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GOD GAME
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文化祭終了後。
17:02、屋上――――――

「何でいっちゃんショボい小人役なんだよ!!」
「ごごごめんなさい〜!」
文化祭が終わり、生徒や教師達が後片付け真っ只中。1Eはステージの飾りの撤去だけだったので既に後片付けは終了しているから、カナはまた屋上へやって来て清春と喋っていた。ペコペコ謝るカナを見て清春は腰に手を充てて溜め息。
「はぁー。つーかアレアドリブっしょ?」
「よく分かりましたね!私もびっくりしちゃいました。打合せの時も誰もあんな事をやるなんて話していなかったのでみんな便乗してアドリブで進めちゃって本当にびっくりしちゃいました」
「ならあんたもアドリブで私も姫だー!って言えば良かったじゃん!」
「えええ!?わ、私みたいなブスはたとえ演技でもお姫様だなんて言えないですよ〜!」
「ま、そーかもな」
「うぅっ…そうですけど…!」
自分が可愛くない事は重々承知のカナ。けれど恋人にくらいはそうは思わないでもらいたいのが女心の本音だ。しゅん、としてしまうカナをチラッと見てまた前に向き直る清春。
「ブスはブスだけど。取り繕うよりイーじゃん。俺が嘘吐いてないって分かるじゃん」
「そうですけど…」
「だっ、だから前も言ったし俺!あんたはブスだけど好きになっちゃったんだから仕方ねーしって!!」
「〜〜!!」


カーッ!

お互い耳まで真っ赤になってしまい、わざとお互い外方を向いてしまうのは恥ずかしいから。

















カー、カー…
夕焼け空を烏達が飛んでいる。
「あ、あのさっ」
「は、はいっ!」
「明日…いつもより遠くに遊びに行かね?」
「ご、ごめんなさい!明日から3日間テストがあって…。今日から4日後なら遊べます!」
「ん。じゃあ4日後10時に」
「駅前」
「ハッピーバーガー」
「窓際一番奥の」
「2人掛け席」
また交互にお決まりの待ち合わせ場所を言い合えば2人顔を赤らめながらもとても楽しそうに笑い出す。
「あははは!だからあんたマジうぜーんだって!」
「ふふふっ!」
カナは立ち上がるから、胡座を組んだままの清春はカナを見上げる。カナはペコリ頭を下げる。
「もう行く系?」
「はい。ごめんなさい。今日で私の親友がヴァンヘイレンを辞めちゃうので今から教室でお別れ会をするんです」
「ふぅん…」
――ダーシーがヴァンヘイレンを辞める?何でだよ。ま、どーでもいいし。邪魔者が消えるから俺には一石二鳥だし――
「今日はお忙しい中来てくださりありがとうございました。とても楽しかったです。4日後、楽しみにしてますね」
にこやかに手を振り、屋上の扉に手を掛けるカナ。
「おやすみなさい。気を付けて帰って下さいね清春君」
「!」
にこっ。微笑みながらようやく呼び方を変えたカナに清春は焦って口を開く。
「カナ!!」
「は、はいっ!!」
顔を真っ赤にしてドキッ!と返事をするカナ。
「…って呼んでイーの?」
「ははは、はいっ!」
「何だよ!!だってあんた今日ずーーっと俺の事さん付けで呼ぶから、俺もあんたの事名前で呼んじゃダメなのかと思ってたんだし!!」
「ああああれはっ!私が清春君なんて馴れ馴れしく呼んだら嫌われちゃうかなと思って!あとまだ清春君って呼ぶのには勇気が必要でだからつい、さん付けで呼んじゃったんです!ごめんなさい!」
「……」
「あああの!そそれでは!私はこれで失礼致しますっ!!」
「嫌うわけねーじゃん!」
「ふえっ?!」
清春とカナは全く同じ真っ赤な顔と恥ずかしさで目をぐるぐる回して向き合う。
「だ、だからあんたも俺の事嫌うなよっ!」
「き、嫌うわけないですよっ!!」
「〜〜!あ、改めてこれからよろしくカナっ」
「こ、こちらこそよろしくお願い致します清春君っ」
まるで会社と取引先の挨拶のようにお互い向き合って深々頭を下げていた。


