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Snatch成長後編BL(完結)
14ハルさん
◇◇◇

猫を見て、益々飼うのが楽しみになってきた。

テツが明日迎えに行くと言っていたが、飼育に必要な物は龍王丸のがある。
ただ、餌を買わなきゃいけない。
餌ならコンビニでもあるし、帰りに寄って帰ろう。

ひとまず、今は仕事中だ。

「マネージャー、注文いいですか?」

レナがカウンター越しに言ってきた。

「うん、なに?」

「ビールと何かおつまみを頂けたら……」

「わかった、ちょっと待って」

用意しようと思って振り向いたら、マリアが立っていてびっくりした。

「マリア……いつ来たんだ?」

「ふふっ……、はい、おつまみ」

マリアは悪戯っぽい笑みを浮かべて皿を渡してきた。

「あ、ありがとう……」

ちゃんとおつまみが乗っかっている。
急いでビールをグラスにつぎ、皿とグラス両方をトレーに乗せてレナに渡した。

「はい、レナちゃん」

「ありがとう」

レナは笑顔で頷き、トレーを持ってテーブル席に戻って行った。

「ニューハーフになりたい子の話、どうなった?」

すると、待っていたかのようにマリアが話しかけてきたが、ニューハーフについて聞かなきゃと思いつつ、まだ聞けずにいた。

「うん、脱毛だけやったけど……、毛深いたちで苦労しそう」

青木は脱毛のみを済ませた状態だが、あの後、電話で肌のケアをするように言った。
肌がガサついてるのが気になったからだ。
俺は洗顔料で顔を洗ったり、ボディソープも気を使っている。
テツは肌が綺麗なのを好むから、パートナーとしての気遣いだ。
たまにリバを頼むとは言っても、殆ど受け側なので、年をとってから気を使うようになった。
なにも考えずにお肌ツルツルなのは、若い時だけだ。
青木はズボラな感じだし、恐らくボディソープで体や髪、全部を洗っていると思われる。
俺ですらそんな事に気を使ってるのに、これからニューハーフになろうとする奴がそんな事じゃ、到底ニューハーフにはなれないだろう。

「注射は……お金に余裕ないかな?」

「うん、そうみたい」

ニートじゃ無理だ。

「そっか、30半ばでデビューは厳しいわね、相当磨かなきゃ見られるレベルにはならないわよ、友也君みたいに毛が薄いタイプなら別だけど……、普通はもっと早く気づくわ、それこそ子供の時とか、まあーとは言っても、いいおっさんになって、自分はゲイだって気づく人もいるから、不思議じゃないかな」

さすがはマリア、色々と詳しい。
青木も、気づくのが遅かったパターンなんだろう。

「あの……、マリアさん、ニューハーフになるって、女性らしくすればいいのかな?」

兎にも角にも、具体的な対策を知りたい。

「そうね、あたしは族にいた時から若干なよなよしてたわ、だから自然と言葉づかいや仕草が身についた、お友達は意識しなきゃできないの?」

なよなよした族……ある意味、ガチ勢より怖いかもしれない。
青木は男っぽいタイプではないが、オネエな感じじゃないし、微妙だ。

「まあー、普通ですかね〜、意識しなきゃ無理っぽいです」

「あら、そう……、ほんとになりたいのかしら? 女装は単に趣味の域じゃないの?」

「本人はなる気になってます」

そこに関しては……意気込みは感じた。

「うーん、そっかー、じゃあさ、まずは格下の店で働いてみたら? 本気でなりたいのなら、働ける筈よ、そこでお金を得て、注射でもしたらいいと思うわ」

なるほど、いいかもしれない。

「そっすね、そこで磨いて、その後でうちにチャレンジするのがいいかも」

いきなりシャギーソルジャーを目指すのは、ハードルが高すぎる。

「あ、ショーが始まったわね」

「ええ」

マリアに言われて目を向けたら、ステージ上に嬢達が上がっている。
メイド風の可愛らしい衣装を身につけ、皆でダンスを披露する。
マリアはステージを眺めているが、今はもうダンスは引退した。
昔からの客を相手に毒舌トークをする位だ。
色とりどりのライトが飛び交い、軽快な音楽が場を盛りあげる。
それは昔となんら変わらないのに、昔とは違う空気に包まれている。
毒気がなく、踊り子は純粋に可愛らしい。

