Snatch成長後編BL(完結)
18ハルさんの涙
◇◇◇
病院は父さんと同じ病院だった。
マリアに電話して聞いたら、病室は2階の大部屋らしい。
危険な状態は脱したので、手術まで大部屋だという事だ。
途中で見舞いの品を買い、みんなで病室に行った。
大部屋だから、いっぺんに入るのは他の人達に悪い。
2人ずつに別れて対面する事にした。
翔吾が先に行くと言ってドアを開けた。
中の人達に向かって軽く頭を下げ、黒木を引き連れて中に入って行ったが、すぐにマリアの声が聞こえてきた。
「あら、わざわざお見舞いにいらしたんですか?」
扉越しに聞き耳を立てた。
「ああ、4人で集まったんで、ついでに行こうって話になった、黒木」
翔吾は黒木に声をかけたが、多分、見舞いの品だろう。
「はい、マリア、これを」
当たりだったらしく、黒木は見舞いの品を渡したようだ。
「まあー、どうもすみません」
マリアが恐縮したように言った。
「あ……、わ、若……」
すると、ハルさんの声がした。
「ああ、いい、無理するな」
起き上がろうとでもしたのか、翔吾は慌てて止めている。
「す、すみま……せん……」
ハルさんは言葉が不自由になっていると聞いたが、本当らしい。
たどたどしい喋り方をしている。
「仕方ないよ、病気なんだから」
翔吾の言う通りだ。
「あの、今夜からお店に?」
マリアが店の事に触れた。
「ああ、とりあえず僕がやる」
「そうですか、あの……さっき4人って仰ってましたが……」
翔吾が答えると、マリアはその事にはそれ以上触れず、俺達の事を口にする。
「ああ、テツと友也も来てる、ほら、あんまり大勢で押しかけちゃマズいと思ってね」
「あら、そうですか……、あのちょっと狭いけど、構いません、入って貰って下さい」
マリアは構わないと言った。
「おう、行こうぜ」
テツは何食わぬ顔で言ったが、俺と一緒に聞き耳を立てていたらしい。
「あ、うん……」
促され、テツのあとについて行った。
病床は4つあり、空きがひとつ、他2つは入院患者が寝ている。
こっちを見ているわけじゃないが、どことなく遠慮で、一応頭を下げて通り過ぎた。
ハルさんは1番奥の窓際だ。
そばに行ったら、翔吾と黒木の2人はわきへよけた。
ハルさんは俺達を見たが、自慢の海苔頭がボサボサに乱れ、悲しげな表情で俺達を見る。
「ハルさん……、大丈夫っす、俺の父さんも似たような病気で倒れましたが、今は復帰して働いてる」
急な病で落ち込んでるんだろうが、兎に角励ましたかった。
「あ……、ああ……友也……君、悪い……ね」
ハルさんは振り絞るように言ったが、口元がひきつったように不自然に歪んでいる。
「おい覡、あのな、こんな事でヘタレるな、おめぇは色々と苦労してきたんだろ? これも試練のひとつだ、誰しも……生きてりゃ何が起こるかわからねぇ、俺だってそうだ、だからよ、気持ちを強く持て、また見舞いに来てやるからよ」
少々ぶっきらぼうではあるが、テツもハルさんを励ました。
「矢吹……さん、あり……がとう」
ハルさんはテツの言葉を聞いて涙ぐんでいる。
俺が思った以上に、精神的にまいっているようだ。
「やだわ……、なんだか辛気臭くなっちゃったわね」
マリアは冗談めかして言いながら、目元をそっと拭った。
「店の事は心配するな、覡、僕は復帰するのを気長に待ってるよ、店はシャギーソルジャーだけじゃない、君が戻ってきたら、また店長になって貰いたい」
翔吾が早々と仕事の事を言ったが、俺はいい事だと思った。
誰だって何かしら目標を持って生きている。
こうなりたいとか、こうしたいとか……大きな目標から目先の小さな目標まで、人それぞれに違うとは思うが、それが人間ってやつだ。
ハルさんは店長としてイキイキと過ごしていた。
だから、希望を持たせる事は大事だ。
「はい……、あり……がとう、本当に……ありがとう」
ハルさんは礼を口にしながら、とうとう泣いてしまった。
