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■本編3-12*

「あ」
「戸島君」
 挨拶をかわして通り過ぎれば良かったのに、悠斗は立ち止まってしまった。というよりは、硬直して動けなくなった。二人に微妙な空気が流れる。
「ちょっと頼みがあるんだ」
「……?」

***

「初めまして、笠井と言います。話は悠斗から少し聞いてます」
「すまないな」
「いえ」
 悠斗と本美が初めて会った庭に、悟も呼ばれる事になった。昼間の暑さも、夕方になれば涼しい風が吹き抜ける。もうすぐ秋になろうとしていた。

「ふふ、私まで怖いのか」
 悟にべったりくっついて、離れようとしない。
「本美先生は悪くないって、分かってはいるんです」
 ただ、体が拒絶反応を起こしてしまい、今も震えてしまう。
「弟と似てるかな」
「……少し」
 ちらっと見て、目を反らす。
「私まで嫌われそうだな」
 苦笑をしながら、本美は髪留めをほどき、眼鏡を外した。
「これだとマシ?」
「……」
 確かに雰囲気が違う。その証拠に、悠斗の表情が少し和らぐ。
「それはそうと、話って何ですか?」
「あぁ、弟の話なんだがね」
 悠斗はぴくっと反応をし、悟を見て、再び不安そうな顔をした。
「聞きたくないか?」
「分からない」
 とりあえず、悟の音楽プレイヤーを悠斗が着けたいときにと貸した。
「知っての通り、今も刑務所で服役中だ」
 たまに面会に足を運ぶも、何を話し掛けても無言のままで。
「私は、実の姉なのに、新聞の記事しか知らないんだ、だから詳しい話をと思ったんだが。……戸島君がどんなに怖い思いをしたのか、あの時分かったよ」
 軽率な行動をして本当にすまない、と深々と頭を下げる。
「いえ、もう大丈夫です」
「あの先生、この場を借りて、聞きたい事があるんですけど……」
 と、悟は言ったが、悠斗を見て苦い顔をする。ごめんな、と渡されたイヤホンを装着されてしまう。
「すみません、二年で釈放されるんですよね?」
「そうだな」
「ご家族の前で、こんな事を言うのは不躾ですが……心配な事があって」
 二人は真剣だ。前にもこんな事があったなぁと思い出す。仲良く喋る光景を見て、一人残されている事に不安になって、つい泣いてしまった。聞かない方が良いから、悟はイヤホンを着けたのだろうと思うが、少し気になる。
「……弟がまた戸島君を狙うかも?」
「はい、性犯罪者の再犯は多いと読んだ事があります」
 本美はしばらく腕を組み難しい顔をしていた。
「笠井君は家族なのにって思うかもしれないが……どうだろうなぁ。昔から、弟が分からないときがあって」
 どこか一人で出掛けては、服を汚し、親に叱られていたような子供だけなら良かった、と本美は話出す。
「その汚し方が奇妙でね……」
 言葉を濁していたから、言いたくないのだろうと、聞かなかった。
「色々とあった中で、勃起をしながらニヤけて帰って来たときは、さすがに私も何も言えずに距離を置いてしまってね」
 本美もまだ学生だった頃なので、思春期もあってそうしてしまったらしい。
「……」
「変わっているのだと思うようになって、向き合ったときには普通の……一般的なありふれた人だった」
 そのときは何も思わなかったが、自分の性癖を隠す為に、紛れて生きていく術を身に付けたのだと後で分かった。
「実は、一度生徒と付き合っていた事があって、性行為する仲にまで及んでしまってね」
 写真が趣味であった中丸は、その行為をカメラに収めていたのが仇となった。生徒に焼き増しをして渡していた分が親に見付かり、生徒は必死で中丸を庇ったという。それもあり、処罰は軽いものとなる。
「結果は合意だからって、生徒にお金を渡して黙ってもらった」
 しかし、一ヶ月後には、生徒とその家族は転校してしまったらしい。もぬけの殻になった中丸は、学校を数ヵ月休んだ後に復帰し、その年は保健医として真面目に取り組んでいた。
「だから、そんな弟を見て、改心したのだと肩の荷が軽くなった。けれど、再び起こってしまった」
「……」
 言わずもがな、とそれを口に出さなかった。
「向き合っていると私は思っていたが、実際は都合良く変換していたのかな」
 先程まで過去の事だと、坦々と話していたのに、一瞬だったが本美に暗い陰が見えた。
「ん?」
 椅子が揺れている、地震かと思って見たが、全く違う。隣がガタガタと震えていた所為だった。
「……悠斗?」
「ごめ、なさい」
 震えを自分で止めようと、悟の袖を掴む。
「今の聞いて……」
 まさか、と思った悟は、音楽プレイヤーの画面をいじると音量が下がっていた。
「ばか! 何してんだよ!?」
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
「どっから……」
 責めてもマイナスにしかならないと思った悟は、悠斗を引き寄せると唇を塞いだ。
「っ!?」
「君たち何して」
 目の前で起こっている光景に、本美は唖然とする。
「んっはぁっ、だっ……め」
「……黙ってろ」
 人前なのにと抗うが、ギロと目で抑制されてしまう。
「んっんんっん」
 悠斗は涙目になりながら、本美を見たが、完全に不可解なものを見るような目を向けていた。
「ぁん……んっんっ」
 緩やかに舌がねっとりと絡んで来る。
「っ悠斗」
 熱っぽく名を呼ばれ、ゾクっと背筋が痺れた。他人がいるのに、欲に負けてしまいそうだ。
「……んっ……ん」
「は、あぁ」
 粘液の音を立てながら、舌をなぞられると気持ち良い――。
「っはぁ…………悠斗のばかやろ」
 今度は凛とした声に、現実に引き戻される。目が蕩けてしまっていた……。
「……っ」
 穴があったら入りたい程、羞恥心が悠斗を支配していたが、仕掛けた悟を盗み見ると、何事もなかったように堂々として本美に視線を向けていて、更に居たたまれなくさせた。
「先生」
「……なんだい?」
「弟さんをどうか救って下さい」
 再び驚いた。批難の声を覚悟していたのに、むしろ批難して欲しいとすら思っていたのに。悟という学生は、あまりにも人間が出来すぎている。だが、反対に悟がいれば、悠斗は大丈夫だと思った。
「努力するよ。今度こそ」
 力強くそう言った。

 悟は、口端を少し上げて一礼し、悠斗の手を引いて、庭を後にした。

***

 背中を向けているので、悟の心情が分からない。少し足がもつれそうになりながらも付いていく。
 人が来なさそうな場所へと歩いているようだ。
「悠斗」
 先程の、本美に言ったときと違って、優しく問い掛ける声だった。こちらに向いて、腰を少し屈める。
「ごめんな」
「?」
「先生の前であんな事して。まだ怖いか?」
「……っ大丈夫、平気」
 泣きそうになる。やっぱり、自分は鈍いのだと実感した。
「そっか」
 嬉しそうな声に、涙が溢れた。
「に、兄ちゃん」
「ん?」
「ありがとう」
 何も言わず、髪をぐしゃぐしゃにした後、再び手を取り自転車に向かった。

2016.07.18 完成
2016.08.14 修正

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