[携帯モード] [URL送信]

GOD GAME
ページ:1




3120年前
日本、京都――――――

木々の深緑や田畑の緑が美しい村。山奥にひっそり在るこの集落には12世帯しかなく、村人全員が全員の顔と名前を知っており、まるで家族のように親しい間柄。誰かの家に病人が出れば、村人総出であの手この手を使い治療しようとする。誰かの家の息子や娘が晴れて結婚をすれば、村人総出で祝杯をあげる。そんな、珍しい程村人同士が親しくあたたかい村。
「姉様何処へ行くの?」
山の頂上にある村唯一の神社の神主が居る御子柴家。父親の神主、母親、長女、次女の4人暮らしだ。
真っ黒い長い髪が人形のように美しい長女の袴の裾を引っ張りながら呼び掛けるのは、こちらも真っ黒く長い髪が美しい次女。
「山の麓にある椎名さんの家よ」
「えーまたぁ?何で何で?」
「ふふっ。なーいしょ」
ぷくーっと頬を膨らませる次女即ち長女の妹。長女は笑みながら妹の頭を撫でる。
「あ。そうだ。雅もそろそろ母様から巫女になる修行をしてもらいなさい」
「今は姉様が巫女なんだからそれで良いよ」
「いいのいいの。私ももうすぐ巫女をできなくなるから。雅の番なの。ね」
「??姉様巫女を辞めてしまうの?どうして?」
「さあ?どうしてでしょう?」
くるり。長女が1回転をすれば、赤い袴がふわっともりあがり、黒い長い髪は舞う。
「じゃあ母様と修行頑張るのよ。私は夜には帰るから」
「ああ!待ってよ〜姉様!」


カタン、

木製の扉が閉まる。
「あーあ。行っちゃった…」
次女はがっくり肩を落としてトボトボと裏口から家を出ていく。
長女の名は御子柴 皐月。次女の名は御子柴 雅。




























御子柴神社―――――

「♪」
山の頂上にある真っ赤な鳥居と、派手さは無いがしっかりした造りの拝殿と社殿。此処が御子柴神社だ。
拝殿の木製階段に腰を掛けて1人で読書を楽しんでいる雅。
「あら。またこんな所に居たのね雅」
「あ。母様!」
長い長い石段を登って鳥居を潜ってやって来たのは、大和撫子を体現するかのような黒髪に白い肌で細身且つ身長の高い女性。彼女は皐月と雅の母親だ。母親を見つけると雅はパタパタと母親の元へ駆ける。
「此処に居るとね。落ち着くの。風の音と空気が気持ち良くて」
「そう。それは良い事だわ。でもそろそろ夕御飯の時間だからお手伝いしてちょうだい」
「はーい!」
母親は雅の小さな手を引き、鳥居を潜って出る。


ザワッ…!

「!」
バッ!
突然感じたざわめきに雅はバッ!と勢いよく振り返る。
「どうかしたの雅?」
「……」
雅が見つめる神社の裏手真っ暗な雑木林。
「雅?」
「…何でもない」

























晩―――――――

「御子柴神社は代々豊受大神を祀っていて、春には神様に豊作祈願を必ずするのよ」
「う〜ん…覚える事がたくさんあり過ぎて頭が壊れそうだよ…」
「ふふふ。雅ったら」
夕御飯後。居間で母親から巫女になる為の勉強中な雅だが、覚えなくてはいけない事があり過ぎて疲れきっており、卓袱台に顔を伏してしまっている。母親はクスクス微笑ましそうに笑う。
「お母さんも初めはそうだったわ。皐月もね。でも気付くと頭の中に入っちゃっているものよ」
母親も、長女の前に巫女だったのだ。
「なれるかな〜」
「大丈夫よ。もう一頑張りよ雅」
「う〜ん…」


ガラガラッ、

「ただいまー」
「あ!姉様!」
引き戸が開く音と皐月の声がすれば、雅は立ち上がり玄関へと駆け出す。勉強中なのもお構い無しに。
「あらあら。あの子ったら」





















「姉様おかえりなさい!」
「ただいま。雅」
にこっ。母親によく似た美人な顔立ちの皐月がにっこり微笑んでくれる。姉が大好きな雅は嬉しくなり、つられて微笑む。
「雅。母様と修行してた?」
「今勉強中なの!」
「あらあら〜?勉強放り出して今何やっているのかしら雅〜?」
「えへへへ!」
皐月と手を繋ぎながら居間へ戻る。
「おかえりなさい皐月」
「ただいま母様」
母親の隣に正座をする皐月を母親はニコニコ優しい笑みを浮かべて見ている。
「椎名さんとの御夕飯楽しかったかしら?」
「うん」
「??」
顔を真っ赤にする皐月とニコニコしている母親に、雅は何が何だか分からず首を傾げる。
「母様?どうかしたの?」
「ふふ。何でもないわよ雅」
「??姉様?何か楽しい事でもあったの?」
「何でもないわ、雅」
「??」


ガラッ!

