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■本編01 夜の学校

「なぁっ七尾! 今日夜の学校に遊びに行こう!!」
「いや」
 放課後、掃除当番だった平陽希(たいらようき)を、小松七尾(こまつななお)は待っていた。

 二人は高校からの友達で、部活が体操部希望と一緒だった事がきっかけで話すようになり、家も近い事が判明し、更に意気投合した。

「即答とか……!」
 掃除用具の片付けをした後、無理やりショルダー型に改造した鞄をぶら下げ、ポケットに手を突っ込んでズカズカ豪快に近付いてきた。
「なんでー」
「よっちゃん一人で行けば良いだろ」
「一人じゃつまんねってー。あ、いや、秋谷と隆史も一緒だけどさぁ」
 秋谷香緒里(あきやかおり)と尾山 隆史(おやまたかし)二人とも七尾達の同級生だ。

 夜の学校なんて何が面白いのか、七尾はまっぴらごめんだった。
「じゃあ良いじゃないか」
「ダメダメダメダメ、全然よくないって」
 だんだん、陽希の癖が始まる。
「ペアで行くって決まりなんだよ〜」
「普通、女じゃないのか?」
「オレそんなのいねぇもん」
「他、誘って行けば」
「今からじゃムリ! なぁ七尾〜」
 七尾の手首を掴み、引っ張る。まるで、駄々をこねる子供のように。
「そもそも無理だ、俺用事あるし」
「ウソ、だって月曜に今週暇だって!」
 余計な事はよく覚えてるなぁといつも感心する。
「ちっ……分かった」
 何を言っても無駄だと思った七尾は観念してしまった。陽希は大げさに万歳をしては、満面の笑みを浮かべる。
「青春の一ページを作ろうぞ!!」
 強引に決行されてしまった。

 陽希はいつもこうだ、我が儘な所があり、七尾がいつも折れてしまう。その性格の所為で一度付き合った彼女にふられたと、そんな事を言っていた。自覚はあるらしい。

***

 夜の八時に学校の裏門前で集合、ということだったが。

「いねぇし」
 七尾はみんなより先に着いてしまい、しくったと思った。
(何でこんな事してるんだ)
 何気なく辺りを見渡せば、夜道を照らす為の街灯なのに、かえっておどろおどろしい雰囲気を作っていた。白い壁の校舎が仄かな光の反射で発光をしていて外観を見ただけでもぞっとする。
 悪寒で肩をさすっていると香緒里と隆史が来た。
「あー小松ぅ」
 香緒里が嬉しそうに走って、七尾の腕を取り、意味もなく左右に振る。
「何だよ一番ノリ? 何だかんだ言って楽しみにしてたのか〜そっかそっか」
「違う。お前らが遅いだけ」
 他愛のない会話をしていた数分後に、陽希が来た。
「よぉ! おまたー」
 場の雰囲気とは360度違う声。
「よっちゃんマジおっせえ」
 遅れた隆史が言った。
「ごめーん、ちょーっと服選びに時間がかかってー」
 口調も表情も全然悪びれていない事に、隆史からのどつきが入る。

***

 陽希は裏門に長い足を引っ掛けてよじ登った。続いて七尾も身軽に登り、香緒里は隆史に支えられて、校内へ侵入した。
「お別れだな、集合は…人目のつかないここ!」
 ルートは東校舎と西校舎の二つ、ペアで回り指定の二箇所の教室に飴玉を一つずつ隠してある、東校舎は陽希が西校舎は隆史が事前に隠したらしい、それを持ち帰って集合場所でゴールという事だった。
「じゃあな」
 陽希が手を振る。
「うんまたここで〜」
 適当に挨拶を交わして別れた。

