Snatch成長後編BL(完結)
13猫達
◇◇◇
「おーじーさん」
「こら蒼介〜、なんだよ、また悪さする気か? 」
週のど真ん中の水曜日、学校から帰ってきた蒼介が、まっすぐ俺のところへやってきた。
ガキらしく学生服なんか着てるが、こないだこいつは……俺に迫った。
こないだは反省していたが、なにしろ揺れ動く年頃だ。
油断できない。
「なあ、上がっていいよな?」
とは言っても、無下に出来るならとっくにやっている。
「ああ、あがれ」
「へへ、おっ邪魔しま〜す」
蒼介はカバンを持って部屋に上がってきた。
そのままソファーに座ったので、なにか出してやる事にした。
「なんか飲むか?」
「うん、ビール」
「あのな……」
冗談だとは思うが、ガチで飲めそうな顔をしてるから怖い。
声変わりは済んでるし、髭もちらほら目立つようになっている。
体が大きいからか、顔立ちもパッと見中学生には見えず、見ようによっちゃ20歳位に見える。
兎に角、キッチンへ行って冷蔵庫からコーラを出した。
500のペットボトルがあるからそのまんま出せばいいだろう。
「なんか食うか? 腹減っただろ」
腹減りMAXなお年頃だし、何か食わせてやらなきゃだめだ。
「食う〜食う〜」
「ははっ、じゃあ、レンチンするグラタン買ってるから、それをチンしてやろうか?」
「うん」
嬉しげに頷くところはやっぱり子供らしい。
「姉貴は留守か?」
グラタンをレンチンしながら聞いてみた。
「うん、お袋、買い物行くっつってた」
「そうか」
姉貴も今は軽四に乗ってるから、気軽に買い物に出かける。
昔はカオリに連れて行って貰ったりしたが、今でも姉貴とカオリは仲がいい。
但し、鈴子とは2人共いまいち打ち解けないようだ。
まあー鈴子は……あれからソープは辞めたが、それまではずっとソープに勤めていたし、いくらカオリが元ソープ嬢だからといって、ちょっとジャンルが違い過ぎる。
鈴子のはデブ専御用達だ。
それにカオリは現在、水野の奥さんとして真面目に暮らしている。
ソープ嬢だった時の話なんかしたくないだろう。
姉貴はというと……礼儀知らずなタイプを嫌うから、仲良くするのは無理だと思う。
グラタンが出来たのでフォークを突き刺して、ペットボトルと一緒に持っていった。
「ほら、出来たぞ、食え」
「ほほーい、食う〜」
目の前に置いてやったら飢えたようにがっつく。
蒼介はよく食べる子供だった。
なんでもよく食べて悪戯し放題で、目ん玉を突かれたり、噛みつかれたりした。
テツにも同じ事をやっていたが、テツはそういう事じゃ怒らない。
怒るとしたら、ガチで危険が伴う事をやった時か、他人に迷惑をかけた時位だ。
鈴子と松本ペアはまだ籍を入れてないが、テツはあの2人の子供に期待している。
元々世話焼きな性格をしているせいか、赤ん坊をやたら可愛がる。
「あ〜、食った食った」
ちょっと考え事をしているうちに全部平らげている。
「ははっ、満足したか?」
「うん、ふう〜、腹出た」
ふんぞり返って座り、おっさんみたいに腹をさする。
と、不意にドアが開く音がした。
「ん?」
テツは朝から出て行ったが、会社員じゃないから、神出鬼没的に出たり入ったりする。
時間が空いたか何かで帰って来たようだ。
「お〜、蒼介、やっぱり来てたな、この悪ガキが」
こっちにやって来ると、ふざけるように声をかけた。
「悪くねぇもん、優等生だし〜」
蒼介は口を尖らせて言い返す。
「嘘つけ、お前〜、地味に友也を狙ってるだろ」
テツは蒼介には甘いが、そこは一応気になるらしい。
「な事ねぇよ、だってさ、叔父さんは〜名前入れる程、テツに惚れてんじゃん」
蒼介は何食わぬ顔で言ったが、今のはマズいような気がする。
「なにぃ〜? なんだ、そりゃどういう事だ」
テツの目付きが鋭くなった。
「あっ、やべっ……」
蒼介は焦っているが、その態度は余計に不信感を煽る。
「んにゃろ〜、なにしたんだよ」
テツは懲りもせずに蒼介を捕まえると、床の広い場所に引きずり出した。
「わ、わ〜っ! なんにもしてねぇ」
蒼介はジタバタしているが、テツはこういう事には慣れている。
「嘘をついたらどうなるか、知ってるよな?」
前回はプロレスだったが、今回は柔道の技をおみまいするらしい。
俺も散々やられたから、見たらだいたいわかるようになった。
「ちょっと叔父さん、助けて!」
