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GOD GAME
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ヴァンヘイレン
図書室――――――

静かな昼下がり。図書室には司書の中年女性教師と、読書をする生徒が疎らしか居ない。
ペラッ…
本を捲る紙の擦れ合う音しか聞こえてこない、静かで心休まる空間。
テーブルではなく本棚にもたれかかりながら古書を読んでいるアガレス。電話帳並に厚い古書の表紙には
『神の一覧』
読んでいるページには…
『ダーシー・ルーダ神…イングランドマリアージュ大聖堂に祀られている女神。慈愛・愛欲の神。異性間の恋愛成就や主に女性が多産祈願に訪れる』
その説明の横には、普段のメア(ダーシー)からは想像もつかない奇妙な生き物の絵が描かれている。長い髪に無数の腕が生えた生き物。
本来、神は今アガレスとメアがしているヒトガタではない。この古書に描かれているメア(ダーシー)の姿こそが本来のメアの姿。人間の前ではヒトガタに化けているだけなのだ。また、そのヒトガタの姿でも普通なら人間には神の姿は見えない。
だが、アガレスとメアのように天界を追放され神の力を失った神は人間にも見えるようになる。神が人間に見えるようになる事即ちそれは"低俗"になったと言える。
ヒトガタに化ける理由は、人間の中でも稀に神の姿が見える人間がいるので、その時用の姿だ。(幽霊が見える人間がいるのと同じ事)
先日ヴァンヘイレンを襲撃したトラロック神達が何故人間に見えたかというと、神自ら人間に姿が見えるように姿を現す場合もある。(意図的に姿を見せられるのは上級神々だけ)














「愛欲神ダーシー。なるほど通りで人間のように浮かれた性分なわけだ」
「ア、アガ、アガ、アガレス君っ」
「ん」
振り向くとそこには頬が真っ赤のカナが。アガレスが振り向けばカナもパッ!と顔を背けてしまう。耳まで真っ赤。
「雌ぶ…カナだったか」
「お、お、お、覚えててくれたんだね嬉しい…!ありがとう」
「いや」
「あっ」
古書を本棚へ戻すと、カナの脇を通り、さっさと行ってしまうアガレス。カナは呼び止めたいのにオロオロ。エサを欲しがる魚のように口をパクパク。言いたい言葉が出てこない。
「アガ、アガ、アガ…!アガレス君待って下さい!」


ザワッ…

「あっ…」
図書室だというのに声を張り上げたカナに、司書の教師や生徒達の視線が注がれる。カナは口を覆う。そんな事をしている間に図書室を出て行ってしまうアガレス。
「アガレス君!」
廊下をハァハァ言いながら走り、名前を呼ぶのだがアガレスは全くの無視。ポケットに手を入れたままスタスタ歩いていく。
「あっ、あの!良かったら放課後、一緒に遊んでくれませんか…!」
「断る」
ガーン!
まさにその効果音が相応しいカナ。気弱なカナは目に涙を浮かばせ、しょんぼり。アガレスを追い掛ける事を諦めてしまう。
「そう…だよね。ごめんね突然…」
スタスタスタスタ。
カナの声は聞こえているのに一度も振り向かず歩いていくアガレス。


ゾワッ…!

「!?」
すると突然どこからか殺気を感じたアガレスはビクッ!とし、彼らしかぬ顔を青くして辺りをキョロキョロ見回す。
――な、何だ今のは?どこからか殺気にも似た視線を感じたが…まさか新手の神々か!?――
「行け〜行け〜カナと遊びに行け〜」
「!??」
どこからともなく、呪いの呪文のような低い声が聞こえてアガレスはまたビクッ!として辺りを見回す。が自分とカナ以外どこにも誰もいない。
バッ!とカナの方を向くが、カナはしょんぼりしていて到底カナが発した声ではないし、カナのような気弱な少女が放つ殺気でもない。それに今の声は、カナには聞こえていないようだ。ならば今のは…?














「気のせい…か」
「行け〜行け〜カナと遊びに行け〜行かなければ〜貴様とカナは神々の餌食となろう〜」
「なっ…!?」
――やはり神々か!?――


ズズズ!

