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GOD GAME
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2週間後。
放課後、1E教室――――

「お、おお何と美しい。雪のように白い肌、長い睫毛こんな美少女を私は見た事が無、ぐはっ!!」


ゲシッ!!

「全っ然心がこもっておりませんわ。貴方本当にわたくしの事を美少女と思っておりますの?わたくし言ったはずですわよ。素晴らしい演技をする為には日常から役になりきらなくてはいけないと」
台本棒読みのアガレスの背に蹴りを入れるアイリーン。アイリーンの提案で白雪姫役と王子役の2人だけ1E教室で練習をし、他のメンバーは別の棟の視聴覚室で練習をしている。その為今1E教室には白雪姫役のアイリーンと王子役のアガレスしか居ない。
かれこれ2週間練習をしており、2週間の間中放課後練習のアガレスと2人きりになる時だけアイリーンは厳しく接するから、アガレスの中でアイリーンの印象がガラリ180度変わっていた。
そして文化祭当日を明日に控えたヴァンヘイレン。1E教室以外の廊下や教室からも各クラス各学年が準備をする賑やかな声が聞こえてくる。
アイリーンに本日二度目の蹴りを食らったアガレスはやはりアイリーンには圧し負けてしまい逆らえず。ゆっくり立ち上がる。
「す、すまなかった」
「ふんっ。アガレス様貴方その"すまなかった"は何度目ですの?毎回そう仰いますけれど全く進歩が見られませんわ!ただ謝れば良いという問題ではありません!」
ふんっ!と足を組み机の上に座り髪を手で後ろへ靡かせ、腕も組んで相当お怒りのアイリーン。そんな彼女を前に、かれこれ2週間前からベルベットローゼに制服を着せられている制服姿のアガレスは台本片手に顔が強張っている。
――何なんだこの雌豚…。日に日に俺に対する接し方がキツくなっていないか?印象がまるで変わったな―

















「アガレス様」
「な、何だ」
キラキラ!途端にアイリーンはいつもみんなに見せる天使の笑顔になり、顔の右脇で両手を組みにっこり微笑む。まるで別人と入れ替わったかのようなアイリーンにアガレスはビクッ!とする。
「明日が本番ですし放課後だけの練習では足りないと思いませんこと?」
「いや、充分過ぎるくらいだ」
「足りませんわよね?」
「だから充分だと言って、」
「足りませんわよね?」
「…はい」
ぴょん!と机から降りて後ろで両手を組み、にこにこ微笑むアイリーン。
「では今日は徹夜で練習致しましょう。ラストスパートですわ。今日一晩アガレス様のお家に泊めさせて下さいな」
「断固断る」
アイリーンにずっと圧し負けていたアガレスだったがこの時ばかりは即行拒否した。
そんなアガレスに、アイリーンはにこにこキラキラ微笑んだまま。しかし腹の中ではギリギリ歯を鳴らして眉間に皺を寄せてアガレスを睨み付けているアドラメレクが居る。
――チィッ!どうして肝心な時には即答するのです!?2週間前の夏休み。マルコからの情報でベルベットローゼはアガレス氏側についた…。それ以降アイツは天界にも帰ってきておりませんし各地の神々に収集させた情報でもアイツを見た者は居りません…。そうとなればアイツが身を潜めている場所はただ一つ。アガレス氏の自宅だけなのですわ。アガレス氏だけヴァンヘイレンの宿舎で無い事ですし、他人が出入りしていても怪しまれない場所と言ったら其処しかありませんわ!!アガレス氏の自宅が何処に在るかまでは分かりません。ですから上手く理由をつけてアガレス氏の自宅へ上がり込む!そしてアイツもろとも塵にするのですわ!!――
「何故?」
「他人を家に入れるのは好ましくないだけだ」
「2週間放課後ずーっと2人きりで練習なさった仲じゃありませんこと」
「どんな仲だ」
「ほら。わたくし申しましたでしょう?役になりきるには日常から役になりきらなければいけない、と。姫が王子の元へ遊びに行くのは当然の事ですわ」
「貴様のどこが姫なんだ」


プッツン!!

にこにこキラキラの笑顔のままだが、アイリーンの堪忍袋の緒が切れる音がした。その音はアガレスには聞こえていないが。



















ガッ!!

