Snatch成長後編BL(完結)
92、guardian spirits
◇◇◇
爺さんからテツの事を聞いたが、やっぱり霊と言えばミノルだろう。
ミノルに協力をあおぎたいが、三上がちょくちょく占領している。
三上には霊能力があるわけじゃなく、霊そのものだし、爺さんもそうだ。
2人共、ミノルに惹きつけられてきたわけだから、ここはやっぱり本家ミノルに頼むのが確実だろう。
しかし、本家はたまにしか表れないので、兎に角ミノルを待つ事にした。
そして逝去53日目の今夜、店が休みになったので、俺は刺青を再開する事にした。
マリアが店長になって定休日は無しになり、その都度決める不定期制に戻った。
鮫島さんに連絡を入れて愛車の軽四に乗り込み、ハンドルを握ってアクセルを踏み込んだ。
テツの車の前を通り過ぎたら、胸がズキンと痛む。
爺さんは、死んだ事すらわからずに……さまよっていると言った。
そりゃそうだ。
俺だって、もし自分が突然死んだら、何がなんだかわからないと思う。
しばらく走って街の中心部を通り抜けた。
車通りが少なくなってきた。
あと10分位で着く。
そう思った時に、脇道から1台の車が飛び出してきた。
「うわっ、っぶね〜」
ぶつかりそうになって咄嗟にブレーキを踏んだが、脇道を通り過ぎた時にもう1台車が出てきて、俺の後ろについた。
後から出てきたのはぶつかりそうになったわけじゃない。
特に気にとめず、前の車に怒りを覚えながらアクセルを踏んだ。
すると、5分ほど走ったところで前の車がブレーキを踏み、テールライトが赤く光った。
「わっ、ちょっとー」
焦ってブレーキを踏んだが、危うくオカマを掘るところだった。
冷や汗をかいたが、前の車の挙動がおかしい。
繰り返しブレーキを踏み、俺はカマを掘らないように車間をあけたが、明らかにわざとブレーキを踏んでいる。
「そういうの、捕まるんじゃねーのか?」
煽り運転は禁止されてる筈だ。
ムカついていたら、前の車が完全に停車してしまい、仕方なく止まるしかなかった。
にしても……煽りをやるような奴にイチャモンつけられちゃかなわない。
バックして脇道へ入ろうと思ったが、後ろの車が邪魔だ。
にっちもさっちもいかなくなってしまったが、前の車から誰か降りてきた。
嫌な予感がして、ソッコーでロックをかけた。
ヤンキーみたいな若い奴がひとり、ガラス越しに顔を覗き込んでくる。
「おい、降りて来いよ」
自分が一方的に煽っておきながら、何故俺に絡んでくるのか……。
この手の奴らの思考は理解し難い。
だけど、後ろの車からも誰か降りてきて、そいつの横にやってきた。
「ビビってやがる、へへへっ」
「窓割っちまおうぜ」
2人はニヤニヤしながら話をしているが、窓を割るって……バカじゃねーのか?
