Snatch成長後編BL(完結) 51、心配の種 ◇◇◇ 魔の月曜日から2日後に、テツが怪我をして帰宅した。 脇腹を切られていたが、何針か縫うだけで済んだのでホッとした。 処置は済ませて帰ってきたが、なんだか元気がない。 ソファーに寄りかかって天井を眺めている。 「なあ、なにかあったのか?」 「いんや……、なんでもねぇ」 「ふーん、なんか変だな〜」 怪しい、絶対なにかある。 「らしくもねぇな、なにかあるならハッキリ言ったらどうだ?」 「ねぇって言ってるだろ」 しらを切るつもりらしい。 「嘘だ、隠してもわかる」 「うるせぇな、ちょっと黙ってろ」 テツは真顔で言った。 「え……」 いつもと違う。 こんな風にムキになって言う事はまずない。 ちょっとびっくりしたが、人が心配してるのに……そんな言い方はないだろう。 「そっか……、じゃ、飯用意するから」 じきに昼がくる。 キッチンへ歩いて行った。 猫達がテツに纏わりついているが、テツは上の空で撫でている。 怪我は大した事がなかったんだから、怪我以外でなにかあったに違いない。 けど、機嫌が悪そうなので触らない方が良さそうだ。 黙々と料理を作ってテツに出した。 「はい、飯」 今日はレンチン牛丼だ。 それに漬け物とサラダ、味噌汁。 「おお……」 それらをテーブルに並べたら、無愛想に頷いて食べ始めた。 俺も余計な事を言わずに食べたが、釣りの事を聞かなきゃならない。 小森とは店で会ってるが、ゆうべはやたら不機嫌だった。 俺を使って金儲けしてる癖に、意味が分からない。 上手くいくかどうか結果は置いといて、兎に角、親父さんと話をしなきゃ駄目だ。 じゃないと、小森に利用され続ける事になる。 「あの……、親父さんの釣りは……まだかな?」 「ああ、あのな、あと10日先だ」 「そっか……」 10日……地味に長い。 しかもテツは黙って完食した。 「わりぃ、ちょっと横になるわ」 俺を見ずに言うと、猫達を膝からおろして立ち上がり、ベッドの方へ歩いて行った。 どう考えても変だが、追及したら怒られそうだし、そっとしておく事にした。 それからひとりでソファーに座っていたが、すこし経ってこっそりテツを見に行った。 パンイチで寝ている……。 エアコンがきいてるし、別に大丈夫だろう。 しかし、退屈だ。 こんな時に限って猫達まで寝ている。 ひとりで出かけてもつまらないし、昼寝をする事にした。 気持ちよーく寝ていたら、ピンポンが鳴った。 「う"〜、ねみぃ……」 とりあえず起きなきゃと思って、ズルズルっとソファーから降りた。 一旦床に這いつくばって立ち上がり、フラフラしながら玄関に行った。 「はい〜」 ドアを開けると、カオリが立っている。 水野もセットだ。 「あ〜、水野さん、ご夫婦でなにか用っすか〜?」 「いや、暇だから遊びにきた」 「そーすか〜」 兎に角……眠い。 「ひょっとして寝てた?」 カオリが聞いてきたが、俺はふと黒丸の事を思い出した。 「そうなんですが、あの……黒丸は」 「うん、山にお墓を作ってきた」 「そうですか……」 表情が明るいから、ショックからは立ち直ったようだ。 「あの日はごめんね、つい泣いちゃった、エへへっ、でもね、友也君が言ったように寿命をまっとうして、安らかに逝ったんだと思う、だから、もう泣くのはやめたの、だって悲しんでたら、黒丸が安心してあの世に逝けないもんね、ふふっ、やっぱり君はあたしの弟」 それが証拠に、久々に弟発言が飛び出した。 「この野郎〜、ちゃっかり弟になりやがって」 水野がすかさず反応したが……。 「いや、あの〜」 ヤキモチを焼かれても困る。 「なに言ってるの、友也君のお陰であたし達はくっついたのよ、それに〜、弟にヤキモチ焼くのはおかしい」 「そりゃそうだが……」 けれど、カオリに言われて言い返せなくなった。 水野は元から優しいが、姉さん女房には形無しだ。 「ねー、水野君、こないだ兎を持ってったけど、写真を見せてくれないの」 だが場末のBARのママは、カオリに見せていないようだ。 「あれは……だめだ」 「ぷっ……」 あの日の水野は弾けていた。 パンツ丸出しで暴れ、竜治に襲いかかったが、あえなく撃沈、すると……今度はテツに襲いかかってキスをした。 「なになに? 友也君、また変態コスチューム?」 カオリは興味津々に聞いてくる。 「こら友也、ぜってー言うなよ」 水野は隠したいようだ。 「じゃあさ、矢吹さんに聞いちゃお」 カオリは水野をジロッと見て、悪戯っぽく言った。 「だ、だめだ……、そりゃ禁止だ、いや、永久的に封印だ、おいカオリ、帰るぞ」 あんな濃厚チューをした癖に、水野は今になって後悔しているらしい。 慌てて帰ると言い出した。 