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GOD GAME
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ヴァンヘイレン――――

「アガレス様。貴方様の為に作ってまいりましたの。貴方様の髪と同じ色をした蒼いハンカチーフですの」
「煩わしい」
「まあ!何と冷たい…!でもその冷酷さも貴方様の魅力でございますわ…!」
人数がたった5人となった1Eの教室。
早朝からアガレスの席の前に座ってぴったりなアイリーンは、お手製蒼のハンカチーフを渡す。が、相変わらずポケットに両手を入れたまま席にどっしり構えて冷たい一言を放つアガレスにアイリーンは床に崩れ落ち、しくしくしつつもめげない。
そんなまるで茶番劇を、眉間に皺を寄せイライライライラジーッと見ているメアとトム。そして呆然のカナ。
「何あれ。アイリーンちゃんあんな子だった?」
「いや。もっとおしとやかな典型的お嬢だったはずだ」
「メ、メアちゃんあれって…ガーン…」
「ハッ!カナちゃんしっかりして!あれはアイリーンちゃんが勝手に擦り寄っているだけであのバカは何も思っていないから!」


ガラガラッ、

「おーい。席に着けー…と言ってもこれしか居なくなったか」
教師が教室にやって来る。昨夜の聖堂で来伝を始めとする1Eの生徒ほとんどが殺害された為、ガランとした教室を切なげに見回す教師。
「昨夜は不運だったとしか言い様がない…か。アガレス。ルディ」
「は、はい先生っ!」
「……」
「よくやった。他の教師連中はアガレスの事を良く思っていないようだが、俺はお前の功績嬉しかったぞ」
「良かったねアガレスく、」
「さすがアガレス様ですわ!」


ガシッ!

「!!」
アガレスの腕に抱き付くアイリーンに教師もびっくり。しかし、「ははは…若いなぁ」と乾いた笑い。メアとトムはイライラ。カナはしくしく。アガレスはやはり無表情だった。













「んで、だ。本来ならいつもの3人班で行動してもらうはずだったんだがこの有り様だ。で、お前達を他のクラスに編入させるまでの期間。任務はお前達の5人で行ってもらう。で、昨夜の件で6年生の大多数と教師陣、そして宿舎の破壊により多くの人間を失った。人員不足の為、早速だがまだ1年坊主のお前達にも任務が与えられた。フランスマルセロ修道院での神殺し任務だ。先日、修道女の1人が造り直しの儀にあったらしい。任務開始は本日の午後4時より」
トムが垂直に手を挙げる。
「どうしたハンクス」
「5人かよ?椎名は入れないのか先生」
「ああ。椎名なら当分任務から帰って来ないからな。そこの5人でやってもらう」
「椎名??」
メアが首を傾げるとトムはチラッと見る。
「1E…いや、ヴァンヘイレンの問題児だよ。それでいてヴァンヘイレンのエース」
「え?」
「ルディは知らなくていい」
「??」


キーンコーンカーンコーン

「っと。時間だな。各自任務開始時間まで自由時間とする。初陣だ。気ぃ引き締めておけよ」
教師はニカッと笑むと教室を後にした。


























廊下―――――

「アガレス君!」
「また尾行か。煩わしい。1人にさせてくれ。雌豚2頭」
1人で回廊を歩くアガレスの後をついてくるメアとカナ。アガレスの誰にでもキツい歯に衣着せぬ一言にカナが更にしくしく。
「だからその雌豚呼びやめてって言ってるでしょ!私は良いとして、カナちゃんにだけはやめてよ!」
「分かった。カナと雌豚1頭」
「むっっかつく〜…!!」
わなわな両手と肩を震わせるメアに「メアちゃん落ち着いて!」とハラハラするカナの性格の良さ。
メアからの殺気を背後で感じつつも、へともせず相変わらず薄い表情でスタスタ廊下を歩くアガレス。
「でね、お兄ちゃんが」
「えー!すごいねキユミ!」
「!」


バッ!

すると。前方から来て擦れ違った2人の少女をバッ!と振り返って見るアガレス。しかし、2人の少女は角を曲がって行った直後で姿はもう見えなかった。
「……」
彼らしかぬボーッ…として後ろを振り向いたまま。
「アガレス君!」
「……」
「アガレス君?」
「…ハッ!」
メアがアガレスの顔の前に手を振って、ようやく気付いたアガレス。
「どうしたの?」
「いや。何でもない」
「あ!待ってよ!」
くるっ。すぐに踵を返し、メアの制止を無視してスタスタ歩いて行ってしまった。
「も〜っ!何なのあの仏頂面!あの態度!カナちゃんやっぱりやめた方が良いよあんな奴!」
「う、うーん…。でも昨夜の件、見てはいないけど話を聞いたらもっとかっこ良いなって思っちゃった」
「え"ー…。カナちゃん…やっぱり趣味悪いよ…」
「え?!そ、そうかなぁ」
「うん。でもカナちゃん応援するよっ。カナちゃんがアガレス君との事で造り直しの儀の対象になっても私が守ってあげるからね!カナちゃんは私の初めての友達だもん!」
「メアちゃん…。ありがとう」
「うん!」
カナにしか見せない満面の笑みでメアはカナの両手をぎゅっ!と強く握った。



























『でね、お兄ちゃんが』
『えー!すごいねキユミ!』
「……」
先程の少女の会話を思い出し、1人、人気の無い棟の廊下を考え込みながら歩くアガレス。階段を登り終え角を曲がる。


バサバサバサッ!

「わあ〜!どうしようプリント落としちゃった!」
「…!」
そこには調度。先程擦れ違った少女の内、1人の少女が派手にプリントを落として散らかし、拾い集めている場面に出会した。
真っ黒い髪を後ろで黄色い質素なリボンで一つに束ね、制服のスカート丈は膝下10cm、眉毛は太めで見るからにおとなしく地味な少女。慌ただしくプリントを拾い集めていると…。


スッ…、

「えっ!」
拾ってやった数枚のプリントを少女に手渡すアガレス。
少女は目をぱちくりさせてから何度も何度も低姿勢で頭を下げる。
「あ、ありがとうございます!拾って頂いて…!」
「……」
それでも黙ってプリントを拾うアガレスの無愛想さに少女はオロオロしつつも、一緒にプリントを拾っていた。
























「これで全部です!ありがとうございました!」
プリントを抱き締めてにっこり優しい笑顔で何度もペコペコお辞儀する少女。相変わらずアガレスは無表情だし、わざとフードを目深にかぶり顔を隠して下を向いている。
「キユミー!」
「あ!」
遠くから先程の友人少女の呼ぶ声。"キユミ"と呼ばれる少女はアガレスに再びペコリ一礼すると、友人の元へパタパタ駆けて行く。髪を結んだ黄色の質素なリボンをなびかせて。
















「……」
少女キユミと友人が見えなくなると、踵を返すアガレス。
「なーにしてたのっ」
「わっ!?お、驚かすなダーシー殿…!」
振り向いた目の前角からひょっこり顔を覗かせていたメア。ビクッ!とした彼らしくないアガレスをじと目でジーッと見るメア。の脇をそそくさ通り過ぎようとするアガレスの腕を掴むメア。
「アガレス君!」
「だから何なんださっきから」
「さっきの子には優しいんだね〜。プリント拾ってあげてさぁ〜。私がプリント散らかしても拾ってくれないよね〜?」
「当然だ」
「即答!?ま、いいや。どうせそんなとこだろうと思ったもん。ねぇアガレス君。天界の事とかアガレス君の力の事とか聞きたい事がたっくさーーんあるの。任務まで自由時間だし、宿舎に来、」
「断る」
ばっさり。即答するアガレスはスタスタ階段を降りていく。メアはギロッと睨んで…
「とおっ!!」


ドスッ!

「◎×△■!?」


ズシャアッ!

階段から跳び蹴りをしてアガレスを階段踊り場に突き落としたメア。派手に転けた(転ばされた)アガレスは打った背を押さえ、メアの方を向く。
「ダーシー殿!貴様さっきから、」


ガッ!

「!?」
にっこり怖い程の笑顔でアガレスの胸ぐらを掴み上げるメアに、さすがのアガレスもギョッ。
「来てくれるよねっ?」
「断固断る」
「来!て!く!れ!る!よ!ねっ!?」
「断固断、」


キィン!

