Snatch成長後編BL(完結)
45、誘惑
◇◇◇
寺島の事を話したら、テツは二つ返事で承諾した。
昼間はゴロゴロ、夜はシャギーソルジャーという生活が続き、寺島からの連絡待ちをしつつ月曜日を迎えた。
午前10時前、テツは留守だ。
行くのは夜になるが、テツは今夜は遅くなると言って、さっき出て行った。
なので、バレる心配はない。
ヒヤヒヤする事もなく小森と会う事になるが、そうは言っても……あの人は苦手だ。
ここ数日、テツはシノギが忙しくてゆっくりする暇がない。
昼をてきとーに食って、猫達と一緒にベッドの上でごろ寝していたら……来客だ。
ダラ〜っとベッドからおりて、玄関に歩いて行った。
ドアを開けると……蒼介が立っている。
「なんだ、お前か、やけに早いじゃねぇか、学校は?」
「なんだ……って……、つめてぇな〜、今日からテスト、期間中は昼で帰れる」
不満げに言ったが、地味に危険人物になったので、そりゃ……そうなる。
「ふーん……、で、ママはどうした、買い物か?」
「うん、水野さんちのカオリさんとデート」
「デート?」
「うん、仲いいから」
「ははっ、ま、そうだな、しょーがねぇ、あがれ」
いっちょ前に冗談めかして言ったが、兎に角あがるように促した。
「ほーい、んじゃ、お邪魔しま〜す」
蒼介は喜んで上がってきて、ソファーに座った。
「ニャーン」
2匹が早速寄って行き、2匹共ソファーに飛び上がって蒼介に纏わりついている。
「へっへ〜、悪共め」
蒼介も悪ガキだから、おあつらえ向きな遊び相手だ。
「なんか食うか? 飯、まだだろ?」
とりあえず、なにか食わせてやらなきゃ駄目だ。
「食う〜っ!」
食べ盛りのお子ちゃまだから、食い意地は常に張っている。
「レンチングラタンでいいか?」
作るのは面倒なので、レンチンで食える食い物を買い置きしてある。
「うん、なんでもいい」
「了解」
冷凍グラタンを出してレンジに放り込んだ。
丸椅子に座り、カウンター越しに蒼介を眺める。
あんなに小さかったのに、あっという間にデカくなって……。
時間が過ぎるのは、遅いようで早い。
俺やテツ、周りの皆も年をとった。
なのに俺は、今頃になって翔吾や三上との関係を蒸し返してしまった。
ただ、翔吾には翔吾の苦悩、三上には三上の苦悩があり、それぞれが抱える悩みは決して小さくはない。
もし、万が一テツにバレて刺青を入れる事になったとしたら、その時は諦めるしかなさそうだ。
冷静に考えれば、既に墨が入ってるわけで、今更拘る意味はなかった。
但し……何と言っても、痛いのが嫌だ。
レンチングラタンが出来上がったので、レンジから出してカウンターに置き、冷蔵庫の中からペットボトルのジュースを出した。
それと一緒にフォークを持ち、両手で全部持って蒼介のところへ持っていってやった。
「ほら、食え」
「サンキュ〜、お〜美味そ、食うぞ〜」
餌を与えたら喜んでフォークを握り、グラタンにがっついている。
「ははっ……飢えてるな」
向かい側に座って背もたれに寄りかかった。
「あ〜、こらこら、だめだって」
次郎長と次郎吉が蒼介の膝にあがり、フォークにちょっかいを出している。
「しょーがねぇな〜」
立ち上がって蒼介の傍に行き、2匹をとっ捕まえて強制連行し、向かい側に座り直した。
「へへっ、助かった」
蒼介はニヤリと笑って言ったが、今……一瞬火野さんに見えた。
赤ん坊の時は俺に似てると言われていたが、そりゃ叔父だから似てるところはある。
けど、成長するとやっぱり火野さんに似てきた。
「ふう〜食ったぁ〜」
蒼介は全部たいらげて腹をさすっている。
「やっぱりオッサンだ」
「も〜、俺さ、学校でも言われてるんだからな」
「なんて?」
「老け顔だって」
「ほお、番長に向かってそんな事を言うんだな」
番長をからかうとは、度胸の据わった奴だ。
「それ言うのは女子」
だが、違っていた。
「あ〜そっか」
「へへっ、そっち行こ〜」
「来るな、おとなしく座ってろ」
