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狼皇帝のシンデレラ
A
あのあと残された侍女達は踞るシャンを無理やり立たせ寝台に放り投げ室内を僅かばかりに整えると怪我をしたシャンを放置して部屋を出て行った。
残されたシャンはしばらくは茫然と横たわっていたがその内のそのそと起き上がり、寝台同様それ自体が美術品のように美しい化粧台の前に座りトゥラに蹴らたせいで乱れた衣装や髪を出来る限り直し始めた。

「っ!」

頭がまだはっきりとしなかったせいかシャンは無意識の内に先程トゥラに踏まれた右手で櫛を取ってしまった。
鋭い痛みが走る。
中指と薬指の第二間接の辺りが赤く腫れ上がり熱を持っている。

「本当、どうしてこんなことになったんだろ…」

そもそもシャンがルゥメイ王女の身代わりとなる羽目になったのは明狼国の建国当初から争い続けてきた明狼とリランの両国100年以上断続的に続いた戦争に終止符を打ち和平を結んだ事が原因だった。
和平と言っても滅亡寸前迄追い込まれたリランが明狼からの和平の申し込みに飛び付いた形で、実質服従に近かった。
そしてその証としてリランの王女を明狼の皇帝に嫁がせることとなったのだ。

シャンも故郷の村でこの話を聞いた。
かつては東大陸を支配したリランの栄光時代を引き摺る老人達は悔しがり、中には自決する者もいたが殆どの者がこのような形とはいえ戦争が終わったことに安堵した。
シャンもその内の一人だ。
幸いシャンの村は近年戦禍に巻き込まれることはなかったので復興は着々と進んでいった。

戦争で駆り出されていた男達も次第に戻り、復興が粗方終わった頃その地を治める領主が視察にやってきたことでシャンの運命は大きくねじ曲がったのだ。
訳もわからないまま王宮に連れて行かれ国王と対面させられたのだ。
国王は初めいかにも平民といった風貌のシャンに不快そうに顔歪めていたがシャンが顔を上げた瞬間驚愕に変わった。

その後ルゥメイ王女に対面しシャンは国王の驚愕の意味を知った。

「あの時は本当驚いたな…」

乱れ髪に櫛を通す。
この髪も葛ではなく地毛だ、ルゥメイ王女の身代わりとなるため伸ばさせられたのだ。

ルゥメイ王女と対面した時、勿論この化粧台の鏡に映る自分を見ているかのようにそっくりだったことは勿論シャンを驚かせたが、それよりも更にシャンを驚かせる秘密がルゥメイ王女にはあった。

それは王"女"であるはずのルゥメイが男だったことである。

同じ顔をしたシャンも男なのだから彼を驚かせたのは少女にしか見えないルゥメイが男だということではなく、自国の王女が男だったことだ。

和平の絶対条件は王女を嫁がせること。
しかし、リランにはルゥメイ以外に王女はおらずかといって男であるルゥメイを嫁がせる訳にもいかず王宮が困窮していたところにルゥメイそっくりのシャンが表れ身代わりとすることを思いついたのだ。

「いくら本物の王女様でも自分の花嫁が男だったら普通は怒るよな」

それだけではない。
明狼とリランの国力差、明狼に対し和平という名の服従を取った今怒った皇帝に花嫁を殺されても文句を言えない立場にリランはあった。

当然シャンとて殺されるかも知れない役割を請け負うつもりなどなかった。
そもそもシャンが聞かされていたのは身代わりではなく、影武者という話だったのだ。
国の滅亡を防ぐため明狼に服従したものの、その事を良しとしない者達がルゥメイが明狼へ嫁ぐのを阻止しようとしているためその間影武者をして欲しいというのがシャンの聞いていた話だ。
ルゥメイとして仰々しい花嫁行列と共に王宮を出発し国境を越えた所でシャン達より先に密かに出発したルゥメイと入れ替わる筈だったのだが行列は国境を越えても一向に止まる気配はなく、気づけばシャンはルゥメイとして明狼の王宮まで連れて来られてしまったのだ。
そして、トゥラから始めて一連の計画―シャンをルゥメイの身代わりとして嫁がせる―を聞かされたと言う訳であった。

「俺、もうすぐ死ぬのかな…」

今夜は夫婦となった二人が初めて共に過ごす夜だ。
三日前の対面の儀や今日行われた婚儀はなんとかやり過ごしたがこれ以上誤魔化すことはできない。
よしんば命は助かったとしても皇帝を謀ったのだ只では済まないだろうとシャンは感じていた。

トゥラの話しではリランはシャンが死のうが生きようが全ての罪をシャンに被せるつもりだと言っていた。
どんな風に罪を被せるのかはわからないがこんな大それた事に国が関与していないと明狼の皇帝が納得するか疑問だったし、シャンももし命が助かったら事実を告げると言ったがトゥラは意にも介さなかった。
トゥラ曰く明狼の皇帝が自分達王族や貴族の言葉よりシャンのような汚ならしい平民の言葉を信じる筈がない、らしい。

シャンも確かにそうかも知れないと思った。
リランの様な小国でも王や貴族は民を自分達とは価値の違う使い捨ての駒ぐらいにしか思っていないのだ大国である明狼の皇帝がシャンの話しなど聞いてくれさえしないだろう。

「………」

そう思うとこうして身だしなみを整えているのが馬鹿らしくなってきた。
シャンは櫛を化粧台の上に放り投げると寝台に戻る。

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あきゅろす。
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