蒼介は助けを求めてきたが、この際少し叱られた方がいい。
「袈裟固めだ、うりゃ!」
見事に決まった。
「あ"〜っ! ギブ〜っ!」
蒼介は悲痛な表情で叫んでいる。
「さ、吐けっ!」
だが、テツが攻めの手を緩める筈がない。
「うう〜っ! わ、わかった、言う、叔父さんに迫った」
蒼介は呆気なく自白した。
「やっぱりそうか……、はあー、まったくよ〜」
すると、テツは蒼介から手を離し、起き上がってため息をついた。
「それで、見たんだ、ケツのタトゥー」
「あのよ〜、お前、ちいせぇ時に見てんじゃねぇのか?」
「覚えてねぇし、だいたいさ、風呂はいっつもテツと一緒だったじゃん」
確かに、俺よりもテツが風呂に入れる事が多かった。
「おお、そうだったな、で、なんだ? タトゥーがどうかしたのか」
テツは改めて聞いた。
「だからさ、そんだけテツの事好きなんだって、そう思った」
蒼介は足を投げ出して座り、正直に話した。
「それで、踏みとどまったのか?」
「うん」
「あのな蒼介、おめぇ、前にバイになりてぇって言ったが、やめとけ」
これで話は終わるかと思ったが、テツは違う方へ話を振った。
「なんでだよ」
蒼介は不満げな顔をしている。
「いっぺん覚えたら、抜けられなくなる、俺は肉親はいねぇ、だからよ、どう生きようが自由だ、ま、友也にはわりぃと思ってる、せめてもの詫びに……友也の父ちゃんと母ちゃんに孝行してやりたい、けどよー、お前にはちゃんとした両親がいる、火野も友也の姉ちゃんも、お前が俺らのようになる事を望んでると思うか? 」
テツはあぐらをかいて座り直したが、この機会に説教するつもりらしい。
「それは……分かんねぇ、だって2人共、テツと叔父さんの事認めてるじゃん」
蒼介は納得がいかないようだが、俺は姉貴と火野さんに申し訳なく思う。
蒼介がバイに興味を持ったのは、十中八九俺達の影響だ。
「そりゃ2人は差別意識なんぞ持っちゃいねぇ、でも我が子が……となると別だ、もしもお前が……成長した先で俺らみたいな事をやらかしたら、2人はショックを受けて悲しむと思うぜ、現に友也の父ちゃん母ちゃん、お前にとっちゃ爺ちゃん婆ちゃんだが、2人は相当ショックを受けた、今のような良好な関係に至るまでにゃ、かなり苦労したんだ」
テツが言うように、本当に長い道のりだった。
「それはわかる、俺だって少しは感じてた」
蒼介も幼いなりに感じ取っていたらしい。
「だったら、親を悲しませるような真似はするな、お前は今難しい年頃だが、そんなもんは関係ねぇ、火野や舞さんが、どんだけお前の事を大事に思ってるか、親の心子知らずってやつだ、人間ってのはとかく不満を抱きがちだが、今ある幸せが当たり前にあるもんだと思ったら大間違いだ、蒼介、お前が今幸せに暮らせるのは……全部2人のお陰だ、お前は両親にめちゃくちゃ愛されてる、それがわかりゃ馬鹿な真似はできねぇだろう、だからよ、それを決して忘れるな、キッチリ心に刻みつけとけ」
テツはいつも何気なくいい事を言う。
今の言葉……俺が感動した。
「わかったよ……」
蒼介は不貞腐れているような……凹んでるような、どっちかわからない表情をして頷いた。
「わかりゃいい、おう友也、俺にもコーラくれ」
「うん、わかった」
話をして喉が乾いたんだろう。
冷蔵庫を開けてコーラのペットボトルを出した。
「はい、どーぞ」
「おお」
テツにコーラを渡しに行ったら、ピンポンが鳴った。
「あ……」
姉貴か、それとも鈴子か……。
とにかく急いで玄関に行き、ドアを開けた。
「ごめんね〜、蒼介お邪魔してるでしょ?」
姉貴だったが、手に買い物袋を提げている。
「うん、来てるよ」
蒼介は姉貴が留守だと大抵うちに来るので、買い物帰りにそのまま立ち寄ったんだろう。
「蒼介、ママが迎えに来たぞ〜」
「やだな、ママって……」
冗談めかして呼んだら、姉貴がクスッと笑った。
「あ〜あ、まだ居たかったのに〜」
蒼介はカバンを持ってやってきたが、ぶつくさ言っている。
「だめ、早く帰って宿題しなさい」
だが、姉貴は厳しい。
というか、蒼介の好きにさせていたらキリがないし、当たり前だ。
「わかったよ〜」
蒼介はむくれた顔をして靴を履いた。
「蒼介、またいつでも来ればいい、お前はまだ中学生だ、しっかり勉強しなきゃ、叔父さんみたいにバカになるぞ」
あんまりむくれてるから、自分を卑下して発破をかけた。
