Snatch成長後編BL(完結)
80、刺青
◇◇◇
金曜日の午後、翔吾と黒木が部屋にやってきた。
遊びに来たわけじゃなく、俺が刺青を入れに行くから、見学を兼ねて鮫島さんと話をする為だ。
だから、今日は時間に余裕を持って来ている。
マリアは店長になって貰う事になった。
暫くは翔吾から色々と教わらなきゃならないが、これでシャギーソルジャーは安泰だ。
車2台で行っても仕方ないので、翔吾の車に乗せて貰う事になった。
黒木が運転手だが、予想通り浮かない顔をしている。
刺青はこの稼業じゃ珍しくもないが、黒木は意外にもごくふつーのお堅い家で育った人間だから、地味に抵抗があるのかもしれない。
鮫島さんちに到着したら、ガレージに車をとめさせて貰い、玄関から家の中に招かれた。
墨を入れる部屋は前とそんなに変わってなかったが、家具類や敷物は変わっていた。
「ああ、まあ、座ってくれ」
「はい、じゃあ失礼します」
促されてソファーに座った。
翔吾と黒木とは向かいあって座ったが、鮫島さんは棚から紙を出してきた。
「これが近いと思うんだが、まあ、見てくれ」
どうやら図柄の見本らしいが、鮫島さんは紙をテーブルに置くと、飲み物を用意するから座っててくれと言って、部屋を出て行った。
3人で鷹の絵を眺めた。
「へえ、これを彫るのか」
翔吾は興味津々って感じだが、飛翔する鷹は両側から向き合い、鋭い目つきで睨み合っている。
今にも襲いかかりそうな雰囲気だ。
これが両肩に入る形になるが、テツから聞いた通り、勇猛な姿をした鷹だった。
「どうかね、わしはこれでいこうと思うんだが」
鮫島さんが戻ってきて、俺達の前にグラスを置きながら聞いてきた。
「いいっすね、はい、気に入りました」
「それでな、今回は手彫りでやってくれと言われてる、友也君、手彫りだと時間がかかるが、構わないか?」
手彫りは聞いてなかったが、テツが決めた事ならそれで構わない。
「はい、大丈夫です」
「そうかい、じゃあ君はそれでいこう、それから……龍の方も出してくるからちょっと待ってくれ」
鮫島さんは棚の所に歩いて行くと、別のファイルから紙を数枚引き抜いた。
戻って来て俺の隣に座り、テーブルの上に紙を並べる。
何枚もあるが、全部龍の図柄が描かれている。
「お〜、パターンが沢山あるんだな〜」
龍の上半身と言っていいのかよく分からないが、上半身がアップになったやつや、全身が描いてあるやつ、2頭が絡み合ってるやつとか色々だ。
翔吾は紙を手に取って見ている。
「翔吾、どれにするんだ?」
「うーん……、迷うな〜、アップになったのもいいけど……、全身のやつも悪くない」
どれも見栄えのするデザインだから、迷うのはわかる。
しかし……その横で、黒木がどよーんとした暗い表情をして、そっぽを向いている。
「黒木さん、一緒に選んであげたらどうですか?」
「あのな……、いい、見たくねー」
完全に拗ねている。
「黒木はな、刺青は嫌いなんだ、親から貰った体に傷をつけるのはよくねぇって、頑固ジジイみたいな事を言う」
「じゃあ、翔吾さ、部屋を一緒にしたら? いつまでもテツのいた座敷じゃ、黒木さん可哀想じゃん」
鮫島さんがいるが、俺とテツの事を知ってるし、アバウトに話せば別に構わないだろう。
「黒木、どうなんだ? 一緒なら機嫌直すのか?」
「そりゃ……はい、嬉しいっす」
黒木は不貞腐れた顔でボソッと言った。
「全然嬉しそうじゃねーな」
「まあ、いいじゃん、部屋はそうするのがいいって」
翔吾は不満げだが、部屋はどのみちそうしなきゃ、さすがに黒木が気の毒だ。
「うん、まあ〜、わかったよ、全く〜我儘な部下だな」
部屋の事を承諾してくれてよかったが、黒木はまだ意気消沈している。
俺は自分が墨を入れてるし、龍の絵を見たらカッコイイと思うが、黒木はテツと同い年なのに、テツとはまったく正反対だ。
惚れた相手が墨を入れるのは嫌なんだろう。
だけど、鮫島さんが出した絵はどれも素晴らしい。
何枚もある図柄をじっくりと見ているうちに……ふといい事を思いついた。
「あの〜、俺は……2頭いるやつがいいと思う、黒木さん、この龍の片方をあなただと思ったらどうっすか? この龍は2頭が絡み合って天上を目指してる、いいイメージだと思うんだけど」
鮫島さんの前だからややぼかして言ったが、多分、ニュアンスは伝わったと思う。
「ん……、おお、これか」
黒木は興味を示し、初めて龍の絵を見た。
「うん、悪くない、僕はいいと思う、なあ黒木、お前はやっぱり嫌なのか?」