近くにいたら、ろくな事を考えない。
「にーに、なあ、いいじゃん」
強引に隣に座り、肩を抱いてきた。
「こら、よせって……」
もう『にーに』には騙されないぞ。
「にーに〜、ちゅう」
いっときは反省したように見えたが、またエロい事を考えてるらしい。
「バカ……、やめろって、火野さんがくるぞ」
火野さんの前じゃ蛇に睨まれた蛙みたいになってるのに、俺の言うことは思いっきりスルーする。
「こないも〜ん、親父はシノギが忙しくって、朝方帰ってくる、なあ、キス位いいじゃん、やりたい、俺は〜バイ・セクシャルになる!」
カッコよく宣言したが、ダメに決まっている。
「だめだ、お前は普通に恋して、普通に結婚しろ」
興味本意でやる事じゃない。
「なんでだよ〜、テツも叔父さんも、普通がいいって言うけど、矛盾してるじゃん、めちゃくちゃ仲いいのにさ」
でも、蒼介は納得できないようだ。
確かに、ただダメだと言っても素直に聞かないだろう。
「俺達は全部わかった上で普通というやつを捨てた、俺はテツと共に死を覚悟したから……、だから……特別な事例なんだ」
これは話した事がないが、明かす事にした。
「死を覚悟したって……、なにかあったんだ」
「ああ、ちょっとトラブルに巻き込まれて、危うく死ぬところだった、で、ギリギリんとこでテツに助けられたが、テツは撃たれた」
「えっ、撃たれたって、マジで?」
「ああ、テツは生死の境をさまよった、俺はあの時……テツが死んだら自分も死ぬつもりだった」
「えぇ、ほんとに?」
「そうだ、そもそも俺は……お前のようにバイは楽しそうだな〜とか、そんな理由でこうなったわけじゃない、まぁー全部話すと長くなる、だからな、要はさっき言ったように……俺達は特別なケースなんだ」
ざっくりと話したが、蒼介が思うような軽いノリでこうなったわけじゃない。
「へえ、そうなんだ、死を覚悟した仲か……、超カッケー、いいな〜、叔父さんとテツ、やっぱ憧れる」
しかし、目をキラキラさせて言っている。
だめだこりゃ……。
「にーに〜、やっぱ好きだぁ〜」
また襲いかかってきた。
「ちょっ待て〜っ!」
咄嗟に肩を掴んだが、ガタイがいいから力負けする。
「1回だけ、な?」
「バカ、1回もクソもねぇ、くっ……!」
全力で押し返しているが、じわじわ後ろに倒れそうになってきた。
「う〜、この〜」
ソファーに押し倒されるのはマズいと思ったが、不意にスマホの着信音が鳴り出した。
スマホはテーブルの上に置いてある。
「蒼介……電話だ、退け」
「ちっ……、惜しいな〜」
蒼介は悔しげに舌打ちしたが、俺の肩から手を離し、背もたれに背中を預けて座った。
「ふう〜まったく……」
急いでスマホをとったら、ケビンからだ。
珍しいな〜と思ったが、とにかく出た。
『はい』
『ああ、友也、久しぶり』
『うん、久々だな、元気にしてた?』
あんまり会えないし、ちょっと懐かしく感じる。
『俺は相変わらずだよ、それより……シャギーソルジャーの件聞いたよ』
どうやら、店の事で連絡してきたようだ。
『ああ、うん……』
『兄貴に店に行くようにって言われてる、で、今日行こうかと思ったんだが、定休日だって?』
『そう』
『新店長は定休日を決めたんだな』
『ああ』
『ふーん、ま、店長だから権限はあるよな、だけどさ、友和会の息子だろ、偉そうにしてるんじゃないか?』
ケビンとは親しく付き合ってきたし、つい話したくなるが、小森の事はあまり話さない方がいいだろう。
『いや、普通だ』
『ふーん、ならいいが……、そっかー、残念だな、久しぶりに会いたかったのに』
ケビンは残念そうに言ったが、俺もだ。
『ああ、そうだな……』
今度顔を合わせるとしたら、店になるだろう。
『なーんてね、今からそっちに行っていい?』
ガッカリしていると、思いがけない事を言った。
『えっ?』
『兄貴は留守だろ?』
『うん』
『俺さ、夜まで暇なんだ、行っていい?』
俺は全然構わないが、蒼介がいる。
『あの〜、蒼介がいるけど』