昼下がりの廊下で、禍々しい槍を取り出したアガレス。冷や汗を伝わせキョロキョロ忙しなく辺りを見回しながら槍を構える。
――どこに居る!奴らの姿は人間には見えないが俺には見えるはずだというのに…――
「ア、アガレス君…?どうしたの。武器なんて取り出して…」
「雌豚。じゃなくて。カナ。遊びとやらに付き合う」
「え!ほ、ほ、本当ですか!?」
「ああ」
「行かなければ俺も貴様も命を狙われるからな」
「??」
――アガレス君って天然なのかなぁ…?――
何故急に気が変わったのか。敵も居ないのに何故武器を取り出したのか。やはり何を考えているのか分からないアガレスに首を傾げながらも、さっきまで涙を目に浮かばせていたカナは嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
2人が歩いていくのを廊下端の角から、ひょっこり顔を覗かせて見ている1人の人物。制服+サングラスという何とも不釣り合いな格好のメア。
「フフフ…。アガレス君はバーカだから、私の天からの声風にまんまと騙されたね!作戦成功!カナちゃん頑張って!」
先程の殺気も謎のお告げも全て、アガレスにカナとの遊び(デート)に行くようにする為メアがやった事だった。




























アンジェラの街―――――

「わあ。やっぱり街は賑やかだね。ヴァンヘイレンは街から離れた場所にあるから静かだもんね」
カナが振り向き、あの穏やかな笑顔で話し掛けてもアガレスは薄い表情をしてコクン、と頷くだけ。普通の少女ならアガレスのその無愛想っぷりに怒るだろう。しかし、心優しいカナはアガレスが一緒に遊びに来てくれただけで満足。幸せ。だから、にこにこしていられるのだ。
「アガレス君図書室によく居るってメアちゃんから聞いたけど…本、好き?」
コクン、
「私もね本好きなんだ。良かったら本屋さん行かない…かなぁ?」
コクン、
「ありがとう」
中世ヨーロッパを連想させるゴシック調の建造物がお洒落な街を、にこにこしたカナと無愛想なアガレスが並んで歩いて行った。


ガタガタ、

すると、2人の背後路地裏に置いてあったゴミ箱がガタガタ、揺れ…
「もーうっ!何なのあの態度!!」
ゴミ箱(新品で綺麗。まだ使っていない)の中から現れたメア。ちょうど脇を通った街行く人々は、ゴミ箱の中から突然人が現れてビクッ!としている。
やはり制服+サングラスという不釣り合いな格好でぷんすかぷんすかお怒りなメア。
「カナちゃんが優しくしてくれているのにアガレス君のあの態度!デートから一言も喋ってないじゃん!誰にでもあんなだけど、カナちゃんにだけは許せない!カナちゃんにだけはあんな態度とるなんて許せない!尾行続行ー!!」
ガタガタ、
再びゴミ箱の中へ身を隠すと、街中をゴミ箱の中に入ったままガタガタ歩きながら2人を尾行するのだった。
「な、何だあれ…」
「ゴミ箱が勝手に歩いてる…?」
「違うって!さっきあの中から女の子が出てきたんだって!」
「えぇ!?本当か!?」
「どんな女の子だよ…」



















古本屋――――


カランカラン、

「いらっしゃーい」
入口のベルが鳴る。
無造作に積まれた本の山に埋もれているカウンターで腰掛けている白髪の老人男性店主。本を読みながら椅子を前へ後ろへ動かしている。
本棚から溢れ、床に散乱している古書達。新品の本とは違う、月日が経った紙とインクの独特なにおいが充満する店内。
「わ、っとっと」
散乱した本を踏まないように歩くカナ。反対に、散乱した本をお構い無しにズカズカ踏んで歩くアガレス。カナは苦笑いだ。
「アガレス君はどんなジャンルの本を読むの?」
カナは白雪姫を手に取りながら話し掛ける。
「神話」
アガレスも、神話集と書かれた古書を手に取り、ペラペラ流し読みしながら返答。
――や、やった!初めて喋ってくれたよメアちゃん!――
それだけで、本の内容が頭に入ってこない程有頂天。顔は真っ赤のカナ。因みにカナにアガレスをデートに誘えと言ったのはメア。だがカナは、メアが尾行している事は知らない。
「本屋って言ったからまさか古本屋さんだとは思わなかったよね。ごめんね、私いつも此処ばかりだからつい、いつもの調子で…」
「構わん。寧ろ現代書籍は俺には難解この上ない」
「そ、そっかぁ…」
――アガレス君も現代人じゃないの!?――