翔吾は気に入ったらしく、黒木に問いかける。
なんだかんだ言っても、黒木の事は気になるらしい。
「あ、いえ……、若が決める事です、俺がとやかく言える事じゃありませんが、あの……これなら悪くねーと思います」
黒木はこの図柄なら許容できるようだ。
「じゃあ、これに決める、鮫島さん、これでよろしく」
翔吾は鮫島さんに言ったが、無事図柄が決まってよかった。
「わかりました、じゃあ、今日は鷹の方を先にやりますんで」
いよいよ施術だ。
「背中と腕、どっちを先にやるんですか?」
「腕だな、腕と言っても胸にかかるから、そっちの筋を済ませた後で、後ろとのバランスを見ながら額だ」
「じゃあ……、向こうへ行きましょうか?」
「そうだね、仰向けに寝て貰って、今日は右側だけいこう」
「わかりました」
窓に近い場所にストレッチャーみたいな簡易ベッドがある。
そこへ行って上半身裸になり、ベッドに上がって仰向けに寝た。
鮫島さんは道具を積んだワゴンを持ってきた。
まず剃毛して肌の消毒をする。
消毒が済んだら転写だ。
鮫島さんはこれでOKか図柄を確認してきたが、特に問題はない。
OKしたらその後で彫っていったが、筋は……やっぱり痛い。
ペンのような道具が突き刺さり、肌を切り裂いていく。
「う……くっ」
しかも機械と違ってスローだから、尚更痛みが堪える。
「友也、大丈夫か?」
翔吾が心配している。
「うん……、大丈夫だけど、痛てぇ、ハハッ……」
俺は刺青経験者なのに……情けない。
笑って誤魔化したが、痛みで顔がひきつる。
「ああ、坊ちゃん、それにお付きの方、椅子を持ってきて座っててください、いけるとこまでやりますんで、まだ時間がかかります」
鮫島さんが気を使って言った。
「若、椅子を持ってきます」
黒木が椅子を取りに行ったが、部屋の隅に丸椅子が重ねて置いてある。
2人はベッドのそばに椅子を置いて座って見学したが、俺はひたすら我慢するのみだ。
「うぅっ……」
「うわ、痛そう、背中がゾクゾクするよ」
翔吾はスマホで写真を撮ったりしていたが、見ているうちに痛みが乗り移ったらしい。
「若、今ならまだ間に合います、やめた方がいいっすよ」
黒木は性懲りも無くまだ言っているが、鮫島さんは胸をやり始めた。
これが……めちゃくちゃ痛い。
「ううーっ! い、いってぇ……」
「胸は痛てぇが、出来るだけ早く済ませようと思う、ちょいと我慢してくれ」
鮫島さんが言ってきたが、頷くのが精一杯だ。
「と、友也……」
翔吾は動揺している。
「ほら、若、友也は相当苦しんでる、見てくださいよ、マジで痛そうだ、ね? これを見りゃよくわかるでしょう、こんなのやめましょうや」
黒木は人が苦しんでるのをダシにして、ここぞとばかりに言った。
「そうはいくか、もう決めたんだ、あんまりしつこいと部屋を無しにするぞ、いいのか? お前は永久にテツがいた座敷だ」
翔吾はうんざりした顔で脅す。
「えっ、ちょっと待ってください、そいつはちょっと……」
黒木は急に弱腰になった。
「だったらもう言うな」
「へい……」
俺は2人の痴話喧嘩を見ながら痛みと戦っていたが、翔吾の脅しがきいたらしい。
それから後、黒木は黙って成り行きを見守っていた。
「う"ーっ! っあーっ!」
「あっ、そうだ、友也、手ぇ握っててあげる」
呻き声をあげていると、翔吾が思いついたように言って手を握ってきた。
少しは気が紛れるから……助かる。
「くうーっ! ひいっ!」
とは言っても、やっぱり声は出る。
「友也、頑張って」
翔吾は両手で手を握って励ましてきた。
額に脂汗が滲み、歯を食いしばって耐えてるうちに、右側の筋彫りが終了した。
「よーし、筋はできた、ボカシを入れていこう」
「はあ……」
まだ反対側があるが、終わってみれば……なんて事なかった。
「ちょっと座ってくれるかな? その方がやりやすい」
「わかりました」
痛みを覚える度に力んでいたせいで、起き上がったら関節が痛んだ。
「ちょいと休憩しよう、わしも年だからな、腰が痛む、はははっ、ちょっと待ってくれ、飲み物を持ってくる」
だけど、鮫島さんも疲れるようだ。
高齢の域に入るから彫り師の仕事も負担になるらしい。
「黒木、お前も手伝ってこい」
翔吾が気をきかせて言った。
「へい、わかりやした」
黒木は軽く頭を下げて立ち上がり、鮫島さんの後について廊下に出た。
「血は出てないけど……、赤く腫れてるね」
翔吾は入れたてホヤホヤの刺青を見て言ったが、眉を顰めて痛そうな顔をしている。
