Snatch成長後編BL(完結) 36、お客様 ◇◇◇ 新店長がやってきて数日が経ったが、翔吾がいるからじかに関わる事がない。 今夜は本家ミノルだ。 ミノルは大人しいので黙々と雑用兼ボーイをこなす。 「友也君、青いカクテルください」 カウンターにやって来て客からの注文を言ってきた。 「ブルームーンか、分かった」 ミノルはカクテルの名前を一部しか覚えてないので、色や特徴で伝える。 ふと見れば新たに客が入ってきたが、客にひと声かけて早速作る事にした。 材料をシェイカーに入れてシェイクしたら、カクテルグラスに注ぐ。 飾りにチェリーを落として出来上がりだ。 「はい、出来た」 カウンターに置いてミノルに声をかけた。 「ありがとう」 ミノルはトレーにグラスを乗せると、客席の方へ向かって歩きだした。 それと入れ替わるように誰かがやってきたが、近づくにつれて誰なのかが明らかになった。 「あなたは……」 あのコンビニの店長だったが、さっき入って来たのはこの人だったようだ。 「ああ、こんばんは、約束だから遊びに来たよ、ここは可愛い子ばっかり揃ってるね、通りで料金が高いわけだ」 店長は料金の事を言ったが、俺は約束した覚えはない。 「いや、来てくれるのは有り難いんですが、約束はしてませんが……」 「そうだった? 僕はてっきり約束したと思ってた、なに、迷惑だった?」 「いえ……」 店長はしれっととぼけているが、客として来た以上帰れとは言えない。 「矢吹さんだよね? マネージャーさん、約束通り僕のお相手よろしく、とりあえずビールを頼む」 不本意だが……名前まで知ってるのが気になるし、ここは付き合うしかないだろう。 「わかりました」 「よし、じゃ、あの壁際の席にいるから、早く来てくれ」 店長は隅の席を指差して言った。 「はい」 返事をしてミノルを探したら、ちょうど空のグラスを運んできた。 「ミノル、悪いけど、カウンターにいてくれる?」 簡単な注文ならミノルでもこなせるし、カクテルは嬢達が自分で作る。 「ん、いいけど……なにか用事?」 「ああ、お客さん来てるから、ちょっと相手をしてくる」 「お客さん……、うん、わかった」 ミノルはお客さんと聞いて不思議そうな顔をしたが、頷いてカウンターの中に入ってきた。 俺はビールをグラスについでトレーに乗せ、ミノルと入れ替わって客席へ向かった。 隅っこの席に行ったら、店長は笑顔で待っていた。 「ご注文のビールです、どうぞ」 「ああ、とにかく座って」 「はい」 促されて向かい側に座った。 「僕の事はまだ言ってないから、名前だけ言うよ、鈴木大介、歳はあんまり言いたくないからアバウトに40代」 「そうですか……」 店長は鈴木と名乗ったが、やっぱりテツと歳が近い。 「で、これも約束だから話すよ、プライベートな話をすると……、僕はこういうお店が好きで、ちょくちょく遊びに行く、それでトリップって店にも行くんだけど、そこのママさんと親しく話をするようになって、で、仕事の話になったわけ」 あくまでも約束だと言って勝手に喋りだしたが、俺の事を誰から聞いたのか……今の話でなんとなくわかった。 「そっすか……」 トリップのママっていうのは生田の事だろう。 生田は俺とテツの事を知っていたし、鈴木に話したに違いない。 「ああ、コンビニの事を話したら、その近くに知り合いが住んでるって言う、君のマンションだ、でね、ヤクザだってこっそり明かした、でもね、実は僕は知ってた、今の店で店長をやるにあたり、周りの事を調べたんだ、君の住むマンションは霧島組の持ち物だ、住人は組員ばかりが住んでいる、それを聞いた時は躊躇したよ、だけど……霧島組の噂を聞いたら、悪い噂がないんだ、ヤクザにしては珍しい、それで大丈夫だと思ってあの店のオーナーになった」 そういえば、鈴木は寺島を見ても平気な顔をしていた。 「そうですか」 「君の事は……いつも深夜にやってきて、ホストみたいな風貌に見えた、僕は君の事が気になっていたから、こんな子がちょくちょくくるんだって、何気なく話題に出した、そしたらママさんが……自分の知り合いにはパートナーがいて、中性的だけど眉がキリッとしたいい男だと、そう言った、そこで一致した、多分君に間違いないだろうって」 俺の事をバラしたのは、やっぱり生田だった。 「それで名前も知ってたんですか」 「ああ」 ペラペラ喋られたら迷惑だが、テツは生田と知り合いみたいだし、鈴木は生田にとっちゃ常連客だ。 