「あ。面白い。妖精の本だって」
分厚く、ボロボロな妖精辞典を楽しそうにペラペラ捲るカナ。アガレスは全く興味無さそうに、隣で先程の神話を流し読み中。
「わあ。可愛いなぁ。お花の妖精さんだって。本から出てきたりしないかなぁ」
「古書ならば本に命が宿るからそういう事も有り得る」
「え!本当?」
コクン、
縦に頷くアガレス。
カナは本をきゅっ、と抱き締める
「じゃあ私これ買おう!もしかしたら妖精さんが本の中から出てきてくれるかもしれないから!あれ?アガレス君は何も買わないの?」
コクン、
「そっかぁ。じゃあ私買ってくるね」
散乱した本を踏まないように踏まないように、カウンターへ走るカナ。


ドサドサッ!

「ぎゃあ!?」
「?」
すると。2人が居る場所より後ろの本棚から本が雪崩落ちる音と、微かに人の悲鳴が聞こえた。カナは目をぱちくりさせて、店主に知らせる。
「あ、あの…今、本が落ちる音に混ざって人の声が聞こえた気がしたんですけどその人大丈夫でしょうか…?」
「んー?おかしいねぇ。今日はお客さん、お嬢ちゃんとボーイフレンドしか来ていないはずだけど」
「じゃあ空耳ですね。…………ええ!?ボボボボ、ボーイフレンドじゃないです!たたたただのクラスメイトなんです!」
「680マールねー」
「き、聞いてないよー…」
支払うと、カナはさっきよりドキドキしながらアガレスと一緒に古本屋を後にした。
一方、奥の本棚の向こうでは…
「ぷはあ!し、死ぬかと思ったっ…!」
雪崩落ちてきた古書の山からぷはあ!と顔を出したのはメア。先程の悲鳴はメアのものだった。
「店主さんナイス!でもやっぱりアガレス君のあの無愛想許せない!!私に神の力がまだ残っていたら、愛欲神の私がカナちゃんをアガレス君とくっ付けさせられたのに〜!キーッ!」






















喫茶店――――

「ふう。結構歩いちゃったね。何か飲もっか」
こじんまりして木製の雰囲気あるお洒落な喫茶店。向かい合わせのテーブルに腰掛ける2人。
「いらっしゃいませー」
…の後から入ってきたサングラスに黒いコートを羽織ったメア(制服はバレると今更気付いたらしい)は2人から離れつつ、2人が見える席につき、新聞で顔を隠しながらチラチラ観察。
一方。
「ここのね。フレンチトースト美味しいんだよ。あ。すみません。オレンジジュース1つとフレンチトースト1つと…アガレス君は何頼む?」
「……」
「アガレスく、」
「貴様と同じ物で良い」
「うん!じゃあオレンジジュース2つとフレンチトースト2つでお願いします」


ガタン!

「フレンチ何とやらはいらん!!」
テーブルに手を着いて慌てて言うアガレス。しかしウエイトレスの女性はもう厨房へ行ってしまった。手遅れ。キョトンとするカナ。
「アガレス君、フレンチトースト苦手だった?」
「苦手も何も食事自体が無理だ」
「え?」
「…ハッ!い、いや…無理では無いがその…」
「あはは。好き嫌いある方なんだね?」
「そ、そうだ。それだ」
冷や汗ダラダラのアガレス。













「バーカ。シシシシ!」
そんなアガレスを、遠くの席で新聞で顔を隠しながら笑うメア。
「お待たせ致しました。ホットミルクとフレンチトーストでございます」
「フレンチトーストなんて頼んでないよっ!!」
「!?」


バッ!

聞き覚えある声にバッ!と振り向くアガレス。
――や、やばいっ!――
バッ!新聞で上半身を慌てて隠すメア。


ジーッ…

アガレスからの視線を、新聞越しでも感じるから冷や汗ダラダラ。
「申し訳ありません。お客様!ではサービスという事でどうぞ!」
「食事は無理だってばっ!」


ジーッ…

「…ハッ!」
――やばいやばい!アガレス君超見てる!――
新聞を放せないメアだった。















一方の2人。
「今メアちゃんに似てる声がしたような…。気のせいかな」
「……」


ジーッ…

「アガレス君?」
「……」


ジーッ…

「アガレス君ど、どこ見てるの?」
「オレンジジュースとフレンチトーストお待たせ致しました」
「あ。きたよ」
まだメアの方をジーッ…と見ているアガレス。そんなこんなしている間に注文の品がやってきたから、カナは嬉しそうに食べ始める。
「もぐもぐ。アガレス君ってどこの出身なの?」
「ヴァイテル」
「ヴァイテル王国?すごいね!あそこの国って王様がいるんだよね。おとぎ話の世界みたいだね」
「木偶の坊以下の最低な国王だがな」
「そ、そっかぁ…」


しーん…

沈黙が起きてしまう。
――な、何か話さなきゃ!メアちゃんに"女の子だからって待っている時代じゃないんだよ!ガンガン攻めなきゃ!"って言われたけど…けど口下手だし好きな子の前じゃ余計無理だよ〜!――
肩が上がってド緊張のカナ。
「あれ?」
ふと。視線が向いた先。それは、全く手をつけられていないオレンジジュースとフレンチトースト。
「アガレス君食べないの…?」


ギクッ!

「?」
――あれ?今ギクッ!ってした?気のせいかな――
「やっぱりフレンチトースト苦手、」
「ちち違う。断じて違う。食事が無理なんて断じて違うからな」
「?」
――あのバーカ!私が食べ方教えたのに!――
メアはチラチラ2人の様子を見ながら、アガレスのバカっぷりにイライラ。
「アガレス君?」
ダラダラダラ。
ナイフとフォークを握ったは良いが、カナにもバレバレな程冷や汗ダラダラのアガレス。穏やかなカナの表情にも少し、暗雲が。
「アガレス君…飲食できない…わけない…よね?」
「わわわけないだろう。いいいただきます…!」
と言ってかれこれ20分、何も手が付けられない。
「何だ?あいつ」
「あの変な瞳、気味が悪いわ」
「食事が無理とか言っていなかったか?」
「まさか…人間じゃない?」
「ははは。まさか。こんな近くに神が。しかもあんな少年が?」
店内の客も、こじんまりした店内だから2人の会話が筒抜けだったからヒソヒソヒソヒソ…。アガレスを怪しむ目で見ている。














――まずい…!ダーシー殿から教授されたがいざ飲食するとなると体が動かん…!――
「アガレス君…?」
「いいいただきま、」


ドンッ!


ガッシャーン!

「きゃあ!ごめんなさい!」
「!!」
新聞で上半身を隠した客(メアが)2人にバレないよう2人のテーブルの脇を通る際、テーブルにぶつかった。そうしたら何も手をつけられていないアガレス分のオレンジジュースとフレンチトーストがガッシャーン!と音をたて皿事床に落下。辺りにはオレンジジュースの匂いが広がり、床には割れたコップと皿の破片が。
「大丈夫ですかお客様…!」
「コップとお皿割っちゃってごめんなさいっ!これ弁償代です!それじゃあっ!」


ダッ!

カウンターにコップと皿の弁償代と先程注文したミルク代の硬貨を置くと、新聞で上半身を隠したまま逃げるように喫茶店を出ていったメア。
「お客様ー!嗚呼、行ってしまった…。お客様。お怪我はございませんでしたか」
「え、は、はい。私は…。アガレス君は大丈夫だった?」
「あ、ああ」
「良かった…。落ちてしまいましたから、今新しい物を持ってきますね」
「いや、いい!雌ぶ…カナ行こう!」
「え?あ!アガレス君ちょっとま、待って〜!」
アガレスも逃げるように喫茶店を出ていくからカナは代金を払うとヒィヒィ言いながらアガレスを追い掛けて店を後にした。























「アガレス君何も食べれなかったけど大丈夫?」
「心配不要だ」
「そっかぁ。良かった」
2人並んで歩く。少し離れた後方からはやはりメア入りゴミ箱がガタガタ歩いて2人を尾行していた。
「もう陽が暮れてきちゃったね。早いなぁ…」
2人が歩く真正面には、ゴシック調の建造物の間から顔を覗かせるオレンジ色の夕陽。下校する学生や買い物帰りの主婦が行き交う街はオレンジ色に染まる。アガレスとカナの髪も、夕陽のオレンジに照らされてまるでオレンジ色になったかのよう。
「あ。そういえばアガレス君って宿舎じゃないんだよね。何処に住んでいるの?」
「何故言わねばならん」
「ご、ごめんね!怒った…?」
「?何故怒る必要がある」
「そ、そっかぁ。良かった。うんうん。何でもないよ。怒ってないなら良いんだ。ごめんね」
「?」
――あぁもうーっ!!明日教室で会ったらアガレス君の事ボッコボコにしてあげるんだから!!――
イライライライラ。別にカナだけに冷たいわけではないのだが、カナに無愛想なアガレスに激しく怒って尾行をするメア。














「私そろそろ帰らなきゃ…。宿舎のお夕御飯の時間がね18時なんだ」
「そうか」
「うん。だから、」
「送っていく」
「え!?」
――え!?――
アガレスからのまさかの一言にカナは勿論、ゴミ箱の中のメアもびっくり。しかしアガレスは平然と、ポケットに手を入れたままスタスタ先を歩いていく。カナはパタパタ追い掛ける。
「アガ、アガ、アガレス君今何て…!?」
「送っていく」
「!!」
カナは耳まで真っ赤に染める。
――う、嘘!?まさかアガレス君が送ってくれるなんてそんな!?夢みたいだよ!帰ったらメアちゃんに報告しなくちゃ!――
「敵に狙われているらしいからな」
「え?」
「俺も雌ぶ…カナも」
メアの天の声をまだ気にしているだけのアガレスだった。
















「でね、今日数学で難しい問題があって」
「へー!そうなんだ!」
学校帰りの少女達と擦れ違うアガレスとカナ。少女達は擦れ違ってから顔を2人に向ける。
「いいなぁカップル」
「私も早く恋人ほしいー!」
「ふぇっ?!」
少女達にカップルと間違われたカナは、背中で少女達の会話が聞こえ、あわあわ。ドキドキ。
――カカカ、カップル?!そそそんなんじゃないのに〜!アガレス君怒っていないかな…?――
チラッ…。
隣を歩くアガレスに気付かれないよう、顔を見る。が期待はしない方が正解だったらしい。全くいつもと変わらぬ何を考えているのか分からない薄い表情をして前だけを見て歩いていたから。
がっくり。
――そ、そうだよね…。送ってくれるって言ってもらえただけで調子に乗った私が馬鹿だった…――
「ア、アガレス君はどうしてヴァンヘイレンに入ったの?…か聞いても良いかな」
「入ったは入っただ」
「そ、そっかぁ」
「貴様は」
「え?」
「そういう貴様はどうなんだ」
「私?私は…」
さっきまで林檎のように真っ赤だったカナの顔がしゅん…と下を向く。顔は笑ってはいるが。
「お父さんとお母さんと弟がね。造り直しの儀を受けちゃったんだ…」
チラッ。初めてアガレスからカナを見た。一瞬ではあるが。しかしカナは下を向いたまま。アガレスはすぐ前に向き直る。
「…そうか」
「敵討ちなんて望むようなお父さんとお母さんと弟じゃないし、私も戦うのは本当はね、怖いんだ…。入ってからちょっと後悔してるよ。私はこの前のアガレス君やメアちゃんみたいに強くないし、武器も体内から取り出せない体外型だし…。でも…アガレス君やメアちゃんを見たら私もうじうじしていられない。立ち止まっていられないって思えたよ。だからね、ヴァンヘイレンを辞めずにいられるのはアガレス君とメアちゃんのお陰だよ」
「そうか」
「うん。勇気をくれてありがとうアガレス君」
チラッ。カナに顔を向けたアガレス。
「!」
その顔が真っ青になり、目が見開く。何故なら、カナのすぐ真後ろにシルクハットをかぶった長細い黒い影のような生き物の神が1体カナを見てにんまり笑んでいたから。カナをはじめとする人間達にこの神の姿は見えていない。
「カナ!!」
「え?」