『おお、蒼介か、長い間会ってないな、前に会ったのはいつだったか忘れたよ』
ケビンと蒼介が鉢合わせする事は滅多にない。
おそらく……最後に会ったのは5、6年前になるだろう。
『で、どうする?』
『ああ、勿論行くよ、なにか買っていこう、君は今でもケーキが好き?』
『ああ、うん……、あの〜気ぃ使わなくていいから』
『そうはいかないよ、なにかプレゼントしたいじゃないか、ははっ、それじゃあ……今から30分後にそっちに到着する』
『うん、わかった、じゃあ、待ってる』
話が決まって電話を切ったが、急遽ケビンが来る事になった。
「今の……誰? 霧島の人?」
蒼介が早速聞いてきた。
「ああ、ケビン、今から来るって」
「ケビンって、何度か会った事があるけど……、髭を生やしたイケメンな外人だ」
「ああ、そうだな」
ケビンは現在顎髭があり、マフィアみたいな雰囲気になっている。
昔の古い映画『ゴッドファーザー』が好きなマフィアオタクだから、年をとる毎に自分の理想に近づいてるようだ。
「あっ、じゃあ〜、刺青見たいな〜、脱いでくれとか……、やっぱダメかな?」
前にケビンの刺青の事を話したから、蒼介は見たいらしい。
「いや、多分、喜んで見せると思うよ」
ケビンは刺青をファッション感覚で捉えている。
本当はもっと人に見せて自慢したいようだが、日本では人目に晒す事はできないので、『見せて欲しい』なんて言ったら、相当喜ぶと思う。
グラタンの空を片付けて、ついでに猫のトイレを掃除した。
気がついた時にマメに掃除しなきゃ、2匹いるし、匂いが気になる。
「オラオラ〜」
蒼介は床に座って猫達と遊んでいる。
溜まってた洗い物を済ませたところで、ケビンがやってきた。
玄関に行ってドアを開けると、黒いスーツを着た渋い外人が立っている。
「友也〜、会えて嬉しいよ」
そう来るとは思ったが、片手にケーキの箱を持ったままハグしてきた。
そして、頬に軽くキスをする。
「あ、ははっ……、ああ、うん」
蒼介が見てなけりゃいいが……。
「どーも、こんにちは、お久しぶりっす」
噂をすれば影……そう思ったそばから蒼介がやってきた。
「お〜、蒼介、君も随分背が伸びたね」
ケビンは満面の笑みで話しかける。
「うん、俺にはハグないの?」
なのに、蒼介はむくれた顔で聞き返す。
やっぱりさっきのを見ていたらしい。
ケビンは両手を広げて待機姿勢をとった。
「ああ、悪かった、さ、おいで」
「うん……」
「会えて嬉しいよ、蒼介」
蒼介が前に歩み寄ると、両腕で包み込んでハグをした。
「ん、チューは?」
しかし、蒼介はソコも要求する。
「あ、ははっ……、ああ、わかった」
ケビンは苦笑いしたが、もう一度ハグして頬に軽くキスをした。
「これで満足かな?」
「へへっ、くすぐってぇ」
自分から言った癖に、蒼介は照れ臭そうに笑っている。
まぁーたかが挨拶だし、このくらいは構わないだろう。
「ケビン、上がって」
あがるように言ってキッチンへ向かった。
「ああ、じゃ、失礼するよ」
「うん、ソファーに座って……、で、なにか飲む? 珈琲入れよっか?」
座るように促して、何がいいか聞いた。
「ああ、いや、簡単な物でいいよ、忘れるとこだったが、これを……、せっかく買ってきたんだ、渡さなきゃ意味がない」
ケビンはケーキの箱を差し出したので、慌てて取りに行った。
「悪いな〜、ありがとう、じゃあ、コーラでいいかな?」
ケーキの箱を受け取ってもう一度聞いた。
「ああ、十分だ」
「わかった」
ケーキをカウンターに置き、グラスを出して氷を入れた。
「ニャー」
ゴソゴソと手を動かしながら、ソファーへ目を向けると、ケビンと蒼介は向かい合って座り、猫達がケビンの足元に擦り寄っている。
「まだ子猫だね」
「うん、こいつら悪だよ」
次郎長と次郎吉はソファーに飛び上がり、2匹してケビンに纏わりついた。
「ははっ、ほんとだ、手にジャレてくる」
ケビンは2匹に手を引っ掻かれているが、平気な顔で相手をする。