バタン…、





















「は〜あっ…」


カシャン…、

屋上の柵の上に両腕と顔を乗せて夕陽を眺める耳まで真っ赤な清春。
「やべー…毎日毎日神々に半端者って言われたりマルコのジジィから殴られたりして毎日が超つまんなかったけど…。やべー…今、毎日がマジ楽しいし…!」
腕に顔を突っ伏す。
「カナと死ぬまでずっと一緒にいたいなー…なんつって」


キィッ…、

屋上の扉が静かに開く。しかし清春にはその音が聞こえていない。
「はぁ〜。でもさすがに無理かそれは。だって俺はフツーの奴じゃねーし…。だって俺は…」
「清春…か?」
「…!!」
聞き覚えがあるなんてものではない。耳にタコができる程聞いた声に、真っ赤にしていてのろけていた清春の顔が一瞬にして真面目になり、後ろを振り向く。
清春の青い瞳には、今屋上へやって来た人物が自分を見て驚いている姿が映っている。自分と同じ瞳をした人物。清春の眉間に幾重もの皺が寄る。
「親父…!!」


















信じられないといった表情をしてゆっくり清春に歩み寄るアガレス。
「清春…?清春だろう?しばらく見ない間に随分大きくな、」
「近寄るんじゃねぇ!!」
下を向いて声を荒げた清春。
「清、」
「しばらく見ない間に?はっ…笑わせんじゃねぇよ…。あんたがあの時俺を見捨てたんだろ!!」
あの時とは、254年前ココリ村をアドラメレク、ベルベットローゼ、マルコ、御子柴が襲撃をしてアドラメレクが清春を展開へ連れ去った時の事。
いつも無表情なアガレスに珍しく表情がつく。目尻も眉尻も下げて、とても申し訳なさそうな何とも切ない表情。だが清春はアガレスの事を睨み付けたままだ。
「見捨ててなんていない。あの時はあんな事になるなど全く予想もしていなくて気が動転してしまい…」
「気が動転していたで済まされんのかよ!?自分の子供が目の前で連れさらわれた事を気が動転していたで済まされんのかよ!?随分とあんたは自分の事を棚に上げるんだなァ!!…そうじゃねぇだろ…。気が動転していたって血ヘド吐いてでも地を這いつくばってでも自分の命に代えてでも自分の子供を助けるのが親だろ!?違うのかよ!!」
目を見開き声が掠れる程荒げて怒鳴り散らす清春に、アガレスは眉間に皺が寄るくらい悲しそうに目尻を下げてから、ポケットから両手を出して深々頭を下げた。
「は?何の真似だよそりゃ」
「本当にすまなかった」
「っ…!あんたなぁ…!」


ガッ!

清春はアガレスの胸倉を掴み上げて睨むのに対し、アガレスは清春とは正反対の酷く罪悪感にとらわれた切ない表情。
「すまなかったで済まされる事じゃねぇんだよ…!謝れば何でも許されるもんじゃねぇんだよ…!!あんた分かるか?平穏な毎日が突然ぶっ壊されたまだ6歳のガキが見知らぬ化け物共と見知らぬ天界で毎日過ごして、神々から"半端者!半端者!"って毎日毎日言われながらいたぶられた俺の気持ちが!あんたに分かるか!?」
アガレスはただただ申し訳なさそうな切ない表情を浮かべて首を横に振る。その動作が清春の勘に障った。
「っ…!ふざけんなよクソが!!」
ドガッ!右手でアガレスの左頬を殴れば、反動で屋上のアスファルトに叩き付けられるアガレス。その拍子に彼は口内から悪魔の黒い血を吐く。


ドスッ!

そんなアガレスの頭を長い右脚で踏みつける。だがアガレスはアスファルトに顔を伏したまま抵抗をしない…のでは無く、自分には抵抗をできる理由が無い。


















「どうして俺を助けなかったかなんて野暮な事聞かねーし。どうせたまたまできた神と人間の子供っつー扱いが面倒くせぇ俺の事が邪魔だったから手放せてラッキーだったんだろ」
「違う…、そんな事一度も思った事無い」
「なら何であの時助けなかったんだよ!!追い掛けなかったんだよ!!天界に殴り込みに来なかったんだよ!!あんたは俺が毎日毎日辛い思いしている間にヴァンヘイレンに入ってアホダーシーや人間共と人間ごっこして楽しんでいたよなァ!その時俺の顔が少しでもあんたの脳裏を掠めなかったのかよ!!」
「…すまなかった」
「だから謝れば何でも許されるもんじゃねぇんだよ!!」


ドスッ!ドガッ!

何度も頭を踏みつける。その度にアガレスの青い髪が黒い血で染まっていき、またアスファルトをも黒い血が濡らしていく。
「はぁ…はぁ…」
「……」
息まで荒くする清春。ただただ黙って痛みに声すら洩らさず抵抗もしないアガレス。
「あんたさアホだから知らねぇだろ…。堕天されて悪魔になったあんたがヤった相手はみんな悪魔の薄汚い血に毒されて死ぬんだぜ…ザマアミロ…」
「…!」
「そんな事より…母さんが…」
「…?」
しかし、途端に清春の声が弱々しくなりしかも震えていたからアガレスはゆっくり顔を上げる。殴られた左頬は腫れ上がり、頭からはドクドク黒い血を流しながらも。
「この前…MARIAサーカスの会場でたまたま会った時…母さんが…母さんが俺の事覚えてなくって…俺の事人殺しの神だって…化け物って…」
「清春…お前あの時あそこに居たのか…?」
清春の脚がアガレスの頭から離れ、清春は俯いたまま力無くその場に膝を着く。だからアガレスは起き上がり、清春の顔を覗き込むように話し掛ける。
「……。悪魔化するとどうやら我を失い、過去も自分の事も忘れてしまうらしい。俺はまだキユミのように完全にそうはなっていないが、たまになる。だから完全に悪魔化してしまったキユミが俺の事もお前の事もココリ村のキユミだった事も覚えていないんだ」
「母さん…」
「すまない。全部全部俺のせいだ。キユミがお前の事を忘れてしまう悪魔になってしまったのも全部俺のせいだ。それに…お前の事をあの時力付くでも取り返さ無かったのは本当に…目の前で起きている事態をどう対処して良いか分からなくて動けなかったんだ。それと…今までお前を助けに行かなかったのは、情けないがお前が俺を恨んでいると知っていて怖かったんだ。お前に嫌われているから、お前を助けに行ったところでお前が俺の元へ帰ってきてくれない事が目に見えていたから怖かったんだ」
「……」
「それに…キユミにも忘れられ清春お前には嫌われ、生きる意味を失ってもう悪魔側についてしまおうかと考えていた時に。ダーシー殿に会い、ヴァンヘイレンでの毎日に生きる希望を見付け、ダーシー殿やベルベットローゼ殿が俺を必要としてくれるから正直あいつらに甘えていた。全部嘘偽り無い。俺は独りになりたくなくて傷付きたくなくて自分の事しか考えていない最低な奴なんだ。だがもう変わる。変わるから…」

















「…なぁ…最低な奴…」
「…何だ」
清春は、か細くて今にも消えてしまいそうな弱々しい声で話す。
「俺の事は…もうどうでもいーよ…構うなよ…。ただ…母さんだけは…助けてやれよ…」
「…ああ。しかし悪魔化した人間をどう助ければ良いのか…」
「また逃げんのかよ…」
「清春、ぐあっ!!」


ガシャン!!

清春は凄い力でアガレスの頭を掴み上げると屋上のフェンスにアガレスの上半身を宙吊りにする。清春が手を放せば間違い無くアガレスは落下して死ぬ。
「清は、」
「また逃げんのかよ…助け方が分かんねぇからって言い訳付けてまた逃げんのかよあんたは!!変わるって言った傍からちっとも変わる気無いじゃねぇか!!だから嫌なんだよ。あんたはすまなかったすまなかったばっかり言って、変わる変わるって言って全部口だけじゃねぇか!!だからあんたの事が俺は大嫌いなんだよ!!」


ガシャン!!

頭を掴んだままアガレスを屋上のアスファルトに叩き付け、背を向ける清春。
「はぁ…はぁ…、」
アスファルトの上ではアガレスがたった今落とされるかと思った恐怖に息を荒くしている。


ガシッ…、

「清春…、はぁ…はぁ…」
去っていこうとする清春の右足を、血にまみれた手で掴む。


ギロッ…

アガレスと同じ瞳で睨み付ける清春。
「もう…はぁ…、本当に…独り善がりな事は…しない…はぁ…だから…だか、らっ…」
「……」
アガレスは強く目を瞑り、掴んだ手に力を込める。
「またっ…俺の子供になってくれ…お願いだ清春…」
「きめぇんだよ堕天神」


ドガッ!


ドサッ…、

清春に顔面を蹴り飛ばされたアガレスは力無くアスファルトに顔を伏して倒れる。ドクドク…黒い血がアスファルトに血溜まりとなってゆっくり流れていく様を清春はまるで汚物を見る目で見下す。


バタン、


カツン…コツン…
カツン…コツン…

清春が屋上を去り、階段を降りていく足音が遠ざかっていくのを、夕陽も沈み星が出てきた真っ暗な闇夜の下ただただ聞いている事しかできなかった。






















19:30、
ヴァンヘイレン校門―――
「アガレス君…結局お別れ会に来てくれなかったな」
文化祭終了後教室で担任やアガレス以外のクラスメイト全員でメアのお別れ会を開いていた1E。
カナが大泣きするからメアも大泣きし、天人と御殿も目に薄ら涙を浮かべ、アイリーンは恐らく偽りの涙だろうけれど。椎名は外方を向いていて天人が参加しろと言うから仕方なく参加したという感じだった。
メアは皆からの気持ちとして受け取ったメアの顔が隠れてしまいそうな大きな花束を抱えて、真っ暗で人気の無くなったヴァンヘイレン校門を1人歩いていた。

『so cuteメアちゃんまた来てよ!!天人クンがいつでも両手を広げて待ってるからっ!!』
『もう…一生戻ってこなくて…良いよ…』
『メアちゃんがいなくなってしまいとても寂しいですが、メアちゃんが幸せになる門出。僕は御祝いさせて頂きますよ』
『メアちゃんいつでも帰って来てね。メアちゃんのお家はイングランドだけじゃないよ。ヴァンヘイレンもメアちゃんのお家なんだよ。メアちゃんが誰よりも幸せになれますようにって毎日お祈りしてるね』

皆の言葉を思い出せば出す程俯いてしまう。
「みんな…。私もうみんなに一生会えないよ…会えなくなっちゃったよ…。みんなっ…私やっぱり怖いよ…みんなっ…ぐすっ…」
校門を泣きながらトボトボ出て行くメア。
「ダーシー殿」
「…!!」
聞き覚えがあって、今まさに一番会いたい人物からの声にすぐ振り向くメア。涙を拭いながら。其所には、校門の外の真っ直ぐな道に立っているアガレスが1人で居た。
「アガレスく…、…!?その怪我どうしたの!?」
先程清春に殴られて腫れ上がった左頬や頭に滲む血の痕にメアが駆け寄る。
「アガレス君どうし、」 「結婚おめでとう」
「えっ?」
メアが駆け寄ってきたところで中型の白い紙袋を差し出したアガレス。メアは目を丸め、紙袋とアガレスを交互に見る。
「あのー…?」
「さっさと受け取れノロマ」
「ムカッ。ノロマですみませんでした〜っ!」
口を尖らせて受け取るメア。早速紙袋の中から取り出した物は、メアが以前雑貨屋でアガレスとお揃いにしたくまのキーホルダーと同じ種類のくまの中くらいのサイズのぬいぐるみ。
「わあ!あのくまさんだぁ!」
メアは子供のように目をキラキラ輝かせて嬉しそうにくまのぬいぐるみをぎゅーっと抱き締める。
「アガレス君お金無いのにどうして?」
「全財産使い果たした」
「本当!?ごめんね私なんかのプレゼントの為に使わせちゃったね」
「……」
「くまさん可愛い〜!」

















くまのぬいぐるみに頬擦りをするメアは照れ臭そうに笑う。
「今日の劇は天人君がシナリオを変えちゃって大変な事になっちゃったね」
「全くだ」
「でもアガレス君ノリノリでびっくりしちゃった」
「……」
「アガレス君魔王役にノリノリだったけど、私…私はねっ!王子様役のアガレス君ちょ、ちょっとだけ似合っていたと思うよっ!あんな無愛想な王子様世界中何処を探したって居ないだろうけどねっ!」
「失礼な雌豚だな」
「王子様役のアガレス君を見てたらね。アガレス君が転入してきたばかりの時トラロック神達から私を助けてくれたり。マルセロ修道院でテペヨロトル神やベルベットローゼ神から私を助けてくれた時の姿が重なって見えたんだよ。で!でもちょっとだよ?!ほんのちょっとかっこいいなって見えただけだからねっ!?」
「ふっ…」
「何その笑い!?」
「貴様の意地悪な林檎売りの老婆役もなかなか似合っていたぞ」
「それ貶してるでしょ!!」
ぷんぷん!と怒るメアを見るアガレスの目がいつもとは違い、どこか優しくて悲しい。
「そういえばその怪我…まさか清春君と会った時の…かな?」
「……」
「あ…ごめんね。私余計な事言っちゃったね…」
アガレスの雰囲気で大体の事を察したメアはすぐパッ!と明るい笑顔を向けて右に首を傾げる。
「お祝いしてくれてありがとう!あと今まで仲良くしてくれて本当の本当にありがとう!私が居なくなったらアガレス君の毒舌を注意できる人が居なくなっちゃうけどアガレス君!みんなと仲良くするんだよ!じゃあね。元気でね。ばいばい」
笑顔で手を振り、背を向ける。
「今までありがとう」
「…!」
背を向けたメアにアガレスからの言葉が返ってくるとメアはバッ!と後ろを振り向き、目にいっぱい涙を浮かべて口を開いた。泣き声で。
「私の方だよっ!アガレス君がお友達になってくれて私をいっぱい助けてくれてありがとうを言うのは私の方だよ!!私このくまさん一生ずーーっと大事にするから!くまさんにアガレス君って名前付けてこのくまさんをアガレス君だと思って大事にするから!」
「何を大袈裟な」
「私アガレス君の事忘れないから!アガレス君も私の事忘れちゃダメだよ!?絶対だよ!約束だよ!?」
「また遊びに来れば良いだけの話だろう」
「っ…!アガレス君…私ね…本当はね…違うの…。本当は私この結婚…、」
「お待たせ致しましタ。メアさン」


ビクッ!!

背後から声がして恐る恐るメアが振り向くと。闇夜の一本道にバッドマンがシルクハットを少し持ち上げて立っていた。
「誰だ」
「あ…あの人はっ…、」
「おやおヤ。先日列車内でお会いしたのですガ、もうお忘れですカ?悲しい悲しイ。私はグリエルモ・バッドマン。メアさんの婚約者でス」
「こいつが?」
「そ、そうなの!バッドマンさんが私の結婚相手なの!ど、どう?かっこ良いでしょ!じゃ、じゃあねアガレス君!婚約者がお迎えに来たから私…行くねっ!」
メアは作り笑いを浮かべるとバッドマンと並んで歩いていく。だが、ピタッ…と足を止めたメアはバッ!と振り向く。
「アガレス君!」
背を向けていたアガレスも振り向く。メアは目に涙をいっぱい溜めて笑っていた。
「本当にばいばい…」


カツン、コツン…

3人分の足音が闇夜に響く。下を向いて肩をひくひくさせているメアの隣で金歯を覗かせて葉巻を吹かすバッドマンがニンマリ微笑んでいた。

























同時刻、
アンジェラの街外れの人気も民家も無い坂道――――

「今日は楽しい文化祭だったねキユミ」
「うん。神々も襲撃しなくて楽しい文化祭だったね」
レイとキユミが夜道を微笑ましく並んで歩いていた。
「ん?」
「どうかしたの?」
「あそこ。坂道の上に誰か立っていない?」
「暗くてよく見えないよ」
真っ暗で街灯一つ無い坂道の頂上に闇夜に溶け込むように1人の黒い人影が見える。
「本当だ。誰か居るね」
「こんな夜しかも人気の無い場所にこっちを向いて立っているなんて…。不審者かもしれない。キユミ。僕の手を握っていて」
「ありがとうレイ君」
気を引き締めて歩くレイ。少し怖いが、レイが隣に居てくれるから心強いキユミ。


タッ!

「!」
しかしその願いとは裏腹に坂道の頂上に居た人物は2人目掛けて走り出す。
「まずい!キユミ!逃げよう!走るよ!」
「う、うん…!」
方向転換してレイとキユミは不審者に背を向けて転がるように坂道を降りる。
「はぁ、はぁっ」
どのくらい不審者を引き離せたか?レイが振り向くと…
「ひぃっ!!」
何と不審者はいつの間にか2人の真後ろに居た。真っ黒いフードをかぶったジャンパーに真っ黒いズボン。そして顔には角がついた人面牛身…即ち件の仮面を付けた。


カッ…!

件の仮面を付けた不審者からたちまち白い光が放たれれば不審者は白い槍を取り出す。レイとキユミの顔が真っ青になる。
「キユミ!!」
レイはキユミの前に両手を広げて立つ。そんな彼の姿を嘲笑うかのように不審者は白い槍でレイの脳天から爪先にかけて真っ二つに斬った。
「レイ君!!」


ブシュウウウ!!

噴き上がる真っ赤な血が不審者とキユミに赤い雨の如く降り注ぐ。


タンッ!タンッ!

不審者は電柱を伝い、人間離れした跳力で跳ぶようにして去っていった。


ガクン…、

変わり果てたレイを前にキユミは目を見開き方針状態。
「レイ…君…レイく、」
「アドラメレクサマ万歳…万歳…ヒヒヒヒ…」
「…!」
真っ二つに斬られたのに。レイは普段のレイからは想像がつかない狂人の笑みを浮かべてアドラメレクを讃える。
「アドラメレク神を讃えている…?これは造り直しの儀を施された人間に見られる傾向…。まさか…今の不審者は神で…レイ君に儀を施した…の?」
キユミは、アドラメレクを讃え続けるレイを強く抱き締め、ボロボロ涙を流す。
「許さない…!許さない!自分も過去も分からない記憶が無い私に優しくしてくれたレイ君を殺めた件の仮面の神を私は許さない!!」





















「はぁ…、はぁっ…、」
人気の無い工場地帯の隅で息を切らすのは先程レイを襲った不審者。
「フッ…はは…ははは…。やべー…産まれて初めて人間を殺ったし…。産まれて初めて造り直しの儀を施したし…」
仮面の下で不審者は楽しさが堪えきれない笑いをこぼす。黒いジャンパーに付いたレイの真っ赤な返り血を手に取ると仮面の下で怪しく笑う。
「やべー…超楽しい…。いつもムカつく神々をぶっ殺してきたけど、人間殺るのって神々殺るのと違って超楽しい…。やべー、クセになる。しかもムカつく奴殺ったから快感がマジ半端ない」
返り血をツゥーッ、と工場の壁に塗りながら満月を見上げる。
「あんたにはアイツしかいねーんだよ…。レイとかいう邪魔な恋人なんてあんたには必要ねぇだろ…あんたにはアガレスしかいねぇんだよ…」
仮面を外す。露になったのは目を見開き、人間を殺めた事への楽しさで恍惚の表情を浮かべる清春の顔。
「邪魔な恋人は消してやったからさぁ…これで昔みたいにまた3人で一緒に暮らせるよ…母さん…」




































その頃―――――

「だーーっ!いつまで待たせる気だアホ弟子ぃい!」
丘の小屋で1人アガレスの帰りを待つベルベットローゼ(ヒトガタ)。枕を投げて八つ当たりをする。
「"続きは後でな"って!何が後でなだよ!かっこつけやがってアホアガレス!!」


バフッ!

枕に顔を埋めたら、脳裏で笑顔のアドラメレクが浮かんだ。ベルベットローゼは眉尻を下げ、切なそうな目をする。
「いいんだ…。あいつなんてもう親友じゃねぇんだ。オレはもうあいつらから離れてアガレスと一緒に居るって決めたんだ。…けど」
窓から満月を眺める。
「アドラメレク、オレの事本気で嫌いになっちまったの…かなぁ」

























アンジェラの街、
路地裏―――――

「あら。こーんな所に可愛い子が1人」
「……」
路地裏のゴミ箱の裏で踞っていたアガレスに声を掛けたのはマリア。アガレスは腫れた左頬、額には乾いた血の痕、そして泣き腫らした目をしてゆっくり顔を上げてマリアを見る。踞って膝を抱えたまま。
マリアはにこにこ。
「ダーシーにお別れの挨拶ちゃんとできた?」
「……」
「ねぇねぇ。ゴミ箱の隣に居て臭くないの?」
「……」
「んもーっ。無視?3000年振りに会えたんだから挨拶くらいしなさいよね」
そう言いながらもマリアはにこにこ微笑んで、アガレスの隣に屈むと腫れた左頬をツンツンつつく。
「ほっぺどうしたの?」
「……」
「痛いの痛いの飛んでいけ〜ってね♪」
「…た」
「んー?」
「悪魔…が…悪魔以外と……。悪魔以外を…抱くと…相手は…悪魔の薄汚い血に汚されて…死ぬ…」
「そうよ♪そんなの常識♪悪魔は古来から不浄な生き物とされてきたからね。まさかアガレス堕天されて悪魔にされてから誰かとえっちな事しちゃったの?」
「……」
「あらあら〜可哀想に!アガレス独りは寂しいから誰かが一緒に居てほしくてでも頭悪いからそんな事も分からないのよね〜ドンマイ★」
ぺちん!とアガレスの額に笑顔でマリアがデコピンをしてもアガレスは一切笑わないし、目からはツゥッ…と涙が伝う。

















「どうしたの?ダーシーが誰かのモノになっちゃってショックだったの?清春に戻ってきてほしかったのにボコボコにされて大嫌いって言われちゃってショックだったの?自分の味方になってくれたのにえっちな事しちゃったから自分のせいでローゼが死んじゃうのがショックだったの?」
まるでどこかで監視でもしていたかのようにアガレスが今落ち込んでいる理由全てを言い当てるマリアはにこにこ笑顔のまま。アガレスは驚きもせず、ただ疲れきった顔をして涙をゆっくりゆっくり一筋ずつ伝わせていく。


パンッ!

マリアは自分の手を合わせる。
「アガレスもう居場所無いわね♪」
「……」
「じゃあ私と一緒にアドラメレクちゃんを殺りましょうよ♪そして人間もみーんな私とアガレスの言いなりにしちゃうの。きっとすっごーく楽しいし、もう今みたいにそうやって泣かなくて良い毎日がやって来るわよ♪」
「……」
「キユミちゃんも清春も殺さないであげるし。ね?良い案でしょ?アガレスの力が必要なの!アドラメレクちゃん達にはさすがに私達だけじゃ立ち向かうにはまだ力不足だし。ね?でも…みんなに1つだけ邪魔な記憶があるわね。アガレスにも」
マリアはニコッ。と笑むと何も無い空間に指で文字を書き始めた。
"dacy ruder"
ダーシーの名前を。
「えーいっ!」


パンッ!

両手を叩くと宙に書いたダーシーの名前が破裂したように消える。マリアはまたニコッと微笑むとアガレスの頭を撫でる。
「これで完璧完璧♪アガレスこれからもまた仲良くしましょうねー♪」
満月は闇夜に怪しく輝いていた。





























翌日、
ヴァンヘイレン―――――

「さあてと。授業を始めるぞー尼子ー」
「はーいッ!」
「椎名ー」
「はい…」
「アイリーン」
「はい」
「ナタリー」
「は、はい!」
「御殿ー」
「はい!」
「アガレスー」
「……」
「お前居るのに返事しないと欠席にするぞー。じゃあ今日もいつものこの6人で頑張ろうなー」


ガタッ!

「?どうしたアガレスいきなり立ち上がって」
立ち上がったアガレスに担任を含め、皆が一斉に振り向く。
「ダー…いや、いつもの6人ではないだろう。メア殿もいて7人だっただろう。もう居ないが」
「メア?誰だそいつは?」
「なっ…!?」
メアの名前を聞いても誰の事?状態な担任やクラスメイトにアガレスは目を見開く。
「おいおいアガレス〜メアって誰だよ?まさか元カノ?ヒュー☆」
「メアなんて…クラスメイト…居なかったよ…ずっと…この6人で…1Eメンバー…でしょ…」
「アガレス君のお知り合いですか?」
「御殿殿!貴様は知っているだろうメア殿の事を!お守りをやったと言っていただろう!」
「はて…?僕の記憶にはありませんが…」
「っ…!雌ぶ、カナ!貴様はメア殿と親友だっただろう!」
「アガレス君、私にメアさんっていう親友はいないよ」
「なっ…!?」
「アガレス寝惚けているんじゃないか?」
「はははは!」
「あははは!」
担任とクラスメイトが笑う。メアが居なかった事になっている1E教室内に笑い声が響く。



















昼休み、廊下―――――

「アイリーン殿!」
「……」


ピタッ…

廊下を歩いていたアイリーンに自ら声を掛けるのはアガレス。アイリーンはピタッ…と立ち止まるが背を向けたまま。
「貴様は覚えているだろう?メア殿の事を。たった昨日演劇をしたクラスメイトの事だ」
「……」
「何故かは分からんが全員の記憶の中からメア殿の存在が消されており、メア殿は居なかった事になっているんだ。だが居た。アイツは居たんだこのヴァンヘイレンに。なら何故あいつらはメア殿の存在を忘れてい、」
「…ますわよ」
くるり。顔を向けたアイリーンの表情は酷く嫌そうに歪んでいた。
「アイリーン殿…?」
「忘れたくとも忘れるはずありませんわ…メア様の事を」
――生意気にもわたくしに逆らったあの低能でお馬鹿で大罪者ダーシー氏の事を忘れたくとも忘れるはずありませんでしょう…!!―
「覚えているのか…!良かった。なら何故あいつらは全員忘れているんだ。そもそも居なかった事になっているんだ」
「それは恐らく何者かによる仕業ですわ」
「何者かに…よる…」
アイリーンは窓の外を見る。薄く青い空を見上げて眉間に皺を寄せた。
――貴女が下界の人間にも手を出したという事はわたくしに対する宣戦布告と見なしましてよ…マリア…―
























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