「泣かせてしまったね、悪い事をした……、マリア、僕らはこれでおいとまさせて貰うが、また暇をみてくる、君が付き添ってくれて助かったよ、あまり無理をしないように」
翔吾は申し訳なさそうに言うと、マリアに労いの言葉をかけた。
「ええ、はい、お気遣いありがとうございます」
マリアは深々と頭を下げてお礼を言った。
「よし、じゃあ、行こうか」
翔吾は俺達に言って踵を返し、外に向かって歩きだした。
「っと……、それじゃマリアさん、また来ます」
慌ててマリアに声をかけ、軽く頭を下げてみんなの後を追った。
「本当にありがとう」
背中越しにマリアの声が聞こえたので、ドアから出る直前に振り返り、もう1度頭を下げて外に出た。
エレベーターで下に降りたが、他にも数人人が乗っていた。
皆俺達をチラ見してすぐに顔を背けた。
来る時はたまたま誰も乗り合わせていなかったが、俺を除く3人を見たら……やべぇって思うのが普通だろう。
駐車場まで戻ってきたが、翔吾は店に来るまでに他の用があるらしく、そこで2人とは別れる事になった。
テツと一緒に翔吾の車を見送り、助手席に乗り込んだ。
「見舞いも行ったしよ、ちょっと安心したな」
テツはホッとしたように言って車を出した。
「うん、そうだな」
確かに、顔を見たら安心する。
「おめぇは出るのは7時頃か?」
「うん、だな」
「もうあんましゆっくりできねーな」
テツの言葉を聞いて時計を見たら、18時を過ぎている。
「マッチョカフェにも行ったしな、あの店、おもしれぇけど、潰れるんじゃね?」
俺達以外客が居なかった。
「あの店はな、夜も営業してる、多分夜の方が賑わうんじゃねぇか?」
「ていうか、テツ、あんな店知ってたんだ」
「話には聞いてた、行ったのは初めてだ」
「ふーん、翔吾は絶対行ってるな」
筋肉を鑑賞するにはいいとか、そんな事を言っていた。
「ははっ、若は筋トレを頑張ってるからな」
「うんまあー」
「俺はよ、お前よりあとに出る、帰りは夜中だが、準備しとけ」
テツはさらっと言ったが……。
「もう溜まったんだ」
「おう、不眠不休フル稼働だからな、なははっ!」
ほとんど寝てないのに、物凄く元気だ。
「わかった」
リバッて欲しいが……今は何かと忙しくて余裕がない。
マンションに帰ってきた。
駐車場からエレベーターに向かっていると、松本ペアがこっちにむかって歩いてくる。
「おお、松本、仲良くお出かけか?」
テツが声をかけると、松本ペアは足を止めた。
「ああ、あのな、籍は入れた、おやっさんには報告したが、式をどうするって言われてな、悪いが断った、俺らはこんな風にダラダラやってきた、今更式はいらねぇ、で、これからこいつの病院だ」
松本は遂に入籍したらしい。
鈴子はしおらしく松本に寄り添っているが、そこはかとなく嬉しそうだ。
「そうか、まあ〜式なんぞやったとこでなんの意味もねぇ、そんなもんより、実際に上手くやってく方が大事だ、お前、ガキは苦手だと言ったが、ちゃんと面倒みろよ」
テツは松本に注意をする。
「わかってるよ、努力はする」
松本はどこか頼りなさげに返事をした。
「手に余ったら俺んとこに連れてこい」
テツは自分が面倒をみたいようだ。
「お前、そんなにガキが好きなのか?」
松本は呆れ顔で聞いた。
「おう、俺ぁガキは好きだぜ」
テツは堂々と言い放った。
「ほお〜、珍しいな、俺らの中にはカミさん以外にガキを産ませてる奴もいるが、はっきり言ってガキが可愛いんじゃねぇ、単にやりてぇだけで、あとはあれだ、そんだけ女にモテるって誇示したいだけだからな、あちこち女を作ってよ、きっちり金を出して囲う奴はまだしもだが、中にゃ女に働かせて自分は遊んでる奴もいる、ガキは父親不在のまま育ち、母親は風俗だしよ、やがてグレちまう、お決まりのパターンだ」
松本はとてつもなく世知辛い話をした。