「なあケビン、あの〜、頼みがあるんだけど」
蒼介は刺青の事を切り出すようだ。
「ん、なにかな?」
「刺青……見たいな〜って」
「俺のジョーカーを見たいのか?」
「うん、ダメ?」
「ダメだなんてとんでもない、見せてあげるよ」
ケビンは嬉々として立ち上がり、上着を脱いでネクタイを解いていった。
ネクタイを首からスルッと引き抜き、次にシャツを脱ぎ始めた。
全部脱いだら、脱いだやつを纏めてソファーの背もたれに掛けたが、蒼介は半裸になったケビンをじっと見つめている。
「おお〜、すげーいい体をしてる」
感心したように言ったが、ケビンもテツや親父さん、翔吾と同じように鍛えてるので筋骨隆々だ。
ただ、日系ハーフとは言っても見た目は外人だから、筋肉がつきやすいのか、肩や背中がかなり逞しく見える。
「ははっ、火野の兄貴だって鍛えてるじゃないか」
ケビンは火野さんの事を言った。
「うん、そうだけど、なんか違う」
けど、蒼介も何となく違いがわかるらしい。
「いや、まあ〜体はいい、刺青だろ? ほら、ジョーカーを見てくれ」
俺もつい見とれてしまったが、ケビンは蒼介に背中を向けたので、コーラを持って2人の所へ行った。
「お〜、これがジョーカー? ちょっと近くで見たい」
蒼介は立ち上がってケビンの傍に行ったので、ケビンの前にグラスを置き、蒼介がいた方に腰を下ろした。
「額は無しだけど、このタトゥー、俺は気に入ってるんだ」
ケビンはジョーカーをお披露目出来て嬉しそうだ。
「へえ、すげー、ホラーな絵だな」
蒼介はケビンの真後ろに立って、ジョーカーを間近に見ている。
「どうかな? やっぱり友也みたいな和柄がいいかな?」
「叔父さんの鷹もいいけど、ジョーカーはケビンに似合ってる、これはこれでなんとも言えずいい」
「そうか? ほんとにそう思う?」
「うん、ほんと、怖いのが迫力あっていい」
「ははっ、ホラーな感じがいいんだな」
「うん、龍や虎とは違った怖さがある」
2人は刺青で盛り上がっているが、ジョーカーは年数を経たせいか、赤や青といった派手な色は落ちつき、渋みが増したような気がする。
「そうか、気に入ってくれて嬉しいよ、もういいかな? 満足した?」
「うん、サンキュー」
「どういたしまして、ジョーカーも褒めてもらって喜んでるよ」
ケビンは上機嫌で脱いだ服を着始め、蒼介は俺の隣に戻ってきた。
「今日来て良かった〜、ジョーカー見れたし〜、やっぱ刺青いいな〜、俺もいれたい」
蒼介は興奮気味に口走ったが、刺青なんか入れない方がいい。
「だめだ、中学生の分際で……けしからん」
好奇心が旺盛な年頃だから、なんでもすぐに飛びつく。
「けしからん……って〜、じーさんみたい、あははっ!」
蒼介はゲラゲラ笑ったが、バイの事といい、刺青といい、軽く考え過ぎだ。
「あのな〜、真面目に聞け、親から貰った体に傷をつけるな」
「じゃ、叔父さんはいいの?」
「ああ、俺はいい、つーか、父さんに殴られた」
「えっ、おじいちゃんに?」
「ああ、俺も殴った」
「えぇ、マジ? 叔父さんってそんな事するんだ」
「そりゃ……、もういいだろ、とにかく、だめだ」
俺は紆余曲折を乗り越えて今に至る。
蒼介はまだまだガキだ。
マセた事ばっかし言ってるが、そうは問屋が卸さない。
「ケチ〜」
「あははっ、なんか揉めてるけど、で、もう夕方になるが、蒼介、君は学校帰りに寄ったのかな?」
いいタイミングでケビンが割って入った。
「今テストで、昼で終わる」
「ああ、テストか、じゃあ、勉強頑張ってるのか?」
「勉強は嫌いだ、休み時間はいっつも格闘ごっこしてる」
「え? 格闘ごっこって……」
「蒼介は番長なんだ」
ケビンは首を傾げたので、俺がバラしてあげた。
「ん、バンチョー? 子供の時に日本の漫画で見たよ、不良が出てる漫画だ、それにバンチョーがいた、確かボスだ、じゃあ、蒼介はボスなのか?」
さすがはオタク、漫画には詳しい。
