Snatch成長後編BL(完結) 70、入院生活3 ◇◇◇ 入院生活5日目、テツは発信機が仕込まれた指輪を買ってきた。 「早っ、もう買ったんだ、つーか、よくそんなもんが売ってたな」 「なんでもあるんだよ、手ぇ出せ、へへー」 ニヤニヤしながら言ってくる。 「うん……」 別に構わないし、左手を出した。 「これな、前に買ったのと同じサイズなんだ、指の太さは変わってねーだろ、だからよ、2つ目のペアリングだ、ダブルではめる、俺もおんなじのを買った、発信機はお前のだけだがな」 「え、薬指に2つも?」 「そうだ、へっ、いいな〜、こうやって指にはめると、俺のモノにしたっていう……実感を感じる」 「もうなってんじゃん」 「ああ、そうだが……いいんだよ、なんべんでも味わいてぇ」 そりゃ1回きりって決まってるわけじゃないから、それこそ人の勝手だ。 テツは左手の薬指に指輪をはめたが、前のと似たようなデザインだから2本はめても違和感はない。 「うん、まあ〜、別に変じゃないな」 「へへー、これがありゃなにかあった時に安心だ」 「うん……、そうだな」 もう拉致られるのは懲り懲りだし、確かにこれがあれば安心だ。 「見ろ、お揃いだ」 左手を見せてきたが、自分はちゃっかり先にはめている。 「ぷっ……」 こんな事で喜ぶヤクザなオッサン……。 これだからテツは堪らない。 いい意味で素直なところが、出会った当初から惹かれる原因だ。 「なんだよ〜、可笑しいか?」 「いや、別に……」 「へっ……、わかってるよ、自分でもな、いい年してって思うんだ、でもよ、お前とはずっとおんなじ気持ちでいてぇ、年食ってやる回数は減っちまったが、気持ちは変わらねー、俺が気に入って自分のもんにしたんだ、だろ? お前はどうなんだ」 「一緒だよ、テツがそう思うなら、それと同じ」 「そうか、監禁されてる時の事は聞かねぇ事にする、どうせやられたのは目に見えてるからな、聞いたところでムカつくだけだ、今までも似たような事があったが、今回は菌に感染したのが厄介だな」 テツの優しさが、心底有り難い。 「うん……、井戸や地下水って、意外と怖いな」 「ああ、俺も知らなかった、山ん中の湧き水も100パーセント安全ってわけじゃねーらしい、レジオネラ以外にも菌がいるらしいぜ」 「ふーん、そっか……」 「おお、で、飯だ、ほら食え」 テツはスプーンを差し出してきたが、朝飯はとっくに運ばれてきてる。 食べたくないが、食べなきゃ菌に負ける。 「わかった、自分で食う」 頑張って食べる事にした。 テツからスプーンを受け取り、起き上がって片手で茶碗を持った。 ご飯はまだお粥だ。 昆布の佃煮がついてるから、それを放り込み、スプーンで掬って食べた。 口に入れると、米の香りに拒絶反応が起きたが、一気に飲み込んだ。 「そうだ、飲め」 テツは椅子に座ってじーっと見張っている。 見張られながら、一生懸命食った。 最後のひと口を飲み込んで……なんとか完食した。 「やった、食えた」 「おかずは無理か?」 「じゃあ、ちょっとだけ」 おかずはひと口ずつつついて食べた。 「もう無理……」 「よし、飯は食ったからな、合格にしてやる、じゃ薬を飲め」 「うん……」 錠剤を3つ渡され、お茶で一気に喉へ流し込んだ。 「ぷは〜、飲んだ」 「よーし、んじゃ、寝ろ」 「うん……」 熱はまだ38度台をさまよっている。 肺炎も治らない。 横になったら、ドアをノックする音がした。 「おお、誰だ」 テツがドアに向かって声をかけた。 「兄貴、寺島っす」 寺島が来てくれたらしい。 「ああ、入れ」 「失礼しやす」 テツが促すと、寺島が頭を下げて入ってきた。 寺島は片手に紙袋を提げて俺達の方へ歩いてくる。 「おお、お前にゃ俺の代わりをさせると若が言ってたが、いいのか?」 テツは確かめるように聞いた。 「はい、少しなら大丈夫っす、友也の顔を見なきゃ安心できねー、あのこれを、大したもんじゃありませんが」 寺島は見舞いの品をテツに差し出したが、俺の事を気にかけてくれていたようだ。 「おお、すまねーな」 テツが見舞いの品を受け取ったので俺も礼を言いたい。 「寺島さん、すみません」 寝たままだから頭を下げられないが、動く範囲で頭を動かして礼を言った。 「ああ、いいんだよ、で、どうなんだ? 肺炎はまだ治らねーのか?」 この度の件は霧島の人達全員が知っている。 「おお、まだ治らねーんだ、まったく、しぶてぇ菌だ」 俺に聞いてきたが、代わりにテツが答えた。 「そうっすか……、レジオネラって、たまに年寄りがかかってるやつっすね、ほら、スーパー銭湯なんかで」 「ああ、だな……」 「あの手の公衆浴場は大昔、チンピラ以下のプー太郎ん時に行った覚えがあるが、霧島に入ってからは行った事ないっすねー、組のもん御用達な銭湯やサウナならありますが、確か菌は……水にいるんっすよね?」 寺島は行った事があるらしいが、俺は一度も行った事がない。 「ああ、らしい、お前は行った事があるんだな」 「はい、10代の頃の話っす、兄貴はないんすか?」 