Snatch成長後編BL(完結)
47、耽溺
◇◇◇
小森にやられた事は地味にショックだった。
しかも……ウリまで……。
一夜明けた翌日の夜、いつも通りに出勤した。
「おう、来たか」
裏口から入ったら、三上が出迎えてくれた。
「はい」
でも、気持ちが滅入って笑顔が出ない。
「ん、どうした、元気ねぇな」
「いえ……、ちょっと疲れてるだけです」
「ふーん、疲れるほどやったのか?」
もしそうなら、多少は気分が上がってるだろう。
テツは朝方帰ってきて、シャワーを浴びて寝た。
「そんなんじゃないです」
ろくに言葉を交わしてないが、むしろその方が気楽だ。
「そうか、ならいいが……、レジなら開けといたぜ」
「いつもすみません……、ありがとうございます」
今は三上の優しさが身に染みる。
頭を下げて礼を言った。
「へへっ、いいんだよ、店長に挨拶しなきゃマズいだろ」
すると、照れ臭そうに笑って促してきたが……。
小森は店長に就任したばかりだから、挨拶だけはするようにしようって、予め三上と話し合っていた。
「あ、はい……」
だけど、行きたくない。
「お前が苦手なのはわかってる、俺が一緒に行くからよ、ほら、行こうぜ」
三上は気を使って言ってくれる。
「はい……」
行かないわけにはいかないし、三上に付き添われて店長室をノックした。
「おお、入れ」
小森は毎度おなじみな声色で返事をする。
「失礼します」
頭を下げて中に入った。
「おうマネージャー、こっちに来てみろ」
小森は俺を見た途端、笑顔で手招きする。
ちょっとびっくりした。
通常なら仏頂面で顔すら見ようとしないのに、こんなのは初めてだ。
「はい……」
三上はその場で待機し、俺だけそばに歩いて行った。
「これだ、この店はここと似たような雰囲気だ、しかしよ、この衣装を見てみろ」
デスクのそばに行くと、小森はPCの画面を指差して言う。
「はい」
「露出がすげーだろ、このくらい過激にしなきゃ、客は呼び込めねぇぞ」
画面に映ってるのはニューハーフパブらしいが、キャストがエロいコスチュームを着ている。
けれど、シャギーソルジャーはそういう店とは趣旨が違う。
「いや、でも……、もしそれをやるとしたら、親父さんの許可を得てやった方がいいです、店の経営方針に関わる事ですし……」
昨日あんな事があったからと言って、それとこれとは別だ。
何があろうと、この店の事について考えを曲げるつもりはない。
「ん、そうか、霧島の親父さんか……、ああ、わかった」
小森は意外とすんなり諦めた。
「はい……、じゃあ、失礼します」
もう一度頭を下げ、踵を返して三上と一緒に廊下に出た。
「なあ、おい……」
店長室から数歩離れた所で、三上が声をかけてきた。
「はい」
「っかしいな〜、店長……やけに素直だったな」
三上は怪訝な顔をして小声で言った。
「あ、ええ……」
確かに、いつもなら自分の我を貫こうとする筈だが、やけにあっさり引き下がった。
まさか、俺とああなったから……って事はないと思うが、なんだか変な感じだ。
「おお、そりゃそうと、日向さんから聞いたぜ、坊主BARに招待されたんだってな」
三上も聞いてしまったらしい。
「ええ、はい」
「坊主BARね〜、日向さんは美形好きな癖に、たまにあの手のおかしな店に行く」
「へえ、そうなんだ」
「ふっ、ミノルは爺さんのとこに追いやってやる」
やっぱりそうなった。
「あの、でも〜、ミノルも行きたいんじゃないっすか?」
本家なのに、なんか気の毒な気がする。
「いいんだよ、ミノルはな、普段からあっちこっち連れて行って貰ってる、帰り際にホテルがセットになってるからよ、俺は出られねぇ、俺の方が我慢してるんだぜ」
三上は不満げに言ったが、言われてみればそうかもしれない。
