Snatch成長後編BL(完結)
19、幽霊組員
◇◇◇
店に行ったら、真っ先に店長室を覗いた。
「友也、来たのか」
翔吾はデスクに座っていたが、すっと立ち上がってそばに歩いてきた。
「ああ」
真ん前に立つから、若干見上げる形で頷いた。
「君と……2人きりになりたかった」
ところが、なにを思ったのか……いきなりハグしてきた。
「いや、あの〜、翔吾、何やってんだよ」
「言っただろ? 僕は我慢してる、花子も死んでしまって寂しい、癒してくれ」
花子というのは、死んだドーベルマンの名前だ。
「あのさ、黒木さんがいるじゃん」
ドーベルマンは死んでも、ドーベルマン黒木はピンピンしている。
「ああ、あいつは可愛がってる、だから君を抱かせてやったんだ、けど僕は……こんな機会でもなけりゃ2人きりで会う事も叶わない、わかってる……我儘だってわかってるんだ、だけど……この気持ちはどうしようもない」
抱かせてやったって……俺はご褒美のおやつかよ……。
まあー昔の話だからいいけど、それより、こんな場所でちちくりあうのはマズい。
「なあ、誰か来たらマズいっしょ」
今の若い子達は、俺達のややこしい関係なんか知る由もない。
「僕が何をしようが僕の勝手だ、誰にも文句は言わせないよ、この店は僕の店だもん、な、キス位させろ」
でた〜権力行使andわがまま虫……。
「つか、翔吾、来たばっかでいきなりなんなんだよ」
「だって、パパが女と結婚しろって煩いんだ、だからストレス溜まった」
親父さんはまだ諦めてなかったらしい。
「それは……、親父さんは親父さんで悩んでるんだよ、だいたいさ、翔吾は俺の姉貴や母さんは平気なんだし、頑張って女と付き合ってみたら?」
体を鍛えてるとは言っても、翔吾は美形で女ウケする顔立ちをしている。
翔吾さえその気になれば、あっさり上手くいきそうだ。
「冗談じゃない! 絶対嫌だ! 穢らわしい、パパは無理矢理お見合いさせる、腹立つ〜、グレてやるから」
なのに、ヒスを起こす。
今からグレてどうするって話だが、勢いで言っただけだろう。
「翔吾、ちょっと落ち着こうか、な、ほら、店長なんだからデスクに戻って、俺はやんなきゃいけない事がある」
掃除しなきゃ。
ミノルひとりに任せるのは悪い。
「若、失礼します」
ガチャッとドアが開いてミノルが入ってきたが、今夜は三上だ。
店長の事は予め話を聞いてきたんだろう。
「あっ、こりゃどうも……すいやせん、お取り込み中のところを失礼しました」
三上は俺達を見て出て行こうとする。
「ちょっと〜、ミノル!」
なに遠慮してるのか知らないが、いて貰わなきゃ困る。
「なんだ?」
三上は抱き合う俺達を前に、普通の顔で聞いてくる。
「なんだ? じゃなくて……、つか……翔吾、なあ、ちょい離れてくれる?」
翔吾は翔吾でミノルがいるのに離そうとしない。
「やだ、キスする」
「ちょっ……うっ!」
頭を掴まれて無理矢理チューされた。
「ほおー、若、上手いっすね、黒木で練習積みましたか」
三上はそばにやってきて感心したように言った。
「う、うう……」
甘い香水の匂いに包まれながら、上着を掴んでもがいたが、なにせ力をつけている。
背中を抱く腕から逃れられない。
そうこうするうちに舌を入れてきた。
「お〜、いった、若、いけ、やっちまえ!」
三上はとめるどころか煽っている。
舌が口蓋をなぞりあげ、ゾワッとした感覚が背中に走った。
「あ"……」
店長代理1日目で、出勤直後にディープキス。
先が思いやられるどころじゃない。
やっと顔が離れた時には、ちょっと頭がクラクラした。
「し、翔吾……」
軟弱なお坊ちゃまは……確かに凛々しくなった。
病院ではハルさんに立派な励ましの言葉を言ったし、若頭としてはちゃんとやってると思う。
ただ、最近はまた親父さんの事をパパ呼びしてる。
ちょっと昔に戻ってるような気がするが、親父さんが結婚させようとするから、そのイライラがわがまま虫を刺激してるのかもしれない。
「友也、君は僕の事をよく知ってるだろ? 女なんかいらない、あんまりしつこいから〜他の誰かに継がせたら? ってそう言ってやったんだ」
遂にそんな事まで言ったらしいが、親父さんは翔吾を溺愛している。
それが出来ればとっくにやってるだろう。
「そしたらなんつった?」
でも、どう言ったか気になる。
「ああ、パパは〜『わかった、だったら子供だけ作ろう、種を出せ』って馬鹿な事を言う、やだって断った」
そう来たか。
「それはちょっとな……うん……、で?」
競馬の種馬じゃあるまいし……。
「パパは困った顔をしてた、液体窒素で冷凍保存して、人工授精で孫を作るつもりなんだ、自分だってニューハーフと付き合ってる癖に、よく言うよ、だったら自分が作ればいい」
翔吾はとんでもない事を言ったらしいが、いくらムカついても、それは言わない方がいい。
「いや……、だめだよ、いくら元気でも年が年だ、子供が成人する前に死んじゃう率が高いし、普通に考えたら異常な事だ」
芸能人じゃあるまいし、70過ぎて子供を作るなんて、どう考えても無責任過ぎる。
親父さんは昔、頭スッカラカンな若い女に夢中になった事がある。
またあんなのが言い寄ってきたら、目も当てられない。
「そりゃ、僕だって今更兄弟なんか出来ても、可愛いとは思えない、まして女の子だったら最悪だ、女で許せるのは君のお姉さんとお母さん、それに死んだ花子だけだ、他は駄目、裏で『霧島の若頭はゲイだ』って噂されてるのは知ってる、構わない、言いたい奴は好きに言やいいんだ、その代わり僕は強くなってやる、こないだもつまらない事で因縁をつけてきた奴がいたから、思いっきりボコしてやった、僕は負けない」
「喧嘩したのか?」
「うん、だってさ、やっぱり実戦積まなきゃ強くなれないもん」
悔しいのは分かるが、これだけ女嫌いだと、噂されるのは仕方がない事だ。
翔吾は悔しさを間違った方向へ吐き出してる。
「翔吾、あのさ、喧嘩は控えた方がいい、無駄にボコしてると、しょーもない事で逆恨みされる、ちゃんとした理由があってやるのはいいが、殴らずに済む事を敢えて殴るように持っていくのは間違いだ、喧嘩術ならテツや黒木さんに教えて貰えばいい、もし不意打ちで撃たれたりしたらどうするんだ? 死んだら強くなりようがないし、それに立場がある、もし翔吾になにかあったら、単なる喧嘩じゃ済まなくなるぞ、ほら、舎弟頭と揉めたり、鷲崎一家の事もあった、また柳田さんのような犠牲者を出す羽目になる、翔吾はもうひとりじゃない、一家を背負ってるんだ、そんだけ責任がある」
「わかってるよ、友也、そんなに心配してくれるなら、好きにさせてくれるよな?」
結局そこへ持ってきたが、本当にわかっているのか不安になる。
「いや、ちょっと待って、好きにって言っても、俺は浮気禁止だから、テツはさ、浮気せずに真面目にやってる、なのにまた裏切ったりしたら、良心が痛む」
もう我儘は勘弁して欲しい。
「ふうー、あのよー、いつ終わるんだ?」
そう言えば……三上を忘れていた。
声がした方を見たら、三上はちゃっかりと店長の椅子に座っている。
「おっ、この店安いな、安いわりにゃ可愛い子がいるじゃねぇか」
PCを弄って何かを見ているが、間違いなく風俗だろう。
「ミノル君、なにやってんだよ」
翔吾が慌ててそばに行った。
「若、見てくださいよ、これ、18って書いてあるけど、中学生に見えませんか?」
三上は画面を指差して聞いた。
「あ〜そのサイトね、それさ、前に捕まったよ、まだ性懲りも無くやってるんだ」
「え、じゃあ、ガチで中学生っすか?」
「ああ、らしいな、いくらウリが緩いからって、中学生使っちゃマズイよ、しかもさ、買った客がタクシー使ってホテルに連れ込んだ、バカ丸出しだよね、一発で通報される」
「タクシーっすか? そんな間抜けな奴がいるんすね」
「らしいな、その店はさ、ちょくちょく名前を変えてるし、どっかの組がケツを持ってるんだろうけど、さっさと切った方がいい、そんなんで逮捕されちゃそれこそ痛手を食う、あくまでもクリーンにやらなきゃ稼ぎにならないよ」
「そうっすよね、今は法がうるせぇから、表向き真っ当な商売で稼がなきゃ、下手を打つと組が潰れる可能性も出てくる」
俺はその場に突っ立っていたが、2人は売り専の話題で盛り上がっている。
翔吾はミノルだと思っているが、それはかつての霧島組幹部兼子分だったりする。
若頭と子分が仲良くお喋りするのは、心温まる微笑ましい光景だ。
しかし、いい加減仕事をしなきゃ開店してしまう。
「あの〜、そろそろいいっすか? ミノルと掃除したいんっすけど」
「ん、ああ、そうだね、僕もファイル開いてみなきゃ、じゃ、行っていいよ」
許可がおりたので三上と連れ立って部屋を出た。
「おう、急いで掃除だ」
三上はダダダっとロッカーに走って行った。
勢いよくバーン! とロッカーを開けると、素早くバケツとモップ、雑巾を用意して、ダッシュして俺のところへ戻ってきた。
「はあ、はあ、くそ……、体力ねー」
息を切らしているが、体はミノルなんだから当たり前だ。
「無理しちゃ駄目ですよ」
「かまうか、少しは動かねーと、余計にヘナヘナになる、ほら、モップだ」
三上はヘナヘナだと言ったが、それは当たってる。
周りが変わりゆく中で、ミノルだけは昔と変わらない。
霊感は老化防止になるのかもしれないが、兎に角モップを受け取った。
