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GOD GAME
ページ:1



ヴァンヘイレン
1E教室―――――

AM8:40。
短い夏休みが終わり、1Eの教室がまた賑やかになる。
「でさ〜奏ってば夏休み中八ッ橋しか食ってないでやんの!コイツいつか八ッ橋になるんじゃない?って感じだよね〜☆」
「ふふふ。椎名君本当に八ッ橋が大好きなんだね」
「でも栄養が偏っちゃうよ」
「うるさいよ…黙って…メアさん…」
「ご、ごめんね椎名君」
天人がムードメーカーとなり彼の席の周りに集まり、夏休みの思い出を各自話すメア、椎名、天人、カナの4人。
椅子を後ろ向きにして皆にオーバーなくらいの身ぶり手振りで明るく話す天人。
「so cuteメアちゃんはお姉ちゃんに会えたの?」
「そ、so cuteって何?天人君」
「やだなー!可愛いメアちゃんって意味だよ☆」
ウインクをしながら投げキッスをメアにする天人にメアは弱冠引いていて、カナは苦笑い。
「キモッ…」
「コラ奏!キモいって言わないのーっ!」
「お姉ちゃんには会えたよっ」
「そっかぁ。良かったねメアちゃん」
「そういうprettyカナちゃんは夏休み何してたの?☆」
「ぷ、プリティなんかじゃないよ〜!!」
顔を真っ赤にして両手を突き出して横に振り恥ずかしがるカナに人指し指を向けてウインクをする天人。
「そうやって謙虚なところもまた男心にズッキュン!なんだぜカナちゃん☆」
「キモッ…」
「だから奏お前は黙ってて!!」
















顔を真っ赤にするカナの右腕を組み、楽しそうに顔を覗き込むメア。
「私、カナちゃんの夏休み気になるなぁ〜」
「私の夏休みはね。新しいお友達ができたんだよ」
「そうなんだ!その子と遊んでたの?」
「う、うんっ…!」


カーッ!

耳まで真っ赤になりもじもじし出したカナを天人は見逃さない。顎に手をあてて探偵気分。
「はっは〜ん。prettyカナちゃんさてはそのnew friendというのはboyだね?」
「ふえぇ?!ちちち違うよ〜!!」
図星な態度のカナにメアはびっくり。天人はウインクをしながらパチン!と指を弾いて自画自賛。
「アッタリー☆さっすが天人クン☆」
「えぇ!?カナちゃんそうだったの!?」
「おおお友達ってだけだよ〜!!」
「いーや。その焦り具合怪しいとみたね」
「あ、天人君変な事言わないでよ〜!」
あわあわして必死に否定する姿が逆効果な事にカナは気付いていない。
「そういえば美少女アイリーンちゃんとトム君とアガレスがまだだね」
アイリーンとトムとアガレスの席が空席な事に注目する天人。すると教室の前の扉が開き、1E担任ミカエル・ミカエラがいつもの無精髭に寝癖スタイルであくびをしながらやって来た。
「ふわぁ〜。お前らおはよう。有意義な夏休みだったか〜?んじゃあ出欠とるぞー。椎名ー」
「はい…」
「尼子ー」
「はーいッ!!」
「ルディー」
「はいっ!」
「ナタリー」
「はい」
「アイリーンは後からでハンクスは休学、と」
「え?アイリーンちゃんとトム君だけどうしてですか先生?」
担任の呟きにすかさず反応した天人。担任は頭をボリボリ掻いて出席簿を見ながら淡々と言う。

















「あー…。お前らにはまだ話してなかったな。アイリーンとハンクスは夏休み中出掛けた先で事件に巻き込まれたんだよ」
「事件!?それって先生もしや…」
担任は言い辛そうに溜め息を吐きながらも口を開く。
「ふーっ…。造り直しの儀にあったんだよ」
「!!」


