Snatch成長後編BL(完結)
34、実は出来るんです
◇◇◇
久しぶりのリバに大満足した翌日、青木の家にやって来たら、婆ちゃんが歓迎してくれた。
「こりゃ石井君、よく来たね〜、さ、上がって上がって」
「あ、はい、あの〜、よかったらこれを」
毎度手ぶらじゃ申し訳ないので、今日は饅頭を土産に買ってきた。
「あれま〜、こんな物をわざわざ買ってきてくれたのかい?」
婆ちゃんは目を見開いて大袈裟に驚いた。
その辺の和菓子屋で買った物だし、あんまり大袈裟に言われたら小っ恥ずかしくなる。
「あ、はい……、なので……つまらない物ですが、どうぞ」
兎に角渡した。
「ちょっと爺さん、石井君からこんなお土産を頂いたわよ」
なのに、婆ちゃんは爺ちゃんの所へ持って行って報告する。
「おお、石井君、すまんな〜」
「いえ……」
爺ちゃんは俺を見て頭を下げたが、気を使わせてしまって逆に申し訳ない。
「石井君、行こ」
「うん……、お邪魔します」
青木に促され、靴を脱いで廊下に上がったら、婆ちゃんが慌てたようにやって来た。
「ありがとね、あとで茶を持って行くから」
婆ちゃんは腰を曲げた状態で歩いているし、そんな事をして貰っちゃ悪い。
「いえ、あのー、ほんと気を使わないでください」
階段の昇り降りは腰に負担がかかる。
「いいんだよ、あのね、あたしゃこんな風に腰が悪いが、少しは動かなきゃ余計に動けなくなるんだよ」
でも、婆ちゃんは笑顔で言ってくる。
そういえば……父さんがリハビリしてた時に、動かずにいたら余計に麻痺すると聞いた。
「っと……そうなんですか……、あの、じゃあ、すみません」
厚意で言ってくれてる事だし、素直に受け取る事にした。
2階の部屋に入ると、今回は綺麗に片付いていた。
それに、以前ハンガーに吊るしてあったおっさん臭いジャンパーがなくなり、代わりに衣装みたいな物がかけられているが……。
「なあ青木、これ、広夢なやつだよな?」
ラメ入りのミニスカドレスだが、間違いなくトリップで着る衣装だろう。
「うん」
「いいのか? 家族に見られるだろ」
婆ちゃんはいいとしても、両親がびっくりしそうだ。
「前はさ、念の為にって思って隠してたんだけど、実は父ちゃん母ちゃんは滅多に上がって来ない、来るのは婆ちゃんだけだから」
「ふーん……、もしかして〜あんまし喋ったりしない方?」
「うん、話さない、俺が大学をやめた時点で、もう駄目だって思ったみたい、ほら、今は大学出てて普通だし、父ちゃん母ちゃんは……高卒じゃろくな就職先がないって嘆いてた、それから長い間ニートだったんで、呆れ返って匙を投げたみたい、部屋なんか来ないよ」
喧嘩してるわけじゃなさそうだが、青木は両親とあまり上手くいってないらしい。
「そっか〜、就職先か……、出世したいとか、欲があればありかな、俺はそういうのがねぇから、翔吾の紹介で水商売だ、でもさ、俺はシャギーソルジャーが好きだし、これでいいと思ってる」
大学については俺も父さんと揉めたから、そこはちょっと似てるような気がする。
「うん、シャギーソルジャーいいな、憧れる〜」
青木は羨むように言ったが、駆け出しニューハーフにとっては憧れの店なんだろう。
けど、何事もはじめの一歩からだ。
とにかく、青木は化粧云々と話していたし、そっちを聞かなきゃならない。
「あの、化粧の事を言ってたよな? どうすんの?」
「あ、それそれ、あのさ、あれから化粧道具を揃えたんだ、店の先輩から聞いて……、あ、ちょっと待って」
青木はベッドの方へ歩いて行くと、下から何かを引っ張り出し、俺の前に座って手に持った物を見せる。
「これなんだ、この入れ物はポーチっていうらしい、この中に入ってる」
姉貴がいるからポーチは知ってるが、具体的に何をしたらいいか分からない。
「うん、つっても、化粧の仕方って……」
「あ、じゃあさ、今からやるから、いいか悪いか言ってくれる?」
「わかった」
チェックしてくれという事なので、青木が化粧をするのを待った。
肌は前よりずっとマシになっている。
予想ではそこそこいけるんじゃないか? と思ったが、青木は後ろに向いてゴソゴソし始めた。
化粧するところを見られたくないんだろう。
ゲイ・バーで働いてはいるが、その辺りの羞恥心はまだあるようだ。