「すみません」
「若は自分の仕事を黒木にやらせてるのか?」
「そうっすね」
「まあー売り上げをチェックしたり、書類がありゃそれを片付けたり、あとは名義人の判子を押すぐれぇだからな、そんなに難しくはねーだろう、それより……若はまたお前を狙ってるな」
三上はモップで床を拭きながら、他人事のように言う。
「らしいですね、ていうか……三上さん、翔吾を煽ってましたよね?」
『やっちまえ!』とはやし立てていた。
「なははっ、ついな、ノリだよ、ノリ、あんなー、もう寝てやれ、いいじゃねぇか、お前らはみんなでお手手繋いで仲良くやってるんだ、今になって浮気もクソもあるか」
三上はゲラゲラ笑って言った。
「駄目です、テツは節操を持たなきゃ駄目だって言いました、男同士は妊娠のリスクがない、だから逆に……一旦自由にしたら歯止めがきかなくなるって、そう言ってました」
「ふーん、ある意味大正解だ、相変わらず、よく頭が回る奴だ、あいつ、昔っから痛てぇとこを突いてきたからな、だからよ、俺はムカついたんだ」
「じゃ、わかってくれましたよね?」
「へへー、そうはいかねぇ、俺は頭がわりぃ、それによ、友也、そろそろ俺の相手をしろ」
「え〜」
三上まで我儘を言い出した……。
「あの、俺はみんなのなんなんすか、オモチャっすか?」
「誰がオモチャだと言った、おめぇ忘れたのか? 俺は小便しに行ってお前を見つけた、で、気に入っちまったんだ」
「ああ……、まあー」
つまり、愛があると言いたいんだろう。
確かに……俺達は様々な事があって今に至った。
オモチャって言うのは取り消す。
「お前も歳食ったからよ、どんな具合か試したい」
但し、もう俺が励まさなくても、三上は成仏せずに居続けると思う。
「すみませんが、お試し期間は終了しました」
「馬鹿野郎、無期限だ」
「ちょっと〜、あなたまでそんな我儘言って」
「若に刺激された」
「もう……いいっす」
どの道、ミノルは自由に動けない。
無視して向こうへ行く事にした。
「させるか、うりゃ!」
すると、背中にくっついてきた。
「なっ、何やって」
モップを投げ出して両腕でしがみついている。
「こうしてやる」
猿みたいにしがみつき、シャツの上から乳首をカリカリ引っ掻く。
「あ"〜、セクハラっすよ」
「うっせー、ほれほれ、こうすりゃどうだ」
俺がOKしないからって……何やってんだか。
「ちょっ……、やめろって、この〜」
振り払おうとしたが、意外と離れない。
「へへっ、ミノルは弱っちぃが、軽いからな、しがみつくには楽だ」
体重が軽いから猿みたいにぶら下がれるらしい。
「ちょっと、いい歳して……なにやってんですか」
三上が死亡した年齢は、テツよりやや上だったと思う。
霊は歳を取らないから、今も30前後ってとこだ。
なのに、馬鹿な真似をする。
廊下の真ん中でくんずほぐれつしていると、控え室から嬢達が数人出てきた。
「あら? マネージャー、ミノル君も、なにしてるんですか?」
カナという嬢がキョトンとした顔で聞いてくる。
「い、いや……、大したことじゃない、ミノル……降りろ」
何でもないふりをして三上に言った。
「やなこった〜、おい、お前ら、マネージャーは今忙しい、さっさと開店準備をしろ」
三上は言う事を聞かず、嬢達に命令する。
「はーい、わかりました」
嬢達はみんな素直ないい子達だ。
笑顔で返事を返し、店の方へ行ってしまった。
「あのー……」
背中にへばりついて乳首を掻く、見た目はミノルなオッサンヤクザって……。
「おい、感じるか?」
「なわけないっしょ」
「じゃあな、約束しろ、俺は日向さんが留守の時に抜け出す、そしたらよ、お前が迎えに来い」
しかも、無茶を言う。
「いや、俺はテツがいるんすよ、いつでもってわけにはいきません」
「おう、ダメ元だ、その代わりチャンスがありゃその都度連絡する」
「電話はマズいっす」
「じゃ、メールを送る、ちゃんとチェックしろよ」
「いや、だけど……」
承諾するのはかなりな抵抗を感じる。
「おい、俺が成仏してもいいのか? 俺はスパイだ、霧島の為に浮島を監視する、万が一浮島が裏切るような真似をした時はかなり役立つと思うぜ、お前がうんと言わなきゃ成仏しちまうぞ〜」
すると、卑怯な手を使ってきた。
霧島の為もあるが、三上はいなきゃ困る。
というか、本音を言えば寂しい。
紆余曲折を経て培った奇妙な友情は、俺にとって大切な物の内のひとつだ。
「わかりました……、お付き合いします」
三上の望みを聞き入れる事にした。
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