「ねーな、10代の頃はそんな呑気な暮らしぶりをしてなかった、で、霧島のおやっさんに拾われただろ、若を面倒みてるとは言っても、おやっさんの大事な坊ちゃんだ、坊ちゃんを不特定多数が入るような風呂に連れて行かねーからな、つーか、屋敷に立派な風呂がある、必要ねー」 テツも利用経験ゼロらしいが、当たり前に翔吾をそんな場所には連れて行かないだろう。 「そりゃそうですね」 「まあ〜、どのみち水が原因だ」 「そうですか、で、まだ肺炎が治らねーと」 「そうだ、さっきはようやくちょっと食ったが、飯を食わねーから余計に治らねー」 「友也、食べたくねーのか?」 寺島は再び俺に聞いてきた。 「はい、あんまり……」 まったく動けない事はないのだが、食欲がないのは熱のせいかもしれない。 「熱は……あるのか?」 「8度台をキープしてる」 またテツが答えた。 「そうっすか、兄貴、実は……肺炎と聞いてたもんで、千尋のやつが、家に漢方があるって言うんですよ、なんでも肺病に効くらしくって……、良かったら持ってってくれって言ったんす」 千尋さんが漢方薬を渡してくれたようだ。 「んん、で……持って来たのか?」 「はい、あ、ちょっと待ってください、小さなケースに入ってて……、これっす」 寺島は内ポケットをゴソゴソ探り、小さなプラケースを出してテツに渡した。 「おお〜っ! こいつは……」 テツはプラケースの中身を見て驚いている。 「冬虫夏草っす」 「こりゃー高ぇぞ、貴重なもんだ、いいのか、貰っちまって」 半透明のプラケースだから、俺からはよく見えないが、何やら高級品らしい。 「はい、かまいません、千尋が使ってくれって言ってました」 「おお、わりぃな、こりゃ効きそうだ」 「テツ、どんなの?」 気になってしょうがない。 「おう、これだ」 テツはプラケースを渡してくれた。 「ん……」 半透明の中をじっくり見てみたら、ぼんやりと芋虫が見えてきた。 「ひぃ〜っ! なにこれ、芋虫じゃん」 「馬鹿野郎、こりゃカイコだ、カイコにキノコが生えてんだ」 「ええ……」 カイコにキノコ……ちょっとよく分からない。 「あんな、こりゃ万病に効くって言われてる、煎じて飲みゃいい」 「あ、兄貴、スープに入れるのがいいらしいっすよ」 スープ……デカい芋虫が煮込まれたスープ。 「寺島さん、気持ちだけ……貰っときます、あの、治療なら先生がやってくれるので、大丈夫っす」 本当に『気持ちだけ』有り難く頂戴したい。 「友也、せっかくの貴重品を勿体ねーだろ」 勿体ないよりも、グロい方が抜きん出ている。 なのに……このままじゃ芋虫を無理矢理食わされる羽目になりそうだ。 「兄貴、あの〜一応先生に聞いた方がいいっす、薬には相性があるんで」 すると、寺島が希望を見出す事を言った。 「ん、そうか……、じゃ先生に聞いてOKならスープだな」 先生に運命が託された。 「ですね、ダメなら兄貴どうぞ、精力剤にもなりますんで」 「おお〜、そうなのか?」 精力剤と聞き、テツの目の色が変わった。 「はい、効くらしいっすよ」 「なはははっ、そいつはいい、寺島ぁ〜、いいもんをわりぃな〜」 テツは大喜びしているが、やっぱり芋虫と言えば……テツが食うに限る。 「あ、そんじゃ俺はぼちぼち行きますわ」 「おお、そっちもわりぃな」 「いいえ、俺に任せてくれる事自体ありがてぇ事っす、そんじゃ邪魔しました」 寺島は余分な仕事が増えてる筈なのに、むしろ張り切っている。 「寺島さん……、すみませんでした」 ひとこと言わなきゃ気が済まない。 「へへっ、はえーとこ元気になってマンションに戻ってきな」 「はい」 寺島は笑顔で言って部屋を出て行った。 そのすぐ後で、テツは食事を片付けると言い出し、トレーを持って出て行ったが、多分、冬虫夏草の事を先生に聞くつもりなんだろう。 薬が効いたのか、急に眠くなってきた。 窓から入る柔らかな光が睡魔を誘う。 うとうととして瞼が閉じていったが、抗わずに目を閉じた。 そのままスーッと、気持ちよく眠りに落ちて行った。 だが、ペタッと冷たい物が顔に当たってきた。 「う……」 『どうしてなんだ?』 「え?」 声が聞こえる。 『何故お前らが……』 「な、なんだ?」 ハッとして目を開いたが、誰もいない。 「えっ……今の……なんだ?」 夢かもしれないが、頬に冷たい物が触れた感触が残っている。 ほっぺたを触ってみたが、なにもなってない。 やっぱり夢か……。 「友也、聞いてきたぜ」 テツが戻ってきた。 「あ、冬虫夏草?」 「ああ、あのな、熱があるからダメだって言った」 助かった……。 「そっか、じゃあ、テツが食ったらいいよ」 芋虫はテツにお任せしよう。 「おお、けどよ、今食っても欲求不満になっちまう、お前がよくなってからだ」 「あははっ……、お好きにどうぞ」 今からやる気になってるが、テツは芋虫を焼いてそのまま食いそうだ。 「ま、しかしよ、寺島も大分しっかりしてきたな」 「うん、昔と比べたら全然違う」 寺島はもう女に手をあげたりしないだろう。 千尋さんと上手くいく事を願っている。 さっきの出来事は……きっと夢に違いない。 [*前へ][次へ#] [戻る] |