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■本編02

 日曜の朝の午前九時、学の悲鳴から事は始まった。

「ん? 起こしたぞ」
「本当に!? 過ぎてるじゃん」
 昨日、学は勉に朝の八時に起こして欲しいと頼んだ結果が、今の有り様である。
 学がどうやって起こしたのか聞けば、
「王子様は何度も目覚めのキスをしましたが、お姫様は全く起きないのでした」
「…………」
 次第に顔が青ざめる。
「いーやーーーー!!!!」
 思いきり唇を服で拭った。それを見た勉は、笑いながら傷付くなぁと言う。
「ち、ちゃんとしたやり方で起こせよ!!」
「ほう……それが人に物を頼む態度か、目覚ましで起きないからって、まなが起こせって頼んだんだよな?」
 頭を軽く鷲掴みをする。
「う、ごめんなさい」
 怒ったりしょげたり大変だなぁ、と勉は笑った。
「心配するな。友人には言っといたから」
 学の頭を軽く叩きながら爽やかに言う。
「何を……?」
「今日は起きたくないみたいだから遊べないって」
「はいぃ!?」
 眉間に皺を寄せ、即座に子供用の携帯を取り出して、登録された電話帳の一覧を出す。
「何やってんだよ! も〜謝らないと」
 電話をかけようとするが、勉に取り上げられてしまった。
「俺と遊ぶ選択肢もあるが」
 そう言って、にこやかに両手を広げる。
「遊ばない。早く返せ」
「まなちゃんは冷たいなぁ」
 飛び跳ね、携帯を取り戻そうとするが、身長が違い過ぎる。
「返せって!!」
「俺とゲームに勝ったら返してやるよ」
 家の中に勉が携帯を隠し、学はそれを見つけるだけのシンプルなルールだった。
 制限時間は一時間。
「隠すから目ぇ瞑れ」
 言われるがまま、渋々目を瞑る。

 ……実際は五分なのだが、待っている側としては、十分は経っているんではなかろうか、というくらい長い。手の込んだ場所に隠しているのか。
 学の考えとは裏腹に、一分もしない内に携帯を隠し終った勉は、学の目の前にずっと立っていた。顔を近付け、じっくり眺めている。
(可愛い)
 悪戯のし放題ではないか、と思うも、学が痺れを切らす前に声をかけた。
「ん!?」
「まなー、もういいぞ」
「何……今の」
 唇を指差した。
「ば、ば、ばか!!」
 学が驚いたのは、ついでにキスをしてきたからだ。
「怒ってる場合か? 時間がなくなるぞ」
「っクソ兄貴!」
 悪態を吐きながらも、一時間もあれば、すぐに見つかるだろう、と学は思った。

「兄貴の隠しそうなとこ、兄貴の隠しそうなとこ」
 変わり者の勉の事だ、きっと変な所に隠したに違いない、と学は踏んだ。
 本の裏に冷蔵庫、服と服の間やトイレの手洗いの中など、学が思い付く限りの変わった場所を探していった。
 が、見付からない。その度にニヤニヤされて腹が立つが、怒っている場合ではない。
「ここか!」
 変わった場所ばかり探すものだから、時間はあっという間に三十分経ってしまっていた。
 早く見付けて謝罪の電話をしたいのに……焦りだけが先走って、思考がだんだん働かなくなってゆく。
「どこにもなーいー。本当に隠した?」
「隠してるさ」
 きっと学は変わった場所を探すと踏んで、逆に普通な所に隠したのではないか、と再び部屋中を探した。

 それでも、携帯は見付からず、時間は残り十分もなかった。
「ヒントはすぐ近く」
 勉からのヒントなど信用出来ないが、今はそれにすがるしかないと思った。

「ま〜なちゃ〜ん」
 壁にもたれながら時計を指差し、時間切れを告げた。
「嘘ー、もう一時間!?」
 悔しそうに、口をへの字にする。
「電話かけてみ?」
 そう言って、家の電話の子機を手渡される。コールが一回、二回と鳴り、
「うおお……バイブがダイレクトに」
「……え」
 勉の右側のズボンからバイブの音が聞こえ、見れば布越しから僅に光り、微妙に震えている。
「えーー!? ずるい!」
「ずるいって、家の中だろ」
 頬を膨らましながら、勉のポケットに手を突っ込み、携帯を引ったくった。
「大胆だなぁ」
「最っ低、最悪」
 学の罵倒も平然として、こう言った。
「見付けられなかったまなには、罰ゲームだな」
「そんな事、一言も」
「言ってなかったか? まぁ良いじゃねぇか」
 顔がニヤけている。これが狙いだったのか、と学は舌打ちをした。
「俺の膝の上に座れ」
「いーやーだ」
「罰ゲームするくらいの暇はあるだろ」
 半ば、強制的に連れて来られ、男らしい骨張った膝の上へ。
「離せっ」
「おぉ柔らかい」
 乗せる為に掴んだ脇腹を、何度も揉んだ。
「うわっ。へ、変態! もう降ーりーるー」
 喚く学に平然としていた。
「まな」
 いつもと違う、声の低さに学はゾクっとした。
「……っ!?」
 切ない溜め息が、首筋にかかる。
「俺の事、そんなに嫌か」
「っやめ」
 耳の裏に話しかけられ、学は身動ぐ。
「まな、答えは?」
 腰に腕を絡めて、密着してくる。動揺していて答える余裕など、学にはなかった。
「まーな」
「もっ兄貴! ふっふざけんな!」
 肘を曲げ、後ろに回して顔にヒットするはずが、簡単に勉の手に止められてしまった。
「冗談だってぇ、まなちゃぁん。罰ゲーム終〜了〜」
 そう言って、パッと手を離した。真っ赤なのを隠して、「ばか兄貴」と、一言吐いて、リビングへと逃げて行く。
 結局、その後も勉の相手をしていて、謝罪の電話をするどころではなかった。
 明日、登校したらすぐに謝ろうと学は思うのだった。

「あた――」
「起きたくないってどういう事だよ、学。ってかもう遊ばないって何だ」
「え?」
 謝る前に詰め寄られ、訳の分からない事を言う。
「え、じゃねぇよ」
 勉から聞いたものとは違い、混乱した。
「遊ぶの放棄してごめん。あの、それ、良かったら詳しく聞かせて」

 ――約束の時間から二十分が経過していた。
「もっしも〜し」
 軽快な声に、学の友人は怪しく思ったのだろう。
「……誰、ですか」
「学の兄だ。何か用か」
「えっと、学君は? ……遊ぶ約束してて」
 先程とはうって変わり、真面目な声に気圧される。
「あ〜まなね、まだぐっすり。起きたくないみたいだから、ってかもう充(あたる)君と遊びたくないんじゃない?」
 と、言うだけ言って切られてしまった上に、何度かかけたが、音声ガイダンスになる為、諦めたらしい。

「学、学」
 鬼の形相だったのだろう、充から宥められてしまった。
「も〜本当ごめん。遊びたくないなんて、思ってないから」
「分かってるよ、人は本当の事には怒るもんだ」
「充〜」
 と、今にも泣き出しそうな声で、器の広い友人に感謝した。
「ってか、学ん家の兄貴ってぶっ飛んでんな」
 頭を悩ます学だった。

2011.11.27 完成
2012.07.16 加筆

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