[携帯モード] [URL送信]

GOD GAME
ページ:1


翌日の夕暮れ、
ヴァンヘイレン宿舎―――

「でも本当の本当に良かったよアガレス君!」
記憶喪失後、小高い丘の上の小屋暮らしをやめて宿舎の一室で暮らしたアガレス。そんなアガレスの自室のベッドに腰掛けて足を前後にバタバタさせるメア。
アガレスはアガレスで、メアに背を向けて椅子に腰掛けて読書中。
「アガレス君記憶喪失後から記憶が戻った今までの記憶が無いって本当?」
「ああ」
「ふぅん。そっかぁ。あのね!記憶喪失になったアガレス君はすっごーく真面目で優等生君な性格だったんだよ!だからみんなびっくりしちゃってたんだ〜」
「そうか」
「そういえば記憶喪失になる前何処に行って何をしていたの?」
「……」
「それと…。あの時ヴァンヘイレンを退学したのってやっぱり…私のせいかな?」
「……」
ガタッ。
メアはベッドから立つと、椅子に腰掛けているアガレスの隣に屈む。アガレスの顔を下から覗くが相変わらず無表情で読書をしているだけだ。
「私アガレス君の過去も何も知らないのにあんな酷い事言ってごめんね」
「……」
「アドラメレク神達からもよく言われていたけど私バカだからこれからももっと困らせちゃうかもしれないけど…。けど私とこれからも仲良くしてくれる?」
「それはどういう意味でだ」
「え?」
アガレスは腰掛けたまま椅子を動かしてメアの方を向く。本を閉じて。
「ど、どうって!その〜っ!ま、またかかかか彼氏としてっていうっ…!」
「迷惑だ」
「え…?」
顔を真っ赤にしてドギマギしていたメアだったがアガレスの冷たい一言で、一瞬にして頬の赤みが引く。顔を上げてみたら、アガレスはテーブルに頬杖を着いて無表情な冷たい顔でメアを見ているだけだった。
自分との温度差があり過ぎるアガレスに、メアは怖くなる。
















「ア、アガレス君…?」
「大体端から迷惑だったんだ。貴様がヴァンヘイレンに入った理由は人間を造り直しの儀から守りたい為だが、俺は人間などどうだって良いと言った筈だ。だから貴様のようにヴァンヘイレンの人間共と戯れる人間ごっこなど本来ならばしたくない。それに貴様はいつも騒がしく煩わしい程明るく、迷惑しているんだ」
「そう…だったんだ…ね…。前は…私の明るい性格に救われたって言ってくれたから…。でもアガレス君私に気を遣ってくれていただけだったんだね…」
「当然だろう」
「っ…!」
メアは溢れそうになる涙を堪えて唇を噛み締めると下を向く。
「貴様と俺とではヴァンヘイレンに居る目的が違う。貴様の私情で俺まで巻き込むな。それに俺は貴様と暢気に人間ごっこをしながらの色恋沙汰に構っている時間が無い」
「っ…、分かったっ…。ごめんね今まで私うざくて!もう話し掛けたりしないから!」


バタン!


パタパタパタ…

扉を閉めて出ていったメアの足音が遠ざかっていくとアガレスは椅子の背凭れに背を預け天井を見上げて溜め息を吐く。
「はぁーっ…」
「随分演技が上手ね。人間を騙した時みたいに」
「!?」
自分しか居ない筈の部屋から声がして、アガレスは咄嗟に体を起こす。敵と遭遇した時のような鋭い眼孔で後ろを振り向くと。
開かれた窓に腰を掛けて現れたのはナース姿にピンク色の髪をした…
「ラズベリー殿か」
天界唯一の医師ラズベリー・ブラックベリーだった。

















「不法侵入だ」
「あらそう。失礼」
全く失礼と思っていなさそうな返事をすると、ベッドに勝手に腰を掛けてくつろぎ出す。
「勝手に座るな」
「嘘吐いて突き放すくらいダーシーの事好きなのね」
「……」
ふふん。と笑むラズベリーの赤い口紅が艶めく。
「本当はダーシーの事を迷惑とも嫌いとも思っていない。寧ろ大好きだから、わざと"迷惑だ"や"煩わしい"と、自分からダーシーに嫌われるような事を言った。悪魔化した狂暴な自分を抑えられないから、いつ悪魔化して自分がダーシーを食い殺すかもしれない。だから、そうなる前にダーシーに嫌われるような言動をとった。ダーシーが自分を嫌ってくれれば必然とダーシーは自分から離れていく。そうすれば我を失った自分がダーシーを殺してしまう確率はぐんと下がる。キユミだっけあんたの奥さん。その人間で失敗した過ちを繰り返さないようにしているんじゃない?そうなんでしょ」
「……」
「はいとかいいえくらい言いなさいよ」
はぁ〜と肩を竦めて溜め息を吐くラズベリー。アガレスは相変わらず無表情で黙ったままだ。
一方のラズベリーはポン!と魔法のように手から救急箱を出して中から包帯を取り出すと、アガレスの脚に巻き出す。
「今日はそんな事を言いに来たわけじゃないのよ。あんたこの前ベルベットローゼとダイノワから喰らった攻撃の傷がまずいでしょ。その手当てに来てやったの。本当は面倒だから来たくなかったけどね。体が勝手に来ちゃうんだから医師神って嫌よ。本当に嫌。ま、別にあたしはあんたとダーシーがどうなろうが関係無いんだけど」
「…できないのか」
「はぁ?」
ポツリ。呟いたアガレスの言葉を無視して包帯を巻き続けるラズベリー。
「できないのか…」
「だから何がよ!」
「悪魔化を解く事はできないのか」
「あんた馬鹿?そんなの一介の医師にできる筈無いじゃない。そんな事ちょっと考えりゃすぐ分かる事で、」
「怖いんだ!俺が俺じゃなくなっていく感覚が!だんだん長くなっていっているんだ!我を失う時間が!本当は迷惑でも煩わしくも無い、まだ一緒に居たいんだダーシー殿と!でもいつ悪魔化して我を失うか自分でも分からないからもう一緒に居られないんだ!」
「……」
珍しくいや、らしくない。声を上げて下を向いたままだが唇を噛み締めて酷く悲しそうに悲痛な叫びを口に出したアガレスが、らしくない。

















「…らしくない事言うんじゃないわよ。気持ち悪い」
キュッ、
包帯を結んで手当てを終えたラズベリーはこんな時でも歯に衣着せぬキツい一言で一蹴してしまう。腰に手を充てて立ち上がる。
「大体何その考え。好きな奴と一緒に居たいだの何だの。土地神として生まれてきたあたし達神々の言う事じゃないわよ。あんた、あんたの人間の奥さんと関わってから人間に感化され過ぎじゃない?好きな奴と一緒に居たいだなんて普通神々は思いもしない感情よ。人間みたいな事言って気持ち悪いわよ。…ああ。でもあんたはもう神じゃ無いんだったわね」
「……」
アガレスは下を向いたまま。
「アガレス」
「……」
ラズベリーは屈み、下を向いたままのアガレスの顔を覗き込む。そのラズベリーの表情が途端に切なく悲しそうになる。
「誰かを好きになるなんて面倒な事やめなさい。自分が苦労するだけだから」

『キミのそのピンク色の髪は珍しい。とても綺麗だねェ』

「……」
その時ラズベリーの脳裏で小太りでスキンヘッドにシルクハットをかぶった1人の男性が浮かんだ。
「傷は2、3日もすれば癒えるわ。そしたら包帯を外しなさい。じゃあね」
窓を開けて半身を外へ出しながらラズベリーがそう言ってもアガレスは下を向いたまま。
「ああ。そういえば」
外へ出ようとしたラズベリーだったが思い出したかのように一つ。
「アドラメレクとベルベットローゼ。今、あんたのせいで仲違いしてて面白いわよ」
「…何故俺が関係ある」
「さあね?」


ピシャン!

窓を閉めてスウッ…と外へ消えてしまったラズベリー。するとアガレスは机にうなだれ、左頬を顔に付ける。思い出されるのはキユミや清春、メアの顔。
「うまくいかない事ばかりだな…」

