「あら。あの人かしら」
玄関の引き戸の開く音が聞こえて、母親は立ち上がる。皐月と雅の父親の帰宅だ。
居間の引き戸も開けば、そこには神主の格好をした細身の中年男性が立っていた。少し顔付きが険しいし、額に汗をかいている。
「おかえりなさい貴方。今日は随分早かっ、」
「大変だ!人食いが出たぞ!」
「!?」
いつも厳格で堅物な神主の父親が声を裏返らせて取り乱しながら叫んだ一言に、母と皐月と雅は目を見開き、驚く。
「ひ、人食いですか貴方?」
「ああ。先程麓の村で八代さん家の奥さんが人食いに体を噛みちぎられた」
「…!!」
「母様!!」
顔を真っ青にして全身から血の気が引き、ふらついた母親を姉妹が支える。
毅然とした皐月は真剣な顔付きをして、父親の方を向く。
「父様。その人食いはどんな姿?何処からこの村へやって来たの?」
「姿は大蛇なんてものではないそれ以上の巨大な蛇だ。何処からやって来たかはまだ分からないが、私達が駆け付けた時には既に人食いの姿は其処には無かった」
「じゃあまだこの村の何処かに潜んでいるのかも」
「そう考えるのが妥当だろう」
「行こう!父様!」
皐月はすくっと立ち上がり、弓矢を担ぐ。父親もああ」と頷き、2人が外へ駆け出そうとする様を母親は不安げにオロオロ見ている。
「農夫達のみならず村の若い男衆にも声は掛けてある」
「分かった」


ぐいっ、

「?」
皐月の赤い袴が後ろから引っ張られて振り向けば。
「姉様…」
雅が不安げに皐月を見上げていた。
「大丈夫大丈夫」
皐月は雅の髪をくしゃくしゃっとする。毅然とした笑顔で。
「雅は私が守るから」
そう言い残して父親と駆け出していく姉の逞しい背中を、雅は目を輝かせて見ていた。
――かっこいい姉様!私は姉様の妹になれて幸せ。だって姉様は私を守ってくれる強い強い立派な巫女なんだもの!――




























時は経ち、人食い化物が現れてから3ヶ月が過ぎようとしていた―――

「結局姿すら見つけられず…かぁ」
山の頂上に建つ御子柴神社の木製階段に並んで腰をおろしている皐月と雅。溜め息を吐く皐月の隣ではそしらぬ様子の雅が1人であやとりをしている。
皐月が言葉を洩らしたように、あれから人食い化物の被害は後を経たない。農作物も荒らされる事はあったが、何よりも1人、また1人と集落の人間が食いちぎられた無惨な遺体で見つかる事件が絶えないのだ。それなのに集落の人間全員誰1人も、最初に姿を見て以来その化物の姿を見ていないという異常事態。だからこの小さな小さな集落はたった1体の化物によって生きた心地のしない毎日を強いられ怯え過ごしている。また今日も…。
「姉様」
「なぁに雅?」
「人食いってまだ捕まらないの」
「うん…」
「でも大丈夫だよね?姉様は立派な巫女だから!姉様が守ってくれるよね?」
「雅。私ね。もう巫女じゃなくなるの」
「どうして?」
「明日分かるわ」
「じゃあもう…守ってくれないの?」
しゅん…とする雅の頭を撫でる皐月は白い歯を覗かせてにっこり微笑んでいた。
「大丈夫!もう巫女じゃなくなるけど雅の事はずっとずーっと守るから安心しなさい!」
「うん!!」
「そろそろ帰るわよー。母様が心配していると悪いからね」
「うん!」
手を繋ぎ、神社に背を向けて鳥居を潜る。


ザワッ…!

「!」
バッ!
また胸騒ぎがした雅が咄嗟に振り返る。
「…?どうかしたの雅?」
「……」
「雅?」
「…何でもない」





























翌日――――――

「皐月ちゃんおめでとう!」
「皐月おめでとう!」
「幸せにね!」
山々に囲まれた緑々した田園風景の広がる小さな小さな集落の人間全員が農道に列をなして集まっている。彼らの間には、袴姿の男性と並びながら歩く白無垢を着た皐月の姿。
「姉様が最近よく椎名さんのお家に遊びに行っていたのはそういう事だったんだ」
列に混じり、皐月達を眺めている雅は呟く。
今日は山の麓にある椎名家の長男に御子柴家の皐月が晴れて嫁ぐ事になった祝いの日なのだ。当日まで知らなかったし勘づきもしなかったまだ子供な雅は、初めて見る化粧をした姉の美しい姿に感動する一方、姉が家を出ていってしまう事への寂しさが交差して少し複雑…。しかし大好きな姉の幸せそうな笑顔を見たらそんな寂しさも吹き飛んでいく。少しだけ。
列をなした集落の人間達に見送られながら神社へ続く長い長い石段を登る椎名と皐月。その後ろを母親と雅がついていく。
神社の拝殿前で神主の父親が祝辞を挙げれば、集落の人間からは
「良かった良かった!」
「おめでとう!」
「皐月ちゃんを幸せにしてやっておくれ!」
喜びの言葉が飛び交う。椎名と皐月は照れくさそうにペコペコ頭を下げていた。


















「雅」
「えっ?」
すると、姉から優しく呼ばれてキョトンとする雅。なのに周囲の人間はにっこり笑顔で雅を見つめている。ますますわけが分からない雅の前に父親が歩み寄ると…
「既婚者となった皐月はもう巫女ではなくなった。よって雅。お前を今日からこの集落を守る巫女に任命する」
「!!」
いつも厳格な父親が初めて見せた笑顔。
「良かったね雅ちゃん!」
「おめでとう雅ちゃん!」
この事を知っていた雅以外の人間全員は再び祝いの言葉をあげ、自分事のように喜んでくれる。























そして、赤い袴姿ですっかり巫女らしく着替えてきた雅を前に、集落の人間全員が喜んでくれる。
「おお!似合うねぇ雅ちゃん!」
「様になっているよ雅ちゃん」
「で、でも私、姉様のような立派な巫女になれるかなぁ…?」
「大丈夫よ。雅今まで頑張って勉強してきたもの」
「雅ちゃんなら大丈夫だよ」
皐月の夫となる椎名も笑顔で声を掛ければ、雅はパアァッ!と笑顔になる。
「うん!私頑張る!立派な巫女になる!」
決意をした雅の純粋な瞳に、集落の人間も心を打たれた。
「ではこれから山を降りて麓の椎名君の御実家で宴を開こう」
「そうですね」
「御子柴さん御一家がお先にどうぞ」
「はい。ありがとうございま、」


ガサッ、

「ん?」
神社の本殿裏の雑木林から物音がし、この場に居る全員が振り向いた視線の先には―――。
「ヒィッ…!ひ、人食いだぁあ!!」
大蛇なんて生温い言葉だけでは足りない程のとてつもなく巨大で紫色と白が混ざった蛇の姿をした化物が現れた。この化物こそ、この小さな集落を恐怖に陥れていた元凶人食い。
化物を見た瞬間目を見開き真っ青で硬直していた全員。だがすぐに我に返ると…
「ぎゃああああ!」
「に、逃げろぉおお!!」
「うわああああああ!!」
我先にと人々を押し退け、神社の石段を転げ落ちるように逃げ出す。その様はまるで鬼から逃げ惑う地獄絵図。






















「退け退けぇえ!!」
「死にたくない死にたくない!!」


ドンッ!

「きゃあ!」
農夫に押されてよろめいた皐月を咄嗟に支える椎名。
「大丈夫かい皐月?」
「え、えぇ…」
「姉様!」
「雅!?」
親しかった家族同然の集落の人間達が我先にと逃げ出す…人間の本質が露になったこの場所で、雅は椎名と皐月の前に両手を広げて立つ。
「逃げて!!」
「な、何を言っているの雅!貴女も逃げなさい!」
「私は戦う!退治しなきゃ!だって私は今日からもうこの村を守る巫女なんだもん!」
「むちゃよ!あの化物はもう何十人も人間を食べているのよ!きっと父様でも無理…。それなのに巫女になったばかりの貴女なんて…!」
「私は姉様みたいな立派な巫女になりたいから!大好きなこの村を守りたいから!だから姉様は逃げて!早く!」
「…!」
神主の父親と共に弓矢を担いで化物へと駆け出す雅の背を見て、皐月は…
「皐月!!」
白無垢の裾を捲りあげ腰で結ぶと、自分も化物へと駆け出す。そんな皐月に顔を真っ青にした椎名も続いて駆け出した。


バクッ!バクッ!

「ギャアアア!」
「助けてェエエ!!」
化物は次々と集落の人間を丸呑みしていく。


バチッ!バチッ!

「くっ!弓矢がきかない!」
父親と雅が弓矢を放っても化物の体に弾かれてしまい全くこちらの攻撃が効かないのだ。
「どうしよう父様!!」
「くっ…、こうなったら…」
「父様!雅!!」
「姉様!?」
「皐月!」
白無垢を捲りあげて駆けてきた皐月と椎名に驚く2人。
「椎名君まで!何をしている!お前達は早く逃げなさい!」
「そうだよ!姉様どうして、」
「私は約束したの!雅を守るって!」
「!!」
皐月のその決意の表情に雅の目頭が熱くなる。滲み出す涙をゴシゴシ擦る雅。





















「巫女ではなくなったお前は下がっていろ!」
「どうしてそんな言い方をするの!私だって退治できる!」
「嫁いだばかりの娘を危険に晒したくないという父親の気持ちも考えろ皐月!!」
「…!!」
いつも厳格で無口で近寄りがたかった父親の明かした素直な気持ちに、皐月の目頭も熱くなる。
「父様…」
「御子柴さん!!」
すると、逃げ出したはずの男衆十数人が駆けてきた。
「逃げ出した分際でよくのうのうと顔を出せるな!」
「父様落ち着いて…!」
「す、すまない御子柴さん…。逃げながら私達で思い付いたんだよ」
「何をだ」
「その化物は恐らく蛇神だ。山を切り崩し自然を破壊し村を作り其処に住まおうとする我々人間に怒りを覚えた化物の怒りを鎮めるには太古の昔からこの方法しか無いって…」
「太古の昔から?何だ。言ってみろ!」
男衆は顔を見合わせ、言い辛そうにしながらも口を揃えてこう言った。
「生け贄…」
「何っ…!?」
驚愕する父親。口を両手で覆う皐月。
「ソウダ…ヨク分カッテイルデハナイカ愚カナ人間共…」
「しゃ、喋った!?」
何と、蛇の化物が初めて口を開いたのだ。
「ワシハ力ノアル人間ヲ所望シテオル…。生娘…貴様ノ事ハコノ数ヶ月ヨォク見テオッタゾ…」
「!!」
化物は蛇特有の長い舌で雅を示した。
「雅は渡さないわ!!」
皐月はすぐさま雅を抱き締め、化物を睨み付ける。
「生娘貴様ハ姉ヨリモ力ノアル巫女ダ…。生娘貴様ガ生ケ贄トナレバ、ワシハモウコノ集落カラハ手ヲ引イテヤロウ」
「嘘よ!誰がそんな嘘に騙されると思って、」
「…了承した蛇神」
「!?父様!?」
まさかの父親の返答に皐月と雅、椎名が驚愕する。途端にガタガタガタガタ尋常では無い程震え出す雅の体を更にきつく抱き締めてやる皐月。






















「父様正気!?この化物はそう言って雅を食べた後全員を食い殺す気よ!こんな化物の誘惑に惑わされないで!」
「オウオウ。ナカナカ威勢ノ良イ娘ジャノウ。シカシ、オ前サンハイラヌ。生娘貴様ヲ所望スル」
「父様!!」
「生娘タッタ1人ヲ生ケ贄ニシタダケデコノ集落ハ救ワレルノジャゾ?」
「……」
「父様!!」
「…行きなさい雅」
「!?」
「父様何を言っているのよ!!」
裏返った声で怒りを露にする皐月の事など無視をして父親は化物の事を真っ直ぐ見たままそう冷たく言い放つ。
「父様正気!?ふざけた事を、」
「さあ。雅ちゃん」
「皆!?皆も何を考えているの!?」
皐月の腕から強引に雅を放させて化物の元へ雅をぐいぐい押す男衆に、皐月は目を見開きまた驚愕。
「皆!やめなさい!何を馬鹿な事を考えているのよ!」
「雅」
「と…父様…?」
ガタガタ震えながら雅がチラッ…と見上げれば父親は頷く。
「…行きなさい。お前はこの集落を救う立派な巫女になるのだろう」
「…!!」
実の父親からの無慈悲な一言に、まだ子供の雅の目尻に涙が浮かぶ。
「父様!!貴方には人間の血が通っているの!?」
「ね、姉様…」
すると。震える声で雅がそう呼び、皐月の方を振り向いた。化物を背にして。涙をポロポロ流して。
「私が生け贄になって大好きなこの集落が救われたら私…立派な巫女になれたって事だよね…?」
「何を貴方まで馬鹿な事を言っているの雅!!」
「姉様…今までありがとう…」
「雅!!」


バクンッ!!

蛇は獲物を丸呑みする。丸呑みした獲物の姿形をくっきり形容した蛇の巨大な腹。
「イ…、」
小さなまだ子供の雅の姿をした形の蛇の腹を見た途端、皐月の全身から血の気が引く。
「イヤアアアアアア!!」
ガクン!
崩れ落ちた皐月を支える椎名。
「皐月…!!」




















「御子柴さん…」
わんわん泣き喚く皐月の泣き声は無視して、男衆が父親を囲めば父親は頷く。
「これで良い。これでこの集落は救われた。雅もそれを願ったのだからこれで良いんだ」
そして、蛇の化物を見る。
「蛇神。約束通りこの地から手を引いてくれ」
「アア、分カッタサ人間」
化物は背を向けると、スルスルと雑木林の方へと去っていく。
「ふぅ…」
まさか本当に手を引いてくれるとは思っていなかった父親は安堵し、一息吐く。
「皐月」
「うっ、ううっ!父様の人でなし…!ううっ…!」
「…太陽が出なければ生け贄を神に捧げ。干魃により雨不足が続けば雨乞いの為に生け贄を神に捧げ。いつの時代にも生け贄は必須だ」
「うっ、ううっ!」
「皐月…、」


バクンッ!!

「…!!」
「ナァンテ!ワシガオ前サンラ人間ノイウコトヲ聞クハズガナカロウ!!」
去ったはずの化物はすぐそこに再び現れて父親を頭から丸呑みすれば…


バクンッ!バクンッ!

「ギャアアア!!」
「逃げろぉおお!!」
男衆を次々丸呑みし出した。
「椎名君!皐月ちゃん!逃げるんだ!」
「皐月!」
男衆が呑み込まれていく様を呆然と見つめるだけで逃げようとせず立ち尽くしたままの皐月を逃がそうと腕を引っ張る椎名や他の男衆。
「ほら…やっぱりそうじゃない…。化物の言う事なんて信用ならないのよ…」
「皐月!」
「雅は無駄死にしたって事じゃない!!」


バクンッ!

目の前で男衆が丸呑みされれば、此処に残るのはあとは椎名と皐月だけ。
「皐月!!」


ブスッ!!

「ウガアアアア!!」
椎名が放った弓矢が化物の喉に突き刺さる。その隙に椎名は皐月の手を引いて石段を降り、逃げていった。





















「ギャアアア!!」
「イヤアアアア!!」
それから、麓に降りた化物は平穏な集落を瞬く間に業火の渦へと変えていった。人間は全て丸呑みし、集落の家屋や田畑が1つも残らぬよう焼き尽くしたのだ。


ズッ…、ズッ…、

ゴオゴオと真っ赤に燃え盛る集落の農道で尾を引きずりながら歩く蛇の化物。
「居ナイ…居ナイ…全員食イ殺シタノニ、アイツラダケ居ナイ…」


ズッ…、ズッ…、

化物は、既に焼け落ちた椎名家の前で立ち止まる。
「椎名氏ト…姉様ダケ居ナイ…」

『雅は私が守るから』

「守ルッテ…言ッタノニ…」
小さな小さな平穏な集落が、焼け落ちた。






























数年後―――――

「よしっ、と。これでその生け贄にされた子も許してくれるじゃろう」
宮大工達が集まった山頂の御子柴本殿裏。雑木林の奥深くに完成したのは白い鳥居とその奥にはたくさんの地蔵に囲まれた小さな小さな祠。
宮大工が神社を眺める様子を離れた所から寄り添い眺める着物姿の男性と女性。女性の腕の中には赤ん坊。
「にしてもこぉんな小さな集落に山火事を起こした蛇神様ってのも酷やなぁ」
「…はい。生け贄を捧げれば集落の人間を全員見逃そうと唆した化物は全員を食い尽くしました」
「そいでこの小さな集落の人間は全滅し、集落は壊滅したと」
「はい…」
「にしても坊主と娘っ子はどないしてこの集落の化物話を事細かに知っとんのや?まさかお前はんらこの集落の生き残りちゃうんか?」
2人は首を横に振る。
「いえ…。隣の集落の者です。ただ…この集落の悲惨なお話をお聞きして生け贄に捧げられた巫女が哀れでそれで…」
「俺達宮大工に生け贄の巫女を祀る鳥居と祠を造ってくれと頼んだわけかいな」
2人はまた静かに頷く。宮大工は「がっはっはっは」と豪快に笑いながら木材を担ぎ、帰り支度を始める。
「がっはっはっは。優しいなぁお前はんら。自分の集落の話やないっちゅうのに。こんなに祀られてよくされて、その生け贄にされた巫女っちゅーんも天国で幸せやろうなぁ。おーいお前ら帰るぞー」
宮大工達は木材を担ぎながらザッ、ザッ、ザッと足並みを揃えて鳥居を潜り、石段を降りて去っていった。


ビョオォ…

男性と女性と赤ん坊だけとなった御子柴神社に風が吹く。宮大工達が居なくなっただけで急に静まり返り不気味な雰囲気を醸し出した御子柴神社。
「…本当にこれで雅は天国で幸せになれたのかしら」
「大丈夫だよ皐月」
この若い男性と女性は数年前あの集落で命辛々逃げ切った椎名と皐月だ。皐月が抱いている赤ん坊は2人の子供。
「雅…ごめんね…」
椎名は皐月の肩を抱き、2人は石段を降りて御子柴神社を去っていった。彼らが此処へ訪れる事はもう無かろう。































その頃。
天界―――――

「アドラメレク様アドラメレク様!聞きやした?今日天界に人神が来るんですって!」
骸骨に黒い羽を生やした低級神がアドラメレクの周りを忙しなく飛びながら話し掛ければ、ソファーに着いているアドラメレクは鬱陶しそうに眉間に皺を寄せる。
「わたくしが知らない筈が無いでしょう。貴方声が大きくて鬱陶しいですわ。下がりなさい」
「へへっ!失礼しやした!」
そう言われ、スウッ…と消えていく低級神。
「ふぅ。全く。低級神ごときがこのわたくしに口を利いて良い筈がありませんでしょう」
「アァアアアアァア!!」
「……。何事ですのマルコ」
静かな天界に突然少女の喚き声が響き渡ればすぐに不機嫌な顔をするアドラメレク。の耳を、スウッ…と姿を現したマルコが押さえている。この煩わしい喚き声がアドラメレクに聞こえないようにする為。
「はいお嬢様。信じた親類や集落の人間に生け贄にされそれを哀れに思った親類に祀られて神になった元人間の少女の煩わしい喚き声でございます」
「人神」
「さすがはお嬢様。彼女は天界初の人神にございます」
するとアドラメレクの足元の床で頭を押さえ踞りながら白眼を向いてまだ喚き続ける御子柴が姿を現した。
「アァアアアアァア!!」
「彼女の人間時の記憶は」
「現在半分忘却状態にあり、半分は覚えている状態にあります。覚えている部分で親類や集落の人間に裏切られた事への憎悪により現在このように醜く喚き散らしているのであります」
「では記憶を全て忘却すればこの子の耳障りな喚き声も止むという事ですわね」
「さようでございます」
アドラメレクはスクッ、と立ち上がる。其処でまだ喚き続ける御子柴を冷たい目で見下ろしながら右手拳を構える。
「アァアアアアァア!!」
そんな事も知らずに雅…御子柴雅はただただ忘れられない両親や姉、椎名、集落の人間達が自分を生け贄に捧げた事への憎悪に苦しんでいる。
「憎い憎い憎い憎い憎いぃいいぃ!!何故ワタシを生け贄に捧げたの!!何故!何故何故何故何故ェエエ!!アァアアアアァア!!」
「お黙りなさい。貴女。煩わしいで、」


ガクン…、

「あら」
アドラメレクが拳を振り落とすまでもない。何と御子柴は勝手に意識を失い、倒れてしまったから。
「あら残念。わたくしの叩きで黙らせて差し上げようかと思いましたのに」
マルコはクスクス笑うだけ。
「そういえばマルコ。この子は何処の国に祀られていて何という名前でして」
「日本の京都御子柴神社に祀られております、人間時の名前御子柴 雅でございます」
「そう…」
「うっ…、」
すると御子柴は目を徐々に開き、気を取り戻した様子。
「あ…ら…?此処は何処…?ワタシは一体…?」
「ご機嫌よう」
「…?貴女は…誰…?」
御子柴の前に堂々たる笑みを浮かべて立つアドラメレクに首を傾げる御子柴。
「わたくしに対して誰?ですって?随分とまあ日本の神という者は不遜な態度ですこと」
「ご…ごめんなさ、」
「貴女は今日からわたくしの配下になりなさい御子柴」


きゅっ…、

握られた白い手から伝わる体温に、人間時の記憶全て忘却した御子柴は何故だか込み上げる切なさと嬉しさにポロポロ涙を流す。
「まあ。何ですの貴女。汚ならしい水をわたくしの前で流さないでくださいます?」
「御子柴…」
「記憶喪失だった貴女にわたくしが付けて差し上げた名前でしてよ」
「ワタシの…名前…」
「ええ」
「ありがとう…ありがとう…ありがとう…助けてくれて…拾ってくれてありがとう…」
ポロポロポロポロ涙を流して何度も何度もアドラメレクに感謝をする御子柴に、アドラメレクもマルコもギョッとしていた。
「貴女の名前は…?」
「こちらは偉大なる大神アドラメレクお嬢様ですよ」
「そう…ありがとう…ワタシを拾ってくれてありがとうお嬢…!」

























「何故、敢えて彼女に本名を付けさせたのですか」
それから。廊下を歩くアドラメレクとマルコ。マルコが問えば、アドラメレクは長い髪を後ろへ手で靡かせながら答える。
「それが人間時の彼女の名前だったのでしょう」
「ですがそれでは御子柴神が人間時の記憶を思い出してしまい、故郷へ帰りたくなってしまうかもしれません」
「例え記憶が戻ったとしても彼女は自分を生け贄に捧げた人間を怨んでいるでしょう。だから悪神になったのでしょう。ですからわたくし達を裏切る事は有り得ません」
「お言葉ですがお嬢様。人間という生き物は愛している者に裏切られたからこそ怨むのです。人間界では愛情と憎悪は紙一重のようです」
「皮肉ですわね人神とは」
「お嬢様?」
アドラメレクは立ち止まり、窓から外を見下ろす。雲の遥か下に見える下界を。
「生前この世に怨みを残して没した者が祟りを引き起こす事を恐れてこれを鎮める為に祀る。怨みを残させるような事を彼女に行った人間が彼女を神として祀るのです。皮肉でいて滑稽ですわ人間って」
「全くもってその通りでございますお嬢様」
アドラメレクの青い瞳に映る下界は、御子柴の気など知らずに今日もまた人間達の楽しい日常が繰り広げられていた。
「…醜悪ですわね」


ズズズズ…

同時刻。日本京都の御子柴神社の鳥居が禍々しい黒に染まった。







































現在――――

「―ハッ!」
「奏ェ!!」
ハッ!と布団から上半身を起こした椎名に涙ぐみながら抱き付く天人。
「い…痛い…」
「奏ぇ!お前良かったぁああ!ずっと目覚まさないから死んだかと思ったんだぞバカちん!」
「痛っ…だから…痛いって…天人…」
「あぁああー!良かったぁあ!お前が死んだら俺どうしようかと思って、」
「痛い…」


バチン!

「痛でっ!?」
あまりにも締め付けてくる天人に椎名が右頬を叩けばようやく天人の締め付けが終わる。
「痛ーい!!お前を心配してくれた人に対してビンタは無いでしょ!ビンタはー!!」
「……。僕…ずっと寝てたの…?」
急に真面目な声で話し出す椎名に、天人も切り替えて神妙な面持ちになる。
「あー…寝てたじゃなくて意識半分無くて…魘されてたみたいな?」
「……」
「…奏。あのさ、」


ガラッ、

「椎名さん!意識がお戻りになられたのですね!」
「御殿っち!」
隣の襖が開き、ホッとした表情の御殿がやって来る。


ギロッ!

相変わらず椎名は御殿を睨むけれど。
「すみません椎名さん!」
「いいっていいって〜!御殿っち奏の事は気にしないで入れって!」
「では…失礼致します」



カタン…、

襖を後ろ手で閉めると御殿は畳に正座する。椎名はあからさまに御殿から顔を反らしているが。

























「御子柴神…」
「え?」
「御子柴神…は…?」
「今隣の部屋で奏みたいに意識失っているよ」
「はぁ…?なら…殺す…」
ガタッ、と立ち上がる椎名を天人と御殿の2人がかりで止める。
「待て待て待てって奏」
「何で…」
「椎名さんのお気持ちは充分分かります。けれど日本の神である御子柴さんを殺めれば日本そのものである御子柴さんの死は即ち日本の崩壊の時なのです」
「…!?…それじゃあ…ヴァンヘイレンのしてきた事…無意味…だよ…」
「御子柴さんのように一国を司る神以外の神に対してでしたらその神が祀られている地域の崩壊のみで済むので、ヴァンヘイレンの存在意義事態を否定するものではありませんよ」
「君…偉そうだよ…うざっ…。祟り神にされた…クセに…」
「し、失礼致しました…」
「奏!」


コツン、

天人が椎名の頭を叩けば椎名は叩かれた箇所を押さえながら天人を睨む。
「そういう言い方しないの!」
「…うざっ」
「そういや奏も。意識失っている時見た?」
「何を…」
「御子柴神が人神になった過去」
「……」
「否定しないっつ〜事は見たんだな〜お前〜!」
黙っている椎名に話し掛け辛そうにしながらも御殿は口を開く。
「椎名さんと御子柴さんが苦しみ出した時僕と尼子さんの頭の中にも御子柴さんの過去が直接送り込まれてきて見たのです」
「だから…何…?だから…御子柴神に…同情しろって…言うの…?」
「違う違うってーかなちゃん。御子柴神殺したら日本も死んじゃうっつったっしょー?だーけーどー。意識を失っている今の御子柴神が意識を取り戻したらもしかしてもしかするかもなわーけよ!」
「言ってる意味…分かんない…んだけど…」
天人はウインクをして椎名に右手人差し指を向ける。
「人間時の穏やかな御子柴神に戻っていたら御子柴神は殺さずに日本も崩壊せずに済むかもって話!」
























「にしても、この世でいっち番おっかねーのは人間かもな〜」
あれから。隣の部屋で御子柴を監視する御殿。その隣の部屋で布団に横たわり、御子柴が目を覚ますのを待つ天人と椎名。天人は頭の後ろに腕を組み、天井を見上げながら話し出す。
「結局のところ自分達の保身の為に御子柴神を生け贄にしたんだろ?ま、それで騙されて食われちまったのは自業自得って言えばそれまでかもしんないけどさ」
「……」
「それに、御子柴神の話を伝承したのが隣村の人間じゃなくて隣村の人間を装って伝承した御子柴神の実姉だったなんてな〜。やっぱ本に書いてあった内容が全て正しいわけじゃないっつー事か〜」
「……」
「ましてや御子柴神の姉貴の旦那が椎名姓で奏ン家と繋がってて、御子柴神の姉貴の子供の嫁ぎ先が尼子家って。世界は案外狭いっつーかなんつーかなぁ〜。まあだから、人間時の記憶を失っていても本能的に、裏切った姉貴の血筋を引いている俺と奏を執拗に怨んでいたんだろうなぁ〜」
「…興味…無い…」
ボソッ…と呟いて背を向けたまま横たわっている椎名の背を見る天人。


ポンッ、

後ろから椎名の頭に手を置く天人。だが椎名は首を横に振って、天人の手を振りほどこうとする。
「やめて…」
「奏お前本ッッ当冷血人間なのな」
「天人が…お人好し過ぎるだけ…だよ…」
「あははは〜結構自覚してる〜。まあお前が他人に冷血になるのもそうせざるを得ない過去があったからしゃーないんだろうけどさ」
今度は髪をわしゃわしゃとしてくる天人に椎名のイライラが募っていく。
「やめて…うざい…」
「ま〜あんま気負うなって!元から友達できない性悪だった奏が悪魔化して今まで以上に独りになっても天人クンは死ぬまで…いや!死んでもずーっと奏の味方だからさ〜」
「触んな…」
今度はポンポン肩を叩いてくる天人に、ブチッと堪忍袋の緒が切れた椎名はくるっ、と天人の方に体を向ける。
「おっ。奏どーした?」
「天人…。欲求不満…なの…?」
「はぁあ!?」
「さっきから…触ってくるから…」
「どーして俺が奏に欲情しなきゃなんねーの!?」
「天人…どっちでもいけそう…だから…。だって変態じゃん…」
「お前俺を何だと思ってるわけ!?女子一筋ですけど!?スキンシップに決まってんでしょーがバカちん!!」
「……。なら…もう触んないで…僕…触られんの…嫌いだから…」
「あー…。過去に嫌な思いした事色々あるんだもんな。分かった分かった。ごめんな奏」
無視。背を向けて無視な椎名のこんな態度には昔から慣れっこな天人は肩を竦めて笑う。
「はー。これで御子柴神が人間の時の良い奴に戻っていてくれたらうまいこと事が運ぶんだけどな〜」


ガラッ!

「尼子さん!椎名さん!」
「御殿っちどーした!?」
「御子柴さんが目を覚ましました!」
「え!?で!?どうだった!?」
























「御子柴さん…御子柴雅さん」
和室の布団で上半身を起こし、ボーッとしている御子柴に優しく声を掛ける御殿。天人は少しハラハラしつつ。椎名は相変わらず外方を向きながらいつでも殺る体勢。
「私…」
「御子柴雅さんですよね?」
「貴方達は…?」
その、さっきまでや10年前とまるで雰囲気や口調が違う御子柴の様子に一同は薄々勘づいていた。
「僕は御殿と申します。あちらのお二方が尼子さんと椎名さんです」
ペコリ…、お辞儀をする御子柴。
「私…化物への供物に…されて…それから…」
「大丈夫ですよ。貴女はこうして生きております。ご安心下さい御子柴雅さん」
覚えていないのならそれが一番好都合だ。人神になった事も。悪神になった事も。アドラメレクの事も。
御子柴はあの御子柴では有り得なかった穏やかで無垢な少女の笑みを浮かべる。
「嗚呼…ありがとうございます。貴方のようなとても優しい方に拾って頂けて私は幸せです御殿さん…」






































同時刻、
天界――――――――

「フフフ。逃げ惑う人間達の断末魔は何てゾクゾクする心地好いものなのでしょう」
全世界の真っ赤な空を埋め尽くす程飛来する神々に襲撃される人間の断末魔を聞きながら興奮しているアドラメレクは高見の見物。空から見下ろしている。
「アドラメレク様」
「何ですの」
中級神がやって来る。
「日本に居るラナ神が御子柴様のニオイを京都で嗅ぎ付けたとの事です」
「それは本当でして!?」
バッ!と慌てた様子で振り向くアドラメレク。
「さようでございます。如何なさいますか?」
「すぐにわたくしを連れて行きなさい」
「畏まりました」


バサァ!

アドラメレクは本来のラバ×クジャクの姿に変化すると羽を羽ばたかせ、赤い空を飛んでいく。日本の京都へと。
――貴女は信じた親類や集落の人間に裏切られ生け贄にされた可哀想な子。今も何処かで独りで泣いているのでしょう。わたくしが今すぐ駆け付けますから安心なさい、御子柴…!――














1/1ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!