悪気もなく話題に出したんだろう。 ただ、少しだけ腑に落ちない点がある。 「じゃあ、バイ・セクシャルだって言ったのは……、それも聞いたんですか?」 「いいや、それはカンだ、僕はカンが冴えてる方でね」 「そっすか……」 そんな自信たっぷりに言われても……困惑する。 「君と話がしたかったんだ、客としてでもいい、だってパートナーがいるし、ヤクザじゃ……さすがにちょっかい出せないよ、コンクリートで固められて海に沈められる、はははっ」 鈴木は冗談のつもりで言ったんだろうが、実際にそれをやるのは素人だ。 「ははっ、ええ、まあー」 けど、適当に合わせた。 「いやー、手を握るのも勇気がいったよ、こないだ仲間らしき人が来てただろ? なにか言われるんじゃないかと思ってひやひやしたよ」 だったら……やるなって話だ。 「あの人が君のパートナー……、じゃないよね?」 鈴木は寺島の事を言って聞いてきた。 「違います」 「そうか、色んな人が来るからどの人かわからないよ」 「いや、まあ……」 わからなくていい。 「まあー、そんなこんなでよろしく」 「あ、はい……」 何はともあれ、危険性はなさそうだ。 そうとわかれば……いっそ常連になってくれたら有難いが、料金が高いと言っていたし、無理かもしれない。 「あ、そうそう、別のゲイ・バーで可愛い子がいるんだよ、そこも安い店だけど、その子ね、体を変えてるんだよ」 「そうですか」 鈴木はゲイ・バーがよっぽど好きなんだろう。 色んな店に通ってるようだ。 「なんでも、若い時にタイで性転換して、アジアで暮らしてたらしい」 「アジアで?」 もしや……とは思ったが、タイで性転換手術を受けるのはざらだし、そういう奴はわりといる。 「ああ、それがさ〜、怖い事を言ってた、一緒にいたヤクザがマフィアに殺されて、溶鉱炉で溶かされたって言うんだよ」 でも今の話……それは多分真実だ。 「そう……ですか」 「ま、冗談だと思うけどね、はははっ」 鈴木は冗談だと思ったようだが、そのカマはどう考えても堀江としか思えない。 ゲイ・バーに勤めてるのは予想がついていた。 けれど、アジアから日本へ逃げ帰ったような奴が、そんな事を気安くバラして大丈夫なのか……あいつのやる事はさっぱり理解出来ない。 鈴木は暫くお喋りをして店を後にしたが、注文はビール1杯だけだった。 シャギーソルジャーはチャージ、サービス料が別途かかるから、ビール1杯で5000円はかかる。 高いのを知ってて来たって事は、きっと腹を割って話をしたかったんだろう。 帰り際に手を握ってきたが、無理してここに来たんだと思うし、その位はサービスとして許容する。 鈴木がいなくなった後は、何事もなく無事フィナーレを迎え、閉店後に売上を計算して店長室へ行った。 ノックして中に入ったら、翔吾はもうひとつ椅子を持ってきて、小森の斜め後ろに座っていた。 「っと〜、店長、売上っす」 「おお、そこに置いといてくれ」 小森はPCを見たまま俺に言ってきた。 「はい」 言われたようにデスクの上に置いたが、ずっとこんな感じで、ハルさんみたいに『ご苦労さま』とか、そんな言葉は一切ない。 何気ない事だが、こんな無愛想な人を見ると、笑顔で声をかけてくれたハルさんがどんだけ有難かったか……身に染みてわかる。 「友也、お疲れ、ね、ちょっと僕に付き合わない?」 翔吾は労いの言葉をかけてくれたが、いきなりのお誘いには面食らった。 「あの〜、もう夜中だし、帰った方がよくね?」 小森はPC画面に釘付けだ。 俺らの事を気にする様子は見られないが、だからといって、小森の前でそういう事を言うのは控えた方がいいだろう。 「なに言ってるんだよ、いつもの事じゃん、あのさ、テツは墓穴を掘る奴らの監督をしてる」 すると、翔吾はおかしな事を言った。 「墓穴〜? なにそれ、そんな事もやってんの?」 「ああ、まっとうな仕事だよ」 「しかも監督って、現場監督みたいだな」 「うん、そう、下の奴ら、目を離したらサボるからさ、何ヶ所もあるんだよ、だから、ちゃんとヘルメット被ってる」 「えぇ、マジで?」 黄色に緑十字、安全第一と入ったあのヘルメットをテツが被るなんて……。 「マジだよ、だからちょっと付き合って」 翔吾は堂々と誘ってくるが、ここでごねたら話を長引かせてしまう。 「わかった」 付き合うって言ったのは事実だし、とにかくOKした。 [*前へ][次へ#] [戻る] |