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■本編3-07

 台所から良い匂いが立ち込める。魚の出汁の匂いだ。それに釣られるように、悠斗は足を運ぶ。エプロンをした母が、少し遅い夕飯の仕度をしていた。
「何? 悠斗」
 隣に立ってじっと見ていた。
「あっと、何作ってるのかなって」
「肉じゃがと味噌汁よ」
「ふーん」
 献立を聞いて、去る雰囲気でも何かをするでもない悠斗を怪訝に思った。
「……何?」
「僕も作りたい」
 少し耳を疑ったが、手伝うではなく、作りたいとはっきり言った。
「来週、家庭科で料理するんだ。肉じゃがじゃないんだけど……だめ?」
「良いわよ。私は味噌汁を作るから」
 にんじん、じゃがいも、玉ねぎ、しらたきを取り出し、母が先に手本を見せる。
「じゃがいもは乱切り、にんじんは半月切りで、玉ねぎはくし型にね」
 今までちゃんと見たことがなかった気がした悠斗は、説明をしながらも、ちょちょいとこなす様に感動を覚える。
「あ、皮剥きは、まだ難しいからピーラーでしなさい」
「分かった」
 そう言って、ピーラーを手渡され、にんじんとじゃがいもの皮を剥いていく。少し剥き過ぎだと注意されつつ、次は包丁を持つ。
「……」
 言われた通りの切り方をしようとするが、包丁を持つ機会のない悠斗からすれば、手を切ってしまうのではないかと不安で上手く切れない。
「右手は猫の手にしなさい」
 力の入れ具合が分からず、ザクっと勢い良くじゃがいもが切れたと同時に、まな板の外に転がってしまった。
「はー、怖い」
 野菜一つ切るのにこんなに時間がかかるなんて……。ひとまず胸を撫で下ろした。
「練習すれば慣れるわ」
 十数分かけながらも、何とか切れたが、形は当然のようにバラバラだった。
「仕方がないわよ」
 次だと、冷蔵庫から取り出した肉を渡される。
「先にお肉を炒めてから」
 油を引いて、赤身がなくなったくらいで皿に上げ、野菜を程好く炒めながら、母が調味料を置いていく。肉じゃがの出汁の元がそれらで出来ていることに驚く悠斗だった。
「ストップって言うまでいれてね」
 カップに入れてくれた水をフライパンに流し、醤油、料理酒、砂糖、みりんを加え、最後に、灰汁を抜いた白滝を入れると後は煮込むだけだと言われる。
 悠斗は待ち遠しいのか、そわそわしてしまう。
「ほら、蓋をしないと」
「分かった」
 少し残念そうにしていた。

 ――数分後。

「出来たっ!」
 とても嬉しそうに、肉じゃがを見詰める息子は可愛いのだが、何か引っ掛かる。
「ねぇ悠斗、本当に授業の為なの?」
「え」
 急に聞かれた所為か、隠す余裕もなく、ぎくりとした瞬間、やっぱりと母は思った。
「悟君?」
「ん……うん」
 怒られると思った悠斗は、笑顔から一転して、しゅんとなった。
「ごめんなさい」
「……今更だめとは言わないけど」
「あのね? 兄ちゃんに作ってもらってばっかりだし、兄ちゃんは何でも出来ちゃうから凄いけど、僕は何も出来ないのが悔しくて」
 本当に好きなのだと、悠斗の表情から見て取れて、まだまだ母は複雑な気持ちだった。

「たまに教えて欲しいんだけど、だめかな?」
 ただ、悠斗の目は真剣で無下にも出来ない。
「しょうがない。ただし、慣れない内は私が毒味してあげる」
 息子の為にも、いつかは喜んで見送らないといけないのだろうと思うが、中学生になったばかりだから、と言い訳を作って甘くする母であった。

2016.03.21 完成

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