Snatch成長後編BL(完結) 89、Fond Dream ◇◇◇ テツを亡くして11日目の今夜から、シャギーソルジャーに出勤する事にした。 いつまでも翔吾に甘えてるわけにはいかない。 マリアは引き継ぎを終了し、店長として頑張ってるようだ。 また、俺が休んでいた時に、マネージャーとしてイブキが働いてたらしい。 イブキに悪いと思って電話をしたら、『凄く楽しかったし、またお願い』と、頼まれてしまった。 店に行ったら、ミノル兼三上がいきなり抱きついてきた。 「友也〜っ!」 「わ、わ……、な、なんっすか?」 びっくりしたが、勢いよく飛びついてきたので、足元がよろついた。 「心配したぜ〜、おめぇが死んじまうんじゃねーかと思ってよ」 柄にもなく、悲痛な面持ちで言ってくる。 「……生きてます」 『大丈夫です』とは言えなかった。 「あの矢吹が……、あいつしぶてぇからよ、こんなあっさり逝っちまうとは思わなかった」 「実は……怪我したりしてたんです」 「そうか、奴は一本気っていうか、まっすぐなとこがある、自分が正しいと思う事は頑なに貫くんだ、だからよ、無駄に恨みを買いやすい、狙われたのはそういう事だろう」 「ですね……、無駄に恨みを買うのは……当たってるかも」 「俺はおめぇがやべぇと思ってた、よかった……」 「ミノル君、俺がついてるから大丈夫だ」 ケビンが俺の隣で言ったが、翔吾の指示でまだ見張り役を継続中だ。 店にもついてきている。 「ん、ケビンがくっついてるのか?」 「ああ」 「おいケビン、友也に手ぇ出してねーだろうな」 三上は頭ごなしにケビンを疑った。 「ははっ、ああ、なにも」 ケビンは笑顔で答える。 「本当か?」 三上は真下からじっと睨みつけて聞いた。 「そりゃ、手を出したい気持ちはあるよ、だけど、それをやったら兄貴に申し訳ない、さすがに……それは出来ないよ」 ケビンは目を伏せて言ったが、やっぱりテツに悪いと思ってるらしい。 「そうか、そう思ってるなら嘘じゃねーだろう、わかった、それならいい」 三上は信じたらしいが、思いっきり上から目線だ。 「ははっ……、今夜のミノル君は偉そうな方か、掃除、手伝おうか? ただくっついてるだけじゃ退屈だ」 ケビンはムキになる事はなく、むしろ、ミノルの変化を面白がっている。 「ああ、じゃあな、先にやっててくれ、俺はレジを開けてくるからよ」 俺はひとことも頼んでないのに、三上はレジをやってくれるらしい。 三上がタッタッタッと走り去るのを見送ったが、俺は掃除の前にマリアに挨拶しようと思った。 「ケビン、ちょっと店長に挨拶してくるから」 「ああ、俺も行くよ」 ケビンもついてきて、一緒に店長室に行った。 ノックをして中に入ったら、マリアがデスクに向かっている。 「マリアさん、いや……、店長、これからお世話になります」 「友也君……、待ってたのよ、こっちへ来て」 マリアは悲しげな表情で言ってきた。 「はい」 ケビンと一緒にそばに歩いて行った。 「ケビンがついてるのね?」 「ええ、そうです」 「あなた……、矢吹さんがあんな事になって、さぞショックだったでしょ?」 「はい……、それは」 「ほんとに……急な事で、気の毒としか言いようがないけど……、よく耐えたわね」 マリアは見抜いている。 「はい、なんとか生きてます」 テツはあの世に逝ってしまい、今頃どこにいるのかわからないが、残された俺は鉛を抱えて生きるしかない。 「ほんとに……酷いわ」 マリアはスっと立ち上がると、俺を抱きしめてきた。 「神も仏もないのかしら……、あなた達のように純粋に愛し合ってる者を……こんな形で引き裂くなんて、あたし……泣けてきちゃう」 「あの……はい、長い間休んでいたのに、そんな風に言ってくれて、有難いです」 「なに言ってるの、君の代わりは若頭がちゃんと手配してくれたわ、いいのよ、そんな事は……、ね、無理しないで」 「はい……、ありがとうございます」 長いこと休んでいたにも関わらず、俺の事を気遣ってくれて……本当に有難い。 「あの、それじゃあ……、店長、俺は仕事に戻りますので」 感謝の気持ちを込めて頭を下げて言った。 「ええ、なにか困った事があったら言ってちょうだい」 「はい、わかりました」 ケビンと一緒に店長室を出た。 「じゃ、掃除だな、っとー、ロッカーはあれか」 「あ、俺が……」 「いや、かまわない」 ケビンはロッカーに掃除道具を取りに行ってくれた。 みんなが俺に優しくしてくれる。 多分、テツを失って可哀想だ、気の毒にって……そう思ってるんだろう。 俺はみんなに同情されて甘えている。 かっこ悪い……。 「はい、モップ」 「あ、ごめん」 ケビンからモップを受け取って掃除を始めた。 指輪は2つ共つけたままだから、モップの棒を握るとカチカチ当たる。 誰もチェックする事のない発信機。 用が無いんだから外せばいいんだが、もしかすると、テツがどこかで俺を見ていてくれるかも。 三上や爺さんみたいに、幽霊になって出てきてくれたら……俺は泣いて喜ぶのに。 けど、きっとそう都合よくはいかないんだろう。 テツは霊感ゼロだった。 あてのない期待を抱くのはやめた方がいい。 余計に悲しくなるだけだ。 タッタッタッと足音が聞こえ、三上が走って戻ってきた。 「おう、レジは開けてやったからな、ちょい待て、バケツに水を汲んでくる」 三上はいつもと変わらず、張り切って動き回る。 活気に満ちた様子を見たら、不思議と気持ちが癒された。 仕事は特に問題なくやれた。 ケビンが手伝ってくれるし、俺は楽ができる。 シェイカーを持ってカクテルを作るのを見たら、そのままバーテンダーになれそうだ。 賑やかな音楽が流れ、ショータイムが始まった。 カウンターの中からショーを眺めていると、能天気に過ごしてた時と同じ気分になれる。 酒を作り、レジを打ち、客を見送る。 洗い物をして、棚に並んだ酒瓶をチェックして、盛り上がる客席を漠然と見回す。 店が閉店するのを待って最後の仕事を済ませたら、店長に挨拶してケビンと共に帰途についた。 帰宅後にテツがいてもいなくても、俺は無事戻る事を信じて疑わなかった。 当たり前の日常が、当たり前にあると思ったら大間違いで、そんな事はわかっていた筈だ。 けれど、めちゃくちゃ会いたいのに……もうテツは戻ってこない。 『テツ……、会いてぇ、なあ、夢でもいいから出てきてくれ、頼む、あんな急に……ひでぇじゃん、俺は確かに浮気したかもしんねー、でもさ、マジで好きなのはあんただけで……あんたの事、死ぬまで大事にしようってそう思ってた、なあ、俺もそっちに行っていいか? 行きたい、死ぬのは怖ぇ、でも……あんただっていきなり死んだんだ、だったらできる気がする、そりゃわかってる、俺はひとりじゃねー、なのに……我慢できねー位寂しい、テツ、なんか言ってくれ、頼むから……』 ケビンの運転する車に乗り、暗い夜の景色を見ながら……心の中でテツに向かって呟いた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |