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■本編3-13

 悟とスーパーへ買い物へ出掛けていたときの事だった。
「おお? 悠斗か!」
「ん……?」
 顔を見ても、知らない相手なのに、自分の名前を呼ぶ。悟に尋ねるも身に覚えがないようで、首を横に振った。
「えー俺だよ、昔近所に住んでた柊(ひいらぎ)」
「ひいらぎ? 柊……あ、あぁ!」
「ひっどいな」
 すっかり忘れられていた事にショックだと表に出す。
「ごめんなさい、健人(たけひと)さん」
「大丈夫、冗談だよ。ま、そんだけ格好良くなったって事かな?」
 相変わらず優しい言葉に、申し訳なくなる悠斗だった。
「本当にごめんなさい」
「いいよいいよ。しかしまぁ、悠斗は更にべっぴんになって。俺も一瞬誰だか分からなかったぞ」
「べ、べっぴんって僕は男」
「知ってるって。この会話も懐かしいな」
 さっきから穏やかな会話の後ろで、仏頂面で立っている人物がちらついていた健人は目を向けた。
「……こちらは?」
「一緒のマンショ――」
「彼氏」
「え?」
 健人は聞き間違えたかな、と催促した。
「聞こえなかったか? 彼氏だよ」
「な、何言ってるの!」
 他人ならまだしも、知り合いの、久し振りに会った人に何て暴露をするのだと悠斗は慌てる。しかも、すぐにでも戦闘態勢になれる状態で。
「本当の事だろ」
 少し不貞腐れる姿は可愛いが、そんな事を言っている場合ではない。ここで否定をしたいが、そうした日には、きっと後でいやらしいお仕置きをされるに違いなかった。どっちを取るか、とても悩む。
「悠斗、大丈夫……?」
 こんな見た目が厳つそうな奴が、悠斗とつるむなんてあり得ないと言う概念から、更に悠斗が黙ってしまった所為で余計に心配になったようだ。
「う、うん。大丈夫だから」
 波風を立てないようにしたいのに、悠斗の意思とは反対の方へ向いて行く。
「本当に大丈夫なの?」
「あぁ」
 苛ついた返事だ。
「……そうなの、悠斗?」
「大丈夫だっつってんだ」
 悠斗が何かを言う前に、悟が遮ってしまう。それがまた、逆効果だと言うのに……。
「君には聞いてない。悠斗に話掛けてるのが分からないのかな?」
「だから、さっき本人が大丈夫って言ったろ? ちゃんと聞いてろよ」
 火花が徐々に大きくなって行くのが見えているようだった。
「もっもう、顔が怖いから」
 鬼の形相という言葉がぴったり当てはまる、そんな表情だった。一先ず悟を退かせる方が先決だと思った悠斗は、悟の腕を引いて健人に言う。
「あの、ごめんなさい健人さん。兄ちゃんの機嫌がちょっと良くなくて、本当ごめんなさい」
 何度も頭を下げた。
「早く帰ろ」
 そう言って、レジへと向かい、会計を済ませた。

「兄ちゃん……?」
 健人は首を傾げながら、悟の呼称を口にした。

***

 いつも通り、悟の家に連れ込まれてしまう。スーパーで買った物をきちんと冷蔵庫に閉まってから、悟の部屋に机を挟んで向かい合った。
「えぇと……兄、ちゃ」
 無言でいる事に、居たたまれなくなった悠斗は、勇気を出して話し掛けたが、ギロと睨まれ、固まってしまった。悟に睨まれると、幼い頃を思い出して怯んでしまう。
「はぁ。すまん、怖がらせた」
 困った顔の悠斗の頭を軽く叩いた。
「俺以外に悠斗って呼ぶ奴がいたと思うと、すっげぇ向かっ腹が立ってよ。っくそ」
 下の名前で呼ぶ事が大事だと言うなら、自分の親や友人は良いのかなとか、僕が悟って呼んだらどうなるのかなとか、揚げ足取りな言葉を巡らす。
「で、あいつ誰」
「んと」
 少し言いにくそうにしつつも、隠さず悠斗は話した。

 小学二年の頃に知り合い、泣いていた悠斗を励ましてくれたり、家によく遊びに来て、お世話になった人だという。
「その……泣いてた原因って、もしかして」
「ん、兄ちゃんだよ」
 それを聞いた悟は、罰が悪そうにする。
 悠斗が遊びに来ても、無視をされていた時期があった。幼心に深い傷がつくほど、ショックで再会したときに問い詰めた所、理由があってそうしていた、と悟は言う。
「そういえば、会ってくれなかった理由って何だったの?」
「あぁ、言ってなかったか…………そりゃ悠斗を邪な想いで見てた事に葛藤した結果だ」
「……」
 悠斗は何とも言えない気持ちに、悟を見つめていた。
「何だよ」
 何か一言が欲しくて、つい急かすように聞いてしまう。
「んと、泣く必要なかったんだって」
「……すまん」
 本当に申し訳ない、と悟は頭を深く下げた。さっきのスーパーのときとは全く違って真摯な姿に、悠斗は苦笑をする。
「あん頃、俺の家の外で泣いてたのも知ってたのに、悠斗に会うと俺がおかしくなると思って、突き放した」
 二年の間、会わなかったのも、悠斗がいると思われる時間帯を避けていたからだと言う。コンビニで会ったのは、本当に偶然だったらしい。
「大きくなった悠斗見て、人生二度目の一目惚れを体験したな」
「ふふ、何それ」
 笑ってはいたが、内心、初めて聞く話に悠斗は驚かされる。
「再会した辺りも、ちょっと悩んでてよ。でも、抑えてた気持ちが限界越えて、気付いたら告ってた」
「僕は最初、何を言われてるのか本当に分かんなかったんだよ」
「確かに、大分遅れて理解してたよな。まぁ、晴れて両思いになれて、俺は浮かれて忘れてたけど、悠斗は辛かったんだろ? 泣かせてごめん」
「ううん、もう大丈夫だよ。昔の話だから」
 今となっては、忘れかけていた思い出だったし、再会したときの悟の反応を見る限り、勘違いだったのだろうと自己完結していた。
 しかし、本当の話を聞いてやっぱり大切にされているのだと再確認した。
「好きな気持ちはずっと変わってねぇし」
 横に並ぶよう近付くと、腰に手を絡ませる。少しびくついたが、いやらしいものではないと分かり、払いのけるのはやめた。
「……もう」
「困ってると本気で手ぇ出したくなる」
 そんな冗談に悠斗は笑いながら、少しずつ肩の力を抜いて、悟に寄りかかる。
「悠斗は浮気なんかしねぇの分かってるのにな、苛々する」
「ふふ、すごい自信だね」
「しねぇだろ?」
「え〜分かんないよ〜?」
「ぜってーしねぇよ。何年付き合ってると思ってんだ」
 くすくすと二人は笑い合う。
「はぁー本当、嫉妬してみっともない彼氏だな」
「そんなことないよ。それだけ僕のこと……えぇと」
 途中まで言って、自惚れてる気がして、恥ずかしくなった。
「あぁ、悠斗の全部が好きだ」
「うんそれ」
 下を向いて、膝をかかえた腕で顔を隠す。
「すごい自信だな」
「そうだね」
「ん〜? 何隠してんだよ」
 声がにやついている。
「何も隠してない」
「赤いんだろ?」
「赤くない」
「じゃあ問題ないだろ。こっち向けよ」
「問題ある……っ!?」
 悠斗は急にビクっとなって顔を上げる。悟が耳にキスを仕掛けたようで、思わず悟の方を向いてしまった。
「やっぱ赤い」
 今度は唇にキスをする。

***

「って! この間のは何だったの!?」
 好きだとあれだけ再確認したし、させられたのに……。目の前の悟は健人にガンを飛ばし、嫉妬心丸出しだった。
 しかし、なんでまたこうも出会った途端、何度も顔を会わせてしまうのだろう。
「あのさ、思い出したんだけど、君が昔に悠斗を放って無視した人?」
「っ」
 動揺したが、知っているのは当たり前か、と悟は冷静になる。
「あぁ、図星だとも、放って無視したとも」
「逆ギレ……」
 ぼそっと悠斗は突っ込みを入れる。
「でもな、今はそんな事関係ねぇくらいに好き同士なんだよ」
「え!?」
 にやりとした悟を見て、嫌な予感しかしなかった。
「悠斗の初めては全部おれ――」
「わあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
 何故いつも恥ずかし気も惜し気もなく、堂々と出来るのだろう、この男は。
「……ゆ、悠斗、本当なの?」
 馬鹿でかい声だったのだから、もちろん聞こえてしまっていて健人は信じられないという顔をしていた。悟は勝ち誇った顔をしているが、悠斗は首を大きく横に振った。この事実だけは、健人には知られたくない。
「ち、違」
「違わねぇだろ」
 どうしても合わせてくれない悟に、もやもやしている所に更に言葉を突き付ける。
「毎晩いやらしい事して」
「しっしてない!!」
 このままだと、全て暴露しそうな勢いだ。
 確かに好き同士ではあるし、色々としてしまってはいるが毎晩とはまた盛り過ぎだし、してもほぼ悟からだし、本当この間のやり取りは何だったのだろうか。いやいや毎晩って――。
 悠斗は一人で突っ込みを入れたいが、何か手を打とうも悟の発言が強烈で意識がそちらへ行ってしまう。自棄になって、言葉任せに怒鳴った。
「っもー! 嫉妬してみっともないって言ってたの誰!?」
「……」
「……」
 二人が悠斗を見つめる。黙った事に内心喜んだが、悟はにやにやとし、健人はショックを受けた顔をしていた。当の本人は気付いていないようだった。
「はは、ははは、はははははは! 自ら肯定しちまったなぁ」
「え? ……え?」
 自身の言葉を冷静になって思い出してみる。
「…………あ」
 これでは何かあったと、そういう仲だと、言っているようなものだった。
「息子をお嫁に出す親の気持ちが分かった気がするよ」
 何か違う気がするが、丸く修まりそうなので、余計な口出しをする気力も精神も悠斗には残っていなかった。……ただ、毎晩という嘘だけを訂正して。

2016.08.14 完成

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