「ちげーよ、も〜、番長じゃねぇし、あいつらが勝手に従うんだ、俺のせいじゃねぇ」
「勝手に? でも……なにかあったから従うんじゃないのか?」
「中学生になってすぐに絡まれたらしい、そりゃ目立つからな、背ぇ高いし、オッサンだし〜」
それも説明してあげた。
「あ、それで喧嘩して、勝ったとか?」
「叔父さん……、オッサンじゃねぇ、つか、喧嘩してねぇから、ただ、手を動かしたら……当たったんだ、で、あいつらが殴りかかってくるから〜、仕方なく相手をした」
「ああ、やる気はなかったって事か、しかし……それで勝ったと、で、バンチョーになった、なるほど」
ケビンは納得したようだ。
蒼介は大柄でパッと見強そうに見えるが、小学校高学年になるまで火野さんに鍛錬されていたから、見せかけだけじゃなく本当に強い。
それから3人で楽しく過ごしたが、やがて姉貴がやってきて、蒼介はおとなしく帰宅した。
2人きりになると、ケビンは立ち上がって隣に座ってきた。
「友也、俺もそろそろ行くが……、また付き合ってくれないか? 俺は今引越して新しいマンションにいる、是非遊びにきて欲しい」
肩を抱いて言ってくる。
「浮気はだめだ、ケビン、よく知ってるだろ?」
ハッキリと言った。
「ママが……結婚しろって煩い、でね、適当な女を見繕って写真を送ってくる」
すると愚痴めいた事を言ったが、ケビンも結婚に関して色々あるようだ。
「そっか、やっぱりあれ? 孫が見たい病」
「ああ、親父さんと一緒だ、だけど……ママは我儘だ、イギリスに戻って結婚しろって言う」
年をとると、皆似たような願望を持つらしい。
「で、断ったんだ」
「ああ、しかし……しつこい、俺はもし結婚するなら日本人がいい、日本人と結婚して、日本で暮らして、ラーメンと餃子を食べまくる、俺には……ラーメンと餃子はなくてはならない物だ、なのにママは……イギリスにも日本食はあるって言う、ママはなにもわかってない、イギリスのラーメンと餃子は……あんなものは偽物だ」
ケビンはラーメンと餃子だけは譲れないようだ。
「うん、まあ〜、そうかも」
ラーメンと餃子が美味いのは事実だし、多分、イギリスのラーメンと餃子は……なーんちゃってラーメン餃子だと思う。
「いや、第一、俺はまだ遊びたい、友也、頼む」
そう言われても、浮ついた気持ちで浮気をするつもりはない。
「悪いけど、それは無理、日本人の彼女でも見つけたら?」
ケビンならいくらでも女が寄って来そうだ。
「うーん……、それは難しい、水商売なら沢山いるが、俺は水野の兄貴や松本の兄貴のように寛大にはなれない、カタギがいいが、出会いがない」
「出会いか……」
確かにカタギの娘さんと御付き合いするのは、厳しいものがある。
「若はカタギの娘さんと見合いをさせられてるが、全部はねつけてるね、俺、親父さんから写真を見せて貰った事がある、結構美人だった、勿体ない、俺に分けて貰いたいよ、ははっ」
ケビンは翔吾の事を出して言ったが、冗談半分に言った事だろう。
その後でまた誘ってきたが、いくら頼まれてもそれは出来ない。
夜はシノギがあるという事なので、ケビンは渋々諦めて立ち上がった。
玄関まで見送りに行き、『店にきた時はよろしく』と頼んだ。
「ああ、じゃ、せめて」
ケビンは靴を履いて起き上がり、いきなり抱き締めてきた。
「わっ」
よろついて懐に寄りかかったら、顎を掴まれて唇が重なった。
力強く抱く腕は、昔より強靭になっている。
その上、キスに慣れてるからキスが上手だ。
ドキドキしてきたが、湧き出す悪い虫を封じ込めた。
「ごめん、怒らないで欲しい」
顔が離れた途端、謝罪する。
「怒ってない、ただ……、付き合うのは無理だから」
キスくらいどうってことない。
「ああ、わかった、じゃあ、また会おう」
「うん……、気をつけて」
期待には応えられないが、ひとこと言葉をかけて立ち去る背中を見送った。
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