やがて終わったらしく、出した物をポーチの中にしまい込み、座ったまんま俺の方へ振り向いた。
「あ……」
目の上の青いシャドウがやたら目立ち、1番最初に目がいったが、真っ黒なアイラインはメタル系バンドのコープスメイクを彷彿とさせる。
デカいつけまつ毛は、まるで扇のようだ。
そして真っ赤な口紅が、火に油を注ぐ勢いでとどめを刺す。
「どうかな?」
青木は普通に聞いてくる。
「アウトーっ!」
盛大にダメ出しをしてやった。
「え、駄目?」
青木はキョトンとしている。
「そのメイク、先輩が教えたのか?」
「うん、そう……」
「はあ〜」
やっぱり3流ゲイ・バーじゃ、お笑い路線になるらしい。
「なあ、あの〜、じゃあ、どうしたらいい?」
青木は困った顔で聞いてくる。
「ティッシュと化粧落としある?」
仕方がない。
こうなったら……俺がやり直してやる。
「うん、ちょっと待って、今出す」
青木はポーチの中を探って中から必要な物を出した。
クレンジングクリームとポケットティッシュだ。
「ん〜、じゃ、とりあえず〜ざっと落とすから」
向かい合って座り、青木の顔を弄った。
1番最初につけまつ毛を剥がしていったが、つけまつ毛は俺もつけた事がないので、用心深く引っ張ってみた。
「これさ〜、大丈夫かな、痛くね?」
糊かシールで貼り付けてあるので、無理に引っ張ったら痛そうだ。
「あ、じゃ、自分で取るよ」
青木は自らつけまつ毛を剥がしていったが、バリバリって感じで剥ぎ取った。
「痛くねぇの?」
「ちょい痛い、でも平気」
皮膚の薄い箇所だから痛そうに見えたが、本人は大丈夫だと言うので、一応つけまつ毛について言っておきたい。
「あのさ、このつけまつ毛、いらねぇと思う、もしつけるなら、こんなデカいやつじゃなくて、普通サイズのやつがいいよ」
「うん、わかった」
青木は素直に頷いたが、3流ゲイ・バーのカマよりは俺の方がセンスがあると思う。
ティッシュにクレンジングをつけて化粧を落としていった。
まずはアイシャドウとアイラインからだ。
「ちょっと目ぇ瞑ってて」
「うん」
青いシャドウを厚塗りしてるので、何度か繰り返し拭いてやっと取れた。
次は口紅だが、それは自分でやって欲しい。
「じゃあ、その赤い口紅を拭いてくれる?」
「わかった」
青木はティッシュで唇をゴシゴシやり、口紅を綺麗に拭き取った。
「よし、んじゃ、化粧し直すけど、ちょい待って」
実は……自前の化粧品を持って来ていたので、カバンから出して目の前に並べた。
「またわざわざ持ってきてくれたんだ、石井君って優しいな〜」
青木は喜んでいるが、この化粧品はテツに女装を強いられた時に使うやつだ。
「うん、まあ〜、それじゃ塗るから、目のとこにいったら目ぇ瞑ってて」
「うん」
まずはファンデーションから塗っていった。
顔全体にムラなく塗り広げ、次にアイラインを引いていく。
「あのさ、アイラインはあんまり太くならないようにしなきゃ、目の際をなぞる感じで目立たないように」
「うん、わかった」
ひと言注意してアイラインをひいた。
それが済んだらシャドウだが、持ってきたのは淡い紫とピンク系で、パールが入ったやつだ。
「で、このシャドウは2色あるから、淡い方をベースに塗る、べったり塗っちゃ駄目だからな、全体にぼかす感じ」
塗りながら説明した。
「うん、覚えとく」
「んで、次に濃い色だけど、これは目尻や目頭だけに塗る、これもべったり塗りすぎないように」
「わかった」
説明しながら、いい感じに色をぼかしてアイシャドウを塗り終えた。
「一応こんなもんだ、口紅はパール入りの渋いピンク系、ほら、これは自分で塗って」
仕上げに口紅を渡した。
「うん、じゃ、塗ってみる」
青木は目の前で手鏡を見て塗り始めた。
俺が手直ししたメイクを改めて見てみたら、ニューハーフとしてはまだレベルが低いものの、さっきの3流お笑いメイクよりは遥かにマシに見える。
「できた?」
口紅を塗り終えたようなので声をかけた。
「うん、出来たよ、今度はどうかな?」
俺に聞いてきたが、自分で見て覚えなきゃ駄目だ。
「最初より全然いい、もっかい鏡を見てみな」
よく見るように促したら、青木は手鏡を目の前に持っていってまじまじと見ている。