「なっ!?」
白い短剣を繰り出したメアにアガレスは呆然。
「来てくれるよねアガレス君?」
「…雌豚が!」
























宿舎7階―――――

「うーん!ベッドふっかふか〜!」
ボフッ!部屋へ入るなりベッドに飛び込むメア。
此処はメアとカナの部屋。ベッドの上でゴロゴロくつろぐメアとは対照的に、ポケットに手を入れたまま部屋の中心で突っ立っているアガレス。
「話があるのではなかったのか」
「あ。そうそうっ」
枕を抱き締めてベッドに座るメア。
「アガレス君もそこら辺座って」
「断る。すぐ帰らせてもらうからな」
「あっそ。ねぇねぇ。アガレス君は堕天されて神の力は失ったんじゃないの?それにあの真っ黒い武器。まるで悪魔の持つ武器みたいだったよ」
「質問ばかりだな。神の力は失った。今持っている力は堕天され、ソロモン72柱の一員になった力だ。その為武器は白く無く黒い」
「ソロモン72柱って事は…アガレス君悪魔になっちゃったの?!」
アガレスはふぅ、と息を吐く。
「不本意だがな」
「えーっ!堕天されると悪魔になるって本当だったんだ!」
「声が大きい」
「ハッ!」
自分の口を両手の平で覆うメアを見て、呆れて溜め息を吐くアガレス。
「体は神のままな為、身体能力は神のままだがな。ダーシー殿が武器を使えて身体能力が高いのも俺と同じだろう」
「そうだよ!よく分かったねっ!でも神の力はもう使えないから、人間を助けたり願いをきいてあげる事はもうできないんだよ…」
しゅん…とするメアをチラッと見てすぐ視線を窓の外中庭へ移す。















「アガレス君はどこに住んでるの?」
「街外れだ。大勢で群れるのは好ましくない」
「でもヴァンヘイレンに入会したんだね」
「……」
「アガレス君って何で堕天されたの?」
「帰る」
「アガレス君待ってよ!」
背を向けたアガレスの腕を引っ張って放さないメア。前へ行こうとするアガレスと行かせまいと後ろへ引っ張るメア。
「は、な、せ!」
「い、や、だ、っ!」
「ああもう!いい加減にしろ雌豚!!」
振り向き様、アガレスの爪先がメアに突っかかり後ろへ体勢を崩したメアと、前へ体勢を崩したアガレス。
「!?」
「きゃあ!?」


ドスーン!!

ガチャッ…
部屋のドアノブが回り、扉が開く。
「メアちゃーん。お昼ご飯一緒に食べに…きゃ!?」
部屋へ戻ってきたカナが目の当たりにした光景。それは床の上で仰向けに倒れているメアの上に覆い被さるように倒れているアガレス。耳まで真っ赤にしたカナとメアと、冷や汗を伝わせるアガレスが目を合わせ、1分間の沈黙の後…
「ごごごごめんなさいっ!お邪魔しましたっ!!」
「カカカ、カナちゃん!?」


バタンッ!!

バタバタバタ!慌てて閉めた扉の向こうで、カナが走り去って行く足音が聞こえた。メアは肩をわなわな震わせ、真っ赤な顔をして…
「バカーーッ!!」


バチィン!!





























ヴァンヘイレン内食堂――

長テーブルに、奥には神をなぶり殺す絵画が飾られている天井の高い聖堂のような造形の食堂。昼食時とあってガヤガヤ賑やかだ。
「ど…どうした転入生その顔…」
向かい側の席で、左頬に真っ赤な手形を付けたアガレスにトムは聞き辛そうに問う。
「何もない」
「そ、そうかよ…」
おぼんに乗せたパンを、アガレスをチラチラ見ながら食むトムだった。
「アガレス様!お隣宜しいで、」


バンッ!!

「あぁ!」
隣の席に座ろうとしたアイリーンの間に割り込み、アガレスの隣に腰かけたメア。おぼんを長机に強く置く様からしてかなり苛立っている様子。
「メア様。お席をわたくしにお譲りになってくださいませ、」
「いっただっきまーす!!」
アイリーンの声は聞こえていないフリ。少女らしかぬガツガツとした食いっぷりで食べ出すメアに、しゅんとしとしたアイリーンは向かい側のトムの隣に腰かけた。
「あらあら。カナ様のお姿が見当たりませんわ」
「カナちゃんはどっかのバーカのせいで熱が出て寝込んじゃったので本日の任務には出られませんっ!」
「そうなのですか?大丈夫ですのカナ様の容態は…」
「最っっっ悪だよ!カナちゃんの容態最っっっ悪!」
ぷんすかぷんすか頭から湯気を噴いてやはりガツガツ食べるメア。アイリーンはカナを心配して、トムはメアの怒りっぷりに引いている。













一方のアガレスは、はぁと溜め息を吐くと、コッペパンを口へ運ぶ。
「はむっ、」
「ところでアガレス様!初めてのご一緒の任務ですがどうぞよろしくお願い致しま、」


ガチャン!

「う"ぉ"え"ぇ"ぇ"ぇ"!」
「アガレス様?」
「アガレス君!?」
「転入生!?」
スプーンとフォークをガチャン!と落とし、口を押さえて下を向き、嘔吐…はギリギリセーフしていないものの、賑やかな食堂にも響き渡る程の嗚咽を轟かせるアガレスに、メア、トム、アイリーンは勿論、食堂に居る生徒達全員の視線がアガレスに注ぐ。
「アガレス君、だ、大丈夫!?」
「お、おい転入生大丈夫かよ」
「アガレス様もカナ様同様お体が優れないのですか?」
「う"え"っ…がはっ…、」
普段表情皆無な彼が口を手の平で覆い、ゲェゲェ噎せて涙目になっているから3人は驚愕。メアはぐっ、とアガレスの腕を自分の肩に担いで肩を貸してやるとトイレへ向かう。すぐさまアイリーンが「わたくしも!」と席を立つが、
「すぐ戻るから大丈夫だよ!」
のメアの一言に押され、再び席に腰かけた。
「う"ぇ"…う"ぐ…」
「おーいマジかよ…。食堂であんな盛大にリバースとかやめてくれよな」
「食欲失せるぜ」
食堂を出るまでの道程。生徒達からの正論を背中に受けながらも無視をして、アガレスを引きずって食堂出入口を目指すメア。
食堂出入口が見えた際。出入口に最も近い席に腰掛けている、真っ黒い槍を背負い、右目に眼帯を付けた黒髪の少年が1人頬杖を着きながら、アガレスとメアを目で追っていた事に2人共気付きもしなかった。





















トイレ―――――

「う"お"え"ぇ"ぇ"!」
背中を向け、トイレ出入口で嗚咽が聞こえないよう耳を塞いでいるメア。
「終わった?」
「っ…、ああ」
ジャーッ…
静かな宿舎内に響く、蛇口から出る水音。口を水道水で濯ぎながらも、未だ洗面所に突っ伏して顔色真っ青(元から白いが)なアガレスに、やれやれと言った様子のメア。
「あのね。私達神は飲食した事ある?」
アガレスは真っ青な顔を横に振る。
「そうだよ。だって消化器官が無いから。神は飲食ができない。堕天されたからって人間になったわけじゃないんだからそれくらい分かるでしょアガレス君。どうして食べようと思ったの」
「ゴホッ…、ダーシー殿が普通に食せていただろう…」
「なるほどっ。あのね。私は神だって人間じゃないってバレない為に食べるフリをしているんだよ」
「?消化器官が無いのだろう。食べた物はどうしているのだ」
「女の子に言わせないでよっ!…今のアガレス君みたいにトイレで…うん…。そんな感じだよっ」
「そこまでして」
「人間のフリしてるって?だって神だってバレたら殺されちゃうもん。カナちゃんとずっと一緒にいたいもん…」
背を向け、洗面所に腰掛けるメアはもの寂しい表情を浮かべる。
「あまり人間とは関わらない方が良い」
「アガレス君には分からないよ。友達ってモノの存在の大きさが」
「そういう意味で言っているのではない」
「とにかくっ!」
くるっとアガレスの方を向き、指をビシッと指す。
「アガレス君も人間じゃないってバレたくないなら私みたいに食べるフリの技術を身に付ける事だよっ。ただでさえその名前と瞳で怪しまれているんだから。これ以上怪しまれちゃったらもう此処には居られないよ」
「……。そうだな」
「おーい!転入生!ルディ!」
「アガレス様ー!」
「む」
「あ。もう任務出発の時間?」
廊下からトムとアイリーンが自分達を呼ぶ声が聞こえて顔を見合わせる2人。
「アガレス君。今日からの任務は遠征だから数日間かかるからね。分かった?」
「ああ」
「分かってないよっ!」
「分かったと言っているだろう煩わしいな。飲食の際は嘔吐しないよう気を付ければ良いのだろう」
「そっちじゃないよ!」
「何なんだ一体」
「さ、さっき押し倒した事っ…ってちょっと!!まだ話の途中なのに勝手に出て行かないでよバーカ!!」





























フランス、
マルセロ修道院――――

「遠路遙々よくいらっしゃいましたヴァンヘイレンの皆様!」
陽も沈み、闇夜に白い月が浮かぶ夜。修道院からのぼんやりした灯りを背に、アガレス達4人を出迎えてくれた修道長。ふくよかで朗らかな笑顔が印象的な中年女性。
「いえいえ!夜分遅くに失礼しますっ!」
メアはリュックを背負い3人の前に立つ。
「貴女様が班長様でいらっしゃいますか?」
「そうですっ!」
班長でも何でもない(即席の班なのでまだ班長を決めていない)のにメアはえっへん!と胸を叩くからアガレス達3人は顔を見合わせ面倒なのでメアを班長にする事を目で合図しながら決定した。
「まあまあ!可愛らしい班長様で!ささっ。もう夜分遅い事ですし、話は食堂で!お腹も空かれている事でしょうし晩餐に致しましょう!」


ギクッ!

「どうした転入生?ビクッとして」
「いいいや、何でもない」
「?そうか」
心配するトムとは正反対に。食事に怯えるアガレスをニヤリ意地悪な笑みで見るメアに、表情こそ無いがアガレスは内心イラッとしていたそうな。

















修道院内食堂――――

「さあさあどうぞ!おかわりもたあくさんありますよ!たーんと召し上がれ!」
「う"っ…」
ヴァンヘイレンの食堂の盛りとは桁違いの超特盛冷静スープ、サラダ、超特大クロワッサンを前にアガレスは顔が真っ青。
「もぐもぐ。どうした転入生?何も手をつけていないぞ。まだ体調が優れないか?」
「いや…」
「ちゃーんと食べなきゃダメだよぉアガレスくーん!」


ギロッ!

嫌味を意地悪な笑みで言うメアを、ギロッ!と睨むアガレスだった。
「ところでとても静かですわ。修道女の皆様はもうおやすみになられていらっしゃるのですか?」
アイリーンがキョロキョロ。ガランとした食堂を見渡しながら言うと、修道長の笑顔が曇り、スプーンを置いた。
カチャッ…
「その事で今回ヴァンヘイレンの皆様をお呼びしたのです…」
神妙な面持ちの修道長に視線を向ける3人。アガレスだけはまだ食事と格闘していたが。
「この修道院には私含め全17の修道女が居ります。しかし…先日私が町へ買い出しに行っている間、修道院は神に襲われ、私以外の修道女は…うぅっ…!」


ガシャン!

テーブルに顔を伏せ、泣き崩れる修道長にメア、アイリーン女性陣は自分事のように眉を潜め、切なそうにする。














「わたくし…失礼な事をお聞きしてしまい…」
「ぐすっ…。いいえ。何れお話しなければいけない事でしたから…」
修道長は涙を拭い、顔を上げる。
「造り直しの儀を施されてしまった修道女さん達はどうされたんですか?」
「廃棄しろ、と町長から言われていたのですが…。いくらもう元の彼女達ではないただの操り人形とはいえ、容姿はそのものの彼女達を廃棄できるはずもなく…。奥の部屋に全員分保管してあります」
「保管?造り直しの儀を施された人間は神の命令に従うよう造られた謂わば自動で動く人間殺しの道具だぞ!そんなものをいつまで経っても保管しているなんて頭が沸いたかよ修道長!操り人形が市街地へ出たら街は地獄と化する事も分かんないのかよ!」
「トム君抑えて!」
「分かっております…これは私のエゴだという事くらい…。でも私に、娘同然の修道女達を廃棄するなんて事…!ぐすっ!」
「大丈夫です修道長さん。落ち着いて下さい!その造り直しの儀を施されてしまった修道女さん達がいる部屋へ私達を案内して頂けませんか?」
頭に血がのぼったトムを宥めつつメアが間に入れば修道長は涙を拭いながら頷き、立ち上がる。
「分かりました…。ヴァンヘイレンの方達には何れお話するつもりでしたから…どうぞこちらへ」
各々が席を立ち、修道長を先頭に食堂を出て行く。
「駄目だ…まるで食べれる気がしない…」
「いつまで格闘してるの!早く行くよアガレス君!」
「わっ!?」
未だ食堂で1人、目の前の夕食と格闘中のアガレスの腕をぐいっ!と引っ張り、連れて行くメアだった。
























食堂を出てから、静寂に包まれた修道院内を歩く5人。
ホー、ホーッ。梟の鳴き声と中庭吹き抜けの噴水の水音だけが聞こえてくる。円柱が建ち並ぶ、外と一体化した廊下を歩きながら真っ暗な中庭を見ながら一行が歩いていると。修道院最奥にある木製の扉の金具を外す修道長。
「こちらです」


ギィッ…

幽霊屋敷の扉を開くような木の軋む重たい音をたてて扉が開かれる。真っ暗で埃臭い室内。修道長が手に持った蝋燭のぼんやりしたオレンジの灯りが浮かぶ。室内灯を付けると。
「きゃ…!」
「うわ…」
メアとアイリーンとトムが思わず声を上げてしまう光景。それは、狭い室内の壁中に張り付けられた修道女達の姿。
「んー!んー!」
バタバタ!
口を厚手の布で覆われ、体を縄できつく縛り上げられその縄が壁に杭で打ち込まれている。布で覆われた口が何と言いたいのかは分からないが、修道女達17人がアガレス達に視線を送り、ジタバタ暴れ出すから修道長は…
「まあまあ!おとなしくなさい皆さん!…私がこのように彼女らを外へ出れないようにしている為、操り人形化した彼女らは神に逆らう私を今にも殺そうとこうしていつも暴れ、もがいているのです…」
「これは…異様な光景だな。こうまでして生かしておきたいのかよ。もう元のこいつらじゃないんだぜ」
「私に娘同然の彼女らを廃棄しろと!?」
「い、いやそうじゃないけどよ」
トムの呟きにズイッ!と顔を近付けてくる修道長にトムも苦笑い。


バタン…

部屋を出る5人。
「あのようにしてあれば彼女達が市街地へ出る事は無さそうですわ」
「ええ…。でもヴァンヘイレンの皆様…。私はこれからどうすれば宜しいでしょうか…」
「うーん…。でも本来なら造り直しの儀を施されてしまった人間は廃棄するのがヴァンヘイレンの決まりなんだけど…。後で本部に事情を説明して、廃棄を免れるよう説得しておきますねっ!」
「ありがとうございます班長様!!」
えへへ、と頭を掻いて照れるメアを、やれやれといった様子で見ているアガレスとトム。












「では長旅でお疲れの事でしょう。ヴァンヘイレンの皆様のお部屋をご用意致しました。修道女達の部屋だった場所ですが、2階にございます4部屋をお使い下さい。私は明日の食材を町へ買い出しに行ってきますね」
ボロボロの古い鞄片手に、町へ行こうとする修道長を引き留めるメア。
「こんな夜遅くに女性の修道長さん1人で外出なんて危険ですよ!アガレス君、トム君、アイリーンちゃん代わりに行ってあげてよ」
「え!?俺らかよ?」
「わたくしはアガレス様とご一緒ならたとえ火の中水の中ですわ」
「俺は断る。疲れた。主に食事が。休ませてもら、痛づづづ!?」
またフードの下からアガレスの右耳を引っ張るメア。
「アイリーンちゃんにああ言われているんだし荷物持ちの男手は多い方が良いんだから行ってあげてよね〜?アガレスく〜ん?」
「自分は行かないのか」
「だって荷物持ちたくないも〜ん」
「雌豚の分際で」
無表情ではあるがイライラ目尻がピクピク痙攣しているアガレスとトム、アイリーンは修道長から買い出しのメモを受け取り、修道院を後にした。
メアも、自室で眠ると言った修道長と別れて、2階に用意された部屋へ入った。


バタン…、





































「ヒヒヒヒ…。それじゃあ最初に造り直しの儀を施すのは誰にしようかねぇ?」


バンッ!!

「誰だい!?」
「やっぱりそうだったんだ」
先程の修道女達が保管されている部屋の扉が勢いよく開かれる。真っ暗闇な室内。慌てて振り向く修道長。


カチッ、

室内灯が点く。やって来たのはメア。
室内では、張り付けにされていた修道女達の首根っこを掴んでナイフを振り上げている修道長の姿が。


キィン!!

「があっ!?」
メアの白い短剣で修道長のナイフを持った手首ごと斬り跳ねれば修道長の手首の断面からは、血がボタボタ噴き出した。
「やっぱり。修道女達が造り直しの儀を施されたんじゃない。修道長貴女が造り直しの儀を施された」


ギロッ!

修道長はメアを睨み付ける。メアはコツ、コツ、足音たてて歩み寄る。
「アガレス君達をわざと町へ買い出しに行かせたんだよ。みんなを危険な事に巻き込みたくなかったから。それに先生からは、先日修道院の女性1人が造り直しの儀を施された…って聞いていたもん。それに、さっき私達がこの部屋に案内された時。張り付けにされている修道女さん達の目が訴えてた。助けて、助けてって」
メアは剣の先端を修道長に向ける。鋭い眼差しをして。
「造り直しの儀を施された人間は見た目こそ本人そのもの。だけど魂は神によって破棄されている。謂わば神の下僕として造られた神の奴隷」


タンッ!

メアは踏み込み、修道長の頭上に飛び上がり、短剣を振り上げる。
「ばいばい修道長さん」


ドガンッ!

「う"あ"っ!」
短剣を修道長に振り下ろす直前。背後から何者かの強い蹴りを背中にくらったメアは部屋の反対側の壁まで吹き飛ばされた。















ガラガラ…、

メアの形に穴が空いた壁から煉瓦の破片と共にメアが床へ落ちる。
「痛っ…、新手…?」
「ダーシー…僕のダーシー…!」
「!!」
修道長の背後にいつの間に居たのだろう。200cmゆうに越えており、筋肉質で口に猿轡をはめ、手には鎖に繋がれた砲丸を持っている大男が1人。
「テペヨロトル神…!?」
メアが口にした名の神がズシーン、ズシーン、地面を揺らしながらたどたどしい歩きでメアに近付いてくる。
「邪魔マママ…」


バツンッ!!

「え」
自分の前に居た修道長をいとも簡単に両手で真っ二つに引き裂いたテペヨロトル。


ボタボタッ!

引き裂かれた修道長の体内から茶色の泥が噴き出し、壁に張り付けられた修道女達に飛び散る。
「んー!んー!」
「んー!んー!」
口を布で覆われている為何を言っているのかは分からないが、「んー!んー!」と言葉にならない声を上げてジタバタもがく修道女達をぐるり見回すテペヨロトル。
「うるさイイイ…こいつらうるさイイイ」
「はあっ!!」


キィン!

その隙に跳び上がり、テペヨロトル目掛け、2本の短剣を振り上げたメア。頭上を跳ぶメアをゆったりした鈍い動きで見上げるテペヨロトル。メアの短剣がテペヨロトルを貫通する…まさに直前の時。
「ふんンンンッ!」


ガシャン!!

「嘘っ!?きゃああ!!」
メアの短剣2本を掴むと後ろへ放り投げたテペヨロトル。メアが驚いている隙に、メアを自分の巨大な右手の平で握る。まるで巨人が人間を手の平で握っているような図。















「何するのテペヨロトル神!放してよ!」
「捕まえタタタ…僕のダーシー捕まえタタタ…」
「気持ち悪い事言わないでバーカ!痛い痛い痛い!何するの!?」


ぎゅうぅぅ…!

今度はメアを右手で強く握り締める。
「馬鹿にしタタタ…僕のこと馬鹿にしタタタ…ダーシー悪いコココ…」
「痛い痛い!やめて!死んじゃう!やめてよテペヨロトル神!!」
「じゃアアア…約束ククク…」
「え?」
ぐいっ、と巨大な顔を近付けてくるテペヨロトル神。
「僕のお嫁さんになっテテテ…そしたラララ…放してあげルルル…」
「なるわけないよ!!造り直しの儀に賛成しているテペヨロトル神と、反対している私とじゃ考えが合わないでしょ!それに第一私、2000年前から御殿さんの事だけが好きなんだもん!貴方みたいな悪神のお嫁さんになるわけないよ!」
「ググググ…!怒っタタタ…怒ったぞオオオオ!!」
「きゃあああああ!」


ぎちっ!ぎちっ!

メアを握る力が更に更に強くなり、メアの体がミシミシ悲鳴を上げる。


ドシャッ!

「きゃあ!」
そのまま床に叩き付けられたメア。すると…
「怒ったぞオオオオ!!怒ったぞオオオオ!!」
「!?」
ブン!ブンッ!と怒りに任せて砲丸を狭い室内で振り回すテペヨロトル。
「ギャアアアア!」


ブチッ!ブチュッ!

「っ…!!」
砲丸が、張り付けられている修道女達に容赦なくあたり、砲丸が命中した修道女達の顔は削ぎとられ、壁には彼女らの形をした血痕しか残らない。
「ウガアアアアアア!怒ったぞオオオオ!!」
「やめて!やめてよテペヨロトル神!!お願いだからやめて!!」
短剣に手を伸ばすメア。しかし…
「ウガアアアアアア!!」


ガシャン!

「剣が!!」
砲丸が命中したメアの短剣は2本もろとも木っ端微塵。
















呆然とするメアを余所に、テペヨロトルはズシーンズシーンと地鳴りを上げ、砲丸を振り回したまま部屋を出て行こうとする。ハッ!としたメアがテペヨロトルの前に両手を広げて立ち塞がる。
テペヨロトルはフーッ!フーッ!と、猛獣のように荒い鼻息を鳴らしている。
「ダメ!ダメだよテペヨロトル神!町へ出て暴れたら貴方は本当の悪神になっちゃう!アドラメレク達の言いなりになっているからだよ!昔のテペヨロトル神はこんな乱暴なひとじゃなかった!山彦の神として、険しい山道を歩く人間や山に住む人間を助けてあげていた優しい神様だった!なのにどうしてこうなっちゃったの!?人間を殺しちゃダメだよ!」
「フーッ!フーッ!」
「テペヨロトル神お願い!やめて!もうこんな事するのはやめて!」
「町行ククク…!アガレス達殺せっテテテ…言われてルルル…!アガレス達殺してテテテ…人間500人殺したラララ…!ダーシー連れて帰って良いって言われタタタ…!」
「…!!誰に言われたの!?テペヨロト、きゃあ!」


ドガンッ!

メアを手で簡単に払う。
メアは勢いよく吹き飛ばされるが、再びテペヨロトルに駆け寄り、町へ出ようとする彼を必死に引き留める。
「ダメ!ダメだよ!そんなテペヨロトル神好きじゃないよ!テペヨロトル神お願いだか、」
「ダーシーガガガ…僕のお嫁さんになってくれたラララ…アガレス達殺さなイイイ…交換条件ンンン…」
「え…」
ニィッ…。
真っ赤な歯茎が見える程巨大な歯を覗かせて笑うテペヨロトルだった。


































町――――――

「夜分遅くだってのに人が結構いるんだな」
「そうですわねトム」
町のスーパーで買い出しを終えた3人。アガレスとトムが荷物持ちをしている。アガレスの右腕にぴったりくっついているアイリーン。トムは目尻をピクピクさせてイライラ。
「あ。トム。わたくしお手洗いへ行ってきますわ」
「分かった。此処で待ってるからな」
スーパーの横のトイレへアイリーンが入って行くと、トムの表情は急変。怒りに目をカッと見開き、アガレスに突っかかる。
「転入生お前!昨夜アイリーンに抱き付かれたからって勘違いすんなよ!アイリーンは誰にでも優しい且つヴァンヘイレン1の美少女なんだ!お前にだけ優しいんじゃないんだからな!」
「何をそんなに目くじらたてている」
「それだよそれ!お前のその余裕!アイリーンに気に入られているからって余裕ぶっこいてんなよな!」
「意味が分からん」
「キーッ!転入生!お前の度胸あるとこは気に入ってるけどな!お前のそのスカした態度は気にくわないんだよ!!アイリーンのお気に入りだからって!」
「別にあんな雌豚どうとも思っとらんがな」
「雌豚言うな!!アイリーンにこれ以上近付くんじゃないぞ!分かったかよ!」
ビシッ!と指差して顔真っ赤にお怒りのトム。その態度は子供のただのヤキモチのようだ。アガレスは「向こうが近付いてくるんだが」と、ぽつり呟いていた。
「お待たせ致しましたわ〜」
純白のハンカチで手を拭きながらアイリーンが戻ってくれば、さっきまでの嫉妬で怒り狂っていた様は何処へ…トムはコロッと表情を普段通りに戻す。
「よし。じゃあ修道院に戻る、」


ガン!ガン!ガンッ!

「痛ででで!?何だよ!?」
「きゃあ!何ですの?」
「神ニ逆ラウ人間…殺ス…」
「あいつらまさか…!」
3人目掛け、無数の石が投げられた。トムが顔を上げると、町の民家や露天の屋根の上にはいつの間に。生気の無い虚ろな目をした人間達がズラリ100人は居り、3人目掛け石を投げ付けていた。
















「神ニ逆ラウ人間…殺ス…」
「まさかこいつら全員造り直しの儀に合った奴らかよ!?」
「だから神を讃える言葉を繰り返しているのですか?」
「チッ!初陣が100人相手だなんてついてないぜ」
トムは腰にくくりつけていた斧に似た形式の武器を構える。アイリーンは天使の輪のような銀色をした2つの武器を。そしてアガレスが自身の体内から武器を取り出そうとした。


ドンッ!ドンッ!

「何だ!?」
遠くから爆発音が聞こえ、一斉に振り向くと…
「あれ、修道院じゃないかよ!?」
爆発音がした方の空だけ昼間のように真っ赤に明るい。何故なら、爆発音がした方からは真っ赤な炎がメラメラと燃え上がっているから。トムが言った通り、修道院の三角屋根の真上から炎が上がっているのが見える。
「あそこにはメア様と修道長様がいらっしゃるというのに!」
「でもこいつらの相手もしなきゃだぞ!…って!オイ転入生!勝手な行動をとるなよ!!」
トムの静止も聞かず、アガレスは1人で屋根を伝って修道院へと駆けていく。
「おい!待てって転入、」
「神ニ逆ラウ人間…殺ス!!」


ガチンッ!

「あ、危ないだろ!!」
造り直しの儀を施された生気の無い目の人間に危うく噛み付かれるところだったトム。
「わたくしもアガレス様の元へ…!」
「アイリーンは此処に居ろ!」


ガシッ!

アイリーンの腕を掴むとトムはアイリーンを自分の後ろへ隠す。
「トム?」
「来伝より劣る俺だけどな女1人くらい守れんだよ!それがアイリーンなら尚更な!アイリーンお前は下がってろ。そして、俺がこいつらぶち殺すとこしっかり見てろよ!いいな!」
「は、はいですわ…!」
「いくぞ操り人形共!!」


タンッ!

トムは踏み込むと、造り直しの儀を施された人間達の群れの中へ自ら飛び込んでいった。
















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