しん…

一瞬にして静まり返る教室。目を見開き顔が真っ青になるメア、天人、カナ。椎名だけはいつもと変わらぬ無表情だったが。
「そんなっ…!」
「まあ詳しく話すとハンクスが被害にあってる。寝ても覚めてもアドラメレク様万歳としか話さねぇし俺達教師陣に襲い掛かってくるし。けど、まだ元のハンクスに戻せるかもしれない。だからハンクスは当分の間ヴァンヘイレンの上層部施設に匿っている。おいおいそんな顔すんな。俺達教師陣が今何とか手を打ってハンクスを元に戻してみせようと試行錯誤してるからな」
「そう…ですか…」
「だから当分の間ハンクスは休学だ。ハンクスが戻ってくるまでトム班は尼子。お前が班長な」
敬礼をしてガタッ!と立ち上がる天人。
「了解しましたッ!」
「せ、先生。アイリーンちゃんは大丈夫なんですか?」
メアが尋ねる。
「ああ。幸いアイリーンだけは何とか造り直しの儀を施されなかったみたいだが目の前でクラスメイトがあんな目にあってんだ。ショックで今保健室で寝ている。落ち着いたら出席するから、その時はあまりハンクスの話題を出すなよ」
「そうですか…」
――アイリーンちゃんは本当はアドラメレク神だって事を先生もみんなも知らないんだよね。トム君を殺ったのはきっと…うんうん。絶対アイリーンちゃん…アドラメレク神…!絶対に許さない…!――
「メアちゃん大丈夫?」
「えっ!?」
考え込んでいたメアに、心配そうなカナが声を掛けてきたらメアは驚く。
「メアちゃん怖い顔していたから…」
「あ…!う、うん。ごめんねカナちゃん。トム君とア、アイリーンちゃんが可哀想だなって思ってたの。私の事なら心配しなくて大丈夫だよっ!」
「そっかぁ。メアちゃん。何かあったらいつでも私に話してね」
「ありがとうカナちゃん…」
――カナちゃんに話したい事たくさんあるよ。カナちゃんに助けてほしいよ。でも…そうしたらカナちゃんが…。うんうん。カナちゃんを巻き込めない。私の大切なお友達を絶対に巻き込めないもん。カナちゃんに被害が及ばないように私が我慢すれば良いだけだもんね――
メアの脳裏では先日の聖マリア大聖堂でのマルコ、マリア、バッドマンの高笑いが甦ったが、首を横に振って掻き消した。


















「じゃあアガレスー。ん?アガレスは欠席か?連絡きてねぇな。誰か知ってるかー?」
「死んだんじゃ…ない…?めでたし…めでたし…」
「おいおい椎名。クラスメイトに何つー言い方してるんだよ。ま、あいつは遅刻って事で」
出席簿に書き込むと、出席簿をトンッ!と教台に置いて担任は黒板に書き出す。


カッ!カッ!カッ!

チョークを走らせる音。書き出された文字は…
「文化祭?」


バン!

教台に両手を置いて身を乗り出す担任。
「そうだ。夏休みが終わったらヴァンヘイレンでは秋の文化祭が毎年恒例だ」
「でもトム君とアイリーンちゃんがあんな事になった中でなんて…」
「ナタリー。それはみんながそう思っているさ。けどなこの文化祭。ただ楽しむ為だけの行事じゃない」
生徒達は首を傾げる。
「ヴァンヘイレンの文化祭には人間がたくさん集まる。イコール神々が狙ってくる。つまりこの文化祭。神々を陽動させる任務の一環でもあるんだ」
「えーッ!俺フツーに文化祭楽しみたかったのにショック〜!」
頭の後ろで両手を組み、椅子をギィッと後ろへ倒してつまらなそうにする天人。
「まあ神々が来るとも限らないからな。どちらにせよ楽しむ事はできる。てー事で我が1Eの文化祭出し物はスノーホワイト。白雪姫の演劇に決まった!」
「え"ーー!?もう決まってるんですか!?」
「俺が決めた」
「ちょっと先生!!」
ニヤニヤ楽しそうな担任に、オーバーリアクションでショックを体現する天人。

















「まあそう言うなって。じゃあまずは配役を…っと。その前に転入生が1人居るんだった」
「転入生ですか?」
「そうだルディ。今職員室から転入生を呼んでくるからお前らちょっと待っ、」


ガンッ!!