 七尾達は西校舎に向かう。よりによって西校舎の方が特別教室や空き教室が多いのを思い出して寒気を感じた。
 少しして陽希は馴れ馴れしく肩を組んでくる、いつもは鬱陶しがるが、今日ばかりはありがたかった。とりあえず、バレないようにしなければと七尾は平静を装う。
「何かこういうの、楽しいなっ」
「……どこが、見つかったらどうすんだ」
「そん時はそん時。七尾もそんなの抜きで楽しめば良いのに〜」
 口を尖らせ拗ねる真似をした。七尾は早く見つけて帰る、そればかり考えていた。
「えっと、オレらは美術室と二階の空き教室っとー」
 美術室といえば、デッサン用の石膏や額が飾ってあった気がする。空き教室の場所は、奥まった所にあり、そこはそこで不気味な雰囲気が漂っていたのを思い出し鳥肌が立った。
「七尾ー? 入るぞ」
「あ、すまん」
 美術室へと一歩足を踏み入れると、板張りの床がギシっと軋む。
「飾り物には隠さないのと、難しくないとこに隠すってのがルールだから簡単に見つかる……かも?」
「かもか…」
 早く見つかるに越したことはない隆史が分かり易い所に隠していることを願った。
「あ? あった!!」
 七尾はつい叫んだ。何とも入って一分もしない内に見つかり、七尾は運が味方をしている気がした。
「すげーハイスピード」
 陽希が嬉しそうに駆け寄って七尾の見つけた飴玉を見た。
「…ん? 色が違う」
 確か西校舎に隠すのは赤い包みだった。どこからともなく出てきた手のひらサイズのライトを取り出して、七尾の手から飴玉を奪うと包みを開けた。中に入っていたのは……
「紙くず?」
 だった。
「隆史……」
 七尾は恨みがましく呟く。

 それから度々フェイクが続いて見つかる度に喜びと落胆を繰り返す事になる羽目に。
「あ、あ、あった! 七尾っ今度は本物だ」
「本当か!」
 陽希は飴玉の硬さと包みの色を確かめ、胸のポケットにしまう。
「さ、次次〜」
 七尾は喜ぶのも疲れて、陽希の後を追った。

 次は、空き教室だ。
 二人は階段を登る。再び、陽気は肩を組んで楽しそうにしていた。
 ここでも七尾はいらぬ想像をして鳥肌を立たせる。一階から二階へと差し掛かる場所に、何かがいるのではないか。曲がれば、誰かがいて。一階から誰かが追って来たり……。
(もう、無理かも)
「んと、ここかなー」
 陽希の声で、空き教室に付いた事にはっとしたと同時に、無意識に自ら陽希にくっついていた事に焦る。
 今ので怖がりがバレていないかと内心どぎまぎしていたが、陽希は、特に気にする訳でもなく、楽しそうだった。

 陽希が扉を開けると、嫌な音を立てて開く。
「うへー」
「壊すなよ?」
「んー大丈夫みたい」
 扉を開け閉めして、滑りを確認する陽希。
 中に入ると使われていない所為か、少し埃っぽくて、七尾は口元を押さえた。
「さぁて、飴さん飴さん出ておいで〜」
 いかにもな、節に七尾はゾッとする。
「止めろ」
「じゃあ。飴様〜飴玉様〜飴ちゃ〜ん」
「黙って探せ」
 何を言っても叱られ、陽希はぶつぶつといじけながら探す。