「えっ……」
唖然としていると、リーゼントスタイルな奴が、棒のような物を窓に叩きつけてくる。
ゴツッ! っと鈍い音がしてガラスがミシッと軋んだ。
「ちょっ、マジかよ……、やめろ!」
本気で叩き割るつもりらしく、ロックを開けて外に飛び出した。
「へえー、勇気あるじゃん」
短髪なヤンキーが嘲笑って言ったが、一体何が目的なのかわからない。
「金か? 金が欲しけりゃくれてやる」
情けないが、俺にはテツのような戦闘能力は備わっておらず、ここは金を渡してさっさと退散して貰うに限る。
「金じゃあねーんだよな、お前をボコしにきた」
短髪がのんべんだらりと言ったが……。
「え……」
端からボコす事が目的だとしたら、誰かに依頼されてきたという事だ。
「ここらはよ、ちょうど民家が途切れる、コンビニもねー、更に車通りも少ねぇときた、おあつらえ向きな場所だ」
「じゃあ、あんたらは初めからそのつもりで……」
もしかしたら、小森の仕業かもしれない。
「ああ、逃げられねーように車をサンドイッチだ、おにーさんにゃ悪ぃが……、こっちへ来い!」
「わっ、ちょっと……」
リーゼントに腕を掴まれて、すぐわきの空き地に連れて行かれた。
もうこういうシチュにはうんざりを通り越してるが、今回は掘られるわけじゃなく、端から暴力だ。
空き地に来たら問答無用に殴られた。
カッとなって殴り返そうとしたが、短髪が背中を蹴ってきて、地面に倒れ込んだ。
すかさず入る蹴り……。
「ぐっ!」
2人はここぞとばかりに、腹や背中に蹴りを浴びせてくる。
「へっ、ちょろ過ぎ〜」
痛みに呻いて体を丸めるしかない。
「ううっ……、ぐっ」
口の中が切れて血の味がしたが、腹を蹴りあげられて体が転がった。
「なんだよこいつ、サンドバックじゃねーの」
「ヒャハハハッ、こういうのもいいな、スッキリするぜ」
2人は俺を痛めつけて楽しんでいる。
連続して入る打撃に、起き上がる事すら出来ない。
痛くて堪らず、腹を蹴られて吐きそうになったが、嵐が過ぎ去るのを……じっと耐えて待つしかなかった。
「おいてめぇら! っの、クソ共がっ!」
突如叫び声がした。
「ぐがっ!」
声がした直後に、リーゼントがぶっ飛んだ。
「はあ、はあ……」
体中のあちこちが痛くて息が上がったが、恐る恐る顔を上げてみた。
誰だかわからないが、ヤンキー2人をぶん殴って蹴りを浴びせている。
「なっ、なんだ、あんたは……、誰だ」
「うっせーっ! カス共、よくも友也を痛めつけてくれたな、あぁ"?こらーっ!」
ヤンキーをボコす男は俺の名を口にした。
この空き地は暗くて月明かりだけが頼りだが、腕をついて起き上がり、目を凝らして男をじっと見た。
「あ……、マサアキ?」
浮島に入隊したマサアキが、何故かここにいる。
しかも……俺を助けてくれた。
ヤンキーはしっぽを巻いて逃げ出し、よろつきながら車に乗って急発進させた。
俺の後ろに止まっていた車は、道からはみ出して俺の車の横を通り過ぎ、タイヤをキュルキュル鳴らして立ち去った。
茫然と見ていたら、マサアキがそばに歩いてきた。
「マサアキ……、あんた、どうしてここに?」
俺に恩を感じていたとしても、俺がここにいる事はわからない筈だ。
「ばーか……、なんの為に発信機をつけたと思う」
ニヤついて言ったが、この言い方……。
「え……?」
それに、マサアキは発信機の事を知らない筈だし、どのみち指輪は俺が持っている。
「友也、約束しただろ? 俺はお前を守ってやるって」
なのに、しゃがみこんで親しげに顔を近づけて言ってくる。
「はっ……、あ……」
「へへっ……」
悪戯っぽく笑ったが、まさか……信じられない。
