GOD GAME ページ:1 ヴァンヘイレン――― ヴァンヘイレン救護棟の一室。晩、窓際のベッドで上半身を起こしてボーッとしている、まだ頭に包帯を巻いたままのカナ。 カラン、 「…?」 するとカナの前髪をすり抜けて、白い花のヘアピンが手元に落ちてきた。何もしていないのに落ちてきて尚且つぱっくり真っ二つに割れてしまった白い花のヘアピン。空虚な瞳をしたカナはそれを手に取る。 『あ。このヘアピン可愛いな』 『おい。あんたこれ買う』 『えっ!?あああの!?どなたかにプレゼントするんですかそのヘアピン?』 『あんた』 『えーっ!?いいいいですよ!そういうつもりで言ったんじゃ…!』 ヘアピンを手に取れば、アンジェラの街の雑貨店で清春がこれをカナに買ってくれた時の光景が甦る。 ギュッ…! しかしカナは目を強く瞑りシーツに爪をたてると、突然真っ二つに割れたヘアピンをテーブルの上に置き、頭から毛布をかぶってベッドに横たわった。 「…きゃ…、れなきゃ…忘れなきゃ…。あの人は…お父さんとお母さんとケイタを殺した神々の仲間…。忘れなきゃ…」 ギュッ…!と再びシーツに爪をたてたカナの目はやつれていて隈が酷い上に、カナらしくない怒りに満ちて恐しくつり上がっていた。 同時刻、ヴァイテル王国ココリ村――――― ザァーッ…、 「アガレスさん…雨…降ってますよ…」 ココリ村の地面に燻っていた火を消火する程の強い雨が振り出したヴァイテル王国の深夜。ココリ村だけでなくヴァイテル王国城下町周辺は、先程のシロクロや神々と清春の襲撃により荒廃。血にまみれた人間の死体があちこちに転がっている。 闇より深い暗い夜空から降りつける雨の中。傘をさして来たキユミが立つその足元で、アガレスは力無く地面に腰を下ろしている。まるで生気の無い空虚なアガレスの青い瞳には、今さっきキユミと作った清春の墓がただただ映っている。 雫が滴る程ずぶ濡れなアガレスの髪を見て、キユミは自分の傘の中にアガレスを入れてやる。 「アガレスさん…。家の中…入りましょう…。風邪…ひいちゃいますよ…。神様でも風邪…引きますよね…?」 「いい…」 「アガレスさん…」 「こいつが外で雨に濡れているというのに俺だけ雨に濡れない家の中へは入れんだろう」 「……」 アガレスはキユミが持ってきた傘を取ると、清春の墓に立て掛けてやる。こうすれば墓は濡れないが自分は相変わらず濡れたまま。 「よしよし。これで風邪を引かないな。お前は丈夫だから風邪を引いた事は無かったがこんな雨ざらしの中じゃさすがのお前でも分からんからな」 「……。アガレスさん…中…入りましょう…」 「キユミだけ入っていろ」 「……。まだ…此処に居るつもりですか…?」 「当然だ。こいつが外に居るのに俺だけ暖かい家の中へは入れんだろう」 「……。あのですね…アガレスさん…。お墓は家の中には作れません…。だから…仕方ない事なんですよ…。清春は…もう寒いも暖かいも分からなくなっちゃったんですよ…。風邪も引けなくなっちゃったんですよ…。だから雨に濡れる事を心配してももう…」 しかしキユミは、ただただずぶ濡れになっても清春の墓前に腰を下ろしているアガレスの寂しい背中を見ていたらそれ以上何も言えなくなってしまった。 くるり。アガレスに背を向けると、家へ戻る。 「…そう…ですね。じゃあ雨が止んだら家の中へ来て下さい。私、朝食の準備しなきゃいけないので…」 ザァーッ… 雨は、降り止まない。 清春の墓に立て掛けた傘に雨が溜まれば、溜まった水を流してまた傘を立て掛けて…それを何度も何度もアガレスが土砂降りの中繰り返していたら、いつしか雨は止み、朝がやってきた。 