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■本編3-11

 公園の中心に近付くにつれ、祭り囃子が聞こえて来る。人だかりは、その音に吸い寄せられるようについて行き、夜店の周りは少し見やすくなった。

 悠斗は綿菓子を手に、甘い匂いをさせながら、悟と夜店をぶらつく。
「そういえば、兄ちゃんとお祭って初めてだよね?」
「いや、一度あるぞ」
「そうだっけ?」
「あれは……悠斗が小学一年のときだった」
「……」

 今のように、風変わりで流行りに沿った展開をした夜店は少なくて、馴染みの夜店が並んでいるが、子供達に流行りは関係なく、欲しい物をせがんでは買って貰ったり、拒否をされて駄々をこねたり、泣いたりと忙しない。
 そんな中、悟は悠斗に手を引かれるまま連れられる。

 始めに寄ったのは、ミルクせんべい屋だった。
 束ねられた箸の先に、色が塗ってあり、引いた色によってせんべいの枚数が決まる仕組みだ。悠斗が、わくわくしながら引いた箸は無地だったので、最低数の二枚となる。
「ははは、可愛いからおまけね」
 とても残念そうにしていた悠斗を見て、お店の人は三枚も追加をしてくれた。
「わーい」
 次の店でも、その次の店でもおまけをしてもらって、悠斗の胃袋と頬っぺたは甘い物でいっぱいになった。
「良かったな、悠斗」
 笑顔が返ってくると思ったが、悠斗は何か考えていた。
「どうした?」
「ぼくばっかり食べてる」
 ミルクせんべい、綿菓子にクレープ、林檎飴、どれも悠斗が欲しいと頼んだもので、気が付けば悟は何も食していない。
「にぃちゃんも食べて」
 そう言って、差し出されたのは林檎飴で。しかし、これを拒否してしまえば、悠斗は悲しそうな顔をするだろう……悟は少し顔を歪ませ、一口かじった。
「あま……」
「美味しい?」
 つい、声を出してしまったが、悠斗は気付いていないようで、胸を撫で降ろす。
「ん、うまいな」
 果物の自然な甘さなら大丈夫なのだが、飴の所為で甘みが増してしまっているのだ。
「……焼きそば食おうぜ」
 そう言って、今度は悟が悠斗を連れ出し、ソースの芳ばしく焼けた匂いを辿る。
 店の前に着いたが、焼いている最中だった。焼けた音とそばと野菜の色と絡み具合に、鉄板の上で今すぐ食べたい衝動に駆られる。
「はい、お待たせ。三百円ね」
 熱々の焼きそばに、心が踊ってしまう。
「悠斗も食べるか?」
「ん〜ちょっとお腹いっぱい」
 悠斗の手にはまだ林檎飴もあった。
「でも一口だけ」
 二人で分けて食べる会話を聞いていたのか、ここでも店の人がおまけをしてくれた。
「すごいよな、次から次へとおまけしてくれて、これも悠斗のお陰か?」
 えっへんと言った次には大きな口を開けて、悟が差し出してくれるのを待った。
「それ、一口の大きさか?」
 それでも、あんぐりと口を開けているので、苦笑をしながら、一すくいして食べさせた。
「おいひい」
 幸せそうな悠斗に思わずドキっとさせられる。
「しっかし、随分と大量に入れてくれたな」
 子供二人分の量にしては少し多くて、食べても減っていない気がした。

「あっち〜かき氷でも食うか?」
 焼きそばを完食する頃には、悠斗も林檎飴を食べ終えていて、悟は汗をかいてきたので、冷たいものが食べたくなった。
「忘れてた」
「よし、かき氷屋まで競争な?」
「うんっ!」
 と言って、先に悠斗は走り出し、慌てて悟は追い掛ける。

「おじちゃん、かき氷二つ下さいっ」
「味は」
「いちごー」
「俺はレモン下さい。シロップは少なくでお願いします」
「あ、じゃあ僕のは沢山!」
 少なく出来るのであればと、悠斗は目を輝かせながら、店の人にそう頼んだ。
「あいよー」
 大きな瓶の中にある、レードルで密をひとすくいし、悠斗のかき氷にかけられる。
「はい、いちご」
 白い氷に真っ赤な密がたっぷりかかっていて、悠斗が二色の層がとても綺麗だと感動していた事に、悟と店の人は笑う。そして、悟も受け取るのを見て、悠斗は裾を引っ張った。
「座って食べたい」
 好きな物を食べて、はしゃいで疲れたようだ。二人のいる場所から少し歩いた所に小さな神社がある。境内に人がいる気配はなく、石段に並んで座った。
「やっと食べられる」
 プラスチックのスプーンを手に、赤と白のかき氷をひとすくいして、口に運んだ。
「ん〜冷たい」
 嬉しそうに足をブラブラさせながら、かき氷を掻き込む。
「頭いたい〜」
「がっつくからだろ?」
 頭を押さえていると、どこからかガサッと言う音が聞こえた。
「ひっ」
 急な音に悠斗は悟に引っ付く。
「が、がさがさいった……!」
「大丈夫だろ」
「う〜こわい〜」
 怯えながら、かき氷を置くと悟の膝の上に乗って、腕を悠斗の前に自ら持っていき、しっかり掴んだ。
「ちょ、おい」
 ぶるぶると震えている。その事が、悟の保護欲を掻き立てた。
「にいちゃん」
「大丈夫だ、何もいない」
「う〜」
 子供の想像力は豊かで、恐怖はどんどんと膨れ上がるのだろう。何度も大丈夫だと言っても震えは止まらない。
「大丈夫……大丈夫だ」
 恐怖している所に、男なのに良い匂いがするなぁ、何て後ろで思っているとも知らずに、悠斗の握り締める力は強くなっていた。それに応えているんだと言い訳に、悟も強く抱き締める。

 しばらく経っても、不審な物音はせず、思い過ごしだったのだろうという事になった。が、悠斗に追い討ちをかける事が起こる。
「にぃちゃん、僕のかき氷が〜」
「金ももうないし、諦めろ」
 かき氷はすっかり溶けてしまい、ショックを受けながら、公園を後にした。

***

「ちょっと勃起してたな」
「っセクハラ」
 林檎飴を悟の口に突っ込まれ、げんなりする。
「あんまっ! 俺が悪いんじゃねぇだろ」
「そうだけど……ってか食べる物も変わってないね」
「あ?」
「林檎飴に、兄ちゃんは焼きそば」
 悠斗は指を差して笑う。
「本当だな。ってことは次はかき氷と、膝上か」
 含みのある言葉に、悠斗は頬を少し染める。
「……うん、食べよ」

 いちごのかき氷を手にしながら歩けば、囃子が遠ざかって行く。夏が終わる音色のようだった。

2016.06.26 完成

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あきゅろす。
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