ドンッ!

神の手がカナに伸びた。触れる寸前で、カナを引き寄せながら一緒にその手を避けたアガレス。
「何だなんだ?」
「どうしたんだあの子達急に」
「いやねぇ街中でハグしちゃって」
ブティックショップのショーウインドウにカナの背が着く状態でアガレスがカナを抱き寄せた状態。
――え?え、え!?ど、どういう事これって!?――
心臓が飛び出そうな程体が火照るカナ。そんなカナとは正反対アガレスは、カナ達人間からしたら何もいない空間を、冷や汗を伝わせて凝視している。


















まだ抱き寄せられたままのカナ。
「あああ、あのっアガレス君あのっ…」
そんなカナの気も知らず。神は横にユラユラ揺れながら2人に近付いてくる。
――マライタ卿…!しかし何故この雌豚を狙う?この雌豚が罪を犯しているようには到底見えんが…。それより。人間にマライタ卿の姿は見えていない。つまり神がいる事に気付いていない。それにこんな人間通りの多い街中。武器を取り出しただけで人間は吹き飛ぶ…。くっ…。一体どうすれば…――


グワッ…!

「!」
そうこう考えている内にマライタ神の手がカナに伸びる。
「走れ!」
「え?きゃっ…!」
ぐっ!
カナの腕を掴むと、アガレスは行き交う人達の間をスルスルすり抜けながらカナを連れて走っていく。


ズッ…、ズズッ…

しかし、体を引き摺りながらなのに速い足取りでマライタ神も2人を追い掛けてくるではないか。
「くっ!」
走りながら時折アガレスが後ろを向けば、すぐそこまで迫っているマライタ神。
――やむを得ん!――
アガレスはカナから手を放すと、立ち止まりマライタ神と向き合う。マライタ神が見えていないカナは、アガレスの行動が不思議でしょうがない。
「ア、アガレス君どうし、」


パラ、パラッ!

「え?本が…!」
すると、先程古本屋で購入したカナが抱えている本が勝手にパラパラ捲れ、動き出す。


グワッ…!

マライタ神の手は忍び寄る。アガレスは周りの人間を巻き込む事承知で武器を繰り出そうと決める。
「ミ"ー!!」
「え!?」
すると何と。カナが買った古書から、白い羽の生えた黒いウサギの顔をしたマスコットキャラクターのような生物が飛び出し、マライタ神に体当たり。


ドンッ!!

「!?」
マライタ神は倒れ、目を×印にしてピクピク痙攣。


















「な、何だ今のは」
「え?え!?わ、分からないよ!」
「ミー!」
「え?わあ!?」
ウサギのマスコットキャラクターのような生物はカナの元へ戻ってくると、カナの顔に頬擦りしたりカナの周りを飛び回りながら嬉しそうに「ミー!ミー!」と鳴く。
「わわっ?く、くすぐったいよ!えへへっ」
「これは…」
「え?アガレス君どうし…あ。これってもしかして…」
アガレスは、カナが抱えている古書を覗き込む。カナも同様に。すると、先程勝手に捲れた古書のページに描いてあるはずの妖精の絵が抜けているのだ。まるで本から妖精が飛び出したかのように。
2人は、カナの周りを飛び回るウサギのような生物に目を向ける。
「まさかこいつか?」
「そうかも…!アガレス君がさっき言った事が本当になったね!古書なら本に命が宿って本の中から妖精さんが飛び出す事もある、って!」
「ああ」
「わー!可愛いなぁ!妖精さんだ〜!」
「ミー!ミー!」
すっかりカナになついたウサギのような生物と戯れるカナ。















