Snatch成長後編BL(完結)
16、次郎長と次郎吉
◇◇◇
テツは数時間寝て、目覚ましで目を覚ました。
悪いとは思ったが、俺は寝ていた。
寝ぼけ眼で『飯は?』と聞いたら、『適当に食う』と言って出かけて行った。
10時頃になってやっとベッドから離れ、ピザをレンチンして食べた。
昼には戻ると言っていたから、猫を迎える用意をしなきゃならない。
子猫は物置に入っていたし、何か小屋代わりになる物が欲しいが……そういえば、蒼介が赤ん坊の頃に使ってた籠がある。
ベジタブル一家と海鮮ならず者一家が入ってたアレだ。
籠を押し入れから出して軽く拭き、猫部屋に置いた。
餌と水入れに……トイレ。
砂は龍王丸がいた時に買い置きしたのがそのままある。
トイレを設置して砂を入れなきゃいけない。
バタバタと用意をしていると、電話が鳴った。
手をとめてスマホをポケットから出した。
──マリアからだ。
すぐに電話に出た。
『はい』
『あ、友也君?』
『はい、あの、ハルさんは……』
『ああ、あのね、意識は戻った、でもね、やっぱり手術が必要みたい、それに……ハルさん、半身麻痺しちゃってる、右側が動かないの、脳卒中だって医者が言ったわ、これはちょっと困った事になったわね』
『そうでしたか……』
やっぱり脳の病気だった。
『若頭から電話があって、自分が代理をやると仰った、だけど……これは多分すぐには帰れないわ、それを話したら、霧島さんは……店長の事は自分が考えると言った、それでね、ハルさん、言葉も少し不自由になってて、喋りにくいんだけど、なんとか話はできるの、で、身内が誰かいないか聞いたら、誰もいないって言うのよ、ほら、入院する時に身元保証人がいるから……、あたしね、ハルさんの保証人になった、恥ずかしい話だけど、あたしもいないのよ、あたしが入院した時にハルさんは保証人にもなってくれたの、だから当然よ』
ハルさんは肉親の話はしなかったが、若い頃はどこかの御屋敷で執事をしていたと言っていた。
遺産相続に巻き込まれた位だし、ずっと住み込みで働いてたんだろう。
皆色々訳ありだから、なんらかの事情で肉親と疎遠になったに違いない。
『そうですか、あの、店長の事は多分翔吾が上手くやると思うので、大丈夫です、それよりマリアさん……、付き添いはいつまで……』
そんな大病だと、手術を終えてある程度治癒するまでに、かなりの日数がかかると思う。
『それね、あたし、ハルさんにずっとついてるわ、お店は……1部の常連さんには悪いけど、もうあたしがいなくても若い子達でやっていけるもの、それにね、稼ぎが無くても平気、無駄にお金は貯めてるわ』
『でも、いいんですか?』
恩返しするつもりでいるのはわかるが、マリアが入院した時は、治癒するまでにそんなに日にちはかからなかった。
『だって……あたしもひとりだから、やっぱり放っておけない』
マリアはハルさんと自分を重ね合わせている。
『あの……、マリアさんがそうしたいなら、俺はそれでいいと思います、落ち着いたら俺も病院へお見舞いに行きます、っと……、ハルさんの事はわかりました、マリアさん、無理しないでください』
そこまで言うなら反対はできない。
ハルさんは気の毒だと思うが、病気は不意に襲ってくる。
病気になってしまったら、兎に角治療に専念するしかない。
ただ、父さんも似たような病気になったが、麻痺が出てるって事は、手術した後で確実にリハビリが必要になる。
これはかなり長丁場になりそうだから、マリアが気疲れしないか心配だ。
マリアはテツみたいにタフじゃない。
今は元気にやっているが、元々メンタル面で弱いところがある。
『うん、大丈夫よ、ありがとう』
まあーとは言っても、まだこれからどうなるか、ハッキリとはわからない状況だ。
『あの、また電話しますが、なにかあったら連絡ください』
『ええ、わかったわ、まだこれから書類を書かなきゃいけないの、ほら、手術も承諾書がいるのよ、それに担当医と話もしなきゃ、病院って地味に面倒ね』
『ははっ、ええ、やっぱりあれじゃないっすか? 後々トラブルになったら困るから』
『そうね、そう考えたら世知辛い世の中だわ、ま、でもやるしかない、友也君、ハルさんいなくて大変だけど、お店、宜しくね』
『あ、はい、俺より翔吾がやると思います、俺はたいした事やってないので』
『そんな事ないわ、君は頑張ってる、じゃあ、また電話するから』
ざっとひと通り話し終え、電話を切った。
「っと……」
今の電話で、なにをやりかけていたのかわからなくなり、辺りを見回した。
「あっ」
そう言えば、猫のトイレを用意してる最中だった。
すぐに続きをやる事にした。
まだ小さい猫だから、餌は柔らかい物を買った。
レトルトパウチが数種類セットになってるやつだ。
猫の用意を済ませ、昼飯を作った。
今日は……パンだ。
パンにレンチングラタン。
それとサラダにヨーグルト。
飲み物はコーラでOKだろう。
「ふう〜」
ソファーにうつ伏せで倒れ込んだ。
チラッと時計を見たら、じきに昼がくる。
「ねむっ……」
テツよりは多く寝てるのに……まだ眠い。
子猫がくるって時に、寝ちゃ駄目だ。
けど、瞼が勝手に閉じていく。
おやすみなさい……。
「ミャー! ミャー!」
寝入って暫く経った時に、耳につく鳴き声で目を覚ました。
「あ……、あっ、ね、猫」
ハッとして飛び起きた。
「おう、お目覚めか?」
背もたれに寄りかかったら、テツがダンボールを床に置いて座り込んでいる。
「わあ、遂に来たんだ」
急いでそばに行き、しゃがみこんだ。
「ミャー! ミャー!」
子猫達はダンボールの中で泣き叫んでいる。
蓋を開けたいが、何だかドキドキする。
ここでは初対面だ。
記念すべき瞬間をじっくりと味わいたい。
「ほれ」
「あっ」
だが、テツがあっさり蓋を開けた。
「ミャー! ミャウーッ!」
子猫は2匹して俺を見上げ、さっきより激しく鳴きだした。
「あ、っと〜、どうしよう、なんかやけに鳴いてるし」
龍王丸は大人になって引き取ったので静かだったし、どうしたらいいか戸惑った。
「猫部屋に連れてってやれ」
「あ……、そうだな、わかった」
テツに言われてダンボールを抱え、ゆっくりと立ち上がった。
「ミャー! ミャー!」
猫達は揺れた事に驚き、箱に飛びついて爪を立て、火がついたように鳴き喚く。
「ああ〜わかったから、鳴くなよ〜、今出してやるからさ」
猫部屋に連れて行き、1匹ずつダンボールから出してやった。
すると、ピタリと鳴き止んだ。
2匹して床に鼻をつけ、クンクン匂いを嗅いでいる。
「龍の匂いが残ってるかな?」
同じ猫の匂いを嗅けば、ちょっとは落ち着くかもしれない。
空になったダンボールの中を見たら、バスタオルが敷いてあった。
多分これが物置に敷いてあったやつだ。
それを出して籠の中に敷いた。
「おお、蒼介のオモチャ入れを出したのか」
テツもやってきて籠を覗き込んで言った。
「うん、寝床がいると思って、あ、トイレ教えなきゃ」
野良の子だし、まずはトイレを覚えて貰わなきゃ困る。
「ちょっと〜、こっち来て」
2匹を捕まえてトイレに入れた。
「おお〜、やるか?」
テツもじっと見ているが、2匹は砂をクンクン嗅いでいる。
やるかやらないか……固唾を呑んで見守っていると、1匹が砂を掘り始めた。