突然教室の後ろの扉が壊れそうな程乱暴に開かれたので担任は勿論、生徒達全員の視線が後ろへ向く。
「おー。アガレス、社長出勤だな〜。でも1限遅刻は遅刻だからなー」
扉を乱暴に開けて登校してきたのはアガレス。ただでさえ怖い目が更に怖いし見るからにイライラオーラを放っている。制服のブレザーのポケットに両手を突っ込みながらガタンッ!と席に着く。
「チッ…。死んでなかった…んだ…ね…」
「アガレス君おはよう…って!アガレス君が初めて制服着てる!」
「あ。本当だねメアちゃん」
ヴァンヘイレンのベージュ色のブレザー制服を着て登校してきたアガレスに気付いたメア。


ギロッ!

「うっ…怖いっ…」
そんなメアを、椅子に寄り掛かりながらいつもの倍怖い目で睨み付けるアガレスだった。




















担任が転入生を連れて来るまでのほんの少しの間でもお喋りをはじめる天人は、いつものスマイルで椅子を逆に座りながらアガレスに話し掛ける。
「よーッす!アガレス!朝からそんな生理中の女子みたいな顔してると人生損するよ〜ん」


ギロッ。

相変わらず誰が相手でも睨み付けるアガレス。
「おー怖っ!」
「天人…アイツには…関わるな…って僕…言った…よね…」
「いーじゃんいーじゃん。俺誰とでもフレンドリーでいくポリシーだからさ〜。はっはっはー☆」
「もうっ…」
一方のメアとカナ。メアは夏休み中の事があるから話し掛け辛そうにしている。カナは相変わらず優しい穏やかな笑顔で話し掛ける。
「アガレス君おはよう。今日から制服を着るようになったんだね」
無視。
「カナちゃん放っておこうっ!あんなのに話し掛けるだけ時間の無駄だよっ!」
「そうかなぁ〜」
一方のアガレスは脳裏で30分前の記憶が甦っていた。
以前暮らしていた小高い丘の上にある小屋でまた暮らす事にしたアガレス。その小屋で30分前ベルベットローゼとの言い争いが繰り広げられていた。

『断固断る』
『だから!学校行くのに何でてめぇは制服を着ねぇんだよ!!』
『制服というものは分厚い生地で動き辛い上、襟があり堅苦しく好まないからだ』
『子供か!!人間の郷に合わせられねぇから周りから怪しまれるんだよ。郷に入ったら郷に従えだろアホ!てめぇのそのアホさをオレが矯正してやる!おとなしく制服を着やがれ!!』
『ふざけるな!このっ…!!』
『あとそのボッサボサの髪も整えるくらいしやがれ!』
『痛い"痛い"!貴様の怪力で触れるな!髪が抜ける!!』
『オイコラ逃げんなアホアガレス!制服着るまで登校させねぇぞボケ!』
『俺に構うな!…はっ。一晩明けたら何事も無かったような顔をしているが昨晩と随分態度が違うものだな雌豚。行為の最中は普段の貴様からは想像もつかぬ声で善がっていたくせにな』
『それ以上言うんじゃねぇよ恥ずかしいだろがボケ!てめぇにはデリカシーの"デ"の字もねぇのかドアホ!!さっさと登校しやがれ堕天野郎!!』


ドガン!!

ベルベットローゼの拳で丘の下まで飛ばされるアガレスだった。

イライライライラ。
30分前の出来事を思い出したら更にイライラが募るアガレス。そんな彼のイライラオーラにカナもようやく苦笑いを浮かべ、話し掛けるのをやめた。


















そして担任が戻ってくる。
「ほーいお待たせっ。今日から1Eクラスメイトになる日本の京都から来た御殿だ」
「は、初めまして日本の京都から来ました御殿と申します!み、みなさんと仲良くなれたら幸いです!よ、よろしくお願い致します!」
「御殿さん!?」


ガタンッ!