「あ。でも妖精さん今、誰かに体当たりしたような…」
「気のせいだろう」
「そっかぁ。実はそこに見えない神様がいて私とアガレス君を狙っていたけど、この妖精さんが助けてくれたとか!ないかな」
「な、ない。ない」
本当に見えていないというのに勘がやたら鋭いカナに一瞬ドキッとしてしまうアガレスだった。
「妖精さんのお名前、メルっていうんだね。本に書いてある。ふふっ。メルちゃんかぁ。何だかメアちゃんみたいな名前だね。あ!アガレス君待ってよ〜!」
さっさと歩いて行ってしまうアガレス。
「ミ"ー!!」
「痛だだだ?!な、何するんだこのっウサギ紛いが!」
アガレスの髪に噛みつく妖精メル。髪を噛みつき引っ張られ、薄い表情のアガレスの顔にも痛みによる歪みが生じる。カナを於いてさっさと歩いて行ってしまうアガレスに怒っているメル。
「ああ!メルちゃんダメだよアガレス君にいたずらしちゃ!」
「ミ"ー!!」
「痛だだだ!!このっ…ウサギ紛いが!!」























ヴァンヘイレン宿舎
玄関―――――

すっかり陽も暮れ、夕暮れに照らされるヴァンヘイレン宿舎にも灯りの灯っている部屋が多数見受けられる。
「今日は急に言ったのにありがとう。アガレス君」
コクン、
また頷くだけに戻ったアガレスに、カナは笑顔を浮かべつつ内心ちょっとしょんぼり。
――せっかくたくさん話せたと思ったのにな。また最初に戻っちゃった――
アガレスはくるり。背を向ける。
「また明日ね。アガレス君」
背を向けたままただコクン、と頷いてスタスタ去っていくアガレスだった。
アガレスが宿舎の門を潜り角を曲がったところでカナは宿舎に入る。羽でパタパタ飛んでいるメルを、自分の頭の周りに連れて。口に手を添え頬をピンクに染めにっこり。
「ふふっ。でも今日は嬉しかったなぁ」
「ミー?」
「メルちゃんにも会えたもんね」
「ミー!♪」
スキップしながら、宿舎廊下を進んでいくのだった。





















宿舎門――――

宿舎の門を潜ると。道端に不自然な大きいゴミ箱が1つだけ置いてある。
「……」
ジーッ…。
アガレスはポケットに手を入れたままゴミ箱をジーっと見ながら、脇を通り過ぎていく。ゴミ箱を背にした時。
「バレバレだ。ダーシー殿」


ギクッ!

背を向けたまま言うアガレス。ゴミ箱の中から、ギクッ!としたメアがゴミ箱の蓋を外してそろーり姿を現す。
「どうして?!」
「喫茶店の時からだがな。その後も不自然なゴミ箱が尾行していた」
メアはちぇっ!と口を尖らせて小石を蹴る。背を向けたまま話すアガレス。
「雌ぶ…カナの古書から現れたウサギ紛いの事だが」
「あの子の事?大丈夫。ただの妖精だよ。しかも良い妖精ね。安心してっ!それに、いくら下級のマライタ神だとしても神を一発ノックアウト!できたからカナちゃんの武器になるんじゃないかな」
「そうか」
「それはそうと!アガレス君!カナちゃんとまた遊びに行ってあげてねっ!」
「懲り懲りだ」
「フレンチトーストとオレンジジュース?」
「ああ」
クスクス笑うメア。













メアはゴミ箱を端に置くと、背を向けて宿舎へ歩き出す。
「人間は飲食せずにはいられないもんね。じゃあまた明日ねアガレス君。おやす、」
「手を出せ」
「え?」
振り返ると、さっきまで背を向けていたアガレスがこちらを向いて立っていた。
「手?」
「両手だ」
「え?!何?嫌だっ!」
「何故だ」
「だって絶対、毛虫乗せるパターンだよっ!」
「なはずがない。ん」
「え?」


