Snatch成長後編BL(完結)
83
◇◇◇
翌日、昼を過ぎて琴里が迎えに来た。
マンションの横の道路に止めているが、端に寄ってるから問題はない。
「マネージャー、どうぞ、隣に乗ってください」
琴里が窓を開けて言ってきた。
「うん、じゃあ、お邪魔します」
助手席側に回り込んで車に乗り込んだ。
「ふふっ、マネージャーとこんな風に会うのは初めてで、なんだか照れちゃう」
「ああ、そうだな……」
琴里ははにかんだ笑みを浮かべて言ったが、ワンピースにカーディガン、セミロングの巻き髪……まだ20歳前半だし、可愛い女の子って感じだ。
ニューハーフだとか、言わなきゃ絶対にわからない。
「えっと〜、あたしがよく行くカフェがあるんだけど、そこでいいかしら?」
「ああ、構わない」
テツはヤキモチを焼いていたが、そんな事は起こりそうもなく、めちゃくちゃ爽やかな雰囲気だ。
「あの……、こんな事を聞いていいかわかりませんが……矢吹さんとはいつからの御付き合いなんですか?」
ハンドルを握りながら、こっちをチラ見して聞いてきた。
「俺がまだ高3だった時からだ」
「へえー、じゃあ……20年はいかないけど、かなり長いんですね」
「ははっ、ああ、そうだな……」
同性だし、昔は……いつか壊れてしまいそうな危うさを抱えていた。
だけど、テツは変わらなかった。
俺だけじゃなく、蒼介をはじめとして、俺の家族を物凄く大事にしてくれる。
テツは親身になって翔吾の面倒をみてきたが、きっと庇護欲求が強い人間なんだと思う。
自分は散々な生い立ちでボロボロに傷ついてきたのに、むしろ、それが良い方向へ転んだ。
傷ついた分、家族というやつをとても大切に考えている。
「凄いな〜、ヤクザ屋さんって……普通はあの小森店長みたいな人が多いと思う、人の弱みにつけ込むのが上手い、でも中にはいい人もいる、あたしね、シャギーソルジャーが霧島組の持ち物だって知った時、正直言うと……大丈夫かな? って思ったの、だって、水商売をやってると色んな噂を聞くし、悪いヤクザがついてる店だと、売春をやらされたりするらしいわ、でも……小森店長の事で、霧島組は違うってよくわかった」
「うん、そうだ、霧島組は違う、絶滅危惧種じゃないかな、俺はテツだけじゃなく、霧島組のみんなの事が好きだ」
テツが俺の家族を大事にしてくれるなら、俺は霧島組のみんなを大事にしたい。
霧島組という一家は、テツが初めて得た家族だからだ。
「そうなんですね、マネージャーはきっとよく知ってらっしゃる、あたしも、シャギーソルジャーの為に頑張って働きます」
「ああ、ありがとう、君は売れっ子だからね、小森店長には酷い目にあわされたと思うが、嫌な事は忘れよう、お互いに……」
「はい、そうします、弟にはもう2度と変なサイトを見たりしないように、しっかり叱っておきます、今は手軽にスマホで見られるから、危ないですね、小森店長が裏で絡んでるサイトだったらしく、それでまんまとお金を騙し取られてました」
「悪い奴はいくらでもいるから、用心した方がいい」
「はい、気をつけます」
世の中は一見平和に見えて、生き馬の目を抜くような輩もいる。
悪い奴は小森だけじゃない。
暫く走ってカフェに着いた。
こじんまりとした店だ。
車から降りて店に向かったら、琴里がそばに寄ってきた。
「あの、腕、いいですか?」
なにかと思えば、不意に聞いてくる。
「あ、ああ……」
腕を貸す位どうってことない。
差し出すように腕を広げたら、嬉しそうに腕を絡ませてきた。
「ありがと、ふふっ……」
腕を組んで店に入った。
「いらっしゃいませ、あ、琴里ちゃん」
木のぬくもりを感じる小洒落たカフェだったが、オーナーらしき男性が琴里に話しかけてきた。
親しげな様子から、本当に行きつけなんだな……と思った。
「マスター、こんにちは」
「今日はお連れさんと一緒なんだね」
「ええ、ふふっ」
琴里はニッコリと微笑んで頷いた。
「なんだ、いい人いたんじゃないか、がっかりだな〜」
マスターは冗談っぽく言ったが、その言葉に本心が含まれているのかどうか……俺には判断できなかった。
「えへへ」
琴里は笑って否定しなかったが、俺の事を恋人だと思われても、別に構わないらしい。
「矢吹さん、あの席に座りましょ」
しかも、俺の事を名前で呼んだ。
「ああ……」
琴里が何を考えてそんな態度をとるのか、それも俺にはわからないが、たいした事じゃないし、一緒に窓際の席に歩いて行った。
「ははっ、どうも……」
マスターはすぐにやって来ると、軽く頭を下げて水とおしぼりを置いた。
「矢吹さん、何にします?」
琴里はメニューを開き、真ん中に置いて聞いてくる。
「あ、そうだなー」
昼飯は食ったし、急に甘いもんが食いたくなった。
「じゃあ、ケーキセットかな」
「あっ、甘い物が好きなんだ、へえ、じゃあ、あたしもそれにする、マスター、ケーキセットを2つお願いします」
琴里も同じ物に決めてマスターに言った。
「はい、承知致しました、しかし……琴里ちゃんに彼氏がいたとはね、そうか……」
マスターは注文を受けると、ぶつくさ言いながら厨房に向かって歩いて行く。
やっぱり、完全に彼氏だと思っているらしい。
隅の方でテーブルを拭く若いウエイターがいるが、琴里は顔馴染みの客だから、マスター自らが注文を聞きにきたんだろう。
「ふう……」
琴里は頬杖をついて溜息をついた。
せっかく誘ってくれたのに、何か話さなきゃマズい。
「琴里は偉いね、弟さんを養ってるんだろ?」
この機会に弟の事を聞いてみた。
「うん、あたしが大学生だった時に両親が他界しちゃって……、母さんが脳の病気で突然死、それから間もなく……父さんが交通事故の被害者に……、不幸って重なるんだね、あたし……学校をやめて働く事にしたの、保険金があるから通えない事はなかったんだけど、あたしは〜オカマになっちゃったし、大学出ても意味ないの、でも……弟はまともに生きてる、だから、ちゃんと学校を出た方がいい、ただし〜、手術だけはその時にしたの、女として生きて行こうって思って……、初めは違うお店で働いてて、その後でシャギーソルジャーに面接に行ったら……うかったの、シャギーソルジャーは給料がいいから〜嬉しかった」
琴里は予想以上に打ち明けてくれた。
今までは俺が話しかけても返事をする程度だったのに、小森の件で距離が縮まったのかもしれない。
「そっか、シャギーソルジャーを気に入ってくれて、よかったよ」
他の子も可愛いが、琴里は稼ぎ頭と言ってもいい位、ニューハーフとしては相当美人だ。
そんな子に頑張って貰えれば、マネージャーとしては有難い。
店内を見回したら、客は他にも2組ほどいたが、ウエイターは暇そうにしている。
なのに、マスターが直々に運んできた。
「はーい、お待たせ」
「すみません」
ケーキと珈琲を目の前に置いてくれたので、ひとこと返した。
「いーえ、どういたしまして、当店のチョコケーキはフランス産のチョコを使ってます、チョコと言えばベルギーですが、フランス産も美味しいのがあるんですよ、これはブラックチョコ使用で、中にはベリーやクルミ、ビーツが入ってます、ベリーやビーツはアンチエイジングに効果ありで、ヨーロッパではよく食べられてます、どうぞ召し上がってみてください」
オーナーはケーキについて説明したが、ベルギーだろうがフランスだろうが、うんちくはどうでもいい。
「はい、じゃ、いただきます」
チョコケーキは好物なので早速頂く事にした。
「美味しそう」
琴里もフォークを持って食べ始めた。
ひと口食ったら……激うまだ。
しっとりとしたスポンジの間にチョコムースが挟んであり、リキュールの香りとビターなチョコ、こくのある生クリームにクルミの香ばしさ……。
美味すぎて鼻水が出てきた。
「いかがですか?」
オーナーは感想待ちをしていたらしく、トレーを小脇に抱えて聞いてくる。
「めちゃくちゃ美味いっす……」
鼻をすすりながら答えた。
「それはよかった、このケーキは某ケーキ屋に頼んで特別に作って貰ったんで、食べた感想を聞きたかったんです」
「そうですか、いや、かなり美味しいですよ、自信持って売り出せるレベルです、入り口んとこに立て看板を置いて、アピールしたらどうっすか?」
こんなに美味いケーキをひっそり出したんじゃ勿体ない。
「そうか……、その手があったな」
「あの、ケーキだけじゃなく、他にも『これは』っていうメニューがあれば、書いて出したらいいと思います、黒板やホワイトボードみたいな書いても消せるのが便利です」
「ああ、いいね、それやってみよう、いい事を聞いた、じゃ、私はこれで……、どうぞごゆっくり」
オーナーは頭を下げてカウンターの方へ向かったが、カウンターの奥が厨房になっている。
「ふふっ、オーナー喜んでる、あのね、実は……あたし、オーナーから誘われてたの」
琴里は声を潜めて言った。
「あ……、そうなんだ」
「でもね、あたし、ちょっとタイプじゃなくて」
「そっか……」
それで彼氏のようなふりをしてみせた。
なるほど……理由がわかった。
「ごめんなさい、勝手に利用して」
「いや、かまわない」
このクオリティのケーキなら、お気に入りになって当然だ。
もしマスターの誘いを断わったら、後々来づらくなる。
「ふふっ、でも満更でもないかな〜、マネージャーカッコイイし、年より若く見える」
「え、ははっ……、参ったな〜、そんなに褒めたら図に乗るだろ?」
「ほんとですって、あたし、マネージャーなら付き合ってもいい」
「おいおい……、ははっ、冗談はやめろって〜、オッサンをからかっちゃ駄目だ」
褒めてくれるのは嬉しいが、そういうのは冗談抜きで無しだ。
「ほんとですよ、でも〜、矢吹さんが怖いからやめときます、たまにお店に迎えに来てますよね、やっぱり凄いな〜、そんなに長い間、ずーっとラブラブでいられるなんて、羨ましい」
その辺りはよくわかっているようで安心したが、これだけ可愛かったら誰か寄ってくる筈だ。
「琴里は彼氏いるんだろ?」
「彼氏ですか〜、うーん、いたりいなかったり……、今はフリーです」
「そうか……」
それなりに付き合いはあるようだが、決まった相手はいないらしい。
「長続きさせるのって難しい、初めは上手くいっても、段々慣れてくると〜やっぱり飽きるのかな、話す事もなくなるし、自然消滅しちゃう」
「それって普通の男女でも言える事だよ、マンネリってやつ、でもさ、俺、思うんだけど……、マンネリ化して空気になっても、気にならずに一緒にいられる、それが本当なんじゃないかなって、だってさ、人間はみんな同じ事の繰り返しで生きてる、逆に言えば……目新しい事が毎日ある方が異常なわけで、毎日同じような事をして同じ台詞を言う、それを退屈だとか、つまらないと思う人は独身を貫くしかないと思う、飽きる飽きないじゃなく、一緒にいる事が当たり前で普通で、それこそ空気にならなきゃ……、ほら、空気はなくてはならない物だろ? 無くなったら死んじゃうし」
「あははっ、マネージャー、おもしろーい、そうだね、空気は必要だよね」
琴里はケラケラと笑ったが、彼女はまだ若い。
「君はまだまだこれからだよ、必要不可欠な人に出会えるといいね」
これから沢山恋をして、怒ったり笑ったりしながら毎日を過ごす。
いつか、『この人は……』って相手に巡り会えた時に、俺が言った事をほんの僅かでも覚えてくれていたら……。
そんな事を考えながら美味いケーキを完食し、珈琲に砂糖とミルクを入れて、スプーンでグルグルかき混ぜる。
珈琲は珈琲牛乳みたいな色に変わったが、口に含めば、ちゃんと芳ばしい香りが主張してくる。
セットの珈琲だし、さほどいい銘柄じゃないと思うが、さすがはカフェというだけはあると……どうでもいい事に感心しながら珈琲を飲み干した。
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