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GOD GAME
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ヴァイテル王国――――

「ほう。それは真か?」
ヴァイテル王国王宮。
夜分の暗い室内で豪勢な椅子に腰掛ける国王の前に、月明かりを背にして顔は陰っている1人の細身の鎧姿の兵士。
「左様でございますわ国王陛下。今ココリ村には254年前ココリ村を壊滅させた要因の堕天神とその妻子が帰ってきております。わたくしのように霊感のある人間には分かるのです。どんなに人間の姿に化けていようとも神を見抜く事ができるのですわ」
甲高い兵士の声。国王は長い顎髭を触りながら「うぅむ…」と唸る。
「だが貧乏人達の暮らすココリ村などヴァイテル王国であって無いようなものだしなぁ…」
「甘いですわ国王陛下。堕天神は堕天され、悪魔堕ちしたのです。悪魔の力でヴァイテル王国などひとたまりもありませんのよ」
「何ッ…!?悪魔堕ちしたその堕天神とやらはまさか…我がヴァイテル王国を滅ぼす為に再びこの地へ帰ってきたのか!?」
「ええ。そうですわ」
「ぐぬぬ…!人外の分際で人間様に逆らうとは何と無礼な奴!では直ちに兵を集めココリ村を襲撃しようぞ!」
「お待ち下さいな国王陛下」
怒りで顔を真っ赤にして立ち上がった国王を両手を前に出して制止させる兵士。
「何だ!」
「安直にココリ村を襲撃するだけでは堕天神に気付かれて返り討ちにされてしまいますわ」
「むっ…そ、そうなのか。堕天神はそれ程までに強力な奴なのか」
兵士は鎧冑をかぶったその上から口許に人差し指を添えてシーッ…を表す。
「わたくしに良い提案が」




















カツン、コツン…

月明かりしか射し込まない青白い夜の王宮廊下を1人で歩く先程の細身の兵士。鎧冑の上から口を押さえ、肩をピクピク震わせ前屈みになりながらクスクス笑っている。
「ふふふ…アハハハハ!」
天井を向いて高笑いを上げる兵士。すると…
「随分とご機嫌だね」
「でもその笑い方魔女みたいでちょっと怖い…かも」


スウッ…

と兵士の前方空中に浮いて現れたのは、白と黒のカソック姿の2人。一見女性に見える。だが、別の見方をすれば中性的な男性にも見える性別不詳の2人。黒いカソック姿の方は弱気な顔付きで、白いカソック姿の方は強気な顔付き。
「あら。ご機嫌よう。貴方達が下界に姿を現すなんて3000年振りではありませんこと?シロとクロ」
シロとクロそう呼ばれるカソック姿の2人は顔を見合わせてから、兵士の方に向き直る。
「母国に不吉な予感がしたから来ただけ」
「真っ黒い空と真っ赤な海が広がる夢を見た…かも」
「へぇ。それは興味深いですこと」
「どうして貴女がこの国にわざわざ人間の振りをしてそれも国王の兵士の振りをして現れたの」
「ベルベットローゼじゃ解決できない事でもあるのかなぁ。気になる…かも」
「さあ?どうしてでしょう」


カツン、コツン…

ブーツのヒールを鳴らして去っていく兵士を、カソック姿の2人シロとクロは宙にふわふわ浮きながらその背を見送っている。
「あ」
兵士は足を止め、2人に背を向けたまま口を開く。
「そういえば貴方達にも手伝って頂きたい事がありますのシロとクロ」
「えぇ〜。そんなのベルベットローゼに頼めば良いのに」
「クロもそう思う…かも」
「貴方達にしかできない事でしてよ。わたくし直々に任命された事光栄に思いなさいな」
「分かったよ」
「分かった…かも」
「アドラメレクお嬢様」
シロとクロ2人が声を揃えてその名を呼べば。月明かりに照らされた鎧冑の隙間から覗くアドラメレクの表情が不敵に微笑んでいた。

