パラ、パラッ…

アガレスの右手の中から、差し出したメアの両手の平の上に落ちたモノ。それは、原型をとどめてはいない粉々になった朱色の御守り。マルセロ修道院でベルベットローゼに粉々にされたメアの大事な御守り。メアはギョッと目を見開き、アガレスをじっ、と見る。
「御殿さんの御守り!?」
アガレスはただ無表情。
「修道院でベルベットローゼ神に粉々にされちゃって置いてきたままだったはずなのに…。どうして?!」
「拾っておいた」
「え?!」
アガレスはくるり。踵を返し、背を向ける。
「拾っただけだ」
「…!」
じわり。メアの大きな瞳に涙が浮かぶ。粉々にされた御守りをきゅっ、と胸に抱き締める。
「これね、御殿さんが私に初めてくれたプレゼントなんだよ。ありがとう…!アガレス君本当にありがとう!」
スタスタ。返事はせず、再びポケットに手を入れて背を向け、自分の家へ帰っていくアガレス。
「アガレスく…、」
呼び欠けている内に角を曲がったアガレスの姿は見えなくなった。メアはきゅっ…!と再び御守りを抱き締め、目に涙を浮かべて微笑んでいた。

























21:00、
ヴァンヘイレン宿舎―――

「でねでね。私達のテーブルにぶつかった人がいてアガレス君、何も食べれなかったんだよ」
パジャマ姿のカナと、髪をおろして白いネグリジェ姿のメアは枕を抱き締めながら床に寝転がり、楽しいお喋り中。
「へ、へぇ。ぶつかった人が…へぇ…」
「ミー!ミー!」
「あ!そ、そうだカナちゃん!この子メルちゃんって名前なの?」
「うん。そうだよ。名前がメアちゃんに似てるよね」
「うん。可愛いねっ!」
「うん…」
「カナちゃん?」
顔を赤らめもじもじし出すカナに、枕を抱き締めながらメアは首を傾げる。
「どうしたのカナちゃん?ハッ!まさかこの前の風邪ぶり返しちゃったとか!」
「うんうん!違うよ!あ、あのねメアちゃん。何でか分かんないけど今日…」
「今日?」
カナは顔を枕で隠す。
「アガレス君に抱き寄せられちゃった…!!」
「……」
メアの脳裏で、今日2人を尾行していた映像が甦る。マライタ神が現れた時の事だ。












カナは枕から顔を離し、照れ照れ。
「どうしてかは分からなかったけど、それもこれもメアちゃんが私に、アガレス君とデートしたら?って背中を押してくれたお陰だよ。本当ありが、」
「わ、私なんてこの前頭ポンッ!てされたもんっ!」
「え?」
「…ハッ!」
顔を真っ赤にして言うメアにカナはキョトンとして首を傾げる。
「メアちゃん?え?頭ポンッ?誰に?」
「え?!えっと、えーっと…!」
「あ!もしかしてメアちゃんが2000年前からってくらい大好きな人!?」
「え?!あ、あ…う、うん!そう!そうだよっ!」
「良かったね〜メアちゃん〜。神退治もだけど、こっちもお互い頑張ろうね」
「そそ、そうだねっ!カナちゃんおやすみっ!」
「うん!おやすみメアちゃん」


ボフッ!

2段ベッドに潜り、枕に顔を伏せる顔と耳が真っ赤なメア。
――最近アガレス君と一緒に居る事が多いってだけだもん!1000年も御殿さんに会ってないからだもん!あんなの、あんなの、あんなの…――
そこで、先日マルセロ修道院で助けられた時、アガレスに頭をポンッと撫でられた場面を思い出すメア。
「あんなのかっこよくないもんっ!!」
「メ、メアちゃん!?どうしたの?寝言?!」
「ね、寝言…だよっ!…スー、スー…」
















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あきゅろす。
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