「若いっていいわね、不老不死のお薬がないかしら」

マリアはポツリと呟いた。

「ははっ……、ですね」

同感だ。

「あ、あの〜、友也君」

ミノルが裏からやって来た。
さっきまで嬢達の着替えを手伝っていたが、今夜は本家のミノルだ。

「ああ、ご苦労さん」

ミノルは昔とちっとも変わらない。

「うん、あのね、友也君」

「ん?」

「俺、お爺ちゃんが見えるんだ」

何を言うかと思えば……田中の爺さん。

「う、うん……、それで?」

ミノルには黙っておこう。
余計な事を言って『じゃあ、可哀想だから、会わせてあげる』とか言われたら迷惑だ。

「誰だか知らないけど、ずっと俺の意識の中にいるんだ」

「そうなんだ、で、爺さんはなんか悪いことするのか?」

「ううん、なんにも……、なんかね、何かをやりたそうにしてるけど、なんなのかわからない」

三上が言ったように霊障を起こす力はなさそうだ。

「そっか……、あのさ、そんな爺さんはほっときゃいい」

だったら無視するに限る。

「うん、別にかまわない、霊はみんな寂しいから寄ってくる、お爺ちゃんもきっと寂しいんだよ」

相変わらずミノルは優しい。

「そうだな、でもさ、いちいち付き合ってらんねーし、ステージ終わったらまた手伝いだろ?」

だが、俺は別だ。

「うん、あ、あそこのテーブル呼んでる、俺、行ってくる」

ミノルは嬢が手を振ってる事に気づき、トレーを持って慌てた様子でそっちに向かった。

「ああ、悪ぃな」

背中に向かってひと声かけた。

「ふふっ、今の話、聞いちゃった〜、ね、霊の話?」

マリアはまだカウンターの中にいたが、ニヤニヤしながら聞いてきた。

「ええ、まあー」

「ミノル君って不思議な子よね〜、だから日向さんが離さないのよ」

けど、マリアは霊よりも日向さんに興味があるらしい。

「ですね」

ただ、マリアが言った事は当たっている。
日向さんはミノルの無垢なところに惹かれているが、多重人格なところや霊感がある事、地味にそれらも気に入ってるようだ。

「君と矢吹さんも相性いいけど、ミノル君も日向さんと相性いいのね、いいな〜、そんな風に長続きするコツを知りたい、ね、コツってなにかあるかしら?」

マリアは難しい事を聞いてくる。

「うーん、特には……」

マンネリ化するのが悩みだが、あんまり考えてない。

「そっかー、まあ、愛があるうちは大丈夫よね、きっと」

「そうですね〜」

愛があるうちか……。
出来れば永久に持ち続けていたい。


フィナーレが終わるまで、カウンターで注文を聞き、時には注文の品をテーブルまで運び、レジを打って客が帰ったあとのテーブルを片付けた。

みんなで最後の客を送り出したら、ようやく閉店だ。
今夜は午前1時半になっていた。

「ふう〜」

本家ミノルの時は、自分でレジ締めをやらなきゃいけない。
そうするのが当たり前なんだが、人間、甘やかされると怠けたくなる。


計算を済ませ、明細と売上をハルさんに渡しに行った。

「失礼します〜」

軽く頭を下げて店長室に入ると、ハルさんはデスクに突っ伏していた。

「ん? ハルさん……」

うたた寝でもしちゃったのかと思い、傍へ歩いて行ったが、ハルさんは眼鏡がズレた状態で眠っている。

──直感的に異変を感じた。

「ちょっと……ハルさん、俺です」

肩を揺さぶってみたが、これは寝てるんじゃなく……意識を失ってるって感じだ。

「嘘……、マジかよ、病気? あ……、どうしよう、どうしたら」

パニクったが、売り上げと明細をデスクに置いて廊下に飛び出した。
上手い具合にマリアが歩いてきたが、控え室に向かっているようだ。

「マリアさん! ハルさんが」

冷や汗をかきながら引き止めた。

「えっ? 店長がどうかしたの?」

マリアは俺の雰囲気を察したのか、驚いた顔をして聞き返してきた。

「とにかく来てください」

「ええ」

2人でハルさんのところに戻ったが、ハルさんはそのままだ。

「友也君、これ救急車呼んだ方がいいわ、あたし電話する」

「はい……」

マリアは持っていたハンドバッグからスマホを出して電話をかけた。

ハルさんもそれなりに年だから、脳梗塞とか、そんなやつかもしれない。
父さんの事を思い出した。
脳の病気だと、命は助かっても体が麻痺したりする。

マリアは電話をかけ終わり、屈み込んでハルさんを見た。

「ハルさん……、大丈夫?」

心配そうに声をかけるので、俺は不安になってきた。