翌日、ココリ村――――

「教科書持った?筆記用具持った?ノート持った?制服、」
「あーもう!全部持ったし!!」
黒地に白のラインが入ったブレザー制服姿の清春に、玄関で持ち物確認をかれこれ3回はしているキユミ。いい加減鬱陶しくなった清春は髪をぐしゃぐしゃに掻いてイライラ。
あれからヴァイテル王国ココリ村に戻ってきたアガレス、キユミ、清春の3人。254年前の事と昨年アガレス1人で訪れた時の事ですっかり廃村のように朽ち、人口も半分以下になってしまったココリ村。
以前暮らしていた3階立てのコンクリート造りのまるで灯台のような家に再び暮らしている3人。254年前アドラメレク達の襲撃を受けた時に1階は燃やされて今も使えない状態だが、2階と3階は使える為また此処に戻ってきたのだ。
そして今日。2月からという季節外れではあるが今日から村を出た街にある中学校へ入学する事になった清春を見送る為、朝から玄関先で3人が話していたのだ。
清春を人間達が通う学校へ入学させた事は、ヴァンヘイレンとも神々とも関わりを絶ち、故郷で人間として人間の家族として一生を遂げると決めたアガレスの意思の表れなのかもしれない。
――端からそうだったんだ。ヴァンヘイレンへ入ったのも、アドラメレク殿達神々が行う儀式への反発の為では無い。キユミがヴァンヘイレンに居ると知ったからキユミを傍で見守る為に入ったのだ。キユミも清春も戻ってきた今、ヴァンヘイレンなど俺に関係無い。どこかの誰かのように人間をアドラメレク殿達神々から救いたいなどという考えは端から俺には無かったのだから――
「お弁当は開けてからのお楽しみだよ」
「はーい」
「たくさんお勉強を学んでたくさんお友達を作ってきてね」
「分かってるし!」
鞄を担いでヒラヒラ右手を振り、歩いていく清春。
「街は人が多いから気を付けてねー!」
「分かってるっつーの!」


ドテッ!

と言っている内からまだ村の中なのに早速躓いて盛大に転けた清春に、キユミは顔が真っ青。
「清春大丈夫!?」
ヒラヒラ。清春は右手だけを振り立ち上がると村を出ていった。
















「大丈夫でしょうか清春。街の人達はココリ村の人達と違って怖い人ばかりですし、清春がココリ村の子供と知ったら意地悪をするかもしれませんし、清春朝から転んじゃっていましたし」
「心配し過ぎだ」
度の過ぎた心配性なキユミに呆れつつキユミの右肩にポン、と左手を置くアガレス。家の隣の小さな小さな猫の額程の畑を耕すアガレスの傍で、まだキユミは両手を胸元で組んでハラハラしながら街の方角を見ている。
「だから心配し過ぎだと言っただろう」
「そうですけど〜!」
「…はぁ」
何を言っても聞かなそうなのでアガレスはキユミを無視して、畑を耕し出した。254年前の事を思い出しながら。


ザクッ!ザクッ!

「そういえばアガレスさん」
「何だ」
畑をザクッ!ザクッ!と耕すアガレスの傍らで、これからこの畑に植える野菜の苗を洗っているキユミ。
「私達どうしてこの村を…ヴァイテル王国を離れたのでしたっけ?」
「……」
「それと…私の両親は寿命で亡くなったのでしたか?」
「……」
「あと…アガレスさんも私も…。清春くらいの子供が居るのに、清春と同い年くらいの外見ですよね?不思議だなぁって…。私ずっと記憶喪失だったので全然覚えていなくて」
「……」
「アガレスさん?」


ザクッ!ザクッ!

アガレスが畑を耕す音しか聞こえてこない。キユミはキョトンとして首を傾げる。
「あの、アガレスさん?おーい。アガレスさ、」
「別に細かい事はどうだって良いだろう。また3人が戻れたのだからそれでもう良いだろう」
「でも…」
「……。お前の両親は天寿を全うした。ココリ村をヴァイテルを出たのは内戦が起きたから国外に逃げただけだ」
「そうだったんですね!じゃあ…アガレスさんと私の外見の事と、清春が今まで何処に行っていたのかは…」
「……」


ザクッ!ザクッ!

「アガレスさん?あのー…」
「耕し終わったぞ。さっさと植えろ」
「えっ。あ!はい!今やります!」
慌てて屈みながら苗を植え出すキユミを、鍬を持ったままのアガレスは無表情で見下ろしている。


ポトッ、

「あれ?わあ!可愛いくまさんですね。これアガレスさんのですよね?」
苗を植えているキユミの前に、ポケットの奥に入っていたはずのヴァンヘイレン生徒手帳についていたくまのキーホルダーが落ちた。それを「可愛い可愛い」と言いながら笑顔で眺める何も知らないキユミ。

『アガレス君とお揃いにしたいなぁって思って…』

アガレスの脳裏では、壊滅前のアンジェラの街でお揃いで買ったくまのキーホルダーを選ぶメアの照れ臭そうな姿が過る。

『最っ低』

直後、先日丘上の小屋で平手打ちしたメアの初めて見る冷たい青い瞳も脳裏を過った。














「アガレスさん?苗植え終わりましたよ?アガレスさーん?」
「……」
「アガレスさーん?」
「…ハッ!何だ」
「アガレスさん、呼んでも返事が無くてボーッとしていたから…」
「ああ…すまない」
「ふふ。何か考え事ですか?」
「いや…」
キュッ!とキユミは楽しそうにアガレスの両手を握って家の方へ方へと引っ張る。
「お疲れなんですよきっと。一仕事終えましたし休憩にしましょう!紅茶淹れますね」
「いや…要らん」
「え…でも…。……。そうですか。じゃあ!」
パン!と両手を叩き、何か閃いた様子のキユミ。
「午後の畑仕事まで一緒にお外で御本を読みましょう!2月なのにこんなに暖かくて良いお天気ですから。ね?」
「ああ。そうだな」
楽しそうにアガレスの手を引っ張るキユミに、アガレスもついていくのだった。























街中の中学校
ヴァイテル学園中等部――

「今日の数学結構簡単だったね」
「楽勝楽勝ー!」
昼休み。仲の良い友達同士が集まり、机を合わせて持参の弁当を食べながら談笑する一時。
――勉強何も分かんなかったし…!!――
廊下側最前列の席で清春は1人顔を真っ青にして頭を抱え、冷や汗をダラダラ流していた。
途中入学して初日。今まで小学校すら行った事の無かった清春に突然中学校の授業はまるで、外国語講座を受けているかのような難解極まりない時間の連続だった。ましてや、カナに教えてもらいつい数ヵ月前に字が書けるようになった清春。それでも必死に黒板の内容を書き写したノートにはまるで新発見された文字のようなモノが書き記されているだけ。
「はぁ…」
キユミお手製の弁当を開ける。
「体育館先行ってるぜ!」
「待ってよー!」
「飯食ったら何する?」
「サッカーしよう!」
もぐもぐ…食べながらも清春の視線の先は友人達と楽しそうに昼休みの遊びの予定をたてるクラスメイト達の姿。
――人間って…学校って…普通の15歳って毎日こういう事してたんだ…――
ようやく手に入れた平穏な刻。しかしまだ自分は普通の人間ではない事が引っ掛かっている上、元から人見知りな清春は、クラスメイトの輪に入りたいのに入れず。
――…ま。仕方ねーし。俺普通の人間じゃないしな――
半ばそう諦めて、弁当を食べるのだった。
――母さんの料理やっぱチョー美味ッ!アドラメレクのゲロマズ料理と全然違うし!――

















放課後。
「え…?」
「だから。お前も放課後俺らと遊ばない?って言ってるの!」
帰り支度をしていた清春に、クラスメイトの4人の男子が声を掛けてきた。まさか声を掛けてもらえると思っていなかった清春はキョトン…としている。
「じゃ。1階の理科室に集合な!」
ポン!と清春の肩を叩くと4人は先に教室を後にした。状況がようやく理解できた清春は目を見開き、バッ!と口を右手で覆う。嬉しくて堪えられない笑みを隠す為。
――やべー!やべー!初日から遊びに誘われたし!これってもうあいつらと友達ってコト?!――
まさかできると思っていなかった人間の友達。念願の放課後遊びが叶う事に清春は心を踊らせ、教室をスキップで出ていくのだった。






















理科室――――――


ガラッ、

「来たんだけどー…?」
クラスメイト4人に言われた集合場所にやって来た清春。しかしそこにはオレンジ色の寂しい夕陽に照らされたビーカーや試験管、机に椅子がしん…と並んでいるだけだった。
ピシャッ…、と後ろ手で扉を閉めると清春はキョロキョロしながら理科室の中へ入っていく。
「おーいまだ来てねーの?おーい、」


ドガッ!

「ッ!?」
突然背後から背中を蹴られ、危うく机に顔を打ち付けるところだった清春。体勢を崩しながらも後ろを振り向けば…


ドガッ!!

「う"あ"!!」
振り向いた瞬間野球のバットで頭を叩かれた清春はガシャーン!と理科室の机や椅子の中に吹き飛ぶ。
「あはははっ!いいザマだなココリ村のビンボー人!」
理科室の中に隠れていた先程のクラスメイト4人が姿を現す。先程清春を遊びに誘った時とは正反対の邪気に満ちた顔をして。
「っ…、ふざけんなよ!何すん、」


ゴッ!

「ぐあ"!!」
頬を殴られ、床の上に顔から倒れこむ清春を笑う4人分の笑い声に、清春はキッ!と睨み付ける。
「アハハハッ!ふざけんなは俺らの台詞だよな!」
「ビンボー人が集まるココリ村の人間が図々しく街のヴァイテル学園に通うなよ!」
「ビンボーが移るだろ?近寄んな!ギャハハ!」


ブチッ、

堪忍袋の緒が切れた清春。
「ンだと…、てめぇらマジふざけんじゃ…!」
槍を繰り出そうとした。こいつらを粉々の肉片にしてやろうとした。しかし自分が今彼らをそうしてしまったら?自分が人間では無い事がバレ、自分の家族も国を追われ、はたまた此処に居る事がアドラメレク達に知られたら…?


ゾクッ…!

254年前の悪夢が甦った清春はやり返したい気持ちをぐっ…、と堪えて両手拳を強く握り締める。
「何だよ?やり返さねぇの?…あ。分かったー。できないのかぁ!ビンボー人は俺ら富裕層が怖くて!」
「アハハハハ!死ねよビンボー人!空気が汚れるだろ!?」
「それに変な髪の色と変な目してるし気持ち悪い奴!人間じゃないんじゃねーの!?」


ドガッ!ドスッ!

袋叩きにされても血が出てこないし、今まで天界で神々からやられていたのと比べればまだマシ。それにここで抵抗したら、せっかくせっかく取り戻した平穏な家族との刻が無くなってしまう。だから、やり返したい気持ちをぐっと堪える清春だった。






























「あーあ…。あいつらの顔ぜってぇそうだ…。254年前俺の機関車の玩具を馬鹿にしてきた奴らの子孫だ。ぜってぇそうだ…」
ヨロヨロよろめきながら村への帰路を夕陽を背に1人歩く清春。顔は痣だらけ。右目は青くなり腫れていて制服の下の腕や背中もジンジン痛む。


ピタッ…

村の入口で立ち止まるのは、登校する今朝「たくさんお友達を作ってきてね」と笑顔で言ってくれたキユミの顔が浮かんだから。
「っ…!」
街灯も無い暗い村の入口の木製の柵に背を預けて地面に膝を抱えて座り込めば、膝に顔を埋める清春。
「っ…くそっ…、何で俺ばっかりどいつもこいつも…ちくしょうっ…ちくしょう!!」


ガンッ!

清春が蹴った石がコロッ、コロ…と夕暮れの道端に転がる。
「おやお…や…怪我…て…大丈…かい"?」
「あ…?」
すると石を蹴飛ばした方から1人の右腕が無く目が白く濁った貧しい服装の男性老人が現れた。清春はぐすっ、と鼻を鳴らしながら赤く腫れた目で睨み付ける。
「何だよあんた…ぐすっ、」
老人は清春の隣に腰を掛けるとどこから出したのか傷テープを清春の頬に貼る。
「!?ちょ…、勝手に触んなジジィ!死ね!」
「清春ちゃ…ん"…、痛か…っだ…ろう"…」
「…!?あんた…何で俺の名前知って…」
すると老人はにっこり笑みながら片腕の左手で清春の頭を撫でる。そうしたら、どうしてか無性に懐かしい気持ちと沸き上がる哀愁に清春の青い目からはぶわっと涙がポロポロ溢れ落ちた。
「っ…、ぅぐっ…、うぅっ…!」
顔を膝に埋めて清春は肩を大きく揺らし、声を押し殺して泣く。清春が泣き止むまで老人は隣で笑顔を浮かべて、清春の頭をずっとずっと撫でていた。

























「ただいま…」
「清春おかえ…、どうしたのその怪我!?」
帰宅後。やはり一番言われたくない事をキユミに言われてしまい、清春は俯いたお通夜状態のまま家の中へ入る。鍋を置いて一目散に清春に駆け寄るキユミの向こう。テーブルに着いて帰りを待っていたアガレスも目を見開くが、大体想像がついてしまった為申し訳なさそうな罪悪感を感じている表情を浮かべる。
「清春どうしたの?制服も汚れて…」
「…喧嘩した」
「え?」
「あ"ーもう!うぜぇな!ムカつく奴らばっかだから喧嘩してきた!ただそれだけだし!」
バンッ!と鞄を椅子の上に投げると清春はドンッ!と椅子に腰掛けるからキユミはオロオロ。
「喧嘩したって…。駄目でしょお友達とは仲良くしなきゃ…」
「仲良く!?できるわけねーじゃん!村の事馬鹿にしてきた奴らとなんて!」
「村の事…?村の事馬鹿にしてきたの?」
ぶすっ…と不機嫌な顔をしてテーブルに頬杖を着き、返事もしない清春。キユミがアガレスの方をチラッと見ればアガレスはやはり申し訳なさそうな表情をする。
「あ…。き、清春。この傷テープはどうしたの?」
「…さっき村の入口で知らねージジィから貰った」
「そ、そっか。村の何処の人かな?お礼を言わなきゃ」
「分かんね。右手が無くてなんか目が白く濁ってて、うまく喋れない感じだったし」
「それって…お父さんかも…」
「は?」
呆然としてそう言うキユミに、やはり清春は眉間に皺を寄せて不機嫌そうにキユミを見る。















「私のお父さん。清春のお祖父ちゃんだよ。村で右手が無くて目が白く濁っていてうまく喋れない障害を持っているのは私のお父さんだけだったから…」
「…でも死んでるじゃんとっくの昔に」
「でもお父さんしかいないの」
「…意味分かんね」
キユミは清春の隣の椅子に腰掛けると、清春の頭を撫でる。
「清春が意地悪されて悲しんでいたから…お父さん天国から心配して降りて来てくれたのかもね」
「はぁ?じゃあさっきのジジィは幽霊って言いたいワケ?ありえねー…」
「私が霊感あるから清春も霊感あるんだよきっと。清春ちゃんって呼んでなかった?」
「……」
だから何故かあの老人に対して無性に懐かしく感じたのか…と納得した清春だったが、キユミには言わない。
「お父さんに心配かけないようにしなくちゃね」
キユミは立ち上がると、料理を運び出す。やはり254年前と変わらず、パンとスープだけの質素な夕食。
頬杖を着いて下を向きつつもぐすっ…、と鼻を鳴らして肩をひくつかせている清春の事を、向かい側の椅子に腰掛けているアガレスはただただやはり申し訳なさそうな表情をして見ていた。




















その頃――――

ココリ村の入口。真っ暗な夜の村に白いボウッ…とした光に包まれているあの老人が優しい笑みを浮かべてアガレス達3人が居る家を遠くから眺めていた。


ズパッ!!

すると老人の体が真っ二つに斬られ、白いふわふわ浮く魂が天へ逃げるが…


グシャッ!!

「あーあ残念。逃げ遅れたね」
魂をいとも簡単に握り潰したのは、白いカソック姿のシロ。その隣には黒いカソック姿のクロが。グチャッ!グチャッ!と魂を足で踏み潰すシロ。
「アドラメレクお嬢様に殺されてもまだ下界に降りて来るなんて図々しい人間だね」


グチャッ!グチャッ!

「清春のせいでアドラメレクお嬢様に殺される事になったのに心配して魂だけ降りて来るなんて馬鹿…かも」


グチャッ!

欠片も残さず踏み潰すとシロはすっきりした笑顔を浮かべる。2人は、ぼやけた明かりの付いた灯台のような3階建ての古びた家を遠くから眺める。
「やっぱり居るね」
「居る…かも」
「明日だね作戦決行。クロはドンクサイんだからちゃんとしなよ」
「ドンクサく無い…かも」


スウッ…

2人は暗闇に溶け込むように姿を消した。






























「清春」
ギィッ…、まるで幽霊屋敷のように軋む木製の扉を開けて部屋へ入って来たアガレス。3階の寝室で清春はベッドに大の字でうつ伏せになり無視。
ホーホー…と梟の鳴き声しか聞こえてこない静かなココリ村の夜。人口が昔の半分以下な事も理由の1つだろう。清春がうつ伏せになっているベッドの脇に立つ。
「村の事以外。街の奴らに何か言われたか」
「……」
「ヴァンヘイレンではないからそこまでではないと思うが、街の人間の中にも感じ取る奴は居るだろう。お前に半分神の血が流れている事を」
「……」
「清春」
「…髪の色と目…変って言われただけだし…」
「…そうか」
「…人間じゃないんじゃねーのって言われたけど…マジで疑ってる系じゃなくて面白半分で言った感じだったし…。だから勘づいて無いっぽかった」
「…そうか。すまないな。辛い思いばかりさせて」
「……」
清春は相変わらず大の字でうつ伏せのまま。
「清春」
「……」
「学校は辞めよう」
「…?」
ゆっくり顔を上げた清春の青紫に腫れた目や顔の傷が痛々しい。
「…は?」
「お前が辛い思いをして行く必要は無い。ましてやお前は普通とは違うのだからいつか半神だと気付かれてしまう前に辞めた方が無難だろう」
「……」
「今日は大丈夫だったが日が経つ内にお前の素性を勘づく人間が現れるかもしれん。そしてお前の事をヴァンヘイレンが捕らえに来たらと考えると、誰もお前の素性に気付いていない今の内に辞めた方が怪しまれんだろう」
「……」
「キユミには、清春が村の事でいじめられるくらいなら字や少しの勉強なら俺が教えるから学校は辞めさせよう、と言ってある。キユミも納得している。だから、」
「やだ」
「清春」
ぷいっ、と顔を反対方向に向けてしまう清春に、いつもの無表情ながらもアガレスは困った風に目尻を下げる。















「清春」
「……」
「おい。聞いているのか清春」
「チョー勉強しまくってチョー頭良くなっていっちゃんすげー会社入ってさ。こんなボロい家じゃなくてでっかーい家を父さんと母さんに建ててやりたいんだし」
「清春…」
「どーせイビられんのなんて天界のマルコのジジィとかで慣れてるから、人間共のなんてヨユーだし」
「だがお前の素性を勘づかれる可能性が…」
「そん時はそん時。大丈夫かもしんねーじゃん」
「……」
「うぜーからそろそろ出てってくんね?」
「…ああ」


パタン…、

トン、トン、トン…とアガレスが階段を降りていく足音が聞こえる。聞こえなくなると清春はむくっ、と起き上がり窓からココリ村の真っ暗な夜景を眺める。
「死んだジジィにまで心配かけさせるような奴じゃ全然ダメだし。カナに会うまでに強くなんなきゃだし」




























翌朝―――――

2階で朝食をとるキユミ。アガレスはとっている振りをしている。
「清春まだ起きてきませんね」
「起きないなら起きないまま学校へ行かせない方が安心だ」
「そうですね」


ダダダダダ!!