「ふん、そりゃあな、他人がどう生きようが勝手だ、だからって俺はそんなのを羨ましいとは思わねぇ、遊びならひと通りやった、いつまでも猿のように盛ってられるか、それによ、やりてぇからやって、無責任にガキを拵えて、後は野となれ山となれって言うのは……許せねぇ、ムカつくんだよ」
テツは感情的になってるが、自分の生い立ちの事があるから、それでムキになって言ったんだろう。
「そうか、ああ、お前の考えはよーくわかった……、じゃあ、ガキができたらよろしく頼むぜ」
松本は真面目に受け取ったのか、それとも面倒になったのか、そこら辺は微妙だったが、テツの申し出を素直に受けた。
松本ペアと別れて再び歩き出した。
部屋に戻ってきたが、またすぐに出かけなきゃならない。
だが……なにやら臭う。
嫌なドキドキ感を覚えながら、猫部屋に向かったが、悪臭の元はすぐ足元にあった。
「あ"〜っ! うんこしてる」
ブツが床に鎮座している。
「あ〜あ、やっちまったか」
テツもやってきてブツを拝んだ。
「片付けなきゃ……」
キッチンの棚にナイロン袋を取りに行き、即座に戻ってブツを回収した。
「やっぱ失敗するんだ……」
辺りを見回したが、次郎長と次郎吉はいない。
「はあ〜」
トイレは大丈夫だと思っていたが、どうやらぬか喜びだったようだ。
ちょっとがっかりした。
「ま、野良だからな、それにまだちいせぇ、失敗くらいする」
テツは驚きもせず、当然のように言った。
「そっか、うん……、そうだよな」
それを見たら、安易に喜んだ事が恥ずかしくなってきた。
動物はそう都合よくはいかない。
頭ではわかっていても、龍王丸が楽だったので、つい期待してしまう。
反省して、ブツを処理した後で猫部屋に行ってみた。
すると、2匹は俺が用意した籠の中で眠っていた。
次郎長と次郎吉はくっついて爆睡中だが、まだ来たばっかりなのにちゃんとこの中に入っている。
やっぱり母猫の匂いがついてるからだろう。
「へへっ、可愛いな〜」
ブツは臭かったが、寝顔は果てしなく可愛い。
「おお、寝床はきっちり使用中か」
テツもそばにやってきて籠を覗き込んだが、暫くは粗相される事を覚悟しようと思った。
すやすやと気持ちよさそうに眠る姿を見ていたら、時間を忘れそうになる。
けれど、そろそろ行かなきゃならない。
可愛い姿を目に焼き付けておこうと思い、2匹を交互に眺めていると……小さな黒い物体がモゾモゾと蠢いた。
「ん? 今のはなんだ?」
一体なんだったのか確かめたかったが、毛の中に紛れて見えなくなってしまった。
「ちょい待て、今の……多分ノミだ」
目を凝らして探していると、テツが衝撃的な事を口にした。
「え……ノミ……?」
そんな虫は生まれてから1度も見た事がない。
「今寝てるからよ、起こすのは可哀想だ、しかし……こりゃノミを退治しなきゃだめだな、じゃねぇと、どんどん増えて家中ノミだらけになる」
なのに、怖い事を言う。
「それほんと? ノミってそんなにヤバいんだ、つーか、やっぱ人間も噛む?」
ノミの事はさっぱりわからないが、ヤバそうなのはわかる。
「ああ、血ぃ吸うぞ、あんな、俺じゃねぇが、昔そういう奴がいたんだ、ガキの頃だけどよ、そいつんち不潔なんだ、で、猫を飼っててノミだらけになった、そいつはよ、ズボンをめくって足を見せたんだが、近くで見たらびっしりノミが食らいついてた、さすがの俺もすっ飛んで逃げたわ」
「びっしりノミ……」
なんだか背中がゾワゾワしてくる。
けど、だったら早いとこ手を打たなきゃマズい。
「じゃ、早くなんとかしなきゃ」
「ああ、こいつらは野良だからやっぱりノミがついてる、あのよ、俺がショップにでも行ってくるわ、ノミとりグッズをひと通り買ってくる」
テツは詳しいようだ。
「うん、頼む、家中ノミだらけになるのはゴメンだ」
あとはテツにお任せする事にして、俺は仕事に行く準備をする事にした。
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