「あの、売り上げは……金庫でいいっすよね?」

救急車が来たらハルさんは病院に運ばれる。
そうするしかないが、確かめなきゃ気持ちが落ち着かない。

「ええ、それと……店に鍵をかけて帰らなきゃ、鍵はハルさんが持ってる筈、ごめんねハルさん」

マリアはハルさんに断ってポケットの中を探った。

「あ、あった、これよ、友也君、あたしがハルさんに付き添うわ、あなたは鍵をかけて帰って」

鍵を引っ張り出して渡してくる。

「はい、分かりました、あの……マリアさんが付き添うんですか?」

店を閉めて帰るのはわかったが、鍵を受け取って聞いた。

「ええ、あたしが馬鹿な事をやらかした時、ハルさんが付き添ってくれた、だから……恩返しよ」

マリアは恩返しだと言ったが、そうだった……。
マリアが自殺未遂した時、救急車に乗って病院へ行ったのはハルさんだ。

「そっすか……、分かりました」

それから間もなくして、救急車が到着した。

ハルさんは担架に乗せられて運ばれた。
救急車は店の裏に止まっている。
嬢達も数人ついてきたが、マリアは担架と一緒に救急車に乗り込み、俺はみんなと共に救急車を見送った。

急な出来事に茫然となったが、やる事をやらなきゃならない。
まず貴重品を金庫に入れ、全員が店を出るまで待った。

「友也君、ハルさん心配だね」

ミノルは俺に付き合って残っている。

「うん……、あのさ、ミノルも帰っていいよ、じゃないと鍵を閉められないし、俺はちょっと連絡しなきゃいけないから」

この先店長不在になるし、翔吾に電話しなきゃマズいだろう。

「そっか、わかった……、じゃあ、気をつけて」

「うん、お疲れ」

ミノルが控え室から出て行くのを見た後で、早速翔吾に電話をかけた。
数コールして電話が繋がった。

『あ、翔吾? 俺』

『友也、どうしたんだこんな時間に、店で何かあった?』

勘がいい。

『ああ、その通りだ、ハルさんが倒れて救急車で運ばれた』

『え、ハルさんが?倒れたって、殴られたわけじゃないよな?』

『違う違う、多分病気だ』

『あ、ひょっとして脳梗塞とか、そんなやつかな?』

『まだハッキリとはわかんね、それで……意識がまったくなかったから、どのみち暫く戻れないとおもう、店長不在になるけど、どうしたらいいんだ? 俺は馬鹿だから代理は無理』

『馬鹿って、なに言ってんだよ、そっかー、店長か……』

翔吾は悩んでいるが、誰か代理をよこして貰わなきゃピンチだ。

『なあ、誰でもいい、ほら、林さんでもかまわない』

この際、変態漁師兼ヤクザな林でも妥協する。

『いや、あいつはパパの側近だから駄目だよ』

しかし、言われてみればそうだった。

『そっか、参ったな、とにかくさ、ハルさんと同じスキルを持った人をよこして欲しい』

『じゃあ、僕がやる』

翔吾は自らが立候補した。

『えっ……』

と言っても、サラ金やら不動産やら翔吾は多忙な筈だ。

『いやでも、翔吾はあちこち回らなきゃいけないし、無理じゃね?』

『なんの為に黒木を飼い慣らしていると思う?』

翔吾は黒木に丸投げするつもりらしい。

『いやあの〜、黒木さんひとりじゃキツくね?』

ちょっとだけ気の毒だ。

『あいつには誰か適当な奴をつけてやる、たまには友也の傍にいるのも悪くない』

久々にわがまま虫が騒ぎ出したらしい。

『でもさ、誰か他にいるんじゃね?』

若頭自らが店長やらなくてもいいと思う。

『友也、僕と顔を合わせるのが嫌なのか?』

『いや……、そうじゃねぇ』

『じゃ、決まり、明日から行くよ、ふふっ、楽しみ〜、一応パパに言っとくか』

ゴリ押しで翔吾が店長代理になったが、やたら浮かれている。

『うん、わかった、まあーとにかく、ハルさんの事が心配だ』

今は浮かれてる場合じゃない。

『うん、そうだね、付き添いは誰かついてる?』

『ああ、マリアが行った』

『そっか……、うん、僕からマリアに電話してみるよ、番号知ってるから』

『うん、そうしてくれ、俺はこれから鍵をかけて帰るから』

『わかった、気をつけて帰るんだよ』

『ああ、んじゃ、そういう事で』

話が纏まったので電話を切った。

「はあー……」

なんとなくため息が漏れたが、そう言えば……帰りがけに餌を買わなきゃいけない。
帰り支度を済ませ、鍵をかけて店を後にした。





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