同時刻、
ヴァンヘイレン屋上――

「え…明日には…此処を出るってそれ…本当…なの…」
椎名と天人、明(ババロア)の3人が屋上で夕陽に沈む街を眺めながら話していた。
「そりゃそうだろー!俺と明はヴァンヘイレンの生徒じゃないし?」
「そっ…か…」
「何なにー?奏寂しいんでちゅか〜?」
「…死ね」
「ちょーー!?奏今死ねって言った!?死ねって言いました貴方!?」
相変わらず無愛想で万年不機嫌な椎名と、相変わらずハイテンションでお喋りな天人。そんな2人を見ている明は笑んでいるものの、とてもやつれて見える。
「団長は…どうするの…」
「あたし…か?あたしは…団員が椎名とあたし以外みんな神に殺されちゃったからなぁ…」
「…ごめん」
「何や椎名。椎名が謝る事無いやろ」
そうは言いつつも目の下の隈が酷いしやつれた明を前にしたら、禁句を聞いてしまった自分を反省する椎名。
「あたしは…うん…。あたしはな、椎名。天人と話したんやろも…。団員不足でサーカスができへんやろ?動物達も昨日の一件でみんな死んじゃったし…MARIAサーカスを続けていく事はできへん…。せやから…」
チラッと天人を見た明の表情で椎名は全てを察してしまった。
「……。団長…」
天人と明が椎名に深く頭を下げるから、確信してしまった。
「ごめん…椎名。天人と話したんやけど、これからはMARIAサーカスを辞めてあたし、天人の所で世話になろうって事になったんや」
「ごめん奏。奏の事…分かってる。けどサーカス団も団員も何もかも失った今の明を支えてやるにはこれしかないんだ。だから…でもこんなのこじつけだよな…。奏、ごめん」
口を開いたまま無表情な椎名だったが、口を強く結ぶ。握り締めた拳と肩が小刻みに震えている。
「奏本当ごめ、」
「団長」
「…?」
珍しくはっきりと大きな声で呼んだ椎名に、明は勿論天人も驚いて顔を上げる。椎名は下を向いていたが顔を上げて、珍しく笑った。
「天人と幸せにね…」
「椎名っ…、」


パンッ!

「は?」
「え…」
椎名っ…、その次に明が続けようとした言葉が強制的に遮断された。何故なら明の頭部が突然水風船のように破裂したから。本当、一瞬にして。


ビチャ!ビチャ!

明から飛び散る真っ赤な血飛沫が椎名と天人の髪を顔を濡らしていく。


ドサッ…、

頭の無くなった明の体は力無く倒れる。
「あああああああ!!」
「か、奏…!」


ガクン!

その場に崩れ落ち、下を向き頭を抱えて発狂し出す椎名に、ハッ!と我に返った天人は椎名の肩を掴む。























「か、奏!だいじょ…うぶ…大丈夫…大丈夫だよかな、…!」
椎名の眼帯の下の右目だけからドクドクと真っ黒な血が流れているのを見た天人の顔から血の気が引く。
「か、奏お前その涙…」
「悪魔の力を借りた人間では無く別の人間にその人間の代償を与え代えるだなんて。そんな都合の良い事をする筈が無いじゃありませんか」
「!!その声…!あの時の悪魔…!!」
何処にも姿は無いが悪魔ユタの声が何処からともなく聞こえると、椎名は鬼の形相で辺りを見回す。まだ黒い涙を流したまま。
「何処に居る…!」
「此処ですよ椎名奏」
「!!」
スゥッ…と音も無く現れたユタに、背中にいつも担いでいる真っ黒い槍を繰り出して立ち向かっていく椎名。
「うわあああああ!」
「奏!やめろ!」


ヒュン!

「!?」
しかし、ユタに攻撃をしたのにユタはまるで映像のように消えてしまった。
「おやおや。僕は此処ですよ椎名さん」
「!」
次は椎名の後ろに現れる。椎名がまた攻撃をするが、先程と同じ様にまた映像のように消えては椎名の後ろに現れての繰り返しだ。
「うわあああああ!」
「残念でしたね。僕が人間の言う事を利いてあげると信じてしまった貴方の負けですよ。悪魔の力を借りた早矢仕明さんにも貴方同様悪魔になる呪いをかけました」
「死ね悪魔!!」
「しかし早矢仕さんは悪魔が得てはいけない幸せを得てしまった。だからゲームオーバー。幸せを掴んだ早矢仕さんは悪魔に相応しくありません。ですから今、殺しました」
「はぁ、はぁ…」
「奏!そいつは此処には居ない!本体は此処じゃない別の場所に居るんだ!」
「知ってるよ!!」
「か、奏…」
声を裏返らせた椎名に天人がビクッとする。
「はぁ、はぁ…」
「僕は嬉しかったですよ。早矢仕さんのみならず、椎名さん貴方が自ら悪魔になる呪いを受ける事を望んでくださって。何せ魔界は今アドラメレクさんのせいで人手不足ですからね。…おやおや。その怖い顔。僕が早矢仕さんが受けるべき呪いを椎名さんに代えると本当に信じこんでいた目だ。ふふ。貴方が悪いのですよ椎名さん。悪魔の囁きに騙された貴方が」
「黙れ悪魔!!」


ヒュン!

今度こそ姿を消したユタの声が、沈み始めた不気味な夕暮れの満ちる空に響く。
「椎名さん貴方には力がある。今殺してしまうには惜しい存在です。貴方は生かしておきましょう。貴方なら力のある悪魔になれる筈。けれど早矢仕さんのように幸せをたくさん得てしまった場合は悪魔に不相応。早矢仕さんのようになる事を覚悟しておいて下さいね…」
ユタの声も気配も消えれば、街の方から車の走行音や烏の鳴き声が夕暮れ時の寂しさをより一層際立てる。
そこで疲れ果てて両手を着いて項垂れる椎名と。頭の無くなった血まみれの明を見て顔面蒼白の天人はキュッ、と唇を噛み締めてから椎名の前に片膝を着いて屈む。
「奏…あのさ、」
「また僕だ…」
「え…」
「また…また…ね…僕が居たから…死んじゃった…んだよ…」
「奏…?」
「お父さんも…お母さんも…僕を…守ったから…死んじゃった…。団長も…貧しい僕を…幸せに…したくて…贅沢…させてあげたくて…サーカス団を有名にする為に…悪魔から…力を借りたら…死んじゃった…」
「…奏」
ガバッ!と顔を上げた椎名。両親を殺害された後でも決して天人に見せ無かった泣き顔を見せた。しかし過去に一度天人は、いつも仏頂面な椎名の泣き顔を見た事があった。これで二回目だ。
「みんな死んじゃったよっ…!僕のせいでみんな死んじゃうよ天人ぉ…!」
天人は幼い弟をあやすように椎名の頭を手で撫でてやりながら自分の肩に顔をくっつけさせた。
「っく、ひっく!」
「かなのせいじゃないよ。かなのせいじゃない。悪魔の話によれば明が死んだのは幸せを得たからなんだろ。俺のせいだ。俺が明を殺したんだ」
「うっく、えっく、天人っ…」
「ん?」
「昨日天人にっ…ひっく、呪い死んじゃえばっ…ひっく、良かったって言ったの…嘘…だよ…。ひっく、天人は…天人は死なないでね…」
天人は椎名の肩を掴み、向き合う。右目からは黒い涙を。左目からは大粒の普通の涙をボロボロ流す椎名とは対照的に、天人は白い歯を見せて笑む。
「当たり前だろ!言っただろあの日。お前の事は叔父さんと叔母さんの分まで守ってやる。何たって天人クンは奏のヒーローだからな!」
「うんっ…、ひっく…、」
「俺は殺されても死なないよーんだ。…それと」
「…?」
天人は椎名の右目を眼帯の上から触れる。
「一応俺だって坊さんの息子だから。お祓いくらいちょっとはできるんだよ。だからかなのこの右目の呪い…時間はかかるかもしれないけど必ず解いてやるからな」
――自分にかけられた呪いすら解けないのに…杞憂だよな――
「よしっ、と」
天人は膝に両手を着いて立ち上がると、まだそこでボロボロ泣いて正座をしている椎名の頭をポンポン叩く。
「明のお墓。作ろうな」
「…うん」






























その頃、
ヴァンヘイレン職員室――――

各自集まった教師達。
「また1Eの生徒ですか」
「しかしエースと謳われた椎名奏のあの強大な力が悪魔からくるものとは…如何なさいます?」
「様子見でしょう。それよりもアガレスとメア・ルディ。やはりこの2人は人間ではない可能性が高いのでは?対神機関ヴァンヘイレンに人外が在籍していては大問題でしょう」
「この2人…そして椎名奏も我々人間を裏切る素振りを見せたらすぐ…」
教師は右手で首を切る仕草をしてみせる。
「では今後も例の2人と椎名奏の監察を頼みますよ。1E担任ミカエル・ミカエラ先生」
栗色の短髪に無精髭を生やした1E担任は溜め息を吐く。
「ふー…。了解…っと」









