「うん、やっぱり傷をつけるから多少は腫れる、汁が出たりするからさ、膿んだりしないように気をつけなきゃマズい」
「そっか、何か貼ってくれるの?」
「ああ、保護シートを貼って帰る」
「友也、背中の時は怖かっただろ?」
「うん、怖いし、痛すぎて涙が滲んできた」
「だろうな、僕、耐えられるかな〜、泣いたらカッコがつかないよ、ははっ」
自分からやると言い出した事だが、肌を傷つけるわけだし、やっぱり不安なんだろう。
「まあ、やっぱ痛てぇのは覚悟するしかねーな」
「だよな……、覚悟しなきゃな」
翔吾と話をしていたら、2人が戻ってきた。
「ああ、待たせたな、あのな、ジュースはパックのやつだが、グラスだと零れたりして面倒だからな」
「若、どうぞ、ほら、友也も」
黒木がブリックパックのジュースを渡してくれた。
「すみません」
ジュースを受け取り、ストローをさして飲んだ。
鮫島さんは元通り椅子に座ったが、道具をゴソゴソ弄っている。
ぼかしと言ったから、道具を変えるんだろう。
プチ休憩タイムを挟み、再び刺青タイムに突入した。
ぼかしはちょっとはマシな気がしたが、痛みは蓄積される。
痛い+痛いで痛いのがMAXになると、めちゃくちゃ痛む。
「ぬ"あーっ! の、のおーっ!」
「若、友也、外人になってますぜ」
「外人なんか珍しくもないだろう、うちにいるんだからな」
「そうっすね〜、ケビンは日本人の血が入ってるらしいですが、見た目はまるっきり白人っすね、唯一、ラーメンと餃子が好物なのが日本人らしいとこっすね」
「ああ、あいつは一応日本人だが、日本初の白人ヤクザだろうな、いいんじゃないか、アジアンよりは遥かにマシだ、イケメンだしな」
翔吾は手を握ってくれているが、この状況に慣れたのか、呑気に話をしている。
「そうっすね、うちは比較的美形が多い、まあ〜、おやっさんの趣味が入ってそうなるってのはありますが」
黒木は美形だなんだと言っているが、また痛い+痛いが溜まってきた。
「ぬわぁーっ!」
「あっ、友也……、大丈夫か?」
翔吾はようやく気づいてくれた。
「あの……、定期的に痛みがくる、だから……ごめん」
驚かして悪いが、叫ばずにはいられない。
痛みのヒットアンドアウェイを繰り返していたが、座っているので力みやすい。
叫びながら力んだら、痛みが放散される。
そんな事を繰り返していると、鮫島さんが手を引いた。
「ふむ、今日はここまでにしよう」
どうやら終わったらしい。
「あ……、終わったんっすか?」
これで痛みから解放される。
「おお、鷹に色が入ってる」
黒木が墨をまじまじと見て言った。
「ほんとだ、やっぱり色が入ると綺麗だね」
翔吾もじっと見ているが、確かに……色が入った途端、まるで命が吹き込まれたかのように、鷹がイキイキとしてくる。
というか、鮫島さんの腕が一流だから、目をひくような刺青が出来上がるんだと思う。
「あの鮫島さん、まだ暫くは通わなきゃいけないと思いますが、お世話になります、背中の鷹は……俺にとって自慢の鷹です」
浮島に監禁されていた時ですら、みんな背中の鷹だけは褒めていた。
「ああ、背中はマシンでやったからな、しかし、気に入ってくれてるなら、彫り師冥利に尽きるってやつだ」
「鮫島さん、僕は次回は友也とは別になるが、また予定を調整して連絡する」
「ああ、いつでも言ってください、最近はネットで宣伝する若い彫り師が客を集めてる、わしらのようなネットに疎い人間は損だな、ただ、昔から馴染みのあるお客さんは、今でもわしに声をかけてくれる、霧島さんもそうだ」
「派手な宣伝をしても、腕が伴わなきゃ意味がない、僕は鮫島さんは一流だと思ってる」
翔吾も鮫島さんの腕は確かだと思っているようだ。
「そうかい、坊ちゃんがそんな風に言ってくれりゃ、わしは本当に嬉しい」
それから少しの間、4人で話をしていたが、俺は墨を入れた箇所に保護シートを貼って貰い、翔吾と黒木の3人で鮫島さん宅を後にした。
料金はテツが払うという事なので、俺は現金を持ち歩かなくて済むが、鮫島さんが簡単に済むようにしてくれたらしい。
親父さんの代からの付き合いなので信頼がある。
それで気をきかせてくれたようだ。
マンションまで送って貰ったが、翔吾は終始興奮気味に刺青の話をしていた。
刺青を入れるのをじかに目にして、怖さや期待感、様々な気持ちが入り乱れ、気分が高揚したらしい。
なんにせよ、第一回目が無事に終わってホッとした。
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