Snatch成長後編BL(完結)
Snatch17、洒落たカフェ
◇◇◇
猫達は好き勝手に遊んでいる。
柵をつけたままだが、あれは蒼介がまだ赤ん坊だった時に取り付けた。
蒼介は破壊王で悪だったし、万一キャットタワーに登って転落しちゃマズいと思ったからだ。
猫は柵を多分よじ登るだろう。
別に他の部屋に行っても構わないが、柵があったら帰れなくなる恐れがある。
予め開けておく事にした。
今日は夜までテツとのんびり過ごせる。
ソファーで膝枕を借りるのは、ごく普通の事だ。
寝転んでスマホを弄っていたら、ふと思い出した。
「あ、そういえばさ、そこのコンビニで、餌を買う時にちょっと変な事があった」
あの店長の事だ。
「ん、なにかあったのか?」
「いや、気にしすぎかもしんねぇけど、レジで餌を受け取ろうとしたら、手をギュッと掴まれた」
「なに〜」
テツは顔色を変えた。
「いや、だから〜、ほんとに気のせいかもしんねぇんだけど、ちょい気になったから」
「あの店長は最近来た奴だが、俺も何度か立ち寄った、手は掴まれねぇぞ」
「そりゃ、その筋の人にそんな真似するバカはいねーよ」
ジムなんかに通っていると、たまにセクハラ紛いな事が起こるらしいが、どのみち強面な人にちょっかいを出すのは勇気がいる。
「おお、あの店長ひょっとしてゲイか?」
「うーん、見た目は普通に見える」
中肉中背、どこにでもいそうな顔立ちだ。
「まあー、なにかやらかしてきても、お前が相手にしなきゃいい」
「うん、そうだよな」
たいした事じゃないし、テツの言うように無視したらいい。
時計を見たら15時前だ。
なんとなく小腹が空いてきた。
「なあ、なんか食う? ちょっと腹減らね?」
「ああ、そうだな、なんか食いに行くか?」
「うん、猫は……大丈夫かな?」
猫達はこっちにやってこないので、猫部屋で遊んでいるんだろう。
兄弟だから喧嘩する心配もない。
「ああ、悪さされて困るようなもんはねぇし、大丈夫だ」
最近外食してないし、小洒落たカフェにでも行って、2人きりでしっぽりとデートだ。
「うん、じゃあ、行く」
力強く頷いたら、ピンポンが鳴った。
「誰だ?」
これから出かけようって時に、一体誰なのか……。
困惑しつつ起き上がって玄関に行った。
ドアを開けたら翔吾と黒木が立っている。
「翔吾……」
今夜から店長代理になる予定だが、こんな昼間っから、わざわざやって来る理由が分からない。
「おう、俺も居るぜ」
黒木が翔吾の背後で存在をアピールする。
「あ……、はい、黒木さん、お久しぶりっす、っと〜、翔吾、店は今夜からだよな」
ひとまず挨拶して、翔吾に聞いた。
「うん、そこの事務所に用があったんだ、で、ついでに来た」
たまたま立ち寄ったようだが、今はちょっと……。
「っと〜、あのー……」
「若、こりゃどうも、わざわざいらしたんっすか?」
出かける事を言おうとしたら、テツがすっ飛んで来て言った。
テツは翔吾の事を疑ったりしてるが、基本的に翔吾の事が可愛くて堪らない。
勿論立場を踏まえた上での話だが、乳母は未だに健在だ。
「うん、そう、上がっていい?」
翔吾は聞き返したが、外食がふいになりそうな予感がする。
「あっ、あのー、それがその……これからなんか食いに行こうって話してたんすよ」
しかし、意外にもテツは出かける事を明かした。
「あ、そうなんだ、じゃあさ、一緒に行っていい?」
「はい、勿論でさ」
でも、一緒に行く事になった。
「友也、着替えるんだろ?」
翔吾は嬉しげに聞いてくる。
「ああ、着替えてくる」
2人きりとはいかないが、翔吾なら洒落た店に行くだろうし、ふいになるよりはずっとマシだ。
「じゃあ、僕らは車の中で待ってるよ」
「わかった」
返事を返して、クローゼットに向かった。
「若と一緒になっちまったな」
テツは出かけたまんまの格好だから着替えなくていい。
「うん」
猫達を横目で見ながら服を脱ぎ、クローゼットからスーツを出して頷いた。
用意を済ませ、次郎長と次郎吉をチェックした後で、テツと一緒に部屋を出た。
下へおりて駐車場に向かったら、水野がこっちに歩いてきた。
翔吾には気づいてると思うが、既に挨拶した後なんだろう。
「おお矢吹、若と4人でお出かけか?」
俺達のそばにやって来て足を止めた。
「ああ、おめぇはなんだ、時間が空いたのか?」
テツも足を止めて聞き返す。
「ああ、ま、そんなとこだ、叔父貴んとこに行かされて、戻ってきたとこだ」
竜治が話してた、末期癌の人の世話をしてきたらしい。
「そうか、大変だな」
「まあな、けどよ、気分よく旅立たせてやらなきゃな、それが俺ら子分のつとめでもあるし、叔父貴に対するせめてもの孝行だ」
水野は誰に対しても誠実だ。
「そうだな、まあーゆっくり休んでくれ」
「ああ、そうするわ、じゃ」
テツは水野と別れて歩き出し、俺もついて行った。
翔吾はテツの車から少し離れた場所に車をとめているが、運転席には黒木が乗っていて、俺達を見てエンジンをかけた。
けど、行き先を決めてない。
どうするのかと思ったら、窓が開いて翔吾が顔を覗かせた。
「テツ、僕のあとについてきて」
翔吾がどこかに案内するらしい。
「わかりやした」
テツは頭を下げて運転席に乗り込み、俺は助手席に乗った。
翔吾の車が走り出したので、テツはすぐに車を出した。
前を走る黒塗りの車は外車だ。
テツも今は外車だが、俺はあのレクサスが好きだった。
だけど、車は所詮機械だから、古くなったら替えなきゃならない。
「若はどこに行く気なんだろうな」
テツはハンドルを握りながら呟いた。
「きっと洒落たカフェか、イタリアンレストランだよ」
翔吾が案内する位だし、期待は高まるばかりだ。
30分くらい走って、飲食店が集まる繁華街にやってきた。
この中のどこかに洒落た店があるんだろう。
車は脇道へ入り、狭苦しい駐車場に入った。
「うわ、狭っ」
軽四でも面倒になるほどの狭さだ。
しかし、黒木もテツも手馴れたもので、デカい車を上手い事バックで入れた。
「よし、行こう」
「うん」
テツと一緒に車をおりて、翔吾のあとについて歩いた。
「若、ほんとにいいんすか?」
黒木が翔吾を見て不安げに聞いたが、黒木が躊躇するって事は、とんでもない高級な店かもしれない。
「ああ、ふふっ」
翔吾は不敵に笑っている。
やがて目的の店に着いたが、表はありふれた感じの店だ。
これで何故黒木が躊躇したのか、不思議に思いながら看板を見たが、英語で書いてあったのでチラッと見ただけじゃ読めない。
2人は店に入ったので、テツと一緒に中に入った。
「おっす、いっしゃい!」
入った途端、やけに威勢のいい声がかかったが、カフェでこんな掛け声は初めてだ。
「どうも、4人様っすか?」
店員がやってきて翔吾に聞いたが、俺は現れた店員を見て絶句した。
黒いビキニパンツ着用、裸にフリフリレース付きエプロン、体はムキムキなマッチョ……。
「うん4人、席はどこ?」
翔吾は平然と聞き返したが、まるで常連のように場馴れしている。
「ふっ、くっくっ……」
俺がポカーンとしていると、テツが声を殺して笑いだした。
「ちょっとテツ……、ここなに? 普通じゃねぇし」
翔吾と黒木のあとについて歩きながら、小声で聞いた。
「マッチョカフェだ、くっ……」
テツは笑いを堪えて答えた。
「はあ〜? マッチョカフェ? なにそれ、そんな変なカフェがあるんだ」
「こら、若がせっかく案内してくれたんだ、でけぇ声出すな」
デカい声を出すなと言われても、店内を見回したら店員は皆ビキニにエプロン姿をしてるし、壁にはムッキムキのマッチョの写真が何枚も貼ってあり、店の隅にはマシーンが置いてある。
「ちょっと〜、ビキニって、いいわけ? 変態っぽくね?」
昼間に営業してるわけだし、風俗じゃなさそうだが、汗臭い匂いが充満しているような気がしてきた。
「こちらへどうぞ」
ひとまず、マッチョに案内されて席に座った。
翔吾は向かい側に座っているが、聞かずにはいられない。
「なあ翔吾、こんなカフェ……初めてきた」
「ふっ、ああ、びっくりしたろ?」
「そりゃ……かなり」
びっくりするもなにも、裸エプロンのマッチョは……後ろ姿がエグ過ぎる。
「あのさ、ま、楽しもうよ、別に普通だからさ」
翔吾はニヤついた顔で言ってメニューを開いたが、またしても威勢のいい声が聞こえてきた。
「どりゃ〜っ!」
「そいや!」
「うりゃ〜っ!」
「そいや!」
厨房からだ。
嫌でも気になり、目を凝らしてよーく見てみると、2人してデカい肉を叩いていたが、餅つきのような要領で交互に叩いている。
「ちょっ……」
どう言ったらいいか……。
言葉も出ない。
「ほら、メニューだ」
テツがメニューを開いて目の前に差し出した。
プロテイン1割、プロテイン2割、プロテイン3割……。
ドリンクにはプロテインが混入されてるらしい。
鶏の胸肉ステーキをデカデカとオススメしている。
あとは普通のメニューで、サラダなんかもあるが、必ずプロテイン追加OKと記載がある。
それにデザートのところにマッチョ氷と書いてあるが……意味がわからない。
「あのー、プロテイン無しで、普通の珈琲と、プロテイン無しな普通のオーブンサンドで」
とにかく注文を決めた。
「ふふっ、じゃあ、僕は〜プロテイン1割のカフェカプチーノと、クラブサンド、それにマッチョ氷、あははっ」
翔吾が楽しそうに笑って言ったが、マッチョ氷の謎が解明されるかもしれない。
テツと黒木も注文を決めてマッチョ店員を呼んだ。
マッチョ店員は普通に注文をメモっていたが、ついつい体に目がいってしまう。
まだ若いらしく、顔は今風の可愛い系なのに、肉体はマッスルパワー全開だ。
テツはカツみたいなやつのセットを頼み、黒木はステーキを頼んだが……きっとさっき叩いてた肉が調理されるに違いない。
何気なく店の隅に目をやれば、店員のひとりがマシーンを使っている。
「ふう、はーっ! はっ! ふう」
掛け声を漏らしながらチェストプレスをやってるが、そんなのを拝みながら食事って、何か……嫌だ。
暑苦しいトレーニングを眺めていると、何だか妙に冷めた気分になり、黒木が躊躇した理由がわかった。
「どうも、お待たせっす」
マッチョ店員が注文の品を運んできたが、完全に体育会系のノリだ。
そのすぐ後にもうひとりマッチョ店員がやって来て、注文の品はそれで全部揃ったが、後から来た店員はまだ他にも何か持ってきていた。
それをテーブルの端っこ辺りに置いたが……。
「まさか……」
それは熊の形をした、手動でかき氷を作るやつだ。
お子ちゃまがいるご家庭で愛用されるアレだが、既に氷がセットされている。
信じ難い気持ちで成り行きを見守っていると、マッチョ店員はかき氷を受ける皿をセットし、徐にハンドルを握った。
「じゃ、いかせて貰いマッスル」
寒いダジャレを口にした直後に、熊を片手で押さえてハンドルを回し始めた。
逞しい上腕二頭筋が迫力満点だが、熊の目玉が左右に動いている。
マッチョ店員がフルパワーで回すから、目玉がカチャカチャと壊れそうな勢いで動き、皿に削られた氷が溜まっていく。
シュールすぎる……。
「ちょっ……、ぷはっ! なはははっ! やべぇ〜」
マッチョ氷とは、マッチョが削る氷の事らしい。
「ふふっ、よかった〜、喜んで貰えて」
翔吾は俺が笑うのを見てニッコリと笑った。
「へい、お待ち、シロップはレインボーっす」
もうひとりの店員が削り終えた氷に手早くシロップをかけ、テーブルの真ん中に差し出した。
「うん、ありがとう、楽しませて貰ったよ」
翔吾はマッチョ店員に礼を言った。
「はい、有難いっす、じゃ、ごゆっくり」
マッチョは2人して頭を下げ、ひとりが熊を抱えて厨房に戻って行く。
「はあ〜、すげーところだな」
変なカフェだが、笑えるのはいい。
「だろ? 穴場なんだ、彼らは筋肉の見本だよ、僕はあそこまではやらないけどね、ボディビルは鑑賞するにはいい、見せる為の筋肉だから……、けど、僕が欲しいのは実用的な筋肉」
翔吾は筋肉について語った。
「そっか〜、うん、頑張って」
完璧に他人事として応援する。
それからみんなで食事をした。
氷はデザートだから本来なら後回しだが、パフォーマンス付きだから仕方がない。
翔吾も俺と同じサンドイッチを頼んだので、氷と一緒に食べても違和感はなさそうだった。
食べ終わって飲み物が運ばれてきた。
俺のはプロテイン無しだが、みんなはプロテイン入りを頼んだ。
「あのさ、ハルさん、聞いたよ」
翔吾はカプチーノをひと口飲んで言った。
「うん……、多分さ、復帰できるかわからないと思う」
「店長を新しく雇わなきゃいけないね」
「霧島の人は……できる人がいるんじゃね?」
「うん、いるけど、組の者がじかにやってたらマズい、その辺は上手く誤魔化してやってる、僕は臨時だからやるけどさ、店長候補を募集するしかないな」
「そっか……、ハルさんはもう働けないのかな」
ハルさん、復帰できないとなると、本人は相当ショックを受けそうだ。
昔は俺とミノルを隠し撮りしてたが、いつの間にかやらなくなった。
俺はあんまり深く考えた事がなかったが、ハルさんはそっちのけがあるんだろう。
深読みしたら、昔旦那様に可愛がって貰ったというのは、なんとなく怪しい。
亡くなった旦那様は遺書を残していて、ハルさんに遺産を与えると書いてあったらしいが、普通そこまでするだろうか。
もしかしたら……その旦那様と特別な関係だったのかもしれない。
でも気の毒な事に、ハルさんは遺族から責められ、遺産は放棄したと言った。
亡くなった旦那様もさぞ無念だろう。
「ああ、まあー、働けるようならうちはいつでも歓迎するよ、シャギーソルジャー以外の店もあるしね、ただ、麻痺があると言っていたし、恐らく……」
翔吾は言葉を濁したが、俺も予後は楽観できないと思ってる。
「病気だけはどうにもならねぇからな、水商売だと自分で気をつけるしかねぇ、普段から検診でも行けばあれだが、まずいかねぇだろうな」
黒木の言うように、水商売をやってたらついそういう事を忘れがちだ。
「まあー、あれっす、友也の父ちゃんも麻痺が残ってましたが、リハビリで働けるまで回復した、覡は年だとは言ってもまだジジイじゃねぇんだから、希望はある、本人がヘタレなきゃ……っすけどね」
テツは希望的観測で見ているらしい。
「テツはよくやったよ、あんなに嫌われてて、ボロカスに言われて……それでも食い下がるって、普通はできないよ、よくやれたな」
翔吾は感心したように言う。
「俺はこいつを奪った、だからっす、せめてもの罪滅ぼしに……、友也の父ちゃんは俺を罵ってましたが、本当はボロボロだったんす、肩書きもなにもかもを失って、やけくそになってた、俺はほっといたらマズいと思ったんす、だからまずサンドバッグになった、俺に対してムカついてりゃ、怒りが生きる糧になる、ま、あんまり話しても長くなるんで……俺の事はこの辺で……、今は覡っすね、覡は肩書き云々はねぇと思うが、体が不自由になっただけでも、きついっすからね、それでも直そうとして立ち上がらなきゃ、確実に動けないままに終わっちまう」
確かに、その通りだ。
テツは父さんを立ち直らせただけに、その言葉には重みがある。
「うん、そうだな、マリアがついてるが、彼女には荷が重いな、そんな気がする」
翔吾もわかっているようだ。
「なんだったら、今から行きますか? 病院へ」
テツが不意に提案した。
「ああ、そうだな、腹拵えも済んだ、ま、僕らは無駄に食べてるんだけど、ははっ……、とにかく、行ってみるか、なあ黒木」
翔吾は行く気らしい。
「はい、いいっすね、行きましょう」
黒木も賛成したので、急いで珈琲を飲み干した。
「ああ、僕が奢るから」
翔吾は気前のいい事を言ってくれる。
「こいつはどうも……すみません」
テツは素直に頭を下げたが、こういう時は下手に遠慮したら逆に失礼にあたる。
「翔吾、ありがとう」
俺もお礼だけはきっちり言った。
「うん、いいよ、じゃ、行こうか」
翔吾は機嫌よく言って促してきた。
4人で席を立ってレジに向かったが、予定外に皆で病院へ向かう事になった。
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