「ええ、遊びにきたんじゃないの?」 「バカ、友也は眠たそうにしてるじゃねぇか、邪魔しちゃわりぃ、友也、また来るわ」 「あ、はい」 「え〜、水野君……」 「い〜から来い」 不満げなカオリを強引に引っ張り、踵を返して立ち去った。 「はあ〜」 急に静かになり、猫達が足元に擦り寄ってきた。 「ニャ〜ン」 「っと〜、よいしょっと、へへっ」 2匹を抱き上げてソファーに行った。 膝に乗っけたら、2匹は取っ組み合いをし始めた。 「へへっ……、よく遊ぶな〜」 龍王丸は1匹だけだったし、こんな光景を見る事はなかった。 初めて龍王丸を見た時、真っ白でモフモフで、まるで綿菓子のように見えた。 小さな時にペットショップに売られて、で、火野さんがたまたま気に入って購入。 それからは火野さんが可愛がって飼っていたが、やっぱり人間しか見た事がないせいか、黒丸を会わせたら嫌がってた。 それに比べてこいつらは、暇さえあればじゃれあっている。 2匹は膝から転がり落ちてソファーの上で遊び始めた。 無邪気な2匹を見ていたら、テツの事が気になってきた。 何があったのか……めちゃくちゃ気になるが、ああいった稼業だし、嫌な事は結構あるだろう。 そっとしておいた方がいい。 仕事に行く時間までダラダラと過ごしたが、晩飯だけは作っておいた。 俺は先に晩飯を済ませて仕事へ行く用意をしたが、テツはよっぽど疲れていたのか、そこでようやく起きてきた。 「ふう〜、よく寝た」 「おはよ〜、あのさ、晩飯作ったから、食って行ったら?」 「ああ、わりぃな、ちょっとシャワー浴びるわ」 「うん」 良かった、いつものテツに戻っている。 ホッとして晩飯の用意をした。 少し経って、テツが首にタオルをかけてやってきた。 「あんな、今夜、ケビンを行かせる、だからよ、店の目立たねぇとこに立たせとけ、やっぱりよ、あの小森はなーんか気になる」 隣に座って言ったが、テツはレイパーの話は知らない筈だ。 相変わらず……勘が冴えてる。 「うん、分かった」 カウンターの中で椅子にでも座っていれば、そんなに目立たない。 テツは箸を握ってバクバク食っているが、俺はそろそろ行かなきゃならない。 ただ、軽傷でホッとしたとは言っても、怪我をした事はやっぱり心配だ。 浮島のシマに怪しげな奴がうろついてると話していたし、そういう関係かもしれない。 「あの、かすり傷で済んだから良かったけど、その怪我……、浮島のシマがどうとか言ってたじゃん、それだろ? だからさ、刺されたりしたら事だ、なあ、単独行動はやめてくれ、絶対誰かと一緒に動くように」 かすり傷程度の怪我はよくある事だ。 だから、今はもうすっかり慣れてはいるが、だからといって油断はできない。 用心して行動してくれなきゃ困る。 「ああ、わかってる、それよりお前だ、小森には気をつけろ、誘われてもついて行くなよ」 テツは自分の事より、小森の事が気になるようだ。 既に関係を持ってしまった事は……ただただ申し訳なく思う。 「わかった、気をつける、じゃ、行くから」 スマホをポケットに突っ込み、カバンを持って立ち上がった。 「おお、今夜は午前3時までにゃ帰れる、安全運転だぞ」 玄関に向かって歩き出したら、背中に向かって声をかけてきた。 「うん、わかった……、テツも気をつけて」 振り向いて返事を返し、念を押した。 「飯ぃ食ってるからよ、飯粒がつくかもしれねぇが……、忘れもんをしてるぞ」 すると、遠回しに言ってきた。 「あっ、ははっ……」 テツのそばに行き、屈み込んでキスをした。 「へっ」 ご飯粒がつく事はなく、テツは照れたように笑った。 「じゃ、行ってくる」 もう一度声をかけて玄関に行ったが、午前中の不機嫌さが嘘みたいに思え、気分よく部屋を後にした。 下に降りて駐車場に向かったら、ちょうど寺島が車から降りてくるところだった。 千尋さんも一緒だ。 寺島は千尋さんを連れて俺の方へ歩いてくる。 「おう仕事か?」 「はい」 足を止めて言ってきたので、俺も足を止めて頷いた。 「あの、先日はお邪魔しました」 千尋さんが恥ずかしそうに頭を下げて言った。 「ああ、また機会があったら遊びにきて」 笑顔を浮かべていて、最初に会った時よりはリラックスしている。 「はい」 「じゃ、気をつけてな」 「はい、じゃ」 2人と別れて車に乗り込み、エンジンをかけて店に向かった。 街中は混んでいたが、特に問題なくスムーズに進み、やがて見慣れた駐車場に着いた。 車からおりて鍵をかけ、裏口に向かって歩いて行ったが、表通りに近い場所に誰か立っている。 片方は痩せた体格の男で、もう片方は……小森だ。 なにやら言い争ってるように見える。 開店前のこんな時になにをしてるのか、とにかく走って2人のそばに行ってみた。 