バァン!!

階段を駆け降りてくる音の直後扉が外れてしまいそうな勢いで開けば、寝癖が酷い清春が制服姿で現れた。
「あ!清春おはよう。制服…学校行くの?無理しなくて良いんだからね。お父さんも行かなくて良いって言って…」
「俺!弟とか妹いらねーし!!」
「えっ?」
はぁはぁ息を切らして朝一番にそう叫べばドン!とキユミの隣の椅子に腰掛ける清春。意味が分からなくて首を傾げるキユミが、清春の前に朝食のパンを置く。アガレスは意味が分かっているようで、本で顔を隠しているが。
「どうしたの清春?朝から怒って」
「いただきますっ」
ぶすっと不機嫌でガツガツ朝食を食べる清春に更に首を傾げるキユミと、更に本で顔を隠すアガレス。
「そーいう事すんなら聞こえねーようにしろよ!あんたらのせいで寝れなかったんだよ馬鹿夫婦!!」
「??」
「……」
「ふふっ。おかしな清春ですね」
全く勘づかないキユミにイライラする清春と、やはり気まずそうに本で顔を隠すアガレスだった。









「また意地悪されたらすぐ言ってね。清春」
「うぜー!死ね!!」
イライラ続行中の清春はダン!ダン!ダン!とわざと足音をたてて家を出ていく。頭から湯気を噴き出して。そんな清春に首を傾げて玄関から見送るキユミ。
「?清春、朝からずっと怒っていますけどどうしたんでしょうね?」
「……」
「…??アガレスさん?」
「…今度から清春が居ない時にしよう」
「えっ?…あ!!」
やっと気付いたキユミは途端に顔を真っ赤にし耳や全身まで真っ赤にして、恥ずかしさでアガレスの背中に顔を埋める。
「清春が怒っている理由が分かっていたのならアガレスさん早く言って下さいっ!!」
「お前が鈍過ぎるだけだ…」
「だってあの子まだ子供だと思っていましたからっ!!」
「……」
キユミに背を向けて、さっさと鍬を持ち畑を耕すアガレス。
「ア、アガレスさんっ!」
「何だ」
「〜〜!!」
「だから何だ」
「清春はああ言ってましたけどっ!」
「?」
「わ、私!女の子も欲しいですっ!あっ痛いっ!」
ピン!とデコピンされたキユミ。
「痛いですアガレスさん!」
「さっさと仕事を始めろ」
「〜〜!アガレスさんっ!」
ぐいぐいアガレスの右腕を両手で掴むキユミ。
「だから何だ。さっきからお前は」
「い、今なら清春居ないですよっ!」


バチン!

「痛いっ!またデコピンしました!?」
「頭を冷やしてこい」
「ふぇ〜〜っ!」































夕暮れ――――――

「…ったく、声筒抜けなオンボロ家でヤりまくってんじゃねーよクソ親父と母さん!」
ぶつぶつ文句を言いながらまだ不機嫌な清春はポケットに両手を突っ込みながら寂しい夕暮れを背に、1人で下校中。顔にまた殴られた痣を増やして。
「俺が産まれたせいでアドラメレク達に襲撃されたって事全ッッ然懲りてねぇじゃんあのクソ親父…あ"ぁ"ーーッもう!思い出しただけでムカついてきたーー!!」


ガンッ!