「そんな事ねぇし、俺さ、マジで叔父さんもテツも好きだ、すげー尊敬してる」
蒼介は急に表情を変え、真顔で大袈裟な事を言った。
「ははっ……、そんな事言われたら照れるじゃねぇの」
ちょっとびっくりしたが、照れ臭いのは本当だ。
「うん、いい事だよ、でも〜今はとりあえず勉強が大事、友也、ありがとう、また来るね」
姉貴は笑顔で頷くと、蒼介の腕を掴んで俺に礼を言い、蒼介を連れて立ち去った。
ドアがパタンと閉まり、くるっと向きを変えてテツを見た。
「ふう〜、悪ガキが帰っちまったか、あのな、猫なんだが……ぼちぼちよさそうなんだ」
テツは足を崩して座っていたが、不意に猫の事を言った。
「あ、もう?」
「ああ、猫は成長がはえー、あと2日したら親から離すって言ってたぜ」
「親はどうなるの?」
「親は野良だ、子猫がいなくなりゃまた好きに暮らすだろ、で、ちょっと見に行ってみるか?」
「今から?」
「おお」
「うん、行く」
まさか見に行くって言い出すとは思わなかったが、見てみたいに決まっている。
「よし、じゃ、行こう」
「ジャージじゃアレだよな〜」
黒いジャージの上下を着ているが、着替えるのが面倒くさい。
「別に構わねぇよ」
テツは構わないと言うし、このまま出かける事にした。
スマホや財布を持ってすぐに部屋を出た。
下に降りて駐車場に行こうとしたら、寺島とすれ違った。
女を連れているが、恐らく……話に聞いた彼女だ。
「兄貴、ご苦労さんです」
寺島はテツに挨拶したが、彼女らしき女性は、寺島の背後に隠れるようにしている。
「ああ、なんだ、彼女を連れて来たのか?」
テツは2人を見て表情を緩ませ、寺島に聞いた。
「はい」
寺島はやけに大人しい。
いつもならペラペラ喋る筈だが、彼女に気を使っているのか、返事だけ返して遠慮がちに頷く。
「へへっ、ま、上手くやりな」
テツは寺島の肩を叩いて歩き出した。
「はい、お気をつけて」
寺島はひと声かけて神妙な顔で頭を下げる。
俺はいつもとは違う寺島に釘付けになっていたが、置いて行かれちゃ困るので、慌ててテツの後を追いかけた。
助手席に乗ったら、車はすぐに動き出した。
「な、さっきの、例の彼女だよな?」
気になって仕方がなかったので、早速聞いてみた。
「だな」
「隠れてて顔が見えなかった」
「そりゃ、怖いだろうよ、マンション住人はヤクザばっかしだからな」
「テツは顔を見た事ある?」
「チラッとならある」
「美人?」
「おおまあー、普通じゃねぇか? 大人しい感じだ」
「寺島さんさ、なんか変だったな」
「ああ、彼女にフラレたら困るからよ、気ぃつかってんだ、あいつ、結婚願望あるが、なかなか上手くいかなくてな」
「だよな〜、でもさ、上手くいったらあの彼女もマンション住人だろ?」
「さあな、彼女が嫌がったら出て行くかも知れねぇぞ」
「あ、そっか……」
ご近所さんが増えると思って期待したが、気弱そうな彼女だから無理かもしれない。
「一応な、募集は出してたりするんだ、まだ空き部屋があるしよ、けどカタギが入るか? ぜってー無理だろ、火野がひっそり住んでた時はまだカタギの住人がいたが、それらが出て行った後は、同業以外誰も入ってこねぇ」
「うん、まあー、仕方ねぇな」
もう社員寮として使えばいいと思うが、親父さんは組員限定割引で家賃を安くしてるので、あんまり儲けにはならないだろう。
寺島の事やイブキの事を話してるうちに、目的の場所に到着した。
街中だから、駐車場はちょっと離れた場所にある。
そこにとめて歩いて行った。
何かの事務所やサラ金、半分潰れかけたような食堂……歩道ぞいに並ぶ建物は煤けた建物ばかりだ。
その中でそれらしい建物が見えてきた。
2階建てでコンクリート造りだが、見るからに年季が入っている。
テツは1階のドアを開けて中を覗き込んだ。
「おう、ちょいと猫を見に来た、上にいるか?」
「あ、はい、ご苦労さんです、あの、猫っすか?」
俺はテツのわきで聞いていたが、当番らしき若い男が慌てた様子でこっちにやってきた。
「そうだ、俺も貰う予定なんでな」
「あ、はい、だったら案内します、こっちっす」
男は腰を低くして言うと、前に立って歩きだした。
事務所のすぐ横に鉄製のくたびれた階段があり、男の案内でそれを上がって行った。
2階にはこの階段から上がるらしいが、2階についたら、出入口は裏になっている。