「なっ…!?何をする!」
笑顔だが目尻に浮かび上がる血管がピクピク痙攣しているアイリーンはアガレスの胸倉を掴み上げる。
「アガレス様ぁ〜?わたくしに向かってそんな事を仰って宜しいのですか?ヴァンヘイレン中を誰がどう見てもわたくしを支持する人間ばかり。アガレス様を支持する人間など一握りもおりませんのよ?わたくしを泣かせたらわたくしを支持する人々全員がアガレス様に仕返しにくるでしょうね?」
「別に支持などされたくもないし仕返しなど少しも恐くない」
パッ!とアイリーンの手を払って胸倉から彼女の手を放させる。
アガレスはブレザーのポケットに両手を突っ込んでくるりと背を向けて窓の外を眺める。夕陽が綺麗だが、もの寂しくも見える。
「普段教室に居る時と随分態度が違うのだな」
「あら。ショックでした?」
「全く」
「ごめんあそばせ。わたくし好きな相手にはキツくなってしまいますの。ほら。よく言いますでしょう?好きな子程意地悪をして気を引きたくなると。わたくしはアガレス様の事がだぁい好きですからついいじめてしまいましたわ。嫌いにならないでくださいまし」
アガレスは顔だけを向ける。アイリーンはにこにこ微笑んでいた。
「そんな事よりも。アガレス様。今日だけ泊めてくださらない?練習を、」
「断固断ると言った筈だ。何度も言わせるな煩わしい」
「わたくしに会わせたくない人でも居らっしゃるのですか?」
「……」
アイリーンは口に手を添えてクスクス笑う。
「ふふふ。アガレス様は嘘を吐けませんから図星を言い当てられると黙ってしまうとメア様がよく仰っておりましたわ」
アイリーンは一歩一歩近付く。彼女に背を向けて立っているアガレスの背後に。
「アガレス様のお家にいらっしゃるアガレス様以外の方。それはどんなお方ですの?」
「貴様に関係無い」
「関係無いという事はアガレス様以外の方が居らっしゃると認めた事になりますわね」
「……」
アガレスが背を向けているのを良い事に、アイリーンはニヤリ…悪魔も負けてしまう悪い笑顔を浮かべた。
――ふふふっ。これだから低知能神は可哀想ですわ。自分の発言で自分の首を絞めていますもの。関係無いという事はアガレス氏以外の誰かが自宅に居るという事。墓穴を掘りましたわねアガレス氏――
もう一押し、とばかりにアイリーンは矢継ぎ早に捲し立てる。
「もしかして恋人?まあ。アガレス様ったら大人気なのですわね。学校ではメア様にカナ様。学校の外でも好かれるなんてわたくし羨ましいですわ。…で。それはどんなお方ですの?アガレス様の恋人ならば是非ご挨拶をさせて下さいな」
「何故貴様に会わせなければならない」
「では逆に何故ご挨拶すらさせてくださらないのです?そんなに会わせられない方なのですかそのお方は」
「……」
アイリーンは目を見開き口に手をあて、顔を青くする。
「ハッ…!そこまでして会わせられないという事は…まさか…アガレス様の恋人は神なのではありませんこと…!?きゃあ!それでしたら話が繋がりますわ!アガレス様は人間とは違う瞳をなさっておりますし転入初日来伝達が疑ったようにお名前も、堕天神アガレスと同じお名前ですし!力も人間離れしているところがございますし!」
アイリーンはガタガタ震えながら自分の体を自分で抱き締める。
「アガレス様貴方というお方は人間に化けてヴァンヘイレンへ潜入し、わたくし達人間が貴方に気を許した頃合いを見計らってわたくし達に造り直しの儀を施し殺めようとお考えになられていた神なのではありませんこと!?」
「……」
「まあ恐ろしい!そんなお方の恋人もさぞ哀れで愚かな神なのでしょうね!」
くるっ。
アガレスはようやくアイリーンに顔を向ける。アイリーンはニヤリ微笑むが、夕陽を背にしたアガレスの瞳が酷く怖くアイリーンを睨み付けていた。
「確かに煩わしいし俺を何度殺しにきたか分からん奴だが、右も左も分からん新米の俺に粗野ながらも親切に生き方を教えてくれた奴だ。裏表のある貴様よりは何倍もマシだ。二度と俺と口を利くな低俗な雌豚」


カツン、コツン…

アガレスはアイリーンの脇を通り過ぎるとガラガラッと音をたてて教室を出ていった。


カツン、コツン…

扉の向こう廊下から聞こえるアガレスの足音。


カツン、コツン…

アガレスの足音が遠退いていき聞こえなくなると、夕陽が射し込むだけの暗い教室の真ん中。下を向いているアイリーン。
「ふふっ…ふふっ…。アハハハハ!!」
天井に顔を向け、教室中に響く大きな笑い声を上げる。
「アハハハハ!このわたくしよりベルベットローゼの方がマシ?このわたくしが低俗な豚?」


ガシャン!

アガレスの机と椅子を蹴り飛ばせば、机はまるで3トントラックに踏み潰されたかのように無惨にもぐにゃぐにゃに変形する。


















アイリーン…いやアドラメレクの長い前髪から覗く青い瞳が鬼のように怒り狂っている。
「冗談も大概になさい愚かな農耕神アガレス…。260年前人間と婚姻を結び清春を生んだせいでわたくしを悪魔や天使達の笑い者にした大罪者…どちらの方が愚かで!低俗で!醜悪か!!」
怒りで髪が逆立ち、指の先から爪先が本来のアドラメレクの姿のラバ×クジャクの姿に変形しつつ…あったがスッ…と人間の手先と爪先に戻る。これはアドラメレクが怒りを抑えた証。
「ふぅ」
息を吐き、左胸に手をあてて落ち着きを取り戻す。
「貴方の大切なモノ全てわたくしの手中にある事を思い知りなさい」
アドラメレクはカツン、コツンと足音をたてて教室を出ていった。

























「でさぁ。うちのクラスはパンとアイス売るんだー。キユミのクラスは?」
人気の少ない夕陽が射し込む廊下を歩くアイリーンの反対側から、楽しそうに談笑をしながら歩いてくるのは1年生の女子生徒と1Aの生徒キユミ。2人は楽しいお喋りに夢中でアイリーンに気付いていない。
「うんとね。私のクラスはお菓子を売るんだよ。ちょっと早いけどハロウィンって事でキャンディとかチョコレートとかを仮装したみんなで」
「へえ!楽しそうじゃん!ま、ハロウィンには早いけどね」
「やっぱり早いかなぁ?」
アイリーンとキユミ達が擦れ違う。
「神との子を産んだ愚かな人間」
「えっ?」
擦れ違った時聞こえてきたとても冷酷な声にキユミは立ち止まり、後ろを振り向く。しかし遥か後ろにはアイリーン1人が廊下を歩いている姿しか見えず。
「ん?どうしたのキユミ?」
「今…何か言われたような…」
「えー?そう?あたしには聞こえなかったけど?」
「そ、そうだよね。私の気のせいだよね」
「てかあの子1Eのアイリーンちゃんでしょ?」
キユミの友人はうっとりする。
「超可愛いよね〜。あたしもあんなに可愛く生まれたかったなぁ〜」
「う、うん。そうだね」
「キユミはレイ君っていうかっこいい彼氏がいるからいーじゃん」
「え!?でも私ブスだしっ…!」
「はぁ〜。生まれ変わったらアイリーンちゃんになりたい。ねー!」
「う、うん。そう…だね」
友人とキユミは廊下を歩いていった。


































小高い丘の上の小屋―――


ギィッ…、

「おー!ようやく帰ってきやがったかアホ弟子!!」
無言でアガレスが帰宅をすればベルベットローゼが豪快な笑顔で出迎え…たよりも先にアガレスの目に飛び込んできたもの。それは、殺風景で廃墟小屋のようだった室内が新築のようにキラキラ光る綺麗な内装になっていた事。
窓には白いカーテンが付いているし、テーブルの木も塗り替えたのかピカピカ光っているし、崩れそうだった本棚も新品になっているし破けてビリビリだったベッドのシーツと毛布も真新しい新品になっているし、草が生えていたり虫がいた木の床にはカーペットが敷かれている。



バタン…、

「おいおいぃ!出て行くんじゃねぇよアホ!」
「家を間違えたようだ」
「間違えてねーから!此処はちゃんとてめぇの家だドアホ!」
扉を開けて、アガレスを家の中へ引っ張る。まだ信じられないといった様子で室内を見回すアガレスに、ベルベットローゼは照れて鼻の下を擦る。
「へへっ。どうよ師匠の力思いしったか!神幹部は下界でも人間に装えるように下界の金を所持しているわけよ。今日てめぇがヴァンヘイレンに行ってる間人間共がやってる店で家具やら寝具やら買って掃除もして1日かけてこのオンボロ小屋をビフォーアフターしたわけよ!このオレが!どうだ!額床に擦り付けて感謝しろアホ!」
「大迷惑だ」
「は?!」
まさかの返事にベルベットローゼは目を漫画のようにまん丸くしてキョトーン。アガレスはそんなベルベットローゼの脇をスタスタ通り過ぎるとベッドに足を組み、ポケットに両手を突っ込んで座る。
「何でそうなるんだよオイ!?」
「綺麗過ぎると自宅の気がせず変に緊張感が増し尚且つ気楽にいられなくなったではないか。余計な事をしやがって雌豚」
「綺麗過ぎて大迷惑とかどんだけ怠け者だよてめぇ!!」


ガンッ!

壁を殴ればベルベットローゼが殴っただけで壁に穴が空いてしまった。
「げっ!」
「自分の力も加減できんのか怪力雌豚」
「〜〜っ!!」
ベルベットローゼは怒りで顔を真っ赤にしてダンッ!とアガレスが座っているベッドの前の床に胡座を組む。
「素直にありがとうの一言くらい言えよボケ!そんなんだからマリアにも人間の女にもダーシーにも愛想つかされるんだよアーホ!!」
「勝手に言っていろ巨体雌豚」
「ぐぐぐぐ〜〜!!」
澄ました顔で言われては怒りが頂点に達するベルベットローゼ。しかし息を吐き落ち着きを取り戻すと、目をしっかり見て少し照れ臭そうに言う。
「キユミっつー人間の女に人間の恋人ができて、ダーシーはどっかの誰かと結婚する事になって、清春には嫌われて…こっから先どうしたら良いか分かんねーっつってしょげてたてめぇが少しでも元気になりゃ良いと思ってやってやったんだよ。少しは…少しくらい感謝してくれてもイーじゃねぇかアホっ…」
珍しくしおらしくて少し落ち込んでいるベルベットローゼ。相変わらずアガレスは無表情のまま。
ベルベットローゼはアガレスの首に両手を回すとそのままベッドに彼を押し倒し、自分も覆い被さる。いつもの強気で男勝りな鋭い眼差しではなく、女性らしい気恥ずかしそうな目をして。相変わらずアガレスは無表情で、青く渦を巻いたような瞳にベルベットローゼを映す。
「ありがとうございました女神ベルベットローゼ様って言え」
「死んでも言わん」
「けっ!どうせそう言うと思ったぜ突っ慳貪」
そう言いつつも、恥ずかしそうにしながらベルベットローゼからアガレスに触れるだけのキスをする。すぐに離すと死んでしまいそうな程全身真っ赤になるベルベットローゼ。

















「っ〜〜!い、今のはやっぱり忘れやがれ!今の、おわっ?!」


ドサッ、

逆に今度はアガレスが、自分より少し大きいベルベットローゼを押し倒せばベルベットローゼは更に真っ赤になる。
「なななっ?!てめぇふざけんな!今のは忘れろっつったばっかりだろ!オイ!」
「粗野で男口調だが本当裏表が無いな貴様は。いや、裏表を取り繕える程の能が無いのか」


カチン!

ベルベットローゼは目を三角にして怒る。
「てめぇ!!黙って聞いてりゃ!元偉大なる上司様の事を小馬鹿にしやがって!!…っ!?」
ベルベットローゼの首筋にキスを落とせば、怒鳴り散らしていたベルベットローゼもビクッとしておとなしくなる。
「あっ…、くっそ…が…、ぁ…!」
だんだんと首筋から下へ下へキスを落としていけば普段の男以上に男勝りなベルベットローゼが別人のように女性らしくしおらしくなり、アガレスの背に両腕を回して自分から抱き付く。
「てんめぇ…!アホで堕天野郎のっ…ぁ!分際で…っ!調子乗ってんじゃ…、あっ!…ねぇっ…!」
「礼を述べる程では無いが」
「あぁ?はぁ…、はぁ…」
キスをやめ、綺麗になった家の中を見回してからベルベットローゼを見るアガレス。
「それなりに綺麗にしてくれたようだな。よくやった雌豚」
「…!けっ!何だよそれ。オレはてめぇの犬じゃねぇんだよ!馬鹿にすん、…っ…!」
またベルベットローゼの体にキスを落としていけばベルベットローゼは更にきつくアガレスに抱き付き、目を強く瞑る。
「その男口調。最中はやめろと言った筈だ」
「〜〜〜!くっそが!!」
腹が立って逆に強く抱き付くベルベットローゼが目を開くと彼女は潤んだ女性らしい目で天井を見上げ、普段の男勝りで強気な彼女からは想像もつかない女性らしく愛らしい声で言った。
「アガレスっ…好き…」



















その小屋の外では…。
「ちょっとちょっと!あたし入るに入れないじゃないのよ!何おっ始めてんのよあの男女とバカは!まだ夜中じゃないのよ!はぁ〜本当にもう!」
アガレスを訪ねに来たラズベリーが白衣の上にお洒落なベージュのファー付きコートを着て立っていた。小屋の中の様子を伺っていたが入るに入れない状況でイライラしていたが、最終的には呆れて大きな溜め息を吐く。
「っとにもー!せっかくアガレスあんたにこの薬を持ってきてやったっていうのに!」
青い薬の入った小瓶を片手に、ぷんすかお怒りのラズベリー。
「ま。まだ遅くは無いしまた明日にするわ。本っ当にもうー!あのバカにかかるとベルベットローゼにまでバカが伝染するんだから大概にしてほしいわよ!バカはバカなりにバカと付き合っていれば良いのよ!例えばダーシーとかとね!はーあ。でも一途なダーシーがそろそろ可哀想になってきたわね。何が良くてみんなは、あんな無自覚女たらしを好むのかしら。あたしには分からないしあたしは大嫌い。金を積まれても付き合いたくない男ね」
くるり。背を向けて小屋から去っていくラズベリーは秋の夕暮れの風にガタガタ震える。
「うぅっ…寒っ…。なのに薬を発明して届けに来てやっちゃうあたしって結構お人好しかも…寒っ!」
そこでラズベリーは立ち止まる。闇夜に浮かぶ真っ白く真ん丸の月を見上げて。
「それにしてもダーシーがバッドマンの被験体にされるとはね。あぁ。この事はアガレスには言っちゃいけないんだった。…っとに。マリアもマルコも何が楽しくて争うのかしら。あたしはアドラメレクにもマリアにもつかずに一匹狼で人生楽しむけどね」
強気に笑うラズベリー。
だが途端にもの寂しげな目で月を見上げると、彼女の脳裏で昔の記憶が再生される。

『貴女の髪は綺麗な色をしていますネ。けれど貴女が私にくれたこの左腕はもっと素晴らしいデス』

「ふん…。何が楽しくてあんなのの言いなりになっていたんだか。我ながら呆れるわ」


ギシッ…、

軋む左腕を押さえるラズベリー。コートと白衣の下の彼女の左腕は自らが作った義肢で出来ていた。






























同時刻、19:00
首都アンジェラ駅前
ハッピーバーガー店内――

「灰色で仲間外れにされていたアヒルは実は美しく真っ白な白鳥だったのです」
「わ〜!すごいですね!みにくいアヒルの子を全部読めたじゃないですか清春さん!」
「まーね!!」
外を歩けば秋の匂いがして暑さもおさまってきた9月。お決まりの駅前ハッピーバーガー窓際隅の2人掛け席で一冊の本を読了できるまでに字が読めるようになり得意気な清春。そんな清春にパチパチ!拍手をして自分の事のように喜ぶカナ。
今日はカナの授業と放課後練習が終わってから来たからすっかり窓の外では陽が沈み、夜景が広がっている。
「そういうあんたもまあまあさまになってきたんじゃねーの?」
頬杖を着いてコーラを飲みながら清春が言う。カナは今までより少し服装がお洒落になり、流行も取り入れるようになった。
「清春さんが教えてくれたお陰です!ありがとうございます!」
照れ臭そうに下を向いてハンバーガーを食べる清春のその口が嬉しそうに笑んでいた。















「2週間も此処に来れなくてすみませんでした。清春さんもしかしてその間ずっと此処に来てくれていましたか…?」
「は?2回しか来てねーし。自惚れるのやめてくんね?」
「ご、ごめんなさいっ!」
――ぶっちゃけ2週間毎日来て待ってたけどそんなの死んでも言わねーし!――
チュー、とコーラをストローで飲みながら頬杖を着く清春が尋ねる。
「2週間任務でどっか行ってた系?」
「いえ!あ…お、同じ班でクラスメイトの子が1人、造り直しの儀に合った疑いがあっておかしくなっちゃって…それで動揺しちゃってずっと来れなくて…。本当にごめんなさい」
「ふーん」
――そいつって夏休み中にアドラメレクの姉ちゃんが殺った人間の事じゃね?―
しょんぼり暗くなり、まるでお通夜状態で俯くカナを見て清春は何とも言えない気持ちになる。何を隠そう自分はカナの敵アドラメレク側についている神だから。


しん…

カナが出したトムの話題で2人の間に起きてしまう沈黙。
「でさぁ〜」
「本当?行こう行こう!」
周りのテーブルでは学生達が夜遊びを楽しみ、友人達と談笑をして賑やかにしているのに、清春とカナのテーブルだけお通夜状態。
しょんぼりしているカナをチラッ…と見てから清春は頬杖を着き、どこか遠くを見ていた。
――いつかバレる日が来んのかな。俺がヴァンヘイレンの敵だって事に――

















「清春さん」
「何?」
「私明日文化祭があるので今日はこれで帰りますね。2週間振りにお話しできてとても楽しかったです!また時間がとれた日に遊んで下さいね」
にこっ。純粋な笑顔を向けてペコリ頭を下げるとカナはトレーを持ち席を立ち、ゴミ箱にチーズバーガーの包装紙と空になった紙コップを捨てる。


ガタン、

「え?」
カナの隣に並んで立った清春もまた、大量のハンバーガーの包装紙をゴミ箱に捨てる。首を傾げて清春を見てくるカナとは対照的にカナの方は一切見ずに。
「送っていくし」
「ふえっ?!そそそんなっ!申し訳ないですよっ!?私1人で帰れますし!」
「べ、別にあんたの為じゃねーし!たまたまヴァンヘイレンの方角に寄る店があるからそのついでだし!!勘違いすんなよ!」
ポケットに両手を突っ込んでさっさと店を出ていってしまう清春の背を、真っ赤な顔をして見ているカナの鼓動が高く大きく速く鳴っていた。
























帰り道。
賑やかなネオンに照らされたアンジェラの夜の街を人1人分離れて歩く2人に会話は無い。清春はわざとらしく外方を向いているし、カナは下を向いている。だがお互い顔が真っ赤で心臓がドキドキ外まで洩れそうな程高鳴っていた。
――どどどうしよう!今日渡しても良いかな?お友達になったばかりで早過ぎるかな?でもっ!ふわぁ〜!メアちゃんに相談しておけば良かったよ〜!――
「あんたさ」
「は、はいッ!?」
ドキッ!として声が裏返るカナが清春の方を向けば清春はパッ!とカナから顔を反らして外方を向く。
「さっき言ってたじゃん」
「え?何をですか?」
「文化祭」
「ああ!」
「ソレ教えてよ」
「文化祭というのはですね。学校の全学年で食べ物屋さんをやったり劇をやったりお化け屋敷をやったりして楽しむ行事なんです」
「ふぅん」
「その日だけは学校の生徒以外の外部の人にも学校を開放してお祭りを楽しめるんですよ」
「へぇ」
「き、清春さん!」
「何」
「あああのその!よ、良かったら明日の文化祭来てくれませんかっ!?」
顔を真っ赤にして頭を深く下げて思いきって言ったカナ。
「やだ」
「そ…そうですよね…」
「だって俺ヴァンヘイレンに嫌いな奴ら居るっつったじゃん」
「でも会わないようにとか…無理ですか?」
「知らねーし」




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