まさかの転入生にメアは目を見開き驚きのあまり、立ち上がる。一方のアガレスもイライラするのをやめ、目を見開いて驚いている様子。椎名は嫌そうにしていたが天人は頬杖を着いて嬉しそうに「ふふん♪」と鼻を鳴らしていた。
転入生御殿はヴァンヘイレンのブレザー制服をきっちり着ていて、顔の右半分は祟り神にされた時のオレンジ色の痕が残っている。だが穏やかで生真面目な姿は昔の御殿そのもの。祟り神にされた時の狂暴さは消えていた。
「ん?何だルディ知り合いか?」
「は、はいっ!」
「御殿さんってメアちゃんが2000年前から好きっていうくらい好きな人だよね。良かったねメアちゃん」
「カカカカナちゃん!本人の前で言っちゃダメだよっ!」
「ハッ!ご、ごめんねメアちゃん!」
自分の口に両手をあてて、しまった!という顔をするカナに、真っ赤になって言うメアだった。











昼休み―――――

まだアイリーンは出席しない。カナは読書サークルの集まりの為、図書室へ行っている。
1E教室内には、皆からは外れて自分の席で1人読書中のアガレス。天人の席に集まっている椎名、メアそして御殿が昼休みを過ごしていた。
「そっかぁ!夏休み中に椎名君と天人君が御殿さんを目覚めさせてくれたから御殿さんがこうして元に戻る事ができたんだね!」
アガレスとメアと御殿が神だと知っている椎名と天人は、カナが居ない隙に夏休み京都で起きた出来事を話す。皆の輪から自ら外れているアガレスは聞いているのかいないのか分からないが。
天人は机に頬杖を着いて得意気に、猫のようなその目で笑う。
「そっ。御殿っちの事助けてあげてって由樹ちゃんに言われてたからさ」
「由樹ちゃんが?じゃあ天人君達は御殿さんと由樹ちゃんがどうなったかも知ってるの?」
「知ってるよーん。いやー良いですね〜純愛!神様とか人間とか関係無いと思うよ天人クンはさ☆」
「椎名さんと尼子さんには助けられました。申し訳ありませんでした」
深々丁寧に頭を下げる御殿に天人は右手を横に振る。
「御殿っち夏休みから数えて謝るのこれで123回目だよ!?そんなに謝んなって言ったっしょ〜。由樹ちゃんも無事成仏できたんだしこれから御殿っちは人間を守ってアドラメレク達と戦ってくれればそれで良いんだからさ〜!」
「ふん…。そんなんだけじゃ…由樹ちゃんを殺した罪…は…償えないけど…ね…」
「奏〜」
「いえ、椎名さんの仰る通りです。僕の犯した罪は一生消える事も許される事もありません。ですが尼子さんと椎名さんに生かして頂いたからには僕はヴァンヘイレンの生徒として人間の皆さんを神々からお守りし、戦う事を誓います」
生真面目で誠実。真っ直ぐな御殿のその瞳に椎名は「ふんっ…」と面白くなさそうに頬杖を着いて外方を向いていた。
一方のメアは両手を祈るように前に組み、目をキラキラ輝かせている。
「ふわあぁあ〜!御殿さんやっぱり真面目で誠実でかっこいいですっ!!」
「かかっ、かっこよくないですよダーシーちゃん!?」
顔を真っ赤にして照れてあわあわする御殿の両手をメアが握れば、御殿は更に耳まで真っ赤にしてしまう。
「御殿さん!あとでサインくださいっ!」
「ササ、サインですか!?」
「因みに御殿っち。ヴァンヘイレンではダーシーちゃんじゃなくて偽名のメアちゃんで呼ばなきゃだよ〜ん」
「…ハッ!そうでした!すみませんダーシーちゃ、あぁ!間違えました!メアちゃん!」
「かかか、可愛い〜…!間違えちゃうとこも御殿さん可愛い〜!どっかの突っ慳貪と全然違うよ〜!」
そのどっかの突っ慳貪は読書をしながらも必然的に聞こえてくるメアの言葉に再びイライラしていた。



















「読書サークルの集まり終わったよ〜」
「あ!カナちゃん!」
集まりから戻ってきたカナにメアは早速御殿を紹介。カナには自分達が神である事を教えていない。
「カナちゃん!この人が御殿さんだよっ!」
「初めましてカナさん。メアちゃんからカナさんの事をお聞きしました。これからどうぞよろしくお願い致します」
「は、はい!私こそメアちゃんから御殿君の事は聞いていますっ!よろしくお願いします!」
ペコペコ頭を下げ合う、温厚で誰にでも優しい似た者同士な2人。


ガラッ…、

「あ!美少女アイリーンちゃん!!」
「!」
教室の前の扉が開いてやって来たのはアイリーン。俯いていてとても生気が無く酷くやつれた様子でトボトボ入ってきた。すかさず天人とカナが駆け寄る。

『1Eのアイリーン・セントノアールはアドラメレク神なのですよ』

マルコの言葉を思い出したメア。アイリーンの素性を知っている唯一の人物メアは、アイリーンのやつれて落ち込んだ姿が全て演技だと分かっているから駆け寄るに寄れず。険しい表情をして少し遠くから見ていたら…
「怖い顔…してる…ね…」
「えっ!?」
机に頬杖を着いたままの椎名に声を掛けられ、思わず椎名を見るメア。椎名はメアを見ず、アイリーンと集まる天人、カナ、御殿を眺めるだけ。
「そ、そんな事無いよっ」
「神同士でも…案外…気付けないもの…なんだ…ね…」
「!!…椎名君もしかして…」
椎名はフッ…と笑う。
「何でもない…よ…」
――もしかして椎名君だけは唯一人間の中でアイリーンちゃんの本性に気付いているのかな!?――


















「アイリーンちゃんおっはよー☆今日も眩しいくらいお美しいねhoney!」
「アイリーンちゃんおはよう。午後の授業はね。文化祭でやる白雪姫の配役を決めるんだよ」
「尼子様…カナ様…。皆様…ご心配をお掛けしてしまい本当申し訳ありませんでした…」
深々頭を下げるアイリーンの白く美しい長髪が靡く。わざとトムの話題に触れないようにしていた天人とカナも驚いた。アイリーン自ら話題に触れてきたのだから。


しん…

静まり返る教室。沈黙を破ったのは、ゆっくり顔を上げたやつれたアイリーン。
「先生から既にお聞きしているかと思いますが…。わたくしとトムは夏休み中…オルバスのペンションで神の襲撃を受け、宿泊していた方々と…トムが神による造り直しの儀を受けっ…、うぅっ…!」


ガクン!!

「アイリーンちゃん!」
崩れ落ち、顔を両手で覆い肩をひくひくさせて泣き出すアイリーン。天人とカナ、アイリーンの素性を知らない御殿が心配そうに背中を撫でたり慰める。メアは顔を歪めながらも一応アイリーンに寄った。
「うぅっ…トム…!わたくしを庇ったせいでトムが…!わたくしのせいですわ!わたくしのせいでトムが…!」
「大丈夫だってアイリーンちゃん。トム君は先生達が何とか手を打ってみるって言ってた。て事はまだ手遅れじゃないって意味だよ。な?」
「そうだよアイリーンちゃん。信じよう。私達でトム君の帰りを待とう」
涙で濡れても尚美しい顔を上げるアイリーン。
「皆様…ありがとう…。トムも喜んでいる事と思いますわ…。…あら?貴方は…」
アイリーンの青い瞳に御殿が映る。
「初めましてアイリーンさん。僕は今日付けで日本の京都から転入してきました御殿と申します。これから1Eの仲間としてどうぞよろしくお願い致します」
律儀に頭を下げる御殿にアイリーンも頭を下げる。
「初めまして御殿様。わたくしアイリーン・セントノアールと申しますわ。よろしくお願いします」
顔には天使の優しい笑顔を浮かべ。腹の中では御殿を睨み付けているアイリーン…いやアドラメレク。
――御殿氏ですって!?御子柴が言っていたのはこの事だったようですわ。誰かが、祟り神となった御殿氏を目覚めさせた…――
チラッ…。
天人達の隙間からアイリーンは睨み付けた。窓の外を眺めている椎名の事を。
――椎名…!あいつに違いありませんわ!余計な事を…!!――



















キーンコーン
カーンコーン

「おーし。じゃあ朝話した白雪姫の配役を…ってアイリーンお前もう大丈夫なのか?」
午後の授業開始のチャイムと同時に教室に入ってきた担任は、一番前の席に着いているアイリーンを見て心配そうに声を掛ける。だがアイリーンは涙を拭い、笑顔を浮かべた。
「ご心配をお掛けしてしまい申し訳ありませんでしたわ先生。…大丈夫です。いつまでも落ち込んでいたらトムに申し訳ありませんもの」
「そうか…。まあ…無理はすんなよ。気分が悪くなったらいつでも保健室に行くなり早退するなりして良いんだからな」
「お気遣い感謝致しますわ」
ペコリ頭を下げるアイリーン。そんな彼女を、後ろの席のメアはやはり怖い顔をして見ていた。
「メアちゃん。アイリーンちゃんが元気になれる文化祭にしようね」
「……」
「メアちゃん?」
「…ハッ!う、うん!そうだねカナちゃん!」























「よーし!1Eの出し物はヴァンヘイレン1の出来にするぞ!じゃあまず肝心の白雪姫は誰に、」
「はいはいはーいッ!俺は美少女アイリーンちゃんを推薦しまーすッ!」
手を挙げてハイテンションでアイリーンを推薦する天人。アイリーンは「まあ!」と口に手をあてて恥ずかしそう。
「尼子様わたくしにそんな大それた役など務まりませんわ。わたくしではなく、メア様はどうですの?」
「え!わ、私!?」
メアの方を向きにっこり微笑むアイリーンに驚くメア。その笑顔をやはりまだ彼女が本当にアドラメレクである事を信じられずにいるメア。
「う〜んso cuteメアちゃんやprettyカナちゃんも勿論良いんだけどね!てか女の子全員俺の白雪姫なんだけどね!」
「キモッ…」
「奏さぁ〜ん!今何か言いました〜?」
「……」
「シカトしないのっ!!」
担任はボールペンを顎にあてて「うーん」と考えている。
「これだと決まらなそうなんだよなぁ。いっちょ公平にくじ引きで配役を決めるってのはどうだ?」
ドン!とくじが入った箱を笑顔で出す。
「どうだ?って言ってるそばからもうくじを作ってるじゃん先生…」
「まあまあそう言うなってルディ!じゃあくじ引きで決まりな!せーのっ!でくじの中身を開くからまだ開くなよ。恨みっこ無しの一発勝負!ほい。引いた引いた〜」
「俺いっちばーん☆」
すかさず天人が一番に並び、次に椎名、メア、カナ、アイリーン、御殿、最後に担任に呼ばれて面倒くさそうに嫌々アガレスが引いた。





















全員が引き終わる。
「よし!お前ら全員引いたな〜」
「先生が一番楽しんでいるよねカナちゃん」
「そうだねメアちゃん」
「じゃあ中身を開けよーせ〜〜のっ!!」


カサッ…、

6人分の紙を開く音がして少しの沈黙の後…
「だあああーーー!!まさかの小人役なんですけど天人クーン!!王子様役狙ってたのにー!!てか王子様といったら天人クン!天人クンといったら王子様でしょ普通!?」
「天人…一緒…。僕も小人…役…だよ…」
「え〜?かなちゃんは意地悪な魔女役でしょ?」
「はぁ…?いっぺん死ねば…?ていうか…魔女役…無いし…。死ね…」
「ひどいッ!!」
一方の女子組。
「私小人役だったよ。メアちゃんは?」
「うぅっ…」
「メアちゃん?」
「林檎売りのオバアサン役…悪役だよ私…」
「メ、メアちゃんファイトッ…!ア、アイリーンちゃんは何だったの?」
「わたくしには恐れ多い役ですわ…。白雪姫でしたの」
「おーーッ!やっぱりアイリーンちゃんは白雪姫になるべくして生まれた天使なんだよ!良かったー!これでアイリーンちゃんのsweet白雪姫が見れるじゃーん!!」
大喜びをする天人にアイリーンは恥ずかしそうに下を向いていた。

















「じゃあ王子様役は誰なの?」
「そうだったぁーッ!アイリーンちゃんと幸せになれる憎き男子がこのクラスに居る事を忘れてたーー!」
「天人…うるさいよ…」
椎名の忠告など無視してハイテンションな天人は、前後の席同士のアガレスと御殿の前に指を指して立つ。メアとカナ、アイリーンもアガレスと御殿の前に寄る。
「白状しろよ〜御殿っちとアガレス!お前達2人のどっちなんだ!アイリーンちゃんとハッピーエンドになれる羨MAXなラッキーボーイは!」
御殿は苦笑いでアガレスの方を見るが、アガレスは面倒くさそうに読書をしている。
「ア、アガレス君。僕が先に皆さんにくじの中身を見せても宜しいですか?」
「構わん」
「では…」
御殿がくじの中身を開く。天人、メア、カナ、アイリーンはゴクリ…と唾を飲み込む。


カサッ…、

「小人…役?」
「はい。僕は小人役でした」
にこっ。御殿は優しい笑顔を浮かべる。
そうすると必然的に皆の視線が、一番後ろの席で他人事のように読書をするアガレスに向けられる。
「おいアガレス…いやラッキーボーイ。お前のくじの中身を天人クンに見せなさい…」
「ん」
本からは目を離さずにくじを天人に手渡すアガレス。
天人がそのくじを開くのをメア達は周りを囲んで覗く。


カサッ…、

「王子様役…」
少しの沈黙の後…
「だあああぁあー!やっぱり俺も最後に引けば良かったぁああー!残り物には福がある戦法でいくべきだったぁあああ!!どうして教えてくれないのかなちゃん!!」
「痛い…うざい…キモい…やめて天人…」
椎名の肩をガクンガクン前後に揺らして泣き叫ぶ天人。
「わあ!アガレス君の王子様役私楽しみだなぁ。ね?メアちゃん」
――よりによってアドラメレクとアガレス君!?危ない…アガレス君が殺されちゃうよ!!――
「メアちゃん?」
「…ハッ!な、何?カナちゃん」
「アガレス君の王子様役楽しみだよね」
「やだよ!あんな無愛想でムカつく王子様なんて王子様じゃないもん!御殿さんみたいに優しい人の方が王子様役にぴったりだもんねー!」
「メアちゃん素直じゃないなぁ〜」
「カナちゃん?!」
一方のアガレスはやはり読書を淡々と続けるだけ。前の席の御殿は神様らしい穏やかなにこにこ笑顔。
「良かったですねアガレス君。一番素敵な役ですよ」
「面倒なだけだ」
「そんな事仰らずに。ね」
「アガレス様ーー!」


ガタン!

アガレスの机に両手を置いて走ってきたのは、目をキラキラ輝かせて喜ぶアイリーン。やはりアガレスは全く相手にしていないが。
「アガレス様とわたくしで最高の白雪姫にしましょうね!」
「勝手にやっていろ」
「も〜アガレス様ったらいけずですわ!でもこういう王子様も有りですわね♪」
きゃっきゃはしゃぐアイリーンをカナはにこやかに。天人は悔しそうに。御殿もにこやかに。椎名は無視。メアは眉間に皺を寄せて見ていた。
「じゃあ早速。台詞の長い白雪姫と王子役だけ今日から放課後教室で練習開始なー。他の役は明日から。じゃあ今日の授業終了ー」
























放課後―――――

「くそーっ!アガレス!お前ちゃんと演じなかったら文化祭の後デコピン2万回やってやるからな!覚悟しとけよ!」
「はいはい…。帰るよ…天人…」
アガレスに宣戦布告をする天人に呆れながら椎名は天人を引き摺って教室を出る。
「ではメアちゃん、カナさん。宿舎へのご案内をお願いしても宜しいですか?」
「全然大丈夫だよ御殿さん♪カナちゃん、行こう!」
「うん」
「ありがとうございます」
宿舎へ御殿を案内する約束をしていたメアとカナは御殿を連れて教室を出る。
「アガレス君っ」
しかしすぐ戻ってきて顔だけを廊下からずいっと教室に出すメア。しかしアガレスは読書をしたまま無視。
「練習サボっちゃダメだよっ!」
無視。
「アガレス君聞いてるの?!」
「大丈夫ですわメア様。ご心配無く♪」
にっこり笑顔で手を振るアイリーン。メアは顔がひきつってしまう。アイリーンの本性を知っているから。しかしひきつりながらも笑顔でアイリーンに手を振る。
「そ、そうだね。うん…。ばいばいアイリーンちゃん。アガレス君」
「さようなら。また明日お会いしましょう」
天使の笑顔で手を振るアイリーンを不安に思い、後ろ髪を引かれる思いながらもメアは御殿とカナの元へパタパタ走る。一度、1E教室を振り向いて。




















パタン。
「ふぅ」
皆が居なくなれば読んでいた本を閉じて息を吐くアガレス。アイリーンは前の席でアガレスに背を向けて座っている。
「何故こんな事をしなければならん」
本をショルダーバッグに片付けると、いつものようにポケットに両手を突っ込んでアイリーンの後ろまで歩く。アイリーンは黙って背を向けたまま。
「おい。練習とやらをするぞ。面倒だがしなかった方が後々面倒になるだろうからな」


カタン…、

椅子から立ち、くるっとアガレスに向き合うアイリーン。しかし下を向いているし長い前髪で顔が隠れているからアイリーンの表情が分からない。
アガレスは先程担任から手渡された台本をバンッ!と乱暴に机に叩き付ける。
「確かこの台本とやらを暗記すれば良いのだったか。全く面倒なこ、」


ドスッ!

「ーーーッ!?」
突然右足をアイリーンに思いきり踏まれ、アガレスは言葉を飲み込み、痛みに目を見開く。こんなに華奢な少女のどこにそんな力があるのか?というくらいの力で踏まれている。
「っ…、な、何を、」
「あらごめんあそばせ!踏んでしまいましたわ!わたくしに近付き過ぎるから足を踏まれてしまいましたのよ。今後わたくしから離れてくださいな♪」
「!?」
にっこり笑顔で毒の利いた言葉をサラリと吐くアイリーン。いつも「アガレス様ー!」と言ってくるアイリーンとはまるで別人…のようなそうではないようなアイリーンに戸惑うアガレス。
――な、何だこの雌豚…?普段こんな性格では無かった気がするが…。ま、まあ構わん――
「い、いやこちらこそすまなかった」
そう言って珍しく圧し負けたアガレスがアイリーンに言われた通りアイリーンから離れ、後ろへ下がって背を向けたまま後ろにある椅子に座ろうとする…


ガッシャーン!!

アガレスが座ろうとした椅子をアガレスにバレないよう思いきり後ろへ引いたアイリーン。そのせいで椅子が無い床に派手に引っくり返ってしまったアガレス。自分が知っているアイリーンではない言動に、思考がおいつかなくて頭上にハテナをたくさん浮かべて目を丸めるアガレス。
「??」
「クスクス。あらごめんあそばせ!そちらの椅子に座ると思っておりませんでしたの!お怪我はありませんこと?」
「あ、ああ…」
「まあ!お怪我はありませんの?つまらないですわ」
「なっ…、ーーーッ!!」
床に引っくり返っているアガレスの腹を細い右足で踏みつけるアイリーン。細い右足なのにまるで岩が乗っているように重たいからアガレスは目を見開き、痛みに声すら出ない。アイリーンはにこにこ笑顔。
「アガレス様ご存知で?白雪姫という物語で王子は白雪姫のどーんな言動も受け入れる優しい優しいお方なのですわ。まずは日常から役作りをしていかなくてはなりません。ですからアガレス様も日常から白雪姫役のわたくしの言動す・べ・てを!快く受け入れてくださいな♪」
長く白い睫毛が触れそうなくらい顔を近付けてにっこり微笑むアイリーンに、アガレスはまだハテナを浮かべているし弱冠顔が青ざめている。何にも物怖じしない不遜な態度のあのアガレスが。
「楽しい文化祭にしましょうねアガレス様?」
「あ、ああ…」




















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