「あっ、いくか? いけ、やれ」
祈るような気持ちで応援したら、しゃがみこんでオシッコをし始めた。
「やった〜! できた〜」
感動の瞬間だ。
思わずガッツポーズが出た。
「お、もう1匹もやりそうだぜ」
テツの言葉を聞いてもう1回見たら、もう1匹も砂を掘ってオシッコの体勢をとった。
「すげー、本能なのかな? 教えなくてもできるんだ」
最初にした方はちゃんとオシッコを埋めている。
「だな、動物ってのは生まれつき備わってる」
テツは当たり前のように言ったが、そんな事は端から気にしてないようだ。
「うん、でも助かった」
だけど、猫のオシッコは匂いが強烈だし、もしトイレが出来ないとちょっと面倒な事になる。
これならひと安心だ。
猫達はトイレを済ませてぴょんと外へ飛び出した。
「まあー、この調子なら大丈夫だろう、元々龍がいたから、多少は匂いがついてるだろ、仲間の匂いがしたら少しは安心するんじゃねぇか?」
テツは2匹を目で追って言ったが、俺と同じ事を思ったらしい。
餌もあとで与えてやろうと思うが、安心したところで決めなきゃいけない事がある。
「で〜、名前どうする?」
「名前か……、兄弟だからな〜、次郎長と次郎吉はどうだ?」
「古風だな、次郎長は清水の次郎長?」
「ああ」
「じゃ、次郎吉はおまけ?」
「ま、そうだ」
悪くはない。
「うん、いいな、決まりだ」
「問題はどっちを次郎長にするかだな」
「うーん……」
2匹は似たような柄をしている。
違いと言えば……片方の顔に黒いブチが入ってる位だ。
「じゃあな、顔が白い方が次郎長、黒が入ってるのが次郎吉だ」
「それはどういう理由で?」
「白い方がイケメンだからよ、格上の次郎長にした」
「ふーん、どっちも変わんねぇけど、まあ〜いんじゃね?」
どっちも大差はないが、どのみち名前に拘りはない。
2匹はキャットタワーに気づき、次郎長が柱のそばに行って上を見上げ、勢いよくガシッとしがみついた。
「おっ、登る気か?」
テツが言った途端、次郎長はものすごい早さで上にあがっていった。
「え〜、すげーな、こんなちいせぇのに、もう上がれるんだ」
まだチビなのにめちゃくちゃ運動神経がいい。
「おい次郎吉、お前は駄目か?」
テツは下を見て言った。
「ん? あ、ほんとだ」
次郎吉は次郎長を見上げてあがりたそうにしているが、あがる勇気がないらしく、柱の前でウロウロしている。
どうやら次郎吉は怖がりな性格のようだ。
「やっぱりこいつは次郎吉であってるな、弟分だ」
「うん、あのさ、ちょっと餌を持ってくるから、テツは見てて」
次郎長と次郎吉はテツに任せて、餌を用意する事にした。
「おお、なんか食わせてやらねぇとな」
テツにも昼飯を食わさなきゃならないが、まだ子猫だから心配だ。
人間様は後にして、先に与える事にした。
水と餌を用意して戻ってみると、次郎吉もタワーに上がっている。
「あれ? あがれたんだ」
「ああ、お前が行った後に上がった」
次郎長は1番上にあがり、次郎吉も上がろうとしているが、どういうわけか柱で爪とぎをし始めた。
「ははっ、ちょっと呑気なタチか? すぐに気が散るんだな」
テツは2匹を見上げて言ったが、こういうのは久しぶりだ。
龍王丸が死んでしまった後は、キャットタワーを見上げる事がなくなっていた。
餌と水を床に置いたら、今度はテツだ。
「テツ、昼食べる?」
「ああ、そうだな、食うか、こいつらはほっときゃいいだろう」
「うん」
猫達は上手くやれそうだし、テツはソファーへ、俺はキッチンへ向かった。
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