1階は表が玄関、2階は裏が玄関らしい。
その玄関の真横に小さな物置が置いてあるが……。
どうやらその中に猫がいるようだ。
「あのー、これ一応柵をしてるんす、カラスや他の猫が来るもんで、で、この扉をあけといてやったら、母猫がこっから自由に出入りしてます」
男は説明してくれたが、物置を囲むように柵が設置してあって、柵の扉は開けてある。
柵の中にはちゃんと餌と水入れが置いてあるし、結構大事にされてるようだ。
肝心の猫は物置の中にいるらしく、物置の引き戸も猫が通れる位に開けてあるが、物置の中から可愛らしい鳴き声が聞こえてくる。
「今は……多分親は出てるかな? ちょっと出してみます」
男は柵を退かし始めた。
「いや、無理するなよ、別に子猫を見なくてもいいんだからな」
テツは心配して言ったが、男は柵を退かして物置の扉を開けた。
中にはフワフワモコモコの子猫が3匹固まっていたが、男はそのうちの1匹を掴み出した。
「これっす、もう目が開いてるんで、気が向いたら小屋の周りに出てきます」
白地に黒いブチ模様だ。
ミャーミャー鳴いているが、小さくてめちゃくちゃ可愛い。
「お、おお……、触って大丈夫なのか?」
テツはまだ心配している。
「大丈夫っす、俺らがずっと餌やって世話してるから……、良かったら兄貴、どうぞ」
男はテツに向かって子猫を差し出した。
「あ、ああ……」
テツは怖々子猫を受け取り、落としちゃマズいと思ったのか、体にくっつけて抱いた。
「ははっ、小さいな〜」
つい覗き込んで見てみたら、龍王丸を初めて見た時よりも小さい。
多分、龍王丸は長毛種だからデカく見えたんだろう。
「いや〜、あんまし掴んだら壊れそうでこえーな」
子猫はミャーミャー鳴いて動くから、テツは落とさないように必死だ。
「あの〜、この中の1匹、あ、あのシマシマのやつっすけど、それは一応行き先が決まってるもんで……、あと2匹、両方似たような模様をしてますが、それは兄貴が1匹飼ってくれるってのは聞きました、なので……ブチの1匹が貰い手なくて」
男は小屋の中のシマシマを指差して言ったが、やっぱり貰い手はいなかったらしい。
「あの、うちで引き取ります」
テツは忙しそうなので代わりに言った。
「あ……、ほんとっすか?」
男はパッと表情を明るくして聞いてくる。
「はい、あの〜、性別わかりますか?」
引き取るのは既に決めていた事だから、2匹一緒に飼う事にする。
ただ、一応オスかメスか聞いておきたかった。
「ああ、全部オスなんすよ」
「そうですか」
同じ性別でよかった。
どのみち避妊去勢はするが、万が一って事がある。
「いいんですか? 2匹も」
男は不安なのか、もう一度聞いてきた。
「ええ、初めからそう話してたんで」
「そっすかー、いや、助かりました、たかが猫っすけど、世話してるうちに情が移っちまって、俺は無理なんすよ、なんせ部屋住みなんで」
なんとなくわかってはいたが、まだ修行中の身らしい。
「親父さんちじゃ、仕方ないですね」
翔吾はドーベルマンが死んでショックだったらしく、当分なにも飼いたくないと言っていた。
今は体を鍛えてるし、パッと見いかにも強面な雰囲気になっているが、内面は昔のように繊細だったりする。
「おい、もう戻してやれ」
テツが言ってきた。
「あ、すみません……」
男は慌てて子猫を受け取り、小屋の中に戻してやった。
子猫達は団子になってミャーミャー鳴いていたが、元通りに引き戸を閉め、柵を置いた。
「よし、じゃブチ2匹だな、あと2日だったよな?」
テツは男に確かめた。
「はい、そうっす」
「その日に受け取りに来るわ」
「はい、わかりました、あの〜兄貴、ありがとうございます」
男は大袈裟に頭を下げて礼を言ったが、本当に愛情を持って猫達を世話してきたんだろう。
「ああ、ま、それまで世話を頼むわ、じゃ、俺は行くからな」
テツは男に言って踵を返した。
「はい、わざわざご苦労さまでした」
男はどことなく安心したような表情で頭を下げ、俺がテツについて歩き出すと、俺達を見送りに下まで一緒についてきた。
ほっとくと駐車場までついて来そうな勢いだったが、テツがここでいいと言ったので、男は事務所の前で俺達に頭を下げて見送りをした。
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