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■本編04

 何をしているのか、全く分からないのに心臓は早く脈打っている。

 友人の都合で、遊ぶ約束が破棄になり、家に帰ってゲームをしようと、自室のドアノブに手をかけようとして、少し開いている事に気付く。中に勉がいるのだと思ったが、時折、声が聞こえた。
「はぁ、はぁ、あっ」
(何……?)
 勉は一人で学のベッドに座りながら、俯いていた。周りにはティッシュケースと丸められたティッシュがいくつか散らかっている。
 勝手に上がって、しかもゴミまで、と眉間に皺を寄せたが、勉の様子がおかしい。苦しそうに息を乱していた。
「はぁ……まな」
 切なく名前を呼ばれ、肩をびくつかせた。
「はぁ、っ!」
「……」
 肩で息をしながら、勉は自身が出したと思われるものを恍惚として見ている。そして、それをベロっと舐めとってしまう。

 頭が真っ白になった。本能的に、覗いている事がバレてはいけない、それだけは分かった。
 この場を、一刻も早く後にしようとしたときだった。
「学ー? 何してんだ。そんなとこ突っ立って」
「!?」
 後ろからの思いがけない母の声に、心臓が停止しても良い程に驚愕した。
「何もしてないなら、夕飯の用意、手伝って」
「あ、うん」
 学は平然とした態度をしたつもりだったが、声が棒読みだった。

(バレた、バレた、バレた)
 足早にリビングへ行き、母から食器を手渡される。それを並べていたら、
「母さん、俺も手伝うよ」
 と、馴染みの声に、今は凍り付く。
「おー、勉ー寝てたんじゃないのか?」
「起きた、良い匂いがしてきたから」
 学が並べた食器の上に、おかずを盛り付けていく勉。
「はい、学もこれ盛り付けてって」

 父は帰りが遅いので、三人で食卓を囲んでの食事だった。勉の顔が全く見れない状態で、料理も何を食べたのかも分からなくて、ただ無性に渇く喉を潤す為に、お茶ばかりを飲んでいた。
「まな、冷えんぞ」
 ビクリと思わず全身を震わす。
「ん、うん」

 食事を終えて、リビングで横に並びながら同じテレビを観て、父が帰るまでにお風呂へ順番に入ってゆく。毎日の事なのに、今日はひとつひとつが地獄のコースに感じてしまう。
 就寝の時間が来て、自室に戻れば、もちろん二人きりで。
 早く寝てしまおうと思うも、神経が高ぶって、なかなか寝付けなかった。リビングに行って寝ようとした。
「まなー」
 心を読まれたのか、声をかけられてしまう。口調は穏やかだったが、学からすれば、今はどんな声でも恐怖でしかない。
「見てた?」
 ついに来たと思った学は、寝た振りをしようと目を瞑った。
「返事しろ」
 起きている事がバレバレだと言わんばかりの張りのある声に、体をびくつかせてしまった。
「夕方見たか、見てないかって聞いてんだよ」
 軋む音が、二段ベッドの上段から頻りに聞こえ、階段から降りているのが分かり、怖くて布団を強く握りしめる。そして、素足で床を歩く音がして、
「まな」
 と、耳の近くで聞こえた瞬間、背中を向けながら、学は即座に謝ってしまっていた。
「ご、ごめん! の、覗くつもりはなかったよ!?」
「見たのか」
 再度、謝った。
「何やってたか、分かったか?」
 学は首を横に振る。知りたいと思わなかったし、知ってはいけないと思った。
「そっか、分からないか。ならいい、良かった」
 自分の寝床に帰るのかと思ったが、隣に潜って来たもんだから、安堵も出来ぬまま、学は再び体を強張らせた。
「へ、あ……兄、貴」
 肩に触れようとしたが、ガチガチに固まる学を見て、苦笑する。
「そんなに怖いか?」
 返事をしない学に話を続けた。
「怖がる事をしたいんじゃねぇんだ」
 後ろから優しく抱き締められ、首筋に口付けをされる。いつもなら反発する所も微動だにしない。
「いや、怖い怖くないはまなが決める事なんだけどよ」
 ゆっくり息を吸い込み、そっと囁いた。
「まなが好きだ」
 そのたった一言が、言霊のように学の心に何度も響き渡る。
「これだけは分かってくれ」
 そう言って、離れて上へ戻る。学の恐怖心もいつの間にかどこかへ去って、寝息をたてていた。

2012.07.13 完成
2013.08.16 加筆

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あきゅろす。
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