「そうっすか……」
「あのな、矢吹が文句を言ったら、日向さんが話をするって言ってた、だから安心しろ、日にちは今度の金曜日だ、夜になるからよ、店は休まなきゃならねぇ、日向さんがな、俺らの代わりまで手配してくれるっつった」
そこまで考えてくれるとは思わなかった。
「そうですか、それなら……、はい、わかりました」
テツにはまだ話してないが、OKしてくれるだろう。
今夜帰宅して、部屋にいたら話す。
仕事は滞りなく終わった。
小森も特に誘ってくる事はなく、三上とわかれて店を出た。
帰り際に、何となくコンビニに寄った。
「いらっしゃい、今帰り?」
「ええ、はい」
青髭のオッサンがにこやかに出迎える。
今まではキモイと思っていたが、何故か今はホッとした気持ちになった。
多分……安全だとわかったし、俺の事を理解してくれてるからだ。
「お店、大変だね」
「はい、まあ……」
「僕はお店にはそう度々行けないが、君のファンだ」
「あ、はい……」
「君を陰から応援してる」
「っと……ありがとうございます」
入口付近で足を止めて立ち話をしたが、僅かな会話を交わしただけなのに……なんだか元気を貰えた。
気分が良くなり、猫達のおやつと酎ハイを買った。
憂さ晴らしにたまには飲もうと思って。
支払いを済ませる際に、鈴木店長は手をニギニギしてきたが、ファンサービスだと思えば……なんて事はない。
コンビニを出て車に乗り、駐車場に入った。
所定の位置にとめて辺りを見回した。
俺は同じ場所にとめるが、テツはたまに代行をして貰うし、全然違う場所にとめてたりする。
車からはよく見えないので、車から降りて遠くまで見渡した。
「あっ……」
すると、駐車場の一番端っこにテツの車があった。
「へへっ……」
昼過ぎには起きて出かけて行ったが、今夜は早く帰れたらしい。
つい顔がニヤケた。
自然と早足になっていた。
エレベーターが上がる速度すら遅く感じる。
鍵を開けて部屋に入ったら、テツがソファーに座っていた。
「テツ……」
猫達が纏わりついていたが、お構い無しに隣に座り、レジ袋を置いて肩へ腕を回した。
「おう、ご苦労だったな」
「うん、へへっ」
こないだはちょっとだけ竜治に甘えたが、テツは基本中の基本だから、なくてはならない存在だ。
「ああ、あのな、寺島の彼女、なんつったかな〜、内原千尋か? 明日……じゃねぇな、日付変わってるから今日になるが……ここにくるってよ」
「あ、そうなんだ」
思ったより早かったが、日向さんの事を話さなきゃならない。
「あのさ、日向さんからお誘いきてるんだけど」
「誘い? どういう事だよ」
テツはじとっとした目で見る。
「違う、ミノルも一緒にご招待、ほら、俺がミノルと仲いいから〜、それで」
慌てて説明した。
「おお、礼か?」
「うん、そう、で、金曜日の夜」
「仕事は」
「日向さんが俺達の代わりを手配するって」
「へえ、そんな事までして、わざわざ礼をするのか、で、どこに行く、料亭か?」
どうやら大丈夫そうだ。
「違う、坊主BAR」
「はあ〜? 坊主BARだと〜、ちょい待て、俺は知ってるぞ、昔な、いっぺんだけ行った事がある」
夜の帝王だった時に行ったんだろう。
「そっか、で、どうだった?」
是非感想を聞きたい。
「ガチムチマッチョで頭テッカテカ、しかも胸だけ改造してるからよ、おっぱいぼよよ〜んな巨乳だ」
「ひぃ〜、きんも〜」
想像したら、背筋が寒くなった。
「しかもよ、ソファーに座ってるとくっついてくるんだ、でな、おっぱいをすりつけて迫ってくる」
「うわ〜、やたやだ、行きたくねぇ」
最早妖怪レベルだ、怖すぎる。
「奴らも仕事だからよ、仕方ねぇんだろうが、しつけーしよ、しまいにゃちゅーされそうになって、つい引っぱたいた」
