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■本編01

 とある一角のマンションに野崎という父母と二人の男兄弟の家族が住んでいる。父と母は共働きで、兄弟は共に同じ小学校に通い、特に不自由なく暮らす、至って普通の家だ。

 兄を除いては。

「兄貴ー兄貴ぃ? 家狭いのにどこにいるのか分からないって……あ、いた」
 兄の野崎勉(のざきつとむ)は机に向かい、姿勢正しく正座をして何かを書いていた。
「母さんが呼んでるんだけど」
 手に腰をあて、呆れているのが弟の野崎学(のざきまなぶ)。

 三つ離れた兄弟ではあるが、容姿は対照的で、勉は背も高く、スラッとしていて、顔付きも男らしい。学とは、目元以外はあまり似ていなかった。

 声をかけているのにも関わらず、返事がない。肩から覗くと何かを書いていた。
「ほいよ、これで大丈夫だな」
 学がいた事は分かっていたらしい、無視していた訳ではないようだ。

 ……学は悲鳴を上げた。

「っ何だよこれーー!!」
 手渡された物を見て理解するのに少し時間がかかったが。
「耳の側でうるさい、兄の名前が不満か?」
 そうではない。
「黒々してて窮屈に見えるか」
 そうではない。悲鳴の原因は学が使う、筆箱や体操服の袋の名前欄に、勉の名前がプラスされているのだ。
「どうしてくれんだよ!」
「どうもしないだろ?」
 無くしたときには学の所はもちろん、勉の元へ返って来る寸法だ〜などと自信満々に言うから、学の沸点は越えてしまった。
「そんな事ある訳ないだろ!?」
「あるだろ。例えば、落とし物だ。これ野崎兄弟のか、教室も近いし兄の方に渡そ! とか」
「意味が全く分からない!」
「二人で使って、本当仲の良い兄弟ね〜とか」
 滅茶苦茶な事を言う勉に、怒りは更に熱くなる。
「バカ兄貴!!」
「賢い兄に向かって、バカとはなんだ」
「全然賢くない! お下がりだって思われる」
「まな、それは違う。俺の名前が後になってるだろ?」
「せっかくの新品が台無しだ!」
 特に、新しく買ってもらったばかりの筆箱を見ては、唇を噛み締めた。学の計画では、次の日に持って行き、注目を浴びようと思っていたらしい。
 口論は続いたが、学の言葉に対し、勉にまくし立てられてしまった。

「あ〜も〜またからかわれる〜」
 勉の眉がぴくっと動く。
「……どういう事だ」
「兄弟揃って真面目ちゃんっていっつもバカにされんの!」
 勉に学、兄弟だから続けて読むと勉学になる。嫌がる理由に、勉の成績は良いのに、学の成績は普通なのも、コンプレックスだったから余計だった。
「なるほどなぁ」
 初めて知った事実に、関心を向ける勉を睨んだ。
「漢字で書くとダサく感じるってか。俺は好きだけどな」
「……何で」
 涙目にしながら聞いた。
「教えると面白くないだろ? そもそも、付けてくれた親に失礼だ」
 学の跳ねた髪型を、優しく撫で付ける。それでも、納得いかない顔をした。
「俺の次に、まなを産んでくれた事にも感謝しないとな」

 しばらく、髪を弄られていたが、スッと止まった。
「ってか……まなを虐める奴がいるのか。名前教えろ」
「え」
 急に冷めた顔になり、学はゾッとする。
「名前教えろって、明日シメとくから」
「や、止めて!」
 学は必死に止めようとする。

 勉には過去に様々な異名があった。
 一つは、あるイベントで先生に口論で勝った為『タッシャー勉』と付けられ。一つは、窓ガラスにぶつかり、ガラスにはヒビが入ったのにも関わらず、頭には掠り傷一つもなかった為『鋼の骨崎』と付けられ。一つは、三歳年上の輩に絡まれていた所を助けに入り、素手でケンカに勝った事から『孤高の戦士』。

「目には目をって言うのがあるだろ。やられたらやり返すのが野崎流だ」
 族と言う訳ではないが、学以外は、血の気が多い家族だった。勉が両親から教わったのは、一に正当防衛、二に拳、三四はなくて、五に防御。ぶつかるときは、拳で確かめろ……等々。

 見事に受け継いでしまった勉だから、本当にやりかねない。
 反面、学は女の子のような容姿で、家系の中では珍しかった為、可愛がられて育った。勉は『学を守りなさい』とまで言われたくらいだ。ただ、この家の中で育った所為で、口調だけは少し粗いが。
「いい、余計こじれるって!」

「分かった。手を出さない代わりに、ここにちゅーってして」
 頬を指差す。
「だ、誰が!!」
「じゃー名前を言え」
 うぅ、と怯む。どちらに転んでも、学にとっては良い選択肢ではない。そもそも何故、代わりが頬にキスなのか。

 悩んだ末、学は背伸びをする。それを見た勉は、内心にやりとして、屈んだ。ぎゅっと思いきり目を瞑り、そこにあるであろう、頬に唇を近付けた。
「ん!?」
 違和感に目を見開く。顔と顔が見合っているではないか。
「ご馳走さま」
 ペロリと舌を出して、自室を後にし、学は顔を真っ赤にしながら、唇を拭った。
「クソ兄貴ーー!!」

 結局の所、何も解決していない上に、勉に良いようにくるめられた事に気が付いて、学が再び憤怒したのは後の事だった。

2011.11.21 完成
2012.06.10 加筆

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