一ヶ月後―――――

「でー、造り直しの儀を施されちまった人間は大神アドラメレクの言いなりつまり操り人形になるわけだ。だから、」
「先生ー。造り直しの儀を施された人間〜って長くないですかー?それに分かり辛いし!いっそ、造り直しの儀を施された人間を呼称しましょうよ!」
「あ?あー、そう言われてみりゃそうだな。で。何か案はあんのか」
「案はあんのかって先生それダジャレー!?うんとですね〜造り直しの儀を施された人間が大神アドラメレクの操り人形になるなら、施された人間の事を〜…dollって呼ぶのはどうでしょう!?」
「あー、操り人形の人形でdollね。んじゃ決まり」
「さっすが天人クーン☆」
「きもっ…」
「奏今きもって言わなかった!?」
「言った…よ…」
「お前なぁ!!」
ヴァンヘイレンのベージュの制服ブレザーを着崩している白髪の少年尼子天人は1E教室のアガレスの隣の席から、前の席の従弟椎名にギャーギャー文句を言う。


キーンコーン
カーンコーン

「んじゃ。今後はdollって呼ぶ事で。今日の授業は終わりだ」
「かなー!ファミレス行こうなー♪」
「天人…1人で行けば…」
「ガーン!」
「ああ。そうそう忘れてた。お前達1Eは明日から一週間夏休みだから、予定立てておけよーじゃあな」
「え…?夏休み…?」
去り際の担任の一言で沈黙が起きる。直後。
「ええええ!?夏休みってあるんですか先生!?」
アガレス以外の1E生徒が席を立ち、担任に詰め寄るから担任はポリポリ頬を掻く。
「スマンスマン!言うの今日まで忘れてたんだよ」
「い、いやそうじゃなくて!対神機関ヴァンヘイレンは学園とも呼べるけど軍隊とも呼べるわけだろ!?なのに夏休みなんて暢気にとって良いのかよ!」
「トム君の言う通りだと私は思いますっ!」
「私もメアちゃんと同じです」
「わたくしもそう思いますわ先生!」
「まあまあ。ヴァンヘイレンの生徒一斉に夏休みをとるわけじゃないってーの。今週一週間はお前ら1Eの生徒。で、来週一週間は2Aの生徒ってなってるから、全員非番になるわけじゃないから安心しろって」
「なーんだ」
「それなら安心しましたわ」
「ん、じゃ。せいぜい楽しめよー」
ヒラヒラ手を振り、教室を後にした担任。
















アイリーンの机の周りにアガレス以外の生徒が集まる。アガレスは一番後ろの自分の席で読書中。
メアは机に両腕を着いて両手に顔を乗せる。
「でも夏休みか〜。一週間だけでも戦いを忘れられるなんて素敵かもっ!」
「そうだね、メアちゃん」
「奏ー!クワガタ捕まえに行こうなー♪」
「小学生じゃあるまいし…」
「というか尼子は何でヴァンヘイレンに途中入学したんだよ?」
トムの一言にアガレス以外の集まった生徒がうん、うんと頷く。
MARIAサーカス任務後。そして明亡き後。実家京都の尼子寺に帰った天人だったが、昨日突然ヴァンヘイレンに編入してきたのだ。知らされていなかった椎名は大層驚いた。
「いっやー。この前つっても1ヶ月前だっけ?神々と戦うみんなを見たら超かっちょいー!俺もやりてー!ってなってさ〜☆」
「そ、そうかよ…。それに尼子は椎名の従兄なんだろ?年上なのに俺達と同じ学年でクラスなのかよ」
「トム。先生が以前仰っていましたわ。ヴァンヘイレンの学年に年齢は関係無い。力のある者が上の学年へと昇進していくシステムだと。だから1年生に50歳の人が居られて、8年生に10歳の人が居られてもおかしくはありませんのよ」
「わ、悪いアイリーン。そうだったな」
トムは顔を赤らめる。
「つーわ〜け〜で。これからみんな、天人クンをよろしくね☆」
持ち前の明るさにトムは引いているようだが、メア達とすっかり親しくなっている天人。


ガラガラッ!

「天人くーん!」
「!?」
すると1E教室の扉が勢い良く開き、そこには他クラスや果てには他学年の女子生徒達がざっと10数人顔を赤らめて並んでいた。天人は女子生徒達ににこやかに手を振る。
「天人君!私とは今日デートしてね!」
「私とは明日デートだから!」
「ずるい!明日の午後天人君はわたしとデートするのよ!」
「OK!」
「約束だよ天人君!」


ピシャン!