「ええっ、だけどさ、そこって浮島がケツ持ちしてるんじゃね?」
テツがキレるのはわかるが、暴力はマズい。
「ああ、そうだが……、やめろっつってるのによ、バカみてぇに擦り寄るからだ、俺はあの手のイカついタイプにゃ興味ねぇ」
「うん、わかるけどさ、大丈夫だった?」
浮島から叱られそうだ。
「文句は言わせねぇ、接客する側にもマナーってやつが必要だ、そいつは新人だったらしく、飲んだくれてはしゃぎ過ぎたらしい、だからよ、むしろ浮島が謝った」
「そっかー、じゃあ、良かった」
トラブってなくて良かった。
「つかお前、俺な、忙しくて店に行く暇がねぇんだが、小森は大丈夫か?」
だが、ドキッとした。
「ああ、別になにも……」
出来るだけ普通の顔を装って言った。
「だったらいいが、寺島もケビンも忙しくてよ」
「大丈夫だから、店長無愛想だし、それだけだよ」
嘘つきは泥棒の始まり……そんな言葉が頭に浮かんだが、それでも嘘をつき通す必要がある。
事情がどうであれ、関係を持ってしまった以上、バレたら大変な事になるからだ。
「おお、それならいいけどよー、しっかしよ〜、水野の野郎、あいつバカだぜ、俺にぶちゅーってやりやがってよ、舌ぁ入れようとしてきた、俺が嫌がるから仕返しのつもりなんだろうが、舌ぁ入れるか? あいつ……ひょっとしたらカオリと上手くいってねぇんじゃねぇか?」
テツは執拗に問い詰める事はなく、水野に話題を移した。
「マンネリって……そんな感じの事は言ってた」
俺から見て、水野は相変わらずカオリにラブラブだと思う。
「マンネリは仕方ねぇ、それを乗り越えてこそだ、ガキが出来ねぇからよ、それもあるか?」
「うーん、それだと……、俺達はどうなんだ? って事になるし」
有り得ない事はないと思うが、自分達の事を出して考えたら、イマイチ納得できない。
「そりゃあな、確かにそうなんだが、俺らは端から無理じゃねぇか、そりゃよ、ガキが欲しいって思う事もあるが、俺はどのみち無理だ」
「どうして?」
「俺の親父は行方知れずだが、まだどっかで生きてる筈だ、お袋もな、けっ……、ムカつくぜ、俺は親父って立場にゃなりたくねぇ、蒼介を可愛がってきたのは部外者だからだ」
「ふーん……、そっか」
テツは生まれてから自立するまで……恐らく相当傷ついてきた。
だから、俺にはわからない古傷を抱えてるんだと思う。
「ま、夫婦の事はそいつらしか分からねぇ、とにかくだ、奴にちゅーされるのは金輪際ごめんだ、今度ちゅーしてきたら、ぶん殴ってやる」
「うん、つーか……、変態コスチュームを無理強いするのが悪いんじゃね?」
元はと言えば、テツが悪い。
「バカ言うな、あいつは自分からコスプレにはまったんじゃねぇか、俺らは客だ、リクエストに答えて当然じゃねぇか」
なのに、正面から堂々と身勝手な事を言う。
「うーん……、そりゃはまったのは水野さんだけど」
水野には悪いが、今は反論したくない。
肩から手を外し、テツの腕をとって頭を肩に乗っけた。
「へへっ、なんだよ、お前が猫になっちまったのか? ま、実際猫だからそのまんまだけどな」
テツは肩を抱いて俺を猫だと言ったが、視界の中に本物の猫がいる。
次郎長がテツの膝の上で寝ているが、次郎吉はマイペースに床の上で毛づくろい中だ。
一見すると次郎長の方がワルに見えるが、本当は次郎長の方が寂しがり屋なのかもしれない。
「なんでもいい、こうしてると……落ちつく」
明日は寺島が来るが、酎ハイはまた今度にして……今はただ甘えていたい気分だ。
俺の唯一無二はテツだけだから、この先もずっと一緒にいたい。
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