また怒りに任せて石を蹴飛ばす清春。
「痛っつ…、」
「あ?」
飛んできたその石に運悪く命中した者の声が聞こえて、清春が横を向く。
「おかえり清春。…痛っつ…」
「……。ただいま」
荷車に売れ残った野菜や牛乳を引いて今まさにココリ村へ戻ってきたアガレスと鉢合わせる。清春が蹴飛ばした石が不運にも命中してしまったのもアガレスだ。
無愛想に返事をする清春はツンツンしてさっさと歩いていく。その後ろからガラガラと荷車を引いてついて来るアガレス。
「顔の痣。また増えているじゃないか」
「うぜー」
「また何か言われたのか」
「そーいうあんたは。野菜も牛乳もなーんも売れてねぇみたいじゃん」
「ああ…。村の人間達の野菜や牛乳を売りに行ったのだが。ココリ村の作物というだけでやはり1つも売れんな」
「俺が産まれる前。あんたが此処来たばっかの時は爆売れだったらしーじゃん」
「ああ。あの時は神の力を使ったから売れた。しかし堕天され神の力を失った今ではそうもいかなくなってしまったがな。やはりまやかしの力無しではココリ村の作物は売れんらしいな」
「そこを粘れよ」


ガラガラ…

寂しい夕暮れのココリ村にアガレスが引く荷車の音と清春が歩く音だけがする。















「…あんたさ。この村の農耕神なんだろ」
「ああ」
「ダッサ。何でもっとこうチョーかっけぇ神じゃねぇの?一国の土地神とかさ!?こーんな廃村同然ビンボー村のしかも農耕神とかマジダサだわ」
「…すまん」
「でも、まー。あんたがビンボー村のマジダサ農耕神だったお陰で母さんと会えたんだしな」
「清春…」
くるっ。と振り向く清春の顔にできた痣が痛々しいが、白い歯を覗かせて笑う。
「明日学校休みだって。だから3人で街遊びに行こ。俺ヴァイテル出身なのにヴァイテルの街行った事ねーし」
「ああ…。そうだな」
ふっ…、と優しく笑むアガレス。しかし清春はビシッと指差す。
「けど!!俺弟も妹もいらねーから!!」
「ふっ…、分かっている」
「あんたアドラメレクにあんだけ殺され欠けといて、まだ懲りてねーのなエロ親父」
「……」
「おい!無視すんなよ!」
「随分口が達者になったな。性悪なアドラメレク殿に育てられたせいか」
「知らねーし」


タタタタ!

すると、前方から片目の無い農夫がこちらへ駆けてくる。何やら顔を真っ青にして。
「はぁ、はぁ!」
「…何だ?」
「はぁ、はぁ!おーい!この前越してきたばかりのアガレスさんと清春さんかい?!」
農夫は息を切らして2人の前までやって来る。
「どうした」
「はぁ、大変だ!はぁ、はぁ!さ、さっき…!はぁ、国王がこの村を視察に来た時…はぁ、はぁ!アガレスさんの奥さんを見初めて連れて行ってしまったんだ!」
「何!?」
「はぁ!?母さんを!?」
アガレスは目を見開き、清春も同様に。















ガシャン!!と荷車を放り投げるとアガレスはすぐさま、王宮がある街の方へと駆け出すから清春もついて行く。
「清春お前は家で待っていろ」
「ざけんな!俺も行くに決まってんだろ!」
しかしアガレスはタン!タンッ!と屋根から屋根を伝い跳んで先に行ってしまう。清春はカチンときて自分も屋根から屋根を伝って跳ぶ。
「あんのクソ親父!自分が先に行きやがって!!」


タン!タンッ!

清春も追い掛ける。しかし…
「…!?あれ…あれ!?何だよ!?こんなにここら辺霧が濃かった!?」
いつも見慣れた道。だが辺りは霧に覆われており、行けども行けども真っ暗な霧の中をさ迷うばかりで、一向に街が見えてこないしアガレスとは完璧はぐれてしまったようだ。辺りを見回す清春。走り回る。しかし…
「待てよ…何だよこれ…。さっきから霧の中ぐるぐる回ってるだけで進んでねぇじゃん!!」
まるで狐に包まれたような状態。
「蜃気楼成功だね」
「成功…かも」
「は!?誰だよ!おい!!」



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あきゅろす。
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