「………………」
 黙れと言ったのが、仇となりシンとした教室には、二人が床を軋ませている音だけだった。
「よっちゃん」
「……」
 背中を向けた陽希から返事がない。
「よっちゃん?」
「…………」
「よっちゃん!」
「……七尾が黙れって言ったんじゃないか」
 恨みがましく七尾を見る。
「す、すまん」
「いいよ。七尾、俺が喋んなくて寂しかった?」
 あっさり笑顔に戻ったと思えば、今度は甘えて来て忙しい。
「なぁ、なぁ。寂しかったから話し掛けたんだよな?」
「やっぱり黙……あった!」
 見付かった瞬間、七尾は扉に向かう。
「七尾〜ずるい〜答えてよ〜」
「こんな遊び早く終わらせて帰る――ん!? あ、開かない」
 何度、動かそうもガタガタと音がするだけで、扉は開かなかった。
「七尾ってば、冗談ばっか。そんなにオレといたい、のっ……あり?」
 馬鹿力の陽希が引いても扉はビクともしない。
「さ、さっきは開いたんだよな?」
 陽希はうんうんと頷く。
「まー大丈夫でしょ、何とかなる!」
 肩を叩きながら、ニッと笑う。
「何で余裕なんだよっ…! もう、何でこんな」
 涙をこらえながらも、とうとう精神の方が参ってしまった。
「な、七、尾……?」
「早く出たい、こんな所嫌だっ」
 恥ずかしさなど、どうでも良くなって扉の壁にすがりつきながら、七尾は喚くように吐く。
「……やっぱ、怖がり?」
「そうだよ! だから嫌だったんだ!! お前、やっぱりって分かってたのかよ、最低だ」
「だ、だって誘ったとき結構必死で拒んでたし、さっきもオレにひっついたり……でも、でも、そこまで」
 ただ、七尾と肝試しをしたかっただけなのに。今は七尾の感情を逆撫でした。
「最悪」
 七尾の背後に大きな影が動いて、覆ってしまった。
「っ! なっ何だ!?」
「ごめん」
 頭に声が直接響いて陽希だと分かった。陽希の胸に頭を寄せられる。落ち着かせてくれているのだろうか、静かな教室で陽希の鼓動だけが伝わっているようだったが……微妙に脈が違う。
「七尾、嫌いになった? オレの事」
「もう嫌い、大っ嫌いだ」
「マジでごめん」
 さっきよりも声のトーンが落ちた気がした。
「でも、オレは……」
 陽希の両手に挟まれ顔を持ち上げられたと思えば、七尾の唇を撫でるように舐められた。
「っ何、した」
 突然すぎて唖然としている。
「ちょっと待っ、ん!?」
 今度は舌で無理矢理七尾の唇を割ろうとする。
「ん、ごめん、七尾っごめん」
「や……めろって!」
 粘着質な性格の所為か押しのけても吸い付こうとする。
「んっ」
「七尾っ七尾、七尾にゃにゃ〜いてゃい」
 両頬をつねり、陽希を静止させた。
「俺は嫌がってるのに強引に進めようとするのが嫌だって言ってるんだ」
「七尾がオレの事を嫌いでも良い」
「話を聞けよ…俺は全部が嫌いとは言ってない」
 キョトンとしてしばらく頭で整理していた。
「え、え、え? そう、なの?」
「つーか慰めんのにキスって」
 陽希はふと自分の行動を思い出して頭に血が昇った。
「七尾ごめっそのついっ」
 唾を飲み込んで、意を決する。
「オレ、七尾の事好きだから」
「まじかよ」
 嫌われたと思ったら、今まで溜めていたものが破裂してどうにかしたくなったらしい。今日も怖がる七尾が、女の子みたいな展開にならないかと、聞いてもいない事をペラペラと自白していく。
「七尾が嫌ならしない、もうしないから、しないけど側にいっ」
 陽希のシャツを引っ張って、七尾から軽いキスを仕掛ける。
「え!? ……今のっ」
「よっちゃんがうるさいからだ」
 というのは、陽希には届いていなくて、『七尾からキスをされた』事実だけが頭を支配していた。
「お、おお、おおおぉぉ……!」
 半信半疑の嬉しさで七尾に飛びつこうとした。
「な、七おふっ」
 お腹に蹴りを入れられ、現実に戻り踞る。
 自分の仕出かした事に、今更恥ずかしくなって陽希から離れて後ろを向いたが、開かない扉を見て、いつの間にか恐怖心を忘れていた事に気付くと同時に、また思い出してしゃがみ込んだ。
「よ、よっちゃん!」
 陽希は爆笑して、頭を撫でる。
「はっはっは、七尾ってば可愛いー」
 蹴飛ばしてやりたいが、それすらも出来ないくらい立ち上がれなかった。
「どれ、今一度このよっちゃん様が開いてしんぜよう。ん、このっほっ!!」
 七尾からもらった元気と渾身の力を使って、扉は嫌な音を立てて外れた。
「あれ?」
 呆気なく開き、二人は無言で空き教室を後にした。

「すまんすまーん」
 にこやかに陽希は来たときと変わらず、七尾の肩を組んで二人に手を振った。
「男二人もいるのに遅かったなぁ」
「だぁーって七尾が――」
「よっちゃんが飴探すの手こずるからだろ、近くにあったのに」
 キッと睨んでは陽希を飼い犬のように黙らせる。
「ん〜〜つか、隆史! フェイクってなんだよ!! 知らないで持って行ってたらどうすんだよー」
「やっぱ、引っかかってたのか? でも美術室だけだろ少しは楽しっあががっ」
 陽希の無言の一撃を食らう。
「小松〜寂しかったよ」
 と、二人を他所に香緒里が七尾にくっつく。
「あ! オレも」
「平はずっと一緒だったでしょうがぁ」
「七尾はオレの癒しなんだよ」
(早く帰らせてくれ……)
「明日もあるし、帰ろうぜ〜」
 七尾の心の声が届いたのか、隆史の一言でみんなは散々に帰ろうとしたが、最後に
「二人は罰ゲームな」
 と、聞いてもいない事に、七尾と陽希は突っ込む間もなく、もんもんとして帰る。

 後日、あの扉はガタで開き難くくなっていて、『閉めるな』という貼り紙がしてあったが、誰かの悪戯で剥がされ、閉めたのだと、風の噂で知った。

2008.06.25 完成
2012.11.26 加筆
2013.07.07 修正

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