嵐のように去っていった女子達に、手を振っていた天人。


しん…

「天人君、今の…って…?」
「俺のファンクラブの子達だよ☆メアちゃんもいつでも入会OKー!痛だだだだ!奏俺の足踏むなバカちん!痛だだだだ!」
1Eのみならず編入2日にしてファンクラブができている天人にドン引きの1E生徒だった。




















「でも急に明日から夏休みだって言われてもな」
「う〜ん。そうですわね」
「予定なんてすぐに立たないよね」
「私は決ーめたっ!」
「え?メアちゃんもう?」
ふふん♪と得意気なメア。一方、皆の輪には入らず離れた自分の席で読書中のアガレスはピクッと反応して聞き耳をたてる。
「私ね、イングランドに居るお姉ちゃんに会いに行く事にするよ!」
「メアちゃんイングランド出身なの?」
「そうだよっ!」
「へぇ。ルディはそうだったのか。俺は…実家がもう無いしな…」
「トム…」
ウォッズでのトムの両親の惨劇を思い出し、暗くなるアイリーン、カナ、メア。
「カナ様はどうなさるのです?」
「うーん。私も実家が無いから。遠出はしないで宿舎に居るままかなぁ」
ガシッ!と椎名の肩を組む天人。
「俺と奏は故郷の京都に帰るもんなー!」
「勝手に…決めないでよ…天人…」
「ア、アイリーンはどうするんだ?」
「うーん?わたくしも宿舎でのんびり過ごす事にしますわ」
「そ、そうかよ」
「おーい。お前達そろそろ放課の時間だぞー」
「はーい」
通りがかった教師が廊下から顔を覗かせて催促すれば皆席を立ち、教室を後にする。
「みんな一週間教室には集まらないから会えないけど一週間後にまたね!」
「うん、そうだね。メアちゃん達に会えないのはちょっと寂しいけど、また一週間後に元気に会おうね」
「そうだな」
「一週間後に夏休みデビューしてギャル男になるなよ奏!」
「なるわけ…ないじゃん…バッカみたい…」
「では皆さん一週間後にお会い致しましょう。ご機嫌よう♪」
各々が宿舎や外へと続く方向へ解散した。


ひょこっ。

皆が解散したのを見計らって、まだ教室に残っていたアガレスが教室から廊下に顔を出す。
「お姉ちゃんってばすっごく美人なんだよー♪」
「すごいねー!私も会ってみたいなぁメアちゃんのお姉ちゃんに」
廊下をカナと歩いて去っていく遠くのメアの背中を凝視してアガレスは呟く。
「イングランドに行くのか…雌豚は」




























「ア、アイリーン!」
「?」
宿舎棟へと歩いているアイリーンが1人なのを見計らってトムが呼べば、長く綺麗な髪をなびかせてアイリーンが首を傾げて振り向く。
「どうなさいましたのトム?」
「あ、あのっ…あのさっ!」
「?」
顔を真っ赤にしてドギマギ。アイリーンの目を見れないトムに、顎に右手を添えて更に首を傾げるアイリーン。
「トム?」
バッ!意を決したトムが真っ赤な顔を上げてアイリーンを見る。
「アアアアアイリーン!夏休み特に予定が無いんだよな!?」
「ええ。ありませんけれど…」
「よよよよ良かったら!おおお俺とそそそそのっ!どどどどっか行かないかよ!?」
キョトーン。
顔が真っ赤なトムとは対照的にキョトンとするアイリーンにトムは…
――ししししくじったー!?もしかしてドン引きされたかよ俺!?そうだよな、そうだよな。ただのクラスメイトの俺ごときがヴァンヘイレン一の…いや、街でも振り返る奴らが居るくらい美人なアイリーンとデートだなんて無理過ぎるよなぁ…――
「トム」
「何だよ…アイリーン…」
すっかりお通夜モードなトムが振り向けば、アイリーンは天使のようなスマイルで微笑んでいた。右に首を傾げて。
「わたくしで宜しければご一緒させてくださいな」
「ああ…いいよ…。…え?でえええええ!?マジかよアイリーン!!」
「ふふふ。トムから仰ったのですよ。おかしなトム」
アイリーンに背を向けてガッツポーズをするトム。…の背後でアイリーンが悪魔の微笑を浮かべていた事など知らずにトムは初恋の人との人生初のデートに浮かれるのだった。
