「お前、俺にいちゃもんつける気か?」 「違う、あんたに無理矢理やられたって言ってるんだ」 「あんなブス、誰がやるかよ、淫乱女が、てめぇから股ぁ開いて誘ったんじゃねぇか」 「そんなこと……、よく言えるな、もし妊娠したらどうしてくれるんだ」 「知るかよ、好きにすりゃいいだろ、俺には関係ねぇ」 2人はムキになってるせいか、俺が来ても無視して話をしている。 俺はたった今聞いたばっかしだが、内容から……小森はこの男の彼女に手を出したんじゃないかと思った。 「これはレイプだ、訴えてやるからな!」 男は相当頭にきてるらしく、声を荒らげてただならぬ事を言い出した。 「ふんっ、やれるもんならやってみな、声をかけられてノコノコとついてきた時点で、和姦成立だ、なにをされたか、事細かに調書をとられた上で合意だったとバレてよ、恥をかくのはそっちの方だ」 けど、小森は余裕綽々な様子で言い返す。 「くっ……、それはあんたがスカウトを装ってたからだ」 男は苦虫を噛み潰したような表情をしている。 もう間違いなく男の彼女だと思うが、騙されて小森について行ったらしい。 「知らねぇな、ナンパする口実なんざ、こっちの勝手だからな、じゃ俺は仕事があるんでな」 小森は適当にはぐらかし、裏口に向かって歩き出した。 「ちょっと小森さん……」 黙っていられなくなって引き止めた。 「なんだ、マネージャーじゃねぇか、おめぇなにしてんだよ、さっさと開店準備をしろ」 小森はそこで初めて俺に気づいたようなふりをして、何食わぬ顔で言ってくる。 「ちょっと待てよ!」 男が走りよってきて、小森の腕を掴んだ。 「あぁ"〜? なんだぁ、まだ文句あるのか?」 小森はムッとして男の方へ向き直った。 「婚約者を汚されたんだ、当たり前だろ!」 男は殴りかかりそうな勢いで言ったが、気の毒な事に婚約者だったらしい。 「ふっ、おい、兄ちゃんよー、いい加減にしねぇと、それだけじゃ済まなくなるぜ」 小森は不敵な笑みを浮かべると、男をギロッと睨んで言った。 「な、なんだよ……」 男は鋭い眼差しに臆したのか、腕から手を離した。 「俺の親父は友和会のボスだ、そんなに文句があるなら、友和会に言ってこい、うちの弁護士がきっちりと対処してくれる」 そう来るとは思ったが、小森は遂に父親の事を出して恫喝する。 「友和会……」 男は友和会と聞いて口ごもった。 「ま、そういうこった、じゃあな」 小森は再び裏口に向かって歩き出したが、男は茫然と立ち竦んだままだ。 「くっ……」 悔しげな顔で拳を握り締め、その場から走り去った。 「おいマネージャー、さっさときな」 「はい……」 小森に言われて後について行ったが、何とも言えず後味が悪い。 今見た事は、きっとざらなんだろう。 日向さんはレイパーだと言ったが、それを裏付ける出来事だ。 そして小森は……さっきみたいに父親の力を笠に着てきた。 店に入ったら、ミノルが廊下の端にいるのが見えたが、ミノルは小森が店長室に入った後でそばにやってきた。 「おう、店長と外にいたのか?」 今夜は三上だったが、声を潜めて聞いてくる。 「ええ……」 「なにしてたんだ?」 「ちょっと揉めてたんで」 「ん? なにをだ」 「っと……実は」 小声でざっくりと説明した。 「ふーん、じゃ、日向さんが言った事はガチだったんだな」 「らしいですね」 「しかしよ、そんなことを繰り返しやってきて、よく捕まらずにこれたよな」 三上は呆れた顔で言った。 「親の力じゃないっすか?」 友和会の親父さんは、幾度となく息子の尻拭いをしてきたに違いない。 「ああ、だな」 話をしていると、裏口から誰か入ってきた。 「やあ、おふたりさん」 ケビンだった。 やけに早い登場だが、俺の方へまっすぐにやってくると、両手を広げてガシッとハグしてきた。 「あ、ああ……、ケビン」 「I'm glad to meet you〜」 珍しく英語で言って頬にキスをする。 「んにゃろ〜、金髪だからって、カッコつけやがって」 三上がすかさず言った。 「ああ、これは失礼、ミノル君、会えて嬉しいよ」 ケビンは三上に歩み寄り、同じようにガシッとハグをした。 「あ"〜っ!」 三上は熱いハグとチューを受けて叫んだ。 「はははっ、ようやく店に来る事が出来た、カクテルなら作れる、俺も手伝うよ」 ケビンは笑って言ったが、手伝ってくれるのはありがたい。 「あの〜、だったらさ、上着を脱いでバーテンダーのふりをしてて」 黒い上着を脱げば、バーテンダーに見える。 「ああ、わかった」 ケビンも来てくれたし、今夜はいつもに増して楽が出来そうだ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |