上がり込んできた。
「友也……、良かった、おめぇ……聞いたよな?」
「はい」
聞かれたから返事をした。
「矢吹の奴、お前の知り合いだから油断したんだ、左京連合の親玉はうちのもんがたまぁとった、死に損ないが余計な真似をしくさって……、畜生ーっ! つか、友也……、おめぇ大丈夫か?」
左京連合……今初めて聞いた。
「大丈夫じゃ……ないっす」
けれど、神経が痺れたように何も感じない。
「おい、しっかりしろ……」
水野は両肩を掴んで顔を覗き込んでくる。
「水野さん、俺……、信じたくない」
冗談抜きで信じたくなかった。
「ああ、そりゃそうだ」
「だけど、もし本当なら……、俺、生きてる意味ねー」
「馬鹿野郎! 俺らの稼業は死と隣り合わせだ、そんなのはおめぇだってわかってるだろ、いいか? 友也、お前はひとりじゃねー、俺や木下、姉ちゃんに蒼介、みんながいる」
水野の言う事はわかる。
わかるけど、辛すぎて耐えられない。
「俺はテツがいなきゃ駄目だ、テツじゃなきゃ駄目なんだ、一緒に馬鹿な事をやって、ゲラゲラ笑って……、今更、どう生きろって言うんだ? 俺はテツに無理矢理やられて、で、めちゃくちゃ可愛がってくれた、テツ無しじゃ生きられない、なあ水野さん、こんなのひでぇ! ムカつく!」
頭が混乱して水野に文句を言った。
「わかった、つれぇよな……」
水野は床に座り込んでグイッと引き寄せてきた。
「う……、水野さん、俺……」
いつかとおんなじシチュだ。
水野はギュッと抱き締めてくる。
「ああ、泣いていいんだぜ、我慢するな」
頭を撫でられて優しく言われたら、涙腺が一気に崩壊した。
「水野君……」
カオリの声がしたが、涙が止まらず、胸板から顔を離せない。
「カオリ、今こいつを離すわけにゃいかねー」
「ええ、わかってるわ、まさか矢吹さんが……」
水野の胸板を借りて、ただ泣いていた。
「水野、カオリも来てたのか、友也……」
翔吾がやってきたが、やっぱり顔はあげられない。
「若、矢吹はかかりつけ医んとこですか?」
水野が聞いた。
「そうだ……、病院に運ばれた時にはもう……、今から友也を連れて行こうと思ってな」
病院……レジオネラで入院したから、久しぶりって感じじゃない。
「そうっすか、若、友也をひとりにしちゃならねー」
水野は念を押すように言った。
「ああ、わかってる、友也、テツに会いに行こう」
翔吾が言ってきたが……。
「無理だ……」
死に顔なんか、拝みたくない。
最悪な事実を目の当たりにしても、ムカつくだけだ。
「友也、そんな事言うな、僕だって……辛い、テツは僕にとって母親みたいな存在だった、なのに……こんな……うっ」
翔吾は言葉に詰まって顔を背けたが、翔吾も胸に込み上げる物があるんだろう。
「若、とにかく行かねーと……、友也、矢吹はお前に会いたがってる、行こう」
代わりに黒木が言ってきた。
「友也、俺も一緒に行く、な、それならいいか?」
それを聞いて水野が聞いてきたが、水野はどこまでも優しい。
さっきは意地になって言ったが、テツと会わずにサヨナラするとか……そんな事が出来る筈がなかった。
「はい……」
カオリは自宅で待機する事になり、翔吾と黒木、水野に俺。
4人で部屋を出た。
「あ、友也、矢吹さんが……」
火野さん宅を通り過ぎようとしたら、姉貴が出てきて声をかけてきた。
「ああ舞さん、今から病院へ行くところだ」
翔吾は足を止めて答えた。
「そうですか……、あの若頭、友也を……よろしくお願いします」
姉貴は翔吾に向かって頭を下げて頼んだ。
「わかってる、じゃ、悪いが急ぐので」
翔吾は返事を返して再び歩き出した。
エレベーターで下に降りると、俺は翔吾の車に乗り込み、水野は自分の車に乗った。
後部座席に座ったら、黒木はハンドルを握ってアクセルを踏み込み、車は滑るように走り出した。
見慣れた景色は夜の闇に呑まれているが、2度とこの景色を共に見る事が出来ないなんて……想像すらしてなかった。
涙が滲み出し、街灯がぼやけている。
頭を撃たれて一瞬であの世いき……。
その時に何を思ったのか、考えただけで胸が痛くて張り裂けそうだ。
病院へ着くまで、誰とも話をしなかった。
病院へ着いたら、先生の家の周りには車が沢山止まっていた。
火野さんの車や寺島のもある。
重い足取りで診察室に入った。
「友也君……、来たか」
親父さんが声をかけてきたが、林に火野さん、寺島に松本、イブキ、ケンジ、ケビン……テツと親しくしていた人間が勢揃いしていた。
隅の方に竜治までいる。
「さ、前に……」
翔吾に促され、恐る恐るベッドのそばに歩いて行ったが、胸がズキズキ痛んで堪らなかった。
ベッドにはテツが寝ていた。
頭には包帯がぐるぐる巻かれていて、血に染まったシャツを着ている。
「あ……」
目はかたく閉じられ、血の気を失った顔をしているが……息をしてない。
──ガチで死んだ。
体の上で組まされた手には、指輪がダブルでハマっている。
「うっ……、テツ」
悲しみが溢れ出して止まらなくなり、テツに縋りついた。
「なんで死んだんだ、死ぬなよ……、馬鹿野郎っ!」
恥も外聞もなかった。
こんなに辛いのは生まれて初めてで、襲いかかる痛みが涙に変わっていた。
一心不乱にひたすら泣いていると、ふと背中に手が添えられた。
「友也君、君は矢吹の息子だ……、わしが責任を持つ、後の事は心配するな」
親父さんが言ってくれたが、俺はテツの体の上に突っ伏して、顔を上げる事が出来なかった。
「パパ、友也をひとりにしたら……きっとテツの後を追う、誰かつけて」
翔吾が心配して言ったが、正直、ありがた迷惑だ。
「翔吾……、大丈夫だ、人は……要らねー」
涙を拭って訴えた。
「そんな誤魔化したって無駄だ、君がテツの事をどれだけ思っていたか、嫌ってほどわかってる、後追いは無しだ、テツを失い……君まで失ったら、今度は僕が生きていけなくなる」
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