そして翌日。
1Eの生徒に短い夏休みが訪れた初日の朝は何処も夏空らしく青々と澄み渡り、快晴。














東京駅――――――

「うーん。駅弁は種類豊富で迷うよなぁ」

『2番線。京都行き新幹線間もなく発車致します』

「天人…先行ってるよ…」
「どわー!待って奏!かなちゃん!俺を見捨てないでー!」
半袖パーカーにリュックの椎名がスタスタ新幹線へ乗り込む。そんな椎名の後をサングラスに派手なシャツとお洒落をした天人が駅弁とお茶片手に慌てて乗り込んだ。
『2番線。京都行き新幹線発車致します』























オルバス―――――

ヴァンヘイレンから離れた避暑地のペンション前に到着したバスから降りてきたのはトムとアイリーン。
「空気が気持ち良い所ですわ。ねぇ、トム!」
「あああ、ああ。そそそそうだなアイリーン」
にっこりスマイルのアイリーンに、顔を真っ赤にしたトムは緊張でカタカタ震えている。アイリーンに見えない位置で右手をグッ!と握る。
――この夏休み中に俺はアイリーンに告白する!!絶対に!!――























アンジェラ――――

ヴァンヘイレンが在るヴォルテスの首都アンジェラの街。夏に浮かれたカップル達が行き交う街中を、私服姿のカナは1人歩く。
「メアちゃんが居ないと寂しいなぁ…。あ」
メアとよく来ていた雑貨屋(メアがアガレスを連れて来ていた雑貨屋)の前に立ち止まり、ショーウインドウ越しに店内に飾られてあるくまのぬいぐるみを眺める。
「あのくまさん可愛い。メアちゃんが居たらきっと、欲しい欲しいって言いそう」
ふふっ。と笑い、くまのぬいぐるみを見ながら前を見ずに歩き出す。


ゴツン!

「痛っ!」
「痛ってぇ…。前見て歩けよ雌豚!」
「ご、ごめんなさい!…あ」
前方不注意で、反対側から歩いてきた人と正面衝突してしまったカナはペコペコ謝る。顔を上げて、正面衝突してしまった相手を見上げたカナの顔がみるみる青くなり、ガタガタ震え出す。
「ああ…貴方はあの時の…!」
カナと正面衝突してしまった相手もみるみる顔色を変え、眉間に皺を寄せてイライラする。
「うげっ…。あの時の雌豚じゃん…マジ最悪」
カナと正面衝突してしまった相手清春は、心底嫌そうに顔を歪めた。























イングランド――――

「マリアージュ大聖堂行きの列車間もなく出発ですよー!」
駅。マリアージュ大聖堂行きの真っ赤な列車に乗り込む乗客に紛れて、ツインテールを揺らして1人乗車するメア。
…を遠くからコソコソ隠れてついていくのはアガレス。
「よし。これで雌豚にバレずに此処まで来れた。後はこの列車に乗るだけ、」


ガシッ!

「?」
後ろから駅員の男性にショルダーバッグを掴まれたアガレス。
「何だ」
「何だじゃないよボク〜。君乗車券を見せていないよね?ちゃんと切符を買ってから列車に乗ってね」
「ああ。すまない。それなら…。…!!」
――無い!!財布の中に一銭も無い!!――
イングランドへ来るまでで全財産を使い果たしていたアガレスはダラダラ冷や汗をかく。
「マリアージュ大聖堂行きの列車間もなく出発ですよー!」
「君、早くしてくれないかな?列車が出発しちゃうよ」
「いや、そのだな、あの!」
「もしかしてお金無いのかな?あはは。なら仕方ない。この列車に乗るのは諦める事だね」
「!!」
後ろの列車に乗っているメアの後ろ姿が(アガレスは気付かれていない)すぐそこに見えるというのに。このままでは列車が発車してしまう。
「オラ。オレの分とそいつの分の乗車券代金だ。これで良いんだろ駅員?」


チャリン、

突然アガレスの背後からやって来た人物が駅員の手の平に自分の分とアガレスの分の乗車券代金を乗せる。
「ああ、これで良いよ。さあ乗った乗った」
駅員に促される中アガレスが、背後から自分の乗車券代金を支払ってくれた人物を振り返って見る。振り返った途端アガレスは驚いて目を見開き、すぐにその人物を睨み付けた。
「ベルベットローゼ殿…!何故貴様が此処に…!」
「よう。一ヶ月振りだな馬鹿弟子アガレス」

























1/1ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!