早朝―――― カチャ…、カチャ… 食器の触れ合う音だけが聞こえるココリ村最奥の自宅。アガレスは神だと思い出したからキユミはアガレス分の朝食は用意せず。 木製の古びたテーブルで朝食をとるキユミの向かい側にはアガレスが読書中。そのアガレスの隣には誰も居ないのに、清春1人分の朝食がただ静かに置かれているだけ。それを用意したキユミは、清春分の朝食をチラッ…と見ながら笑う。 「えへへ…、間違えちゃいました…。もうこれからは食事は…私の分しか用意しなくて良い…のにっ…、」 最初はヘラヘラ笑っていたキユミも今は肩を震わせ涙をポロポロ流している。 「おかしい…ですよねっ…、清春はっ…もう寒いも暖かいも分からなくなっちゃったんですよって…アガレスさんに言ってたくせに私っ…、本当は…間違えてなんていないんです…、朝食を…、あの子の分用意したら…あの子が帰ってきてくれる気がしてっ…、」 「……」 「用意っ…しなくなると…あの子がいなくなった事をっ…認めなきゃいけなくなるから…怖くてっ…、」 ガタッ、 するとアガレスは本を置き俯いたまま席を立つからキユミはボロボロ泣きながらも顔を上げる。 「アガレスさん…?」 俯いたままキユミの隣に立つと、深々と頭を下げた。 「すまん」 「え…、」 「全部全部俺のせいだ」 「……」 「お前がヴァイテル国王に連れさらわれたと聞き、王宮へ向かう時清春を1人にしなければこんな事にはならなかった。…いや、それ以前に俺がアドラメレクに逆らわなければ…いや、それよりも前に俺がこの村でお前を魅入らなければあいつはこんな事にはならなかったんだ。…清春は俺の子供じゃなければ幸せになれたのに」 「……。アガレスさんは…私を…清春を…お父さんを…お母さんを…お兄ちゃんを…村のみんなを…悪意が無くても騙していました…。それは一生許せません…」 「その事もすまん。どう償えば良いか…、」 「でも…」 キユミはボロボロ涙を流したくしゃくしゃの顔を上げた。 「アガレスさんが居たからっ…私は清春に会えたんですよ…、アガレスさんと私と清春は家族になれたんですよ…!アガレスさん見ましたか?3人でまた一緒になれた時の清春の笑顔…。清春がアガレスさんの子供じゃなければ幸せになれたなんて言っちゃ駄目ですよ…!確かに、アガレスさんの子供だったから清春は早く天国にいっちゃいましたけど、清春はアガレスさんの事が大好きでしたから、もう、アガレスさんの子供じゃなければ幸せになれたなんて言ったら駄目ですよっ…!」 「しかし…、」 「でも、アガレスさん…私…」 「…どうした」 キユミは肩をぷるぷる震わせながら、ボロボロ泣きながらなのに笑う。 「もう…どうしたら良いか分からないんです…、清春が居ない世界でどう生きていけば良いかもう分からなくなっちゃったんです…」 アガレスはキユミを強く抱き締める。キユミの肩に埋めたアガレスの青い無表情な瞳からもボロボロ涙が溢れる。 「俺もだ…俺もだよ…。あいつが居ないのに生きてたってもう意味が無いよ…」 ボロボロ涙を流したまま抱き締め合う2人を、今日という1日が始まる朝陽が来る日も来る日も照らしたが、2人は此処から動けずにいた。 天界―――――― 「アドラメレク様!サラジェシカ国全国民に造り直しの儀を施してまいりました!」 「ご苦労。けれどあのような小国の人間など大国の村の人口程度に過ぎませんでしょう?次はもっと大きな国の人間を殺めてきなさい」 「畏まりました!」 昆虫類の姿をした中級神が去っていくと、アドラメレクは豪華なソファから降りて去ろうとする。 「おいぃー…アドラメレクー…」 「何ですのベルベットローゼ」 すると、杖をついて酷くやつれて体がボロボロなベルベットローゼがやって来た。しかしアドラメレクはいたって普通。いつもの冷たい青い瞳で彼女を見る。 「何ですの、じゃねぇぜ、ったくよー…。お前がヴァイテルの神々をヴァイテル王国内で暴れさせたせいでヴァイテル王国の神のオレの体がもうボロッボロだぜ…」 ヴァイテル王国にも神々はたくさん居るが、ヴァイテル王国を統率する神はベルベットローゼただ1人。つまりヴァイテル王国内で内乱があったり、または他国にヴァイテル王国が戦争を仕掛けられればヴァイテル王国の統率神は体が傷付くのだ。神は人間のように寿命も無ければ、余程の弱い神でない限り簡単には死なない。しかし土地神の場合、その神が祀られていたり統率している国や土地が無くなればその神はその時点で確実に死ぬ。 だから、ヴァイテル王国内で今回の襲撃を起こされたヴァイテル王国統率神ベルベットローゼの体はボロボロなのだ。国が衰退すれば比例してその国の神も衰退する。 ソファに腰掛けるその様はまるで、老いた老婆。 「あんまりお転婆はやめてくれよなー…アドラメレクー…あ痛たたた…」 「国が復興すれば貴女の体調もすぐに治りましてよ」 「そう簡単に言うけどなー…かなりキツいんだぜー…?自国内でドンパチやられると…痛ってぇ…」 ぼやくベルベットローゼを無視して、カツ!カツ!と足音をたてて去っていくアドラメレク。 「あー…。おい。そういやお前ついに殺ったんだってなぁ、清春を」 ピタッ。 アドラメレクは背を向けたまま立ち止まる。背を向けたそのまま、返答をして。 「ええ。そうでしてよ」 「ヴァイテルの中級神々から聞いたぜ。あの馬鹿、両親の所へ逃げたんだってな。ギャハハ!お前に気に入られてたんだからおとなしく気に入られていれば良いってのによ。世界一短気なお前を裏切るなんざ、殺されるに決まってるっつーの。自殺行為だってのによ」 「話はそれだけでして?」 「あん?それだけってお前、」 「わたくし用事がありますの。暇な貴女と違って」 カツ!カツ!カツ! 靴を鳴らしてアドラメレクは一切振り向かず、去っていってしまった。 「ちぇっ」 ベルベットローゼはバフッ!とソファに横たわる。つまらなそうに口を尖らせて。 「何だよあの態度。オレ、あれからもう裏切っていねぇじゃねーか」 ベルベットローゼはソファに顔を埋めながら、どこか哀しそうな目をしてポツリ…呟く。 「あいつ…ちゃんと生きてっかな…。そういや名前…まだ付けてやってなかったな…」 ドスッ!! 壁にめり込んだ拳からミシミシッと広がる亀裂。 アドラメレクは1人、清春の部屋だった鉄格子の扉と窓の無いまるで牢屋な部屋の壁を殴る。眉間に幾重もの皺を寄せて。 「何も知らないくせに分かったようにヘラヘラ話さないでくださいます…!?」 バラバラッ! アドラメレクが拳を離せば、亀裂が入ったコンクリートの壁はあっという間にバラバラッと音をたてて崩れ落ちる。そんな事を気にもせず、アドラメレクは部屋の中を歩く。 「このわたくしが人間ごときに混ざって食事を買い与えて差し上げたというのに!お子様なあの子の世話をしてあげたというのに!わたくしを裏切ったのですもの。肉片にされて当然の報いですわ!」 バフッ! アドラメレクはベッドに腰掛ける。脚と腕を組み、非常に苛立ちながら。バサッと長い白い髪を後ろへ右手でなびかせると、不敵に笑う。 「フッ…。あんな化物の妻になりたかっただなんて。わたくしも随分とあの化物に感化されていたようですわね。ヘ吐が出ますわ」 スッ、と立ち上がると、逃げ出さないように頑丈に施された鉄格子の扉のノブを引く。 『ありがと!アドラメレクの姉ちゃん!』 鮮明に甦る声に、アドラメレクはキュッ…!と唇を噛み締める。 「本当…へ吐が出ますわ」 バタァン!! 怒りを扉にぶつけて扉が壊れる程強く閉めると、またカツ!カツ!と靴を鳴らして去っていく。途中一度だけ手で目元を拭うと、毅然として歩いていった。 ヴォルテス――――― 人里離れた丘の上の小屋。 黒いタオルに包まれた、お世辞でも褒められない奇形の子供を笑顔であやしながら子守唄を歌ってあげるメア。 「♪〜♪〜」 「わあ!ダーシーお姉さんお歌お上手です!」 「えへへ〜♪でしょー!昔ね、私の聖堂に人間が聖歌を歌いに来てたの。その歌を真似したんだよ!」 「わあ!」 ベッドに寝かせてやる。山羊と大鷹とクロコダイル、コウモリが混ざった奇形の子供の鼻をツン、とつついて。 「私がついてるから大丈夫だよ。大きくなってお外に出られるようになったら一緒にたっくさん遊ぼうね!」 「ありがとうございますダーシーお姉さ…スー…スー…」 「あらら。寝ちゃった」 ふふっ、と微笑ましそうに子供の額にキスを落とす。 フッ…、 「…誰!?」 その時。窓の外でフッ…、と人影が動いたのを捉えたメア。目を鋭くキッ!とつり上げて立ち上がる。 ――この子を殺しに来たアドラメレクの手下かもしれない!それかアドラメレク!―― 武器である2本の短剣を構えて扉をバンッ!と開けた。 「誰!?…って、アガレス君!?」 其処に居たのは手下でもアドラメレクでも無く。隈が酷いやつれたアガレス。 キョトンと目を丸めるメアの脇を、無言で通り抜けるアガレス。 「ハッ!」 としたメアはすぐさまアガレスの肩を掴み、振り向かせる。 「来ないで!この子を捨てた人でなしのアガレス君なんて大嫌い!」 「人では無いから最初から人でなしだがな」 「っ…!ふざけないで!」 しかしアガレスは生気が無いままカタン…、と椅子に腰掛ける。 「……。どうしてまたヴォルテスに帰ってきたの」 「……」 「……。そうだ。これ」 「…?」 メアはアガレスに差し出す。"ハッピーバーガーペアセット"と書かれたハンバーガーのクーポン券だろうか。 「…私は今お姉ちゃんがかけた呪いでみんなに忘れられていて尚且つ私の姿がみんなにはアドラメレク神に見えるみたいだから。私はもうカナちゃんには会いに行けない。…だからこれ。アガレス君から清春君に渡しておいて。この前隣街で配ってたから貰ったの。恋人同士限定のクーポン券みたいだから。それにこのお店…カナちゃんがよく清春君と待ち合わせに使ってたって話してたお店だから。カナちゃんと行ってきてねって清春君に言って渡しておいて」 アガレスは黙ったままいつもの無表情なままクーポン券を見る。 「要らん」 「アガレス君は要らなくても清春君とカナちゃんが要るでしょ」 「違う。もう本当に要らんのだ」 「え…。……。アガレス君。何かあったの?」 メアはテーブルに両手を着いて心配そうに顔を覗き込んでくる。だからアガレスは顔を合わせないよう背きながら立ち上がると、ポケットに両手を突っ込みながら歩き出す。 「アガレス君!」 「雌ぶ…、いや、カナはまだヴァンヘイレンに在学しているのか」 「分かんないよ…。言ったでしょ私、お姉ちゃんの呪いがかかっているからカナちゃんには会えないって」 「そうだったな」 「アガレス君!この子、」 バタン、 「行っちゃった…」 去っていったアガレスに、メアは期待など初めからしていなかったが少し落ち込んで肩を落とす。スヤスヤ眠る子供の鼻を撫でながら。 「この子のお名前早く決めてあげて、って…言いたかったのにな…」 ヴァンヘイレン看護棟―― 晩。病室にはカナ1人しか居なくなった広い4人部屋で。窓際のベッドでまた上半身を起こしたまま生気の無い瞳でボーッ…としているカナ。 コンコン、 「ナタリーさん。僕です。読書サークルのロイドです」 「はい…」 「入ります」 キィッ…、 病室に訪れた見舞い客は眼鏡をしていかにも真面目そうな身長の低い少年ロイド。カナと同じ1学年で同じ読書サークルの真面目な少年。 空虚な瞳で一切こちらを見ないカナに、ロイドは悲しくなりつつも気丈に振る舞う。持参した分厚い童話を1冊見せて。 「ナタリーさん見て。これ、僕も読書サークルのみんなもおすすめの童話なんだ」 「そっか…」 「怪我が治るまでの病室に居る間退屈だと思ってさ。本を持ってきたんだ。ナタリーさんの事を話したら図書室の先生がね、本当は図書室の本の貸出は一週間以内に返却っていう決まりがあるけどナタリーさんの事情が事情だから、ナタリーさんが読み終えるまで貸出して良いよって特別に許可を貰ってきたんだ」 「ありがとう…ロイド君…」 「ナタリーさん…」 優しくてにこにこしていて…普段のカナの面影がすっかり消えてしまった今の生気の無いカナに、ロイドは悲しそうに目尻を下げる。 ――僕まで落ち込んでいたら駄目だ。ここは僕がナタリーさんを元気付けてあげなくちゃ!―― 「えっとねナタリーさん。この童話!白雪姫やアリス、シンデレラみたいに有名じゃないんだけどすごく面白い話だねって読書サークルの中で有名になってね。世に出ていたらきっと、白雪姫やアリスと同じくらい有名な童話になったのにねってくらい面白いんだよ」 ロイドは明るく振る舞いながら、童話のページを捲っていく。 「物語はね。鳥の化物が人間を殺すファンタジーな空想の世界のお話なんだ。その鳥の化物に殺されて家族を亡くした優しいお姫様が毎日寂しくて泣いているところに素敵な青年が現れてね。青年はお姫様をお城の外に連れ出して遊ぶんだ。お姫様もすっかり元気になって、やがて2人は恋仲になるんだ。お姫様もお姫様の家来も青年を婿に迎えよう!ってなってね。でも実は青年は人間に化けていた鳥の化物の手下でね。青年はお姫様を騙していたわけじゃ無くて本当にお姫様の事が好きだったんだけど、哀しくもお姫様も家来も青年が化物の手下っていうだけで許せなくてね。2人は離れ離れになっちゃうんだ。青年は結局、人間のお姫様と仲良くしていた事が鳥の化物のボスにバレちゃって殺されちゃう哀しいお話なんだけど…。結末は哀しいけど、でも青年がお姫様を元気付けていく過程がすごく暖かくて面白いんだよ!」 「ロイド君…」 「な、何?ナタリーさん!」 「せっかくだけど…その本私…遠慮しよう…かな…」 「えっ…」 カナは震える両手の爪をシーツにギュッ…!とたてている。 「な、何か気に入らなかった!?」 「うんうん…そうじゃないよ…。ただ…頭を怪我してから本を読むと…頭痛がする時があるから…」 「そ…そっか…。そんな事も知らずにごめんね」 「うんうん…。謝らなくて良いよ…。せっかく持ってきてくれたのに本当にごめんね…」 「うんうん!ナタリーさんこそ謝る事無いよ!あ。じゃあ怪我が治ったら是非読んでね!この童話、みんなのオススメだから!」 「っ…、私っ…私一生読めないよその本…」 「え!?ど、どうして?!」 「だってこのお話…、」 ロイドは知らない。カナは先日のアンジェラ街襲撃にたまたま巻き込まれただけとしか知らない。カナがこんなにも別人のように暗くなった理由をロイドは知らない。カナを襲撃した神々の中に清春が居た事を知っているのはヴァンヘイレンで、カナとミカエルだけ。 カナの震えが止まらない。ロイドが勧める童話の内容が重なってしまうから。自分と清春に。 「ナタリーさん?どうかしたの?顔、青いよ?大丈夫?先生呼んでこようか?」 「っ…、」 「ナタリーさん!?」 「私っ…、」 ガラッ、 その時。病室の扉が開き、カナとロイドは一斉に扉に目を向ける。 「雌ぶ…、カナ」 「ア…、アガレス君!?」 第二の見舞い客はアガレス。 勝手に来なくなったので退学にした…、とミカエルから聞かされていたカナとロイドはアガレスの登場に驚き目を丸めている。そんな2人の気持ちを知らずにお構いなしに病室へ入ってくるアガレス。 「君は確か、1Eの…?」 「ア、アガレス君どうしたの…?ヴァンヘイレンに戻ってきたの?」 カナが座るベッドの脇に立つと、いつもの無表情で口を開く。 「清春が死んだ」 ドクン…!! 全く予想もしていなかったアガレスの一言に、カナの心臓が大きく鳴る。 「清春…?清春って…ナタリーさん!ナタリーさんの恋人じゃないの?」 ガタガタ震え、俯くカナ。ガタガタ震えるカナの両手が毛布に爪を立てている。 「ど…、どうして…アガレス君が…あの人の事を知っているの…」 「……。あいつが。清春が悔いていた。お前に怪我をさせてしまった事」 「…!」 「怪我…?ナタリーさん…!何があったのナタリーさん!?」 ガタガタ。カナは震えるだけ。逆に、興奮し出してきているロイドはカナに詰め寄る。 「ほら!僕が忠告した通りだったんでしょ!ナタリーさんの恋人から人ならざる者のニオイがするって!神のニオイがするって!」 「カナ。あいつがすまなかった。だがこれだけは信じてやってくれ。あいつはアドラメレクに逆らえず、街の襲撃に参加せざるを得なかった。神々が居る前でお前を庇えばお前もろとも神々に殺される。だからお前に殺さない程度の攻撃をして、他の神々の目を眩ませるしかなかったんだ。本当はお前を騙してなんていない。いや…騙していた事にはなるのだろうが、お前を騙したくて騙していたのではない。お前に嫌われるのが怖くて隠していたんだ自分の素性を。それだけは信じてやってくれ」 『そっ!アンジェラの隣街の会館でやる演劇のチケット貰ったからさ!カナ行って来いって!』 『うーん。でも一枚って事は私1人?1人だと…』 『いーじゃんいーじゃん!1人でゆっくり集中して見れるじゃん!演劇の内容はロミオとジュリエット!因みに夜の公演な!見て来いって!それにたまには違う街を散策すんのも気分転換にイーじゃん!』 『でもその日学校が…』 『学校サボってでも行け!!』 『えぇ!?』 『明日の演劇行かなかったら別れる!』 『そ、そんなぁ!!』 『じゃあ行けよ!ぜってーだかんな!!』 「っ…、」 清春が何故あの日、再三カナを2月13日にアンジェラの街から離れさせようとしていたのか。やっと意味を理解したカナは更に毛布に爪を立てる。 「分かった!ナタリーさんその怪我、恋人に攻撃された怪我なんだね!?だからナタリーさんはアンジェラ襲撃後から人が変わったように暗くなってずっと心此処に在らずだったんだ!」 「何だ貴様は」 興奮し出しているロイドをジロッ…と横目で見るアガレス。ロイドは自分の胸に左手をあてて、右手で眼鏡をくいくい持ち上げながら興奮して声を上げて話す。 「アガレス君!君はナタリーさんの恋人清春を庇っているようだけれど、君確か転入当初から堕天神アガレスなんじゃないか!?って噂されていたよね!?」 「それがどうした」 「やっぱり君も噂通り神なんだ!そうでしょう!?だから清春を庇うんだね!?あは…、ははは!僕はすごい!僕は清春が神だって察する事が出来たんだ!ヴァンヘイレンのエース椎名が行方不明の今!僕がヴァンヘイレンのエースになれるかもしれない!」 「煩わしい木偶の坊だな」 [次へ#] [戻る] |