「なんだよ、ポカーンとバカみてぇな面ぁして、悪かったな、先に逝っちまって……、銃声と同時に目の前が真っ暗になった、それから後は自分でもよくわからねー、夢ん中にいるような感じだった、で、つい最近撃たれた事を思い出した、だがな、記憶が曖昧になってる、そこであてもなく記憶を辿った、そしたら……こいつがうちのシマにいたんだ、お前が庇った奴だとわかったが、俺はお前がやべぇ事になってる事に気づいた、だからよ、一か八かやってみたんだ、そしたら上手い事体ん中に入れた、で、バイクを飛ばしてやってきたってわけだ、こいつはバイク乗りだからな、バイクは渋滞は関係ねー、間に合って良かったぜ」
マサアキだと思ったが、そばにいるのは……間違いなくテツだ。
「う……嘘みてぇだ……、テツ!」
思いきり抱きついた。
「ああ、すまねー、あんなみっともねぇ死に様晒してよ〜、俺は死にたくなかった、なのに……運命ってやつは残酷だ、友也、やっとおめぇに会えた」
「う、うん……、俺、鼻水垂らして泣きまくった、あんたが死ぬだなんて……、俺、会いたかった、ううっ……」
嬉しくて涙が溢れ出し、しゃくりあげて息が詰まり、ボコされた体が痛くて堪らなかったが……胸板に顔を埋めて顔を擦りつけた。
「あのな、さっきもチラッと言ったが、不穏な気配を感じた時……なんとかならねぇかって焦った、で、全身全霊でこいつの中に入ろうとした、そしたら……入れたんだ、ほんと言や、憑依出来るか自信はなかった」
「そうだったんだ、なあ……、そばに居てくれるんだよな?」
憑依するのは意外と大変なようだが、ようやく会えたのにサヨナラは嫌だ。
「そりゃ……そうしてぇ、けどな、こいつは浮島で部屋住みをしてる、マンションにゃ戻れねー」
「そんな……、なあ、マサアキから抜け出して一緒に暮らせねーか?」
一緒に暮らせるのなら、幽霊でも構わない。
「幽霊か……、霊体になってまだ間もねーからな、正直扱い方がわからねー、今だってよ、抜け出し方がわからねーんだ」
「え……そうなんだ……」
憑依も抜け出す事も、どっちも簡単にはいかないようだ。
「まあ〜でもよ、お前を助ける事ができたし、俺はしばらくこのままでいるわ」
「じゃあ、田上組長の屋敷に行けば、あんたに会えるんだな?」
「ああ、そうだが、こねぇ方がいい、あの親父はまだお前に目をつけてる、万一なにかやらかしたら事だ」
「あ、うん……、だけどさ、なんとかする、ほら、俺は日向さんと親しくなったし」
一緒に暮らすのが無理なら、何としてでもテツに会いに行く。
「おお、そりゃ奴に頼みゃなんとかなるかもしれねーが、とは言っても田上は組長だからな、無理を通そうと思や、好きな事が出来る、浮島はうちとは違うからな」
浮島の事はよくわかっている。
それよりも、俺は心配な事がある。
「うん、その辺は俺も知ってる、なあテツ……、成仏していなくなったりしねぇよな?」
爺さんは成仏させてやれと言ったが、爺さんだってまだとどまってるんだ。
三上と同様に、テツにもいて貰う。
「成仏? 冗談じゃねー、俺はおめぇを守らなきゃならねぇんだからな、マサアキの体を借りる、そもそもこのマサアキって奴はお前を拉致ったんだ、俺はわりぃとは思わねー、だからな、俺は霊になった事を隠す、下手にバラしてお祓いされちゃ堪らねぇ、お前も内緒にしてくれ」
「うん、わかった、誰にも言わねー」
テツは三上と同じような状況になったが、まだ霊体の扱い方がわからないと言ったし、この先抜け出す事が出来るようになるかもしれない。
「友也……」
マサアキの手が頬に触れてきた。
「ん……」
テツとは似ても似つかぬ顔が近づいてきたが、求め合うように唇を重ねていた。
器はマサアキでも、やり方はテツそのものだ。
本来ならこんな場所でキスをするのは躊躇するが、今は周りの事などどうでもよかった。
抱き締めた体はテツと比べたらやや頼りないが、さっきヤンキーをボコした時は、マサアキには無い圧倒的な強さを見せつけた。
温もりが伝わり合うと、とてつもなく大きな安心感に包まれる。
これぞ……テツだ。
俺は身震いするような喜びに包まれていた。
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