「あ〜、うん、なんかナチュラルだ」
違いがわかったようだ。
「だろ? そんな感じで化粧したら、きっとお客さんにもウケるよ、持ってきたやつはあげるから」
俺はそんなに使う事がないから、化粧品は青木にやる。
「いいの?」
「ああ」
「カツラも貰ったのに、悪いな」
前回持ってきたヅラも、青木にプレゼント済みだ。
「ああ、いいって、気にしなくていいから」
どうせテツがまた買ってくる。
「ありがとう、助かるよ、あ、あの……」
青木は笑顔で礼を言ったが、なにか言いたげに言葉を詰まらせた。
「ん?」
「石井君は今付き合ってる人……いる?」
「いや」
プライベートは出来る限り隠すつもりだ。
「じゃあ、今度、一緒に遊びに行かない?」
彼氏か彼女がいたら悪いと思ったんだろうが、遊びに行くくらいしれてる。
「ああ、いいよ、どこに行く?」
「あの〜買い物なんだけど、デカい電気屋があるじゃん、そこに行きたい」
「ああ、かまわねぇよ」
家電量販店なら、霧島の皆やテツと一緒に何度か行ったが、いくらなんでも……あのウザイ店員、ハンペンはもうクビになってるだろう。
「ほんとにいい?」
「ああ、俺が乗せてくわ」
青木は軽トラだと思うし、頑張って仕事をしてるから、応援するつもりでサービスする。
「やった〜、ほんとマジ嬉しい、ありがとう」
喜んで貰えて良かったが、俺はもうちょい詳しく仕事の事を聞きたい。
「うん、それで……」
「お茶を持ってきたよ」
だが、婆ちゃんがやってきた。
化粧してるけど……いいんだろうか……。
「あ、すみません」
婆ちゃんはテーブルのわきに座ったので、急いでそっちに行った。
「ああ、はははっ、広大が仕事をするようになって、有り難い事だ、石井君のお陰だよ」
頭を下げたら婆ちゃんは笑って言ったが、多分青木は……婆ちゃんに普通のBARか何かだと話してると思う。
水商売は大丈夫だと言っていたが、本当に大丈夫なのか気になってきた。
「っと……、夜の仕事なんで、どうかな〜と思ったんですが」
遠回しにそれとなく聞いてみた。
「ああ、あのね、長い事遊んでたんだ、ケチつけてたらキリがない、どんな仕事でも真面目にやる事が大事だと思うよ」
婆ちゃんは茶を置きながらあっさりと言ってのける。
「そうですか……」
ホッとした。
「あー、広大、あんたその顔はどうした」
しかし、化粧に気づいてしまったらしい。
「婆ちゃん、これイケてるだろ?」
青木は相変わらずというか、むしろ誇らしげに聞いた。
「ああ、また歌舞伎かい?」
婆ちゃんは完全に歌舞伎だと思い込んでるらしく、ドレスがかけてあっても全く気にしてない。
「うん」
青木は何食わぬ顔で頷いたが、これから女体化が進んだら、一体どうなる事やら……。
「ほお〜、女形だね、うん、綺麗だよ」
婆ちゃんは青木の顔をじーっと見て褒めた。
「ほんとにそう思う?」
「ああ、あんた最近肌が綺麗になったし、清潔にしてるだろ、だから尚更綺麗だ」
まさか孫がニューハーフを目指しているとは、露ほども思ってないんだろう。
めちゃくちゃ褒めまくる。
「へへっ、うん」
青木は照れ臭そうに笑った。
俺は……この平和ができるだけ長く続くように願うばかりだ。
「婆ちゃんはね、あんたがイキイキしてるのを見たら元気が出る、いや〜良かった」
婆ちゃんは青木が二ートになってしまい、ずっと心配していたんだろう。
いいお祖母さんだ。
なんだかほっこりとした気持ちになったが、婆ちゃんは立ち上がる気配がない。
仕事の事を聞かれたので、適当に誤魔化して話をした。
婆ちゃんは水商売の話が珍しいのか、興味津々に耳を傾けている。
青木も話に入ってきたが、ゲイ・バーだという事はぼやかして話をする。
婆ちゃんは終始ニコニコ顔だ。
それから後、3人で冗談を交えつつ談笑したが、これじゃトリップの話は聞けそうにない。
青木は店に馴染みつつあるようだし、心配する事はないと思うが、詳しい話は次回に持ち越しだ。
婆ちゃんは明るく気さくな人だから、話をするのは楽しい。
俺は爺ちゃん婆ちゃんに縁がないので、こんな婆ちゃんがいたらいいな〜と思った。
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